3.11 その日あなたは何を見たか

Category : 時事ネタ

2014年最初の記事となります。

2011年3月11日あの大震災…未曾有のつなみ被害は今も脳裏に焼き付いています。
焼き付いているのはそれだけではありません。取材レポーターが被災した人々の心遣いに目頭を熱くする映像もそのひとつ。そして、『絆』という文字があちこちで使われるようになりました。ですが、あの地震津波で破壊された原発…、その後の復旧は未だ根本的解決に至らず。
東北は『あまちゃん』ブームとは言え、なにもかもが未解決のままです。なんということでしょうね。オリンピックに費やす予算があるのなら、こっちに回せよ!と思いますが、オリンピックでどれだけの規模のお金が流れるのでしょうね。仮設住宅に今も住む人がいるというのに。オリンピック招致で「福島の人たちも」とアピールした女性がいました。悪気はないのでしょうが、オリンピックという魔法にかかったよう。えぇ広告塔とはよく言ったものです。

オリンピックは日本が元気になる道というムードさえあります。それ…目先の欲でしかありませんが、民衆心理をうま~く持っていってますね。政治はキャンペーンビジネスなのがよ~く見える昨今。
靖国参拝も騒動になると分かっていながらの決行。ですが、これほどの騒ぎになるとは思ってなかったんでしょうか?安倍さんのブレーンはほとほと読みが浅いのか、これも作戦の内なのか…私は気味が悪い。

さて

ネットでは3.11陰謀人工地震説が一部出回りました。その真意はさておき、あの原発の惨事がもたらした私たちへの心的影響は果たしてどうだったでしょう。

巷ではしきりに 絆・支援 の文字が連ねられました。私たちの多くは人ごとじゃないと感じたでしょうし、陰謀による人工地震であろうが、なかろうが、私たちの心情は 助け合い へと向かいました。中には人ごととしか思わない人もいたでしょうけれど、大方は何かしら協力を惜しまない気持ちになったのではないでしょうか。

そういう人の心情も陰謀者の手の内だったとは考えにくく・・・ないですか?

政治とは幾重にも思惑の層が深~く深~く沈み込んでいるもののようです。原発再起動というニュースが出る度に「No!」の声がうねりとなって、もう脱原発!反原発は同意するしないは別に一般国民に定着しました。降って湧いたように小泉前総理大臣までが「脱原発」と言い出した・・・!
政治は利権優先のキャンペーン事業です。裏読みは必至。
一般国民の声より特定企業や経済団体の意向が反映される、それがセオリーということも私たちは思い知るに至りました。
本当にあからさまと思います。
それを国民の多くが思い知っても彼らは痛くも痒くもないのでしょう。美しい言葉を操って何を企んでいるのでしょうね。

日本を取り戻す


ですか?戦争を知る世代は日本が大東和戦争へ向かう際の政治スローガンを記憶しています。今は当時に酷似しているそう。
年を重ねた彼らは今どう安倍政権を見ているのでしょうね。積極的平和主義ですか?なんと便利な言葉を操ることでしょう。

洗脳

宗教だけじゃないんですね。ウチの者は中国・韓国にイラッとしている一人です。安倍さんのやることに強く同意しています。秘密保護法に至っては「自衛隊が海外支援するにはこの法がなくてはならないとNHKの番組でやってたよ。この法案は日本には必要なんだよ」と。恐ろしいですね、NHKブランド!
国営放送というブランドが多くの国民に与えているだろう信頼感に寒気が走る。こうやって洗脳って浸透していくんですね。

私は中国や韓国に渡航しています。ニュースを見ますが、何を言っているか分からないのだけれど、映像でどういうことが起きているかは分かります。中国は日本で報道される以上に外交手腕があるんですよ。日本より早い段階でアフリカに自国の産業輸出契約を結び、着々と外交拡大を図っています。中国のTV放送は日本より規制がかかっているでしょうが、ネット普及率はあの人口過密です!取り締まろうにも隅から隅に行き渡らないでしょうし、日本よりタフで臆面もなく、したたかなお国柄です。しかも国際的に力をつけています。欧米のみならずアフリカとの外交も着々と進めています。国際社会がないがしろにするはずがありません。

さて

日本ですが、どんなに「No!」の声を上げても着々と外国に原発輸出をする・・・なんとも商売熱心な政府です。原発事故が起きた国とは思えない。プルトニュームは日本が引き受けるという契約条件のようですが、処理場問題って深刻なのですよね?先読みなき戦略

良心の呵責なき国交

なんということでしょうね。それでも私たちは何しら生活の知恵を絞って生きていかねばなりません。


生きる


これは自ら選択して生まれた私たちの「すべき」ことです。相互協力しながら活かし合う・・・これがこの世界での私たちのゴールでもあります。文化の違い、人種の違いを乗り越えて 相身互い 交流する 利害が犇めく社会はお試しの場でもある訳ですね。
ゴールとは、達成すべき課題をクリアした境涯。集合意識というレベルで達成されることが一番望ましいのだけれど、あまりにも利害が酷すぎて、もう何処から手をつけて良いのかさえ分からない。地上の人間はまだその段階です。でも、いつの時代も希望はあるのです。

個々の心に 相身互い の灯を点す

聖フランチェスコが何故人々を惹き付けるのか

痛みを分かち合う

この世の富み 執着を 手放す

そこからしか スタートできない そのことを知る人は少ないのだと思います。人類という集合意識はそのスタートにも立っていないのですよ。もう集合意識とかいう知識は手放した方が賢明と私は思っています。

私たちは自己責任でスタートラインに着くしかありません。

このことを知る人も少ないのだと思います。私たちは幸いです。少なくとも痛みを分ち、この世の富への執着を手放し始めています。遅過ぎることはないのです。あなたの心に点った時点から

常にチャンスは開かれています。問題は私たちサイドなので、そこに気づけば、徐々に道は開いてきます。

人社会の政(まつりごと)は利害を超えるところに行き着くことはありません。希望をそこに見いだそうとしても埒があかないのです。

あなたはあなた自身に真心を持って自己責任を貫いて下さい。そして、身近な人を、命を励まし、見守って、暮らして行って下さい。あなたも見守られ、励まされて生きているのでしょう?

相身互い

何の変哲もないこういうことの積み重ねが案外あなたが一番手に入れたい境地への階梯だったりします。

瞑想 ワークショップ チャネルにこだわらないで下さい。日常に石ころのように転がっていますよ。特別なことでしか浄化されないと思っていますか?それは大きな誤解です。

放射能汚染でさえ、微生物が浄化する このことを忘れないで下さい。目線を帰れば色々見えてくるはずです。





3.11





その日私は互いに励まし合う人の中にいました。そして、眩しい太陽に向かうようにして家路につきました。まるで太陽に包まれるようだったと記憶しています。
私は老婦人を気遣う若者やお客さんを安全な場所へ誘導する女性たち、電車がゆっさゆっさと横揺れになる駅近くにいましたが、駅員さんたちの懸命の緊急避難指示のアナウンスや、「危険なので渡らないで下さい!」という注意を無視して線路を渡る人、様々に目撃しました。パニック。そりゃぁ平常心ではいられない訳ですね。
ニュースで福島の惨事を見るにつけ、世田谷界隈のパニックなど話にならないと思いましたし、支援すべきことが山ほどあることを痛感させられましたが、福島の人たちの心には見習うべきものがたくさんあるとも思いました。越冬の厳しさに身を置くからこその忍耐や敬虔さというのでしょうか…、多分ですが、東京ではあぁはいかなかったと思います。

レポーターが福島の人たちの温かさに触れ、目頭を熱くするのも頷けます。先生は決してセッション料を要求しません。イエスや仏陀が乞食に身を置きました。その心理を聖フランチェスコはこう説いています。

「神の前では誰もが貧しい」

この心を知る人は幸いです。







3.11





あの日私が見たのは紛れもなく、労をねぎらい合う人の姿でした。私もその中に紛れ、心の反応に身を委ねた訳ですが、どんな事態になっても希望を失ってはならないことも同時に見たのだと思うんですね。

私たちはひとりではありません。目に見えない存在に固守してもならないのだと思う。偶然の一致に導かれ、私たちは何処かで誰かに、何かに遭遇して

そこに神を見いだす

神って、特別な聖地にのみ存在するのではないですよね?

私が巫女としてではなく、極普通の人間として暮らしてきたことをとても幸運と思えるのは、特別な力を行使することで一段上に人の上に立つことで見る景色が限られますよね?一方通行でしか視界が開かれません。それはある意味、偏った体験しかしない訳で、もったいないんです。

どういうふうにもったいないかと言うと


私たちそれぞれの心が 神の住処 だから。物ごとは究極とても単純なんだと思います。私が生まれようが死のうが世界は動いていきます。一部の人しか私を知らなくてもそんなの大したことではありません。肝心なのは私の中に広がる

開放感

使命があろうがなかろうが、私たちは互いに影響しあって生きているのですよね?

私はニュースで見た もう名前も顔も細部は忘れてしまってるけれど、福島の人たちの気遣いがもたらした私たちへの影響って小さくなかったですよね?先生として講演している人いましたか?炊き出しなどして貢献した芸能人がたくさんいましたが、彼らは感謝される行為を進んでやり遂げた訳ですけど、

「ありがとう」という側の人間も炊き出しした人たち同様に私たちに多くを見せてくれましたよね?




人間だけではありません




互いに生きているのは




先生は





私たちに魂のご飯を与えてくれる存在は





それを与えているとも知らない心を宿す 人 や 言葉を持たない 動物 植物 鉱物 かも知れません。





見返りを求めない






幸いではないでしょうか。





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(2016年12月27日記)

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