予め振り分けられた空間(2)

Category : アセンション

予め振り分けられた空間(1) 』の続きです。(※ちょっと難解かも知れません。しかもかなり長文です。疲れを感じたら中途読み止めて下さいね。)






私たちが生きる世界を物質界として…振動数を落とし、一定基準の振り幅の中で存在するとします。

振り幅(振動)によって不可視の惑星や生命体がいるのは大いに想像がつく。(1)でヘリコプターのプロペラを例にしたりして…妥当かどうかは置いといて、先に進めます。

聖書。創世記や神話は地球と生命体の誕生秘話ですよね。事実かどうかは別にしても…これはドラマはフィクションだけど、真理をつく(!)類なのかなと。

ー神話に登場する神々とはー

宇宙人説もあるでしょう。霊界とて何処そこの惑星にあると言い張る人、そんなのあり得ない!と否定的な人いるでしょう。いいんです、誰がどう言おうと。確かなのは霊界をあらゆる最新テクノロジーを駆使して辿り着こうとしても辿り着けないだろうということ。何故ならそこは物理世界とは異なる周波数の世界だから。しかも幾重にも層を成しているとなると…もうそれこそ頭がクラクラッと。

不可視レベル

手に取り、目で見る類の世界じゃない。不可視でありながら…Xファイルじゃないけれど「Truth is out there」という世界。






私が『予め振り分けられた空間』とかいうお題を思いついたのは保江さんの「4月からこの世界は天国システムに転移する」がきっかけでした。同じく保江さんの「神に愛される生き方」を聴くにつれ読むにつれ、それって要は「ツイテル」「モッテル」なんだろうと。保江さんの本には如何に自分が「導かれ」「守られ」て来たかが描かれています。私はこの手の話、大好物(!)嫌いじゃありません。
でも「4月から」情報は転機になりました。寄席行くみたいに出歩くのはさすがに辞めようと思ったし、このお題を書こうというきっかけにもなった。ただしかなり難解なテーマ…退くに退けないという(笑、笑えない)終始「なんだろ?」感引っぱりながらピリオド打つかも知れません…あしからず。

それでも、

それでもなんですよ、書かずにいられない。風が吹いたんでしょうね。と言うのも、押し並べてヒューマノイドに限ったことではなく<全ての生命体はサムシンググレートと呼ぶしかない壮大な何かの顕現である>と思わざるを得ないからなんです。

サムシンググレート

実はそれこそが生命の起源と実感できたからなんですね。

心、意識、想念、それを内宇宙ともいう。その所以は今現在は肉体(実体)の外ではなく中にあり、私たちの現実を左右するからで。心と呼ぶにしろ意識と呼ぶにしろ、私たちが生きる世界の窓口であり、へその緒で繋がるように宇宙とコネクトしている。肉体(実体)を離れた刹那、

その内宇宙とやらは何処に行くの?

そう思いま…え、思わない?そんな暇はない?あちゃちゃ。でも、私はずっと「私は誰?」「何処から来て、何処に向かうの?」という疑問を漠然と抱いていました。多分、皆さんの中には「私も」と頷いてる方もいると思うんですけど、いかがですか?

私たちは青い鳥の寓話のように外に答え探しに出かけました。

何かしら見つけ、

啓発、チャネル、ヒーリング、瞑想、ヨガ、アーユルベーダ等々、「求めよ、さらば与えられん」を地で行きました。でも、動植物はどうでしょう? 植物は癒しを人間にもたらします。犬猫とて。ですが、彼らは何処か外にそれら(癒し・気づき)の答えを探しに行くでしょうか?
私は屁理屈で引っ掻き回そうとしているのではありません。私たちは植物から癒し効果を期待しますよね?ハーブやアロマがそう。

植物が何か<外>に求めるとすれば、Mother earth 大地の恵み

大気・土(栄養)・水…そして、昆虫などの媒体でしょうか。動物とて生態系の範囲内で生き死にします。

「生命は相互協力のサークルの中で生き死にをし、

 己の骸を踏み台にして子孫を残すというサイクルに準じている」

それは暗黙の了解のように活きている。じゃぁ誰が、何が、そのサークルとサイクルを動植物に<植えつけたのでしょう?

ーサムシンググレート<創造主・神>ー

そこに行き着きませんか? 異論の余地はあるでしょうが、話を進めます。

動植物は創造主サムシンググレートの創造の一部であることに従順。更には生まれ落ちた環境に適するように適するように進化する。環境に準じる生き方…そういう性質は植えつけられたものと想像して。彼らは創造主が描く世界の「御心のままに」設定された舞台であり登場存在という位置付け。宇宙人が介入したとしても宇宙人とてサムシンググレートの創造の産物な訳です。

「御心のままに置かれ、御心のままに生き死にする」

それが何を物語るのか?

原罪を問われることがない存在

じゃぁヒューマノイドはどうでしょう?

思うに、ヒューマノイドを除外した生命…植物の根源は…原罪を問われることのない領域こそが故郷…無論これは私の想像でしかありません。ありませんが、彼らとて実体を伴わないところが起源と大いに想像は膨らみます。

ー彼らの領域には原罪がなく、自ずと彼ら自身にもないー

植物とて生存競争をする…とは言え、彼らは生態系を支配するでもなく破壊するでもない。私が何を言おうとしているか理解して頂けるでしょうか。それに引き換え、

ヒューマノイド(人間)は

聖書のアダムとイヴ、林檎と蛇の描写は人間の<好奇心><衝動>が描かれています。彼らはヒューマノイドの象徴として…彼らはエデンの園から追放された訳ですね。それを「失楽園」と称する…あれ?それウチらが棲む世界じゃね?と思いません?

想像するにエデンの園は宛ら創造主の実験場だったのかなぁと。

エデンの園に蛇と林檎という<誘惑>があること自体、実験場?あり得な〜いと突っぱねることは出来なさそう。アダムとイヴは「原罪」を問う上で欠くことの出来ない象徴…人間の象徴という認識に至る訳ですね。

原罪ってー

解釈は様々でしょうが、ぶっちゃけ(フザケてる訳ではありません)全ての行いの原因も結果も本人が負うもの…だって、あんたがやったんでしょ!という設定だと思うんですね。それが人間には課された…むろん仮説に過ぎないんだけど、その仮説に行き着くとして…アダム君とイヴ嬢が追われたって、

「可愛い子には旅」じゃないけれど(そうかも知れないが)「思うままにやらせてみよう。ただし行為の全責任は個々に果たして行かせよう」という…産み増える中で個々の行いの結果やら影響やら一切合切を体験させ、学ばせる(学ばない学べないも含めて)の図かと。

原罪とは「行為が及ぼす悪しき結果」ってことでしょう?

エデンの園〜失楽園に至る物語はある種<契約>なのかなぁと思えるんですよ、私は。

想像するに

林檎は永遠の命から有限の命に切り替わる…生き死にのサイクルに移行するスイッチ

林檎って誘惑だったのでしょう?

失楽園とは誘惑に乗ったが故に起きた出来事な訳で。平和ひとすじなはずの楽園に蛇やら誘惑の林檎の木やらあるってビックリ!じゃないですか?

想像するに

何かこう…創造主の企みを思わずにはいられません、私。誘惑を設定し、食べるか否かを選択させたのでしょ? 要するに林檎に噛りつくのも自制心を働かせるのも、イヴ次第だった。

自由意志ですよ!それは紛れもなく。

ー蛇は邪悪の象徴としてー

描かれています。あなた…楽園に邪悪なのが居るって「どうなの」と思うけれど、蛇はセクシャリティのシンボルでもあって…邪悪かどうかは置いとくにしても誘惑的ではある訳ですね。そういうのが有り!って、エデンの園は清く正しく美しいだけじゃなかったんだぁ…へぇ〜と思う訳ですね、私的に。

ーアダムとイヴ そして、エデンの園ー

そこから観えて来るのは、もう誘惑に乗るのは想定内な舞台設定。じゃぁ何故そういう設定に、サムシンググレートはしたんでしょう? まぁ聖書は人類創世に至る壮大な霊験遺産(上手い表現と思いません?と自画自賛)と考えれば、実に興味は尽きない訳ですね。

一見、罰が降(くだ)ったと思える失楽園物語。誘惑に乗るとは結果を伴う訳ですね、漏れなく。「追われる」という表現も「罪」を大いに想像させますが、同時にそこに転んでもタダでは起きないぞ!というのでしょうか。

う、う〜ん 話を広げすぎたようですね。畳みつつ話を進めます。

ーすべては創造主サムシンググレートの構想内ー

マクロ・ミクロいずれをも突き詰めていくと、尋常ならざる偉大な何かの介入を思わざるを得なくなる」と、理論物理学者が言い始めたそうで(保江さん情報)。森羅万象ことごとく、起源に一定の<法則>が働いていると考えざるを得ないからだそうで。突き詰めていくと「説明がつかない」状況に至るらしい…興味深いですね。

尋常ならざる偉大な何か

理論物理学者はそれをまさに「サムシンググレート」と表現しているそうで、興味深い。

物理が及ばない何かが存在するという証。私が何を言おうとしているかというと、理論・計算の行き着く先はもう体感しかない

明け渡すしか為す術が見つからない。

そこに全てじゃないもののサイエンスの世界が辿り着き始めたって、ワクワクしませんか? ワクワクを引きずりながら、話を更に進めましょう。

ー失楽園の逸話が何を示唆するか?ー

原罪。原罪は「Original sin」と言い、無原罪を「Immaculacy. Freedom from original sin」と言う。

無原罪の象徴は聖母。アダムとイヴが起源となった原罪に、救済が為された…聖母はだからこそ慈愛の象徴なんだと思うんですね。
聖母はアダムとイヴの原罪から膨らみ続けた人類の罪を購(あがな)うメシア、キリストを生んだ母だからこそ与えられた称号。

ーアダムとイヴは人間(ヒューマノイド)の原型ー

原罪は人間性質の原型。「蛇」は人間の好奇心と欲望を刺戟するシンボル。「林檎」は道具。まるで三種の神器のようだと思いませんか?

アダムとイヴ:人間原型

蛇:誘惑

林檎:道具

そして、林檎を囓った=選択した

でも、何故それが成立したのでしょう?

その起源に「予め振り分けられた空間」があっただろうと私は想像する訳です。無から何も産まれません。出処は万物にあって…最先端理論物理学でさえサムシンググレートに辿り着いたそうで。

ーなぜアダムとイヴの失楽園は「原罪」なのか?ー

罪から「墜ちた」イメージが湧きますが、罪を購って初めて「上がる」…墜ちる、上がる…そのどちらにも<心理>が働くと思んですが、いかがですか?

「墜ちる」

私は友人がヒプノセラピーの資格を取ったというので練習台になったことがあります。その時、地球に来る際、確かに「墜ちる」感覚と、それと同時にそれまでの記憶が「飛ぶ(消えていく)」感覚が押し寄せてビックリ(!)したのを記憶しています。なので、この世は少なくとも振動数落として「受肉」すると納得できるんですね。信じる信じないはお任せするとして。

で、

私は心を宇宙の出入り口と喩えますが、これが何を物語っていると思いますか?

ー宇宙はそこに存在するあらゆる生命体の心理を胎動する

どんなに小さな反応にも瞬時に<感応>する…時空を超えて。

「何が? 」

「宇宙が」ひいては「空間」としか言いようのない何かが。そして、それは究極サムシンググレートが(!)というふうなことだと思うんですね。

内宇宙と外宇宙は連動している

次元も物理世界も非物理世界も総ひっくるめで、サムシンググレートの管理下にある。
サムシンググレート…ちょい長いかな…サムとでも短縮しましょう。サム(失礼!)は姿形はない。純然たるエネルギーとも意識とも言えると思いますが、万物の創世主な訳ですね。

時に実体と関わる。

それが神の介入とも、メシア降臨とも、奇跡の数々とも言われるんじゃないかと想像。時にそれは宇宙人の演出かも知れませんが、それさえ突き詰めれば、一連の創造主の、間接的<介入>と言えなくもないでしょう。(屁理屈としても)

思うに

予め振り分けられた空間とは周波数ごとに存在する空間として、

この宇宙、地球、人間の所業、一切合切の始まりには「予め振り分けられた空間」同士が交わった(クロス・衝突などなど)ことで発生したとしたら? 交わった刹那、何らかの振動数に刺激が加えられ、

エデンの園その他が誕生したとしたら?

交わったという中には「抗争」「反発」「和合」など あらゆる反応があったろうと。すると、私はどんなにサムが歓喜しただろうと想像するんですよ。

神(サム)は何でもお見通しという言葉があります。

でも、お見通しほど詰まらない展開はないんじゃないでしょうか? それこそ木内さんじゃないけれど、退屈?

次なにをしでかすか分からない…神が分からないはずがないとあなたは思うかも知れない。

サムは宇宙と生命が成立するための<法則>の、いわゆる全ての<生みの親>であり、環境を整えた<総合プロデューサー>です。

「次なにをしでかすか分からない」は比喩ですが、サムの「為すに任せよう」「やらせてみよう」という条件設定があったと仮説するのは いかがでしょう?

なんでもかんでも手取り足取りをし、ことごとく口出しするのは子供のためにはNG。


ーなぜ自由意志と自己責任というルールがあるのか?ー

そこに「次なにをしでかすか分からない」の答えを見出せると思うんですけど、いかがですか?


ーエデンの園。アダムとイヴ失楽園を原罪というー

原罪のベースに自由意志と自己責任という法則の介入があったという理解がなければ、この世界、人間の所業に答えを見出せないでしょう。宗教の乱立も、法律の差異も、それらをどうするかは人間の選択に掛かっている。


ーサムシンググレートは私らに何を期待しているのかー

可能性

それ以外にあるでしょうか。罪さえも腕(かいな)の内ってことでは…自由意志の。


ー失楽園ー

まさに、そこに至る過程にイヴの選択があった訳です。

失楽園とは「私らが生きる世界のことじゃん」と思いますが、前段階のエデンの園に蛇という邪悪林檎という誘惑が入り込む<隙>があったという皮肉。

私はここにサムの企みを思わずにはいられないんですよ。何故ならその企みの対象は私らな訳で、他人事ではないため企みと少し意地悪き心地で表現するけれど、部外者は<計らい(配慮)>と表現するかも知れません。


ーサムシンググレートが一番なにを期待するか

を想像するに、

可能性

この仮説に則れば、宇宙も地球も私らを含むあらゆる生命も、サムシンググレートの<企み>とも<計らい>ともいう…それがあればこそ存在し得る。なかったら…? 私ら存在すらしていないでしょう。


アダムとイヴが居たエデンの園は「予め振り分けられた空間」から一オクターブ、二オクターブ、既に振動数が落とされた空間だったろうと…何故なら複数の要素が正邪織り交ぜられた世界だからですが。サムの計画の底知れなさに想いを馳せれば、それこそクラクラッとなる訳ですね。

そして、その壮大な計画には揺るぎない<契約>が不可欠だっただろうとも思う。

ー契約とはー

常に出直す機会が与えられるという条件を含んだでしょう。だって輪廻は<恩情>以外に理由があるんでしょうか? そりゃぁ当事者たる私らには「またですか?もういい加減にして欲しい」という疲労感もない訳じゃありませんよね?それでも悔い改めるとか、再挑戦とか、その機会が設定されているって有難いことな訳です。

しかも、

私らは押し並べて冒険好き。でなきゃ、こんなとこ来ませんって!後悔先に立たずとも。「私、できるもん!」と言ったものの泣きをみるの体だとしても。

アダムとイヴがかつて在った場所が楽園で、追われて失楽園とすれば…確かに地球は失楽園かなぁと。でも、別な視点で観てみると、「何を感じ、感じたものをどう表現するか」という転んでもタダでは起きないど根性というのでしょうか…失楽園とはハードな行き先と思う。それでも、

原罪とは自由意志と自己責任という条件付きの課題なのだという理解に行き着くんですよ、少なくとも私はそう思うんですね。

失敗しなきゃ、何をすべきで何を留まるべきか、分かりようがない

ー失敗がスタートラインー

思うに原罪って、何というか…獅子が仔獅子を谷底に突き落とし、這い上がってくるのを待つの図が脳裏を過る。失楽園は追われた二人に学び、気づく機会とも…強引でしょうか? そういう観方も出来なくはないのかなぁ。

自由意志とは希望であると同時に苦痛を伴うもののようです。

動植物と私らは実体を伴わない出発点から違う。出発点から質量が違う。それこそ周波数が違う。存在理由からして違う。

ーヒューマノイド(人間)は「神に似せて造られた」と言われるー

真意はさて置き、その文言に則れば、ヒューマノイドが一番冒険心と好奇心に満ち満ちているってことなんでしょう。引いては、それって神(サムシンググレート)そのものでしょう!という理解に至りませんか? 私はね、神をコケ降ろそうとしている訳ではありません、サムとか短縮すれども。
冒険心と好奇心がサムの全てとも思いませんが、少なくともそういう一面は有るんじゃ? でなきゃ、こんな出来損ない世界が存在するはずがない(!)もう既に3回?4回?文明滅んでも再生するはずがない。ホラ!転んでもタダでは起きない。(笑、笑えない)

転んでもタダでは起きないって、相当な強者ですよ、私ら…それにしても、


与えられた世界…地球の美しいこと!


サムシンググレートの創世一環の元、ヒューマノイドも創造され、花も鳥も創世された。生命すべてが神の創造の賜物。宇宙人の植民化・生体実験(オエッ)があったとしても、度々いうほどに宇宙人とてサムシンググレートの産物。

アダムとイヴの子孫たるヒューマノイドに対し、善良であろうと邪悪であろうと、原罪は課され

えぇ善良さとて どう転ぶか分からないとこあります。堕天使はなぜ出来上がると思いますか?「俺は優秀なのに」あるいは「俺は凄いんだぞ」という驕り昂ぶりが招く体。天使とて絶対的な善として存在するとは言い切れない。

いずれにしても

善良であろうと邪悪であろうとエネルギーは個々に個性が生じ、サムシンググレートは創世にジャッジするでもなく産み増やし続けた。そのバリエーションは想像を絶するでしょうね。そのバリエーション毎に周波数があり、周波数毎にエリアが整ったとして、

交わる過程で誕生したエリア…そのひとつが太陽系地球として、

まるで無数の絵の具のようだったろうし、あるいは無数の糸のようだっただろうと思う。産み増やしたエネルギーを介して、どういう絵が織物が出来るのだろう?という壮大な構想…創世とはまさに創造主の壮大なビジョンなのでしょう。

いずれにしても私らはそのキャスティングの一翼を担って七転八倒している訳ですね。


ー起源ー

エネルギーはそのままだと周波数の違いにより交わる機会がない。保江さんや木内さんじゃありませんが、それじゃ退屈? いえいえ…というより、アーユルベーダ理論の「素粒子は静止…少なくとも<>の状態。そこに何らかの<>という働きかけが生じた刹那(!)

物質化が始まり、宇宙誕生。

そして、それは呼吸のように増大と収縮を繰り返しながら今に至る。

創造主(サムシンググレート)こそが存在という、可能性の限り有り続けようとする、

ーエネルギーの源ー


エネルギーは独自に個性、そのバリエーションを拡大し、それが周波数毎に「予め振り分けられた」とすれば?

対極

一番際立つのは対極なんだろうと思う。


ーなぜ私たちが正義を期待するのか?ー

この世の有り様を見れば分かると思んですけど。絶えることのない戦争と紛争。正邪とは決して妥当な表現ではないでしょう。戦争はどちらかが正義でどちらかが邪悪で起きるとは限りませんからね。そこには資源・権利・利害などが横たわっています。
ですが、人間の心理には正義の味方をヒーロー視する傾向があって、『スターウォーズ』という映画もそうですが、ダークサイドと正義の宇宙連合が描かれていますよね。正義云々はもう人間のサガのように深層意識に刻まれているんだと思うんですね。

ー必ずや正義が勝つ!という刷り込みー

でも、何故だと思いませんか?不思議じゃないですか? もちろん虐げられる人間と虐げる人間。搾取する側とされる側、支配する側される側という…歴史が物語る訳で、そういうのは理屈じゃないでしょう。

ー神話には神々のやりたい放題が描かれているー

それは地球が最初とは考え辛い。何故なら宇宙誕生はそれよりずっと遡る訳で。エデンの園も宇宙は広大ですからね…地球オリジナルとは云いかねるんじゃないかなぁと。

私が何を言いたいかというと…超!長文になってきましたね(笑、笑えない)構わなければ、このままおつきあい下さい。

私だけじゃないと思うのですが、映画『スターウォーズ』は果たしてフィクションなのか?『スタートレック』にしても『アバター』にしても、何かしらベースがあるんじゃないか?と思えてならなかった私。で、最近になってコリー・グッド証言に行き当たった訳ですね。そりゃぁ俄かには信じ難い内容なんですけど、腑に落ちる部分がけっこうあるんですよ。

ー地球人のジレンマー

永遠の平和は現実やって来そうにないジレンマ。

それは決して地球だけではないという漠然とした思念が答えを見出した瞬間だったんです、コリー・グッド証言は。私は宇宙人系チャネルを信じていません。(バシャールは例外)プレアデス・シリウス等々の指導的チャネル、宇宙船が善良な人間を救いに飛来するという啓蒙、いずれも全否定するでもなく、そこに救いを見出すでもなかった私です。思うに、

平和は全宇宙の希望なんですね。

そして、同時にそこには一方が他方を支配下に置く野望が共存している。

宇宙は平和と攻防という均衡で成り立っている

パラドックス

私が何を言おうとしているかというと、宇宙こそがエデンの園であり、同時に失楽園の舞台でもあるだろうということ。それは時空を超えて成立しているのだろうということ。コリー・グッド証言はその一端に過ぎないだろうということ。



「予め振り分けられた空間」



それが在るからこそ宇宙は無数の世界が存在し得る。あらゆる振動数のエネルギーは交わり関わり続ける。

「予め振り分けられた空間」の「空間」とは、

意識とも精神とも霊魂とも…肉体を持とうが持つまいが、活動し続ける何か。意識こそが空間…受肉した間には「内宇宙」と言われるものではないのか?

ここでいう空間とは姿形はないけれど、確かに「在る」何かを指します。

ー確かに私たちを存在させ、ライフタイムを決定する…突き動かす何かー

ー次元を超えて在る何かー

私たち生命体を「小宇宙」とも呼ぶのはこうした理屈なのではないか?



原罪とは本当に言えて妙と思います。本当に私の想像に過ぎませんが、原罪とはサムシンググレートの要素のひとつなのかも知れない。
だから、この世界にメシアを遣わせた。メシアとはヤハウェその人であれば、原罪は、その背後に許しあればこそなのだと思えてならず。もうそれは疑いようもない気がしています。何かもっと根源的な…それは自由意志にも通じるだろうし、自己責任にも通じるのでしょう。




「予め振り分けられた空間」とは

私たちの内宇宙とも内在神とも言う…体現を旨とする<意識>そのもの。そして、それは常に<動作>し、自己を形作り続ける。




ますます頭クラクラしてますか?



空間…保江さんも「神は空間」と言っていますが…意味合いはまったく違うんでしょうけどね。空間と呼ぶしかない…「気」ともいう…合気道に精通する保江さんだからこその表現と思いますが、

「神…空間に愛される生き方」とは、あってないようなものと私は結論づけようと思います。

「神様は見てらっしゃいます」とかは寝言かと。その心は自分は神様に愛される生き方をしているという自負ですからね。何をどう自負しようと自由。自負と実際が噛み合っているかは死んだら判明するでしょうしね…いや、肉体を離れても意識が迷宮なら何をか言わんやかも知れません。

その迷宮とていずれかの次元(周波数)に在る空間とすれば…空間が存在し得る原動力は?

空間とは姿形のない意識そのもの

それを「気」とも呼ぶとすれば?

それはもう時空を超えたサムシンググレートの創世の賜物と呼ぶしかなく、

「予め振り分けられた空間」の、

予め振り分けるに至る経緯には、私たちそれぞれの<起源的個性>があったろうし、目まぐるしい発想があっただろうと思う。それが自由意志と自己責任の元に、為すに任された…故にこれだけの紛争や和解、飢えと富が混在する世界が可能なのだなと頷ける。

その基本が自由意志と自己責任の抱き合わせとすれば、

少なくとも私には…きっとあなたも、半島の危機がどうの、トランプがどうの、シリアがどうの、責任の所在があろうはずもない。戦争も紛争も極一部の政治戦略と駆け引き、軍事・経済ハンドラーが起こしている訳で、そこに自己責任を注ぐエネルギーは私にはない。もしそのエネルギーに満ち満ちていたなら今こうしていない。熱血然として活動の最前線で情熱の限りを尽くしているかも知れない。

ただし

この世の動向に思うことはたくさんある訳で。この異文化交流、坩堝の中で学んだことは本当に貴重な訳で。学んだことは次に活かさないでどうすると思う訳ですね。

ー次に活かすー

次って…実は一瞬一瞬というパラドックスだと思うんですね。遠い将来のことを指すだけじゃなかろうと。
私にとってこの世界での一番の学習は自由意志の様々な顔というのでしょうか…良い悪いだけでもないし、二極とは限らない…曖昧模糊なこの世界、矛盾だらけのこの世界でどう生きるかということだと思う。
次って…生まれ変わったら始めるというタイミングではないんでしょう。既に内宇宙に描き続けて、時が熟すのを待つ種なんだろうと思う。

皮肉ですね。地球は所属する銀河宇宙の端っこなのだそうで…そこにメシアありき、釈迦ありき。音楽ありき、アートありき…悲喜劇ありき。何というエモーショナルな世界でしょう。宇宙人も関心を寄せているという。

地球(太陽系)は所属する銀河宇宙の辺境として…人類は第何度目かの破滅の危機にあるとして…、そういうタイミングで「天国システムに転移した」って…実に興味深くないですか?

想像に留まりますが、

今年4月から天国システムになったと言う保江さん…ですが、転移それをシフトと同義語とすれば、劇的に切り替わったのは2010年と、あの2012年でした。あの時点で、地球は保江さん流に言えば「次元転移」したと言えるのかも知れません。
私には世界がハルマゲドンに向かうかどうかは分からない。国際政治は一見世界規模の戦闘体制には至っていない。なので、第三次世界大戦はいつか?とネットで騒がれていますが、今現在の兵器の威力と数を想像してみて下さい。全面戦争に突入したら、世界はどうなるか。それこそ壊滅状態にそう時間もかからずなる可能性は決して低くはないでしょう。世界は全面戦争に至らないが、水面下では世界規模のサイバーやら情報操作やら常に争っているのでしょう?水面下では既に…というか、常に抗争ING。そんな矢先に、

天国システムという神の介入があったとする保江情報。

世界は激変したかに見えない…昨日の続きのようだが、実は…という。多分ですが、一定数を超えて、「行き詰まり」「焦燥」「変わらねば」という…このままでは明るい未来はやって来ないと心理が働いているのだと思う。心理の出処は決して人間だけとは限らない。「予め振り分けられた空間」からやって来ているのはヒューマノイドだけじゃない。

ー総意ー

集合意識は種を超えて、動くものだろうと。2万6千年周期というのや、銀河宇宙の周期というのが、地球に影響しているという…そういう一切合切は決して「私には関係ない」んじゃないんだとは思うんですね。と言うのも、私自身が何か得体の知れない変化を日々感じざるを得ないんですよ。それは決して暗いものではありません。かと言って、万々歳!でもない。何と言うのでしょう…予め振り分けられた空間と今の私の間の隔たりが希薄にはなってる感はある。銀河宇宙の辺境だって…それがどうした!なくらい貴重な体験をしているんだなぁとも思うんですね。




「予め振り分けられた空間」という発想はいわゆる「降りた」としか言えない。それは上からでもなく、外からでもない。私の中からやって来たものでした。「これは!」と閃いちゃったから仕方がない。

「これは!」という閃きは答えを見出せた…あるいは、道筋が見え始めた瞬間に来るものですよね?

そういうのの、最終段階には

「Yes!」という最終アンサーが来るんだろうと最近思うようになりました。最終段階の「Yes」って「もう還ろう」ってヤツでしょうね。

ジョン・レノンの、彼がオノヨーコの個展に初めて訪れた際、展示物の中に小さな「Yes」の字を発見した時の気持ちを何かで読んだのを思い出して。何か腑に落ちました。

小さな「YES」の文字が二人を結んだんですものね…素晴らしいと思う。

心の中に小さな「Yes」のサインの瞬間瞬間が日々ある…それが私をまだまだ此処に居させるんだろうと思うんですね。表面上の「私」は「いつでもおん出てやる!」と思ってるんですけどね。(苦笑)まだもうちょっとなんですかね。



[おまけ]
chiranさんの「東京直下型震度9の大地震」ですけど、来ないかも知れませんね。と言うのは、保江さんが満を持して「次期天皇の皇太子をお守りする使命」を全うするために上京。白金を拠点に毎日、祝詞を奏上するのだそうです。
機を同じくして「4月から」を公表…とは言え、一部が共有するのみな感が今のところしますが。分かりませんよ、どうなるかは。
chiranさんは「東京直下型震度9の大地震」は人工地震と、はっきり著書に記しています。本が出版されて数年…状況は刻々と変わったのでしょうか? chiranさんの講演会に昨年末参加しましたが、今年6月が濃厚と秘書の女性が言っていましたけど。

私的には…そうですね、確かに今年6月は何かある感じは今もしています。感覚的には「ゼロになる」というのでしょうか…何かいったん白紙になるような。それは保江さんじゃありませんが、サムシンググレートの「空間」「次元転移」的介入なのかも知れないし、明らかな事象として顕現するかも知れない。「予知夢なんか視たくない!」なんて激おこプンプンしなきゃ良かったですね。そうしたら、今もなんらかの情報を皆さんに伝えることが出来たのに…返す返すも残念。



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(2016年12月27日記)

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