予め振り分けられた空間(1)

Category : アセンション

4月から世界が天国システムになるという保江情報を受けてから、保江さんのいう「神に愛される生き方」の、神に愛されるという部分に私は立ち止まってます。
保江さんって何というか…邪気のない単純さこそが真骨頂と私個人は思っていますが、理論物理学者な訳で(失礼な話かも知れませんね、邪気のない云々は)それ故でしょうか?「空間に愛される」という表現で「神に愛される生き方」を唱えています。

空間にこそ神ありき(あくまでも保江節)

神はサムシンググレートとも人は言う…創造主とも称される それは、この世界を銀河宇宙を創生した偉大な何か(サムシンググレート)としか言い表しようがない。でも、サムシンググレートとは言い得て妙ですね。ですが、神に愛される生き方という保江節には何ともシックリ来ない私です。

原点帰りというのでしょうか。

答えは…やはり「直感を待つ」しかないのかなと今更ながら痛く感じる訳で。それでも宇宙の真理に到達するべくもなく、創生という壮大さを前にしては抗う術もないでしょう。ふと「アセンション情報提供者のいい加減さ」にも思い至ったりして。ですが、彼らとて持論こそが命綱。霊体験者・神秘体験者の中には「私の前世はイエスの娘」「義経の生まれ変わり」とフワフワお花畑症候者もいて、本人が信じ込んでいる上に信者もそれに乗っかってたりして。また、Mr.都市伝説にしろ飛鳥昭雄氏にしろネット上にしろ本にしろ「エンタメ」につき「鵜呑みは禁物」と熱く語り続ける私ですら…情報をそこから得ようとしている訳で…皮肉ですね。

独りよがりに陥りたくない。

私は世に巣食う(?)霊能・チャンネル祭りを胡散臭さに嫌気が差しています。故に既存の精神世界にズッポリ頭まで浸かっているんじゃないヒントを探していた…手持ちの札では埋めることが出来ない謎の答えを求めていた訳ですね。情報収集の過程で辿り着いた先に保江さん、ドロレス・キャノン、その先にコリー・グッドがいた(!)ということかとは思う。

謎解きに駆り立てられる人のサガ。

保江さんの4月から云々も私自身「へぇそうなんだ」と新鮮な驚きで受け入れたし、ドロレス・キャノンの動画と本からも新鮮な驚きと納得感を得ました。

照らし合わせる対象

謎とは解くに至らない…例えれば、立ちはだかる壁?開かずの扉?のようなもの…意識層にある「気づきというキーを待つエリア」なんだと思ったりします。実際、世に出回っている情報がヒントになるケースは少なくありません。ただし本当に必要かどうかというのはあるとは思う。単なる知識に留まり、実生活(精神的にも)に活かせないのなら、それは単に好奇心を満足させるだけ。絵に描いた餅…喰えない、と私は思っていますが、もともと情報は私にとって、たかが情報されど情報。ヒントの泉になってくれる訳ですね。信仰に行き詰まりを感じていた時、導かれるように手にしたのが『聖なる予言』という本でしたが、もう目からウロコ(!)周囲に熱心に勧めまくってましたっけ。

自分に必要な情報とは直感に訴える力強さがある

皆さんがこのブログに辿り着き、怖いもの見たさに閲覧するのもそういうことじゃないかと思いますが、いかがですか?本当に直感と情報の兼ね合いって大事。頑ななのも頂けないですものね。

さて

今日のお題は「予め振り分けられた空間」ですが、その前に以下を読んで頂きたいと思います。どうしてかと言うと「この宇宙がかつて純粋に平和だった試しがない」ということ。そして「アセンションは決して『末長く幸せに暮らしましたとさ。めでたし♪めでたし♪」の類ではないという結論に至ったから。

よしんば上昇の波に乗ったとして

それは最初の一歩でしかない。その後もひとりひとりの努力にかかっている。決して手放しに万歳!もう大丈夫!という話じゃない。そんな時に目にしたウィリアム・トムキンズ証言。事実かどうかは分かりません。しかしながら宇宙存在という得体の知れないものに対する一種<高次であり正義の味方である>という盲信を打ち破る一撃にはなると思う。






ウィリアム・トムキンズ(抜粋);

第一に、それはあなたたちの月ではない。第二に、そもそも衛星ではない。それは天の川銀河のこの一帯の指令センターである。それが月の正体だ。

それに月は自転しない。月が回っていないことをみんな忘れている。だから衛星ではないのだ。「あなたたち」(註:地球人?)の衛星ではない。25~35の異なる文明が存在する指令センターであり、天の川銀河のこの一帯で活動しているのだ。
しかも、彼らは互いに対して戦争状態になっている。でもここで個人として生活しているし、家族も一緒にいる。子供は教育を受けているし、年も取る。結婚もする。大きな社会で巨大な施設なのだ。

宇宙には200兆個の銀河あるという説はいま受け入れられている。百万単位ではないよ。200兆の銀河があるのだ。
私たちは宇宙のことを何も分かっていない。全く信じられないが、宇宙には無数の惑星がある。その中の地球はオモチャでしかない。私たちの銀河の中でさえも、地球は片隅にあるたった一つの点でしかない。
いまこうして話しているが、これは昔からよくある議論で、それを話す時がいま来たのだ。私が天の川銀河の中心にいるとしよう。こうして私が腕を前に突き出している。皆さんには知って頂きたいのは、この腕は天の川銀河の腕の一つだが、地球はその腕の先っぽの関節に位置している。

地球はこの腕の動きの上にすら乗っていない。天の川銀河の中心街にすらいないのだ。

地球はこの腕の先っぽにある。銀河は自転しているから、このままだとそのうち地球は銀河の外に放り出されるよ。
そのうち、別の銀河が近づいてきて、地球を拾い上げてくれる。つまり、数週間後は別の銀河に行くことになるのだよ。といってもかなり掛かるけどね。

地球は中心街ではないことに気付きなさい。いつ首にされるかも分からない補欠選手のようなものだ。この小さな太陽系も、ど田舎なんだよ。






興味のある方は http://prepareforchange-japan.blogspot.jp/search/label/コズミック・ディスクロージャー にアクセスしてみて下さいね。

長くなりそうなので、(1)と(2)に分けてシェアします。






「地球は中心街ではないことに気付きなさい。いつ首にされるかも分からない補欠選手のようなものだ。この小さな太陽系も、ど田舎なんだよ」

はぁ…それにしては「随分と関心が高いんですね、宇宙の方々は地球に」とツッコミたくなりますが、私。まぁそれだって、ねぇ…チャネルやコンタクティ情報があるからで、いずれにしても事実確認はできそうにない訳ですね。鰯の頭も信心からですか?信じるか信じないかって、もう宗教か?って話。

私が好んでコリー・グッド周辺の話をたぐり寄せるのは、教科書で教わったとか国営テレビで放送されていたとか権威ある学者の説だとか、そういうのはみ〜んな刻々と変わる「学説」「研究過程」に過ぎない。証言以上に訴える力はないという部分。ただしコリー・グッドとその周辺の証言が事実かどうかは不明です。まるで綱渡りのようですが、私はそういう状況から、かえって開放感を覚えるんですよ。何からの開放感かというと、いわゆる精神世界の鉄人たちからの(!)

私は今、先へ進もうとしています。

で、皆さんとシェアしようと思うのが、宇宙存在に対して盲信のようにある<正義の味方観>と<高次の存在観>なんですね。正義の味方観に関しては、爬虫類系だの龍蛇族だのどちらかと言えば<邪悪系><ダークサイド系>が居るらしいともっぱら評判。でも、ほとんどのブロガーやネット情報者は「見てきたように物を言う」に留まってません?

そういう意味では保江さんは体現者であり、理論物理学者であり、<次元転移>の秘儀実践者。(三番目が一番スゴくないですか!)時に「寝言は寝て言え」なとこあるけれど、体験を元に喋り、本にしている点では精神世界の鉄人たちとは一線を画すと思う。その保江さんの「神に愛される方法」の…神、サムシンググレートの「創生」にふと気持ちが至ったんですよ。(面倒臭い性格ですよね、私)

で、

神…サムシンググレートとここでは呼ぶとしましょう。

サムシンググレートが最初の宇宙を創生した…それを想像してみて下さいね。そこに<知的生命体>を創造し、配置したと想像してみて下さい。

生命体を創造(産み増やす)した刹那

生命体は独自の活動をし始める。これはアーユルベーダの「素粒子自体は静止した<無>状態。そこに何らかの意思の働きかけがあって初めて動きが生じる」という理論に基づけば容易に想像がつく訳ですね。

そして、<個性>が生じ

そこに共感と反感が芽生え、争いが生じ

あるいは「正」あるいは「邪」という振り分けが生じる。

ここまでは<霊性>の話。つまり肉体・物理体を持たない次元の話です。それをどう呼びましょう? 霊体…エネルギー体…そうですね、エネルギー体と呼ぶことにしましょう。

それぞれ性質に沿う霊体同士が集えば、ニーズとして、それそれのエネルギーに即した世界(領域)が形成される

この時点で「正<守護・分かち合い>」と「邪<支配・奪う>」というエネルギーの振り分けが生じ、一方は「天国的エリア」に、もう一方は「地獄的エリア」となった。まぁそういう二分化に留まらず…幽界だの冥界だの個性の数だけ存在するのでしょう。

これはあくまでも私個人の想像でしかありません。ご意見ご感想はあるでしょうが、続けます。

やがてエネルギー(霊)体は肉体を持つに至り、舞台<宇宙・惑星>が整った。

最初は<霊的>な創造だっただろうと…あくまでも私個人は想像します。それぞれの意識活動が盛んになるにつれて、何というか…エネルギー体に留まれなくなるような何か<衝動>が生じたのだろう。衝動とは言うなれば、芸術家や演劇人、作家が作品を創りたい!描きたい!体現したい!という欲求と一緒なんじゃないでしょうか、誤差なく一緒。

創造とは洒落にならないくらい「創り」「造る」というそのまんまのこととして…この私たちが暮らす地球も宇宙創造の過程で形作られたもの…とすれば?

銀河宇宙自体、エネルギー体のニーズに応じて誕生したという想像だってやぶさかではないでしょう。

すべてはサムシンググレートの計らいとも言えるのかも知れません。いや…サムシンググレートそのものが「欲して」「産み続けている」それが宇宙であり、世界なのでしょう。

ここでいう世界には<物質世界>と<非物質世界>と表現しますが、私たちのような肉体を持たないエネルギー体が「有り得る」世界と、私たちが「有り得る」世界。あの世とこの世というふうなことで、肉体的死を迎えて行く先が「霊界」、肉体を離れた本体…それが「霊魂(エネルギー体)」という理解の上に話を進めます。

霊界

はっぱひと絡げにできそうにない。何故なら霊体(エネルギー体)の周波数毎に霊界は無数に存在するとしか思えないからですが、物質世界(地球のような)は相容れない者同士が集う訳ですね。なぜ集う(集える)かと言うと、それこそサムシンググレートの…互いを混ぜて、どういう世界を築くのかという…計画に則ってるからでしょう。物理体を持たず、エネルギー体では周波数の違いで、交わるべくもない者同士

交わってこそ「舞台が整う」ってことでしょうし、交わってこそ「切磋琢磨」し、衝突や和解などなど経験する訳ですね。交わらねば経験は不可。
臨死体験者っていますよね? 彼らの体験談は宛ら「旅人」あるいは「訪問者」それは本当に私らが何処かに旅をすると類似。決して住む訳じゃなく、物見遊山。見聞を積むというのもあるでしょう。木内さんなどは「思えば即!どこにでも行ける」と証言していますが、決して行くことが出来ないエリアがあると私は思いますよ、確信的に。

自分の周波数以上のエリアには行けるはずがない。

臨死体験者はそれぞれ自分所縁のエリアか、彼らの輪廻に関するか、好奇心か、で見聞したことを語ります。ですが、それは周波数が合致あるいは類似している範囲内。それは止ん事無い高貴な身分の屋敷に一般庶民が踏み込めないのに似て、無理だと思いますよ。伺い知ることも困難だと私は思います。今は情報化社会ですが、霊的にはまだまだ未踏のエリアは存在します。まだまだお呼びでないエリアだってあるでしょう。

清められ高められた境地に達することなしには辿り着けない世界

ところが、物質界ではある程度の高低差で共存し得る。何故なら究極には物質界は「自己証明の場」「自己実現の場」と言えるんですよ。何故なら、魂の出発点でもあり、永遠の旅の原動力は

「Who am I?」

自分は何者であるか?を知りたい!というエネルギー
だらかです。

どの周波数であれ、その原動力は等しく働く。ところが相容れない周波数という壁がある…エネルギー体でいる限り。私がサムシンググレートの「計らい」という言い方をするのは、相容れない者同士を集わせる場を設ける必要性が生じたのだろうと想像するからなんですね。もちろん神の意志は計り知れません。ですが、親心とも、子らの可能性を慮る、あるいは試練を課して力量を測るという想像は大いに膨らむ…何故なら「産み増やした子ら」な訳です、私ら。「自分は何者であるか?」それと同時にある種の衝動…それはまるで弾き出される種子のようでしょう。子らの衝動…自己実現の欲求を満たさんとするエネルギーにゴーサインが出されたとしても何ら不思議ではないでしょう。

物質化とは振動数を落とす云々…という説があります。然もありなんと思えるのは、プロペラも速度が速いと見えなくなりますよね?速度を落とし、静止すると形明らか。まぁ例題としてふさわしいかは微妙ですが、速度を振動数に置き換えてみれば、自ずと答えは出るんだと思うんですね。

物質化(具現化)とは「振動数を落とすこと」で実現する

同時に<リミット>も生じたでしょう。例えば、男女とか老い若きとか、身体能力の個体差とか。エネルギー体の個性と、自己実現の具体的内容に応じて、物質化と時間制約が課された。

輪廻のサイクル

本当に上手く出来た仕組みと思います。寿命も生命体により差異があるし、問題が生じたまま臨終を迎えたとして…いったん霊界に至り、様々なリハビリを経て再度生まれてチャレンジする機会ですものね。

頭がクラクラしますか? 「話について行けな〜い」となっている方もいるかも知れませんね。ひとまずここで区切りをつけて、続きは後日改めてシェアすることにしましょう。



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(2016年12月27日記)

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