免疫をつける

Category : つぶやき

ヤスの備忘録で興味深い記事が3月9日付でアップされています。読んだ方もいるでしょうね。未だの方も一読の価値ありと思います。

ここで紹介されている「スピリチュアルウォーカー」(著作:ハンク・ウェセルマン)は10年以上前に読んだ記憶があります。5000年後の未来にタイムスリップしたビジョンが描かれています。
偶然ですが、当時アカシックリーダー(読み手)、ゲリー・ボーネル氏のワークショップに知人に誘われて行った際にこの著書に関する質問が出ました。ボーネル氏の回答は完全否定…「アカシックレコードを見る限り5000年後の地球には人類は存在しない。アセンションは今回が最終チャンス。なので、ここまで混沌として人口過密」という持論を展開していたと記憶しています。

まあ…誰もが自分の情報が一番正しいと思っているので、私のような外野は成り行きを見守るしかありません。あ!5000年後は私はいないか(笑)。いずれにしても今回ヤスの備忘録で紹介された内容はグッと直感に訴えてくるものがありました。かなり真髄を捉えているのじゃないかと。皆さんもそれぞれに感じるところがあるでしょう。肯定否定は各々に委ねたいと思います。

さて、今日は娘を見ていて感じたことを書いてみようと思います。シツコイようですが、私個人の所感なので参考程度に読み進めて頂ければと思います。



娘は自他ともに認める「気にするタイプ」。

人の言動に過剰反応するところがあります。小さい頃はアルプスの少女ハイジよろしく、めっちゃ明るいマイペース人間(笑)バカにする親子もいましたが、友だちも多かった。天真爛漫とは我が娘のことと思っていました。ところが、成長するに従って自分が嫌な目にあう…迷惑行為を受けているという自覚が芽生えた。親としては「今頃!」ですが(苦笑)、本人は「私もあぁだったんだ」と思い当たるフシがあるらしく落ち込み、しばらくすると自分がどうしたらイイのか学んだふうな行動が見受けられる…我が子自慢に聞こえるかも知れませんが、確かに『学べる』子ではあるようなのです。至らないところも枚挙に暇はありませんが。誰もが自分の反面教師なんですね。

いちいち過剰反応しては右往左往する様子を長いこと見ていて、私自身も厳しく躾けし過ぎたかなと反省することも多々ありました。私は、

・自分がやられてイヤなことはしない!

・自分がしてもらって嬉しいことを相手にもしよう

・でも、自分がしてもらって嬉しいことを相手も嬉しいとは限らない

・もし嫌がられたら素直に「ごめんなさい」を言おう!

この4か条をことあるごとに言い聞かせてきました。理解してないな、こいつ!と思える時も一貫して。難しいですよね、大人でも。
でも、これは交際マナーの基本というのが私の持論。培ってきた交際術な訳です。一見矛盾するようで、これはなかなか有効♪ お勧めです(笑)え?そんなことtakakoさんに言われなくても?失礼しました。



娘はガラスのハートと図太さを同居させています。人には何らかの相矛盾する要素が内在している…これも私流の人生哲学ですが、娘も例外ではありません。私はその様子を見ていて気づいたことがあるんですね。

どうやらグサッと傷ついてしまうところが彼女の最終着地点ではないようなのですよ。

経験を積むことで、ある時点で自分はこういうことで傷ついてしまう心の持ち主であることを彼女は受け入れたようなんです。それは他の人に対しても同じ。つまり彼女は「ありのままのその人を受け入れる」素養を経験的に身につけたことに私は気づいたんですね。これは大きかったですねぇ。

傷つきやすい自分を「なんとかしたい!」とは思っているようなのですが、もっと図太くなりたいとか何とか。でも、妙なところが図太く無頓着なんですよ(笑)。おもしろいですね、人間って…私も含めてですよ♪

最近食後の会話で父に娘が「私ってチキンじゃん。だからすぐ気にするんだけど、言われたことは心に留めとくよ」と言っていたんですね(そうそう「どういう時に自分を小さ~いと思うか」というのもありました、笑)。

娘は彼女に意見する人に悪気があっても、「悪気」にフォーカスしません。

言われたことで何か自分が顧みる点はないかどうかが彼女の主眼なんです。これ私も学ぶべき点と思いましたねぇ。


なので、相手の言い分は言い分として「意見ありがとう。でもね、私は私だから」とか何とか携帯で話しているのを耳にすることもあります。ちゃんと取捨選択してる、受け入れるだけじゃないんだとちょっと驚くことがあります。

彼女にも友だちに「嫌われたくない」という思いがあります。その辺のことを私は「イヤならイヤときちんと伝えなさい。愚痴ばっかし…あんた!数年来同じことぼやいてるよ!お互い未熟者同士じゃんか。ウソッコじゃない人間関係はそうやって築いていくんだよ!ちゃんと相手と向き合わずにお母さんに愚痴ばかりこぼすな!」とか何とか。私のような親を持つ子供も大変ですね(笑、笑いごとじゃない)。

まあ鉄は熱いうちにとも言いますが、私があ~じゃこ~じゃ言わなくても娘は彼女の友人関係の中で揉まれ、

免疫をつけていったように思います。

スピリチャル的には傷つきやすさは癒しの対象かも知れません。それもひとつの方法なのでしょう。でも、傷つきやすい自分の性質を受け入れると、どんな時にそんな言葉や行動で自分がそうなるかが見えてくるようです。そうすると自然と対処法も身に付く。
同時に周囲の理解も必要かと思います。親はなので、そういう意味でも大切なパートナーなのだと思うんですね。長所も短所も知り、意見を言ってくれる身近な存在として。

後、私は娘に自惚れが垣間見えると足元をすくいます。ちっぽけな自尊心はエゴ。邪魔なだけです。自尊心もヤジロベエみたいなもので、そのバランスは難しいですねぇ。人にハッキリもの言われると良い気持ちはしません。否定されたようでプライドが傷つくものです。なのでハッキリもの言う相手を人は苦手とします。それは自身のエゴを量る良い材料と心得た方が良いと思います。私自身そのエゴがあることを認め、抗わず受け入れ、そうして免疫をつけてきたように思います。

尊厳を守ることとエゴは似て異なる領域。尊厳は存在意義。ちっぽけな自尊心は心の作用。まったく異なります。




いずれにしても、
娘は相変わらずなところはあるものの、転んでもただでは起きない…さすが!アルプスの少女ハイジ系ですね(笑)。そういう気質に育ってくれたことに感謝せねばなりません。私にもシッカリ意見する子です、私はこう思うよと。

人社会は上辺を整えねばやってられない社会。人間だけじゃないですか?考える葦とか何とか…でも、考えてきたのが人間の歴史だとすると何というか…複雑ではあります。思考は欲得と背中合わせですからね。




いずれにしても、
自分の気質を受け入れ、抗わず、そういう心がけが心の免疫をつけるのに功を奏するようです。

それは引いては「己を知る」ことに繋がります。

精神世界に堪能であっても自身に暗い人は山ほども谷ほどもいます。備わった気質は全て、私たちが魂の世界からやって来るに際して納得したもの。つまり予め用意された材料と言えるでしょう。それは魂の成長に必要とされたのでしょうし、あるいはバランスを取るためのものだったりするのでしょう。

自分を知り、その気質に振り回されないでいるこって…難しいですねぇ。なので、娘の最近の様子を見ていて、私も学ぶことが多いなと感じた次第。

教師は遠くにはいません。

教師は万能でも全能でもありません。

人とも限りません。

私たち自身のそういう開かれた目が『教師』を見い出すのだと思います。



目からウロコ…日々そうなんでしょうね。まだぁ?というくらい落ちます(笑)。





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(2016年12月27日記)

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