14万4千という数字の魔法

Category : ウェークアップコール

14万4千人の祈りですか?」という記事をアップしてから…なんか書き足りない感が残っていました。それでなくてもチャネルものにはクセモノが多いと感じている私です。プレアデスを代表(?)とするコンタクティの啓蒙傾向にもアシュタールの公式だ非公式だのチャネラーにも「あぁ祭りの屋台も賑やかだな」と斜に構えて幾年ですものね…飽きもせず書くことあるなあとも思うんですけどね(苦笑)。

さて

今日は「14万4千人という数字の魔法」と題して気づきをシェアしたいと思います。多分ですが、目からウロコがゴソッと(!)剥がれること間違いなし…多分、おそらく、きっと(笑)。








皆さんはこんなこと思ったことはありませんか?

「アトランテスやムー…レムリア崩壊の時代も14万4千人じゃなかったかも知れないが、類似した祈りのムーブメントや呼びかけはあっただろう」と。

アセンション啓蒙者のひとり浅川嘉富さんはアトランテスの時代の轍を踏むまい!と誓って今生転生したそうですが、霊感による予言やチャネルは今と変わりなく盛んだったのは容易に想像つきます。当時も手法は違うかも知れないものの、巫女的存在や指導者がいたのも想像に固いのではないでしょうか。浅川さんはそういう立場だったと信じていて、自分の霊能を過信した過ちを正し、今世は他者の霊感を奨励。私は「どっちもどっちなのでは」と思いますが、突き動かされる何かがあるという部分は変わらずにあるということなのでしょう。

突き動かされる何か その出処は?

霊感。ですよね…アトランテス時代の霊能者に世界崩壊の危機…その予言をもたらした…幻視幻聴を与えた存在は聖霊?高次の存在?それとも宇宙人?いずれにしても今の状況とあまり変わりないだろうとは思う。テクノロジーでは優れていたとしても。

アトランテス崩壊の原因は諸説あります。どれも真に迫るものですが、真実はひとつ。霊感やチャネル、前世の記憶のオンパレード、その統一のなさは目に余るものがあると思う。思うけれど、アトランテスかどうかは別にして、かつて地球上に存在した…その証拠と思しき遺跡が海底で発見されるなど興味が尽きない分野ではある訳ですね、超!古代文明は。

「アトランテスの時代、霊的指導者だった」「世界を救おうと民衆を導いた」という記憶…それが事実かどうかは別にして、彼らを突き動かすもの…それが世界の危機であるという共通点は見逃せない。事実、今現在、世界は人間の所業により危機的状況にあるのだけは確かです。

14万4千人

14万4千人の世界を救う祈りの集結を呼びかけるグループは複数ある…呼びかけるきっかけは?

霊感あるいは宇宙人からのメッセージ

これは『宇宙船天空に』を思い出させますが、この渡辺大起さんを代表とするムーブメントは14万4千人どころか、数人…数十人のグループによる祈りの儀式。彼らの「天の神様の地球変革と人類救済のための儀式は達成された!」と宣言されています。皆さん…達成された!と宣言しているんですよ、既に。天の神様に対する祈りは達成された!と渡辺さんは本にして、広く分布しています。

ところが、プレアデス星メシア・メジャーを名乗るグループをチャネルする人は「14万4千人の祈りが必要」とメッセージを発信。14万4千人に関しては他のチャネル本もあります。チャネル…しかもプレアデス系だったり、聖書系…14万4千人のイエスの花嫁というのもある…これにはちょっと退きます、私。
渡辺さんたちオイカイワダチにコンタクトしたのは金星人サナンダ(イエス・キリストとして地球に転生)銀河同盟か?の司令官という話でしたよね。いずれにしても共通するのは祈り

皆さんはある一定数の祈りを結集したら世界平和は実現すると思いますか?

私は即答「No!」理由はしごく簡単です。ここ地球にも自由意志が貫かれている。その根拠ですか? 人社会の問題が絶えない様をみれば明らかではないでしょうか。

「祈りのパワーはスゴい!」という主張があります。

そのスゴい!パワーのより祈りに込めた願いが<実現する>という希望的観測・経験値が理由と思いますが、経験値の所在を確認すると…おそらくではありますが、その人個人あるいは知り合い縁者の個人レベルのものでしょう。その人が主催した祈りのムーブメントがあったとして、それは証明不可…微妙かと。いずれにしても、その主張にも根拠はある訳ですね。

では何故?長きに渡る平和の祈りは実現されずにいるのでしょう。祈りのパワーはスゴい!それを私は否定しません。えぇ…メッカの巡礼の物凄さ!14万どころではない絶対服従の神への投地の図ですが、あれも祈りです。盲信と言えば、それまでですが、あれも祈りに違いありません。多分ですが、14万を主張するグループの人は「自分らの祈りと一緒にしないで。あなた、分かってないなあ」と言いたくなるかも知れません。いや、自分らを否定する人間は相手にしないでしょうか。私は祈りを全否定はしません。

個人の個人のための祈りは奇跡を起こすことがあります。

ですが、人類の歴史史上、一度たりとも祈りで人類に平和がもたらされたことなどないと、どうして誰も認めないのでしょう

自分たちなら出来る…ですか? 何故なら邪心がない、不遜な思いは一切なく、動機は純粋だから的な根拠でしょうか?たぶん図星でしょう。
ですが、人類という規模の、地球存続の危機という規模の、救済を意図する祈りは一度たりとも実現した試しがありません。赤勝て!白勝て!に似て、立場により祈りの内容が異なる…利害の一致をみない人間の業がそこに横たわっているからと思いますが。人類が一丸となり祈ることがあるとすれば、共通の敵が現れた時しかないのかも知れません、映画『インディペンデンス・デイ』のように。それでも祈らずにはいられない。それほどに切迫した状況は「今!」ということなのでしょう。

14万だろうが、祈りを集結する…その意図は?

奇跡を願うからではないでしょうか。陰謀も権力抗争も、生物兵器や次々に生み出される破壊兵器も、原発も難病も貧困も不平等もない世界が訪れるように祈る。祈りを結集する…一定数の祈りのパワーを集結させ、平和の実現を信じているのですよね?

ですが、祈りでひとりの少女を貧困から救うことは出来ますか?

何故なのでしょう?

なぜ本を出し、講演会を催すなどして、14万人の選ばれし者の結集を呼びかけるのでしょう。

話はこれに留まりません。






唐突で申し訳ないけれど、あなたは聖母の愛を感じたことがありますか?

私はあります。証明することは出来ません。聖母は慈愛の象徴…余談ですが、臨死体験者はイエスはマリアがローマ兵にレイプされて出来た子供と本に書いたようですが、私…笑ってしまいました。そのことは機を改めて書きます。

聖母があなたの元に出現したとします。想像してみて下さいね。あなたの中に愛されているという感覚が溢れるのを想像してみて下さい。

聖母は14万4千人というふうに数の指定をして、平和の祈りを捧げさせると思いますか? 妙な言い回しですよね? ですが、14万人4千人という話自体が奇妙…でも多くは「そうなのか」と鵜呑みにして、奇妙と思いもしないし、気づきもしない。

この世に生を受ける…その機会は自由意志の元で実現している奇跡(!)奇跡とは神ともサムシンググレートとも言うしかない大いなる恩寵のこと…むろん解釈は幾通りもあるでしょう。
人生。ここで私たちは転んでは起き上がりして今に至っています。痛いってどういうことなのか…、癒しってどういうふうなのか…、雨の日があれば、晴れの日もある…、そこを工夫して受け入れて、そこから多くを学んで活かすための人生。祈るパワー云々する以前に、やるべきことが山積なのではないでしょうか?

貧困に喘ぐ少女を、祈りのパワーが如何に物凄かろうと救済できますか?

栄養失調の幼児を、祈りのパワーが如何に物凄かろうと救済できますか?

ましてや、世界平和をや!ではないのでしょうか? どうして、こんな単純なことを理解できないのでしょう。私はその辺の理解に苦しみます。何のために手があり、足があり、医療があるのでしょう。この世の不平等を祈りで解決できると信じている方が妙だと私は思いますが、その一方でそういう発想も自由意志ではあるとは思う。

ここぞ!というタイミングに祈りのパワーを炸裂させるとか?

バカにしている訳ではありません、愚かとは思いますが。想像にも限界があるんですよ。引き寄せの法にも限界がある。恋愛がそのよい例でしょう、勝ち負けもそう。
更には私たち人間は聖霊や高次の存在のメッセージに従順なところがあります。いちいち疑ってかかれと言おうとしているのではありません。ありませんが、如何にチャネルが危ういかを皆さんに問おうとはしています。


聖母は14万4千人というふうに数の指定をして、平和の祈りを捧げさせると思いますか?


同時に14万4千人と数の指定をして平和の祈りをとメッセージをもたらすプレアデス星人がいるとして…それをどう思うかは個人に委ねられるだろうと思う冷静さはあるつもりですけど。そのメッセージをスルーしたら…14万4千人に入らなかったら…とか迷います? 新たな迷信があちこちで生まれているようだと私は思いますけど、その根拠は

ひとりひとり

この世に、この地球に、生きる命すべて

『世界にひとつだけの花』なのでしょう?私たち。人間であろうとなかろうと、宇宙船地球号の乗組員なのでしょう?私たち。

私が何を言いたいかというと

ひとつひとつ…生命の数だけ取りこぼすことなく、慈愛とのコネクションがあるということなんです。

この世界で、地球を舞台に起きている人間の所業はむごたらしい限りです。陰謀・戦争などなど本当に業が深い。皮肉にも富と権力あるところに地球の危機がセット。一般庶民というとこに留まらず、地球の命の大半がどうしようもない所でもっとも危険な交渉や実験や戦闘が繰り広げられている世界に私たちは生きています。

宇宙人は「不干渉が原則」と聞き及びますが、それは自由意志の範疇。支配階級という全人類の1%だか?が地球の命運を握っている…その苦々しい現実とて悲しいかな、自由意志の範疇です。

そこを乗り超える何か…それを祈りに託すのであれば

14万4千人云々には否定的な私ですが、もし祈るのであれば…祈願とかいうものじゃなく、誓いでなければならないと思う。
人間は初詣に七五三に神に詣でる。子供の成長や家内安全・交通安全、良縁成就など…これらの祈り<祈願>はおねだり…言い過ぎですか?そうでしょうか。子の成長を願い、無事を祈りながら、生活習慣は自己中心なら本末転倒でしょう。交通安全を祈願するが、飲酒運転とか。初詣の喧騒、ごった返し、押し合いへし合いはどうでしょう?「素敵な彼氏ができますように」は…おねだりでは…? 願うのは自由。何をどう祈ろうが個人の自由とは思いますが。

世界平和の祈りもこの種のおねだりと五十歩百歩ではないでしょうか。

あなたは祈りのムーブメントに参加したことありますか? あるとして、あなたはどう祈りを捧げましたか? 多分ですが、「世界に平和が訪れますように」と祈ったのでは…それ「彼氏ができますように」と何処が違うというのでしょう。

神頼みはイコールおねだりです

キツい!ですよね(笑)私が「祈りが誓いであるに越したことはない」と言う根拠を今から書きます。

もしあなたが「私は世界平和のために・・・(個々にあるでしょう)を実行します。その努力を惜しまないと、ここに誓います」と祈るのなら、それはおねだりとは言えない。それは「誓い」以外の何ものでもありません。ご理解頂けたでしょうか。14万の主催者の意図もその辺にあるのかも知れませんね、憶測の域を出ませんが。
でも、それは意味をなさないでしょう。より皆さんが心眼を澄み渡らせるための小さな手伝い…それが私の出来るせめてものことですから、敢えて先へ話を進めます。

なぜ意味をなさないと思うかというと

人間の祈りが最優先ではないからです。年々、絶滅危惧種が増え続けているのでしょう?遺伝子操作をして、食料品もどうかしてしまっている昨今。経済崩壊?「それがどうした?」が地球の意志と思いますけど、いかがですか?

確かに人類の抗争は地球環境に大きく影響します。飢餓も病気も。そして、人類は気象兵器なるものまで手にした…あまりにも作為的で残酷な人類の所業を地球はどう感じているとあなたは思いますか? 多くの生命体にとって人類とはどういう存在でしょう。

人間が祈ろうと祈るまいと、地球が何を最優先するとあなたは想像しますか?

人類は一枚岩ではありません。そうだった試しは一度もないし、これからもないでしょう。超!古代文明が滅んだ理由を私は知りません。諸説があるとしか知識もありません。ですが、アトランテスの轍を踏まない!思いを持つ魂が数多く今世に転生しているとして…彼らはより良い方法を今に活かそうと努力しているとしているようですが、人間って…魂ってね、そうそう心癖がガラリ!と変われるものではありません。簡単じゃないという感想を私は禁じ得ません。

心癖は本人の無自覚の層で起きる

自己防衛本能と自己正当の為せる技なので、とても手強い。そこを克服したアセンション啓蒙者もチャネラーもヒーラーも皆無と私は視ています。それを踏まえた上で思うのは、

高度な技術を…例えばフリーエネルギーとか、放射能汚染除去技術とか…そうそう!放射能を好んで食べる(?)微生物がいるそうで…そういうノーハウを必要な場所で根気よく根付かせ続けるとか、あるいはそういう技術も頭脳も持ちあわせていない私のような人間は出来ることを日々…日々コツコツと根気よく。

私はね、もし祈りで奇跡を起こせるなら…まず政治家と弁護士のいない世界をと思う。そういう職業が不必要な世界を切望します。政治家は古今東西、ロクなのがいない。出世するのは俗物ばかりでしょう。ピラミッド構造は根深いし、そこにメスを入れるとなると命が幾つあっても足り無さそうですしね。
時々『ヤスの備忘録』を興味深く閲覧しますが、<抑圧されたエネルギーの噴出>というテーマが語られているんですよ。今の世界情勢は、これだなとは思いますねぇ。人間(人類)は何処へ行こうとしているんだろうとは思う訳ですね。その渦に巻き込まれたくなくても巻き込まれている訳ですものね。
<抑圧されたものの噴出>は多方面で新たなものを生み出そうとしているようです。その抑圧されたものって人社会に留まらないでしょうけれど、2020年に予定されているオリンピックはその象徴のような事例でしょうねぇ。恥ずかしいですね、利権ズブズブな人たち。あれも人間の偽らざる顔ですものね。
それは精神世界の住人も例外ではないでしょう。知ったかぶりや、高次の存在との共依存や二人羽織、霊感ビジネスなど「あちゃ〜」ではないでしょうか。もちろん弊害だけではなく、気づきも多くもたらされたのも確かですが。だからこそ!なんです。スピリチャルはあなたの生きる意味と人生を繋げ、育むものであるべきと思うんですね。

反面教師から多くを学んできたのではないでしょうか?

そうです。この世界で、あなたが出会った人や事象にあなたは何を感じてきたでしょうか?世界情勢にしても。私たちは心の奥深くに常にそれらの情報を蓄えています。そうして、それらの情報があなたの、私の、<理想とする社会><あるべき世界><共存共栄が行き渡る健全な世界>などなどビジョンに蓄えられていることを知って頂きたいと思う。

ロクでもない愛すべき世界という、この世界。アトランテスの時代にだって、愛すべき点は無くなりはしなかったはず。愛する家族がいたはずだし、最後の日まで植物に水を与えた人もいたのではないでしょうか。もちろん逃げた人もいたでしょう。守ろうとした何かがあったはず。

私が何を言いたいかというと

あなたはあなたの生きる場所で…時に変化の時を迎えるなどしながら、精一杯生きて欲しい。精一杯、時に迷いながら何かを掴もうとしながら、それでも諦めずにいて欲しい。希望はあなたの中に既にあり、何をどうすべきかを知る知恵はある…あなたにとって有意義な知恵はあなたの中にある。外からもたらされる情報は、この私の気づきも含め、アシストでしかない。

あなたの中にある答え…深く眠っている答えをあなたが引き出しやすくするアシストでしかないのです。

聖母…いえ、あなたが慈愛を感じる存在であれば誰でも良いのだと思いますが、聖母は少なくともこの地球全生命の慈母…その象徴だとして。地球の危機的状況に際し、

14万4千人の人間に地球の命運を託すでしょうか?

慈母は日々の私たちを見ているのではないでしょうか?

地球は慈母です。ひとつひとつの命と繋がっており、雨風と対話する…命を生み育み、やがては老い朽ちる命の見守り手です。マリアは人間に受肉し、受容を体現した慈母。生きとし生ける命の慈母は言葉を超えて、人の敬虔な祈りを超えて、愛するのではないのでしょうか?

私は最近『サン・オブ・ゴッド(神の子)』という映画を観ました。改めてイエスの言葉を聞いて感慨無量でした。

活きた言葉

迷える人を導き、活かす言葉。そして、その姿勢に思うところが大きいんです。決して特別なことは言ってないのですが、人心の脇の甘さをつく力強さのある言葉…そして、愛に満ちていました。私はイエスの磔刑の…あの痛ましい末期を見て、ふとこう思ったのです。

磔刑のイエスは「共にある」と

「私は常にあなたたちと共にある」と告げているかのようだと

全人類の罪を購ったと聖書は語ります。ですが、私は購ったというより、自らを投げ打ってまで愛を説き…「共にある」と告げるようだと感じた。

あなたと共にある


私はメシア・メジャー…その他のチャネラーが言う「14万4千人の世界平和の祈り」のその数字はまるで魔法のようだと思う。

人を誘う数字。その14万4千人のひとりであろうとする人心をそそる魔法の数字のような気がしてならない。例え地球が危機的状況でも…それが人類の所業が為せる技であれば、その結果は負わねばならないし、最後の最後まで工夫努力を惜しんではならないと思う。

私たちの多くは魂の世界で持っていた能力…例えば癒しの技のような…の10分の1も発揮できない状態です。でも、それにも意味はあって…それは例えとして相応しいかは別にして、手元にあるだけの材料で料理を作るようなもの…それでも美味しく食べてもらおうと工夫する訳ですね。そういうのに似ている気がするのです。

限られた中で創意工夫するための何かを求め、作り出す。薬草や鉱物の力を借りて癒す。万能でないからこそ工夫する。

この世はそのための材料には事欠きません。

何かしら「ありがとう」と言える一日にしたいし、見つけたい。恨みつらみを抱えていようと「ありがとう」と言える何かしらを見出せる…それも救いです。

私らの願いをサムシング・グレートが知らないと思いますか?

磔刑に自分を晒したイエスが、その試練を受け入れたイエスが、我が子を抱いて涙した聖母が。

「共にある」

あなたがそう望めば、慈愛は常にあなたと共にあります。それは太陽であり、雨であり、風です。木であり、海山であり、岩であり…あなたが必要とする姿で存在しています。

発露が要。

常にあるけれど、あなたが心を開かねば感応は起こりません。いつ何処でそれが起きるか…分からない。本当に意外な時に訪れるもののようです。

語るべきことはもっとあるはずだけど、今日はこの辺にします。最後まで読んでくれて



ありがとう。



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(2016年12月27日記)

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