洗脳がきついようだ?

Category : 辛口ごめんなさい

まずはお知らせから。非公開の方に記事『罪悪感』を更新しました。





[この記事の最後に追記を加筆しました。5:21P.M.]

乙武さんを擁護したら非難意見が来たとかで、その人らを「キミたちは洗脳されている」と持論展開した人がいます。黄金の・・・というユニークな視点で活動展開している男性ですが、この人、乙武さんの実態をどれだけ知っているんでしょうか。擁護するなら実態を知ってからと思うのですが、まぁ…浮気くらいで騒ぐなということなのでしょうか。こういうゴシップネタは重要な事態を隠すためワザと流しているとか…要するに「騙されるな」と注意喚起するためでしょうか。
ですが、乙武さんにしろ世間から非難されても仕方ない…実態の一端が見えただけ。例えゴシップは隠れ蓑としても、ネットは暴露に事欠きません。情報通も数知れず。
いずれにしても、黄金の・・・さんは「自分は洗脳から解かれている」と自覚している。自分を非難した人を洗脳が解けてないとして諭すかのような文章を連ねる。

「この世の常識に洗脳された諸君」

ということのようですが、その根拠証明に私は目が点。どんだけ軽薄なんでしょう。今日はその根拠を書いてみようと思います。今日も容赦ないですよ。しかも余計なお世話です。なので、気分悪い人はスルーして下さい。

では、まずは抜粋からー









やはり皆さんかなり洗脳がきついようだ。ヤハウェイさん=旧約聖書の神です。(略)旧約聖書で有名な十戒。


わたしのほかに神があってはならない。
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
あなたの父母を敬え。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人に関して偽証してはならない。
隣人の妻を欲してはならない。
隣人の財産を欲してはならない。


うーん。これの意味が分かってない人が多すぎる。こんな例を考えて見ましょう。例えば、明日から「汝、排泄してはならない」という戒めが11番目に追加されたらどうなるんでしょう。
イスラム教の中近東の国家では別に一夫多妻制です。国で公式に認められたルールです。乙武さんは公人だからダメだと言ってる人もいますが、江戸時代などは国のトップの将軍様が100人ぐらいの奥さんを従えた大奥を作ってました。大名とか公人になればなるほど妾を持つのが常識でした。それに日本は縄文時代など夫婦制度などなく。女系の村で、村全体で子供を育てて男はせっせと種植えして、どっかに放浪していくふうてんの虎さんみたいな存在でした。

人間の罪悪感とか憎しみなど、為政者の都合によってコロコロ変えられる。人間の脳みそは洗脳されやすい。シオンの議定書にそう書かれてあります。







明日から「汝、排泄してはならない」という戒めが11番目に追加されたらどうなるんでしょう

ずいぶん突飛な例と思いませんか?私は思います。極端すぎでしょう。第一「排泄してはならない」という戒律は未来永劫ユダヤの民にだって、何処の誰にだって、書き加えられるはずがない。黄金さん(と呼ぶことにします)はこの世界をおバカな世界と揶揄します。でもね、この人も五十歩百歩かと。
この突飛さこの人物の特徴…ブログに載せているプロフィール写真にしてもそう。ジョークという…おフザケ込み込みの、意味があるともないとも言えないおバカキャラは隠れ蓑なのでしょうか? どう思われるかは承知の上でしょう。自分のブログだからという理屈と、詐称と言えなくもない綱渡り。あのふんどしオジさんとはツーカーの仲なのでしょうか?実際に黄金さんと会った人は「別人過ぎでしょ」と言うらしい。

いずれにしても、賢い人間なら「排泄」という極端な例で話は広げないと思いますよ。だって如何に自分を非難する人が「洗脳されている」かを証明したいのでしょう? でもね、排泄とは生理反応(現象)。洗脳もへったくれもあったもんじゃない生理現象です。

行為にあらず

現象とは意識せずとも もよおすもの。行為とは意識的に行いを為すもの。十戒に記された戒めは後者ではないでしょうか?

行為と生理現象の区別もつかないんだ…。もっとましな例をあげろよとツッコミをいれたくなるのは私だけでしょうか。

ヤハウェがモーゼに託した十戒。石板に神の雷で刻まれたと伝承にあるようですね。その真相は分かりませんが、モーゼ率いるユダヤの民に下された戒律なのは確かでしょう。黄金さんには黄金さんの解釈がある…それはそれとして、なぜ神はこの10の戒律を出エジプトを果たした民に下したのでしょう。あなたはどう思いますか?
内容は必要最小限の戒めと思いますが、この十戒が下される経緯にはモーゼと共に出エジプトを果たした民の一部に<乱れ>が生じたとされています。

<乱れ><争い>

人間は弱い。しかもユダヤの民は流浪の民であり、エジプトでは低い身分だった。出エジプトは生死を賭けた挑戦だったはず。そして、それは同時に神ヤハウェの導く方向だった。そのユダヤの民をモーゼは率いた訳です。

想像してみて下さいね。

ひとつの集団が安住の地を見つけ、定着に至る道程を。一定のルールを敷くのと、何のルールもないとでは、どちらが集団は安定するでしょうか。

集団の大半は自己責任どころの騒ぎではない…生きるのに精一杯としたら?

集団の中で自分の行為がどういう影響を及ぼすかを慮る精神性を持つのはいったい何%だったでしょう?

これは洗脳とかそういう問題などではありません。良いとか悪いとかいうのでもない。人間には「羊飼いの群れ」的な部分があります。集団の一員として何か守るべきルールを与えられるに越したことはない部分を人間も持っています。「ねばならない」「やってはならない」に窮屈さや頭ごなしな印象を持つ人もいるでしょう。

しかしながら、羊飼いの指示は羊たちの命を守っている

この事実を誰が否定できるでしょう。石板に刻まれた文言は犯罪が絶えることのない現代でも使える内容と思いますけど。十戒がもたらされた時代のユダヤの民には必要な注意事項だったから、もたらされた戒律と読み解くのがまっとうと思うんですけどね。

いずれにしても脈々とユダヤの民に受け継がれてきたのでしょう? 私らが知るに至った背景には古くは映画がある。そして、今では飛鳥昭雄さんが唱える「イスラエル失われた十氏族」がある。十戒石板に刻まれた戒律の是非に難癖つけるのはあまりにも軽率ですよ。
黄金さんのいうように書かれているのは洗脳に価するとしましょう、守る必要も捉われる必要もないとしましょう。あなたはどんな社会を想像するでしょうか? 私にはもっと荒廃した光景が視えます。この世の人間は総じて未熟です。大半の人間がルールを敷くに越したことはない精神レベルではないのでしょうか?現実的に。言い過ぎですか?そうでしょうか。そして、この十戒に関しては

ユダヤの民の苦難の歴史を慮らずして何をか言わんやではないでしょうか。

モーゼ率いるユダヤの民は自由を得た。まずは奴隷ではなくなった。そこから模索された道だったのではないのでしょうか?

わたしのほかに神があってはならない。
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。


この上3つはもうユダヤ教じゃない私が(黄金さんも含めて)何も言うべきじゃないと思う。問題は以下の件。これらは集団を束ねるためには充分に健全なルールと私は思いますけど、いかがですか?

あなたの父母を敬え。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人に関して偽証してはならない。
隣人の妻を欲してはならない。
隣人の財産を欲してはならない。


黄金さんは一夫多妻の何処が悪い?と書いてらっしゃる。「イスラム教の中近東の国家では別に一夫多妻制」だ。「国で公式に認められたルール」だ。「江戸時代などは国のトップの将軍様が100人ぐらいの奥さんを従えた大奥を作ってました」だ。「大名とか公人になればなるほど妾を持つのが常識でした」だの、それを正論のように翳している。

はて?それって誰の都合で、そうなったんでしょうね。

イスラム世界にしろ将軍大奥にしろ大名にしろ、それって男性主導で敷かれたルールでは?

私はね、その男尊女卑に鉄拳を加えようとしているのではありませんよ。そりゃ女ですからね、好きでもない男と結婚しようとは思いませんが、もしそういう環境や時代に生まれ落ちたら従うしか道はなかったでしょうしね。

更には「縄文社会は夫婦制度がなかった」と言い及び…やれやれ。それって、つまり<所有という認識がない社会>だったってことを言いたいのでしょうか?
まぁそれは「One for all. All for one.」という理想をも彷彿とさせます。一夫一婦性が常識で、一夫多妻や一妻多夫が非常識とは言えないと言いたがっているのが手に取るようです。でもね、ひとりの男が複数の女と、ひとりの女が複数の男と自由恋愛する。不特定多数が不特定多数と交わる。いずれも思うに、双方、互いの気持ちが尊重されてこそ健全と思うますけど。どっかで誰かに我慢、嫉妬という感情が芽生えないと、あなたは想像することもないでしょうか? 黄金さんはそういう人の情をどう思っているのでしょうか。自分にそういう感情がないとすれば、その痛みを理解できないでしょうね。きゃは〜っと楽し楽しで暮らしていきたいようですから。

いずれにしても、十戒に関しては抑えておかねばならないことがあります。それは社会システムと経済体系が、今と縄文時代では雲泥の差があること。出エジプトの時代背景と縄文日本にも雲泥の差があるということ。

一緒くたはおかしい。

おかしくないですか?少なくとも私はそう思いますけど。ものごとを読み解くには各々の特徴を把握して、その相違点を見出す必要があります。
ところが、黄金は「自分を批判する人は洗脳が解けていない」と言いたいがため。「良いですか?諸君」と「世が世なら諸君のワタスへの非難は言語道断。諸君の常識は通用しない」と諭すが如く…だが、屁理屈の域を出ない。言いたいこと。伝えたいこと。あるでしょう。ならばもっと賢くなろうよと言いたくもなる。

縄文時代の日本人と、既にピラミッド社会が動かし難かったエジプトから出国して安住の地を求め彷徨ったユダヤの民を比較対象するのは無理なんですよ。まったく異なる現実を生きていた訳で、生死の境にいた集団を束ねねばならなったモーゼ。

そのモーゼが率いるユダヤの民と縄文人とはまったく別次元の話。

一緒くたに出来るはずがありません。そういうことも分からないのか…と。せっかく面白いキャラクターなのに浅知恵ではシャレになりません。

一夫多妻にしろ一妻多夫にしろ、それは信仰や風土により培われた人社会のルールでしょう。それが古今東西まかり通ってきた。長が女のケースは断然少ない。地上の大半が長きに渡り、男尊女卑の傾向にあったのは確かでしょう。でもね、夫婦という<組>は双方の意思が尊ばれねばならないんですよ。これは魂レベルの話ですけどね。この人社会は強者の論理がまかり通り、個人の気持ちをないがしろにされて久しい。
一夫一婦であろうと一夫多妻であろうとその逆であろうと、縄文時代の日本と、君主制の時代と一緒くたにするのもおかしな話。

一夫多妻を法で定めるイスラム教。イスラム教こそが<神への絶対服従>を敷いてやしませんか?メッカに向かって決まった時間に礼拝をする義務があるんですよね? ひとりの男が複数の妻を持つ法も。

それ洗脳じゃなくて何なのでしょう?

私はね、一夫多妻に物申している訳ではありませんよ。実際はどうなのよと言っているだけです。嫌味ですか? 黄金さんは嫉妬とは無縁なのでしょう。奥さんに他に男がいてもノンプロブレムなのでしょうか。お互いに自由恋愛とか? 多分ですが、現実はそうはいかないのでは。

自分の身に置き換えてみて、まかり通らない理論は空論です

隣人の妻を欲したら? きっと黄金さん的には揉めるのはおかしいのでしょう。「それは遠い過去にヤハウェという神が勝手に決めたことですた。あんたの奥さんには他の男と懇(ねんご)ろになる自由があるのですた。君は「ねばならない」に洗脳されているのですよ!目覚めなさい!」とかどうとか言えるんですかね、寝取られ男に。現実はほんと厳しいかと。

盗んではならないも洗脳ですか?あのですね、私は自分がせっせと貯金してやっと手にした物があったとして、それを「あ、それ気に入ったからもらっていくね」と目の前で言われたとしたも絶対あげませんよ、私。あなたは「どうぞどうぞ、持ってって下さい」と差し出します?愛する人からの贈り物だとしても?

この世にはね、他に変えられないものってあるのではないでしょうか?ないって人もいるのでしょうね。でも私にはあります。

現実的に黄金さんが暮らす場所も私が暮らす地域も貨幣経済が成立しています。商品には貨幣基準があてがわれている…私らは代価というシステムが成立する社会で暮らしています。お金を支払って物を買う。所有は執着だと言われれば、それまで。天災などに遭遇して損失したら諦めるしかないでしょうが。

黄金さんは乙武さん擁護に反論する人を「あなたは洗脳がきついようだ」と言う。その根拠を十戒がどうの、一夫多妻がどうの、と教え諭すが如くの語り口。「十戒の意味が分かってない人が多すぎる」とは、どの口が言う!と思いますが、思い込みが激しい人に何を言っても無駄。私はなので、教訓として本人に面と向かって諭すことはしません。何を言っても無駄。エネルギーの無駄。なので、この手の辛口は黄金さんのような閲覧者の多いサイトを閲覧する際の<心得>と思って頂いて差し支えないと思う。老婆心でしかありませんが。そうご理解頂ければ…え、不遜? まぁそう取られても構いません。

洗脳がきつい…「おまえもだろ!」とツッコミたくなった今回の一件。要するに黄金さんとて自分なりに物事を理解しているに過ぎない。縄文時代の日本人と、十戒がもたらされた民族とその時代を同じ台に乗せるのはしょせん無理なんですよ。強引すぎる。そうまでして自分を批判する人を「洗脳がきつい」扱いしたい訳。

何が洗脳で、何がそうではないのか?

「殺してはならない」大切な人を殺された人間の痛みをこの人はどう思っているのでしょう。

「姦淫してはならない」これに関しては一夫多妻を擁護という…そういう事もひっくるめて多岐にわたる問題かと思う。

「盗んではならない」これに対して「なぜダメな訳?」と思う人間は所有という概念がない世界にでも「行けば?」と言うしかない。

この世には確かに洗脳が解けないというのは現実ある訳ですね。ですが、夫婦制度がなかった縄文時代のような世界を良しとするなら、自分がやってみれば良いのだし…ただし奥さんと話し合ってね(笑)。あるいは共感する人と集うのもありなのでしょう。一時期ヒッピーブームってのがありました。まるで熱病のようだった。そこには東洋思想やドラッグによるトリップなどの副産物がありました。それはともかくLove & Peaceという平和志向として、集団て…束ねるのは難しいと思いますよ。言い出しっぺが担う責任は軽くはないでしょう。

黄金さんは「きゃは〜っ」とお気楽に肩の力を抜いて、楽し楽しで生きようよと推奨したいようですね。ですが、集う人間がそれぞれに自由気ままにしたいとすれば…ひとところで、決して広くないエリアで長い時間を共有するとなると、自然とルールを敷くことになると思いますよ。出入り自由としても。
十戒が定めた戒律って、集団を束ねる…集団の<乱れ>や<争い>を出来得る限り、招くことがないよう…そのための指南書。その性質と思いますが、いかがですか?
人間は弱い。ましてや生死を賭けて荒野を彷徨い、安住の地を目指した訳です、モーゼが率いた民は。十戒の戒めが必要な集団だったということかと思う。

縄文時代の日本人にはその暮らしに相応しい自由な空気があったのでしょう。それが何を物語っているかというと、

ゆとり

モーゼが率いるユダヤの民にはそれはなかったでしょう。ゆとりもなく、自分でものを考えるという習慣もなかったでしょう。ひたすら神に祈り、家族と無事にその日生きられたことに感謝を捧げたのじゃないかとも思う。

黄金さんが「洗脳がきつい」と諭そうと繰り広げた持論には実態がない。それは絵に描いた餅のようだと思う。何故なら、黄金さんはイスラム教一夫多妻の国に住んでる訳でもなく、縄文時代日本人でもない。「江戸時代などは国のトップの将軍様が100人ぐらいの奥さんを従えた大奥を作っていた」と言うが、貧民は?農夫は? 江戸時代にはその他大勢の庶民がいただろうにと私は思う。
将軍?「それだから、大奥は嫉妬と闘争の巣窟だったんだろ!」と、その視野の狭さが鼻につく。極一部の富める者が享受した事例を挙げて、どうする…その稚拙な論法にはがっかりさせられる。

人の目や常識…その縛りから解放されて、もっと自由に生きよう!

黄金さんはそういう主旨で生きようと実践しようとしているのでしょうか? 面白おかしい文章を連ねるなどして。でもね、案外「自由に生きる」ってラクじゃないかも知れませんよ。

捉われのない精神。愚者は愚者なりにそれは成立します。「自分の思い通りにいきたい」という…それにも人に迷惑かけずに…か、あるいはかけてか…で違いが生じる。争いの種になりかねない。

黄金さんはキアヌ・リーブスのメッセージを自身のブログに載せていました。私は感動しました。黄金さんは「もっと自由に。人の目を気にせずに生きよう」という部分に反応していました。でもね、キアヌ・リーブスは「思いやりを忘れずに」とも、私らに伝えていましたよ。

乙武さんの行為に「思いやり」を、あなたは感じるだろうか?

身近な人を大切に出来ない人間はクズです。乙武さんが女とルンルン♪旅行に出かけた…その時間を奥さんは幸せに過ごしていたのでしょうか? 知らされてなかった…コソコソと女と旅行していたとすれば、知らぬがホトケだったのかも知れない。

一夫多妻を擁護しようと、誰が複数の人間と同時進行でつきあおうと、それは確かに個人の自由です。でもね、それと「洗脳」がどうのは別次元。えぇ別次元です。

公人だろうと無名だろうと、<対(つい)>という人間関係ってね、魂にとって貴重な体験なんです。そして、学び。

相手あっての自分。

人間関係から私たちは多くを学びます。もし自分の行動で幸せとは言い難い気持ちを家族が伴侶が感じたら?「俺が幸せなんだから、いいじゃん」とか言う夫ですか? 私、そんなの追い出しますよ(笑)中には旦那は外で遊んでいてもらったほうがラクという奥さんもいるかも知れませんけどね。

ベターハーフという言葉があります。「より良い片割れ」という意味ですね。二人でひとつという。絆を物語る良い言葉と思う。それは<魂の出会い>を感じさせてくれます。

制度や時代に関係なく、いくら縄文時代の日本人とて、一人の人と添い遂げるカップルは皆無だったと誰が証明できるのでしょうね。

乙武? 視る限りですが、色々まだまだあると思いますよ。つまり表の顔と裏の顔があるという…黄金さんは恋愛は自由と、誰が一夫一婦と決めたんだ!と、十一番目に「排泄まかりならぬ」という戒律があった日にゃ「あなた、どうするの?」と書き進め、それを洗脳と結びつけ。私はそれを自分の話を如何に納得してもらうか!という行為と思っていましたが、どうやらそうではない人間が…いるんですね。皮肉ではありません。正直な感想。

閲覧者の納得を得たいんじゃなく、「おまえら、洗脳きつすぎ」と言いたかっただけ。でも、第三者である私に言わせれば、あんたも五十歩百歩だよ。しかも(論法)脇が甘い。ほんと脇が甘い。

修行が足りないということでしょうか?

この人もエンタメの括りかと思いますが、自分も楽しく、人も楽しませるのが本望と思えるこの方。プロフィールに自分とは別人のお爺さんを載せているのだってエンタメの一環なのでしょう。アメブロでは組み合わせでキャラを作れるようになってますしね。それとて「別人すぎ」(笑)何しろキャラ設定かわいく出来ています。それはそれで楽しめば良いのだけれど。

黄金さんはよく「このおバカな世界」と表現します。

この人は自称 既知外でしたよね? 既知外…当て字ですけど、そこを目指すには相当な覚悟がいるでしょう。「我意に介せず」という肝はあった方が良い気がしますが、まぁそれも個人の自由。ですが、乙武擁護で批判されて反応するようではねぇ…案外神経の細い、繊細な人なんだなあと思いましたけど、私。ガイキチとかいうキャラを全うするのはけっこう茨の道かも知れません。人の批判が気にならない…そこまで到達してみてほしい気がします。

おもしろ可笑しな文表現は隠れ蓑なのでしょうか?

サイエンスエンターテナーの飛鳥さんはその点、肝が据わってます。年期(キャリア)が違うのかも知れませんね。ドスきかせる気骨を感じさせます。理論展開はいずれにしても読みを深めないと足元簡単にすくわれる。

そして、一番肝心なのは「もっと自由になろう」と「思いやりを忘れずに」は決して遠いことではないと理解できるかどうか、かと。キアヌ・リーブスはその理解に達した数少ない人なのかも知れません。

皆さんはどうぞ 黄金さんのような勘違いだけはしないでいて下さいね、老婆心ですけど。あの「洗脳がきつい」とかに洗脳されないて下さいね〜。え、それは危惧?…あら、だったら良かった。




[追記] え?まだ力説している?どれどれ…「ワタスはすでに問題なしゾーンから抜けてる人」

はて?
問題なしゾーンから抜けてるってことは、問題ありゾーンにいるってことでしょうか? 問題なしゾーンからどちらへ行かれたのでしょう。
やれやれ。ワタスさんは、きゃは〜っ既知外で行きましょう!とかどうとか仰りたいんでしょうか。

おバカにつける薬はないというけれど、ひょっとして…自分は洗脳という問題ありゾーンから抜けていると言いたいのでしょうか? あれ、違う?
ワタスさんは自分を非難する人を洗脳されていると言いたがってます。と言うことは、洗脳された人間が住む社会は問題ありゾーンという理解に至るんですけどね。自分はその洗脳から抜けたと言いたいと。

やれやれ。いずれにしても、自分は問題ないと言うやつほど問題がある傾向にある(ややこしい、笑)。勘違い野郎ってことでしょうか、このワタスは。そうですねぇ…言うなれば、Aゾーンからは脱出したものの、Bゾーンで捕まっちゃっている残念なヤツかと。ものごとってね、洗脳っちゃぁ洗脳、洗脳じゃないっちゃ洗脳じゃないというパラドックス。

自分が見えてないって見苦しい。でもね、この人、イイ線に来てはいるとは思うんですよ。ただ出力方法が稚拙という残念ガイかと。強いて言えば、

「ワタスはすでに問題ありゾーンから抜けてると思い込んでる残念賞な既知外」かな。もし「問題なしゾーン」というのが書き間違いじゃなければ、ですけど。どうやら書き間違いじゃなさそうですね(笑)。ワタスさんがいう「問題なしゾーン」ですが、ワタスさんが変だ変だ!と騒いでいるゾーン…それって、問題あるぞ〜と言わんばかり。




これは視点と視野をどう持つかという話。参考になれば幸いです。





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(2016年12月27日記)

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