対極 

Category : 時事ネタ

「庚申信仰」

覚えているでしょうか? 庚申信仰とは「干支、庚(かのえ)申(さる)の日を意味し、この夜に人間の体の中にいる三尸の虫が寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げ口に行く。
天帝は寿命を司る神であるから、悪いことをした人に罰として寿命を縮める。ところが、三尸の虫は人間が寝ている間にしか体から脱け出ることができないので、庚申日は徹夜をする、これを庚申待ちといい、「庚」を含む干支「庚午、庚辰、庚寅、庚子、庚戌、庚申の6つがあり、2017年庚申の日は、2月2日、4月3日、6月2日、8月1日、9月30日、11月29日」を指す。

おや? 8月1日って何かあったか?あべの内閣改造人事が3日…。働き方改革って何なん? 一億総活躍相って? 担当大臣の女体なんたらって何なん? なんだろ…また役職設けて、税金無駄使いするんだ…と心ドンヨリ。三尸の虫はお仕事サボってやしないか? 天帝は悪いことをした人に罰として寿命を縮めるらしいけれど、どいつも長生きしそうじゃないか?とぼやきたくなるのは私だけでしょうか。

「三尸の虫が寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げ口に行く」の悪行は嘘を含むでしょうか? 間違いなく含むでしょう。(笑、笑えない)
で、嘘といえば、元アイドルグループから政治家になったヒトの「一線は越えてない」に世間は憤慨とか? そう言えば、好感度タレントの不倫騒動「単なるお友だちです」記者会見が嘘と判明して好感度ズタボロというのもありましたっけ。

やれやれ








2017年庚申の日8月1日ですが、私的にはその少し前の7月27日に<切り替わり>感を体感したためか…? 8月1日はその延長線上でしかありませんでした。奇しくも7月27日は2017年ということもあって末尾7・7・7だったんですね。7が3つで21。2+1=3。3はキリストを象徴すると以前聞いたことがあって、それは<三位一体(飛鳥さん的には三位三体)>父と子と聖霊を意味していると。(解釈は幾通りもあるでしょう)

さて

私はあべとその仲間たちに思うんですよ…何故あべ以下同文の人間たちがこの時期に国の中枢を担っているのか? なぜかくも虚偽と隠蔽に塗れているのか?
この世には偶然はないと言います。偶然とは人間サイドの発想が偶発的な出来事と認識するだけのこと…次元を超えて見渡せば、すべて必然という。それでも、偶然という発想に私はロマンを見出します。出逢いもそうですし、「もしあの時」というドラマを醸し出す。

しかしながら、今世界で起きている政治・経済がらみには<作為>があると…ビルダバーグ会議、日本会議然り。そこの優先順位が計画的に発動されていると多くが知るに至っている訳ですね、ネット等々で。まだ実しやかという段階ではあるけれど、決して噂話と一笑に付せないまでのグローバルな検索力を発揮。
思うに、政界財界の作為・仕掛けが1%に満たない人間の利益に貢献しているだろうことは大いに予想がつきます、私でさえ。ネット普及はその原動力。一般市民も有名無名こぞってネット住民と化す現在。これはもう時代のニーズ。同時にこのムーブメントは<報道>というジャンルが信用を失っているのを意味している。マスゴミという揶揄がそれを物語っていると思いますが、PC・スマホがあれば、誰でも発信可能。このブログもそう。閲覧者が同時に発信者でもあるという…だからこそ<心眼>を磨く好機とも捉えることが出来る訳ですね。無論、鵜呑み、反論、2チャンネルなんでもあり!ではあるけれど。

尺度は個々の主観に委ねられる。

もう煎じ詰めれば、そう言うしかない。いずれかを信仰心酔し、教祖を絶対!と崇めるのも、それに対する批判視点も個々の自由。心酔した状態の人間に何を言っても無駄!人様の恋愛相談も「あんなスケコマシ止めといた方が良い」と説得しようものなら、人の恋路を邪魔するとかえって恨まれたりする。

今の日本は政治腐敗が大きくクローズアップ。バレなきゃ良いという空気は政治畑に限らず、人の世の常。正直者が損をすることだってある。今なにかと話題のあべを乳母が「平気で嘘をつく」と言ったとか(?)その昔、子供は「嘘つくと閻魔様に舌を抜かれる!」と躾されたものですが、あべ少年には通じなかったんでしょうか? あの虚言癖、身振り手振りの雄弁ぶり…おっと、あれはシナリオライターの漢字にルビの、演説のコツメモどおりに読み上げてるだけでしたっけ?

かねてから国会の場で汚職追及はあった訳ですが、こと現政権に至ってはSNS普及につき、速攻世間に広まる傾向にあります。虚偽・隠蔽たる証拠も出回る昨今。「記憶にない」と国会で答弁した官僚が出世するという臆面のなさ!そりゃぁ益々ネットは騒がしくなるに決まっている。

「天帝」は人間の悪行、その罰として寿命を縮めるという…ですが、思うに寿命の長さがどうあろうと結果は本人にブーメラン返りする訳で。まぁ少しでも長く「この世の春を〜!」な金満強欲人間にとってはまさに死活問題かも知れません。

この時期の、あべご一行の虚偽・隠蔽の数々が露見と、ネット・SNSのいち早い炙り出しのシーソーバランスは不謹慎かも知れませんが、絶妙です。主要メディアが触らない部分をリーク!ここ最近になってようやくメディアがSNSに追随。スクープ!し始めたのもこの7月8月…なんなんでしょう。何があったんでしょうね。

この流れはひとえに前川の乱あればこそ!でしょうか?

ナベツネ新聞がスキャンダルで前川氏を潰しにかかるもかえってネット住人は真相に迫ったし、燃えた!主要メディアのトップに寿司食わせる方も食わせる方ならば、ご馳走になる方もなる方…ネット住人の非難なぞ何処吹く風だった主要報道陣営。これが何を物語るかは一目瞭然。

SNSは時代のニーズにつき格上げ。既存報道は風見鶏につき格下げ。

規制かかれば、かえって火に油。SNSは連携してますからね、世間を見誤って「こんな人たちに負ける訳にはいかない」なんて口滑らしちゃって、帰れ!辞めろ!と罵られる姿がネットに流布。SNSは時代のニーズ!こころ強い限りです。

今わたしらが生きる時代は臆面もない闇を炙り出す機運。

名もなき戦士たちが互いに連携して「黒は黒。白は白」と発信する機運。

Twitterやブログのアカウントを凍結されても蛇の道は蛇。復活して元気に吠える姿勢は頼もしい限りですが、これは<個>が連携するという…いわゆる縦社会ではなく、横手繋ぎ社会が来ている証拠かと。ネットを通して形成された証し。

行き詰まり感ハンパない世情

それは同時に<個の声>が発信、連携を持つ世界を生んでいる訳ですね。イコール政治腐敗を根絶やしにするとは限りませんが、8月3日に発足した内閣の顔ぶれに早々と女体どうの、1日のガソリン代が百数十万だの、みんな良くリサーチしてます。政治家は倫理観と羞恥心をどっかに置き忘れ…いや元々ない証拠のような…、「一線越えてません!」の新幹線手繋ぎ爆睡の男女は下品の極み。

思うに

2017年庚申の日8月1日は私的には7月27日の延長線上という感じだったものの、浄化の機運 「賽は投げられた」タイミングだったでしょうか?
そしてそれはは明らかに政財界がターゲット。相手方(まつりごと)の腐敗と、顔のないネット住民の暴露との、シーソーが拮抗し始めた…それも森友アッキード・加計騒動がきっかけでした。皮肉なことに、相手方の隠蔽・虚偽を少しでも察知しようものなら、ネット住民は速攻!SNSアップ。それが可能な時代って、何というか…やっと!<民主主義>の曙を迎えるか…?という…大げさに聞こえるかも知れませんが、実際に今ほど個人という単位が発言し、それがグローバルに拡散するって無かった訳です。それと背中合わせに個人情報を徹底的に監視・管理するエージェントの存在も取り沙汰…それもネットを通じて私たちは知る訳でしょう?

良い兆候じゃないのでしょうか?

「記憶にありません」「資料紛失(あるいは破棄)しました」の国会答弁者が後日大出世!という…もうネット住民が騒がない訳がない。大好物でしょう、そういう余りにも分かりやすい関係図。中にはあべ擁護ひとすじの爺がいるようですが、もうそういう喧々ガクガク、賛否両論は為すに任せるしかないかと。

私が何を言いたいかというと(笑)

2017年庚申の日は微妙に現在とリンクしている訳で。微妙に『神一厘の仕組み』が介入し始めたかに感じるのは私だけではないんじゃ?ということ。
政治にしろ何にしろ<腐敗><堕落>と、<個><民意>の高まりがセットと化したかのような世情が現実化したからこそ、いよいと神一厘は発動するんじゃ?ということ。

コンタクティがいうところの「宇宙人には特定の惑星に対する不介入のルールがある」が思い出されますが、それでも「いざという時には宇宙船が〜」に結びつくのでしょう? その真意は図り知れないものの、「善良な人々を救い上げ〜」という話も一笑には伏せない。何故なら、それどころか、そうでもしなきゃどうしようもないところに差し掛かっていやしませんか? 少なくとも日本は地震国で、しかも3.11を経た後も原発再稼働ありきですし、現政権の身内擁護の凄まじさ!も相まってますしね。世界的にはビルダバーグ会議で予め合衆国大統領は決定事項とか、スノーデン情報による諜報の実態とか、もうどっかで正す必要を感じるものの、いち個人の身上ではどうすることも出来ないまでの世界でしょう?

それでも、それでもなんですね。ネットは情報共有の場として機能しています。情報は陰謀云々に留まらず、新たな世界観を求める人と提供する人の接点になり得る。ネットは決して良好な面ばかりではありません。ありませんが、だからこそ(!)情報を多岐に渡って吟味し、納得いく方法で賢く利用する必要がある訳ですね。

今この世界は、もし一般市民…私らのことですが、自分らを弱き者として管理下に甘んじた従属状態の、「宇宙船が〜」「救世主が〜」と漠然と救済を待つままであったら、神一厘は来ないと私は感じています。

神がかりの奇跡が起きるはずがない。

少なくともモーゼの出エジプトの時代ならいざ知らず…! なんちゃって、としても人類は<民主主義>という段階まで…本当になんちゃって、にしても至っている訳です。で、長きに渡り、なんちゃって(しつこい? 笑、笑えない)だったところに、あべらの嘘八百と隠蔽の抱き合わせでしょ? ネット普及はそれを仕掛けた人間の思惑は知る由もないし、個人情報管理が究極の目的だったとしても、情報をメディアに依存する必要はもう無いことを私らに知らしめるに充分。
この機運は世界中の<>という単位がネットを通じて<情報共有する時代>になった証し。

こういう個が大多数と化した社会の、政治に対する不信感の高まりが、まずあって。なんちゃって(!)で済ますつもりはもう無くなった、という階段に私らは差し掛かっているんじゃ?
こういう個が大多数と化した社会流れが、まずは成立したからこそ(!)神一厘は動き始めるんだろうと思うのですが、いかがですか? 無論、一個人の発想に過ぎません。
まだ民主主義もへったくれもないファラオが支配するモーゼの時代ならいざ知らず。人類は未だに独裁国家を有するけれど、人種差別も宗教間紛争も無くならないけれど、確実に<民主主義>という理念は産んでいる訳ですね。

民主主義を誰が育てるか?

私たちひとりひとりでしょう!と私は言いたい。

極論ですが、政治家という職種はない方がまし。映画『トゥモローランド』のケイシーとフランクが蘇らせた後のトゥモローランドは上下の隔たりの無い、一握りが大多数を管理する社会から脱却した姿。横手繋ぎの、各々が何かしら役目を担える世界でした。中央集権というシステムは幾ら時代が民主主義の冠を戴こうと所詮、一握りが大多数を管理下に置き、大多数の税収に頼るという悪循環しか生まない。あべは2019年に予定どおり消費税アップすると言う。小沢さんたちは消費税そのものを必要無いと言う。いずれにしても政治とは不透明なのだけは確か。
今、日本中を騒がしている加計にしろ森友アッキードにしろ、権力の中枢を構成する人間による公の立場の私物化に「違うだろ!」の合唱が日増しに高まっている訳で。そこにいち早く「NO!」の狼煙を上げたのは報道ではなくネットでしたという顛末。あべとナベツネ新聞は相思相愛。これは国のトップに飯を馳走になるメディア不信に繋がったし、もうこの流れをに圧を加えれば加えるほど混乱必至でしょう。
内閣改正後、支持率アップしたとYahoo!ニュースで見かけましたけど、どうでしょう?

この世界は、人間が築き上げた世界は、あまりにも不協和音が満ち満ちています。国内外のまつりごとは言うに及ばず、遺伝子操作された食物や医療に対する不信も止むことはありません。

それでも時代が新たになろうとする鼓動は感じられます。思うに保江さん(また出た!)のいう天国システムとは、いよいよ神仕組みが動く!ということなんじゃ…? 少なくとも私はそう結論づけますが、まつりごとのシステム自体が刷新しなきゃ誰がトップになろうと、首をすげ替えようと、利権の温床に変わりはないでしょう。あべらの保身のための虚偽、詭弁、隠蔽、印象操作の出るは!出るは!のオンパレードは結果的にネット住民の台頭を後押ししました。「こんな人たち」と言い放ったあの強気は何処から来たのかは知る由もありませんが、「こんな人たち」の風圧に負けたのだけは確か。フリでも低姿勢がそれを物語っています。本質は全然変わってないでしょうけど。

8月6日は広島にて原爆記念日。

地震国日本の未来に原発再稼働の政府指針がどう影響するでしょう。原発利権が8月3日発足した人事にも見えると『京の風』管理者が8月のメッセージで言及しているのを聴きました。真面目な方ですよね、怒りをどうしようもない様子でした。

やれやれ…「働き方改革相」って「一億総活躍相」って、よく思いつくと感心しきりの私。脳内どうなってるんでしょう、あべのブレーンって。ネット民の闘志を煽る気がしますが、設けちゃえば、発表しちゃえば、もう手も足も出ない…それネット民の限界。

行き詰まり感は民意に「どうにかしないといけない」という意識をもたらしました。

もたらしましたが、問題は山積み。それでも政治不信という機運は決して無駄ではないでしょう。そうあってはならない。その感情や思念にも一定の周波数があって、

神一厘と感応し始めたら?

それがどういう形でやって来るかは私には分かりません。確か…聖書予言には空中携挙を彷彿とさせる描写があるようですし、根幹に「救済」があるのだけは確かなんだろうとは思うけれど、まだ現実感は湧いて来ない。
まつりごととネットの競(せ)り合いは今後も続くでしょうが、自浄能力の欠如が招いた一連の騒動はどういう結果をもたらすんでしょうね。あべらの隠蔽が勝利するか?ネット情報共有が世論を動かすか?余談は許さない日が暫く続きそう。それでも、何が一番大事かって…、なんちゃって民主主義から脱皮しようと、もがく思念なんですよ。一滴の水がやがては大河となるという…喩えるなら、私らひとりひとりは一滴の水。それが大河となるには余りにも多種多様な不協和音。このままでは空中分解の憂き目かも知れません。

それでも、もし神というしかない偉大な何かが介入したというのなら…それが天国システム転移なら、いや…そうであって欲しいとさえ思う私ですから…何というか…今見せられている政情の由々しき有り様を良しとしない思念が高まるばかりであるのに関わらず、追及もままならず、収束するとしたら?

何故多くの人間が政情に不快感を持っているかと言えば、「口先だけ」「知らないフリ」そういう誤魔化しが有り有りだからじゃないでしょうか?

もうたくさん!

それって健全な心の顕れじゃないのでしょうか?

そうではなく、このまま事なきを得るのを良しとする人間がこのまま大多数を管理し続けるなら?

私たちは良くも悪くも見せつけられ、黙っていられなくなっている。この火を消してはならないと思っている人は決して少なくないはず。でも、それじゃ困る人間も現にいる訳です。

精神世界でずっと言われ続けている二極化はもうどうしようもないまでにハッキリしちゃいました。

どちらが善で、どちらが偽善か?

私たちはそれぞれの立場と、それぞれの価値観の上に立ち、自分自身で決定してゆくしかありません。

これからしばらくは人為的混乱が続くかも知れません。加えて、地球規模の災厄も懸念される昨今です。それでも私は夢とか希望というふうにしか言い表せないのだけれど、それを失ってはならないと思うんですね。ただし(!)私がいう夢や希望は遠くにあるものじゃなく、今ここにあるかの如く。

「今ここ」って、実は私たちそれぞれの心そのものの中にあるのだと思うんですね。

心は宇宙と直結しています。私はそれを確信していますが、それは私個人のものでしかなく…なんとも不甲斐ないのですが、仕方ありません。

確かにあべらの所業は私たちの鏡。悪しき鏡です。ですが、彼らには彼らの利害関係があって、それが現実な訳ですよね? でも、それを私は決して共有もしないし、共感もしない。その差はいわゆる「袂を別つ」ということだろうし、相容れないのは仕方がない。

ガンジーの非暴力を相容れない人間はいた訳です。

対極

いつの時代にもそれは人間同士の間に横たわるもののようです。




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(2016年12月27日記)

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