アセンション考 今という時を見つめて(9)

Category : アセンション

今日は霊的視点から今という時期のこと、感じるままに書いてみようと思います。いつものように私個人の所感。加えて私はアセンションに関しては如何なるチャネルも行いません。基軸はあくまでも私自身の直感。まずはその辺から書いていきましょうね。




今はアセンションに向けて加速している時期と言われています。マヤ歴のいち周期の終わりは今年とも来年とも示唆されていますが、私がこれに関して聖なる存在や宇宙存在を何故チャネルしないのか

その理由はとても簡単なんです。分かりやすい例でお話しましょうね。

創造主かく語りきという様々なチャネルが行われて久しいですよね。でも創造主と名乗るチャネリングメッセージと、アカシックレコードにアクセスして語られることや退行催眠で被験者が語ったとされる

イエスの生涯に決定的な誤差があるという事例…それは十字架の刑ですが、あったのかなかったのか…どうしてこうもチグハグな「真実」が複数出てくるのでしょうね。どれを信じれば良いのか分からなくなりそうです。しかしながら早い話、どれを信じようと信じまいと個人の自由ということかと思うんですね。興味がないというのもひとつと思います。

私は思う訳ですよ。どの説にしてもいったい「私の人生にどう関わりがあるの?」と。真実がどうであれ、それが私にとって意味があるとは思えない。聖者がどう生きたか…イエスの場合は聖書ですが、それだって歪曲されているとも言われます。
少なくとも私にとって伝承で伝えられるイエスの生涯より、時空を超えて届く愛に圧倒される…誰が何を言ったかより実際に体感することの方が大切。それを人に証明する必要も感じません。

私が何を言いたいかというと、宇宙の采配にしろ、聖者の関わりにしろ、人を介すより私たちそれぞれがダイレクトに繋がることが大切ということなんですね。一人一人顔形や生活様式も個性があるように魂の課題も目的も違います。
魂が生じた刹那、自己実現の機会をもとうとします。この世への転生もそのひとつ。例え大衆を指導する立場にという大志を抱いたとしてもそれが妥当かどうかは吟味されますし、高次の存在からサジェスチョンされたにしても最終決定は個人に委ねられる。
確かに聖母の神託を受けたベルナデットのような人がいますが、いずれにしても彼女たちは聖なる存在とダイレクトに繋がった訳ですよね。事実、聖母の姿は彼女にしか視えなかったようですし、啓示も彼女にもたらされたものでした。

しかしながら古今東西、霊能や占いの類いは迷える子羊に救いの手を差し伸べる一方でしっかり皮算用もするという、営みも絶えることなく存続しています。それは需要と供給。自分で自分の動向を決められない人がこの世の大半を占めています。色々読み過ぎ見過ぎ聞き過ぎてかえって訳分からなくなっている人もいるのではないでしょうか。

私たちの多くは気づいていません。

一寸先を照らすも曇らすも私たちそれぞれの想念ということを

知識としてスピリチャルを蓄えても現実に活かす術を知らない人が大方。言い過ぎですか?そうでしょうか。実際、ヒーリングやカウンセリングを受けても尚、家族の問題を解決できずにいる人、夫に不満を抱えている人はいますよ。「あら!私のことかしら」なんて(笑、笑いごとじゃありません)
チャネラー巡りを繰り返して「・・だそうです」を繰り返す人も。

他者批判ですか? 果たしてそうでしょうか。私はこの世を構成する人の想念のありようを示唆しているに過ぎません。人社会がこれだけ混乱しているのは

何故なんでしょうね? 私は分からないから疑問符を投げかけている訳ではありませんよ。感じ悪いですか?

もし私たち全てが宇宙の采配の元、何らかのお役目があるとしたら、こんなに世の中は混沌とはしません。地球全域に渡って平和だった試しがないんですから。基本この世は色んな成長過程の魂や、魔界からの来訪者やらが混在する試験会場の如くと私は視ています。限りなく100%に近い割合で私たちは未熟。ヒーラーも例外ではありません。



私たちは今一度自分自身と向き合って内側をチューニングした方が賢明です。

人の手を借りず

直感を研ぎ澄まして



事実ヒーラーやチャネラーに泣き寝入りしている人、とても多いです。私が精神世界で禄を食もうとする人たちは危ういと警鐘を鳴らすのは

もう自分じゃ「わからな~い」という刷り込みから目を覚まして、ヒーラーのお客さんであることを卒業して欲しいと言う・・・えぇ老婆心から。苦しいから救いを求める訳ですよね?悩みの原因を知りたい訳ですよね?
老婆心でしかありませんが、ヒーラーのお客さんである限り、自己実現は遠いと私は思う訳です。

魂は自己実現したい!達成感を味わいたい!という欲求を持っています。

赤ちゃんを思い出して下さいね。

赤ちゃんは

生まれてから暫くすると寝返り打つようになり、ハイハイするようになって、やがて掴まり立ちができるようになり、一人歩きするようになる

あ~あ~う~う~しか言えなかった時期を経て、お喋りできるようになる

そういう段階を経る生きものですよね?

それは心のことにも当てはまるんですよ。人間関係を通して私たちは心の成長を図っているんです。もしあなたが親子間の問題を解決できずにいるとしますよね?あるいは夫婦関係で。事件は現場で起きているという名台詞がありますが、まさに!あなたの生活環境の中に問題はある…それは紛れも無い事実ですよね?

その問題ってね、皮肉なことにあなたを成長させる「鍵」でもあるんです。百歩譲って(笑)ヒーラーを訊ね歩くのも霊能者にお伺いを立てるのも無理からぬこととして、外で原因を突き止めることができたとして、いざ家に戻って、あなたには為すべきことがある訳ですよね?

好転をみないとまたチャネラーやヒーラーの門をくぐるのだと思うんですけど、好転するって

見方を変えれば「ご都合主義の願望」と言えなくもない…相手は相手であなたのことをどうにも思い通りにはならないと思っているかも知れません。一事が万事そういう調子ではないでしょうか。

いずれにせよ

私たちには発想の転換が必要かと思いますし、精神世界も同様かと思います。

私たちには押し並べて直感が備わっている訳ですから、それを有効活用してみてはいかがかと思う訳です。「ツイてる?」「ツイてる!」とか(笑)そういうかけ声とかアファーメーションとか習慣づけるだけでもずいぶん現実って

宇宙の計らいって深いわぁと感心しきりの今日この頃。まずは私たちの努力があって、それぞれに工夫できることっていくらでもありますからね、能力者への憧憬や依存からまずは足抜けしましょう。お金を払って解決しようというのもひとつの段階でしょう。でも、赤ちゃんだっていつかは一人歩きするのでしょ?

グデンと世の中がひっくり返るかと戦々恐々している人多いと思うんですけど、グデンとまずはあなたの思考パターンを一新する方が先決と私は思います。

不遜極まりなくも勝手に先陣を買って出ている感が否めないtakakoさん(笑)それでも実感して言えることは言うゾ!ということなんですけど

私が今感じるのは

アセンションの事実がどうのと語ることもできないんですけどね…視る限り確かに何らかの一区切りではありそうなんですね。

キーワードは

収束と始まり

帰還

夜明け

多分ですが、マヤ歴だけではなく幾つもの周期が終焉を迎え、新しい周期が訪れるということと、これらのキーワードはシンクロしているかも知れません。今ここに満ちている「気」がそれをよく物語っています。
人間に関して視てみるとそれぞれの発達段階に応じて確かに語弊はあるかも知れませんが、グループ分けは「起きている」と言わざるを得ません。混沌とした世界情勢ですが、魂に関する限りは粛々とといった感じがあります。「起きている」と表現したのは

創造主に遣わされた天使が鎌を振り下ろすという終末思想

審判が下るという天罰

救い主は善なる人に手を差し伸べるという救世主予言

いろんなことが脳裏を過ると思うんですけど、世界情勢や天変異変の風雲急を告げる混沌さが嘘のように、それぞれの魂の方向性は淡々と粛々と明らかになっています。それは

大いなる存在が天罰を下すとか積徳ある者は救われるとかいうより

自然の摂理

吸い切った息を吐くかの如くの宇宙のリズムなんだと思うんですね。

すべては時空を超えた宇宙の動向と

人それぞれの所業とが

相互に関わり合い

一周期の終焉が間近に迫っているという

しかしながらアセンション啓蒙者が力説するような未曾有の天変地異が一時に起きるかどうかは私には分かりません。
少し前に一番日照時間が短い時期の変化に言及しましたが、地球のN極が変化しているレポートも出ているようですね。確かに地殻変動も起きているようですし、自然界にも変化が生じているようです。

今は確かに「けじめ」の時なのかも知れません。夜明け前が一番暗いという喩えもあります。

私が視る限りでも霊界にも編成の波が押し寄せています。

この世のシステムって本当に霊的世界とシンクロしているなと思います。学校というシステムもそのひとつ。

1:未修学~小学生~中学生。ここまでは義務教育なので自動進級

2:高校。試験を経て進級する段階

3:大学。一定の課程を習得して進級して行き先を決定する段階

中には昔のように早い段階で丁稚奉公に入るような生き方をする人もいる。地上は様々な発達段階の人間で犇めき合っているんですけど、ずっと

地球というひとクラスに未修学から大学までがいるような状態だったんですが、それぞれに移行する「場」が明確になっているように感じられますから…あ、魂の故郷へ星へ帰還するということも忘れてはならないでしょうね。

今の飽和状態は

ひとクラスにこれ以上まちまちの発達段階の魂を同居させるのは無理という兆しかも知れません。

そういう流れから見ると、宇宙出身の夫婦のところに迎えに来たと言い張る子供が生まれているという事実も興味深いですねぇ。それは「帰還」の時が迫っているということでしょうし。私がリーディングした事例でも宇宙船に乗って来たのは良いが、そのままこの次元に捕まったという人複数いました(当時はこういうこともあり?と驚いたものです)やっと帰れる時が来たと表面意識はそれを感知していないのだけれど、深いレベルで粛々とことは進んでいるということなのでしょう。

私たちはいずれにしてもこの時期を敢えて選んで来ています。克服すべき心癖も私たちそれぞれ持っています。ない人は皆無と思った方が良いです。何度も転生を必要としたってことはそういうことですからね。それでもまだラッキーかも知れないのです。

今は本当に試験会場のようだと視る度に思います。だからこそなんですね。

他人の刷り込みを手放すって大切ですし、克服すべき点を指摘する人が傍にいることも大切。この一見相矛盾する陰陽があって、人の心の取り組みは成立しています。
それは親・教師・恋人・夫婦・上司・部下・友人と多岐に渡っているのですが、私の知り合いにグサッと夫に言われたとかで拒否反応を起こした主婦がいました。聞いてみるとご主人は直球ど真ん中を突いたようなんですね。「言われたくなかった」と彼女は心を閉ざしてしまった。
乗り越えるべき何かって「あ!そうかぁ!」というふうになかなか素直になれないものです。自尊心が邪魔立てをするんですね。チャンスって、そうとは分からないように巡ってくることがある。
私はね、運命を共にする人が苦言を呈してくれるって有り難いことだと思うんですよ。でも人って肝心なことには耳を貸しません。嫌なこと言われたと苦手意識が芽生えるんですね。そこは踏ん張りどころです。

え?そういうtakakoさんはどうなの、ですか?

私はね、すっごく辛辣な夫と暮らしています。容赦ないですよぉ。そこで鍛えられました。喧嘩もしょっちゅうありましたが、逃げずに甲羅を経て(笑)今があるということかと思います。お互いさまなんですね。夫婦は割れ鍋に綴じ蓋。親子もそうです。

類魂

家族は運命共同体。自分が克服する何かヒントがそこにあるのは当然と言えば当然かと思います。それが見えないのは自己憐憫とか「あなたには言われたくない」とかあるからじゃないかと思うんですけど、いかがですか? 家族構成をはじめ人間関係ってお互いさまという、そういう人選と思って間違いないと私は思います。

まぁ色々ある人生ですが、一区切りというふうに私にも視えるこの時期

でも不思議なことに

今はそうですね…扉が開いたようでもあるんですね。何かしら一新しなければ!という気運は高まっていると思うんですね。政治不信もその流れのような気がします。今は産みの苦しみへの階梯なのかも知れません。
でも既成概念を打ち砕き、新たな取り組みが花を咲かせた人も複数いるという事実!奇跡のリンゴの木村さんもその一人ですよね。

不思議です。

今ほど一人一人の可能性にスポットが当たっている時期はないように感じます。これほどの精神世界系の気づきが大衆に開示がなされた背景にも宇宙の計らいはあるように思う。確かに人はネット社会を生み出しました。それも要因でしょう。

ひとつの周期が終わろうとしているというのに、どうしたことでしょう…!これほどまでの「可能性」を感じるって

滑り込みセーフ!という具合でしょうか(笑)まるで加速の波に乗るかのようです。

想念が現実を創り出している

もうそれは耳にタコでしょう。ところが自分のことを人に聞かなきゃ分からない、何かのせい誰かのせいで自分らしく生きられないと言う人は後を絶ちません。何故でしょう。皆さんそれぞれ感じて頂きたいんですね。
エドガー・ケイシーの本に「地球卒業する人」を取り上げた内容のものがあります。彼らもケイシーのリーディングを受けに来た人々でした。

助言を受けて気づきを得たなら前進する

人は自分次第で一寸先を明るくも暗くもする

いずれにせよ、人は常に何かしら想念を発散し

常に選択して生きています。何時に起きようか、何を食べようか、何を着ようか、一事が万事そうですよね? まぁ他者の意見を優先するにせよ、他者の意見を優先するという選択をしている訳です。

私はつくづく思案しました。

今はアセンションの時期

次元上昇する地球についていける人・ついていけない人・更には消滅する人と取り沙汰されて久しいですが、何がそれを決定するのだろうと。

でもそういうことに一喜一憂するより大事なことがあると気づいた

一寸先を照らすのは私たちそれぞれの心に越したことはない

好きになれない家族に自分の何かが映る

無理に好きになることはない

何故好きになれないか心当たりがあり

その心当たりの中に反面教師が見える

宇宙はね

それぞれに内在しているのですよ。私はハートのその扉の向こう・・・内側に開く扉の向こうに宇宙を見ました。対話は私たち自身の中にこそあると悟ったんですね。

内観は魂の旅

ガイドは私たちの「直感」です

ヒーラーの元を訊ねるにしても寄りかかりはお勧めしません。赤ちゃんを思い出して下さいね。ヨチヨチ歩き始めると皆が喜びます。あなたの守護者もそれと同じ親心。

視えない

自分では分からない

その思い込みを手放せた時、開放感を私は味わいました。

アセンション情報が何だか遠いことに感じられた時、不思議と癒されました。パラドックス…皮肉ですね。

私は朝起きるといつもそこに満ちる「気」を味わいます。「yes」を受け取るのと同時に発しているのを感じます。受け取るものと発するもののバランスが心地良いです。でも私は自分をアセンション達成者とは名乗りませんよ。まだまだ道半ばと分かっていますから。

道半ばということは伸びシロがあるということですからね。次は「ど~んなことが起こるかな」と、アラレちゃんじゃありませんが(笑)
想念が現実を作るのであれば、良きこともそうではないことも自分の状態を知る手がかりですし、表面意識の自覚など多寡が知れていますからね。浮き足立たずにマイペースでこれからも行きたいと思っています。

帰還の時まで精一杯生きて

味わって








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(2016年12月27日記)

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