八咫烏

Category : 深読み

先週、飛鳥昭雄エクストリームサイエンスの2015年5月放送分が期間限定で再放送されました。内容は「八咫烏」。視聴して、ふと思うことがあったので書こうと思います。その前に、以下の In Deep の記事タイトルとURLを貼っておきます。とても興味深いです。

シベリアのクレーターは「半径100キロメートルに響く爆発音と天空の巨大な光」を伴う凄まじいエネルギー現象から発生していたことが判明。そして、それらの穴は今も拡大し続けている

http://indeep.jp/crater-formed-explosion-causing-sky-glow-and-loud-sound/


人間より先に「男性が消滅」して繁栄する社会があった : 南アフリカのミツバチがメス「だけ」で繁殖を続けていることが初めて同定される

http://indeep.jp/south-africa-bees-can-reproduce-without-males-how-about-human/







シベリアのクレーターの記事内容と飛鳥昭雄さんの「地球内部亜空間に存在するアルザルが北上し始めている」がリンク。メスだけで繁殖し続けるミツバチも興味深いです。ミツバチと言えば「いち早くアセンションした」と言ってた人がいましたっけ。当時、私は「養蜂業や蜂蜜屋さんはどうなるんだろ?」とか思ったんだった。今も養蜂は世界各地で生業、蜂蜜は今も私の大好物です。

アセンション(次元上昇)…これに関しては書くべきことがあります。後日改めますが、ヤスの備忘録のヤスさんは「アセンションなどあるはずがない」と言ってるんですね。その根拠は2012年12月にあれほど騒がれたのに何もなかったじゃないかということなんですね。また、アセンション啓蒙者の中丸という女性はその日何もなかったので公に謝罪したとか(今も元気に活動しているようですが)。否定派にしろ肯定派にしろ社会現象・事象を軸に「何もなかった」と締めくくっているようですが、これは大きな誤算と私は思います。ですが、アセンションは色んな本や人が展開してきた予言めいた様子とは一線を画するのかも知れません。アセンションはそもそも人類のために起きることではありません。宇宙規模のサイクルに則って起きる現象。
次元上昇ですが、上昇かどうかはさておき、波動変異は今現実に起きていると私は感じる一人ですが、証明など出来ません。何故か? アセンションとは次元上昇。次元は周波数が鍵を握っており、それを人が知覚するのかどうかという問題があるからです。

チャンネルが合うかどうか。

テレビやラジオで観たい聴きたい番組には一定の周波数がありますよね?私らはそのどれかにチャンネルを合わせて視聴する訳です。次元とか周波数とかも、各周波数があって、その波は個々、個人個人がキャッチするしかない。集団瞑想など役に立ちません。何故か? 日々の私らの暮らしぶりや想念が鍵だからです。

私たちは日常を生きながら、それが準備に直結するに越したことはありません。

準備…それは義務教育段階の輪廻の輪から卒業するためのもの。従って、肉体を伴ったままという…それは理想なんでしょうけれど、肉体的死うんぬんで義務教育段階を超えたかどうかを測れるとは限りません。だって、この肉体条件ってマストですか? 「このまま移行するんじゃなきゃヤダ」とか?笑。

ポジティブとネガティブ…ひと頃、ネガティブは癒すべきが主流でした。ですが、ポジとネガは表裏一体。失敗から良く学び、活かせたか? それが肝心。悲哀を経て、私たちは共感を知る訳ですね。助け合いを促されもする。

今世のあらゆる悲喜こもごもから、あなたは何を得ましたか?

えぇえぇ温室ばかりでは心は育ちません。荒波こそが魂を鍛える。イエスはどうでしたか?身をもって示したのではないでしょうか?
悲喜こもごもから何を感じ取り、自分がどうすべきかに活かす…形にし、行為で示す。あらゆる日常的行為と心象が私らの行く先を決定し続けています。

義務教育段階か、卒業かは簡単に言えば、自立した精神性が培われたかどうかということになると思います。人のせい、何かのせいにしないまでに心が養われたなら幸いです。それは基本中の基本です。心作用にはそれぞれ一定の周波数を持ています。悲しみには悲しみの…そうですね、音色があると言えば、イメージがしやすいでしょうか。それは目には見えません。視覚圏外で瞬間瞬間顕れている。無自覚としても、です。あなたは目には見えない世界の、あるいは地球との宇宙との連帯感を無意識の内に深めています。

ひとりひとり。

ひとりひとり立っている<自立>魂は繋がっており(手を繋いでいる)、地球と宇宙と連帯している。

2012年12月は何もなかった?どころか。静かに確実に大波は来続けています。グレゴリオ暦とかどうとか関係ありませんでしたよ。私ら人間は情報に振り回されず、謙虚に驕りたかぶらず、目には見えないけれど、確実にやって来ている波をキャッチして自分との共時的に流していくことが大切です。人間が主役じゃありません。人間は波にのるかどうか。しかも押し並べて個人個人に委ねられます。



えっと…八咫烏でしたね(笑)



今回、飛鳥さんの話を聞いていて、ふと思ったんですけど。飛鳥さんは「表の天皇が北朝だろうが南朝だろうが、関係ない。八咫烏は裏天皇。日本の真のまつりごとを司ってきたのは八咫烏。日本を守って来たのは八咫烏」と持論展開していました。ですが、日本の歴史(何処までが事実かは怪しいけれど)、もし八咫烏が真のまつりごとを司ってきたとして…はて? 覇権争いは世の常だった訳で。秀吉がブイブイ言わせてた時代もあったし、足利尊氏が北朝天皇(飛鳥さん曰く、偽物)を担ぎ出すなどして世が乱れに乱れたこともあった訳です。

「じゃぁ八咫烏はその間どういう真のまつりごとを行っていた訳?」と思った。私はへそまがりですからね。八咫烏が裏で日本を操っていたというのが飛鳥さん説、「つまり八咫烏にとって一般ピープルなどどうでも良かったとか?」と思っちゃう訳ですね。

八咫烏は失われたイスラエル十氏族なのですよね。彼らは神職。神事を司る顔のない裏天皇

いったい彼らが守る日本って何?何処?

八咫烏は表天皇が天皇になるための儀式を執り行い、秘儀を伝承する一族なのだそうです。遡ると旧約聖書と新約聖書の行き着く。伊勢神宮と出雲大社の式年遷宮が執り行われ、いよいよ次期天皇が八咫烏の秘儀を受け、ラストエンペラーとして京都に御帰りになると飛鳥さんは言う。そうして新しい福千年が始まるとも言う。

飛鳥さんは聖書予言研究家であり、終末教会(?)の信者であり、アメリカのエージェントでもあるらしい。多才なのは結構。日本は大和と言い、大和とは<ヤハウェの民>という意味と、いち早く失われた十氏族と一般に知らしめた功労者でもあります。日本が新しい世界秩序の中心になるという説は他にも内外でも取り扱われていますが、飛鳥さんほど具体的に描写している人はいないかも知れません。ただしトンデモ系。信じる信じないは置いといて、かなり面白い話を次から次に披露するってスゴいと思うんですね。流石!エンタテナー。しかも八咫烏に接見し、無事に帰った来た!というのはスゴい。行きはヨイヨイ帰りは怖いの総本山らしいですからね。

でも、八咫烏がかくも長きに渡り、今も裏で君臨するって…決して平安な日本ではなかった訳です、歴史は物語る。八咫烏は何のためにかくも長く存続し続けているのか? 飛鳥さん曰く「キリストの再降臨を執り仕切るのが、彼らの最終使命」ということらしい。更には「八咫烏がずっと日本を守って来た」とも飛鳥さんは仰る。

八咫烏が日本を守って来た?

え、そうなの? 広島・長崎の原爆は? それ以前に第二次大戦、前・中・後の事態は? 今現在、日本はアメリカの傘下にあるのですよね? 飛鳥さんのいう「守って来た」の守るって「何から何を?」と思うんですけど、私。私は八咫烏に謁見する可能性も疑問をぶつける可能性も0.1%もない。問答に打ち勝ち、無事に生還できる自信もない。従って真実を知る術がない。

ですが、八咫烏が守ってきたのは日本じゃないことくらいは分かります。

八咫烏が守って来たのは失われた十氏族が日本を最終、約束の地として渡来。日本を整備統一した真のキリスト教徒としての神事と神器なのではないでしょうか?

飛鳥情報から見えて来るのは、彼ら八咫烏がずっと守ってきたのは奥義であり、キリスト再降臨に向けた世紀を跨ぐ予言成就ということ。

その預言成就が果たされた暁は善良な民を伴う福先年となる。

日本が戦乱の世にあろうと公家が蹴鞠に興じる時代であろうと、そんなの関係ない。彼らは預言成就のために幾先年も代代わりして伝承を受け継いで来た。そういうことでしょう。日本を影で守ってきた訳ではないというのが私の感想です。あくまでも私の感想に過ぎませんが。
今に始まったことではない政治腐敗。戦前戦中の弾圧的な軍支配も決して過去の遺物じゃなくなるのかも知れない。天変地異の脅威も高まり、そこに人工災害まで指摘される昨今。影の天皇たる八咫烏がもし飛鳥さんの言うように「日本を守って来た」のであれば、八咫烏にとっての日本とは<神事・神器>の象徴でしかない。

彼らの目的がキリストの再降臨なのであれば。

ラストエンペラー(天皇)は八咫烏から正式に天皇になるための奥義を伝授、神事を賜るのだとか。そうして、ラストエンペラーは時来れば!京都・船岡山に降臨するキリストをお迎えするのだそう。そうなるかどうか私には分からない。そうなるかも知れないし、ならないかも知れない。飛鳥さんは信じない人間は滅びるみたいなことを仰る。でもね、私はそういうことより大切なことがあると思うんですよ。

キリストとは何者なのか?

色んなものをそぎ落として見えてくるキリスト像ってあるんですよ。

それは愛。それっきゃない。

自身を投げ打った献身者キリストはヤハウェの化身と言われています。ヤハウェが自ら受肉して身を投じて愛を体現した。神器とは旧約聖書モーゼの聖遺物とキリストにまつわる聖遺物な訳ですよね。それは「決して忘れてはならない」という誓願が込められているのだと私は思う。

大切なのはそこに込められた<誓願>ではないのだろうか?

この世界を根本から救うのは投げ打ち、差し出すという…保身・裕福・方便・攻撃・嫉妬・欲心などなど…それらを放棄する数が一定数を超えることじゃないだろうか?

それがこの地球に君臨する人間がやるべきことなのではないだろうか?

キリストの磔を「なかった」と霊視する人がいます。ですが、その人たちはまったく分かってません。キリストはこの世の人の営みの不条理さの中に分け入り、様々な奇跡を顕し、人々に愛を説いたのですよね? それを良くは思わない人間がいるのを承知の上で。身内からも造反者が出たりもした。

赦す。

それは贖う<贖うとは罪の償いのことだそうです>と同義語です。そして、「あなたの罪は私の罪でもある」という意思表示でもあったはず。究極はあなたとか私とかの区別はない。あなたも私も神の創造物であるという…それこそが磔の贖いではなかったでしょうか?

この世の人の営みは人間が如何に未熟かを物語っています。すがることしか知らない大衆(「どうせ」という諦め)。儲けることが人生の商人(稼ぐことで繁栄を得る)。支配することに血道をあげる権力層(支配欲)。そういう営みの中にキリストは何をもたらそうとしたのでしょうね。未熟だからこそ教え導かねばならなかった…それは今も変わりはないのだと思う。ですが、キリストは私たちに種を蒔きました。以後のキリスト教の血塗られた宣教と闘争の歴史も見据えていたかも知れません。それでも愛の種を蒔いた。それこそが愛なのだと思う。

無私の愛

キリストは無私そのものの人だったのだと思う。

欲しがる必要もなかった。ただ与え続けた。何故なら愛は無尽蔵だから。聖遺物はそれ故に尋常ではないパワーを秘めているのだと思う。その聖遺物を保持し、代々受け継ぐという使命を八咫烏は帯びているということなのでしょう。

聖書に登場する人物の気の遠くなる歳月はキリストの登場を持って完結。そして、その完結は新たなスタートでもあったということなのでしょう。

八咫烏はキリストの降臨に向けて着実に準備しているとか。今の日本はお粗末すぎる政治と統治が末世状態です。「これ以上の最悪はない」と言ったそばから最悪が生じるというイタチごっこ。平気で嘘をつく政治家たち。議会民主制など絵に描いた餅でしかない。民主主義であったことなど一度もない…それが私たちの住む日本という国のようです。八咫烏はこの国体(国政)が腐ろうが腐るまいが関係ないのかも知れません。ひたすらキリストの降臨待ち。飛鳥情報が正しければ、の話ですが。

三種の神器。

それぞれに出来事があり、込められた奇跡がある。それ故、信奉されて今に至るということでしょう。

八咫烏はキリストを待ち、福千年の到来に備えている。その立役者はラストエンペラーなのだとか。その役目を終えたら、彼ら八咫烏はどうなるのでしょうね。組織解散でしょうか?

思うに

その福千年って、そこにどういう人間が住むかって超!大事と思う。だから、あちこちで御霊磨きとか言われ続けてきたのでしょう。中には天使系宇宙船が携挙してくれると信じている人たちもいるんですね。この世界は崩壊するという? あるいはこんなロクでもない世界から一刻も早く「私を救って〜!」という?

ですが、三種の神器がこの世界に、日本にあるって、これはただごとじゃない。この世界に聖書で伝承された奇跡が起きたというのもただごとじゃない。
毎度毎度で恐縮ですが、「宇宙を、この世界を創ったヤハウェ」と飛鳥さんはいう。そのヤハウェの受肉した姿がキリストとして、八咫烏が三種の神器を信奉するとして、それを否定する材料を私は持ち合わせていませんが、私はちょっと何かシックリ来ないんですよ、船岡山(この漢字で当ってますか?)でラストエンペラーがキリストの再降臨の儀式を執り行うって…要するにそれって「やっぱりキリストに降臨してもらわなきゃ、人類は二進も三進も行かない」ってことですよね? いや、飛鳥さん的に言えば、予言成就? でも…いや、キリストがどうの言う以前に人間は混沌として二進も三進も行ってませんけど、何か?と思う。

しかもアルザル(地底亜空間にある世界)が北上しているというじゃないですか。

もうどうせよと。アセンションあるとかないとか言ってる場合じゃない。アルザルの存在って、スノーデン情報と相まって否定し辛いことになってますしね。あり得ないことがあり得る時に私らは突入しているのでしょうか。世界情勢はなんだか訳の分からない混沌に拍車がかかってますしね。末世にも何段階かある気さえします。

思うに

キリストって特別な降臨を待つこともなく、常に私らの傍にいるのだと思うんですね、私は。同時存在するというか…愛は目に見えないけれど、時空を超えて普遍な訳です。呼応する質のものです。もちろん空間を満たしもしますし、ハートを熱くするし、病を癒しもする。

思うに

常にある。常に共にある。鍵はこれなんじゃないでしょうか。確かにきっかけってあるとは思うんですけど。例えば、キリストに拘る必要もないでしょう。あなたの大切な人の中に愛を見出すでしょうし、誰かがあなたに見出しもするでしょう。傍に家族にいないとしても、空気の中にそういうエネルギーを感じるってことがあるでしょう。

思うに

飛鳥さんは八咫烏が世界を救う説を展開しているし、浅川さんなどは宇宙船が天空に満ちて愛の度数に敵う人々を救うと信じている。

私はその前に個々に自立するに越したことはないと思っている。自立するって自活とは別問題。専業主婦だって精神的な自立は可能ですからね。人のせいにしない。誰かのせいにしないというふうに。何かしら出来る心のことってあります。

これを書いていて、私はキリストを濃く感じます。何というスケールかしらとも思う。愛って偉大ですね。

キリストの磔により「人類の罪は赦された」とキリスト教徒は説きます。ごめんなさい。私はキリストが全人類の罪を背負ったとは思っていません。だって、それじゃおんぶに抱っこでしょう? 「有難がってんじゃね〜よ」とも思う。磔はヤハウェが受肉したキリストが…つまり、ヤハウェが私らに問うているのだと私は思っています。何を問うてるかって?

「あなたは自らを投じて愛を体現するか」

「愚かな人の行為を憎むことなく、恨むことなく、蔑むことなく、ただ愚かさゆえと無知ゆえと理解するか」

これらは簡単そうでなかなか難しいことではないでしょうか? キリストの受難は愛の証でもあります。荊に耐え、痛みに喘ぎながらキリストはひたすら何を思っていたでしょう。聖母は我が子でありながら、我が子に留まらないキリストのそういう姿を見て「正しいことが行われますように」と祈ったといいます。これは盲信の為せる技ではありません。神の意志への絶対的信頼です。私にはどちらも無理。それでも心にかたじけなさを満たすことは出来ます。

えぇ生きるって、かたじけないのだと思う。だからこそキリストの意志を、その意図したところから学ぶことはしたいと思うんですね。聖書からではなく、ダイレクトに。

奇跡を、時に不思議な出来事を私たちは経験しますし、見聞きもします。それは時空を超えて、キリストを象徴とするエネルギーがこの世界にあることを物語っているのだと思うんですね。

特別な儀式をこの世界が必要とし、奥義が一人の人間に下されるとしても。私は常に私を通してこの世界を味わい、学び、次への糧にするのだと思う。

八咫烏には八咫烏の存在理由がある。そして、功績を称えられることもなく彼らは使命を全うするのでしょう。それはそれで尊いことだと思う。






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(2016年12月27日記)

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