9月23日は要注意日なんですか?

Category : いよいよなのか

何かと話題の玉蔵さん。今日付けで<http://golden-tamatama.com/blog-entry-2009.html> に9月23日は要注意日という内容がアップされています。でも禁止用語が含まれるらしく…facebookで拒否されたとか? 本当に何かと騒がしい人ではあります。私はいわゆる読み逃げタイプ…飛鳥昭雄さんと同じように興味を持って閲覧。この玉蔵さんの情報収集力や語り口は魅力的です。

それにしても9月23日って彗星がどうの地震がどうの噂されているんですね。「もうすぐじゃん」なんですけど、その日は私にとってお取り寄せ野菜が初!届く日…楽しみにしているですけど、よりにもよって…ねぇ。
この9月23日は旧8月11日だそうで、11という数字はあちこちで分析されているようですが、私ら日本人にとって忘れられない数字です。災害は他人事ではないことを少なくとも東日本に住む私は持った訳ですね。ですから、地震予報の発表(予言とかいう括りではなく)には注意しつつ日々過ごしています。

少し前に沼津が取り沙汰されていました。これには古墳が絡んでいて、そこに強引に道路を通すとかで反対署名運動が全国規模で起きたんですよね? で、工事は中止に。で、沼津の危機は一応なりとも去ったかのような安堵感を持った人が少なくないようです。
また桜島に関しても噴火騒動は「ダミー」だったとする向きがあるようですね。ですが、桜島に関する事態はダミーではないと思いますよ。エネルギーは収束するどころではない気がしています。どうぞ、周辺地域に住む方はいつでも避難できる準備は怠らないで下さいね。徒労に終わるのが一番。東京に住む私も他人事ではありません。

日本は地震国

何処でいつ、どの規模のものが起きるか分かりません。老婆心ですが、予言が出る度にそれに翻弄されることなく日頃の準備だけは怠らないようにと私は思うのですが、いかがですか?
放射能汚染にしても心から同じと私は思っています。手立てがない訳ではないと。玉蔵さんのブログには福島に土壌浄化装置設置する運びになったとありました。「日本は終わった」と騒ぐ暇があったら一番ノウハウを必要とする地域に根気よく日参して理解を広める努力をした方が賢明と私は思う。してましたか?その人。「知りたきゃ俺んとこに来い」ふうな態度でしょ?

奇跡のりんごの木村さんの農園のリンゴは汚染されてないと聞き及びます。

ここに私たちがこれからを賢く生きるヒントがあります。地球は世の男たちがかき集めた資料では伺い知れない顔を持っています。地球もひとつの意識体であり、太陽系が今どういう状況にあるか、そこに着眼しなければ視えてはこないでしょう。現時点の人間の科学その他の理解を超えた領域を捉える心眼がなければ到底理解できないでしょう。

人間主体で幾ら知恵を絞っても、何処に避難しようと真の解決には届きません。えぇ断言します。逆なんですよ。

地球を主体としたアイデア

私たち人間を生命体のサイクルの一員という品性

そして、何より大切なのは「助かろう」としないことです。そうではなく、胡散臭いと思われるでしょうが、地球と心を揃える感性こそが今一番必要とされていることを私は日々感じているんですよ。

私はもう口を酸っぱくして<波動・周波数>と言い続けています。そして、人間にはそれぞれが放つ「匂い」ってあるんですよ、体臭とは別の。皆さんは信じられないかも知れませんが、周波数には独特の色と香りがあります。

醸し出すものが

列記としてあるんですけど、多くが気付いていません。でも、直感的にアロマや音楽・植物に心地よさを皆さんは感じると思うんですけど、いかがですか?

分析や情報収集には限界がある

もちろんそれは不要と言いたい訳じゃありません。限界があるでしょ?と問うているのですよ。amebloから私のブログを見始めた中には不遜なヤツという印象を持つ人もいるかと思います。「何様?」と不快になる人もいるでしょう。それはそれで仕方ないと思うんですね。何かピンと来た人だけが続行で読んでくれれば御の字。私には大勢を率いる度量もありませんし、持ちたいとも思いません。何故か分かりますか?

人の人生に大きく影響するような扇動は避けねばならないと知るから。

多くが「あの人についていけば大丈夫」とか「あの人の講演会に知り合いをお連れして徳を積む」とか洗脳されています。その依存の連鎖こそがこの世界を形作っている…私はその垣根から出る決意をしました。だから視えることってあるんです。

何処に住むか・何を食べるか・何を信じるか

全ては私たち次第ではないでしょうか。ですが、多くが誰かに言われた、何かに書いてあったと後生大事に抱え助かる術に躍起になっています。よく聞く言葉ですが

「誰を信じて良いか分からない」

「何処かに真実がある」

これ依存、盲目の極(きわみ)です。自分の人生を人任せにする癖が私たちにあって…従って自立する術を知らない。自立という語彙は知識にしか過ぎない。「俺について来い!」タイプをつい信じてしまう。何故か?助かりたい。家族と安全に暮らしたいからでは? その切実さはどういう出発点から来ていますか?

自分は無力

これも理由のひとつかも知れません。私たちはね、もう大きな大きなウロコを目にくっつけています。それ、誰も削ぎ落としてはくれませんよ。あなたがハタと気付くことでしか落ちない代物なんです。
例えば、シベリア渡航を云々する人いますよね?プーチン賞賛者ですが、少しでも意見をすると屁理屈を並べ立てます。残るのは盲信者だけかも。信じたい人は信じれば良いのです。「あなたを信じて何処までもついて行く」と。でもそのプーチン礼賛者は自分について来る人間にはそれぞれに魂の宿題があることを知りません。知ろうともしないでしょう。要するに

一人が大多数の人生の責任は取れない

取れますか? モーゼは多くのユダヤ人を率いました。そこには信仰を同じくするという状況があり、途中で行いの悪さから脱落した人もいたとされます。それが何を物語っているか分かりますか?

最終的に自分を救うのは自分

もし誰かを信じ、言葉に乗って自分や家族の人生を委ねたとします。で、思うような安心が得られなかった時…あなたに少しでも「信じてついて来たのに」という思いが胸に去来したら…それはもうあなたの自己責任です。少なくとも情報を吟味し、アイデアを絞り、それで良い結果に辿りつ叶ったとしても自己責任。どちらが「マシ」ですか? その違いはとても大きいんですよ。あなたはそこに気付いていますか? あなたが自分の足で歩き始めると、かえって地球のことが理解できるようになると思います。自分に何が出来るかも。

私たち自身の想念と行いこそが鍵

例外はありません。このことは忘れないで頂きたいと願います。




9月23日




私は無事にお野菜(宅配)を受け取ることができるでしょうか(笑、笑ごとじゃない)。もし彗星衝突という事態になっても地震予知が現実になったとしても私こう思います。
自分の寿命は自分で決めて転生してきてる訳で。確かに今のところ記憶にはないけれど、誰かに決めてもらったものではないことくらいは知る訳です。それが9月23日としたら、それは委ねるしかありません。でもね、大丈夫と思いますよ。

ただし

桜島にしろ静岡周辺にしろ、もちろん東京にしろ、いつ何時、何が起きてもよいくらいの心と物質の備えはしておきたいものです。



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(2016年12月27日記)

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