愛とも愛じゃないとも言い切れない心

Category : 魂のご飯

友人とソウル2泊3日の旅に行きました。

繁華街を歩いてると日本語で「**ありますよ~」とか声がかかるんですね(笑い)。同じような顔して混じって歩いてるんですけど、服装で分かるらしく。スニーカーと日よけ帽子かぶってるのって日本人。地元の人はオシャレなヒール履いてるし、帽子なんかダサイんでしょうね(笑)カブってる人見かけませんでした。でも皆さん肌がキレイでした。日頃の食事も発酵食品とか香味野菜とかコラーゲン豊富に摂取している韓国の女性は新陳代謝が良いのでしょうね。

また行きたいと思っています。


さて、
今日は韓国繋がりで、ちょっと『冬ソナ』の話をしたいと思います。偶然にも今CSで完全版が放送されてることを知り、ソウル旅行後ということで興味を持って観てるんですね。しかももう一度観たいと思っていた回だったんです、気づいた日が…!

この冬ソナって初恋と友情がテーマ。
さすが韓流!人間関係がドロドロなんですけど(笑)、何処か爽やかな印象のドラマだなと改めて思いました。それは友情も物語の根幹を成しているからでしょうね。

チェ・ジュウ演じるユジンの健気さとぺ・ヨンジュン演じるミニョンことカンチュンサンの一途さは本当に切ない。ストーリー展開を知っていても、ニクいですねえ…軽く七転八倒中です(笑)。


で、
登場人物にサンヨクというユジンの幼なじみで婚約者の好青年がいるんですけど、

この人はミニョンにユジンの心が傾いていくのをジッとしていられず、かえって彼女を追いつめていくんですけど…。

彼の愛する人を失いたくないという想い、分かるだけに何とも言えない気持ちにさせられます。
対するミニョンがユジンのために自分は何が出来るかという良い人なので(笑)余計にサンヨクの焦りは凄まじいく、強引に色々押し進めようとするんですね。彼女も真剣に悩みながら、でも心はミニョンに傾いていく…。

私はこのユジンとミニョンことカンチュンサンに運命的な出逢いを感じていて、フィクションとは言え、魂の伴侶という言葉がふと心に過ったのでした。

紆余曲折の後、失明したカンチュンサンとユジンは結ばれます。

どんなに離れていても、どんな状況下にあっても、ユジンの幸せを願い続ける彼の生き方にそりゃ心奪われない奥さまはいなかったということなんでしょうね。ペ・ヨンジュンさんの人気はこういうひた向きな役柄も功を奏しているように思います。またオフスクリーンでの慈善活動も、なのでしょう。

話が逸れました(得意ですね、申し訳ありません)。

サンヨクの、
彼のユジンを失いたくない!という動機は動機として、

私、これって愛とも愛じゃないとも言い切れないなあとつくづく思ったんですね。カンチュンサンが現われなければ、ユジンと平穏無事に結ばれてたでしょう。高校時代にカンチュンサンが出現して彼に惹かれていくユジンを止められなかった…死んだとされたカンチュンサンが10年後、彼らの婚約を祝うその日に戻って来た…。
何という不運と思うんですけど、これが運命の歯車というものなのでしょうね。

結ばれるべき相手かどうかという。

**さえいなかったら、というシチュエーションは要するにミスマッチという天運なのか…。難しいですよね。男女のことは本人たちにしか分かりませんものね。でも、こういうユジンとカンチュンサンのような引き合うエネルギーのものたちって現実世界にもいて。

苦難を乗り越えて、という魂の約束を交わして転生しているカップルもいる。

こういう運命的な出逢いに私たちは惹きつけらます、ロマンをかき立てられ。ロマンって魂の栄養なんですよね。


でも…好きな人の気持ちが離れていく時、人には葛藤が生まれます。失いたくないという気持ちで心が切り裂かれそうになります。でも「失いたくない!」という感情で突っ走るって、

それって愛なんですかね…?

相手の心より自分の感情を最優先させるって、愛…なんですかね?

割り切れない思いは、
それは仕方ないとして、

愛って魂の成長の段階で幾通りりも姿を変えるのかも知れません。

なので、断ち切れない執着も一刀両断に「愛じゃない」と言い切れない気が私はするのです。失いたくないという断腸の思いから人は様々なことを経験するし、学びもするでしょう。

でも、
いつかは相手が自分の魂のパートナーかどうかを『受け入れる』時が来るのではないでしょうか。

そして、いつかは…相手の心を尊重することを学ぶのだと。

何生もかかるかも知れません。あるいはもう縁が生じないことも多いに考えられます。

愛は…

耐えることでもあると私は思っています。

自分の気持ちを最優先させるだけではなく、相手のために自分が出来るベストを考える…時に自分には何も出来ることがないことを知ることもあるでしょう。

魂って交叉するんですよ。

そして、
魂の伴侶とはふと立ち止まり、寄り添い、絶ち難いエネルギーで結ばれるのだと思います。

ボタンの掛け違いと知りつつ、愛する気持ちを止めることも出来ない。こういう経験は多くの人が一度は経験していることではないでしょうか。


愛とも愛じゃないとも言い切れない心。

これが人間ってことなのでしょうね。

鳥の求愛行動はメスのOKが出なきゃ、カップルは成立しませんよね。子孫を残すということと、相手に受け入れてもらえるかどうかがリンクしている…鳥って全部が全部じゃないんでしょうけれど、『エネルギーの一致を感じる』生きものなのでしょうね。

対(つい)って、本当に大切な『育(そだ)て育(はぐく)む作業』なんですね。

だからこそ、
魂の伴侶と巡り会いたいと思う訳ですよね。一緒に暮らし、話し、苦楽を共にしたいと願う。

愛って、本当に不思議と思います。昇華されるごとに相手の幸せを願う心が高まるように思います。魂の成長の階梯に私たちはいるんですね。



それにしても、


冬ソナって侮れません…!



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(2016年12月27日記)

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