深読み(2)

Category : 深読み

深読み(!)からの続き。

今日は<愛魂(あいき)>に矛先を持っていきます。愛魂とは保江邦夫さんという合気道を主宰する物理学者が貫く精神・・・概略としてはそういうことかと思いますが、これはキリストと聖母の無条件の愛の状態・・・奇妙な表現と思われるでしょうが、まさにその状態を指すようです。
愛魂とは深読み(1)で、飛鳥さん情報「アルザルが北極から地表に現れる。その際、魂が磨かれた人はプラズマシールドで保護され救いとられるが、その他の人はプラズマで焼かれる」の<魂が磨かれた>に値するという感想を私は持った訳ですね。そして、いつもの辛口を「助かりたいなら利他心に基づく善根を植えよう」「俺の講演会に知り合いを誘おう」は「違うだろ」と書き添えるのも怠らず。

人は結果先取りで行動する癖が身についています。

確かにアスリートにしても習い事にしても<ゴール>があります。ですが、善根・利他心はそれと同列に並べて考える・・・それが古今東西の宗教が推し進めてきた教義でもあり訳ですね。ですが、それが共依存を生む土壌になった。それで機能し続ける歴史を人間は築いてきた。ですが、それとは相容れないウェーブが地球に、人間の意識に流れ込んだ・・・アセンションや精神世界の台頭がそれに当たると思いますが、それは<目覚め>を促すものでした。

精神世界では<二極化>が通説になっていますよね? ぶっちゃけた話、アセンションする人としない人というふうに人間は分離し始めるという。ですが、実際はそんな単純な話ではない。政治不信や原発問題という目の前に突きつけられたトラブルにより私たち下々の人間が<声を上げ始める>という時代に突入。そこに大きく影響しているのがネット社会です。よくも悪くも人間はネットで繋がりを持ち始めました。家にいながら世界情勢の生々しいニュースにもYouTubeのような表現形態も共有。

それは私たちが選ぶ側に立ったことを意味しています。政治不信もそういう流れの・・・産みの苦しみの時期と言えそう。選挙が民意の最終権利ではもう治らなくなるでしょうが、一足飛びには行かないのも大いに予想できるでしょう。

私たちは憤り・怒りをエネルギーに変える知恵を持ち始めています。ただ不平不満をブーたれるのではなく、同じ動機を共有し、矛先を一致させる市民運動へ。それは日に日に数を増しているようです。とは言え、市民とて一枚岩ではなさそう。二極化どころか!

多極化の波に私たちは乗っていると言えそうな勢いです。流されるのではなく、自らの意思を持つ。自分たちの命と健康は自分たちで守るしかない。理不尽な政(まつりごと)がかえって私たちに自立と連帯を呼び覚ましています。皮肉なことだと思いますが、デモクラシーとは理不尽な現実が起爆剤となって市民運動へ発展する・・・ベルリンの壁崩壊などがそれに当たると思います。

その渦中に<愛魂>という精神を謳う人物がいるという

これって本当に神意と思わざるを得ないんですね、私は。愛魂とは「神の視点で人を事象を観、接する」世界のようです。

愛魂という精神と「魂磨き」は同意語と言える気がしますが、いかがでしょう?

愛魂で合気道の試合に立つ。相手を倒す。確かにそこは勝敗を決する場です。「愛で相手を倒すって可笑しくね?」と「ハグだろ」と思う人がいると思うんですね。私はそれもひとつと思う。ですが、神意とは皮肉なことに「求めよ!さらば与えられん」なんです。求めるとか「おねだり」ではありませんよ、あしからず。ですが、武道とは敵を倒すというより自己鍛錬の一環だったり、自分を守る法だったり・・・、対人と向かい合うことで始まる<道>かと思うんですね。

向き合う

神の視点で相手と向き合う

相手も自分と神の視点で向き合う

あるいは神の御技を体感す


そこに「何が流れるか」なんだと思う。そこにはベストを尽くす人間しかおらず、神が介入する世界。人と神意が一体化した世界。
勝敗は時の運。倒す倒されるが本末ではないと私は視ます。愛魂により投げられた人は神の御技に浴するのだと思う。否定的な人は体験してみる価値があるかも知れませんよ。あくまでも「かも」ですが(笑)。

これが「助かりたいなら善根を植えよ」は「違うよ」と私がいう所以です。そう啓蒙する人が発する「あなたがたはこうでも言わねば助からない」という想念です。そこに「神の視点」は存在していません。事実「私は宇宙船には乗りませんけど」と答えていました。自分はその必要がない。アセンションするという自負があるのだろうと私は当時を振り返ります。

神の視点が<無条件の愛>とすれば

例え、救われたい一心で誰かにすがる人にもずっとサインは出しているのではないでしょうか。一縷の可能性がある限り。押し並べて私たちは可能性を秘めていると言えそう。ただしそれは妄信から抜けてこそと思いますが。

魂が磨かれた人

ひとりひとり愛魂と繋がりを持つを知る

救う救われるではないと知る

聖フランチェスコは「神の前では皆が貧しい」と説いたといいます。乞食を始めて、農作業の手伝いをした後、農夫が「こいつらは裕福な家の息子らだ」とパンを分け与える理由がないと言った際の一言だったとか。これは意味深長です。裕福であろうと貧困に喘いでようと、私たちは等しい。

愛魂は保江さんがいうところの「救済の使命感に燃えて地球に転生し、それをすっかり忘れ、転生の輪に飲まれた人間と神聖なエネルギーを結ぶ」という・・・。そうやって帰還を果たさんとする魂に差し伸べられた慈愛なんでしょうね。

その愛魂<神の視点>とソルフェジオ周波数はリンクしているようです。その話は次回で。





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(2016年12月27日記)

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