あなたは常に選択し続ける

Category : 魂のご飯

「人を変えることはできない」これはスピリチャル界隈で通説になっています。私もそれに異論はありません。
世の中には祈り合わせを呼びかけるグループや愛を送るキャンペーンを張る人たちがいます。新興宗教にも毎年毎年「世界平和」の祈願祈祷を怠らない団体あり。ですが、世界は一向に平和にはなりません。もうそろそろいち宗教団体の集金ありきの祈願では平和成就しないことに気づいてもよさそうですが、世の中には人様に浄財を募って世界平和行脚する人間もいる…皮肉なことに彼らの祈りに反するように世界は混沌に拍車がかかっています。

私はずっと祈りでは平和は達成できないと言い続けています。

何故か?

彼らの祈りは世界をコントロールする組織・人間には届くはずがないと知るからです。此処は自由意志が貫かれているのですよね?霊能者には霊能者の価値観があり、政治家・資産家にも彼らなりの価値観がある。つまり相容れることがないエネルギー同士…加えて主張が強い。水と油です。まぁ宗教家には政治と仲良しってことも多々あるようですが、祈り・精神世界に生きる人間と権力の中枢で活動する人間それぞれに世界観があって実行しようとしている訳です。

周波数が違う









同じ地球に生きるもの同士ですが、様々な周波数…精神活動があってTVやラジオと同じでチューニングが合わなければ意気投合も理解もできない。精神活動に周波数があると聞いて「そんなもんなの?」と訝る人いると思いますが、怒りには怒りの波形ってのがあるんです。生きもの…例え路傍の石でも一定の周波数を持っているということを多くが知らないし、自分たちの日常生活もそれが行き来していることも知らない。

さて

世の中には目に見えない存在に導かれて大難を小難にと平和祈願行脚をする人がいます。私には贖罪のように映るんですよ。活動費を人さまの寄付に頼っているとなれば「あぁまた同じ繰り返しをしている」としか私には見えてこない。その人がいくら真剣に命をかけて行脚しようと世界はそれを無視するかのよう。何故か分かりますか?

大難を小難に

それは善良な人々を災難困窮から救えという神への祈りでしょうが、何をして善良と定義するか…人の理屈では到底伺い知れない。人間は自分に便宜を図ってくれる人を「良い人」と言う。でもその人には別な顔があるということがザラに有ります。
そして、皮肉なことに如何に善良な人間でも何らかの犠牲の上にある。人類という種が地上に平和をもたらさない張本人であることは誰の目にも明らかかと。あなたは「私はそれに加担してない」と思っているかも知れませんが、人間という種に属する限り何らかの関わりがあると思った方がいい。例え自分が知らされないままに紛争に加担する羽目になったとしても。

今、日本国民…私たちはその瀬戸際に立っているのでしょう?選挙という大義がどんだけ私たちの暮らしや生命を支配しているか?

話が逸れました。いずれにしても祈りでは世界に平和はもたらされません。イスラエルのネタニエフに幾ら愛を送ろうとピクリともしないでしょう。何故か?周波数が違い過ぎる…無論それも一因ですが、

その愛が無条件ではないから

自分らの価値に則って押し売り同然でしょう?親切の押し売り。辛辣ですか?果たしてそうでしょうか?受け取るかどうかは相手次第。受け取らない自由だってあるんですよね?ここは自由意志の世界ですから。
『聖なる予言』という本にエネルギーの奪い合いが描かれていますが、本気ほど強烈なものはありません。人々に呼びかけて「さぁあなたも祈りに参加しましょう」というのが如何に善意に溢れていようと混沌に中枢に命がけで訴えて行動を起こす訳じゃないのでしょう?そういうのを対岸から「世界平和を~」と呼びかける日和見主義と私は思っています。

祈りは尊い

ですが、周波数が違い過ぎる上に押し売り的である以上…だって話し合いもせずに一方的な善良自意識に則っているのですから、袖擦り合うにも至らない。

世界平和

まずは私たちの心にこそ植えるものです。神さまは私らの小さな願いには応えても世界平和の祈願には応えてくれない。祈願とは神仏に向かって行うことでしょう?なのにどうしてかえって紛争は激化していると思いますか?

世界平和とは神頼みで実現させるものではなく

私たち人間が命掛けで取り組むことだからですよ!

祈り

何に向かって祈るのですか?神仏にでしょう?

宇宙存在とコンタクトとる人たちが共通して宇宙人から言われること、それは「平和とは、あなた方が自分たちで実現させるもの。我々は自由意志に則って見守っている」といいうものではないでしょうか?警告は発するが、平和とはその惑星の住民が率先して実現すべきものと彼らは知っているのですよ。

なのにスピリチャルにどっぷり浸かる人々は今も空に向かって宇宙に向かって祈りを捧げている。とても稚拙と私は思う。そこまで言わなくても、ですか?そうでしょうか?いくら「大難を小難に」と命がけで祈り行脚しようと功を奏さない。何かあると「皆さんの祈りが通じて何処そこの天変地異の難を逃れました」とか言いたがる。それ

自己満足、エゴ以外の何ものでもありません。


この混沌が加速する世界にあって


スピリチャルな祈りと覇権を競う国際社会が混在する世界にあって


何故ここまでこじれきった社会なのか…その答えはとても単純なものです。自由意志の名の元にすべての選択は個々に委ねられているから。




故に




一致した価値観を持つに至らない。誰もが自分のやり方をプッシュして一歩も引かない。万が一足並みが揃ったとして、そこに至る階梯にも自由意志は貫かれます。

世界平和を実現するとは甚だしく困難を伴う

しかもキレイゴトでは済まされない。祈り合わせなど気休めでしかない。何故かくも世界が混沌としているか?

それは政治という舞台があるからではないでしょうか。そこは利権の温床でもあります。国、世界、の中枢には金と権威が集中する…これこそが人間が造り出したピラミッド構造だし、底辺ほど裾野が広い…貧しい人が引きも切らない世界を誰が作ったと思っているのでしょう。戦争は何のために誰が仕掛けるというのでしょう。庶民は一部の特権階級の僕でしかない時代が有史以前から続いているのですよ。それ誰が作ったというのでしょうか?

人間でしょ?

人間の中から「これではいけない」という自主性が育ち、立ち上がる者の数が揃わない限り一部の人間のみが潤う世界はなくなりはしません。宇宙人が神仏がきっと私たちを救ってくれるというのは甘えという、私の理屈は多くの人には鬱陶しいだけかも知れません。だって何かせずにはいられない気持ちをあなたは持て余してやしませんか?で、祈り合わせについ!参加する。何とかしたい気持ちがあるが、どうして良いか分からないというのが実情ではないでしょうか?

今年初めの天皇の歌詠みを見て私は背中がゾクッとしました。いよいよなのかと。いや…実際どうなるかは分かりません。今のマスコミは総理官邸とお友達のようですから、都合の悪いことは語らずという暗黙の了解ありきと言う人たちがいますが、それ否定できません。実際そんな様相ですものね。
ですが、日本にしても根本的な政治形態が覆らない限り誰がどの党が政権に就いても国民不在の決定機関として国会は成立し続けるでしょう。選挙で国民が選んだという大義は絶対ですから。



想像してみて下さい。打倒安倍政権で何処かの党が政権に収まったとします…ですが、官僚と上手く折り合いをつけられなきゃ政権の座は安定しない。つまりもう政治機構を根本から改革するというのは至難の技。小澤さんはそこにメスを入れようとしてスキャンダルで潰されたという説がありますが、それ否定できないですねぇ。誰かが改革やってくれるっていうのも違うと思いますが、もう来るところまで来たということかと思います。原発事故後がそれをよ~く物語っていると思いますが、いかがですか?

私たちはこの情報社会にあって尚、自分ではどうしようもないジレンマに直面している訳です。如何に何を訴えようとテロ呼ばわりされ、安倍は外国に巨額マネーを投じて感謝され満面の笑みを浮かべています。そのお金があれば、今もって仮設住宅に暮らすことを余儀なくされた人たちを救済することができるでしょうに。国家予算って税金で成り立っているのでしょう?本当に何という非情な…と思いますが、どうしようもないのでしょう?

行き詰まっている

私たちが生きる社会は今そこに差し掛かっています。でも、皮肉なことにそれだからこそ、私たちはどういう社会が

優しいか

人にも共存する生きものにも地球にも優しくやってけるかを自分に問うことができるのですよ。

自分に問う

そして、あなたは常に選択し続ける

究極のところ人間の心象世界は確かに2極化しています。現実世界は多極化していますが、<選択肢を他者に委ねる人>と<選択肢を自分に委ねる人> それはプーチンであろうがローマ法王であろうが、ホームレスであろうが例外はありません。そして、どちらに傾く人たちが世界平和に貢献するとも言えないのです。このからくりが分かりますか?人社会の不平等がどうやって有史以前から成立し続けてきたか。そこには共依存の質が横たわっていませんか?下々は食べて行くことこそが大事。作物の豊作・商売繁盛こそが人生。上に立つ者は立つ者で如何に支配を盤石にするかが人生。これが何を物語っているかというと

この次元の人間の精神レベルは<奉仕>するに至っていない

大多数は至らない。ここがポイントかと思います。この地球に人間として転生するというのはある意味

振り分け

そのためにあると言っても過言ではありません。今はまさに卒業と進路を決する時と言えます。そして、貨幣経済が破綻するとも言われて久しいですが、まさに末世!何らかのゴールに向かって世界はひた走っていると言えそう。3.11が人工地震が引き金であろうとなかろうと起きた…それが世界に及ぼす影響は計り知れません。汚染という意味でも。

予言の類いで「日本が世界の中心になる」「日本人は選ばれた民族」とか主張する人は後を絶ちません。絶ちませんが、私は「被爆国であること」「原発事故の悲惨さ」を伝える使命が日本政府にも国民にもあるだろうとは思う。そういう意味では平和をクリーンエネルギーを発信する国になる可能性はあった訳です。でもどなたかが台無しにしましたけどね。そういう意味では機会を逸したと言えるでしょう。まだ可能性は残されていますが、霊能者やヒーラー、アセンション啓蒙者の多くが選民意識に囚われていることも合わせて問題は山積みです。

私たちは袖擦り合う事象を通じて常に選択し続ける

この世の有り様は私たちがどうあるべきかの映し鑑です。己の映し鑑。そこで培った学びを即!活かすことはできなくても!その手綱を緩めてはなりません。原発再稼働反対の声を挙げて徒労に終わろうと、です。自分が何を欲し、どう行動しようとするかこそが要なんです。同志がいれば感謝あるのみ。相身互いこそが人を奉仕へ押し上げていきます。

原発がない世界

自然エネルギーが稼働し、自然と共生する世界

CMにもありますよね?「蛍が舞う渋谷…人が想像することは創造できる」でしたか?今の世界を救うのは霊能者ではなく技術者と私は思っています。ものつくり、環境浄化の取り組み。そして奇跡の…放射能無害化など必要に迫られることがたくさん。祈りでそれができますか?できませんよ。今求められているのは

祈りではなくアイデアではないでしょうか?

霊能者の世界平和祈願が現実化しないのは組織ぐるみのビジネスになっているせいもあるでしょうが、祈りでは放射能無害化も、テロのない社会も成し遂げられないのは想念の数があまりにも膨大だからでしょうし、自由意志の根本を度外視しているからでしょう。そりゃぁ平和に越したことはありません。でもね、霊能者って信者抱えているでしょ?あるいは浄財募るとか。要するに他力(目に見えない存在<神仏>頼み)で共依存なんですよ、ライフスタイルが。

天変地異はこれからいっそう激しくなりそうな予感。きっとあなたも理由もなく不安に駆られるとか…動物的勘が強くなっているかも知れませんね。日本が新世界の中心になるとかいうのを私は真に受けません。天皇中心の世界が求められるとかにも。まぁ天皇という存在は本来どういう存在かという視点もあるでしょうが、担ぎ出してどうするつもりなのでしょう。新たな中央集権ですか?もうそういうピラミッド思考からは離れたいものです。

私が垣間みる世界にもセントラルな場所ってあるんですよ。ですが、そこは<人>が鎮座している訳じゃなく巨大な水晶(らしき)があって、支配とかいうことではまったくないんですね。誰かが誰かの上とか下とかもない。<奉仕>と<休息(瞑想・思案・レクレーション・創造など)>が呼吸をするように整っています。
よく言われることですが、確かに貨幣は存在しません。もしこのブログの閲覧者でヒーラー(霊感)やチャネルを、精神世界系会社のワークショップでデプロマを取得して生業にしている人がいたら、ご自分のペースで無償に切り替えた方が賢明と思います。ただし強要はしません。あくまでも自由意志ですから。ですが、少しでも早く貨幣経済に即さない霊能ライフに切り替えた方が…これ以上はよしましょう。(笑、笑いごとじゃない)




今日の記事はいつにも増して長~くなってしまいましたね。ここまで読み進めて頂いたことに感謝します。




人間は成熟するに未だ至らず




原発再稼働に反対する人、再稼働を促進しようとする人、これに限っただけでもその後の行く末は暗示できるのではないでしょうか。





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(2016年12月27日記)

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