サナンダはキリストその人なのか?

Category : アセンション

[追記 7月1日] 非公開の方に『日本のこころ…ですか?』(←『』内をクリックすればサイトに移行します)をアップしました。閲覧にはパスワードが必要です。新たなパスワードの申請は受け付けていません。ご了承下さい。





「人間がいなくなった地球に起きること」:もしかすると繰り返されているかもしれない新しい地球の誕生
http://indeep.jp/what-would-happen-if-humans-disappeared-and-future-earth/


世界中で「湖や川の水が突如として大規模に消える事例」が続出している理由。そして、この地質活動の異変は太陽黒点ゼロ時代にさらに拡大するか
http://indeep.jp/cause-of-mysterious-disappearance-of-lakes-ponds-rivers/


アメリカの行方不明者たちのいくつかで共通している「異常に不可解」な事実から推測できる「全世界に広がる失踪システム」。目的や方法は不明
http://indeep.jp/mysterious-patterns-across-thousands-of-us-missing-persons-cases/


新井信介さんのHPには今騒がれている英国EU離脱の解説が掲載されています。以下がURL「イギリスがEU離脱。新自由主義が破綻?ところがどっこい、シティーの金融ビジネスは却って繁盛する」です。
http://www.k2o.co.jp/blog4/2016/06/post-205.php

これってパナマ文書と無関係ではなさそうな。







↑はお題とは無関係なつかみネタですが、本当に地球は大変なことになって…そういう時期に「人間がいなくなった地球に起きること」とか画像を見ると妙に納得出来たりして。自然の回復力って凄まじい。「そうでなくっっちゃ!」なんて心の声もあったりして。絶滅危惧種も人間がいなくなれば、また自然の理で生命復活するのかなぁとか想像したりするこの頃。
アセンション情報の立役者の一角、バシャールが2016年秋から変化が始まるとか(?)言ってるそうで…それじゃなくても今年に入って世界を駆け巡ってるニュースの慌ただしさ!や〜っと舛添がしがみつきを諦めたと思ったら、次の候補が取り沙汰され、しかも参院選もって…本当に慌ただしいったらありません。(*舛添に関しては、ラターシュに魅せられて を参照の上。日本の政治の表裏がよく分かるサイトです)
で、新井信介さんという方のHPを閲覧したら「生長の家が安倍政権をもう支持しない」と発表したという記事が上がっていて…「生長の家って宗教団体よね。これまで安倍政権を支持してたんだ、へぇ〜今頃支持しない宣言するんだ」とかえってズブズブ感を再認識。公明も口先星人だし…政治と大規模信者集団って支えあってるのは知ってはいましたが、「勘弁してよ」かと。
新井さんって新王族とか命とか理念を語る方ですが、飛鳥さんも「ラストエンペラー(天皇)が」と世界新秩序の中心に天王がなると熱く語ってます。一方、玉蔵さんという人は「縄文時代には天皇などいなかった。天皇が登場してから争いが絶えなくなった」と書いてます。え、私ですか?

私はもし天皇が飛鳥情報のように世界新秩序の中心的役割を担うにしても今までのような<支配>ではなく、<総括:ばらばらのものを整理してまとめ見守る>的なお役目なのかなぁ…そやって欲しいなぁと思いますが。でなければ、首をすげ替えて<1%が99%を支配する世界>に変わりはない訳で。要は<円卓の騎士の長>という役割でなきゃ存在意味ないなぁと。象徴という謳われ方をして存続しているが、皇族のネットワークって世界の王族?

私は、頭にクラウンを戴く人間って必要あるのかなというふうなものの考え方です。

民衆と共に汗を流し、耕し、苦楽を共にする器量があるに越したことはない。皇族外交って親睦会的な匂いがしなくもなく…どこにどれだけ予算が組まれてるのかも分からず。慰問にしても仮宿舎暮らしを強いられている民を慰問し、励ます…ですか?

私は「苦楽を共にしない慰問など付け焼刃に過ぎない」と思っています。

精神的に苦楽を共にしてはいるようですが、汗水流して復旧に尽力する訳でもなく、まぁ…政治に口出しも手出しも出来ないという…これぞ!象徴ということなのでしょうし、また慰問を有り難く思う人たちがいるのも事実でしょうし。それってスポーツ選手が「元気を届けたい」とか「勇気を与えたい」とかいう精神交流と似ているかも知れませんね、良い悪いじゃなく。確かに応援した選手・グループが優勝して「元気をもらった」という人の情ってありますものね。ですが、もし借り暮らしが長きに渡り、故郷にいつ帰れるか分からないとしたら?

私たちはそういうひとつひとつの誤魔化しとも言える高揚に煽られている場合ではないでしょう。リオ五輪?誰のためのスポーツ祭典なのでしょう。現地には日々の暮らしにも事欠く市民がいるというのに。
そういう誰かの苦痛の上に乗っかった作りものの感動劇など私は見たくもありません。2020年東京オリンピック?そこにつぎ込む莫大な予算資金があるのなら、福島や熊本の惨状改善につぎ込む方が良い。どうして政治はそれをしないんでしょうね。税金でしょ?湯水のように利権の温床やVIP待遇に配分しないで欲しいものです。

やれやれボヤキが長すぎました(苦笑)そろそろ本題に入りましょう。






サナンダ。

天空に宇宙船が満つる…の著書でも登場する名前です。サナンダ=キリスト。金星人ということのようですが、私はちょっと違和感を覚えます。いいんですよ、サナンダが実在してもしなくても(上から目線で恐縮です)。ですが、果たしてキリストと同一人物なの?となると話が違ってきます、私的に。

「天空に…」って全てを霊感に頼ってますよね?

他にも霊感(お告げ)に準じて世界平和行脚を活動資金を募って行っている人いますが、一向に世界に平和が訪れる気配はなく、天災被害も深刻の一途を辿っています。

映画「美しい緑の星」も高評価でネットに受け入れられました。確かに理想とする境地が描かれていまるとは辛口の私も流石に思う訳ですね。ですが、ヒロインやその息子に出会った人たちが開眼する描写…あれは<他力>じゃありませんか?

想念操作

彼女の息子たちが空港入国審査を受けるシーンでしたか?あの場面は顕著でした。完璧に想念操作が行われていました。厳しい言い方ですか?果たしてそうでしょうか。あのですね…残念なお知らせですが、他力で潜在意識を操作されて性根が変わるって、それは借りものでしかありません。

自発

これこそが私たちに求められる資質と私は思っています。もちろん私感でしかありませんが。

私たちは心の何処かで待っています。

世の中を劇的に変えるヒーロを。誰かを。宇宙船により携挙(「天空に…」がそうですよね)。キリスト(メシア)再降臨。自分には何の力もない。誰かの助けが要ると思っていると思いますが、いかがですか?
確かに私たちは何の権力もチカラ(魔法のような神通力)も持っていないかも知れません。また長きに渡ってヒーローものに洗脳されています。スーパーマンやウルトラマンの描写がそれに当たります。ヒーローは世界の言葉でもありますしね。
確かに私たちはそういう意味では非力かも知れません。スーパーパワーなど夢のまた夢。ですが、そういうスーパーパワーをあなたが、私が持ったとしましょう。あなたは何にそれを使いますか?人助けでしょうか。

悲しいお知らせですが、使う側と同様に試行される側にも何らかのラインというか…条件があります。万人を救う医薬品がないのに似て(副作用・新たな抗体など)、双方に何か目に見えない作用が働く。それが<徳・陰徳>ということなのかも知れません。双方に、です。そして、そこには共依存が横たわっている。

サナンダに関して、私はそれを感じるんですよ。

サナンダ=キリスト

キリスト。人は彼の愛を無償の愛と説きます。聖母も。ですが、果たしてそうなのでしょうか。聖母を霊視した児童が「お利口さんにしていなさい」と、良き行いというものを聖母から告げられたと口々に言うという報告があります。

聖母は「悔い改めなさい」と説く。

私は恐れ多くも聖母を批判しようとしているのではありません。何を言いたいかというと、聖なる存在に愛される条件というのがあって、その条件を満たす必要がある…違いますか?そして、それは

日頃の行い。生きざまが問われる

という…「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」と言います。それはこうした因果が働くためです。その因果には何人とも逆らうことは敵いません。自分で蒔いた種は自分で刈り取る…それが生きる上での原則。話が一向にお題に近づきませんが(苦笑)、少しの間、おつきあい下さい。

それなのに、です。それなのに、キリストは再降臨するという…何のために? 民を救うために。で、その民とは「悔い改めた者」であり、「日頃の行いが善良な者」であるという…その条件を満たした者らしい。聖母は「悔い改めよ」と告げる。聖母の警告に耳を傾けた者こそが救われる…

自分で蒔いた種は自分で刈り取らねばならない私たち

後悔先を立たずという苦い経験があるとして、それを自己責任で負う覚悟があるに越したことはないということかも知れません。反省もせず、言い訳ばかり人のせいにばかりするような性格って確かに不愉快ですが、それだけではないんでしょう。

救済。降臨を考察するのは飛鳥昭雄さんのようなスペシャリストに委ねるとして…私は直接そういうメッセージを託されている訳でもありませんから。ですが、聖書は預言書としての性質がある…とすると、本人が降臨すると約束したとなれば…それなのに金星人サナンダとして活動する必要ってあるんでしょうか…?

やっと本筋にたどり着いた!(笑)

金星人サナンダは宇宙連合の司令官的役目でしたか? そして、「時満ちれば、善良な者たちを救う。宇宙船にて携挙する」と渡辺さんたちを導いては儀式へ駆り立てたのですよね?
ある人は「キリスト教を信じる者だけが救済される」と説く。異端者は救われないと。やれやれですが、いずれにしてもこの手のメッセンジャーは自分が信じること、言うことを、信じる人間は救われるという…チャネラーも含めて、そういう思考のようで。ですが…何かシックリ来ない私です。まぁ私がシックリ来ようが来まいが、そんなの関係ない訳ですが。
サナンダの想像図というか、肖像画が世界に出回っています。そして、それは金星人の特徴…金髪の青い目の美しいヒューマノイド。そして、それはキリスト教圏が描き続けたキリスト像と一致する訳ですね。キリストは金星人という説まであるようですけど、誰も彼もチャネルや霊感に頼っての主張な訳です。前世を思い出して、キリストに会ったことがあって、その記憶を辿って…というのもあるでしょうけど。キリストの実際図がどうであれ…私がシックリ来ないのは、金星人サナンダとして転生して地球人(善良に限る)を宇宙船で携挙する…そういう必要性にキリストは迫られるだろうかという点

サナンダ以外にも遥か彼方から地球にやって来て、地球人の動向を見守り続けるヒューマノンドがいるという。まるで寄って集って、どんだけ地球人に世話焼こうとしてるんでしょうね。例え地球は特別な惑星としても。

聖書を信じる人々はキリストの降臨を信じている。

聖書にはキリストは磔の刑の後、蘇り、昇天したと記されている。蘇り、一番先にその姿をマグダラのマリアに見せたとある。ところが「磔の刑などなかった」と言う人が現れた…マシュー君などがその一派。

いったい何が事実でそうではないのか?

第一、サナンダは実在するのかどうか?それさえ「信じるか信じないかは あなた次第」ということではないのでしょうか。

これは私の私感に過ぎませんが、サナンダが実在するとして、その信憑性を論じるにあたって「サナンダ=キリスト」である必要などない。信憑性はその志こそと思う。そして、キリストは本人が「再び帰ってくる」と。降臨を約束したとすれば、何もサナンダという金星人をやる必要性がない。何故なら、キリストはアセンションしたマスターなのだから。

キリストはヤハウェ自身…キリストの語録がそれを裏付ける。

とすれば、司令官として極一部の人間にテレパシックに<携挙>というメッセージを託す必要性などない…あるのでしょうか? もっと胸懐を開き、登場するだろうと私は思う…あのリオデジャネイロの像のように(まぁこれは想像図)。私感に過ぎませんよ、あくまでも私感。

私は一人一人の心に届くようにキリストの愛は在ると思っています。

キリストの愛とは信仰の種類に影響されない。何というか…聖母の「悔い改めなさい」や「お利口さんでいなさい」は、キリストが説いたとされる「愛する」という…あなたも他者も等しいという…故に「誠実に接しなさい」ということなのじゃないかと思うんですけど、いかがですか?

聖母が指し示す「悔い改めなさい」とは「誠実に接しなさい」ということなのかと。何をどう悔い改めるかというと、奪っても騙ってもならない。何故ならば「人の子もこの世の命も押し並べて創造主より出でた創造物だから」じゃないのでしょうか?

キリストが極一部の霊能グループに救済のメッセージを託すと、あなたは思いますか?

少なくとも私は思いません。メッセージは平等に放射されている。ただ…それをキャッチするかどうかということだろうし、声が聴こえたとかそういうことだけではなく、何かしら私たちの暮らしぶりに「誠実に接しなさい」が表れているかどうかなのだと思うんですね。一番大切なことは。

確かにベルナデッタやフランチェスコなど特別な役割を担った魂はいます。一部の少女少年には視えるし、聴こえもするが、周囲の人間には視えもせず、聴こえもせずという話も枚挙に暇がなく、世界各地で起きているようです。
ですが、私たち普通の者たちはその生きる土壌で出来ることがあるんですよ。「誠実に接する」機会は常にある。それを生かすも殺すも私たち次第ということではないでしょうか。

今地球が迎えているのが尋常ではない事態なら

そこに人災という影響が甚大なら

人心の荒廃が悔い改まらないなら

1%の富裕層と99%の持たざる者という構図が改まらないままなら

いつまでたっても飢える人たちが虐げられた人々がいなくならなければ

食料を供給しようと供給しようと飢える人がいなくならない国が後を絶たないのなら

それらは<人災>です。悔い改まらない一部の人間の罪です。その悔い改まらない事態が収束を見ないのなら。

この私たちが住む世界は常に不協和音で満ち満ちています。もうこれ以上待てない。もし今がそうなら、確かに宇宙船が天空に満ちて、善良な人々を携挙する事態も想定内でしょう。何故なら1%の富裕層を取り締まるべき法がない。平和行進をしようと、戦争反対の声を上げようと関係ない1%と利益を共にする人間がいるとすれば、もうそれは民衆の一人たる私たちがどうこうする問題でもないでしょう。タックスヘブンも明らかになってますし、彼らにとって不都合な人間の不審死も世界にはあるとも。

私たちは自分に出来ることを日々行う。

誠実に接する。誰かに不躾な仕打ちをされても、あなたが私がしてはならない。そして、同時に不当な扱いには声を上げねばならない。でなければ自分を守ることが出来ない。私らはそういう両輪の上に生きています。お人好しなだけではNGな訳ですね。

いずれにしても

私たちの日常が鍵。それが心を養い満たし、周波数に響く訳です。周波数…波動は現実です。キリストが、聖母が伝えるところは普遍。その普遍さの根底にあり、すべてでもあるのが、



誰にでも機会は投げかけられている。受け取る人(そして、行う人)と受け取らない人がいるということでしょうか。自由意志ですからね。また、どういうのが受け取っているのであって、そうではないのかって微妙なとこありますでしょう。私たちは寿命尽きるまでまな板の上…皆さん、腹をくくりましょう。私も例外ではありません。

世の中は2012年12月以降、アセンション情報は混沌としています。

「な〜んにもなかったじゃないか!」という怒りやら呆れがあるだろうし、そうではなく…私のように変化を感じている人間もいる訳ですね。要するに2012年に向けて啓蒙されていたようではなかっただけで、地球は宇宙規模の人智を超えた変化の只中にあり、そこに<波動><エネルギー>レベルの動きが関与していうということでしょうか。
また、もう10年くらい前になるのかなぁ?日没の変化(短くなっている)を感じたことがあって…、いわゆる地軸の傾きが微妙に来ているのかな?と思ったことがあって…、そうこうするうちに太陽のS極N極が大変なことになっているのが公表されたりして、「こりゃぁえらいこっちゃ!」な訳ですね。しかもニビルがどうの、暗黒天体がどうのでしょ?そりゃぁすべてが劇的に変化する訳ですよね。尋常じゃない。

つまりはアセンション情報ってこういう劇的変化の中に地球が突入する…従って、人類もその変化の影響を受ける…中にライトボディなる変化をする人間が!ということなんでしょうか。そのライトボディこそが次元上昇の顕現。2012年に向けて、私もそりゃもう想像が膨らんだ一人です。そして、ライトボディともなれば、三次元に留まれない。従って、まんまの人間にとって不可視の存在になる…忽然と人々が消えたという伝承がこれに当たる。

でも、考えてみれば

アセンション情報を信じていたところで、瞑想ワークショップを受けたところで、バシャールやその他の信奉者になったところで、周波数が合致しなければ、波に乗れるはずがなく。「皆さ〜ん!ワクワクしてますか〜!」と呼びかけられても「放っておいてくれや」な時だってある訳ですよ。
今、地球に届いているというか…地球が突入しているサムシングって、それには一定の周波数があるはず。つまり、ラジオやテレビなどの電波、携帯もネットもそれぞれ個々に周波数があって、それに合わせなきゃ観ることできないし、使えない訳ですね。今地球が経験しているのもそういうふうで、いくら瞑想し、チャネルしようと関係ない気が私はするんですよね。ベジタリアンじゃなきゃって、肉食はダメ!っていうふうにも言われていますが、そういうふうじゃない報告だってある。
それはチャクラと密接に繋がっている。オーラもでしょうってんで、瞑想に勤しむ人もいるでしょう。確かにね、心が静寂になれば、深い洞察へ誘われます。ですが、何故それらが推奨されるかって…あなた、それは日常生活に反映されてこそということかと。

聖母画などで示されるハート

ハートはテレパシーの受信機と私は視ています。胸に手を当てるとはよく言ったものだと感心しますが、ハート<心>は目に見えない領域と交信する受信機でもあります。従って、悪想念が心に巣食っていれば、それに呼応する目に見えない領域とのコネクションが密になるでしょうし、誠実に接することをしていれば、キリスト意識と呼応するのは自然の理。
ただし、そこで悪想念というのに反応し過ぎるのもいけません(笑、笑えない)。憎悪・嫉妬・怒り・恨みなどなどのことですが、私たちは人間関係でこれらを多かれ少なかれ日常茶飯事に経験します。そこで自己嫌悪に陥ったりもする。そこでクヨクヨ、クネクネもがき苦しむ訳ですね。ですが、その苦しみは人間やってれば、おおかた誰もが通る関所のようなものです。何故か?

痛いってどういうことなの?

苦しいってどういうこと?

そこを実体験することで私たちは<共感>や<いたわり>を悟る。なにごとも経験しなければ分かりません。熱い冷たいもね。人生とはそのための実体験の機会な訳ですね。これも皆さんにとっては耳にタコでしょう。癒しはそのためにある。心身メンテする用意がある訳ですね。人間の知恵ってそういうふうに活かされたということなんでしょうね。

で、悪想念の最たるものは<罪悪感がない>状態なんです。

いますよね、何処かの国の総理…平気で嘘をつく。あるいは信念や権力にしがみつき、間違いを認められない(あるいはちっとも気づかない)など。なぜ聖母が「悔い改めなさい」と告げるのかが分かるってものです。

話があちこち行きますが(笑)、今地球に来ている次元上昇の波とあなたが合致するとして

それはシンプルにチャンネルが合うことを指しています。そして、それは特別なメソッドをクリアしなければ!とか、儀式参加しなければ!とかじゃない。オーラやチャクラなど機械で計測できたとしても、最終的ゲートは心の有りよう…だから聖母は「悔い改めよ」と告げる訳ですね。

心こそが扉

思うに善良さ(人が決めるものではありませんが)とは、宇宙に遍満してある<調和><平和>と呼応するんでしょうね。宇宙飛行士の中にはその後宣教師になるなど…ありますものね。従って視える聴こえるって必修ではないと私は思っています。感受性に訴えるものかと。

で、「合致しない人はどうなる?」って思うでしょう?

人もそうですが、生きとし生ける命には押し並べて個々のエネルギーや特性があります。 人間もそう。それぞれに見合う周波数と合致する…合致する領域に向かう。一斉にではなく、それぞれの寿命に従って。ただし大量死という現象もあります。災害による死もあります。命はそれぞれの終末に向かって生きているとも言える。生きている間って、だからこそ大切。貴重な機会なんですね。

そして、この時代はマヤ暦やノストラダムスが取り沙汰されたように何かしら終焉と始まりの機運…それを多くの人が予感したのだと思うんですね。胸騒ぎというふうにも。アセンション情報は決してガセと言い切れるものではないでしょう。
そして、サナンダ情報に代表されるような「準備が整った人は宇宙船による携挙をしま〜す」というチャネルネタも決してガセと言い切ることは出来ないと私は思う。なんらかのメッセージ性はある訳で。「小さな宇宙人アミ」が世界中で読まれ感動を呼ぶのも何らかの予感があるからだと思うんですね、心と呼応する何かが。

私が感じる限りですが、サナンダはキリストその人というより…その意思を継ぐ者というのでしょうか。決してサナンダ一人とは限らない。今、地球を見守っている存在のネットワークを繋ぐ精神…それがキリストに象徴される愛だと思うんですね。

果たしてサナンダは「私の前世はキリスト」と名乗ったのでしょうか?

もしそうだとして…それらはチャネルや霊感に基づいて、ですよね?

私は霊感やチャネルを100%信じるのは盲信に繋がると思っています。臨死体験者の見たものも同様に。また、キリストが極一部の人間に語るとも思えません。メッセージは平等に届けられている…太陽のようにね。問題は受け取る側なんだと思う。ベルナデットなどスペシャルな人は確かにいるんだと思います。ですが、ことここに至って、私たちは人任せにしてて良いんでしょうか? 私はずっと、そこを思うんですよ。

自由意志なんでしょう?

自己責任とは魂の契約事項です。免罪符などは人間のご都合主義に過ぎません。教会の運営資金だったりしたのでしょ? 誰もあなたのしたことの肩代わりは出来ません。キリストの磔は人類の罪を背負ったと言います。ですが、色んな人を視た私に言えることってあって。それは「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」という条件下に皆があるということ。では、キリストのあの磔の…人類の罪を購(あがな)った…とは?

救済の意思

救済の揺るぎない決意ではなかったのでしょうか?

サナンダのメッセージもこれに通じるものがあるように思う、サナンダに限っことではないでしょうが。

私には予知夢を見ていた時期があります。湾岸戦争やベルリンの壁などを予想させる夢を頻繁に見ていた時期があります。当時、奈良の、視える女性とご縁があって相談しました。彼女の返事は「あなたも…。でも心配せんでいいよ。あなたのような夢を見てるヒト他にもたくさんいる。そういう時期なんやろうね」というものでした。

誰もがメッセンジャーになり得る時代。誰もが癒し手になり得る時代。誰もがチャネラー・霊能者になり得る時代。

私たちは自分次第で自己実現しやすい時期に生まれた強者たちです。従って宿題課題も重い設定なのかも知れません。今世が天王山。ある意味そういうこと…だって山場ですから、この時代。自分が何者であるかを証明する天王山。

だから「天空に・・・」に象徴されるようなサナンダの登場が霊感によってもたらされたのかも知れません。心技体と言いますが、そこに霊性こそが!と乗っかって…私らは試されているのかも知れません。自ら試してもいるんでしょうね、トライアルの機会を得て。

キリストの存在は本当に大きい。

キリストが地球に受肉した意味も大きい。

私らが敢えて地球に転生した意味も。それは此処にキリストの救済の意思が生きているからではないでしょうか。救済が強く求められる地だからじゃないでしょうか。この世の混沌がそれを物語っていると思いますが、いかがですか?

さて、私の結論です。

サナンダはキリストである必然がない。実在するかどうかも微妙。ただし、その精神性によりキリストに準じる者は多く実在するのは確かだろうとは思う。前世がキリストであろうが、なかろうが、サナンダの発言はすべて霊感によりもたらされたもの。従って

信じる信じないはあなた次第。

そこに至るしかない。私は霊感に導かれる生き方を否定はしません。私自身、内側から湧きている感覚に準じていますから。ですが、霊感による…精霊などによる導きって、どこか選ばれし者というニュアンスがありますよね。私はね、もうそういうの取っ払って、

自由になりませんか?

と思う。そして、キリストは今現在地球に転生しているという人もいる訳です。何が事実なのか、あなたは気になりますか? 私は「へぇそう」それ以上でも以下でもありません。反応薄いですよね。だって、キリストに共感を覚える…もうそれだけで、キリストは私たちに添う。マリアもそう。菩薩という菩薩はそう。天使もそう。

そういう意味で

キリストは私たちと共にあり、心をゲートとして繋がっています。そして、なにもキリスト〜!と、こだわることもないでしょう。人それぞれ。キリストは愛を凡夫たる私たちに分かりやすくと、顕現した神の姿なのですから。





今日はいつにも増して長文でした。ご静聴ありがとうざいます。




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(2016年12月27日記)

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