小学6年生の薄暗い教室

Category : つぶやき

今日は私が洞察を得た夢の話をしようと思います。
何を思ってか意を決したかように「レクチャー」などというカテゴリーを作って書いていますが、大意はないとは言いません(笑)多いに明確な意図があってのこと。既に多くの著作や何かが世に出回っていますし、チャネルも日常茶飯事。そういう枠組みや精神世界の既成概念から、「色々お世話になりましたが、この度自立する運びとなりました」と暇(いとま)乞いをする日が あなた に訪れる日がそう遠いことではないかも知れません。これジョークじゃありませんよ。私がどうしてこういうおせっかいなことを書いてばかりいるのかを理解して頂くためのレクチャー。

多分ですが、私のブログを読んでやろうなどと思う人は精神世界に足を踏み入れたものの既存のものに何かしら「これで良いのか」「こんなものなのかなあ」と感じているのではないかと察するんですけど、いかがですか?
もちろん私の見解がすべての人に当てはまる訳ではありません。何故なら霊能者や新興宗教をまだ必要とする人もいるでしょう。アセンションリーダーや様々なチャネル学校の門をくぐる人、これからもいると思います。私にとってその段階は過去のもの。これは私のささやかな宣言とも明確な意志とも理解して頂いて。

皆さんにとってはうすうす感づいていたか、あるいは「あの人どうなんだろ?」と思えたヒーラー・霊能者・アセンションリーダーはどういう段階の魂なんだろ?という種の分かりやすい話。この夢はその後の洞察へと続きます。たて続けにアップしますので興味があったら読んでみて下さい。最近のtakakoさん感じ悪いと感じたらスルーして下さいね。え?今更ですか?あらら(笑)




さて、この「小学6年生の薄暗い教室」の夢ですが、かれこれ20年以上前になるでしょうか。見た当時も何となくその意味を理解はしていたのですが、当時の私は色々気迷いがあって自分に自信がなかったので「一応参考にする」くらいのノリだったんですね。以前も書いた記憶(非公開の方かも知れません)がありますが、私自身も再確認の意味もあるので書いてみようと思います。

内容は

 夢の中で目が覚めた
 それが小学6年生の教室だった
 薄暗い教室の机という机にうつぶせ寝をしている人たちがいて
 その中には知った顔や
 当時まだ面識のない顔(その後に会うことになる人も中にはいた)
 皆、昏々と寝ていた
 目が覚めたのは私ひとり
 横の席に顔見知りがいたので揺り起こした
 彼女はいったんは目を覚ましたものの
 寝足りないようでまた眠ってしまった
 窓から明かりがさしているので昼間だろうとは思うが
 教室の中は薄暗く
 廊下の方の扉に私は歩いていった
 教室から出ると廊下は明るく
 開放感を感じた
 すると
 廊下も教室も解体されるように
 一面が眩しくなって、驚いて目が覚めた

あらすじはこういうふうなんですけど、目を覚ましたのが私ひとりというところで私は「気を確かに持て、自分!そんなはずないぞ」となった訳です。何故なら当時、周囲には前世が視えるようになったという知り合いが数名いたり、信仰深い人やカウンセリングの才がある人もいて。私はと言えば、前触れもなく予知夢を見てはいたものの、それさえも「一介の主婦が湾岸戦争の予知夢見たって意味ないだろ」と拒絶。疑り深くもあり、周囲に圧倒されて何かにつけ自信が持てなかった頃だからです。
今は「何をもって自信というのか!」とか何とかご意見番風吹かす私ですが、霊的視野を持つに到った…その道は平坦ではなかったんですね。その辺は端折ます。増々長~くなりそうなので(笑)

いずれにしても

この夢は意味深長です。自分がどういう段階にいるのかを咀嚼し受け入れるまでには時間を要しました。

そういう時期を経て言えるのは

精神世界に導かれる・興味を持つ段階の魂は小学6年生。つまり義務教育の一段階を卒業して新たな段階に移行しようとしている魂ということをこの夢は示唆している。

ここで注釈を加えておきますが、中学はこの世界では義務教育ですよね?でも、この象徴的な夢の中では半分義務もう半分は試験後に進級が決定するという…高校もそれに準じるようでした。また小学校から中学高校と行く者もいれば、そうではなく、一気に大学に移行する者もいるようです。

精神世界に導かれる・興味を持つ段階の魂は小学6年生。
それには幾つもの理由がありますが、夢の中の登場人物を今こうして思い出してみてもそれぞれに魂の課題や目的に違いがあるので理由を一概には言えず。それを話すとまた長くなりそう(笑)

さて、
夢の中の小学6年生たちが眠る教室ですが、私は奇妙なことに気づきました。それは教壇に立つ教師がいないということ。教室とは象徴に過ぎないんですね。気づきや学びの段階が似た魂が集うエリアを象徴している…それが教室ということなのだと思うんですね。
私たちは生前の記憶を有しません。従ってチャレンジャーとも称される訳ですが、一からやりたい!気づきたい!という意欲に溢れた魂、それが私たちです。自分がどれくらい進化したかを魂は量ろうとする…それを量る場のひとつが人間世界。同時にそれは「試験」「舞台本番」を意味しています。

更に不思議なことに教室を出たとたん、私は教室も廊下も何もかもが一瞬にして光になって解き放たれたような状態になった…ビックリして目が覚めた訳です。みんな眠っているので居心地が悪くなり廊下に出たとたんだったのでそりゃぁオドロキもする。でも、この夢は序章に過ぎなかったんです。その後も何度も教室から廊下に出て世界が一変する夢を見ました。まさに私の行く末を暗示してたんですね。その後に現実として色々経験して初めて思い知りました。

さて
私に揺り起こされていったんは目を覚ました友人は何の象徴だったのかを話そうと思います。

彼女は私が知る限りの人脈の中でバランス感覚が優れています。洞察力もありカウンセリングの才覚もある。ヒプノセラピーの資格を取って活躍していましたが、その彼女をしてもいったんは目を覚ましたもののまた昏々と眠りについてしまった…他の人に至っては目を覚ますことさえなかった。

これが何を物語っているかはすぐに理解しました。彼らは自分の想念が見せる夢を見続けているのです。見終わるまで起きることはありません。友人もまだ途中だったので揺り起こしてもまた眠ってしまった訳ですが、私が思うに、思い込みを手放さない状態をそれは示唆していたと思います。

説明しなければなりませんね。
思い込みと生まれる前に決めたことには温度差があるんです。思い込みとは魂がおのれの成長を意図する中で…それを邪魔するような心根…和解・理解・反省・再出発などなどを阻む「ボス」とも「番長」とも呼べるもの。

「ボス」とは自分の中に君臨する自我のひとつ。手強い心癖を指します。つまりそれは欲求・自己中心的思考・自己憐憫・被害者意識・ちっぽけなプライドなどなどの喜怒哀楽に根ざす「本音」そのもの。

生まれる前に私たちは克服すべき点を考慮してそれに相応しい環境を選択します。

転生する際は克服すべき性格や傾向をそのまんま持ち込むんですね。まだ課題として残っている問題ですから、答案と一緒で解けない問題から再出発することになる訳です。
そしてそれは巧みに意識の深~い苗床に隠されています。なので私たちは何かと言い訳ばかりする。出来ない言い訳、しでかしたことの言い訳、誰かの何かのせい、そういう主張を展開する訳です。それは「分かってるんだけど言われたくない」とか、「今やろうと思っていたのに言うんだものなあ」とか、素直に謝れないという類い一切合切。

思い当たること多いでしょ?

私も右に同じです(笑)正確に言えば「でした」 感じ増々悪いですね(笑)

精神世界に精通していながら自分の感情に「支配」されている、心を支配するという意味でもその押さえきれない感情は「ボス」と呼ぶに相応しいのではないでしょうか。

話を戻しましょう。
彼女は私が知る中でも洞察力があるし分析力もある女性と思います。ところが彼女は自分の信念に家族をつき合わしてしまう…引っ張り回してしまう。優先順位のトップは自分のしたいことなんです。それを彼女は認めたがりませんでした。指摘すると怒る。言われたくないと怒る。自分は人の役に立とうと日夜努力を惜しんでいないという心が底辺にあって決して譲ろうとはしませんでした。
まずは自分が良しとするところを優先させて、その後に娘のことご主人のことがあるという生活をずっと続けていました。

彼女の課題は優先順位。その位置付なんです。つまり独りよがりという自覚がないというところ。自己正統は精神世界ではもっとも手強い心癖ではないでしょうか。

彼女はつまり身内のこととなると「・・・してるつもり」で終止する。人さまの面倒に奔走する前に身内だろ!自分だろ!という部分がどうしても分からない。「目覚め」が促されず独りよがりな点が見受けられる。

彼女は良くも悪くもこの段階の魂のサンプルと私は思う。

もし彼女が家族との暮らしを何より大切にして、娘たちの良き理解者、ご主人を愛し(許せないことがあるらしい。もうそこから心得違いが始まっている)ていれば、自然と人は寄ってくると思いますよ。自分から困っている人を見つけに奔走しなくても。

精神世界…スピリチャルって…媚薬なんだなぁと思います。

目を覚ますことさえなかった人の中に、その後に知り合った人がいますが、誰も似たり寄ったり。



この段階は目を覚ます可能性があるということなんでしょうね。



世間に溢れている人の多くは目を覚ます以前なのだと思います。ずっと夢見てる。
私は目を覚ましました。それには思い当たることがあって、それはその当時、家族を置いて出掛けるのに大義名分…「ママは人の役に立とうと一生懸命なの。だからお留守番よろしくね」が発想じゃぁいかんなぁと思い始めたんですね。つまり自分がしたいことを我慢できないだけという・・うすうすは気づいてたんだけど、それを「認めた」「言い訳する気が失せた」んですね。

これ案外困難なんですよ。信念が邪魔をして。信念とは隠れ蓑で自分のやりたいようにやりたいことをやりたい!という欲求に家族を巻き込んでいるだけなんですけどね。
彼女たちの努力、私は知らない訳ではないのですよ。中には前世や霊を視る人もいました。でも霊能力と霊的覚醒も別ものだと私は思う。これは本当にシビアと思います。不思議なことですが、「視る」=「霊的に目覚めている」とは言えない人、たくさんいますからね。

夢と夢が交叉する…食指が伸びるように人は関わり合って人間界での体験を共有しています。

心得違いが解けなければ、この段階の魂は次のステップには移行できないもののようです。




次は中学・高校段階の魂について書こうと思います。今現在、私に視えること、この夢の話を書きながら洞察に至ったことを書きます。



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(2016年12月27日記)

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