一寸先を照らす心

Category : 魂のご飯

今日書く内容は特定の個人に向けてではないことを最初にお断りしておきます。しかしながら架空の話でもありません。この微妙なライン…この問題を抱えた人が如何に多いかを私は日頃からヒシヒシと感じていて…参考になるかどうか分かりませんが、精一杯書いてみることにします。


それは家族に関すること


親を好きになれない。夫を愛せない。尊敬できない。子供とどう接して良いか分からない。「ごめんなさい」「ありがとう」が言えない。様々な問題を心に抱えている人は少なくないように思うんですね。

親は子を選べず、子は親を選べずとはもうこのブログを見ている人はほとんど思っていないでしょう。セッセと精神世界本を読むか、チャネラーやヒーラーのセッションを受けるかなどして今に至っている人が殆どと思います。

人はまず、この、親子関係から人生を始めます。それは魂の目的に相応しい人選ではあるのですが、それを私たちの多くは自覚がありません。そこに「選べない」という感覚が生じる訳ですが、そうではないと知っても、やはり「何故この親なの?」という疑問は残るのだと思います。

ましてや好きになれない

どうしても互いに反目し合うような事態になる

双方に受け入れ難い性格がある

批判的 威圧的 愛情表現の不足

キリなく不仲の要素はある。真面目な人ほど自分を責めるようになる。勇気を出して親に本当の気持ちをぶつけたら難聴になって、かえって謝らねばならなくなった娘さんもいます。

親業とは魂の成長に著しく影響を及ぼします。克服すべき心の問題がそこには見え隠れしています。それは夢を叶えるというロマンチックさとは遠いことのよう。夫婦だとまた別の話が浮上することになりますからね。本当の親子は親も子も人間修行の相手と言わざるを得ないのだと思います。

私は時おり親子の相談を受けることがあります。あるいはどうしても親を好きになれず、自分を責め、何とか変わろうと努力している人もいます。ヒーリングメソッドを学び、エッセンスを味わうなとして何とかしようと努力を重ねている人も一人や二人じゃありません。霊能者にお伺いを立てる人もいるでしょう。それくらい人の縁って神秘ですよね。「何故?」と思うのは自然なことです。

しかしながら長いことヒーラー通いしている人を視てみると

つまり感覚は研ぎすまされてはいくのだけど、肝心の問題の家族との仲が改善されないという例を私はいくつも見てきました。アダルトチルドレン療法が慢性化していう人もいる。

不思議なのですが、母親の愛情を充分に受け取っていないと感じている女性のご主人は依存心が強く、内弁慶だったりする傾向が見られることがあるんですね。皆が皆ではないのですが、同じエネルギ-同士結びつく…これは多いにあり得ることのようです。

さて

私は今日、親を好きになれないという心を抱えている人に向けて話をしていますが、これは人ごとではありませんでした。私自身もこの葛藤を抱えていた時期があるんですね。とは言え、一人一人顔が違うように私の体験が参考になるとは思えないので、私の話を長々と書くつもりはありません。私がこの場を借りて伝えることができるのは

原因は相手にもあるが、あなたにもあるということ
原因は相手にもあったが、私にもあったということ

そして

癒しを受けるのは無理からぬことなのだけど、慢性化している場合は辛すぎる現実からの「逃避ではないか」ということ

そう言われると「反省がまだまだ足りない」と思うんですよね。でも私は反省する…自分の「落ち度」を顧みることを示唆している訳ではないのですよ。

もう一度、親の言動で自分がどう反応するか…正直な心を見逃さないで!ということなんですね。カウンセリングってクライアントから本音を引き出す作業です。

本音って、でも
それを相手にぶつけるとエラいメにあうことありますよね? かえって大泣きされたりとか、難聴になられたりとか、返り討ちに(失礼!)あうこともあります。無意識にですが、拒否感が言動や症状に顕われる訳です。
長年蓄積した恨みつらみを母親に思いっきりぶつけたら難聴になっちゃった・・・というケース、現にありますしね。要は人は非難されることが苦手。単純な法則です。

それが自分の顧みるべき点としても自尊心って容易く傷つくものですからね。

親とて自分が大事。究極そういう親は五万といますよ。中には献身の魂がいて、そういうのはとっくに卒業している場合もありますが、子供がSOS出しているのに、それを察することも受け入れることもできないなんて…「修行が足りん!」ケースでしょうねぇ…限りなく。

そこで踏みとどまって

子供を受け止める器を養う環境に転生しているということなんでしょう。

互いに人間修行。

子供は弱い立場です。一般的にですが、中には生まれながらに暴君のような赤ちゃんもいます。私はその赤ちゃんを見てビックリしました。人間の性格って環境が作ると言われていますが、生まれながらの気質ってあるんですね。まぁそれはそれとして

子供は

理解されずに蓄積された苦しみを何処にもぶつけようがなければ

そりゃぁグレもするでしょう。家庭に会話がない。夫婦に会話がない。母親業って魂に転生の機会を与え育む・・・まさに慈愛の修行と私は思っています。時には厳しさも必要ですが、そのサジ加減って難しい。

それでも子供にとって

親が自分を受け止めてくれないとなると

何処にその救いの手を求めれば良いのでしょうね?

大人になっても解消されずに何とか光を見出そうとする…それは無理からぬことです。

私は色んな親子を見ました。中には「オヤジは弟ばかり可愛がってた」と振り返る中年男性もいます。父親は「同じように面倒みてきたつもりなんだけどね」と吐露していました。

親に対する満たされない思いは大なり小なり人は持っているものかも知れません。

でもね

ヒーリングが慢性化、カウンセリングが慢性化しているとなると話は別。

癒しは「準備」チャネルも「準備」

それはあなたの現実をより生きやすくするためのツールでしかありません。それが全てになっている人いますが、あなたは「現場」に戻ってやるべきことがある

違いますか?

上手く機能しない 

やっぱり親を好きになれない 子供を理解できない

それはあなたが聖なる者に救いを託しているからではないでしょうか?

私が何故こういう物言いをするかと言うと

あなたの中に

あなたが一番欲している答えがあるから 私はそれを知っているからなんです。

回り道して「還るべき場所がある」

それはあなた自身の思い

正直な思い

それをあなたが好きになれない相手にどう理解してもらおうかと思うより

・・・だって、お互い相容れないんでしょ?

不仲の原因のひとつは意見の不一致・・・ですよね?

相手に自分の気持ちを分かってもらおう…「いや分かってもらえないよね」と思うから苦しいんでしょ?相手もあなたを何らかの形で「思うようにならない」と思っているかも知れません。

それは

双方に相手を自分の思うようにしたいけど、できないというジレンマがあるためと思うんですけど、いかがですか?

ヒーラーで家族に問題抱えている人、五万といますよ。私は批判しているのではありませんよ。現実を言っているだけです。

要するに癒しもチャネルもあなたが「準備」をする

あなたが問題解決をするための内的環境にアプローチするのだけれど、あなたはそこが心地良いあまりに

家に戻って愕然としているのではないでしょうか。

それって悪循環って言うのでは・・・

あなたはそわそわと「あぁtakakoさんにまた叱咤された。まだまだ私は反省が足りないのだわ」と自分に厳しくしようとしてやしませんか?

私はね

自分の本音を

それがどんなに口汚いことだとしても否定せず

報われない気持ちを

自分が相手をどう思っているかを

正直に誰よりもあなた自身が「受け入れる」

人生はそのためのものと理解して欲しいんですね。

あなたが好きになれない相手も決してラクではないのではないでしょうか?

シアワセそうですか?

どうでしょうか?

あなたは自分をまだまだ被害者と思ってる部分があり、それをまだ現実に引き寄せているだけと私は思いますよ。これ耳が痛いですか?

あなたはひょっとしたらいつかの人生で逆だったかも知れないのです。

あぁこういうことされるとこんなに辛いのかと充分な勉強をしているのかも知れないのですよ。何故なら魂はバランスを保とうとする性質がありますから。加えて、あなたにはまだ自分に厳しくする下地が整っていません。整っていないから苦しむ…これも自然の理ではないでしょうか。

私は自分の正直な気持ちから眼を背けないでと言っているんですけど…それさえも「自分に落ち度がある」と見落とすんですよ。まるで子供です。

どうしてそんなことになったの?

何故だろう・・・何故そういう気持ちになったんだろう?

他者からそれを引き出してもらう必要がある間は自分に厳しくする器はまだ整っていないと思った方が賢明です。そうではなく

自分を知る

自分の感受性を受け止める

「自分を許す」そのプロセスを辿るには、この忌憚ない部分にあなた自身が アプローチして

自分にウソをつかないのが第一歩と私は思います。
そこをすっ飛ばして(そのつもりがなくても)スピリチャル世界に駆け込んで「あなたはそのままで良い」という思考を植え付けられて

確かにそれは事実。あなたはそのままで良い・・・と言うか、あなたはあなた、他の誰かではあり得ません。しかしながら長きに渡り否定され続けた経緯が、あなたにいつも他者の意向を最優先せざるを得ない状況に駆り立てていたんですよね。

なので「あなたはそのままで良い」という思考を植え付けられて
いざ!家に帰ると鎮座ましますお母様がいる・・・だから収集がつかないのではないでしょうか? シチュエーションは違えど、誰も五十歩百歩と思います。
難聴になったという母親と娘さんは熱心に同じ信仰をしていました。下座の業とかいうことでガンバっていました。人類救済ということで勧誘を課せられて真剣に取り組んでいました。でもその母親にとって救済するべきは自分の娘だったはず…受け止めるべきは娘の心だったはず…でも崖っぷちの訴えを受け止めることが出来ませんでした。
何のための修行なんでしょうね。何を信仰しよう最終的に物をいうのはその人の性格と私は感じます。

いずれにしても

知らなければならない何かがあなたにはあった
体験してみないと分からない何かがあなたにはあった

だから此処に来る以前に、人的環境を了承した 

相手も了承した

意味のないことなどないとあなたは頭では理解しているでしょう。でもまだ真には分かっていないのだと思います。

人には分かって欲しいという「欲求」があります。それは無理からぬことなのですが、相手だって頑なにそう思っているのではなでしょうか。

精神世界にどっぷり両足踏み入れたが故に家に帰って辛くなる、厳しい現実からどう救われるか・・・救われない気持ち、満たされない心を何とかしようと走る。現実を心が消化しきれないと色々あちこち滞るものです。

消化は昇華とも書く

こじつけと思います?

人は、分かってもらいたいという「欲求」からはなかなか抜け出せません。ちょっと言われると傷つくのがその証拠。意見を通そうとするのも、相手が頑固で辟易するのも。それは無理からぬことだけど、相手だって負けずと頑なにそう思っているのではないかと思うんですよ。

この堂々巡りから脱出したいじゃありませんか!




聖フランチェスコは「愛されるより愛したい。理解されるより理解したい」と謳ったんでしたよね?



もしあなたの目の上のたんこぶ(失礼!)を御すことも理解することもできないし、自分の怒りや憤りも改善されないし、もの別れに終っているとしたら

「私、理解できないし、愛することできない」と正直に認めることです。良い人であろうとする前に正直であれ、だと私は思う。それが充分に心に行き渡った時点で

「何とか上手くいくように頑張ったつもりだけど、もう無理。ごめんなさい」と、そう「ごめんなさい」と心から言えるまで、あなたは自分の中の傷ついた「記憶」を通して、養おうと魂が意図して、その人生を組んだと思った方が良いと私は思う。

親子関係で滞っている人に見受けられる傾向は

この「ごめんなさい」を言えないことのようです。何らかの正当性があって、なかなか「ごめんなさい」を言うことができずにいる。

えぇ皆が皆ではありませんよ。

でも胸に手を当てて思い返してみて頂きたいんですね。





一寸先を照らす心は




そういう正当性からあなた自身がまず解放されるところからも見い出せます。




相手もまた別な、一歩も譲れぬものを持っているのだと思うんですよ。



分かってもらおうという気持ちを喜捨して(これすっごく大変と思います)
「ごめんなさい」と言えない(これもすっごく大変と思うけれど)理由を正当化することから解放された時


あなたに真の癒しが訪れる



人生の現場でそれが「起きる」のを



私は心からあなたにそれが起きるのを祈っています。




一寸先を照らす心はお金では買えません。



もうそういう時代は終わっています。神社に神様がいない(高次の神々は既に帰還しています)のと同じに今は過渡期と言えるのかも知れません。




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(2016年12月27日記)

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