すべてのスピリチャルワークは見返りがある限り、それは奉仕とは言えません。

Category : 辛口ごめんなさい

今日は久しぶりに飛ばしてみようと思います。

もうタイトルを見れば、何を言いたいかは歴然ですよね(笑)。ここのところと、金銭授受を絡めて2,3の例を取り上げてみようと思います。いつもどおり私の独断と偏見。こういう考え方もあるという理解で読み進めて頂きたいと思います。ただし…かなり辛口、今日は飛ばす気合い充分なので、その点はご了承下さい。




[ すべてのスピリチャルワークは見返りがある限り、それは奉仕とは言えない ]


私は天然石を取り扱う、そこに利益を生む・運営資金を見込む思考に真っ向から異論を唱え始めています。反発は必至ですが、明らかにおかしいんですよ。まず言えるのは、

天然石はもともと無償の愛の領域のものだから。

全ての私の論理はここに起因しています。
これを否定する人がいるとすれば、天然石・天然石アクセサリーを商売の種としている人でしょうか。それはそれで成立してるっちゃ成立している。それが人の世の常ってことでしょう。
いずれにしても、
値段をつけているのは他ならぬ人間。石に目も心も奪われるのも人の性。そこに商売という道筋をつけたのも人の皮算用。違います?

人手に渡った時点で、私たちは試されていると思った方が良いです。

もし あなたが天然石関連の商品販売をしているとして、

その動機を思い出して頂きたいんですけど、そこに「家にいながら何か(内職的に)出来ることはないか?」という思考は働かなかったですか? 私は特定の人を名指している訳ではありませんよ。それとも思い当たるフシあります?
私的には天然石という『無償の愛の領域のもの』を取り扱う行為が人の魂レベルにどのように影響するかを知らない人が多いように思えてなりません。

中間業者が入る度にお金が動く…そこにまた利益を乗せる訳ですよ、販売するためには利益を生まねばならず。 運営資金を弾き出さねばなりません。
もうこの時点で既に「皮算用」。違います?
私が知る限りですが、天然石アクセサリーネット販売者は仕入れ値から5倍…8倍?それ以上の利益計算をしています。ロザリオに10万単位の価格を掲げている人までいるのです。付加価値をつけるなんて言語道断!これは罰当たりとかいう問題ではない。魂の資質の問題ではないかと私は視ています。




[ 甘えと見せかけ ]

スピリチャルなアプローチを兼ねながら、決してそのアプローチが、生活にも、性格にも、活かされていない人が巷に溢れています。デプロマヒーラーも雨上がりのキノコ状態。スピリチャルは正真正銘紛れもないビジネス。
「それの何処が悪い」と、お金はエネルギーなのだと胸を張っている人もいますが、その人たちは気づいてないのでしょう。

もうそういう時ではないことを。

私はそういう人たちにかなり不信感を持っています。

理想は理想と…、ヒーラーの中には「そういう人間になれたら良いと思っている」と言う人がいます。

え?takakoさん、それの何処に問題があるの、ですか? えっとですね。自分が悪癖改善できてないのに人に勧め、しかも金銭授受するってどういう神経かってことですよ。
表向きを整え、実体が伴わないのに、さも効果があるように決して安価じゃないセッション料を設定する…そういうのは全て『甘え』とも『見せかけ』とも言うんですよ。
個人的人好みがあからさまなチャネラーもいます。チャネラーも人の子、ですか?人の子だからこそ、人格を磨き分け隔てない心を養わねばならないのじゃないでしょうか?そういうのを透視・癒しに胡座をかいている人というんです。

すべては自分自身の魂鍛錬のため。お試しは本人の自覚が至らないところで蠢いて、魂の履歴に刻まれています。癒しを生業にするとはデプロマがあろうがなかろうが関係ない。人の役に立ちたいという動機は純粋でも、容赦なくお試しのまな板の上にいると思った方が良いです。私は脅しているのではありませんよ。チャネル・ヒーリングを生業にしている人に見受けられる現実をお話している。



清貧が何故尊ばれたかというと、奉仕とは『見返りを求めない』心を養うため。


違いますか?そこのところを過去の遺物にしているフシがありませんか?今日日の精神世界業界は。どんなに時代が変わろうと「私はあなたに・・をして差し上げます。それに対してあなたは私が指定する金額を私に支払って下さい」と言った時点でそれは『奉仕』ではなく『ビジネス』なんですよ。
この世の中にはビジネスに長けている人がいて、精神世界に目を付けたに過ぎません。神の領域をビジネスとしている…かえってタチが悪いと私は思っています。
お助け料と言って見返りを求める目に視えない存在は、います。そういうのを低級霊というんですよ。天使は見返りを求めますか?求めるとすれば、私たち自身の自浄行動じゃないんですかね。

人間性において発展地上であるのはお互いさま。

儲けを得れば得るほど魂レベルの歪みが生じているんです。多くの人にはその様子が視えない。その影響は出るのですが、一番恐ろしいのは本人の無自覚のうちにってことなんです。私はそういう人をずいぶん見てきました。敢えて辛口を貫くのも明日は我が身だからなんです。
それほどに慢心は本人の自覚が至らないところで働くということです。



透視に依存させてしまう人たちもそう。
それは一見、人の役に立っているかに見えます。見えますが、それは私たちが私たち自身の直感とダイレクトに繋がることを阻んでいることに他なりません!
10年前20年前はまだまだ私たちの多くが人の手を必要としていた時期でした。気づきは得たんだけど、どうして良いのか分からずにいた時期でした。そういう時節には必要とされた役割でしたが、今はもうワンステップもツーステップも波動が上がってきています。視えないとか、聴こえないとかで、躓いている場合じゃありません。知ろうとせずに感じようとする時なんです。いつかは分かるだろうくらいのおおらかな気持ちでいて欲しいと思います。

10年前20年前は私もそういう大勢のひとりでした。だからこそ、

…なんです。
私たちにもともと備わっている資質を引き出すお手伝いをすべき時が来ていることを痛感しているんです。でも!お代を頂いてはなりませんよ。そんなことすれば本末転倒です。
無論、代わりに視てしんぜようは論外。もうそういうの終わりにした方が良い頃です。分からない。分からないから答えを知ろうとする…そこに「視てしんぜよう」と鑑定料を是非する人がいる。そういう需要と供給の輪から抜けるチャンス。直感で感じることに移行する時期ですよ。肉体を伴っている間に。

感じる…直感って明確に心に顕われるというより、「何だかこういう気がした」とかいう具合に微かなサインとして顕われることが多い。なので、自信が持てない。

違います?



そこから一歩踏み出しましょう。



お釈迦さまの逸話の中にも悟りの最終段階が一番難しいというものがあるそうです。世の中に出回っている癒し系な人々は最終段階どころか…!な人ばかりなんです。ちょっと霊視できるようになったとか、デプロマゲットしたとか、そんなことを掲げてライトワーカーを気取っている場合じゃありません。ライトワーカーかどうかなんて、そんなに重要ですか?正義の味方ですか、あなた?
それどころかアセンションのアの字も、ライトワーカーのラの字も知らない人の方が魂レベルが高かったりします。要するにとっくにそういうのは卒業していて、実社会で普通に生活してたりするようです。あるいは国境なき医師団といった奉仕に生涯を捧げるとか。

でも、どうしてなんでしょうね。人の役に立ちたいと言いながら、利益を生むことをまず考えてしまうのは。




[ 働かざる者喰うべからず ]

社会の常識の内には「働かざる者喰うべからず」というものがあります。要するに職業とは貨幣経済の歯車と噛み合うことですし、ただ飯喰らいは恥ずかしいという風潮さえあります。確かに否定できない側面がありますよね。加えて、何かしらで家計を支える必要性がある家庭もあるでしょう。なので一概に決めつけられる問題ではない!そこにも一理ある訳です。でも、待ったなしの経済状態にネットショップって考えるでしょうか?時給保証されている訳でも売れるかどうかも分からないのに。

あるいは医療が整っていない地域で医療を施す場合はどうでしょう。
この場合、国境なき医師団には支援団体があり国際的な募金運動もある。治療に必要な医薬品はすべて人為的に生産されたもの、つまり人の知恵が生み出したという範疇にあるのです。また発展途上の人々には学び・働くという権利が保証されていないこともあり、まずは経済的自立に向けた気の長い取り組みがなされているのです。つまりその地域の人の意識に治療費を支払うという意識(『自立』)を植えることの難しさと彼らは闘っているんですよ。

地上にあって、ここまでの格差がある。あるいは豊かさって何なのかをふと思う。
温かい部屋でぬくぬくと「人の役に立つ人間になりたい」なんて寝言と変わりありませんよ。しかも上手いこと言うんですよ、「あなたを救うのはあなた自身」と。

「なるほど~」と感心している場合じゃありませんよ(笑)。

天然石を扱う=人の役に立つとか、
天使ヒーリングでクライアントを癒すとか、
天然石が元々好きだからとか、

そういう人は自分の好きなことをしてお金というエネルギーを得ているのでしょ?無料奉仕は出来ません、ですか?
天使がお金出さなきゃ癒さないって言うでしょうか?そこのところを良~く考えて見直す必要があるように思いますけど、私。
天然石を…それをファッションの一環として取り扱うのと、スピリチャル的癒しを旨とするのとでも事態は違ってくるでしょう…やれやれですが、いずれにしても儲けは二の次三の次、自転車操業くらいがちょうど良いと私が力説するのは何故かと言うと、

お金というエネルギーは水と同じで、貯めると(流れをせき止めると)腐る質を持っているからです。蓄える傍から送り出す…くらいの覚悟がある人と、そうでない人との差は歴然としています。人の目は誤摩化せても、takakoさんの目は欺けないぞ!という鼻息ではあります。




事実はとてもシンプル。

すべてのスピリチャルワークは見返りがある限り、それは奉仕とは言えない。

それに尽きるのだと思います。



人の役に立てれば嬉しい、ですか?

ならば、奉仕と言える段階にご自分のワークを昇華させる努力をすべきと私は思いますよ。要するに全ては自己責任。天然石も天使も、私たち人間の価値観に左右されることはありません。

人の都合は人にしか通用しないんです!

見返りを求めない。

もうそろそろ実行に移しても良い時ではないでしょうか。



私ですか?ですから、嫌みなほど自転車操業を実行中です…。天然石に関しては業者価格を公表して、後は発送等にかかる費用を請求するシステムを導入中。
いくら次元上昇した世界には貨幣経済は存在しないからと言って、ここはまだまだ流通していますからね。必要最低限ってところを押さえておく…私はそういう段階ということなのだと思います。

天然石が無償の愛の領域のものと知る者として末席に座し、ということです。



「働かざる者喰うべからず」じゃなく、無償の愛を飯の種にするべからずということかと。



石頭?上等じゃないですか!




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(2016年12月27日記)

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