そもそも癒しとは何ぞや

Category : つぶやき

誤解のないように前もって言っておきますが、私は癒しの類いにチンプンカンプンな訳ではありません。魂は日々一進一退を繰り返す進化の過程にあります。思うに…癒し業界も頭打ちじゃないんでしょうか?
今日は敢えて辛口でハードに「攻めます」。「責める」訳ではありませんよ、その辺のことも念頭に置いて読み進めて頂きたいと思います。
いつも通り私個人の所感。しかしながら目からウロコとなる人が一人でもいることを願って書き進めてみようと思います。


私は最近ダイエット醗酵酢なるものを取り寄せました。えぇ…そこまでは何ごともなかったんです。ところが取扱説明書を読んで俄然ご意見番気質に火が付き、癒し業界の人々の悪意のない押しつけに対してひと吠えする気になりました。

取説曰く
「発酵液は生きています。あなたの気持ちに敏感に反応します。ですから、是非ご挨拶して下さい。(中略)怒りなどのマイナスの波動を浴びると、微生物さんたちは死んでしまいます。もし発酵液が腐ったような臭いになったら、諦めてください。」
「薬草の精霊さんたちは、私たちをサポートしてくれます。」

多くの人は薬草の精霊さんたちを傷つけまいと配慮して挨拶をし、怒りなどのマイナスの波動で死んでしまわないように注意を払うでしょう。それが自分の精神衛生上にも良いと思うでしょう。決して間違ったことを書いている訳ではないでしょう。

じゃぁ何故にtakakoさんはご立腹なの?…ですよね。



これこそ鵜呑みの世界じゃないんでしょうか?



一方的に「あなたのマイナスの波動で微生物さんたちは「死んでしまいます」」と、「腐ったような臭いになったら「諦めてください」」と言われても従うしかありませんよね。諦めてください…ですか、何気に上から目線ですね。
正直、日常生活にはストレスはつきものではないでしょうか。私たちは人付き合いで疲れもし、イラッとすることもある…家族とさえも、違います?
確かにサポートを受けるべく取り寄せた訳ですよ。ですが、精霊ってお嬢なんでしょうか? 腫れものに触るようですね。マイナスの波動で死んでしまう…。ストレスの多い現代人にとってそれは致命的ではないでしょうか? 要するに使えないということです。

言い過ぎでしょうか?

癒しは…その時代に沿って、必要とする人によって、多様に『活性』すべきものと私は思っています。しかも癒しはお風呂に入るのにも洗濯にも通じるものがある…つまり日々のことでしょ? 感情も身体もまた汚れるし疲労もする。

薬草を煎じる ハーブ・アロマを作る そうして生計を立てている人は薬草のお陰と感謝して作っているのでしょう。お聞きしますが、何のために生産しているのでしょうか? 必要とする人間あるいは生き物がいるからではないのでしょうか? 私は揚げ足を取っている訳ではありませんよ、誤解のないようにお願いしますね。

石頭ですか?

薬草が死んでしまわないように…それでも死んでしまったら、私たちは自分を責めるのだと思いますよ。自分がいけないと。自己嫌悪に陥ってしまう人もいるでしょう。それって本末転倒ではないんでしょうか?

私は、そういう問題を抱えている人をも「任せなさい!」くらいの力強さなしに、何が癒しか!と腹立たしささえ覚えます。悪気がないだけタチが悪い。癒しに関わる人が陥りやすい傾向ではないでしょうか? だって、それで多かろうと少なかろうと薄利多売だろうと利益を得てるんでしょ? 商売抜きとは言わせませんよ!スタッフがいれば給金を捻出して労をねぎらわねばならないんでしょ?

薬草を煎じる時「タフさにコミットする」必要があるのではないでしょうか?

私は我が家にやって来た醗酵酢に向かって「マイナス波動で死んでしまうほどヤワな訳? ったく…人ってね、日々感情も身体も疲労してイライラすることがあるんだよ。そんな生身の人間を相手にせずに、キレイごとばかり言ってるんじゃない!そういうのを絵に描いた餅って言う。あんた!対話をする気があるんなら、こっちの本気とつきあいな」と宣言しました。かなりハードに「けしからん!」をぶつけたと思いますよ。




私たちは精神世界のメッセージを鵜呑みにしがちです。無防備に信じ込んでしまいます。

もし あなたが癒しを生業にしてるとします。あなたは提供する、その中に何らかの精神的圧力を加えてはいませんか?

精霊ってね
共に過ごす人の生身を受け入れる質があることをご存知ないのでしょうか?

喜怒哀楽は精霊にもあるということをご存知ないのでしょうか? 天使にそれがないと思ってます? それは完璧な思い込みです。恋は盲目と言いますが、それと余り変わりないと思いますよ。

私たちは精霊と共に過ごしながら、お互いを育て合うことを念頭に置く必要があります。

癒し業者は提供したら、自分の手を離れたら、離れた先に委ねる懐を養わねばなりません。言葉も慎重に選ばねばなりません。「死んでしまいます」「諦めてください」これってストレスを与える危険性がある言葉ですよ、実に無神経ですね。いつまで私たち提供する人~という悪気ない上から目線なんでしょう。浅いですね。



精霊ってね、

対話をし、

それに感応して、

成長するものなんです。



作られた時点の人の思いや、その人物の精霊の特徴を感知する直感も必要なプロセスではあります。ものを大切にする…それも基本中の基本ではあります。しかしながら、私たちは喜怒哀楽をも尊重するキャパシティを養うる必要があると私には思えるんですけど…。


ありがとうと入魂した水は美しいシンメトリーの結晶に対し、怒りを込めた水は壊れています。結晶に雲泥の差が生じる、それを知らない訳ではないのですよ。水にしろ植物にしろ私たちの波動に如何ようにも応えます。なので、思いやりを持って優しく扱って欲しいという提案なのでしょうが…「死んでしまいます」ですか…実際はどうなのでしょう。

癒しはかけがえのないもののひとつではありますが、一過性で自分の足で歩けるようになるためのステップ。しかしながら既に依存状態になっている人たちがいるではと思います。 癒しってキリがありません。生きている限りマイナス感情は次々にやってきます。

穏やかに暮らしたい…でも、私たちはその穏やかな心や暮らしを得るために、それらをお金で買う日々。自然界の動植物はお金を必要としていないのにね。人間に係るとこうなってしまう。仕方のないこととは言え、微妙だなあと思うこの頃です。

ちなみに上の世界にも金銭は存在しません!

宗教は怒りを百千の功徳を焼くと言い、精神世界はマイナス意識で他者を傷つけてしまうので慎まねばならないと説きます。それって間違いではないけれど、過剰反応と私には思えるし、皮算用も見え隠れしている。
私たちは怒りや嫉妬、悲しみに出逢う度に自己嫌悪に陥り、自分を責めもします。それはいけないこと!という認識はかえって自分否定になりかねません。
確かにそれらの感情は苦しいです…。身も心も苛みます。なので癒しや許しを私たちは必死になって求めてきたのでしょう。

生きている限り感情は私たちの心身に大きく影響する。

しかし、マイナスと、この癒し業者が称する感情をマイナスと決めつけるのは早計ではないかと私は思っています。

魂って案外したたかです。魂は良いこともそうではないことも体験しようと此処に集っています。癒し業界でマイナスと称される感情や出来事さえも魂は「そうか…!あぁするとこうなるんだな」と魂の履歴に刻むのです。痛い目に逢わねば痛さが分からない、これ自然の理。真のリハビリは魂の世界で如何ようにも施されます。セッション料ですか?あり得ないでしょう。

この世では癒しても癒しても次から次に問題が起きる、違います? 頭では分かっていてもどうしようもないと不甲斐なさに喘ぐこともある、違いますか?
あなたが今味わっている苦悩も怒りも悲嘆も、あなたが目指そうとしている…奉仕や、育てようとしている慈愛の心を育む縁(よすが) 。一方通行からしか見えてないから悲鳴ばかりあげてるんですよ。

被害者意識から抜け出すチャンスではないでしょうか?

自己嫌悪の靄を晴らす絶好の好機と知るチャンスではないでしょうか?

魂の計画は生まれる刹那…か?記憶にない私たちです。計画すべてが記憶にあってはチャレンジになりません。しかも次の展開が予めすべて分かっていてはシラケてしまいませんか? 知らないからこそ真剣に「何故?」と悩むし、苦しみもする。解決すれば、その喜びもひとしお!喜びも悲しみも、ということです。そうやって魂は自身にチャレンジの醍醐味を課しているのですよ。




癒し そして、その次があるということを、皆さんには気づいて頂きたいと私は思っています。




癒し業界は今もヒーラーを生み続けています。飽和状態なのに今もなお生徒を集うワークショップが後を絶ちません。
彼らは善かれと思いやっていることなのでしょうが、自分の頭の上のハエも追えない状態の人たちがヒーラーとして看板を掲げているんですよ。まるですぐにでもプロとして成功するかのようなDMも後を絶ちません。

私たちはもうそろそろ目を覚ましても良い時ではないでしょうか?

すべての経験は自分が何者であるかを知る手がかり。辛いことも想定内なんですよ。これは百人視て百人に言えることです。それらとどうつきあうかが鍵なんです。

免疫は身体だけに留まることではありません。

例えノックダウンを食らって立ち直れないような事態からだって、私たちはそれを機に対処法を編み出すことが出来る…すべての体験は私たちの魂に多大な影響を及ぼしますが、心地の良いことだけが魂の栄養ではないということです。かえって辛い体験の方が魂を養う傾向にあります、皮肉なことですが…。蝶よ花よと育った人間は使いものになりません。




癒しを不必要と私は言っているのではありませんよ!そこから一歩踏み出しませんか?と言っているんです!




癒しはお風呂や洗濯と同じ、日々に必要なもののひとつ。ですが、マイナス感情に過敏に反応してそれを否定するかのような言動は慎むべき。



ものごとは視点で変化する。



私は今現在「悩みはないよ。問題がない訳じゃないけどね」という状態です。聖人君子じゃないんですから、君子だって問題点は多々じゃないでしょうか? ギリシャ神話の神々だって強烈です。もう自分の思うようでないと暴れまくり(笑)けしからん!困ったちゃんたちです。

あなたはあなたのままで良い…それじゃ「困る!」という人が世の中にはウジャウジャいます。要するに万人に通用するテキストはないということかと思います。このごった煮社会を総なめにするメソッドは存在しません。私の発想もそのひとつ。百人がNO!でも一人「そうか♪」と閃く人がいれば、それで充分と思っています。

癒しも「あなたのマイナス波動で死んでしまう」ような商品を生成するより大切な作業ってある気がしますよ。それは悪気はなく、良かれとの思いではあるのでしょうが、押しつけだし思い上がり。

魂の本質を知らぬ者の戯言です!

第一、そもそも「死ぬ」とか「諦めてください」とか自体がマイナスの言葉でしょ!何だか浮き足立ってますね。今日の私はいつもより強くご意見番モードで発信しています。



癒しにも目からウロコの時期じゃないんでしょうか? 何様ですって?



そっちこそ。



そうそう…我が家に来た醗酵酢のその後ですが、私を味わい始めていますよ。私も味わっています。



大変なところに来てしまったあ!と今頃後悔しても遅い。他では味わえない体験をすることを私は保証します(笑、失礼!)



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(2016年12月27日記)

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