罪を憎んで人を恨まず

Category : つぶやき

韓流歴史ドラマを見ていて感じるのは人間に権力とか富とか持たせるとロクなことはないということ。宮廷が舞台なのですが、首をすげ替え次から次に出て来ます、悪いヤツら(笑、笑えない)
性善説とか性悪説とか人間とは説かれますが、どちらでもない。こんな説、屁の役にも立ちません。

魂には生まれもっての性格があり、やって来た領域の特徴ってのがあります。生まれながらの悪人はいないというのも私は甘えた考えと思っています。第一、どの時点での「生まれながら」というのでしょうか?地球転生の第一歩でしょうか?生まれ変わる度にでしょうか?
私は生まれたばかりの赤ちゃんでさえ「無垢」とは言い切れないと思ったことがあります。隣近所から聞こえる泣き声なのですが、まるで姑が嫁を苛めているようなんですよ。成長して片言喋り出す頃に出くわしましたが、まるで命令調(笑)魂の性格は誤摩化せないなぁとつくづく。

魑魅魍魎は何も妖怪変化のことだけではありません。人間とてそこに足をひっかけてる場合がある。
顔見知りのヒーラーに「魔女」がいます。笑いごとじゃなく、私が視る限りですが、やはり何処の出身か…生まれて来た領域はどういう世界かも大きな要素。
一概に善とか悪とか言い切れない。一人の人間の中に善良さとダークサイドがある。善良ひとすじという人間は希有ではないでしょうか?

従って性善説にしても性悪説にしても「説」の域から出るものではない。道半ばな説と私は捉えています。

もし、この世の人間を喩えるとすれば

未熟者

程度の差はあれ、これに尽きるのではないでしょうか?輪廻転生を繰り返す、そのおおもとのおおもとの、そのまたおおもとを知る者はいない。臨死体験をして創世の成り立ちを見たという人や宇宙人に地球の成り立ちを教えられたという人がいますが、共通項と相容れない点とが混在している。全てを知る人など今現在の地上にはいないということかと思います。
私にしても霊視した人数には限りがあり、すべての生きとし生ける魂を論じることなどできませんが、それでも未熟さゆえの人間ドラマであることくらいは分かる。
人類ひとくくりに啓蒙を垂れる宇宙存在をチャネルする人は複数いますが、一枚岩じゃあるまいし…というのが私の正直な感想です。

しかしながら、これだけは言える

魂にはそれぞれ個性が備わっている。「種(たね)」に例えれば分かりやすいでしょうか。まぁ卵が先か鶏が先かというキリがないところをいじくてもラチがあかない。そうじゃなく、地球なんぞに転生する輩

私たちのことですよ~

人ごとって思ってませんか~?

課題山積の未熟者たちが集う場所、それが地球です。どう課題山積みかというと

自分をコントロールできない

自分が分からない(欲目も含めて)

いずれにしても自己制御できてないレベルの魂が集う世界

それが地球

言わば、試験場です。私たちは色々構想を練り、それに相応しい環境に生まれ落ちた者たち。今この世界に輪廻転生している魂はそのレベルということをまずは理解しなければ話は進まない。そこに加わえて

依存癖がある

チャネラーがその最たる例ではないでしょうか?ことあるごとに「アシュタールが」と「聖ジャーメインが」とチャネルして、如何に良く生きるかを垂れます。その中には「そんなこともアシュタールに言われなければ分からないのか」と「自分の心に問えよ」と思えるものが少なくありません。微に入り細に入り手取り足取り…いかがですか?感じ悪いですか?

ジャッジど真ん中でしょうか?

皆さんの中に子育て経験者はいますか?子供はやって良いこととそうではないことの区別がつきましたか?教えなければ分からないことがた~くさんありませんでしたか?
故に親には教え導く大切な役目があります。見守ることも必要。親業は心の修行でもある訳ですね。注意深くあらねば勤まりません。まぁ親がなくとも子は育つとも言われますが、それは世間がその人物を育て、本人に学ぶ素養があるということかと。
神童ならいざ知らず、それでさえ親の役目はあります。夫婦にしても親子にしても同じ点数同士が縁を結びます。互いに学び合う仲。ですが、幼いうちは親が食事を与え、教え導く必要がある訳ですね。

なぜ子育ての話をするかというと

上から目線で申し訳ないのですが、皆さんより私は少しだけ早く精神世界のハードルを越えた数が多い。もちろんまだまだ道半ばです。それでさえ多くのチャネラーやヒーラーの未熟さは分かるし、稚拙なチャネルに誤摩化されないところに差し掛かっています。
親子ほどではないものの先輩くらいの甲羅は経ている…故に老婆心ながらこうして熱く語り続けている訳ですね。

そして、人間の性を語る時、韓流歴史ドラマはとても分かりやすい例題。フィクションを織り交ぜながら、根幹に流れるテーマは同じ。

真心 と 野心

その狭間で人間は鬩ぎあっているということ。これは現実に起きている。日々のニュースを見れば分かると思いますが、事件の背景には常に人間の欲が絡んでいます。あるいは弱さ。それらの底辺に流れるのは

抑止力のなさ

自制心が効かない欲望

私が言わんとする「自己コントロールできないレベル」はフィクションであろうが、現実であろうが、人間が想像するところ。
また韓流ドラマを観ていて感じるのは欲深い人間は「厚かましい」「恥を知らない」故に目的のためには手段を選ばない。
子供騙しのパネルを使って「国民を守るため」と空論を論じる。「200回以上成功しました」と研究者なのに弁護士伴って記者会見する神経。バレなきゃ厚顔、バレれば小学生並みの言い訳をする。号泣する。「金目」と口にして批難され、ヤバくなって尻に火がついて謝罪行脚する。

まさにこれらの人々は如何に人間が学歴を積んでも尚!稚拙である証拠を私たちに呈しました。
あなたは「自分は違う」と言いたいかも知れない。残念なお知らせですが、あなたも私も彼らに似た部分を内在させています。

高次の存在とはこうした内在心をコントロール、あるいは超越したレベルの魂を指します。チャネルできる、癒せる、これらはあくまでも私らは肉体だけの存在ではないことを学ぶプロセスで体験する現象であり作用な訳です。そうやって魂の存在を心を私たちは慮るようになる訳ですね。

さて

説明がとても長くなりましたが、今日のお題の『罪を憎んで人を恨まず』ですが、『クリスマス・キャロル』のスクルージさん(観たことない場合は検索してみて下さいね)

改心しましたよね?

皆さんは改心する前のスクルージさんに「グーで叩いてやる(笑)」とかいうふうに良い印象は持たなかったが、改心したスクルージには好感持てたのじゃないでしょうか?私が言いたいのはそこなんですね。


自分の間違いに気づき、それを正す心は尊い


それは私たち全てに言えることではないでしょうか。これが意味するところは


私たちは常にチャンスとともにあるということ


やり直すことができるということ


あるいは間違いを正すよう促す これも勇気を要します。私たちは常にこの狭間に立っている。どう行動するか、どう発想するかで未来はずいぶん違ってくる。


毎日の小さな積み重ねが私たちの未来の礎


ですが、この世界には『眠れる魂』、目覚めることのない可能性の方が高い魂が存在します。そういう人間が権力を得っても決して国民のために働くことはありません。韓流ドラマはその辺を巧みに描いているのですが、もし人間の3分の1が

政治とは真心で行うもの 奉仕 と知るレベルに達したとします。

世界は一変するでしょう。まだまだ導きを必要とする魂がこれだけ多く占める世界。進化した世界には政治家はいそうにありません。高給取りも存在しないでしょう。

話が広がり過ぎましたね(笑)



罪を憎んで人を恨まず



もし本心から自分の過ちに気づいた人ならば、社会は温かく迎え入れる体制を整えるに越したことはありません。しかしながら、そうではない人が少なくないとあっては自衛に頑なにならざるを得ず、偏見など様々な軋轢に喘がざるを得ない。



現実はとても複雑です。




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(2016年12月27日記)

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