666ナンバーの車

Category : 時事ネタ

今朝の地震には驚きました。震源地は羽田沖…震度5。久々に大きい揺れでした。9月11日には台風による記録的豪雨で河川氾濫・決壊でかなりの被害が出て…復旧が急がれます。
ネットでは台風も地震も人工的なものと取りざたされています。真意のほどは分かりませんが、気象にしろコントロールするシステムは既にありようですから、荒唐無稽とは言えないかも知れません。

実は昨日買い物帰りに666ナンバーの車に遭遇。「ゲッ」とか思いつつ帰宅しましたが、今朝の地震ですからね…ちょっと引っ掛けて考えてしまいます。
多分ですが、ぞろ目数字をよく見かけるという人多いと思うんですけど、皆さんはいかがですか?私は3333ナンバー車、時刻を見れば、2222とか1111とか頻繁に起きた時期があって…今も時々1717とか1414とか…ありますねぇ。家の者は「宝くじ買え!」なんて(笑)こういう偶然の一致は皆さんも経験していると思います。

それにしても666ナンバーってあなた…知る人は知るで退いてしまいますよ。ですが、一説にはその数列には裏の意味があって「神聖な数字」なのだそうで…いったい誰が不吉とか神聖とか決めるのかはわかりませんは。裏意味では神聖って…こじつけ?と取れなくもありません。言ったもん勝ち的な匂いもしますが、信じる信じないはあなた次第という括りかと。ただし数字にはそれぞれに意味、シンボリックなニュアンスはあるとは思います。言霊というものそうでしょうし。なので何かしらインスピレーションを人間に与えるものなのでしょうね。動物もそのようですね。

私はフクロウの夢を見る時期があったり、羊と吊り橋の夢とか、夢も時に予兆という時があります。
一番辛い時期には修道女がひんぱんに出てきてくれていました。テレパシーで「自分を追い詰めなくても良いのですよ」と私に伝えながら手を握ってくれました。リアルでね…顔のソバカスとか目の色髪の色など特徴を今も覚えています。その夢は私の潜在意識の、誰かに慰められたいという強い願望の顕れだったように思います。かなり重度の自己嫌悪に陥っており、自分がダメな理由も逃げようがないほどでした。逃げずに見つめよう。でも苦しいよという。

夢があまりにもリアルだったせいで(?)立ち直る方向へ一気に向かいました(笑、良かった良かった)「あぁ自分が自分を追い詰めていたんだ」と。人がどう私の欠点や行いの粗末さを指摘しようと貶(けな)そうと。追い詰めるのではなく、経験からどういうふうな切り口で生きるかを探していこうと前向きになれたんですね。それくらい強烈なインパクトを受けた夢でした。

ですが、私はあまりこういうことに神秘や霊的意味をもたせたいタイプではありません。夢にしても霊夢といわれるものがあります。普通の夢か霊夢か…その境界線は本当に微妙かと思います。人によっては思い込みが激しいケースが実際にあります。私の場合、僭越ながら「わかります」どういうふうに?と問われても答えられないんですけど、明らかに違いがあります。そのひとつには「鮮明さ」が挙げられると思いますが、それも絶対条件ではありません。中には予知夢というものもありました。今はまったく見ません。

確かに偶然の一致は何らかのサインとは思います。ですが、関連性あるものも、そうでもないものもあるようです。思い込みは寒いし痛い。常にニュートラルであることを私はお勧めします。個人の自由なんですけどね。思い込みだってひとりで思い込んでいるうちは無害ですしね。

予兆

以前、カラスの死骸を見かけたことがあります。その時は「何かあるな」と直感しました…なんか訴えてる感じだったんです…常にそうではありません。で、やはりニュースで命に関するものがありました。「怒り」「憤り」というサインでしたが、そういう知らせ(予兆)は確かに存在します。

ことさらに結びつける危険性があるものと、実際に予兆であるものの見分けは難しいと思います。ですから、できるだけニュートラルにと私は思う。知らせは来る時は来ます。

そういう予兆やサインと私たちはどう関われば良いのでしょうね。盲信のリスクも背中合わせ。だからと言って懐疑的すぎるのも惜しい訳ですね。せっかく自然が、目に見えない存在が私らに何か知らせることがあって、地上のものや数字などを使って知らせてくれているのかも知れませんしね。

視える聴こえるで…おかしくなる…精神に異常をきたす人がいるのも事実です。

どうぞ皆さんは視える聴こえるに溺れないでいて下さい。これは特別な霊能とかいうものではありません。誰もが実はもっている資質。能力という括りにとらわれているとおかしなことになりかねない。

今は磁場も変化している地球。そこに生きる動植物も過酷な時に差し掛かっています。イルカやクジラが大量に浜に打ち上げられる…あるいは大量死も世界あちこちで見受けられるようになっているようです。

それでなくても太陽の磁場異常など地球も太陽系惑星…やはり変化が著しい時です。人間の神経・精神に影響ないとは言い切れません。サイコパスな事件が増えています。cernは時空に風穴を開けようというプランが実行されようとしているとか。Haarpはどうでしょう。どういう必要性があって設置された施設なんでしょうね。携帯などの電磁波の健康障害も指摘される昨今。
私たちはハイテク文化に恩恵も受けながら同時に負の影響下にもあるようです。そういう世相ですが、決して無力ではない訳ですね。天然石やハーブ・アロマという自然の理に沿ったものを生活に取り入れて、できるだけ自然に沿った暮らしをすることで自分を見失わずにいることができますものね。あるいは電磁波その他のリスクをリセットするような技術も開発されてるかも?ご存知の方もいるでしょう。

生きづらい世界です。難民を蹴ったとして報道人が世界中から非難を浴びています。蹴るなよ!ですが、当人は「当時はパニックだった」と自己弁護したようですね。実に卑怯と私は思いますが。

難民がいるという世界

住み慣れた土地から離れざるを得ない国民があるんですね。今はシリアがそうなんですね。紛争のために家を追われる人々。ですが、これは他人事ではありません。未来から来たという(?)ジョン・タイターという人物が書き残した地図…ネットで出回っていますよね?その中の日本地図を見て愕然とした人もいるでしょう。東日本、東京も含めて<立ち入り禁止地区>になっており、首都は岡山という。確か北海道も違う名称になってましたっけ?北方領土を巡ってロシアが…ですものね。

そういえば、『天空に宇宙船滿つる時』という本に寄稿している浅川さんですが、「沖縄に富士に変わる(富士山より高い山とか)日本の象徴的山が出現し、そこが新たな日本、世界の中心になる」と言ってましたっけ。それを知った当時、私は「富士を凌ぐ高さの山が形成されるって、どんだけの地殻変動?」と思いました。そうでしょう? 沖縄県人でその話を聞いて、どう思ったんでしょう。歓迎ムードでしょうか?沖縄が世界の中心になるということで。浅川さんも日本人が新世界のリーダーになるという信念をお持ちなのでしょう。

沖縄に富士山級の山が隆起する…その際は目覚めた龍蛇族の人たちは天空に満ちる宇宙船に乗っていち早く逃れ、時期を見て帰還。新世界を構築するということなのでしょうか。

私は、『天空に宇宙船滿つる時』という本を最初に読んだ時はワクワクしたものです。ですが、数年前に読み返して、ある章に愕然として一気に信頼をなくしてしまいました。

この世界には自由意志が貫かれています。それは宇宙の法則でもあります。この世には様々な段階の魂が集っています。故に争いが絶えない。どの段階の魂にもえこひいきなしで貫かれている、それが自由意思です。
大いなる存在から自分に救済の、伝道の使命を授かったという…それも含まれます。使命を受けた、故に今の自分があるという発想も。それはどういうことかというと、それを誰が望んだとかということなんです。

「あなたでしょう」

大いなる存在から使命を授かるというシチュエーションを設定したのは他ならぬ「あなた」です。選ばれたというシチュエーションをあなたが望んだと私は断言します。何故か?理由は簡単です。

誰かの何かの役に立ちたい

もっと言うと

それだけ価値のある存在でいたい。あるいは思われたい。

もっともな理由付けと私は視ています。私たちは例外なく志願者です。地球に転生する志願をした者たち。でね、どういう役を演じたい?と常に自身に問います。あるいは守護者(お守役)と話し合いながら私たちは自分の人生の方向付けをします。
中には何らかのカルマの相殺として<奉仕>を望む者もいます。
自分は選ばれたという、使命されたということを心地よく感じる…それも成長の階梯のひとつ。良いとか悪いとか言おうとしている訳じゃありません。魂はそれぞれ成長過程にあります。従って価値のある存在としての自分を自覚すべく人生設計をすることもある訳です。アイデンティティですよね?

それを強く望む段階もあり、そういうの必要としない段階の魂もいる。すべては自由意志の成せる技です。あるいは絶対服従という請願を立てた者もいるでしょう。本当にどれをどうと言えない。それほど多くの動機を持った魂がひしめく世界、それが地球です。
『天空に宇宙船滿つる時』に描かれていた人たちはイエスに導かれていたのですよね。でも私はそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないと思っています。何故か?

イエスは愛の人です。愛は自由意志流れを組んでいます。自由意志とはそれぞれに<選択の自由がある>ことを指し示します。

愛は人類の命運を、地球を極一部の人間に託すでしょうか?

霊感に導かれるままに…イエスの導きに委ねた奉仕の人生…そういう人生を彼ら自身が望んだ、あるいはそうせざるをえない何かを有していた。ですが、世界は彼らの使命をすべてとはしないんです。彼らの使命は地上のすべてではないのですよ。いくら尊かろうと。

私が感じるイエスは極一部の人間に地球の人類の運命を託すような人ではありません。

わかりますか?イエスの投影自体が魂の質によりこれだけの違いがあるのですよ。あらゆる成長過程の魂が集う地球。私たちは精一杯に生きて、他人の運命を左右するような請願など立てない方がいい。
彼らが救済を意図していたからと言って、それしか道がないとあなたは本気で思っていますか?
彼らは彼ら。私は私。あなたはあなた。あなたの運命は誰のものでもない。あなた自身のものです。あなたは自己責任の由来の元に、あなた自身を愛する故に選んだ人生。

従って

私たちはバースビジョンを明確にする必要があるかも知れません。誰かに聞くまでもなく、あなたの人間関係や心癖から導き出せます。

アレックス・コリアーさんの言っていたことで印象深いものが幾つもありますが、その中でも強烈だったのは「救世主が私たちを救ってくれるというのは自由意志の放棄」という趣旨の話でした。

地球人の「やっちまった!」ことは地球人で解決するしかない。

救世主がこのロクでもない事態から選ばれし我々を救ってくれるという考えは「甘え」だと私も思う。「誰かが窮地を救ってくれる」という刷り込みはウルトラマンやスーパーマン…いや遠い昔から人間の心にあったのだと思います。それは「どうしようもない」世界だったからでしょう。ずっとずっと!

一部の支配層と大多数の従属者という構造

これこそが多くの人を<無力感>に陥らせたのではないでしょうか?

人類社会はもう末期症状ですよ。もう手の施しようがないくらいにね。だからこそ!私たちは個人個人で独り立ちする機運なんですよ。ピンと来ませんか?困りましたね。
この人社会は極一部の人間の利害で築かれたものなのでしょう?つまり、何処にあなたのアイデアがあるの?と私は問いたいと思っているんです。

まずはあなたの思念の内に理想とする、命に優しい世界を構築する。何が必要で何が要らないかを明確に意図する。まずはそこからです。

この期に及んで

えぇここまで悪化しなきゃ憤らなかったでしょ?これまでは「こんなもんか」と思ってませんでしたか?

無力さがどれだけ私らの心を蝕んできたことか。

まずは明確にあなたの心に平和を植えて下さいね。そして何がNO!で何がYes!かを明確にして頂きたいと思います。



666ナンバーの車からここまで話が膨らんじゃいました(苦笑)かなり熱く語りましたね。



今日はこの辺にします。極一部の人間が地球を救うとか、人類を救えるほど世界は柔じゃないです。宇宙船天空に満ちることがないよう…人間が仕出かしたことは人間の手でなんとか解決する方向を願うのなら願った方が良いと私は思っています。既にそのためのハウツーはあるんじゃないかしら…?さて、どうでしょう。そして、解決すべきことの中には私たち人間の依存体質も含めてと私は感じています。






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(2016年12月27日記)

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