葛藤があなたにもたらすもの

Category : ウェークアップコール

無理もないなあと思う反面、私は「どうして人は人に<自分の人生の目的>を聞くのか?」「答えを求めるのか?」その部分に突破口を開こうとあれこれ言ってきたように思います。無理もない…されど、なんですね。私も通ってきた道ですから。
このブログに辿り着く人の数は本当に少ないと思う。もうこれは縁としか言いようもないのでしょうし、それで良いとも思う。
そして、私自身 予告もなく霊夢予知夢が始まり、ひょんなきっかけで霊視が始まったという経験があります。なので「なぜ私に?」「なぜ私が?」に答えを見出そうとあちこち出歩いたし、本もたくさん読み漁りました。

自分探し

皆さんも同じではないかと思います。
疑問の出発点は「なぜ生まれてきたのか?」「自分は何者なのか?」「何処から来て、何処へ行こうとしているのか?」だったのではないでしょうか。「そうそう」という声が聞こえて来そう。私にとってその答えを見出すきっかけは一冊の本でした。

『聖なる予言』(ジェームス・レッドフィールド著)

これ以降の拓(ひら)け方は凄まじく(笑)、仲間が仲間を呼ぶように周囲もシンクロしていたと記憶しています。周囲の人たちと情報交換するなどしては

自分探し

に誰もが勤しんだ…私もその一人でした。当時、ヒプノセラピーや精神世界企業主催のワークショップや個人セッションに明け暮れ、かなり散財(痛い痛い)。思えば何も無駄ではなかったと手放しで喜べない感もあります。その理由は簡単。

外にばかり答えを求めていた自分を悔しく思う。

人生は七転び八起き、試行錯誤の連続です。しかも生まれる前の記憶がありません。何をどうしようと思いついて、転生しようとしたか…その動機が一旦消去されての出たとこ勝負。人生とはそういうもの。だから<答え>を見出そうとするのでしょう。

自分が何者で、何処から来たのか?

さて

今日のお題は『葛藤があなたにもたらすもの』何処ぞの誰かへの当てつけのようですが(苦笑)、体験を通して私なりに学んだことをシェアしたいと思います。







今世の目的が「無制限の愛」と言われました。

今世の目的は「自分の聖地を創ること」と聞いていました。

葛藤に成らないよう気をつけなければいけないなとは思いました。






これはリーディング体験者の言葉。決して少数の声ではありません。誰もが「言われました」「聞いていました」という…まるでそこで時間が止まったよう。

自分の人生の目的を人に聞く

分からず迷う。知りたくて仕方がない。そして、教えてくれる団体や個人の存在をあなたは知り、救いを求める。まるでそれ以外方法がないようですが、果たして?「分からないから聞く。そのどこが悪い?」そう切り返す心の声が聞こえてきそうです。

ずっと前。私自身、自分探しに勤しんでいた頃、「あなたは1%にも満たない真実を語る人」と言われたことがあります。当時は「はい⤴︎?」(笑)でした、例に漏れず。その意味を今は納得。死角に切り込む性格も身の内…幼い頃から培った観察力が役に立っているのでしょう。「よく言うよ」ですよね、笑。周囲の大人たちは私にとってドラマの宝庫。気持ちの動きを見逃さない…そういうふうなところが私にはあったように思うし、目には見えない心の声をキャッチしていたのだと思う。
多分、私のリーディングを受けた人なら「そうそう」と納得するのではないかと思うのですが、私は決して「あなたは⚪︎⚪︎です」と決めつける言い方はしません。「・・・のような感じがするのですが、いかがですか?」と内観を促すようにしています。
チャネルにしろ「人を読む」のは当てる当てないではなく、その人の内観を促すお手伝い。それ以上でも以下でもない。それが私がリーディングを通して培った気づきです。

人生は、その目的を誰かに教えてもらい、それを道しるべに歩むためにあるのではない。

目に見えない領域…アカシックレコードもアプローチのひとつでしょうが、霊感で人を読むという作業はその過程で、対象となる相手の中に気づこうとする<種>があることに気づくはずなんです。ですが、多くがそれを見過ごしているのでしょうか。「教えて欲しい」「知りたい」という要求を満たすことに専念して。

発芽を促す

霊的アプローチは元来そういう質のものだったと思う。私は知ったかぶりをしようとしているのでも、自慢しようとしているのでもありません。自慢にもなりませんしね。私が何を言おうとしているかというと、

人生の目的を教えるべきではない。

それは本人が一生を通して掴み取っていくものではないでしょうか。マスター(師)が弟子を育てる時、答えを与えるでしょうか?

自分で辿り着かせるはずでは?

なのに何故でしょう。なぜ精神世界の達人たちは答えを授けるのでしょう。何故あなたは自分の人生の目的なのに答えを誰かに委ねようとするのでしょう?

その1:分からないから。
その2:自信がないから。

なぜ霊的アプローチをビジネス(生計を立てる)にするためのスクールやワークショップがこれほど乱立しているのでしょう?

その1:需要があるから。
その2:必要とされるライフワークだから。

私は幸いにも人生の目的に明確な答えを人から得たことはありません。図らずもアカシックリーダー(日本では先駆者?)ゲリー・ボーネルさんの個人セッションはこんなふうで、

ボーネル氏:あなたの過去生はパタンジャリというバラモンです。

私:それ誰ですか?男ですか?女ですか?

ボーネル氏:バラモンは男性のみです!(と、眉間にシワを寄せる)

私はこのために約8万円のセッション料を精神世界カンパニーV(笑、笑えない)に振り込みました。パタンジャリ?えぇ調べましたとも。でも、何も響かず。その他セッションでは「ゼウスの息子のひとり」、「ギリシャ神話時代のお姫様」、「日本創世記の神のひとり」など出るわ出るは(!)それら全て、何の意味もありませんでしたよ。皆さんはここで反応しないで下さいね!こういう前世誰々云々は話半分以下と思って差し支えありません。
余談ですが、通常は3万円代のところ、精神世界カンパニーVから届いたDMに「ボーネル氏来日個人セッションはこれで最後!是非この機会に!」という文言が…で、清水の舞台から(!)とこれで最後?(!)という切羽詰まった勢いで受けた個人セッションでした。約8万円…皆さんはどうか分かりませんが、私には思い切った金額でした。で、セッション当日、

ボーネル氏:え?来年早々来日予定ですよ。

私が何を思ったか…察して余りあると思いますが、個人セッションで精神世界カンパニーVの客寄せ法を知る…って痛い話です。これ誹謗中傷ではありませんよ。純然たる私の体験談。言いたいことはまだまだありますが、余談はこのくらいにして。

反面教師

私は自分が何をやってはいけないかを痛いほど学習した訳ですね。で、「あなたは1%にも満たない真実を語る人」の実態ですが、少しづつ紐解いていきましょうね。

宇宙の真理、霊世界の神秘、失われた十氏族の謎(笑)など、そういうことは誰か専門家の話で充分と思うんですね、真実かどうかは別にして。過去生にしても、誰かに聞きたきゃ聞くまでのことだと思う。ですが、人生の目的は

自分で辿り着くに越したことはないのです。

人生の目的って禅問答みたいなもの。答えは教えてもらうのではなく、本人が掴むもの。答えは生まれ落ちた刹那から始まった人間関係、辿った道、自分の嗜好傾向などなどヒントはゴロゴロ…自分の足元を見ずして、ではないでしょうか。

人生の目的を人に教えてもらおうとする、その心

あなたに自覚はなかろうと、人生はあなた(魂)が決めたプランどおり(!)プランAを選ぶか、Bなのか、あるいはCか、という…あらかじめ想定したプランの中から選び取りながら、あなたが歩いてきた道です。目的を果たすべく、ね。

どうして人に聞くんでしょう?

あなたが抱えている諸問題の中にそのヒントは見え隠れしているのではないでしょうか。薄々気づいていたけれど…でも、「そういうんじゃなく…求めているのは人生の目的という、もっと大きなテーマ!」と、あなたは言う気満々かも知れません。
細々(こまごま)とした問題解決のヒントではなく、自分が求めている答えはもっとスピリチャルで深遠な答えと思っていると思いますが、いかがですか?

そうですね…、試験会場で答案用紙の中に分からない問題があったとします。あなたは「答えを教えてもらえますか?」と声を上げるでしょうか? 例えるなら、人生は答えを誰かに教えてもらう訳にはいかない試験会場のようなもの。答えの欄の空白は自分で答えを見出して埋める以外にはない。
人生は数学の応用問題のようでもある…習ったことを応用して解き進める。創作文のようでもある…発想力を活かして書き進める。そうですね…これらは適切な例とは言えないかも知れません。何故なら、あなたが知りたい!と求める人生の目的…あるいは使命は深遠で唯一の答えだから。それを知ることが出来れば、霧もモヤモヤも晴れる…ですよね?

でも、それは「あなたの行き先は⚪︎⚪︎で。行き方はこうです」と手取り足取りしてもらうのと同じ。あなたは何故、人生計画をいったん消去した状態で生まれてきたかをスッカリなおざりにしているのですが、気づきもしない。

何故いったん記憶(人生計画)を消去した状態で私たちは生まれてくるのか?

自分で見い出すためですよ。経験して、そこから学び取るためです。教えてもらったら…元の木阿弥。確かにまた振り出しに戻ってやり直すことは出来るでしょう。ですが、ずっと分からなかった答えを見い出す喜びや達成感をあなたは放棄したことになりませんか?

師は弟子に答えを教えるでしょうか?

自分で掴ませるのではないでしょうか?

精神世界ブームの恩恵を私たちは享受してきました。ですが、同時にこうした安易さに乗っかってしまう弊害も背中合わせ。あなたは決して安易な方を選んだつもりはない!のだと思う。ですが、精神世界ブームはお金さえ払えば、その気にさえなれば、誰もが霊能者ともセラピストとも名乗れる空気を生み出しました。

かつて、巫女の神託には審神者が介入したといいます。

審神者なき霊感

それがもたらすものは決して恩恵のみとは言えない。あなたは藁をもすがる思いで、いずれかの門を叩いたのだと思う。その扉の向こうであなたを待ち構えた人物…霊能者…は自分の諸問題をクリアしていると、あなたは思っていますか?

実はあなたと余り変わりはありません。たったひとりの例外もいません。

ソウルメイトをこの人も違う、あの人も違ったと探し続けるセラピスト。子供を捨てるヒーラー。金銭詐欺を働くチャネラー。ひょっとしたらあなたよりヒドいかも知れません、カルマの是非は。それが何を物語っているのか?

精神世界もビジネス

決して慈善事業ではない業界ですし、答えなければ商売にならない。だって答えを知りたくて悩める子羊はやって来るのですから。

人生の目的。使命。

それはあなたがその時々で抱える諸問題をコツコツと解決して行く中で見い出すに越したことはなく、死の刹那に悟りを得ても何の問題もない。死後に「あぁそうだったのか』でも構わないのですよ。あなたが一生懸命生きたのであれば。
あなたは知りたい!という欲求を満たそうとし、「あなたの天命(目的・使命)を教えてあげます」という看板に飛びついた…そして、あなたが新たなお客さんを待つというサイクル。この世は飯の種には事欠かないようです。

話を進めましょう。

魂は<岐路>の想定内で幾つかの選択肢を準備します。自由意志はなので、そこでも発揮される訳ですね。ラッキーもアンラッキーも選択肢次第。結婚ひとつとってもそうではないでしょうか。で、選択肢には<動かせない>ものと<動かせる>ものとがあって

動かせないもの:親、家族構成(誕生当時の)、出生地など

動かせるもの:就職、結婚、住居など

それらツールをT・P・O共々利用しながら魂はプラン設計をします。予定どおりとは第一案と云えるでしょうし、第二案、第三案とシミレーション…自由意志はそういうふうにも発揮される訳ですね。上手く出来てると思います。

導き

確かにそれは現実存在します。目に見えない直感・霊感に由来する場合や、何か人や事象によりもたらされるもの。精神世界ブームの中、極一部の特権だった霊感や癒しの技をその気にさえなれば、お金を支払いさえすれば、誰でも生業に出来る時代を私たちは生きています。恩恵と弊害は背中合わせ。私はその両方を味わったひとりですが、「チャネルで成功したい」「チャネルだけで食べていけるようになるのが理想」という人を複数見てきました。中にはゴッドハンドと呼ばれるヒーラーも。ですが、彼、彼女に共通していたのは

霊感秀でているが、個人的問題は未解決

そういうヒトは極一部とあなたは思いますか?いいえ、これが精神世界達人たちの実態です。素人が素人を育成している…ザックリ言えばそういうことでしょう。

かつては巫女の神託には審神者が介入した。

審神者なき霊能ブーム

審神者はもう過去の遺物と化しているようですが、これが何を物語っているか分かりますか?

あなたが本当は何者なのか?

その答えをこの人生だけで見いだせるとあなたは本気で思っていますか?

今世の目的は「無制限の愛」「自分の聖地を創ること」と言われたと誰もが鵜呑みにする。それを抱きかかえて生きようとする。そして、また、新たな答え探しが始まるのでしょう?どういうことなんだろうと。どうすれば良いのだろうと。

あなたは既に生まれ落ちた時から人生の目的を生きているのですよ

真の師は弟子に答えを教えたりはしない

つまり今日日の精神世界業界のリーダーたちに真の師はいないということです。手厳しいですか? そうでしょうか。もし あなたが答えを教えてくれる人間を求めているとすれば…私に言える言葉は何ひとつありません。

私は自分で見い出すしかないところまで追い詰められました。ギリギリのところまで来て、ふと視界が開けた。「あなたは1%にも満たない真実を語る人」その心は、

「答えは外にはない」

こんなしごく単純なことなんです。厳密に言えば、「答えを外に見出そうとせず、あなたの中に<種>があることを、発芽を待つ<種>があることを信じて欲しい」と語る…これだけなのだと思うのです。

あなたはほんの少し、ほんの少しの背中の一押しを必要としているだけです。

あなたはいつまで答えを、あなたの中にフツフツとある疑問の答えを、外にばかり求めるのでしょう。自分探しの旅は生涯を通してなのだと思う。

それにしても、分からないから知りたくなる。その焦燥は何なんでしょうね。それにしても、「私の元に来なさい。あなたの人生の目的を、使命を私が教えてあげましょう」と蜘蛛の巣張ってる人の多さ!
私は私で「自分で試行錯誤してたどり着きましたよ。私に出来ることは、あなたにも出来る」と懲りもせず伝えようとしている。「知りたい!」気持ち…それも自由意志です。それでも!なんですね。

分からないから知りたい!

それは科学者の探究心を彷彿とさせます。しかしながら科学者は研究し、試行錯誤の果てに答えに辿り着こうと意欲を燃やすのですよね? 中には他人のコピペ発覚で世間を騒がせた女性がいましたけど。
植物も動物も学習するのですよね?なのに人間は人生の目的という究極にして単純な<動機>を他人の弁に委ねようとする…何故なのでしょうね。

さて

「葛藤があなたにもたらすもの」ですが、推奨者、アカシック・リーダーでもあるゲリー・ボーネルさんの「葛藤を手放す」からアプローチしてみようと思います。

何故ボーネルさんは「葛藤を手放す」を啓蒙するのか? アセンションのためだったと記憶しています。説を二転三転させる氏のこと…今はどういう理由を掲げているかは分かりません。今もアセンションですかね?
確かに葛藤の原因を知れば対処法だって見つけられるでしょうし、自信が持てるようにもなるんだと思うんですね。ですが、氏がどういう経緯でそこに辿り着いたか?そこには氏の青年期(少年期?)の体験が大きく影響しているようです。

ボーネルさんは母を義父の暴力から守るために虐待を受け続けたそうで、その過程で<幽体離脱>を体験したと語っています。

成育期の虐待体験では虐待を受けているのは自分ではないという自己防衛本能が働くと聞き及びますが、氏の場合は<幽体離脱>だった…かなりの極限状態だったことが伺えます。その経験の上に立ち、「葛藤を手放す」に至るのは並大抵ではなかったろうと思います。幽体離脱…大いに助けられただろうことも想像に固い。

で、私はボーネルさんの葛藤のなさに普通じゃないものを感じるんですよ。虐待の記憶が氏にもたらしたもの…幽体離脱はギフトだったでしょうか?

氏の葛藤のなさは幽体離脱を経て、試行錯誤して培った霊感・霊視が起因する。

だとすると、私は手放しで万々歳!とは言えそうにありません。どこか「虐待を受けているのは自分ではない」という自衛本能に裏打ちされた心理に共通するものを感じるのですよ。
良い悪いじゃなく、ボーネルさんには臆面もないところがあります。アセンションに関する度重なる変更。「アカシックレコードに書いてあることは絶対に起きる!」と明言する一方、「読む時系列で違いが出てくる」と説明を試みる…この矛盾。
悪口ではありませんよ。実際に見聞きしたことに基づく話ですが、ボーネルさんには学習能力がないのでは?と思える節すらある。アカシックレコードを読む難しさは氏の言動で明らかなのに止めない。予言が外れれば、「I'm sorry.」と素直に詫びるが、一向に止めない。ボーネルさんが「必ず起きる」と言った地震予知を信じて周囲に知らせ回り、信頼関係が崩壊した人の質問現場に遭遇…、私はもうこれは宗教だなと思ったのを記憶しています。

ボーネルさんの理由(予言が当たろうと外そうと)を信じ切る人々で構成される受講者。これは新興宗教の教祖に「ついていきます!」という信者の熱意と何処が違うの?な私です。責めているのではありませんよ、正直な感想。
もしアメリカであれば民事訴訟に発展しかねないでしょう。友達家族の信頼を失った女性は責めるでもなく、信じた自分がバカだったというふうでもありませんでした。ただただ本当のところが知りたいと氏に問うた…その答えは「アカシックレコードに書いてあった。それは事実。アカシックレコードは絶対です。でも」「I'm sorry.」というものでした。

予言は外れた…でも責めるでもなく。信じた自分がバカだったというふうでもない。

これは「巫女の神託に介入すべき審神者がいない」弊害以外のなにものでもないのではないでしょうか? ボーネルさんにしろ他チャネラーにしろ、審神者に値する人材がいないまま予言・霊視を行っている…誰もそこに異論を挟もうとしない。異論を挟むと空気が凍てつく? そして、去るしかない。

ボーネルさんには「葛藤を手放す」という信念がある。

何か変だよと思うのは私だけ…多分そうなのかも知れません。非難しているのではありませんよ。本当に何か変と感じるんです。誰も変と思わないのだろうかとも思う。

ボーネルさんには何処か<夢想家>の匂いがする。

葛藤がないのが氏のモットーとすれば…もう誰も氏のそうした履歴に対し、物申すべくもないのでしょう。今現在この世界に完璧に覚醒した人間はいないというのに。
ボーネルさんはこれからも「アカシックレコードに書いてあることは絶対起きる」と「変更が起きた」の盾と矛人生を全うするのだと思う。

何故なら葛藤がないから。

皮肉に聞こえるかも知れませんが、実際にそうではないでしょうか。加えて氏は実にビジネスライク。その詳細はここでは書きません…過去記事にあると思うので。

幽体離脱。虐待に伴い生じた離脱体験。氏はトラウマを克服し、葛藤を手放したと本気で思っているのだと思う。ですが、私にはどう視てもそう視えないのですよ。

感謝して手放す。

もし本当に感謝できるのであれば、手放す必要はありません。ホノボノオの4つのアファーメーションがそれを物語っていると思うのですが、いかがですか? もうこれは価値観の問題ですね。ホノボノオは手放すではなく、受け入れる。受容の精神そのものです。あなたはどちらを心地よいと感じるでしょう。

幽体離脱するほどの堪え難い体験も魂の意図なら?

それは手放すことではないように私は感じるのですよ。

抱き参らせる

そういうことだと思うのです。自分が決定したことを<手放す>ことで収束させる…それは私には体の良い<逃げ>に思えてしまう。1%もその可能性はないと、あなたは言い切れるでしょうか? 私は厳しく自身を律すべきと言おうとしているのではありません。

抱きしめてあげようよと言っているのです。

ボーネルさんは反面教師。審神者なき霊能…霊能ビジネスの申し子なのだと思う。少なくともそのひとりではないでしょうか。

自分で蒔いた種は自分で刈り取らねばならない。

手放すはこれに値するのでしょうか。は慎むに越したことはないのです。

葛藤がバネになる

葛藤を経験していなければ、辿り着くことのなかった<道>がある。

生きていれば記憶から消し去ってしまいたい過去も大なり小なり(私は大なり(笑)の方ですが)あると思いますが、そこを通過しなかったら…?

失敗は成功の元ともいう

これ、スゴく…私らが此処に転生した意味や理由を物語っていると思うんですけど、いかがですか?

あるいは

人間関係の躓き。過去形にしろ10人いれば10人、何かしらあると思うんですけど。躓かねば、気づかなかったことって…ありませんか?

学習

人生は学習の機会です。嬉し嬉し。ワクワクがなぜ推奨されるか? あなたに私にそれを見出して欲しいから…それ以外の何ものでもないでしょう。『サウンド・オブ・ミュージック』という映画に「辛い時、泣きたい時、好きなものを思い出せば」という歌があります。でも、好きなもの思い出すくらいではどうしようもないこともありますよね? そういう時、じゃぁどうすりゃいいのよ…ですよね? 私はワクワク!も嬉し嬉し!も何かこう…何かこう…この娑婆世界では限界があるなぁと感じてしまう、私だけかも知れません。

苦悩の原因は自分にある訳で。自分の選択に原因がある訳で。

確かに楽し楽し、嬉し嬉し全開!であれば、どんなにかハッピー!かとは思いますよ。でも、そうは問屋が卸さない。何故なんでしょうね。

何故そういう苦しい現実を選択してしまうのでしょうね、私たち。

偶然(に思えること)も必然もすべて魂が引き寄せたものであれば…じゃぁ何故?多くの人間は嬉し嬉しだらけではなく、問題の多い人生を選択したのでしょう? なぜ引き寄せたのでしょう?

理由は以外と簡単です。私たち自身(魂。深層意識・潜在意識という層を通して)が必要に応じて引き寄せた。後悔先に立たずになるとしても引き寄せた現実。西洋人がよく口にする「神が私に与えた試練」という言葉に「バカ言ってるんじゃないよ」とツッコミたくなる私ですが、「まぁ死ねば分かるか」とかどうとか溜飲を下げたりして(笑)。いずれにしても

痛い。苦しい。辛い。悲しい。恨めしい。怒り。憤り。喪失感。無念。

そういう一切合切!いわゆるネガティブ系列の一切合切って、経験しない人に理解を求めても無理だし無駄。通用しません。ましてや、ヒーリング(癒し)やセラピーはそれ故にあるのだと思うんですね、私ら経験者は語る人間のために。

で、天使がそこに大きく関わっていると思いますが、皮肉なことに彼らは痛みも悲しみも知らないようです。意外ですか?

第一、彼らは受肉という形態をとっていません。つまり肉体を持たない異次元の存在。痛い、苦しい、辛い、悲しいという感情を彼らは持たないようです。七転八倒する私ら人間を「@@?」と(笑、笑えない)。

天使は純粋に<癒し>の存在であり、エネルギー。そういう周波数に住む存在。

苦悩に感応するエネルギー

これが何を物語るかというと、この世は何層にもなり、共存共栄している。

天使の役割は援助

聖なる存在の手先…だからこそ天使は天の遣いと呼ばれるのでしょうが、純粋なエネルギー、罪穢れのないエネルギーは大いに私たちを癒してくれる。何故か?

何故なら、私ら自身には元々はこの有限の世界の苦悩を知る以前があったから。有限の世界はここ地球だけではありませんしね。妖精もそう。いるいないは置いといて。

『シティ・オブ・エンジェル』という映画は天使が人間に恋をして下界に降りた物語ですが、天使が人間の肉体を持って初めて痛みや喪失感を知るという内容でした。ですが、それは決してネガティブと決めつけられるものではなく、その天使は一途に誰かを愛するってどういうことかを身を以て知った訳です。フィクションとしても、そこに描かれている心は私たちに何かしらを語りかけるのではないでしょうか。それって、イエスがこの地に生を受けて受難を経て、人類救済を約束したことに通じると思うのですが、いかがですか?

身を以て体験する

人生とはそのために存在する、私たちのための得難い機会ではないでしょうか。葛藤もそれ故に、経験することで私たちは何かを学ぶ…知るのだと思うんですね。

そこを経ることで、あなたが得るものは小さくありません。

えぇ得ることの方が大きいのだと思う。良いこともそうではないことも身の内です。葛藤は壁。行き詰まり、迷い、苦悩。できることなら無くなって欲しいですよね? 故に「手放す」という啓蒙は大いに歓迎されるでしょう。ですが、それは責任転換じゃない?と私は自分の経験を通して思ってしまう。多分「感謝して、手放しましょう」ということなのだと思うのですが、私はこう思う。

「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」

「手放す」はこれに含まれるだろうか?と。

もうこれは価値観の相違でしょう。従って皆さんは自分の心と照らし合わせて、何かしらOK出来るところを探り当てて頂きたいと思います。刈り取ったものをどうするか?も含め、大切なのはそういうことだと思うんですね。私はこれまでの経験…消化しきれなかった感情も含めて「それもあり」と受け入れてきたと振り返って思います。

不完全さも身の内

誰かに傷つけられたとしても誰かを傷つけたとしても、私らは自分の心と対峙するしかない。もし怠れば…それは<逃げ>なんだと思う。誰かの助言を受けるにしても最終的に「決める」のは私たち自身です。セラピーもヒーリングもそれをスムーズにするためのツール。気をつけねばならないのは霊感によりあなたに与えられたもの…鵜呑みは禁物と私は思う。

堪え難い経験が人間に及ぼす影響

それは計り知れません。ボーネルさんの経験がアカシックレコードという霊的アプローチへ繋がった、幽体離脱が氏に及ぼしたもの…それは良いとか悪いとかじゃなく、

現実逃避

一度そこを経ることが人間に与える心的影響を私は思ってしまう。幽体離脱は堪え難い現実からの逃避…それが習性へと結びつく可能性はゼロではないでしょう。私はそれを責めているのではありません。氏も道半ばということなのだと思います。

幽体離脱による神秘体験。それが瞑想習慣に繋がり、アカシックレコードへ結びついた。葛藤に結びつくような事態としても本人の(魂の)許可なしには何も起こらない。例外はありません。すべてのタイミングが揃った時に事象は動き、現実になる。

超えられない試練を設定しない。

これが魂のルールです。だとすれば、ボーネルさんの痛ましい体験はボーネルさん自身(魂)の決定事項。カルマが介在し、人間関係を構築する。それでも現実逃避に至るほどハードだとすれば…? 思うにそれも選択肢のひとつ。他に選択肢はなかったと言い切れるのでしょうか。私は責めている訳ではありません。私たちは常に<岐路に立つ>立場にあるし、実際に体験せねば分からないことだらけじゃないでしょうか。

「葛藤を手放す」はボーネルさんの体験に基づく結論

無理からぬ答えだったでしょう。アカシックレコードを限りなく100%に近く読み解く力量を持つ人間はゼロと私は思っています。ボーネルさんのリーディングが二転三転し、外れる場合がある…「アカシックレコードに書いてあることは必ず起きる」という氏の定説は「時系列で変化する」という相矛盾と同居している。

ボーネルさん自由意志を生きています。従って「答えを人に聞くのではなく、見出そう」という私の助言も自由意志に則るもの…強制力はありません。

葛藤がない。

サイコパスも葛藤がない。氏がそうと言う訳ではありませんが、この世の中は信じるか信じないかは、あなた次第。だからこそなんです。「もう外に答えを見出そうとするのを止めませんか?」「背中の一押しに数万円数十万円貢ぐのはやめましょうよ」「え?食べていかねばならない?正当な代価?」と言うしかない。本当に「あなた次第」な世の中ですよね。

ボーネルさんの幽体離脱体験は虐待時、守るべきお母さんがいたことに私は思いを馳せます。だから生きて耐え抜こうとしたのかな…と思うんですね。堪え難い屈辱と痛みだったでしょう。ですが、同じ境遇にあっても幽体離脱することなく乗り越えた人もいるでしょう。
また、サイコパスの傾向に「葛藤がない」点も見逃せません。ボーネルさんがサイコパスと言おうとしている訳ではありません。似た傾向はあるなぁとは思いますよ。数人遭遇していますからね、サイコパスな人間に。

私が何を言いたいかというと

葛藤なき人生などあり得ないということ。それどころか、葛藤があなたに私にもたらすものは大きいということ。酸いも甘いも身の内。そして、魂は乗り越えられない試練など予定しないということ。

苦難を通して私たちは何かを学ぼうとしているのではないでしょうか?

イエスは磔の最中も意識は目の前の人々と天に向けられていたのでしょう? そこに私は<逃げ>のない精神を見出します。イエスは人類の罪を一身に引き受け、贖ったと聖書は謳う。ですが、私には「道は示した。後はあなた方次第だ」と聞こえる。

イエスの受難をあなたはどう思いますか?

私たち人間の罪深さというか…未熟さを目の当たりにした上で、肉体の痛みと精神的苦悩を身を以て経験した上で、果たされた福音<約束>だったのではないでしょうか。

葛藤があなたにもたらすもの。

その一番の恩恵は愛。苦悩があなたにもたらすもの…それは共感…感応です。





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Author:takako

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(2016年12月27日記)

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