ありがとうという波動

Category : 魂のご飯

水の結晶の画像を見たことのあるという方もいると思います。愛と感謝の言葉を気持ちを込めて水に転写すると雪の結晶のような美しい形状が…。江本勝という方の本で画像が紹介されているそうです。
他にも色んなグッズが…ここにも商魂逞しい人の思念がうごめいてはいますが、自然って正直で忍耐強いものだなあと感心しきりの私です。

すべては波動という、すべてはエネルギーの流れという、人の思念も自然に影響しているという顕われなのだと思います。

知り合いで「ありがとう」と書いた紙を日常品に貼りまくっていた主婦がいましたが(笑)、書いて貼ればOK!なのでしょうか。私は大切なのは気持ちを込めるということだと思うんですけど。

ありがとうという言葉にも一定の波動があるのでしょう。しかしながら、言葉に気持ちを込めることで『真に波動が目覚める』のだと私は考えています。
祈りもそうです。念仏ばあさんの話をずっと前にしたことがあるんですけど、毎日毎日念仏を欠かさず唱えてたおばあちゃんが死後、閻魔さまに「地獄行き」と言い渡されたという話です。

何かの間違いでは?と食い下がるおばあさんに鬼が「こやつの唱えた念仏は」と壷いっぱいの紙を壷から出してみせると、アッという間に風で飛んでっちゃった…!要するに心がこもっていなかったという訳です。まあ…たった一枚、雷が恐ろしくて一心に唱えた念仏だけが一枚残って(笑)おばあちゃんはその功徳で行き先が極楽へチェンジしたという逸話なんですけど。

この話は侮れません。

上辺だけの親切や感謝って『休むに似たり』という真理がそこにはこめられているように思います。だって、言葉が全てであれば、言葉を持たない動植物はどうなってしまうのでしょう。

皆さん、

大切なのはテレパシーだと思いませんか?

言葉を大切に使うことももちろん必要と思います。でも大切に使うって、心をこめるってことに繋がりませんか?私たちは日々、そうやって生きることが大切なんだと思うんですよ、私。

人を育てるのも同じです。

ただ「ダメ!ダメ!」では人は育ちません。何故ダメなのかを相手が理解できるように噛み砕く工夫が必要ですし、相手の話を聞くことも大切。私たちは未熟なんですよ。

未熟さは可能性の種。

不思議ですが、未熟さと感謝の気持ちってリンクしてるんですよ。TVドラマ『ヤンクミ」ですか?真正面から向き合って、相手の心に突き刺さるような対話が圧巻のドラマですが、人って自分のために真剣になってくれる人の姿に接すると、ササクレだった心は解れるもの、時間がかかるにしてもです。

子供がグレるのは大人を信じてないから、違います?

上辺だけ良い子も親の振り見て、ではないでしょうか?

未熟だから上辺なんですよ。心の賢い人はなので、もてなしも匠と思います。相手の心に思いやりが沁みると自然と交流が生まれます。すると波動が上がるということに繋がる。

計算高いことばかり考えていると人相にも顕われますしね。



ありがとうという波動は、

素直な気持ちの表れであることが、なので求められるのだと思います。自分を浄化する4つの言葉もそうですよね。淡々ということの背景にはウソがない、ってことがあるのではないかと思います。下地があるということなのでしょうね。

手前味噌ですが、

私はウチの娘に何かやってもらったら、必ず「ありがとう」と言う習慣をつけていました。小さい頃からですよ。大袈裟ではなく猫なで声でもなく(笑)。なので、娘も自然に「ありがとう」が言えるコに育っています。

時に頭ごなしに怒ることも私はありました。ですが、必ず言い分を言わせてました。娘は怯えながらも必至で私に伝えねばなりませんでした。過酷だったと思います。でも、もし私が間違っていたなら、私は謝ることをしていました。
親だって完璧ではない訳です。感情的にだってなる…そういう私の姿を見て、娘は娘なりに「お母さんだって間違いはある」と認識したと思います。
間違いを認めずにいたら、娘は私に不信感を持ったろうと思います。私がそうでしたから。

私はおっかない母親です(笑)。でも相手が目上であろうが、目下であろうが「ありがとう」と言う私たちの背中を見て彼女は育ちました。間違ったら例え相手が子供であろうと「ごめんなさい」を言う母親を見て彼女は育ちました。

私はそれだけは意図して子育てしました。何ら取り柄のない私ですが、それだけは心を砕きました。自分の非を認めない親は傲慢です。自分の未熟さを悟ることも親業のひとつと私は考えています。

人は日常の中で心も身体も育つのだと思います。活字や絵画や映像などに触れるなどして感性を磨きながら。

そうやって自分なりの感じ方や考え方を養っていくのだと思うんですね。



波動を上げる、

そのためのワークショップも盛ん。しかしながら一日24時間の中で私たちが出来ることって案外たくさんあると思うんですよ。特別な神秘や能力に私たちは魅了されがちですが、どうってことのない日常にこそ『宝』は潜んでいるものです。

水の結晶が伝えてくれるものも、そう。

すべての静物・生物、人もその例外ではなく、波動の賜物ということではないかと思うんですね。

言葉と人の本音が一致するとは限りませんし、時に人には言えない感情に捕われることだってあると思うんですよ。
それでも、
水の結晶が美しい形状を示してくれる…偽らざる愛と感謝が伝わると素直に応えてくれる、その姿に私は見習うべきことがたくさんある気がするのです。



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(2016年12月27日記)

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