歴史が動いた瞬間

Category : 魂のご飯

「償わせる」と安倍さんは言う。「どの口が言う」と私は思う。

飯山一郎氏のHPではどうも政府にとって不都合なブログが一方的に削除されているとか、飯山氏自身が要注意的ワースト指名されているとかいう記事が続々アップされている。ネットでは人質殺害画像はねつ造であるとその証拠をアップする人が後を絶たない。先日の台湾の航空機事故も映像も以下同文で確かに不自然な部分がなきにしもあらず…いったい誰が何の目的・利益のためなのか…いくらネットで騒いでも日本にとって

歴史が動いた瞬間








それは安倍首相がイスラエルで声明を高らかに読み上げた時だろう。集団的自衛権も秘密保護法も憲法解釈をめぐる改正論もこうした流れを作るべく敷いた道筋だったのだろう。
テロ集団ISISによる2名の日本人人質という有事を私たち国民が知ったのは今年に入ってから…それもテロリストの声明画像がきっかけだった。ところが人質事件自体は昨年秋から勃発していたことは既に明らかになっている。
安倍はその最中にイスラエルに出向き、テロリストを刺激する発言を公にした…イスラエルと日本の国旗の中心に立ち

それを機に人質の件が公になり、殺害されたという報道が世間を騒がせた。安倍はテロリストに「償わせる」と言う。
日本国憲法には「平和主義」がある。だが、「償わせる」という…それを実行に移すべく我が国の政府は何をか画策し、何をしようとしているかを思うに私は背筋が凍る。

思えば、尖閣諸島問題もおいぼれの「尖閣諸島は日本の領土」という発言から始まった。中国が侵犯しているとマスコミも総出で非難。だが、これも第二次大戦敗戦国日本が調印した条約文からは逸脱した領土問題意識であることが見えてくる。喩え敗戦国であるがゆえ一方的に言い渡された条約であろうと、他国を一時的に占領下に置き、敗戦により撤退するに至った訳だが、その戦争を仕掛けたのは

日本軍事政権

決して中国が挑発した訳ではない。太平洋戦争は真珠湾攻撃を端に発する。

真珠湾攻撃

これには当時の合衆国大統領は日本の動きを知りつつも敢えて攻撃を実行させ、参戦のきっかけにしたという節があるらしい。それを証拠づけるドキュメントも放送されている。しかしながら当時の軍事政権下にある日本国が東アジア圏のバランスを著しく逸脱していたのは確か。領土拡大政策は無謀なプランだったのも確か。軍事力で他国を制圧するという手法が招いた…敗戦はその流れの産物とも言えるだろう。

真珠湾攻撃はまさに歴史が動いた瞬間

そして、またその悪夢が現実になり始めた。日本がイスラム圏の紛争に軍事力を行使する大義を安倍は高らかに宣言した。人質事件…その惨事・悲劇を掲げて「テロを許すな」というプロパガンダを国民に向けて発信し続け始めた。

しかし…ISISの相関図には度々アメリカ合衆国共和党議員マケインが登場する。その人物と安倍とのコネクション、イスラエルとのコネクションがネットで事実確認が為されている。マケインは所謂『戦争屋』とネットは称する。マケインが今話題のテロ組織の面々と写る写真がネットで取り上げられた。マケインというアメリカ人は何のためテロ指名メンバーと意気投合しているのか…?何故テロ組織は声明として合成画像を制作するのか…?その資金源は?答えは自ずと見えて来はしないか。

茶番

戦争は金になる・軍事産業ビジネス

世界の敵となる何らかの対象を産み、憎悪を世相を操作する

メディア規制・言論の非自由化

一国の首相がテロを憎む発言をする…その背景にマケインがイスラエルがいる。しかも安倍はイスラエルに軍事産業企業のお歴々を伴っていたという。これは日本という国家が有事の際に何らかの形ででも参戦できるというレールを敷くための道筋だったのだろう。

パールハーバー・アゲイン

その火ぶたは切られた。何ということだろう。ジリッジリッと日本は集団的自衛権のお墨付きに則り、世界の何処かで繰り広げられる紛争・テロにいつでも参加する手順が整い始めた。安倍は何故マケインと談合し、イスラエルに巨額の融資を約束したのか…?その背景にはオバマ政権に次ぐ政権は共和党という頭があるからかも知れない。事実、安倍が招待されて米国にて演説したのは共和党のお膝元なのだという。共和党議員マケインと手を組むのが得策と読んでの行動なのは疑いようもない。

安倍は私たち国民に向けてテロに屈することのない国作りを高らかに宣言し、テロリストに償わせると言い放った。そう言えるのは背後にマケイン・イスラエルがいてこそ。単身で言えることではない。
日本の経済はこうした政策でこそ上向くという計算もあるのだろうが、既に日本を『死の商人』と揶揄する向きもある。だが、安倍は肝心なことを忘れ去っている。いやそう思ったことさえないのだろう。

国のために国民があるのではない

国民のために国があるということを

この場合、国とは政府・国政だが、安倍が目指しているのはまさしく「国のために国民がある」という政(まつりごと)。これは軍事政権が目指していた路線と道を同じくしている。
今回の人質事件は安倍政権にとって集団的自衛権を正当化する好機…イスラエルの地でイスラム原理主義者を刺激するかのような声明を発した。刺激するとは思わなかったとでも言うつもりか?もしそれなら、そういう理解度しかない首相を私たちは戴いていると言わざるを得ない。

テロを許すまじというフェイスブックの書き込みも後を絶たない。実は誰もが事実確認をしていないのだ。国内メディアと政府の発するところを頼みにして。まぁいい。先導される側にも責任がないとは言い切れない。

日本は一日とて民主主義国家であった試しなどないのだ

長きに渡る自民党政治はどうだったかを思い出してみるといい。当時から国会は国民不在の数の論理…議員の「賛成多数か否か」を数える機能しか有してこなかった。過去、学生紛争があった。米国と日本の間に取り交わされた不平等条約に対する抵抗運動だった。それは熾烈な闘争だった。私は幼く、またニュースの伝え方しか知らず、恐怖心と不快さを覚えたのを記憶している。

もう強硬手段に出るしかない

学生たちの悲痛な叫びだったことを私は知る由もなかった。昨今は原発問題で成人男女が国会に向けてデモ行進。時の大臣がそれを「テロリスト」と評したのは記憶に新しい。

国会とは国民の抗議を受け止める機関にあらずなのか?

否、国民とて一枚岩ではない。どれが国民の声でそうではないのかは微妙なのだ。だが、これだけは言える。安倍がイスラエルや各国でバラまいている巨額の融資は国内でならどれだけの国民が助かるか。

日本の国際貢献を謳う。その国際社会とて一枚岩ではない。何が事実でそうでないのかを計るのは実に困難な世界ではないか。
前出の飯山氏はえらくプーチンをかっている。だが、そのかっているプーチンの豪腕ぶりでは北方領土は還ることはない。しかも最近また「北方領土は日本固有の領土」というCMが流されている。プーチンにとっては痛くも痒くもないだろうが、日本国民にはどう響くだろう。尖閣諸島と言い、こういうキャンペーンには集団的自衛権行使に向けた政府の強い意向が感じられる。

日本人の多くはもう戦争を知らない世代だ

「もう70年たつのだから」と思っている人が大半を占めるだろう。中国・韓国の日本に対する態度を良く思わない人も多いはず。だが、日本人は占領下の苦渋を多くは舐めていない。沖縄のみが強いられた訳だが、本土の人間の多くは現沖縄知事の動向に冷ややかな目を向ける。人は自分が痛い目に合わねば、人の痛みを知ることはない。所詮

人ごとなのだ

だが、日本もB29空爆を受けている。B29で肉親を失い、家を失った人たちは戦争の虚しさを知っている。だが、かつて日本が軍力により占領支配したことを日本人の多くにとって過去の出来事でしかない。それも写真や映像で見たという程度の知識しか持っていない世代が大半だ。それは

占領された側ではない

それが大きいのだと思う。GHQの一時統治は受けてもそこにはアメリカナイズの道筋があり、経済復興という息吹があった。事実、日本は目覚ましく復興を遂げ、経済大国となった。沖縄は治外法権の辛酸をなめ続けた。本土に行くにもパスポートが必要だった時期がある。それは沖縄復帰まで続いた。
私たちの多くはその沖縄県の人々にも冷ややかなようだが、もし身内に米兵による暴力や理不尽な治外法権に歯噛みしたことがないせいだろう。あったら、語り継がれて…はて、どういう気持ちが働くだろうと私は思う。

日本軍の占領下にあった国にとって戦後70年は傷が癒える歳月ではないことを私たちは理解せねばならない。現中国政府を韓国政権を理不尽と非難する立場ではない。だが、だからと言って、尖閣諸島問題・慰安婦問題などなど無視はできない。何という政治対立だろう。そこに各国の国民感情は乗っかっている。それさえ一枚岩ではない。

ネットでは「在日」という単語が憎悪の対象として飛び交っている。だが、もしその人が韓国人だったら?日本人だからの中傷と私は思う。日本人だろうが、韓国人だろうが、中国人だろうが、悪いヤツはいる。

在日という表現には確実に蔑視がある

この世界に平和が訪れることはない。困難とさえ言えるだろう。希望?それを見い出すには人種・国境の塀を越えるしかないのだが、それを知る人は少ない。

憎悪を煽って紛争へ赴こうとする…ところが、言い出しっぺは血ひとつ流すことはない。国民の誰かが流すのみ。「国民の生命・安全を守る」というスローガンの元、私たち国民は政府の話術に乗せられ、若者たちが法整備の名の元に紛争地へ出向くことになる。自衛隊員求むの求人が加速することだろう。

2020年東京オリンピック?

東西分離時のロサンゼルス五輪VSモスクワ五輪の再来になるリスクを抱えたが、そのことに気づいた人は多くはないだろう。無論、そうならない可能性もある。だが、集団的自衛権がどういう事態を招くかは予想に固い。安倍はテロリストに償わせると公言した…このことが今後の日本のイメージを押し広げていくことだろう。

飛鳥昭雄氏がエクストリームサイエンスで喋ったことが現実味を帯びて来ている。彼を嘘つき呼ばわりする人もいるようだが、飛鳥氏の「第三次世界大戦は必ず起きる」という「イスラエルの動向に注意」という、そのどれもが現実化してきているのを知るにつけ、彼の持つ情報網には舌をまくばかりだが、飛鳥氏の説はトンデモ話のど真ん中を行く。つまり

世界情勢こそがトンデモということになるのかも知れない。






安倍総理は「償わせる」と言った。だが、それに至る道筋にマケインやイスラエルの存在があることを皆さんには年頭に置いといてもらいたい。安倍政権は国民投票で選ばれた自民党政権。安倍は「承認されたと理解している」と選挙後に宣った。それは「だって、あなた方国民が選んだんでしょ?」「総意なんでしょ」という大義を意味している。

そう言えば、小沢氏が山本太郎氏とタッグを組んだ政党名を聞いて噴いたのは私だけだろうか。笑いごとじゃないが、切羽詰まっての乱心か?とも思うが、小沢氏のこの動向に私は政党政治の末路を見る心地がした。要するに政党政治じゃ国民の財産も健康も安全も守れないということ。

国民に選ばれたとは形式的に過ぎない。選ばれ、当選した暁には数の論理で法案を通していく…だって民主主義ですからというからくり。より民主種主義的民主主義国家に日本がなるためにはイタリアのように内閣決議した後、国民投票に委ねるという仕組みが用意される必要がある。現にイタリアでは国会が決議した原発続行を国民投票で「原発廃止」に覆ったではないか。

国民に選ばれた、が最終手段である限り、憲法が解釈如何でどうにでもなる限り、日本に真の民主主義は来ない。




世界どの国にしても日本にしても今が正念場




イスラム圏の問題は決して原理主義者のみに紛争の責任がある訳ではない。そこには欧米各国が絡んでいる。過激な思想に賛同はしないが、イスラム圏にイスラエルという異文化が隣接するという環境も紛争の火種。イスラエルは孤高奮闘しているかにも見えるが、そこにアメリカという後ろ盾が長年に渡り、あった。アメリカ政府はイラクを木っ端みじんにしたが、そこにも大義が掲げられた。ブッシュ政権下、9.11も起きた。

この人社会、世界にはシナリオがあるという。予言をモチーフに人口淘汰を企てる集団があるとも言われて久しい。何が事実かは私には分からない。分からないが、これだけは言える。

作為的に世界秩序・地図は作られ続けたということ

そして、ここ数年はその秩序はカオスに陥っているということ

そこにロシアの存在が大きく善くも悪くも貢献しているということ

スノーデンは何故ロシアに亡命したのか?

ロシア大統領プーチンこそが世界秩序を構築する『鍵』だからではないだろうか。プーチンはしたたかだ。周到にすべてを準備し、そして動く。
オバマはある種、アメリカ国内が内戦状態にある。故に保険制度を見直そうとして(アメリカでは盲腸手術入院でも約300万円かかるという。つまり未納者の数が膨大ということらしい)法案は却下されるという事態。オバマは落ち目という空気がある。アメリカは国際警察としての役割を既に担えなくなっているが、そこは腐っても鯛。今も何らかの発言を世界に向けて発信はしている。
プーチン率いるロシアとそれに賛同する諸国、いわゆるユニオンのように機能する世界が構築され始めている。プーチンの構想はどんどん現実化していくだろう。

私個人は決してプーチンが世界に平和をもたらすとは思っていない。プーチンはプーチンが思うところの理想世界を目指して日々案を練っているだろう。しかしそれが世界に平和をもたらすかは別の問題と私は思っている。何故ならプーチンの語録には『飴と鞭』が設定されているからだが、旧ソ連の国とて一枚岩ではない。それはEUとて同様だろう。

確かにこの国際社会を束ねるにはプーチンのような器が必要だろう。しかし、彼が描いている理想社会に安倍率いる日本国はあるだろうか?コロコロと言動を著しく変える一国の主とまともに向き合うのだろうか?しかも「北方領土は日本固有の領土」とPRする政府を。
我が国の総理はプーチンの相手にはならないだろう。ここでも日本国はロシアを挑発するかのようなキャンペーンを張っている。もしロシアを本気で怒らせたら、日本のフェイスブックユーザーやツイッターが如何に騒ごうと軍事力、あるいは大義を翳してロシアは圧倒するだろうと私は思う。我が国の首相はマケインやイスラエル、巨額な融資をバラまいた先が援護してくれるとでも思っているのだろうか?国際社会が日本を命がけで加勢してくれると思っているのだろうか?集団的自衛権を行使する道途中で。

ふと未来から来たというジョン・タイターの日本地図を思い出した。あれは当たらずも遠からずに思えるのは私だけだろうか?

飛鳥昭雄氏は「まず日本がやられる」と発言している。安倍が「償わせる」と公言したことで日本人がテロリストの対象になったと言う人がいるが、決して人ごとではない。その脅威は渡航せずとも国内にもそのリスクは潜んでいると言えなくもなくなった。またテロじゃなくても猟奇的事件が続発している昨今。自分の身は自分で守るしかないし、災難はいつ何処で起きるか分からない、運を天に任せるしかないような世情ではないか。

私はね

皆さんの気持ちをどんよりさせるために書き連ねている訳じゃない。ないが、「覚悟だけはした方が良い」とは心底思っている。それはね、

この状況にあって

この不条理なみせかけの民主国家の国民であって

あなたは何かある度にあなたの理想とする世界とのギャップに喘ぐ。喘ぎながら、どういう世界に実は身を起きたいかを心の奥深くに伝え続けている。
人は経験しなければ何ごとも理解しない。共感もしない。世の中には国籍を同じくしても向かおうとする世界観は一致しない。集団的自衛権然り!原発問題然り!

私たちはことある毎に自分の価値観を問われる。いったい自分はどうすべきかを突きつけられる。想念は現実化するというが、この混沌とした社会にあって、どの想念が優先されるかを私らは知らないし、コントロールもできない。自分のことでさえコントロールできないもどかしさに喘いでいる。

だが、その苦悩の中にあればこそ

私らは追いつめられるからこそ本気になる

中には諦める人もいるだろう

それでも何故諦めざるを得ないかを知る

自分の限界を認めざるを得ない日を迎えることもある。多々ある。だが、その挫折の中にあっても実は私たちが内在する魂は「あぁこれが限界というものなのか」と悟り、履歴に刻む。魂とは不思議なもので不幸な境遇に遭い、やっと何が幸せかに気づく。人がどうであれ自分にとってどういう状況が幸せかを知る。

沖縄県民の苦渋を本土の人間がスルーするのも同様の人の性なのだ。自分が痛み目に合わねば、その痛みを知ることも理解することもできない。肉親を奪われた怒りが語り継がれる環境に多くはない。故に占領下の屈辱もその立場にならねば理解できない。在日?何という差別用語だろう。きっと来世は逆転だろうと私は思う。だってその立場にならねば言葉の暴力を差別的扱いをされる屈辱は永遠に分からないだろう。

この世は『経験』するために用意されている

ここで私たちひとりひとりがやったこと、言ったことが魂を形作っていく。経験こそがこの世の存在意義。だが、魂にはバランスを取ろうとする傾向がなる。故に差別意識が生まれた魂は逆の差別される境遇を体験しようと試みる。ただし準備ができてから…つまりホイホイと機会が与えられる訳ではない。学ばぬ者に次の機会は訪れない。






広島・長崎の原爆の悲劇は平和への祈りへ向けられた





福島原発事故後も「再稼働する」と当然のことのように決定し続ける現政権は広島・長崎の当事国でありながら、原発事故当事国でありながら「必要」と国民に理由付けをして再稼働の意向を断じて覆そうとはしない。被爆国であればこそ『平和』『非暴力』を世界に発信する価値があるというのにそれもしない。理由は指折りあるだろう。雄弁こそが政治家の特質であれば、それを最大限発揮させるのが使命とばかりに。

三権のうち『平和主義』の解釈に如何にバリエーションがあるかを思い知るばかりだが、喩え飛鳥氏の「日本が一番先にやられる」という事態の犠牲者に自分がなろうとも私はしっかり自分の価値観を把握できたし、自由意志の怖さも身に沁みた今世の体験を次ぎに活かす準備は整ったと思う。

自由意志とは人を変えられないということ

集団瞑想の呼びかけが何故功を奏さないか、あなたは分かりますか?集団瞑想で大難を小難にできた、祈りが通じたと喜ぶ人たちがいますが、自己満足でしかない。マケインに彼らの良心など届くはずもない。つまりね、自分の価値観をマケインに被せようとしているに過ぎない。私たちはね、どんなに回りくどくても自分の中に平和を植えることが肝要。どんなに賛同者が集まろうと祈りは自分の内面に向けるためにあることを多くは知らない。

ガンジーは非暴力を説いたが、まずは自身が実行したのでしょ?

ガンジーとて完璧な人間ではなかっただろうと思う。しかしながら、彼の目指していたものは。彼が自身の心に植え続けたものは。その上で人々に訴えたことは。

人類が学ばねばならない心

戦争は生まれたての赤子さえ犠牲にする。喩え、それがカルマとしても。その連鎖は何処かで踏ん張って止めねばならない。戦争は個人VS個人ではない。集団が不特定多数を命の危機に直面させる行為。そして、そこには必ず大義が掲げられる。

恨みのない相手に銃口を向ける

自衛隊員に武装が許された暁にはそれが現実となる

「償わせる」「空爆を!」という言葉がどれほどの人命に影響を及ぼすかは計り知れない。「じゃぁあなたは日本人が目の前で犠牲になってもテロリストを放置するのか?」と言われれば、私はこう返すと思う。

「じゃぁ自衛隊員の最前列に立ち、あんたが武器持って闘えば?わたしゃごめんだね」と。

え?そんなこと言っちゃ公安にマークされますよ?

もしそうなら、もう日本に言論の自由も民主主義も存在していないってこと。まさに全体主義へまっしぐら安倍政権なのは明らかだし、それに加勢するかのような人たちが大勢いるのも確か。もしまだ日本が民主主義に値するとして、もしそうなら派遣の是非をチョイスできるように制度化すべきかと。「紛争地へ行く?行かない?時には銃撃戦も空爆もありなんだけど」ってね。

ある訳ないか。







もしこの事態がグデン!とひっくり返るとしたら、未曾有の天変地異か、天皇の歌詠みにあるような「鎌入れ」のどちらかと思う。政治に天皇は介入してはならないという憲法に胡座をかいている人たち少なくなさそうだが。






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(2016年12月27日記)

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