変化の波が来た時は

Category : 魂のご飯

今日も友人Kさんの話をしてみたいと思います。書いても良いという許しももらっているので心置きなく(笑)書いてみようと思います。


今日のタイトルに相応しい体験を彼女は語ってくれました。彼女はかれこれ10年来の友人。一緒に旅行をするなどさせてもらってますが、また何処か行こうかというので我が家に打ち合わせに来てもらったんですね。

久しぶりに外ランチをしたのが1週間ほど前だったでしょうか。その時、上の世界は想像が具現化する…一瞬で具現化するということを私も再確認した訳ですけど。それからの変化をKさんは語ってくれたのでした。

彼女はその後、腰痛に見舞われて寝起きがキツかったのだと言います。元々ボディワーク(エステティック)を仕事にしていますから、色々メンテを試みたのだそう。でも、改善しない…そこでKさんはハタと立ち止まって内省したのだそうです。

これは精神的な何かかも知れないと。

彼女は私の上の世界の話に何気にシンクロを感じ取ってはいましたが、本当のところは分からないというのが本音だった…いや否定している訳じゃないんだけれど「分からない」というのが正直なところだったのだと言います。きっと皆さんも似たような気持ちではないかと思います。

それって表面意識なんですよね。深い部分ではアセンションは絵空事ではないと知っているのだと思うんですね。
そのギャップが彼女の場合は腰痛という形で身体にサインが出た…。彼女はやはり身体と向き合う仕事に従事していますからね、そのような兆候が出たのかも知れません。腰って労働の要ですからね。

Kさんは「私は何でこれまであんなに頑張っていたのかなと、takakoさんと話して思ったんです」と。
食べていかねばということで人は苦労を抱えますからね、仕方のないこと。でも、彼女の本心は自分はお金のために癒しに関わろうとしたのではないことを『知っている』。

それは魂レベルでは既知の事柄な訳です。

でも、彼女だけではなく人は食べるためにお金を得るために働かねばなりません。その狭間でずっと揺れているのが癒しや精神世界に感心を寄せる私たちの心理だと思うんですね。

Kさんはハッとしたそうです。身体は正直に反応してくれたのだと。もう自分を誤摩化せないと。

私は彼女に私がキャッチしている「上の世界では全てが循環している」という話をしました。
例えば彼女の場合は施術という形で貢献する訳です(上の世界の彼女の施術は私が視た限りでは今のものとはかなり違ったものになっています)。もう癒しを必要としている人はいないのですが、自分にご褒美をあげたい人や心地良さを味わいたいという人はいて。施術を受けた人はもちろん施術料は払いませんし、彼女も必要とはしません。しかし、貢献した分のエネルギーは彼女の『必要とする』何かに還元され、受けた人もその心地良さを自分のテリトリーで反映させることが出来る。

施術も相互協力と相互理解を深める手段として、上の世界では機能するのですね。悩みがあってとか苦痛でとかではなく。私、癒す人、あなた癒される人、ではなしに全てがバランスよく循環する世界。

お金という『媒体』は、なので必要ないのだと思います。ダイレクトにエネルギーが循環するのだし。

Kさんは「施術することが何処かで還元できるようであればイイなあと思っているんです」と、彼女自身がその循環の一員であることを夢に描いていたんですね。
人は癒されると心穏やかになりますからね、周囲に優しく接するようになります。彼女が望んでいるのはそういうことなのかも知れません。優しさや思いやりの循環。

まさに彼女の天国はそこにある!なので深いレベルから「もうこれまでみたいに頑張れない」と痛みを通して、表面意識に訴えがあったのかも知れません。

もっと自分のビジョンを大事にしようよという。

生まれたからには、自分が希望して此所に生まれたからには、
ビジョンを大事にするって、彼女にとっても私たちにとっても生きる醍醐味なんだと思うんですね。



変化の波が来た時はそういうふうに気づきが訪れ、

気づきが訪れるだけに留まらず、その波は意識をシフトさせ、使い古したやり方を切り替えて新しく出発しようとするもののようです。

それは最後のラスボス…最後にして最強の敵として顕われることもあるでしょう。しかし、そのラスボスは他者…何かしら人物や事象を通して私たち自身がどう「立ち振る舞うか」「どう向き合うか」ということなのだと私は思います。


自分のことは人に頼らないようにしたが、無口になったという人がいるようです。

でも無口になったという、そこには何か暗さがあるように感じられますが、心の対話が為され始めると一旦はそういうこともあるのかも知れません。知れませんが、厳しい言い方ではありますが、まだご自分の内なる叡智に到達していないからかと。

トンネルってあるものなんですよ。あるいはキツくても自分『が』越えなくてはならないハードルってあるんです。人『に』跳んでもらっても達成感は得られません。
どう跳ぶかの指南はあっても、最終的には自分でコツをつかんで跳ばねばならない…違います?

甘えも断ち切らねばならない、ラスボスかと思います。

自分の中の『豊かさ』に出逢うまでトンネルは長く果てしなく思えるかも知れません。それでも内なる豊かさに出逢うか出逢わないかは私たち次第なのだと思います。

出逢えない…?
それは自己信頼をこれまで養えずに来た顕われではないでしょうか。私たちは何かにつけて他者の影響を受けます。受けますが、結局はどう反応するかで自分って見えてくるもの。第一、人は反面教師。鏡ではないでしょうか。


既にアセンションの波は来ています。

Kさんの体験は本当にタイムリーな私たちへの贈りものではないでしょうか。

イマジンの大切さも然ることながら、優しさや思いやりが循環することを願っていた…それを心に灯し続けていたKさんを私は見習いたいなと思ったのでした。





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(2016年12月27日記)

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