4月3日 からの天国に思うこと

Category : ウェークアップコール

もう4月1日2日まで残りわずか。猶予がないので私にしてはマメに更新中です(^^)

この記事はPDFに相当する…リキが入ったかな? 長いのでお手すきの時にでも読んで下さいね。






あるブログに庚申信仰というこれまた寝耳に水な記事を発見!庚申信仰とは「干支、庚(かのえ)申(さる)の日を意味し、この夜に人間の体の中にいる三尸の虫が寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げ口に行く。
天帝は寿命を司る神であるから、悪いことをした人に罰として寿命を縮める。ところが、三尸の虫は人間が寝ている間にしか体から脱け出ることができないので、庚申日は徹夜をする、これを庚申待ちという」というもののようですが、それだけなら「ふ〜ん、それがどうした」となるところ(笑)続きがあって、

「庚」を含む干支「庚午、庚辰、庚寅、庚子、庚戌、庚申の6つがあり、2017年庚申の日は、2月2日、4月3日、6月2日、8月1日、9月30日、11月29日」

え?4月3日…保江さんのいう「世界は地獄システムから天国システムに移転する」とシンクロしてますよね。2月2日と言えば、個人的にシフトを体感した日でしたから…私は唸ってしまった。まぁ庚申の日は毎年ある訳で、とりたてて…ねぇと普段なら思うところですが、オッとどっこい!な訳ですね。まぁ信じる信じない括りの信仰の話ですが、妙にシンクロしてますよね。






4月3日の次は6月2日ですか…胸騒ぎがします。と言うのも、昨年末からどう視ても6月は何もかもが沈黙するかのような…その後、怒涛の雪崩のようなことが起きる…、一瞬画面が真っ白にフリーズするような…、ひとつが終わり新たにひとつが始まるというボーダーの時期と感じるからなんです。
きっかけはchiranさんの著書と講演。たまたま最後尾に座っており(笑、わかる人は分かる「笑うとこで」すね)受付近くだったんですけど、そこに秘書の女性が居て、地震の話が出た際「6月らしいですよ」と呟いた。周囲数年は「そうなんですね」というふうで、私もその一人だったんですけど。それもあって「どうなんだろう」と視た訳です。で、「何もかもが沈黙するかのような…その後、怒涛の雪崩のような」という感覚を受けた。ただし、それがchiranさんの言う東京直下型巨大地震かどうかまでは私には分かりません。ただし、今年の2月2日以降はもっと世界規模のことかなあと。人社会のシステムの崩壊と創造が劇的に変わるサインかなあとか曖昧模糊としている状態。

予想でしかありませんが、2月2日・4月3日・6月2日…という今年の「庚申」一連の流れはいつにも増して激しいのかも? なにしろ「三尸の虫が寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げ口に」行こうが行くまいが、もう居直るしかない私。(笑、笑えない)

ひとつの節目節目…例えば、2月2日から4月3日の2ヶ月間を振り返るとか。そういうふうに時に自分の「今」を確認するきっかけにしても良いのかなと思うんですよ。三尸の虫にチクられようがチクられまいが、人生にも竹の節のような精神的な内省の尺度があっても邪魔にはならないのかなと。それだけ今という時期は変化は著しい感はあるし、節目と節目の感覚が短いってのも有りかな?とも思う。いずれにしても個人個人の裁量に委ねるしかありません。

葛藤もない、良心の呵責もない、自己陶酔型…いわゆるサイコパスはどうなるんでしょうね。

想像するに、閻魔大王の前に引き出されても青鬼赤鬼に睨みつけられても「自分がなぜ裁かれなきゃならないんですか?」「私は神様が見ていると心に唱えて生きてきました」と、お目々ウルウル…え?閻魔大王の目は誤魔化されんでしょう? あのですね…自己陶酔が解けないヤツを閻魔大王はどう処すと思います? 改心する気ない…それどこかってヤツを。まぁ天帝が…なのですよね? 三尸の虫がチクる相手は。
思うに…葛藤がない、良心の呵責もないというのは心療内科的に病名がつく訳ですが、平気で嘘をつくというのはまだ可愛い部類なんですよ。

自己演出

自分の全ての行いに整合性・正当性を紛うことなく持つ人間がこの世界にはいます。誰とは言いませんが、「神様が見ています」と心底言える…宗教家あるいは啓蒙者は、例え真実の姿を映す鏡を見せられても「これ誰ですか?なんだか私にそっくりですが」とか…あり得ないとあなたは思うでしょうか。
実際に遭遇しないと俄かには信じられないでしょう。皮肉なことにそういうヒトには共通イメージがあって、それは「見かけは温和で感じが良い」「庇護欲をそそられる」というのがあります。そしてね、彼らには葛藤がありません。あるとしたら…それは葛藤とは言えないかなぁ? いずれにしても「どうして世間は私を責めるのでしょう」とか、「私に人を見る目がない…甘さがあった」とかいう悲劇の主人公モードに入った時。(ちなみに、http://latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-766.html こちらのURLで、記憶にないとか寄付したとか騒動になっている100万円の出所が分かります。公人と言えるるのかどうかも)
彼ら…なんらかで自分が非難対象になるでしょ?するとね、上手〜くかわすように良い人然+傍目には相手がかえってイジメているかに見えかねないような言葉を吐き、態度に出ます。涙だって出します。(男子の前でブリっ子とか)これは経験した人間にしか分からないでしょう。私も或る人物を普通の人と思ってましたから…豹変する瞬間のワル顔を見て唖然!ちなみにそいつは男性カメラマンでした。

サイコパス

彼らにつける薬はありません。暖簾に手押しで正論が通じません。

お友だち優遇を実際にしながら、「一部人間が利益を独占するようではならない」と平気で声明文読める…えぇどこの誰とは言いませんが、まぁ当てがわれた原稿を読んでるだけでしょうけれど…普通の神経ではありません。

アセンション啓蒙者のゲリー・ボーネルさんの「葛藤がない」推奨はこうしたリスクを含みます。どうするんです? サイコパスには葛藤がないんですよ…!

もし

保江さんのいう4月3日から天国となるこの世界に「葛藤がない」項目も天国のエレメントとしたら?

私個人の仮定でしかありません。皆さんにはそれぞれに思うことがあるのだと思う。保江さんは「人の足を引っ張らなくなる」(こればかり挙げへつらってますよね。笑)と言う。それは総理夫人の窮地を慮る心があるため(事実、保江さんは「総理夫人をお守りする」と口にしています)なのは疑う余地がない。
それとは別に「天国は退屈…何もないと人間は退屈する…なので、神様は4月3日以降のこの世の天国に堕天使を遣わす。実は天使なのだが、敢えて人間に気づきをもたらす反面教師として悪さをする。そうして、その数は増す」と保江さんは言う。その根っこには「天国は退屈」という臨死体験者木内鶴彦さんとの親交が色濃く影響している感がある…果たして木内さんのいう死後世界は、

天国なのでしょうか?

皆さん、ここはとても重要です。霊界イコール天国かどうかは魂それぞれの資質に委ねられる…要するに心地よいのであれば幽界とて天国となるという…それくらい魂の資質が自分が辿る霊域をどう感じるかどうかに差異が生じる。まずはそこを抑えておきましょうね。

平和は退屈

平穏無事な時期が長きに渡ると魂はソワソワとし出す…それは私とて否定するものではありません。そういう要素もあるから、この世界が設定されたと言える訳ですね。要するに保江さんも木内さんも私らも押し並べて、

懲りない面々

そう言えるんだと思う。探究心、知りたい!体験したい!という熱い思い、とにもかくにも経験しなきゃ気が済まず、な〜んにも起きないと退屈すら感じる。で、そういう舞台設定は予め用意されているのでしょう?私が何を言いたいか。

オモチャを当てがわれる幼児の段階

押し並べてそういうことではないのでしょうか? そりゃぁ異論もあるでしょう。ですが、「身を投じる先」は既に用意され、手取り足とりしなきゃお手本がなきゃ悟ることはない。何度でも同じ間違いを繰り返す…この世界がそれを大いに物語ってやしませんか?

退屈させないように親が玩具遊具を当てがうように、神が天国をこの世界にもたらす

『小さな宇宙人アミ』で平和を勝ち取った或る惑星が描かれてましたよね? アミはその惑星の人々が自ら成し遂げたと語ってませんでしたか?

天国の定義は置いといて…でないと話が脱線する(笑)木内さんにしろ他の臨死体験者にしろ逝った先の様子を語っているのですよね?

そこは霊界の入り口でしかない上に、天国とは誰も言ってもいない。ましてや地球に転生する前の惑星の描写も含み、あるいは「真っ白で、な〜んにもない場所だった」と記憶する人もいる。

確かに魂は霊故郷(魂の家族がいる霊界)で平和裡に過ごし、なんらかの満足や癒しを経ると…次を目指したくなる「風」が吹く。それは実際でしょう。でも、それはな〜んにもすることが無くて退屈だからではありません。

故郷とは英気を養う場所

思い当たる…例え自身は故郷(この世の)に痛い思い出しかなくてもイメージで掴めるんじゃないかと思いますが、それを前提として話を進めます。

霊界には霊界で働く魂がいる

天国には天国で働く魂がいる…でも、それは反面教師というミッションではない

それをガーディアンともガイドとも言い、私たちの成長を促すアシストをする存在ですが。どうでしょう? 果たして退屈な場所と言えるでしょうか、天国は。まぁそのガイドとて経験値を積むべく地球に転生した経験も可能性大と思います。

退屈ではなく、経験が足りない!だから体験する必要が有る。

この地球にしてもどの惑星にしても、いずれの魂にも相応しい場所がある…私らには地球が体験学習の、かっこうの機会だったんでしょう。プレアデスからシリウスとか色々経た魂もいるようですが。

天国とは?

もう軽々しく口にすべきじゃない状態かも知れません。 あるいは「神様は何をお望みなのでしょう」「神様はすべてご覧になっています」とか、どの口が言うと言いたくもなるような…慌てて名誉校長辞退する人間がいます。

天国と神という、この2点にたったひとつの真実をもって語れる人間は現時点でこの世界にはいません。

いるはずがありません。創造主…それとて「私たちが属する宇宙を創り給うた創造の主」という…本当に気の遠くなるスケール。加えて、Aさんにとっては神でもBさんにとっては悪鬼っていうのも事欠かない世界が私たちが住む地球…地球がそうしているのではありませんよ(!)地球に住む人間の想念の産物って話。

これだけ多種多様な想念が犇いている訳で、争いが絶えたためしがない。

それ故に4月3日以前の世界を「地獄」を見る人がいるのでしょう。でもね、この世界を地獄という、その心は?と私は皮肉りたくなる。何故かというと、



愛がこの世界に顕現し続けているからです。


そして、もし

天国となる世界に堕天使が必要悪として活動の幅を効かせるというのであれば、その理由が「人間に退屈させないため」という神様の計らいとすれば、4月3日以降の世界は天国と果たして言えるのか? という疑問符を私は皆さんに投げかけたいと思います。

人間が退屈する

それが何を物語るか…自分で生き甲斐を見つけることが出来ないからじゃないんでしょうか?退屈なんかするのは。

して良いことと悪いことの区別がこの段階で(この期に及んでも)出来ないヒト…そうですね「戦争は魂を進化させる」という教えに心酔するような…、第一次・第二次という世界規模の残酷極まりない戦争を経ても尚!核兵器の脅威を産んでも尚!そういうのを信奉し、心酔する人間を、あなたはどう思うのでしょう。この時点でまだ!戦争が魂を進化させると信じる神経って相当な愚者かサディスト!と私は思う。

UFO目撃が広島・長崎の原爆投下後に増えているという話を耳にしたことがあります。核を積んだ飛行機をUFOが追跡してきたという話も。

地球で起きていることはどうやら宇宙の脅威でもあるらしい。

原発事故後の為体(ていたらく)!

人類という種は自己責任を負うレベルに今も達していない。少なくとも権限を与えられた人間が負うべきはずの公のことです。 何故なら世界が汚染される危険性がある訳で、自分で自分の首を絞めるに留まらず、地球の全生命体に悪影響しか及ぼさない。しかも大衆に極秘裏に、あるいは綺麗ごと洗脳して云々。そして、それを辞めようともしない、地位を降ろされない限り。核廃絶しようと次の兵器が待機する世界。人工知能が人間をコントロールするかも知れない世界。

それでも

世界には愛が顕現している…この瞬間にも

この世界は4月3日以前も以降も地獄と天国の様相を呈するんだと私は思う。ただし(!)どちらかと言うと、悪が勝つ傾向にあったが、今後は善が勝るシステム(霊的ということでしょうね)がスイッチオン!になるということなのでしょうか? そりゃぁ怒涛の浄化が起きもするでしょう。

でもね、まだ反面教師が必要でしょうか?

新たに生まれ来る命に善悪等々を教える立場の人間なのでしょう?少なくとも私ら大人は。その大人もまるっと全員まだ!反面教師に活躍してもらわねばならないほど学習が足りてない…ってことでしょうか?

それって、意味するのは「手とり足とりしてやんなきゃ、二進も三進も行かない奴ら」のパーセンテージが大半を占めているってことではないのでしょうか? つくづくかと。

天国でガイドとしてガーディアンとして働く…その生き甲斐のあるお仕事に従事するには、もう一歩も二歩も、み魂磨きが必要と見なされた魂なんですよ、私たちは。保江さんも木内さんもその他も漏れなくお仲間!

天国でガイドとしてガーディアンとして働く…その生き甲斐のあるお仕事に従事する魂も、自身に課題を見出せば旅立つ。何故なら魂は常に成長を意図しているから。

退屈だからじゃありません!

退屈するのは「自分で生き甲斐を見つけられないんだぁ、あんた」と私は皮肉りますよ。まだ(!)生き甲斐を見つけられずに苦悩する魂を私は賢明と思う。苦悩はトンネルみたいなもの…その先に光を見出す喜びがあります。

第三次世界大戦の有る無しを問われる今日(こんにち)の世界

悲惨な世界大戦を2度経て、私たちは平和の大切さを充分に学んだのではないでしょうか? まだ!必要でしょうか?

9.11以降、私たちの多くが何かが変と気づき始めたのではないでしょうか?

仕組まれたという…それまでは表立っては現れなかった世界情勢の裏を多くが知るきっかけだったでしょう。勝因はネットの普及です。もう隠しきれないでしょう。ネットは世界の共通アイテムですし、言語変換機能もありますしね。(100%正確じゃないらしいですが)後に残るのは「嘘つきを見破る心眼」でしょうし、「サイコパスにつける薬はないと悟る霊性」でしょうか。サイコパスはある種の憑依が想像できます。そこに反面教師として悪を演じる天使(堕天使を演じる)が登場する天国…ですか?

そういうの…私はパス!散々辛酸なめ子なんですよ、私…笑いごとじゃなく。応用利かないような柔な女じゃありません。(笑、笑えない)

私はサイコパスの自己演出に付き合う気さらさらないし、そういう縁を身近に必要としません。つくづくですよ。要らないものは要らない!それだけのこと。

No thank you!の心意気

男はぶりっ子に弱い。女はダメ男に骨抜きにされやすい…私がいなきゃ!とかどうとか。皮肉が過ぎます? 否定しません。

「私も主人も日本のために働いています!」はあ?

「神様はすべて見ておられます!」はあ?

どの口が言うの見本市のようなこと口走るヒトですね。日本のため働いているというヒトが立場をフル回転して、未だ仮設住宅での暮らしを強いられ…その他苦難に喘ぐ国民が多数というのに、長崎のサイキック・マジックの集いに召集かけてエンジョイする…などというお遊びに興じるでしょうか。「呼ばれれば断る訳にはいかない」と、「あのタッキーじゃありませんよ、でも夫人は私をタッキーを親しみを込めて呼ぶ」(この人、自称目覚めた魂)と、マジックショーに参加して記念写真に収まるとか…どういう神経でしょう。どいつもこいつも、かと。

私たちはそれぞれに向かう方向があるのでしょう。

同じ世界で暮らしながらも、それぞれの歩幅で成長し、後退するなどして、これからも寿命の限り精一杯に生きるのでしょう。

神様は天にて我々を見守っている?

いえ…それも含みつつ、私たちの中に住み、気づきを促しているのだと私は思っています。


淘汰か?


それとも進化か?


いずれにしてもこの世界から姿を消す命は決して地獄へ堕ちるというふうな単純計算では計れないでしょう。それぞれに歩みの歩幅があり、学びの段階がある。


私ですか?


駒を進めます。感じ悪いですか? 否定しようにも…できそうにありません。

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(2016年12月27日記)

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