自由意志という魔物

Category : 魂のご飯

自由意志の名の下に私たちは生き死にする。国・家族・宗教・文化など多種多様な環境を選りすぐり、自分の課題に適した地に転生。輪廻を信じない人には何の意味も為さないでしょうが、魂はたった一度の転生で課題をクリアするはずがありません。ひとつ何かを成し遂げると新たな課題が見えて来るものです。信じようと信じまいと。

カトリックでは自殺者は天国に行けず…煉獄に堕ちるとされているとか。思いつく限りでも映画『コンスタティン』『キングダム・オブ・ヘブン』『奇跡の輝き』などで描写されています。

神は人間に貴重な機会を与えた。

故にそれなのに自ら命を絶つこと能わず、なのでしょう。それは罰なのか?自業自得。自己責任なのか?そこにたったひとつの答えを導き出すのは私たちには難しいと思う。
私は一度、自殺者を救済する霊的グループの長を霊視しました。その霊がコンタクトして来たのですが。彼…敢えてそう言いますが…、彼はふと「何故いなくならないか」と疑問が過ぎったのだそう。救済には墜ちた魂自身の自発が鍵。それ故に救済とは実は

自らを救うこと

自殺者は煉獄に堕ちて、そのままではないようです。救済者は辛抱強く機会を待つ。常にテレパシーを送り続けるのだそうです。

与えられた機会をなぜ全うしないのか?できないのか? 救済する者も彼らの苦悩を感じることは出来る。出来るけれど、それは決して自分自身のものではない。距離がある。彼は意を決して自ら人間として転生することにしたんですね。

で、耐え難い苦悩が頂点に達した時、自ら命を絶ちました。家族を残して。

煉獄(ここではそう呼びます)で彼はこれまで自分が関わった魂の苦悩を追体験した。自分のだけでも耐え難かったろうに。そして悟ったようです。人間には自らを救う手立てを失う刹那があると。その悟りが彼を元の場所へと引き上げました。

人間には自らを救う手立てを失う刹那がある

どんなに高次の存在でも自ら体験せねば、深い理解に達すること能わず。彼の体験はそれを物語っています。信じる信じないは自由です。高次とは言え万能ではない。彼はその転生で自分が煉獄に堕ちるのは納得の上。付け焼き刃ではない生々しい体験を自らに課した訳ですね。

皆さんは高次の存在は全てを理解していると思っていますか? それはかいかぶりです。高次ゆえに人間の生々しさを理解できなんですよ。あまりにも隔たりがある。

イエスがマリアがなぜ受肉したか?そこに鍵があるのだと思う。

奉仕・救済とは自己犠牲の上に立つ

良い行いをすれば…とかそういう次元ではありません。良い行いをすれば天国に行ける。宇宙船が救いとってくれるというのは<おねだり><皮算用>と私は言い続けています。この理解に至った故です。

イエスはヤハウェ自身とか。創造神みずからが受肉し、自己犠牲を払った…これは意味深長かと思う。私ら如きが「救われたかったら人の役に立ちましょう」だの「良き行いに身を捧げましょう」という程度の奉仕をしても何ぼのものなのでしょう。かえってタチが悪い人さえいる。
私は良き行いをするな、人の役に立つことは無駄だ、と言っている訳ではありませんよ。そうではなく、自分の行いの結果を当て込むな、目論むなということです。精一杯…それから先は

白紙にしておくに越したことはないのです。

沙汰は追って待つ。余りにも結果を当てにする人が多いと思う。そこから出て来ない人が多すぎます。自分の信仰こそが正しいというのと50歩100歩かと。

さて

善が勝つ。多くがそう思っていると思います。この地上世界…いつか正義が全うされると信じる人は多いでしょう。果たして?




昨年の冬至に世界同時に同じ歌を歌おうというキャンペーンが広がったでしょうか?

想念パワーは絶大。多くが心を揃え、世界平和を願って歌を歌えば、願いは叶うというキャンペーンだったと思いますが、世界に平和はもたらされましたか?

あなたは何もしないよりマシと思っているでしょうか?

多くが勘違いしているようですね。世界平和を祈って、冬至に歌を歌おう!ですか?歌った後、参加した人たちはどう暮らしているのでしょうね。皮肉が過ぎますか?

歌って祈って平和が来るようなら、とっくの昔に叶っているのではないでしょうか?

世界はそんな人々の思いを無視するかのように紛争が相次いでいます。あなたが必死に祈り歌った同時間帯に紛争の只中にある兵士にどんな命令が下されていたのでしょう。想念のパワー…私は否定しません。しませんが、何故そのパワーは功を奏さないとあなたは考えていますか?祈りが歌がまだまだ足りなかったと思っていますか?

あなたはまだまだ納得しないでしょうが、この世界は陰陽で成り立っており、正邪ともに人の歴史の長さだけ続行し続けてきた。何故だか分かりますか?

祈りのキャンペーンをする善良な人にも、軍産複合の利権に浴する狂信者らにも、兵士に殺戮命令を下すお偉方にも等しく自由意志がもたらされていることをあなたはどう考えているのでしょう。

正義は勝つ、ですか?

今の人間のレベルではそれ幻想に過ぎません。言い過ぎですか?そうでしょうか。

あなたはこの世界に平和をもたらすために自分は何をすべきと思っていますか?

祈りがなぜ功を成さないか、まだ気づかないのでしょうか?

善良なあなたにも子を虐待する鬼親にも等しく自由意志が予めインプットされていることを何故忘れてしまうのでしょう。自由意志は自分の行いの結果を受け取ることが大前提。虐待ひとつ止められないあなたが祈って何がもたらされましたか?




飛鳥昭雄さん曰く「この地球にはキリストとルシフェルが同時存在している」




真意のほどは私には分からない。分からないけれど、この娑婆世界のありようを見れば否定も出来ない。此処は善悪同時存在する設定が為されている。それ以外に理由などないでしょう。善良者のみに与えられた権限じゃないのですよ、自由意志は。

自由意志という魔物

自由意志自体はニュートラルです。そこに色を差す…誰の仕業と思いますか?

私たち自身ですよ。魂の性格の数だけ意志が存在する。あなたが良しとすることを良しとしない人間がいたりします。それが可能なのは自由意志あればこそです。強者が弱者を支配する…その構図がまかり通るのも。その逆を達成した偉人もます。ですが、見返りを期待するような能天気な人間に出来ることではなかったでしょう。

自己犠牲

創造主みずからが受肉して人類の罪を購った。キリストの磔はなかったと言った霊界人いますよね、マシュー君ですか? 信じる信じないは個人の自由です。ですが、釈迦にも逸話が残されています。釈迦として転生する前の人生で彼は空腹に喘ぐ虎の親子に身を投じたと。それも事実かどうかは怪しい。怪しいけれど、私たちは学べきことがあると思う。

自己犠牲

もしその時、打算…見返り…を少しでも期待したら元の木阿弥。あなたは何も期待せず、自分の人生を投じる覚悟がありますか?マザーテレサはどうだったでしょう。

善行に見返りなど入り込む隙はないまでに魂は高まっているでしょうか。

多くが見返りを期待する段階で止まっています。平和を祈り、同時に歌えば…ですか?私はそういうイベントより日々のレベルで取り組むべきことがあるように思いますが、いかがですか? 確かに大多数が心を揃えることは決してやぶさかではありません。大切なのはそれまでに平和にどう取り組んで来たか?そこが問われるのだと思う。

今日の私は手厳しいですよね、いつにも増して。何故だか分かりますか? 感じ悪いでしょうか?構いませんけど、どう思われても。




自由意志が私たち人間の行いを通して魔物と化す。もしこの世界が自由意志は<正義>にのみ、正しい行い(ここでは何を正しいというかは問いません)にのみ有効という設定であれば、この世界はもっとマシだったかも知れない。ですが、それは温室と同じ。私たちのためにならないのですよ。分かりますか?この皮肉な道理。まったくもって…皮肉。厳しい道ですよ。でもね、皆が皆にその道理を悟るよう期待されてはいないでしょう。この娑婆社会で揉まれていれば納得いくかと思う。坩堝でしょう?バリエーションあり過ぎ(苦笑)私の理解を超える人た〜くさんいます。その人たちにとっては私も「いみふ〜」かも知れません。

自由意志

それと私たちは折り合いをつけておくに越したことはないと思う。どうやって、ですか?

選択

え?そんな簡単なことなの?とあなたは思うかも知れません。例えば、マイナンバー(笑)ウチにも来ましたが、私はお父さんに「私のは放っておいて」と。使わないからと。すると「バカじゃないの?国民の義務だよ」と、たしなめられました。えぇえぇ無視しましたとも。これから先、日本のまつりごとはどうなるか分かったもんじゃありません。私とてどうなることやら。
今世界はプーチンが鍵を握っているようですね。権力抗争はもっともっと深刻化するのでしょうか。飛鳥昭雄さん流に言えば「アークが」「次期天皇が」ということになるのでしょうか。




自由意志は基本中の基本




それはありとあらゆる人間にもたらされています。知りたくもないけれど、平等に。そして、それは選択次第という…私たちの選択により現実は刻々と回っていく訳ですね。




世界に正義がもたらされる日は来るのか。「武器よ、さらば」と人類一丸となる日は祈りにより実現するのか。

正義は勝つ!

そうなる…いえ、そうするために私たちは何をどうすべきか。その道のりであなたは命を落とすかも知れない。命がけでホームページを立ちあげているとか、命がけ且つ自費を投じて暴露本を書いているとか、そういう次元では世界に平和はいつまでたっても来ないと思いますよ。だって、権力の首はすげ替える数充分でしょうし、人の欲望は果てしない。本当にヤバいとこ暴露したら、その人とっくにこの世あら「おさらば」しているでしょうよ。要するに本人は命がけ〜!と鼻息荒いが、泳がされているだけでは。いや…お歴々元気で何よりです。

正義は勝つ!ではなく、あなたはこのロクでもない世界に献身する覚悟はあるのか?

自己犠牲の覚悟はあるのか?

見返りを一切期待せず、身を捧げる覚悟はあるのか?

ある?

多分だけど口先だけかと。この世界に永遠の正義がもたらせることは永遠にないと私は視ています。これだけの不協和音。どれだけの人が「We are the world」と大合唱したでしょう。でも、未だ世界に紛争も飢餓もなくなりはしません。飢餓の元凶はその国の政治です。大多数が飢餓に瀕しても肥えぶとる政治家や財閥がトップに君臨している。あなたにそこに切り込む覚悟はありますか?

え、私?

ありませんよ。綺麗ごと言う気もありません。冷血な視点かも知れませんが、その国の国民が立ち上がるしかないんですよ。そりゃぁ道のりは険しいのは確かです。ですが、キリのない助けを必要とする人々を作り出しているのは

無力感

です。奴隷制度がそう。奴隷解放はまさに命がけのキャンペーンだったはず。それでも尚、人種差別の壁は長きに渡りあったわけです。今も。

無力

そうさせているのは権力者。持つ者が持たざる者を支配する。神も仏もない仕組みがそこには横たわっています。どんなに「We are the world」と大合唱しても飢餓に喘ぐ幼子はいなくなりません。男尊女卑がその根底にあり、それは宗教に根ざしているのでしょ?
その子らを救うのは歌ではありません。施しでもありません。自立への道筋を立てる勇気ある人間がその国に現れ、率いるに至ることかと思う。それには支援が肝要でしょう、潰されないようにね。権力ってそういうふうに使えば良いのにね。バカとハサミは使いようです。

ジョン・レノンのイマジン…私は大好きですが、正義がどうのという頭から離れて…みえる世界を歌っているのだと思う。

ひとつ丘に登ると見える景色

陰謀、暴力、貧困…すべては人間の自由意志がもたらしている。皮肉にもそうです。自由意志は人の意志ひとつで如何ようにでもなり得ます。

えぇ私たち次第

何もかもがそうです。だから、せめて、私たちは自分にできること、小さくても貢献できることを驕りたかぶらず、見返りを期待せず、真心を込めて実現していきましょう。

マザーテレサは決して世界中の貧困層で喘ぐ全ての人々を救いとった訳ではありません。ですが、政治家や財閥を巻き込んで資金を出させ(笑)彼女の出来ることを精一杯やった。努力を惜しまなかったのだと思う。彼女の施設で面倒みきれる人数には限界があったでしょう。彼女が世話をする…同時刻に他の地域では飢餓が蔓延してもいたはず。ですが、世界を一気に面倒みることはできなくても、自分の出来る範囲のことを精一杯尽力することは出来る。

世界平和を祈る暇があったら、それと同じ時間をもっと身近で出来ることから出発して広げていって欲しいと私は心から伝えたい。無力だけど、伝えていきたい。






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(2016年12月27日記)

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