自信ないよ。

Category : 魂のご飯

死後、人生を振り返るという話はもう耳にタコでしょうか? 臨死体験者の著書も複数出版されていますし、退行催眠被験者が語る死後描写も多数報告されています。
人生を振り返る…その中には忘れていたものも浮上するようで、小さいころ虐めた小動物とか…その小動物の立場で何が起きたかを追体験するというものがあります。自分としては悪気がなかった。忘れてもいた。そういうディテールを何故あえて魂は想起するのでしょうね。

今日はこれに関して私なりに書いてみようと思います。いつものように「こういう感じ方もあるのか」ということで、皆さんそれぞれに感じることがあるはず。それを大切にして頂きたいと思います。



臨死体験者の話の中には興味深いことに光の世界で悔恨の情に駆られるというものがあります。振り返り、「あぁあの時は別な選択肢があったのか!」と「あんなことしている場合じゃなかった!」と後悔したと。

葛藤

生きていた時には感じることがなかった葛藤をそこで体験し、「もう一度やり直したい!」と切望したと言います。私はこれボーネル氏に聞かせてやりたいと思いました(笑)笑えない話です。葛藤を手放すが氏のモットー。このモットーに違和感のない人にとっては馬の耳に念仏でしょう。まぁ…聞く耳持たずの愚者かと(ホラ出た、辛口)。

友だちにも出産の際に一瞬逝きかけた女がいまして、彼女いわく「死は怖くなんかないよ〜。意識が遠のいて気がついたら、宇宙空間にいて美しい地球が見えた。地球とへその緒のような銀色のチューブみたいなので繋がっていた。あぁそれが切れたら死ぬんだなと思った」らしいんですけど。

彼女は家族間の葛藤を抱えていたそうなんですけどね。その宇宙空間に浮かんでいた時、超!気持ち良かったんだそうで…抱えていた葛藤も苦悩もどうでも良くなった」と言っていました。許せずにいた一切合切が「どうでも良くなった」とか、葛藤から解放された(何も生きている時に高額のスクール料・セッション料払って解放しなくても良さ気)。
悩みは彼女にとって解決してようが、してまいが…と言うより生きている間は大いに悩み苦悩する…それって娑婆で生きるってことなのかなぁと当時、私は思ったものでした。もちろん解決できるに越したことはない訳ですね。ですが、私が知る限りの人脈で恐縮ですが、自己解決したかにみえる…そう言い切る人間ほど実は安易な方に物事を流していただけかな?という印象を私は持っています。痛いとこ突くでしょ?するとワナワナと乱れます。言い訳がましくなり、自己正当一色。そりゃぁ人相貧相化する…なぜか?自分を誤魔化しているが、自覚に上がってこないからです。

スゴい!と評判の霊能者の体を黒い蛭みたいなのが出入りしていたり、良く当たるという占い師が原因不明の腹痛に見舞われたり。彼らに共通するのは申し訳ないものの、自惚れ…それも自覚に上がってこないんですよ…本当に自惚れって手強いんだなと痛感させられましたが。

彼らも死後に自戒するでしょう。

その時、どう感じるか…その刹那に次のコースが決まります。いくら現世で霊能を発揮しようと、人々の尊敬に浴そうと関係ないのが宇宙の仕組み。<その焦点は何処に当たるか>は霊能者と言えども、人間の知り得る範疇ではないのでしょう。私たちには自覚に上がってこないものがあると肝に銘じておいた方が賢明と私は強く推奨します。つまりね、まな板の上の鯉…押し並べて例外なく、私たちはチャレンジの最中。

で、つい最近「光の世界で回顧」し、「もしあの時」と自分が歩んできた人生…選択肢は他にもあったことに唖然とした人の話を聞く機会を持ちました。

葛藤した!

やり直せるなら、やり直したい!と後悔の念に苛まれたと言います。混乱し、苦しみ喘いだそう。その人の場合は機会が与えられた。この世に戻った。光の世界での記憶を持って蘇生した。

その人は友人と違い、生きている間は葛藤はなかった。決して安易に生きていた訳ではなく、高い教育を受け、頭脳明晰。しかも優秀だった。ところが死んで思い知らされた訳ですね。

他の生き方があったと。

もっと地球に貢献する生き方があったと。

で、「宇宙人の視点で地球を慮る」生き方を今しているのだそう。まぁその如何はここでは問いません。私は臨死体験者の貴重な話を聴いて、我が身を思った訳です。というのも、私はもう既に色々とやらかしてきた自分を大いに悔やみ、言い逃れはできない。しかも自覚に上がってこないものがあると自覚しています(ややこしいですか?)。そして、死後に振り返る時を迎えたら、「ご無理ごもっとも」で言い訳だけはしないようにしたい!とマジで(フザケてなどいません)自分に言い聞かせているんですけど…自信などありません。

「自信ないなぁ」が本音なんです。だって、どういうの見せられるか、追体験させられるか分かったもんじゃありません。不意打ち必至。

で、その人の話を聴いて「私はどう思うだろうな」とふと思ったんですね。私ね、情けない話なんですけど、再度やり直す自信ありません。もう一度って「勘弁してくれ」と思うと思う。また同じようなこと繰り返さない自信ありません。まったくありません、残念ながら。

私は自分の課題「なぜ生まれてきたか?」に思い当たっています。もちろんまだ気づかないものもあるでしょう。精神世界ムーブメントの恩恵に授かって何とか輪郭は見えたかなといったところでしょうか。

もし自分が死に際して悔恨の念、葛藤に苛まれたら?

「もう一度やり直したい!」と思わないはずがありません。ありませんが、私はこうも思っているんですね。やり直すチャンスを頂いたとして…また一切合切忘れた状態で、やり直しただけの成果を上げることが出来るだろうかと。果たして?と。それだけ道のりは平坦ではなかったということ、私にとっては…ですけど。

もしあの時

それを思わない事例は私にはありません。ですが、同時に自分の選択はそれはそれで…なのかなぁとも思ってはいるんですね。つくづく生前の記憶を伴わずに此処で人生を全うする難しさを思う訳です。
臨死体験の際の記憶を保ったまま蘇生しても尚…脇道に逸れてるなぁと今回そういう印象を持った私です。本当にこの世界で使命感を持って生きるって大変なんだなぁとつくづく思いました。ちょっとづつ活動がズレている印象を受けました。



自信ないよ。



もう一回此処でやり直す機会を与えられても上手く立ち回れるか? 私は自信がありません。友人は宇宙空間で超!気持ち良くなり、一切の悩みはどうでも良くなったと言います。もう逝っても良いかなあと思ったそう。ですが、ご主人の顔が浮かび!「あ、まだダメだ」と思った刹那、分娩室に意識が戻ったといいます。

宇宙空間で至福感に満たされ、もう肉体的痛みのない世界に逝ったら

いわゆる「喉元過ぎれば」で、また何とかやれそうな気分になるのでしょうか?

それ「ヤバいって」

本当にヤバい。相手あっての人生ですからね。もし<やり直す機会を頂いたら>皆さんはどう想像しますか?

もしそういう機運が高まったら…私は相手があることなら、相手とよくよく相談して状況を吟味して、その上でやり直すかどうかを決めなきゃなぁと…想う。親子・家族・国・文化・時代・仕事・人間関係・伴侶などなどシュミレーションは慎重を期すに越したことはないでしょう。

え?

今世は最終試験でしょう? えぇえぇ私自身が口を酸っぱく繰り返していますよね(笑)でもね、シェークスピアじゃないけれど、「ホレイショ。天と地の間には」という…人智を超えた神秘があって。それは魂がこの世界に来るというのは、決して時間を過去から未来とは限らないという。何故そういうことがあり得るかというと、魂にとってこの世界はシュミレーションの場。課題に取り組む舞台のようなものかと思います。

そして、此処に来るとは<位置する>とも言える。

課題に適う時代背景や国、性別を選択して位置する。

従って、未来からこの時代に来ることもあり得る訳ですね。まぁ信じる信じないは別として。また、アカシックレコードを皆さんはご存知と思います。宇宙図書館とも称されるようですが、人類の歴史がそこに記録されている。未来のことも含めて。未来は流動的。預言にも当たり外れがあるのはそのためとか…真相はどうでしょう。
いずれにしても、私たちがこうして七転八倒している…それもある視点から見れば、過去…別の視点からは未来とも言える訳で。ややこしい話なので、これ以上は止めておきますが(笑)魂は相応しい場所に<位置>して人生ってヤツを経験している訳ですね。

で、もう一度この娑婆世界でトライするか?となると…私は「遠慮しときます」となると思う。何故なら「無理だから」と。
つくづく思うことってあるんですよ。美味しい料理をてんこ盛り(笑)皿に盛るのって、子供時分にはありました。食べたい!どれもこれも味わいたい!から、その欲求のままに皿に盛る。だけど、腹には限界がある訳ですね。従って残す。大量に残す。で、親に「だから言ったでしょ!食べきれるかって」と小言を言われる羽目になる。

性懲りも無く転生する。

いや、もう性懲りもないから、やり直しをする。

その悪循環の根って自分の中にあるんですよ、問題点がね。自己責任。やれるかどうか自分で判断して決める。限界を知るのも学びなのかなぁとつくづく思う今日この頃です。



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(2016年12月27日記)

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