気質の違い

Category : つぶやき

昨日の記事を読み返していて、ふと『気質』の違いを思い起こしました。めずらしく連日の更新となります。本当は書こうと思っていることは幾つかあるのですが、なかなか書くまでには至っていません。少しづつ整理しながら公開したいと思っています。


ところで突然ですが、

気質って変え難いものだと思いませんか?

私はこの辺の溝って埋められないように思うんですね。
商人気質の人と研究員肌の人はまったく相容れないように思います。商売第一で生業を立てている人を「何でもお金お金と言う」とか学者肌の人は思うでしょうし、例えば地震研究所ですか?調査はするが万が一の時には無力な組織を「研究ばかりして予測も立てられない。自分たちは汗水垂らして働いているのに悠長なご身分だこと」と商売人気質の人は不信感を持つかも知れません。
私自身、調査して予測を立てるのは重要な任務とは思いますが、何だか虚しいようにも感じます。それより被災後の対策や地震に備える指導、援助の方が重要だし、その辺に人材登用した方が有益ではと思います。

このように相容れないってこと世の中にはたくさんあるように思います。

魂の性格が全てに反映しているので、どちらが正とか上とか言えません。これは『持ち味』の問題。生き甲斐の感じ方も違うのは自然のことと思います。

ところが人は違いを盾に何かと相手を良く思わなかったりするもののようです。つまり自分の価値観には当てはまらないので、理解が出来ないのです。そして、それは違和感という認識を人に植え付けます。

人の数だけ違いがある。顔・肌の色・言語・習慣・宗教…上げたらキリなく違いは存在しています。それが火種になり争いが絶えないのが人社会。

宗教は心の支えにはなるものの、自分が唯一とか一番とかいう花火を上げている間は世界平和の一翼を担うものではないように私は思っています。宗教が憎しみの火種になっている現状がそれをよく物語っています。

信仰はあくまでも個人個人。団体になるとおかしなことになるというのが私の偽らざる感想です。教義云々は別問題。信者にノルマを課す時点で無理が生じることはよくあることです。私の親戚にある宗教団体の熱心な信者がいるんですけど、昔は選挙の度に「**党の**さんに一票入れてね」と電話がかかってきていました。政教分離を完全に無視(笑)彼らはなりふり構わずの運動員と化す訳なんですけど、止めるのは不可能ですねえ…。彼らには彼らの信念があるのですから。

私は最終的には「あなたたちには信仰の自由があるんだし、私には拒否の自由がある。言いたいことはお互いさま。親戚であることに変わりはないけど、この話は絶対二度としないでくれる!っていうか、どんなに話を振ってきても無駄だよ」ということで二度と「清き一票を」とも「入信すれば幸せになる」とも言ってこなくなりました。

頑(かたくな)な性格も時に功を奏するようですね(笑)。

と言うことで話を元に戻すと、

何かというとお金お金という人でも決して人の役に立っていない訳ではない。それどころかその人の商売で潤う人だっている訳です。研究ばかりして役立たずと思える人が何かの特効薬を開発して多くの命を救うことだってあります。

気質の違いが人の数だけあることで社会は成り立っているとも言える訳です。上手く出来てるんですよ、職業って。

商売で成功したいという目的で転生して来ている魂はいます。そういう魂ってアイデアマンで発想の閃きに優れていることが良くあります。
流通も人社会では大切な要素。お金儲けに生き甲斐を見出す人を一概に罰点とは言えない気がします。
人を失脚させ暴利を貪り、魂に汚点を残したとして、魂はそこから学び、その経験を通して次への糧にすることが可能だからです。
ただ…権力や富の美酒にいったん浸るとなかなか抜け出せないもののようですが。美酒に浸るということは「目が覚めてない」という、懲りないヤツも佛の顔は三度までという事態になることもあるでしょうね。



気質の違いだけ職業があり、社会の役割分担があるのだと考えると、そうか!私の苦手分野を得意とする人がいるお陰で、私はその恩恵に浴しているのかと。そう思えませんか?

お金儲けの亡者のような人がいたとして、権力に目が眩んでいる人がいるとして、それはその人の魂の履歴に記録され、その人自身が背負うこと。因果応報とは魂は体験から学び次に活かすという大前提があるため、そこに則って生まれるのだと思うんですね。

話が逸れましたが、
気質の違いがある意味社会を構成しいているとも言えるように私は思います。なので、自分の気質をよく知ることも大切だと思いますし、相容れないのは気質の違い。違いを認め合い、溝を埋める必要がある場合もあるでしょう。

また溝を埋めるのではなく、心地良い距離感を心に養う必要もあるでしょう。

私はあたなのようには出来ないし、なれないけれど、あなたにはあなたの生き方があるのねという具合に。


人の数だけ違いがある。顔・肌の色・言語・習慣・宗教…上げたらキリなく違いは存在しています。それが火種になり争いが絶えないのが人社会。

それが火種ではなくなる日がやがては来るのでしょうか。

それとも、
私たちはそういう世界に移行しようとしているのでしょうか。





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(2016年12月27日記)

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