供養を受ける

Category : 魂のご飯

このブログを怖いもの見たさに(笑)読んでいる方も、「ひとつ読んでやるか」な方も皆、高次の存在に関心が深いと思います。
皆さんもチャネルやリモートビューイングをやっている人も、神仏は

供養を受ける

と「くるしゅ~ない」と降臨することを知らないと思います。もちろん精神世界をビジネスにしている新興勢力の人たちも知らないでしょう。

ネイティブやマヤの神官、神社仏閣がなぜ祈祷をし、供物を捧げるのか、その理由は神仏の

感応

に精通しているからです。感応とは私たちの切なる祈願を神仏が感じ、それに応じるという読んで字の如く。雨乞いなどが分かり易い例かと思います。

勘違いされては困るのはギブ&テイクという人の理屈とは次元が違う話。精神世界の人々が謳う

代価

とはまったく次元の異なる話。私は憶することなくそう断言します。

私らの切なる祈願は時に聴き入れられないかに見える時があります。神仏にシカトされたという場合もあると思う。その理由(聴き入れられない)として

・自然界の摂理

・その人の成長の妨げになる(魂の生前の計画とは異なるとか)

・深層意識

などなどが上げられるでしょう。ここがひと頃一世風靡した「引き寄せの法」とは相容れない部分でしょうか。
いずれにしても神仏が相手にするのは人間だけではありません。言葉を持たない生命も視野にあるのは皆さんも納得いくのではないでしょうか。そこには自然界の摂理が働いている。ひっぱり過ぎたゴムが切れるように自然の理という場合もある訳ですね。

神を祀る 供物を供える

そこには畏敬の念がまずはあって、ネイティブが祈りを捧げる際もギブ&テイクの頭はないと思います。あるはずがありません。彼らはひたすら祈り、神の沙汰を待つ真摯な人々。ここは祈願ビジネスとは異質ですね。考えさせられます。

さて

生きるため祈願する 祈祷する

この記事を読む人の中には「ビジネスだって生きるため」と思う人もいるでしょう。商売だって列記とした生きるための営みだと。私はそれを否定しません。ミソ**一緒にはできないけれど<商売(儲け)>を分野とする神々だっている訳ですね。ネイティブが祈りを捧げるのは<商売(儲け)>とは無関係。いずれにしても神々は

「供養を受ける」

訳です。まぁ神仏もピンからキリまで・・・えぇ、人の祈願自体がピンからキリまででしょ?違いますか?違わないでしょう。キリとは「欲」の分野。ここにこそ私たち人間は必死ではないでしょうか?お受験合格祈願・商売繁盛・良縁成就(自分のことは棚に上げ)などそれこそ切りがない。そういう人のおねだり・・・だって、それ

奉仕とどんな関係があります?

99.999999999........% 人は死ぬまで欲を

何とかしたい 何とかならないものか と言う期待を持ち続けます。もちろんそんなの達観するに至った人もいるでしょうが、稀でしょう。
私はね、人の欲を悪いと言おうとしているのではありませんよ。義務教育レベルの魂が犇めく世界なのですよね、ここは。人間の発する想念の数だけ、少なくともそれに応じる目に視えない存在がいるという、神さまだって受け持ちってことです。

祈願の次元に応じて目に視えない存在(エネルギー)はおわすという具合です。



荒ぶる神にしても龍神にしても菩薩にしても、人が召還したとします。神仏は

「供養を受ける」

と感応して降臨します。汚ない場所には降りては来ません。VIPを迎えるようなもの。神社仏閣いずれも清く整えられているのはそのためで、供物を供えるのはおもてなしのため。

でも、それはギブ&テイクという人の理屈とは次元が違う話。精神世界の人々が謳う代価とも一線を画します。

どこが違うの?

ですか・・・困りましたね。けっこう噛み砕いて話したと思うんですけど。これ以上は手とり足とりできかねます。




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(2016年12月27日記)

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