11月11日は

Category : 魂のご飯

通過点。天変地異はいわゆるゾロ目に関係なくても世界中で起きています。そういう憶測情報に振り回されないことが肝要です。

11月11日を通過点と記しましたが、これは内面と対峙している人にしか理解し難いことかも知れません。何故なら今の事態を情報を元に一喜一憂して俄(にわか)チャネラーの言を鵜呑みにしているようでは理解するのは難しいと思えるからです。感じ悪いですか?私はそれを否定しません。
『コンタクト』という映画に宇宙人コンタクティ祭りと化した場面があります。あれこそ信奉者の姿。夢遊病者の群れと当時思いましたが、今も現にネット社会には宇宙存在や予言やらの依存から抜け切らない人たちがいますよね。霊眼が養われていないため荒唐無稽な話を鵜呑みにしている人も後を絶ちません。

誰もが何かを信じたい

その気持ちは分からないではありません。でもそれも今では通用しないまでに世界は劇的に変化し続けています。人の情報はあくまでもヒント。予言は言うに及ばず、それらに乗っかってばかりいるのは

思考停止

それ以外ではありません。当たった当たらなかったということで暴言を吐く輩も依存ではないでしょうか?自分で感じもせず人の話に乗ろうとしているのでしょ?あるいは当たったら信じてやってもイイなんて、どの口が言うの類いと思います。

まずは情報次第でカメレオンのように色を変える

翻弄される、右往左往する、あなた自身の姿勢を顧みて

この時期をどう生きるかを内観する

その成長過程へまずは『移行』して頂きたい


ですが、事象や情報に振り回されている限り、この真意は理解されないのでしょう。それがここ数年で痛いほど分かりました。

『移行』はまずはそういうふうに始まります。情報はヒントに過ぎないと言い続けている、それが所以です。情報は自身の内なる感覚と照らし合わせるもの。鵜呑みは頂けません。
あなたが誰かの説に頼り、予言検証に明け暮れている間にもエネルギ-は刻々と変化しています。研究者や検証者ほど無責任な者はいないと私は思っていますが、それは彼らは検証こそが実務であって、それを信じる信じないは個人の自由というスタンスがその所以です。良いんです。彼らは彼ら自身の欲するままに行動しているに過ぎません。興味を持つのも欲するまま。だとしたら、当たったとか当たらなかったという子供じみた思考は脱ぎ去ることです。

あなたが誰かの説に頼り

頼るとは例えば、コミュニティの主催者が何月何日にノアの箱舟のような未曾有の洪水が必ず!起きると言ったとしますよね?すると「え~マジで?」と一喜一憂することかと。でも彼らはこぞって懲りません。外れたとしても「祈りが通じた」とかいうことで大難が小難になったと胸を撫で下ろします。それってカルトなんですよ。自覚ないようですけど。

あなたがガセネタに一喜一憂して明け暮れている間にもエネルギ-は刻々と変化しています。

その精妙さを体感する

あなたは準備が出来ているでしょうか?

既に体感しているでしょうか?

誰かの説よりそれが大切と理解しているでしょうか?

これは選ばれし者とか選ばれなかった者とかいうレベルの話ではありません。

あなたはあなたの自己責任で生きているかどうかという話。3月11日以降は確かに放射能の影響に関する情報を私たちは必要としていました。そしてどれが事実か否かを吟味しなければなりませんでした。如何に家族を守るか、自身を守るか、周囲と共存するか、を試行錯誤してきました。

思い起こしてみて下さい。

まさかの時に役に立ったのは何だったのか

神託でしたか?

神託はあなた個人の魂の成長を促すものでしたか?

そうではなく

あなたは懸命に家族を守ろうとしてきたのではないのでしょうか?

私たちはまずは命の尊厳を死守する必要に迫られています。

自己責任

誰かが自分を助けてくれるというのは甘えです。自らを救う手立てを尽くす。3月11日以降、私たちは身を以てそれを痛感したはずです。

ベストを尽くし、後は沙汰を待つ。結果をあれこれ思い悩むより潔い生き方が求められているようでなりません。




確かに10月末の変化は不思議なものでした。何というのでしょう…年明けのような清々しさを私は味わいました。そういう人も少なくないのではないでしょうか。色々取り沙汰されているようですが、私は自身の体感こそと身の程を知る日々です。

私はそう体感しても、あなたはそうではないかも知れない。あなたにはあなたの感じ方がある。それぞれが個人的事象を体験しているということ。何らかの共通点があるかも知れませんし、ないかも知れません。いずれにしても

人に聞かねば自分が何者か分からない段階から

人の説は説として聞きはするが、自分の中にYesNoを感じる段階を経て

自己責任の清々しさに目覚める段階を生き

その上で

どういう道を歩こうとも采配はあると知る




人生は魂の故郷へと続く道です。何もかもが経験値。




最後の瞬間までベストを尽くす。それに尽きます。あなたの現実こそが学び舎。いつかはそれも終了を迎えます。結果を受け取るのはあなた自身です。裏切った夫でも理不尽な上司でもありません。あなたの魂に刻まれた全てはあなた自身が刈り取るしかありません。
精神世界の本やワークショップは塾や参考書みたいなものですからね。実施は日常生活にある。人を癒し人の役に立てるという自覚に基づいた行為=利他心と思ってます?それあなた自身のためにやっているのではないでしょうか?

アセンション啓蒙者が龍…系直系たちよ(ですか?)立ち上がれ!と鼓舞する本を出したようですが、私、龍系直系じゃありませんから(笑)もっと視野を広げなければ、今どう生きるべきかは見えてこないと思いますよ。いや!

もっと視野を内面に向けなければ見えてこないでしょう。その人はまた記憶喪失の段階から始める気満々なんでしょうね。私はもういいかと思っています。龍系であろうがなかろうが、そういうの関係ありません。様々な領域から私たちは此処に集っているのですから。中には龍系の人もいるでしょう。その本の著者がそうですものね。でも領域は単一ではないことに気づいてもらいたいと思います。

落ち込むこともあるけれど、という

此処で生きるとはその繰り返しの中で成長することと悟りましたからね。それ以外の人生をこの地球上で生きている人は皆無です。




11月11日ですか・・・ゾロ目信仰もほどほどに



だってそれは人の決めた暦に則っているのでしょ?マヤ歴とかグレゴリオ歴とかある訳でしょ?地軸は既に傾いています。神社には神様はいません。占いもズレていくと思いますよ。

そうそう…!犬って散歩時間やご飯時間を時計を読めなくても知っていますよね。腹時計とも言うようですが、人もそういう腹時計で生きても良いのじゃないでしょうか。





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(2016年12月27日記)

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