カルトの走り

Category : 辛口ごめんなさい

ローズさんの『信じるものは救われるのか』を読んでフムと頷きました。

最近の私は、チャネラーの情報は当たるも八卦当たらぬも八卦と飽きもせず書いていますが、私自身が視えない訳ではないので余計に警鐘を鳴らしたくなるんですね。自分の視たビジョンこそがホンモノという人も後を絶ちませんから。

ETと人類が正式遭遇という外国人のチャネルを翻訳して、また滑っちゃったHPがあります。当初は「この日を待っていました」と感慨無量な様子でしたが、予告した日は何にも起きませんでした。すると「予告日に何が起きなかったとしても」と弁明記事がアップされ、それに対する賛否両論がコメント欄を賑わせていました。そして…、

そのHPの管理人は「全てはETから人類への警告だった」と宣誓したものだから、またまたコメント欄が騒がしくなっていました。「あれ?公式遭遇って言ってなかった?」というものから、「何もなかったとしても、私は**さんを支持します」というものまで。更には「**さんはボランティアでやっている。有料化にしてはどうか」ということで、支援者組織が出来上がりつつあります。

皆さん…、私が何故このHPに関心を寄せているか分かりますか?

カルトはこうやって出来上がっていくんです。

このHPに肯定的な人たちは「予告が外れようが気にならない。**さんは純粋に人類の未来が明るいように願って啓蒙しているだけ」と異口同音に応援メッセージを書き込んでいます。
そのHPの管理者は自分の考えを発信してるのではなく、内外のチャネル情報を入手して発信しているに過ぎないんですよ。もちろん彼の嗜好が情報選択には活かされています。

批判的な人を排除する動きが出て来ており、私は関心を持って批判意見を読みました。でも、批判する人は冷静に見てるなあというのが私の率直な感想です。
HPの管理人に論点のすり替えが見られる点や、チャネル情報を鵜呑みにする傾向が見られる(翻訳してそのまんま掲載しており、管理者が心酔している風なので)ため、もっと情報収集は慎重であった方が良いのでは?という助言的なものが主なんだけれど、「いい加減にすれば?」という冷ややかなものもあるため祭りを化しているんですね。

私はつくづく「拾い情報を発信する」には慎重さが肝要と思いました。
人が良いのが滲み出たHPなんですよ。擁護する気持ちも分からないではありません。でも、走り出した汽車は止まる術を持たない。結局は自分の非を認めるって難しいってことなんでしょうね。何かと自己正統に走ってしまう…、擁護者たちがそれに拍車をかける。

外情報を収集し開示するって管理人の判断に委ねられてる訳ですよね。予告情報が外れたとしても彼の責任ではありません。ありませんが、期待や予感が彼を盲信に走らせているのも確か。要するに人類では明るい未来は約束を見ない、高次の存在の介入が待たれる!という祈りにも似た期待が彼にあるため、予告がカラ振りになっても一歩も退く気がないのだと思います。

今度も予告された日に何もなかった…。
あぁ、そうか!延期されただけか!

と息を吹き返す。それは「いつかは人類と高次のETとの公式遭遇がある」という期待をどうしても拭いきれないからではないでしょうか?
また、予告されたイベントがなかったとしても啓蒙の主旨に揺らぎはないという信念あればこそでしょう。

でも、要するにそのHPの管理人の男性は自分ではチャネル出来ない、故に情報収集に心血を注いでいるってことでしょ?
真相は至ってシンプルですよ。

人の良さが滲み出ているHPなんですよ。一生懸命翻訳して人類の明るい未来のためということで、啓蒙の信念を貫いているようです。
でも、どうして人類の明るい未来…イコール…ETチャネル情報収集なんでしょうね。もし彼が視える人だったら、と残念でなりません。
人の良さが滲み出ている…なので「ボランティアで頑張ってるのに」となるんでしょうけれど、彼に誰がそんなことを強要したと言うのでしょう。彼は好きでやってるんでしょ?好きだから頑張れてるし、批判されても続けてるんですよ。それなのに「無償で頑張ってる」って、どんだけ庇護欲そそられてるんでしょう。

こうやってカルトは出来上がっていくんですよ。

批判者撃退のために有料化の提案が出た、もうこの時点でカルト決定!ですよ。こういった新種の宗教が巷に溢れています。チャネル教・チャネル周辺教。自分じゃチャネル出来ないからネットサーフィンして情報収集して発信する、ですか?そういうことだから、情報の誤りを理性的に処理出来ないんでしょう。当初からHP管理者は情報の信憑性に責任を持っていないんですから。

でも、彼の功罪は重いです。啓蒙という名を借りた情報の垂れ流しですから。他者からの情報を発信するには、第三者としての冷静さが重要です。

自らが信じたい!モード全開は頂けません。

信奉者の擁護を受けるようではお話になりません。
そういうのを甘えって言うの!(出ました、タメグチ)

自分の考えを独自に発信するのなら話は別ですよ。そういう独自制があるブログやHPに対して否定的なら「見なきゃイイじゃ~ん?」で済みます。

私はこのHPにカルトが出来る経緯を見る思いがした、なので目が離せなかった。

何かを信じたいという純粋な欲求が世界に溢れています。自分の中に答えが見出せず外にばかりアンテナを張る…その気持ちは充分に理解が出来る、何故なら私も一時期はそうだったからです。

私の場合は、
視えるんだけど、見えない世界を視る人たちに異様なものを視て(笑、ややこしいですね)「自分は大丈夫なんだろうか」とずいぶん自信が持てずにいました。ずいぶんチャネラー行脚で大枚もはたききりました。体験者だから言えることです。




あちこちに小さな教祖がたくさんいるのだと思います。
自分のチャネルこそ正しいとか、自分こそ神の代弁者と胸張る人たちも現にいます。
それは「この指止まれ!」現象を引き寄せます。何故なら多くの人が「本当のことを知りたい!」という欲求を持っているからで、自分では答えを見出せないからです。

受容と供給、まさに!ですね。

私が今回話題にしたHPは信念と善良さがベースとは言え、
好きで情報集めして好きで無償で発信しているのなら、どのような状況に陥ろうともその姿勢は貫くべき。
加えて、
情報開示には批判はつきもの。
擁護者の後ろ盾があろうとも、色んな意見が飛び交う場を提供する覚悟はするべきではないでしょうか。ヤスの備忘録はその点、肝が座ってます。少々の冷やかしや批判にはピクリともしない。それこそが情報収集・開示のあるべき姿。論点のすり替えもせず、謙虚。

それが人としての品性ではないかと私は思います。

しかしながら出版物となり講演会が求められる…、これにまで品性を問うほど私は野暮ではありません(笑)。



いずれにしても、チャネル情報とは一定の線を引いてつき合うのが一番。マシュー君の翻訳も私は楽しみにしている一人ですが、100%信じている訳ではありません。私の場合は自分の感覚やビジョンが独断上にならないためのクッション。



今日取り上げたHPは良きにつけ悪しきにつけ鑑なのだと思います。信じ込み過ぎず、のラインが破られた一例。



信じ込み過ぎず疑い過ぎず。


全ての情報は私たち自身の直感を磨く、センサーを研ぎすます指針に過ぎません。



いつもどおり、私のブログもその範疇です。





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(2016年12月27日記)

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