人生設計(2)

Category : 魂のご飯

少し前に龍神が「人工地震なら阻止するが、天災ならばしない」と言ったとする主張にメスを入れました。もちろん何をどう信じるかは個人の自由です。ですが、その龍神の主旨には「人工地震なら人を助けるが、天災はそれに当たらない」という含みがありました(事実ほんとうに龍神が言ったのであれば…私は懐疑的です)。多分ですが、多くの人がこのトリックに引っかかったと思います。主張する人も含めて。

「何がトリックな訳?」と思う人もいると思います。私も一瞬「ふむふむ」と(笑)で「いや待てよ」となったのですから無理もありません。「何様のつもり」ですか?まぁそう感じるなら続きを読む必要はないかも。




話を進めましょう。




私は魂が転生する際に課題に取り組むべく、シュミレーションをすると書き続けています。どの親の元に生まれ、成長する過程でどういうことを体験するか、そして最終的にはどういう死を迎えるのかなど、あらゆる可能性を吟味します。ガイドが促すのは言うまでもありません。ただし全ての決定権は魂自身にあります。なので色んなシュミレーションをする機会を得る訳ですね。

それでは、龍神介入説に基づきながら私たちサイドの目線で人生設計を紐解いてみましょう。

龍神は地球の意志を尊重する 

そうでない人工的災害を介入阻止する

一見もっともらしい話ですが、目線を変えると見えてくるものがあります。それは

魂は龍神のそういう思惑とは無関係に人生設計をする

ここポイントですよ。実際どれが人工災害であるか不確かではありますが、龍神介入説に基づいてみてみましょう。
ある魂がシュミレーションの際、人工地震で命運尽きるケースと天災というケース2通りを見せられたとします。

どちらを選択すると思いますか?

答えはどっちだって同じ。重要なのはそこではありません。自身にとってどういう道筋が相応しいか、だけなんです。
で、もし…「人工地震は嫌だな。せめて天災なら恐怖も家族との決別も耐えられるかも知れない」と思ったとします。ドラマを見るように2通りのケースを見て、最終的にこの選択しかないかを検討する訳ですね。ガイドは決して強要しません。大切なのは転生しようとする魂の意志ですから。

大切なのは転生しようとする魂の意志

皆さん、これがどういう意味かは想像できるのではないでしょうか。龍神は自然界のエネルギー。従って人間サイドの人生設計を慮る頭はなく、介入する質でもありません。自然界のエネルギーなんですよ。地球の意志を尊重するのは当たり前と言えば当たり前と思います。

しかしながら龍神は人の祈りに応えることもある。お祀りされてたりします。しかしながら龍神もピンキリであることを考慮せねばなりません。高次になればなるほど寡黙であることを多くが知りません。あるいは成り済ましという場合もあります。霊的存在と関わるのは、なので慎重を期さねばなりません。
森羅万象ことごとくピンからキリまで。それも摂理ではないでしょうか。ただし人工地震を云々する龍神をどうのこうの言えない気がします。何故なら全ては人間が自分の価値観の上に立って唱えることだからです。

第一、3.11人工地震説にしても「水爆説」「Haap説」諸説あるとなれば何をかいわんやではないでしょうか。
加えてどの説が真相か知ってどうする気なのでしょう。根拠は陰謀説ですよね?ですが、本を出し、先導する人たちの誰が真に陰謀阻止に手を染めているというのでしょうね。身の危険を顧みずと言いつつも元気に存命。人心を煽るのが関の山でしょ?彼らの何処にスノーデンがいます?いませんよ。いわゆる「らしいよ」で広がる口コミ井戸端の火付け役に過ぎません。その虚しさを知っても良い頃ではないでしょうか。

さて

人工地震は阻止すると龍神が言ったと言う人物は3.11を人工地震と位置づけています。「じゃぁ3.11はどうなのさ」というツッコミにどう釈明するつもりでしょう。品性を疑います。

尊い命が失われた…絆が絶たれた…人ごとなどではない共感こそが大切ではないかと私は思う。助け合う世の中の一員としてどう行動するかが最重要ではないでしょうか。やれ陰謀説だの龍神がだの騒ぎ立てても虚しいだけです。失われた命は還ってきません。
もし真にそのことを理解していたなら、陰謀説・人工地震(台風)説を触れ回ることはしないでしょうね。浅はかな人たちと思います。
第一、ムキになって陰謀説をネットで叫ぶ人間は数多います。口コミの口コミの連鎖で。ですが、な~んの影響も与えていませんから、肝心な闇の勢力、裏政府とやらに。違いますか?そういうのを遥か対岸で騒がしい犬の遠吠えと言う。実際に闘っているのはオバマではないでしょうか?オバマには諸説あるようですね。ですが、一進一退を経ながら確実に戦争回避へ向かった取り組みをしていませんか? もちろんオバマが全面的に善とは私も言い切れません。
手を汚す。政治とは権力のせめぎ合いです。キレイゴとでは済まされないことは察しがつくのではないでしょうか。
とは言え、日本にも秘密保護法成立の機運なんですよね?不都合な事実は隠される方向へ。安倍政権は富国強兵へまっしぐら。何という恐ろしい眠れる魂の男かと思います。情報通な陰謀論者は真っ先に風紀を乱すとか何とか言いがかりつけられて閉店ガラガラですかね。集団的自衛権が延期になったのは急場凌ぎにはなりそう。

また話が逸れた…!

要するに(笑)自分がどういう世の中のどういう環境で人生を送るかを私たちは決定して来ています。従って、いち個人が「龍神いわく」と悟ったような口をきくでない!というのが私の考えですが、龍神が自然界のエネルギーなれば尚のこと地震などの災害に人の命が関わるのは明々白々!従って龍神の一存で決定できるような単純なことではないのは押して計るべきかと。

その上に立って考察すれば

魂の人生設計、終焉をどう迎えるかにあたっては人工とか天災とか然ほど重要ではなく、ただ…そのイベントを契機にするに過ぎないことに辿り着きます。
アセンションにしろチャネルにしろ目に見えない存在の介入にどうしても意識が向きます。でも肝心なのは此処に来ようとした魂の意志、どういうコースを辿るかのシュミレーションが一個一個の魂にとって最優先課題ということを後回しには出来ません。

死とは脱皮に過ぎない

魂は肉体に宿って様々な実地体験をします。どう終わりを迎えるかは確かに重要なポイント。本来の場所へ帰還するのですから、解放感あればこそでしょう。中には立ち去り難い絆や、やり残した何か、恨みつらみに後ろ髪引かれるかも知れません。知れませんが、多くの魂は迎えが来て還るべき場所へと導かれます。

3.11の際も、まずは一カ所に集められるようにして、それぞれお迎えが来て還っていくのを私は確認しています。お迎えは霊的親族やガイド、天使だけではなく、宇宙存在もいるようでした。宇宙船が待機していたり、目撃されるのは故郷が宇宙の何処かの惑星にある魂もいるのでしょうね。宇宙存在もピンキリのようですけど。

魂個々の自由意志がこの地球でどう生き死にするかの決定権を有する

であれば、陰謀説に則った理論を唱え、それが生き甲斐って人生もある訳ですね。でも私はね、陰謀のドンって首をすげ替えて存在し続けると思う。今、お騒がせ中のスノーデンだって駒にしか過ぎない気がするし、闇の奥の院は私のような庶民には伺い知れません。そういうのに余り興味がない。支配したくてしょうがない連中に改心を迫る術も熱意も持ち合わせていませんし、第一縁がない(笑)。

あのね、祈りより欲望の方が勢いが強いんです。だって本能ですから、本気度ハンパないでしょう。意識して平和を祈るより遥かに勢いがある。何故か?
祈りは尊い。しかしながら多くの祈りに自己犠牲の上に立ってでも!という強い意志が希薄なため、欲望を制するエネルギーにはなれない。
否定したいですが、これ人社会の縮図。一枚岩であり得ない事実がその辺にもありそうです。例外はあるにはあります。ルーマニアのチャウセスク独裁政権が倒れる刹那、民衆の怒りが頂点に達しました。そこには民衆の「自己犠牲に立ってでも!」というエネルギーがわき起こっていました。

革命とは祈りではなく、自己犠牲を払ってでも愛する者を守ろうとする決意なのだと思います。今の日本に必要なのはこれだと私は思う。山本太郎氏にはその覚悟が見られますよね?あの国会答弁!詭弁に屈することのない緻密なディベート力は圧巻でした。

それはそれとして(また話が逸れた、笑)

「じゃぁtakakoさんは人工地震であの世行きになっても良いの?無念じゃないの?」と思う人もいるかも知れませんね。でも、死んで回顧して「ふざけるな!このやろー!」にはならないと思いますよ(笑)。だって幾つかの選択肢のひとつ、自分が選んだ<きっかけ>がたまたまそうだったとしか言えません。
重要じゃないんですよ。私はね、このひと社会って欲望と対立はキリなく続くと思います。地球が存続する限り。
不平等も止むことはないでしょう。それくらい人の欲求がこの世界にうごめいているということです。それをこの世の人間は誰も止める術を持たない。

何故か?

それぞれが自由意志の元に生まれてきているからですよ。そして、人だけではなく、全ての実体あるもの(植物も動物も)は運命共同体。しかるに勢力図のトップに君臨する人間が生命サイクルを支配している訳ですよね?絶滅種も後を絶ちません。

支配ってね、人のサガです。恋愛にしても思い通りにならないとヤケ起こすんでしょ?傷つくんでしょ?相手の幸せより自分に向いて欲しかったりするのでしょ?

思い通りにならないと不快感覚えるんでしょ?

私はね、甲羅を経て、やっとそこから自由になり始めています。やっとですよ(ふ~)。嫌なものは嫌ですが、譲れる範囲とか、歩み寄れる頻度もちょびっとは高まった気がします。自分かわいさではなく譲れる(例えば、嫌われたくないとか)

緩む

緩くなると不思議と安堵感を覚えるようになりました。この安堵感こそが解放に繋がるんですね。身体も緊張が続くとコリ固まる。不具合が生じるけれど、コリをほぐして緩めてやれば元気を取り戻すように。でも、どうやってそうなれたか説明しようがありません。気がついたら、そうなっていた。七転八倒にもいつか終止符が打たれる。そういう心が年月を重ねて養われるようです。

視野が広がったことも幸いだったかも知れません。

時間はなので有り難いと思います。私たちに猶予を与えてくれています。

まぁ、また話が逸れた!失礼しました。

いずれにても(笑)

人生設計に抜かりはない

そういうことだと思います。





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(2016年12月27日記)

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