輪廻(2)

Category : 輪廻

輪廻の続きを。

皆さんの中には飛鳥昭雄さんのように「輪廻?ある訳ないじゃん」な人もいると思います。あるいはあるとも無いとも言えないという人、輪廻ありという人も。あるとかないとか熱くなるのは愚か者と上から目線な私ですが、前世という話は単純な話ではないと思っています。ただし退行催眠などで得られる前世の記憶には人の想像や先入観が入り込む隙があり過ぎる気はします。あまりにも私らは情報量に恵まれ過ぎ。思い込みの域を出ないケースも少なくないように思います。

例えば、「視えるようになった」という知り合いにタイムトラベル的に有名な歴史ものに手を染めた人たちがいます。中に「Aさんは森蘭丸の生まれ変わりなのよ。でね、あの本能寺の変で信長を殺害したのは森蘭丸。信長は両刀使い。で、夜のお相手をするのに耐えかねて」と言い切った女がいます。Bさんとしましょう。で、AさんはBさんをソウルメイトと思い込んでおり、いろんな前世を語っていました。が、BさんはAさんには内緒で「私のソウルメイトは別にいる」と私に耳打ち。この茶番、不誠実…つくづくですよ。チャネラーで代価を得てるんですから、話になりません。ヘンプ啓蒙で活躍してる人に臨死体験の際、本能寺の変を目撃したという人がいます。「本能寺の変を起こしたのは光秀ではない」とか…Bさんの話にしても歴史を覆す内容ですが、私はそのどちらも信用しません。っていうか、著名な臨死体験者には「キリストは髭を生やしてなかった。生やしてたのは弟の方」と目撃談を本にした人いますよね? ところが、キリストを霊視描写した少女の絵は髭を蓄えています。アラブ系が入ったような容姿でしたが、私が視るイエスはあぁいう精悍なアラブ系ではありません。もっと憂いを含んだ澄んだ瞳。でも、真っ直ぐに心を見抜くようなので、そういう意味では射抜く力があります。

どれが本当か?

視るという行為、臨死体験という経験が人に与える影響って微妙と私は思う。

肉体を離れてさえも魂は自分の深い心層に到達したとは言い切れない。霊視とか「臨死体験で私は見た」とか話半分と私は思っています。いずれにしても歴史ものには諸説ありかと。今日はこういう先入観の垣根を越えてみようと思います。しかしながら、いつものように私の話も鵜呑みは禁物です。こういう見方もあるという参考になれば幸いです。









輪廻。転生。思うに魂がこの世の実体に宿るって<憑依>と言えなくもなくないですか? 極論でしょうか。私は『死後の世界が教える、人生は何のためにあるのか』という退行催眠書を読むまで、魂が具現化する…それが肉体を伴う人間や生きものと思っていました。

魂の想念により形作られる

そういうことと思っていたんですね。で、アカシックレコード。それには過去から未来に至るまでの記録が取り揃っているとか。まぁ…読み手の品性はどいつもこいつも微妙なので真意をここでは問いません。アカシックレコードは魂がどうであれ、集合なんたらがどうであれ、既に「ある」ことを物語っていると思いますが、いかがですか?アカシックから未来が読めるってそういうことかと思います。

それでいて、どうも…魂の体験や思念がそこに影響を与えているよう。

アカシックレコードが読み手のリーデンシグをあっけなく裏切る…「函館で巨大地震が必ず起きる」…期日も限定して「必ず」と明言したものの来なかったというような話は枚挙に暇がありません。実は読み違えているだけかも知れませんが、アカシックとて絶対不変ではないということを物語っているのでしょう。いつの時点で読むのかで違ってくる。

宇宙と想念は相互作用している

そういうことだと思うんですけど。卵が先か鶏が先かという堂々巡りになりかねない話ですが、まずは創造主は地球を創り、その後にそこにアダムを造り置いた…とするのが妥当かと。宇宙人介入説はここでは論じません。分かりやすい喩え話として聖書を引用しておきますね。

この世界は魂が体験をするために創造された世界

その前提の元に話を進めましょう。
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観た人なら過去を変えれば未来は変わるという論理に頷けると思いますが、バーチャルは体験の数だけあるのだと思うんですね。例えば、昨日どこかに出かけたか、出かけないか…その選択如何で体験に応じたプロセスが存在する訳ですね。私があるとかないとかじゃない!と言う所以ですし、同時にこの世界を幻想という人の所以でもあるでしょう。

ここは物質世界

この物質という道具と限られた時間枠という条件…魂はその条件を飲んだ上でこの世に来る訳ですね。物質とて、条件が整わねば存在しません。あなたが作らねば、卵焼きとて現れない訳ですよ(笑)全て何らかの<条件>が整うことなしには具現化しない。

物質は条件により具現化する

さて

地球がまず創造され、その後に実体が生まれた。魂はその条件が整ったので、地球を体験の場とした
そこで登場するのが『死後世界が教える・・・』で退行催眠被験者が語ったとされる宿主(実体)の存在。転生する際、魂はどの宿主にするかを決める。その宿主はどういう人生を生きるかも「見る」といいます。これ実に興味深い話です。つまり、この世は予め用意されていることを物語っています。最初の一歩はどうだったんでしょうね。この世とは実に不思議な世界。
で、退行催眠被験者は「入る」と表現します。宿主(実体)に入ると。これはいわゆる<憑依>とどこが違うの?という、宇宙人がウォークインだのという話とも共通していると思いますが、要するにこの世的肉体を持たないエネルギー体が、この世の肉体に「入る」これを受肉という訳ですね。

霊魂が肉体に入る

転生とはこういう一連の手続きを踏んで遂行される。途中で横入りする動物霊などと「一緒にするな」という声が聞こえてきそうですが、自称金星人のオムネクオネクはいったん死んだ少女にウォークイン(この表現で良いのかなぁ?)したそうで…これ憑依と紙一重かと。
知り合いに霊媒系チャネラー(いわゆる潮来タイプ)がいて、その人いわく「自分は傍に置かれる感覚」なのだそうで、受け入れたエネルギー体というか、意識というか、想念というか、それの性格とか感じていることとかリアルに感じると言っていましましたっけ。
で、退行催眠被験者の弁には「バナナの皮がツルリと剥けるように」魂が肉体から抜けたという表現もあって…この抜けるとか、潮来の受け入れるとかいう体験型から導き出せるのが、魂(意識体)はある特定の肉体を<利用する>ということかと思うんですね。なんのためかというと<体験>するため。何を体験するかというと自分で掲げた課題や意図を。

その課題や意図を発端として魂は自分に相応しい肉体(実体)と環境、人生を選ぶ。

私たちはまさに今!その最中ということかと思います。寿命が尽きるまでの間。

で、それじゃぁ「輪廻はなんのために?」という話。輪廻などない!という人は聖書を信奉しているか、無神論者の類と思いますが、あなたにお聞きします。

あなたは今の人生は完成形と思いますか?

やり残したことや、やり遂げられなかったことはないでしょうか?

諦めたこと、後悔したことなど、まったくないですか?

今とは別の選択肢もあったのかな?と思ったこと一度もありませんか?

私が何故こういう質問を羅列するかというと、たった一度で課題をクリアする魂などいないという…それをあなたの人生を振り返ることで感じて欲しいためですが。聖書にこう書いているとか、死んだらそれまでという生死観とかでは個人のリアルな体感を言い尽くせるはずがありません。

あなたは常に選択をし続けてきたのだし、それ次第では別の人生があった可能性がある。結婚ひとつとってもそうではないでしょうか? 国や時代でも、まったく違うはず。
飛鳥昭雄さんは「輪廻などない」と言い切っていますが、あの人の好奇心ってハンパなくないですか? 飛鳥さんの旺盛な冒険心はこの時代だけで大満足でしょうか? 私の想像でしかありませんが、イエスが生きた時代…しかもイエスと共にある人生を生きてみないか?と言われて挙手しないでしょうか、飛鳥さん。
あるいは、ユダヤ十氏族の遷移をまざまざと生きる時代とか。いずれにしても、飛鳥さんの活動内容は押し並べて書物・資料と世界各国にある遺物などを根拠にするもの。私は飛鳥さんの活動内容を否定しようとしている訳ではありません。そうではなく、生き証人ではないんですよね?

もし「キリストと共にある人生」を提示されたら?

あの好奇心ですよ。目撃者になる好機を無下に断るでしょうか。これは「もしも」という話ですが、キリストと共にある人生〜ユダヤ十氏族として日本に渡来する人生、飛鳥さんの大元の魂は喉から手が出るほど好奇心を刺激されるんじゃないかと思うんですけど、いかがですか?あり得ないでしょうか?

実体験ほど実り豊かなものはありません。

ネガティブだって魂にとっては貴重な体験です。だって、体験しなけりゃ、どれが酸っぱいか甘いかも分からないのでしょう?食べてみて初めて私たちは葡萄の味にしろ夏みかんにしろ知る訳ですよね?

私が何を言おうとしているか汲み取って頂ければ幸いなんですけど、魂は実に好奇心旺盛です。好奇心旺盛…その資質こそが原動力。少なくとも肉体を伴う人生を送ろうとする原動力の一因かと思います。この世は魂に体験をさせるためのフィールドです。それだけに誘惑にしろ試練にしろ、魂に火をつける…私たちが誰かに恋をするように…それは理屈抜きの磁力に富んでいる。

たった一度?それこそ「もったいない」もったいなくないですか?

悲喜こもごも、取り揃えられてやしませんか?この世界。懲り懲りとしても、たった一度でそこまで辟易するでしょうか。いろいろ経験して疲れ果てて「こんなとこ二度と来るもんか!」となるかも…なのですよね?

後悔の念に苛まれれば、再度やり直したいと思うのでは?

やり直したい…やり直せる…それが輪廻とは恩情と私が言いたがる理由です。どんな結果が待っていようと。それを望んだのは魂自身なのですから。試してみたい。体験してみたい。これが全ての始まりです。

魂の旅は一話完結の物語ではありません。この地球以外も含むでしょうが、この娑婆世界は手強くなかったですか? ひとつ教室に雑多な生徒が犇めくような…イジメあり、助け合いあり、打算あり、競争あり、友愛あり。

私たちが住む娑婆世界はどう視ても<問題の多い魂>が集う処。多種多様な思い入れをもった者が集う世界。決してラクではなかったはず。何しろ生前の記憶をいったんオフにしての転生です。挑戦と呼ぶに相応しいかと。

故にいったんこの世を去った後に、再挑戦の機会がなかったら?

次に駒を進められると、あなたは思いますか?もし思うようやら能天気と私は思う。もし…たった一度の転生で文句なく達成感を得たとして…ひとつ服に満足を得たら、違うデザインに興味が湧かないだろうか。この世のバリエーションを思えば、時代や国の違いを思えば、バリエーションを味わいたくならないだろうか。

この世界の輪廻の輪から脱する時

それは魂自体が充分に学び、気づきを得て、次のステップへ移行する時。此処は義務教育レベルの魂が大半を占める世界。この混沌がそれを物語っていると思いますが、一致した平和理念も調和もあったもんじゃない、犯罪は止むことがない…もうこれ自体、進化した魂集団とは言えなくないですか?私ら地球人。
アセンション情報がもたらされたことで、この次元の輪廻のサイクルを出る…今はそういうタイミングと感じた人も多いと思います。私もそのひとりですが、私たちが住む世界は何というか…堂々巡りを繰り返す質があるように感じませんか?

文明は三度ですか?四度でしたか?滅んだと言われています。アトランティスとかいう超古代文明のことですが、私らが生きる地球次元は三次元ですよね?霊界は四次元。この界隈を往復して来たのが地球人という。ひとつクリアしても何らかのほころびが生じるようなところがありませんか?人生って。キリがないような。

輪廻のサイクル

地球は宇宙に浮かぶアイランド…一定の周波数の中にスッポリ収まった世界…だとして、魂が課題をそこに投影し…実体験を積んでいるとして、三次元(この世)と四次元(あの世)を往復しているとして、この次元に私らを押しとどめているものがあるはずなんですね。

それは自立しないことには…という

私的な表現をさせてもらえるなら、それは<目が覚める>です。覚醒とかチャクラ全開とか、そういうんじゃない。そういうのに長けた人でも自分に暗い人は目覚めたと言えない。目撃者は語る、です。

自分に暗いとは、目先の霊的なことや修行に目が眩んでいること…それ以外にもた〜くさんありますが、ヒーラー業やってて離婚した旦那への恨みを克服出来てないケース実際にあります。私の言わんとすること分かりますか?感じ悪いでしょうか?カウンセリグに精力的に動いていて家が疎かな主婦とか。

目覚めって、関係ないように思えるかも知れませんが、自分の中にバランスを見出すことも含まれると思います。独りよがりにならないように。

輪廻とはやり直す機会。チャレンジという恩情。

地球時間的に時代が交錯しようと、魂が意図する課題に一番相応しい場所と時間軸に魂は<位置>する。それがこの世の人生。







今日はこれくらいにしましょう。続きはまた。




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(2016年12月27日記)

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