チューニング

Category : つぶやき

同じ神社を参拝しても、神の気配を感じない人と感じる人がいるようです。これは何を物語っているかというとチューニングの違い。同じ場所でもそれぞれで体感する感覚に誤差が生じるのはその場所自体のせいというより、捉える周波数の違いということだと思います。これは視える視えないにも言えることで、今日はこの辺のことを書いてみようと思います。

えっとですね…私はいわゆる霊を見たことはありません。私は供養して欲しい種の霊とはチューニングが合わないのだと思います。それをずっと霊感がないと思い込んでいた訳ですが、どうもそうではないようです。私が発しているエネルギ-が多分ですが、「取りつく島がない」という(笑、笑いごとではありませんけど)、この人に供養をお願いしても「あんた!あんたの後始末をどして?どして私がせにゃならない訳?」とか何とか(笑)

情けは人の、じゃない、此処に留まる霊のためならず

すべては自己責任が基本です。知り合いに霊が視えるという主婦がいまたが、彼女は供養して欲しい霊を集団連れ歩いている状態でした。それも、修験道や即身成仏した男どもなんですよ!信じられますか?彼らが成仏できないのは「執着」があるためです。執着を絶つつもりがかえってダダ滑っているって、どういう仕組みでしょう。

喜捨という語彙があります。この喜捨というところでまずは躓いている。それはどういうことかというと

・妻子、夫、愛人恋人、親との縁を一方的に絶つ

止むに止まれぬ事情あって出家したとしても、それは自分の都合最優先ではないでしょうか。志は志として。人生の選択の時に何を最優先させるかが鍵。え?理不尽じゃないか、ですか?
えっとですね。彼彼女たちはその後、修行三昧な生活を修行に適した立地条件で成就した訳ですよね?

例えば…名前は忘れましたが、二人の女を愛した男で、障子越しの二人の影が鬼気殺気に満ちていたのを目撃して、自分の業の深さに出家したという逸話を持つ有名な僧がいます。彼、成仏していませんよ。だって何も解決してませんもん。業の深さ業の深さ返し。これは「逃げ」以外の何ものでもありません。

情は仏には通じませんよ。その僧は生きてる間が天下だったのじゃないでしょうか?

私の知り合いが連れ歩いていたのは即身成仏を儀式に則って成就した僧でした。我が家に彼女が遊びに来て、私は視えないのだけど、気配を感じる

周波数が違いますから、今目の前にいるように見えることはありません。気配を感じるだけ。知り合いは熱心に新興宗教を修行していました。類は類を呼ぶの喩えで修行の日々を送る彼女の元に…しかも視える訳ですから、居心地が良かったのでしょう。で、我が家に来た際について来た訳ですね。彼女は供養したいという気持ちを持っているので、そういうふうに周波数が合致するんですね。誰もが、ということではありませんよ。

彼女には修行僧だった、修験道だった過去世があり、普通の暮らしこそが修行と気づき、上がった経緯があるんです。小さな悟りが彼女に大きなチャンスをもたらしたのだと思います、転生のね。その気づきがなければ、幽界に居続けたかも知れません。

あのですね

迷える魂に好かれるタイプの人がこのブログを見ているかも知れないので老婆心ながらアドバイスします。実は迷える魂の上空で(正確には上ではないんですけど…、周波数の違いをどう説明すれば良いのか分かりませんが)常に天使が待機しています。ただし悪事が過ぎた霊には容易にはやって来ません。お迎えは天使ではないでしょうね。

あぁ勘違い、なこういう類いの未熟霊(失礼!)には機会が与えられます。その機会が、私たち現世で暮らす者という場合があるんです。

周波数が違うので彼らには天使がいる場所が見えません。肉体を離れれば見えるのでは?と思う人は多いでしょうけれど、チューニングが合わなければ見ることはできません。あるいは「自分は行くべきではない」とか思い込んで此処に(厳密には次元が違う)居座っていることもあるようです。

私やあなたがするべきことは

促してあげること

「周波数が違うので彼らには天使がいる場所が見えません」を理解できない人がいるかも知れません。

例えば、そうですね・・・霧が晴れて景色が見えるようになる・・・なら何となくでも察してもらえるでしょうか。その霧が晴れる、きっかけになるのが

促してあげること

そこに繋がるんです。「あそこに天使が見える?」と促す。信じられないと思いますが、彼らはアッサリ昇ります。周波数を整えてあげる・・・そこに難しい作法はないということを私は知った訳です。やはり「上を見て」と促すと勝手に上がっていくと言う人がいて、やっぱりそうかと合点したことがありました。

彼らは迷子なんです。ですが、彼らとて既成の概念に縛られています。従ってその概念(成仏法とか供養とかの)から解放された人間が


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(2016年12月27日記)

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