人間だけで良いの?

Category : 魂のご飯

口蹄疫騒動で宮崎に激震が走ってます。酪農業を営む方への政府レベルの救済は急務。私も小額ですが、寄付をしました。本当にこれはどういうことでしょうね。何故、宮崎なのか…私は不思議に感じます。何かしら水面下にある気がしてなりませんが、それを論じたところで失われた家畜が戻ってくる訳でも酪農家が救済される訳でもありません。

今日のヤフーニュースで「宮崎県の武井俊輔県議は、家畜の感染予防の消毒剤が原因とみられる、ぜんそくの症状を訴える子どもたちがいることを明らかにした。口蹄疫予防に絡んで、子どもへの健康被害が出ている現状に触れ、注意や対策の必要性を訴えた。(毎日新聞)」とありました。

私はどうして人間にだけなの?と心から憤りを感じました。どうして家畜に治療を施すより以前に屠殺なのか?

ふと『猿の惑星』という映画が脳裏を過りました。

言葉

そう…権利を言葉で発する!その行為がその生き物に自己主張する権利を与える。

皆さんはこの辺を余り気にしていないかも知れません。ですが、人間とて発言の機会を与えられない人々がいた…奴隷・農奴という虐げられた人々がいた訳です。黙らせる…圧政を敷いて一握りの権力者が富みを握る…権力は何と人に傲慢さをもたらしたことでしょう。人は凝りません。脈々と今に続く欲の系図に私は虫酸が走ります。



アトランティスの時代。



私には肉体を伴わない状態でインスピレーションを人々に送り続けた記憶があります。志ある人は尽く退けられていきました。小競り合いが続き、弾圧が横行し、人心が荒廃してゆくのを私はどうすることも出来なかったんです。

今は2010年

でも、人の心はまったくと言って良いほど変わっていません。世の中の有りようを見れば、皆さんも想像がつくと思います。かえって文明的には後退しているんですよ。超古代といわれる時代はもっともっとテクニカル的にも今よりずっとずっと優れていたし、超越能力も決してマジックでもヨタ話でもなかった。エジプトの壁画にも不思議なレリーフが残されていると聞き及びます。書物で紹介もされていますが、それらは過去の遺産です。そうこうするうちに人間はその系譜と引き換えに、便利さを追求し、手に入れていきました。

退化してると言っても良いくらいです。その辺のことは機を改めましょう。




私は今日、仔猫の亡骸をあるブログで見ました。愛くるしい小さな命が管理者の膝の上でバスタオルにくるまれていました。まるで眠るようなんです。まるで愛おしがられて安心しきって眠っているようなんです。
管理者の男性は憤っていました「このコたちが安心して暮らせる世の中は来ないのか」と。私も憤り涙が溢れました。ほんとうに安心し切って膝の上で眠っているようなんです。

口蹄疫が原因で人間の子供が喘息被害にあっている…ですか?

どうして人は自分たちの尊厳ばかりを優先するのでしょう。

多くの人がその(畜産)恩恵を享受しているのでしょ? 命を繋ぎ、食の楽しみさえ与えられているのでしょ? ワクチンの開発を何故これまでされないできたのか? 人の口に入るものだから屠殺ですか? 何という傲慢な考えだろうと私は思います。人の口に入るからこそ、畜産の健康管理やワクチン開発は重要と思いますけど。相手が人間だったらマスコミの餌食ですよ。

救急車でたらい回しにされた

医療ミス

老人福祉施設での暴力

人は人については色々騒ぎます。基本的人権で私たちは少なくとも守られてもいます。まぁ人権のない国もありますけどね。

どうして人は自分たちが恩恵を得ている家畜が伝染病になったと騒いで屠殺してしまうのでしょう。経費が嵩むからという理由はほんとうはおかしな論理なんですよ。お世話になっている、自分たちの血肉となっている、だからこそ家畜が伝染病になった際の治療をもっと早くに開発して、

だってここまで医学が進歩したのに、何故人間を最優先するのか皆さんは疑問には思わないですか?それは仕方がないと思っていますか?

でも仕方がないって、すごくおかしな論理なんですよ。

人間は確かに食物連鎖の頂点に立っています。地球上で人間は左脳を働かせ法律を決定してきました。自分たちに善かれとの信念で法律が築き上げてきました。今は動物愛護の考えも定着し「ペットは家族」としてつき合うという心も養われてきました。

でもね、まだまだ足りないと私は思う。

私たちは地上に君臨している。

君臨するからこそ、だからこそ!他の生きものを守る、共生する努力をする、『義務』が私たち人間にはあるのですよ。『責任』があるのですよ。まったく…分かってないんですね。癒しビジネスで成功しよう!ですか?愚かですね。癒しまで商売にする…何という厚顔無恥でしょう。

えぇ私すごく憤っています。そして悲しい。自分の不甲斐なさも。アトランティスで無力だった自分が甦ります。


またひとつ 今日もまたひとつ小さな命が失われました。そのブロガーは仔猫が母猫に甘える仕草もカメラで捉えていました。無事に成長することを願っていたようです。野良猫は安易に仔猫を人には触らせません。人は遠目で見守るしかない場合もあります。きっと色んな気持ちが入り乱れたのではないかと思います。




ところで、
皆さんは「セルフィッシュ・ミザリー」という言葉をご存知ですか? 直訳すると「自己中心的な惨めさ」となりますが、これは私の大好きな『ブラザーサン・シスタームーン』という聖フランチェスコの半生を描いた映画の挿入歌の中にある言葉です。

人はお金がない 

彼女がいない 

彼氏が欲しい 

美人になりたい 

出世したい 

あれが欲しい、これが欲しいと常に想念を発っしています。




生きているだけで丸儲けですか? 何処か…何かで聞いた言葉ですが、まさに「生かされている」「活かされている」ことを感謝しているつもりの私ですが、まだまだ足りないですねぇ。

あなたはどうですか?

人は大なり小なりコンプレックスを持っています。ない人も稀にいるでしょう。コンプレックスの大半は容姿についてですよね? 私にもありました。
小さい頃かなり広範囲に火傷をおい(命があっただけ有り難い状態)ケロイドで小中高と色々ありました。気持ち悪いから「俺に触るな」「そばに来るな」とか、わざわざケロイドを回り込んで見る女子とか。顔じゃなくて良かったと何度も自分に言い聞かせて、でも涙が止まらなかった。思春期の頃は「きっとこのケロイドを見たら、男子は私を嫌いになるだろうな」と思って…おバカさんですね(笑)ずっと真夏も長袖で過ごしていました。「風邪引きやすい体質」とか何とか言い訳して。


でも、今では何もかもが懐かしい思い出です。そう、

魂の世界に還れば「どうして、あの時」と思えることばかりと思います。どんなに深刻な悩みでも、です。

出産時、臨死体験した友人が

「すっごく難問を抱えてたんだけど、ふと気がつくと
 下に地球があって宇宙に浮かんでて。
 銀色の糸が自分と地球をヘソの緒のように繋がっていて
 あぁ、これが切れたら死ぬんだなと思った。
 もの凄く気持ちが良くてね、難問なんかどうでも良くなった(笑)
 あれももういいや、これももういいやと
 走馬灯のように思ってたんだけど、
 パッとダンナの顔が見えて「あ!私はまだ死ねない!」と
 思ったとたん、分娩室に戻ってた」

と言っていました。なので彼女は「死ぬのは全然怖くない。生きている時間が大切!そりゃ色々悩むよ。悩むけど、自分なりに精一杯生き抜こうと、自分に出来ることはやろうと思った」という主旨のことを呟いていました。

まさにそのとおりと私は思います。

私たち人間は、特に日本のようなぬるま湯にいる者たちは、五体満足ならば「恵まれている」と思わねばなりません。心を強く持って、コンプレックスを抱えても、今を生きねばなりません。

生きているとは、チャンスをもらっているということなんです。

例え不本意な現状でも「生きてるだけで丸儲け」なんです、本当に!私は『ブラザーサン・シスタームーン』を観て以来、ケロイドのことは気にならなくなりました。もちろん好きになった人にケロイドのことを告白する時は不安はありましたが、それもすべては取り越し苦労に終わりました。



私たちは恵まれていると思わねばなりません。例え不本意な状況としても。



今あなたが抱えている悩みは、あなたが生まれる前に予め意図していることだらけなんですよ。「真剣に悩んでいる」あなたはそう言いたいでしょう。でも、その心の闇を照らすことは誰にもできません。

いくら守護天使が気づきのサインを送っても届きません。捕われれているからです。

何故なら本人が手放さない…手放せないからです。解決の糸口を探すのは当然です。でも「どう現実を受け止める」か本人次第という事柄が実に多い。心の切り替えができない。現実を受け入れられない。それはすべて「セルフィッシュ・ミザリー」に相当します。厳しい言い方ですか?でも、事実だから仕方がありません。



私は思う。



日本人がアセンションの道標的存在になるとか。光の戦士よ、目覚めよとか。癒しビジネスで成功しませんか?とか。世界のリーダーを育てるとか。そういうテンションはもういらない!
何をして世界のリーダーなのか!選ばれし民族なのか!そういう心根が、アトランティスの人々を魅了していたのですよ!私はその目撃者です。文明的に劣化しつつ、今も人心というものは飽くなきものという部分は変わりがない。

そして、アトランティスの時代より今の人類意識は退化しているかに見えます。それはアトランティスの時代より多種多様な次元の存在が、魑魅魍魎の類いも一緒に、此処に集っているからです。性善説とか性悪説とか通用しませんって。

核を持ち、様々な殺戮兵器を産み、まるで綱渡りのようにして国際社会は成り立っています。貨幣経済も今は断末魔の様相を呈していますが、それで困るのはいったい誰なんでしょうね? 巻き沿いをくう生き物たちのことをどれだけの人が憂いているのでしょう。




私は思う。



息を引き取った小さな命が、口蹄疫で屠殺に追いやられた家畜が、手当もされなかったことを、それらすべては地上に君臨する私たちの責任です。




私たちは恵まれていることに気づかねばなりません。




こうして生かされていることを、死んで後悔することのないように「ありがとう」の気持ちを抱いて生きねばなりません。

そして、失われゆく、言葉を、人間に通じる言葉を持たぬ命に向かって、共存できる世界を築く礎になることを伝えねばなりません。
アイスランドの噴火…あれはサインだったように思います。決定的な前触れ。メキシコ湾油流出は第二のサイン。確かに大きな流れが来ているのだと思います。

私はまたもや自分の非力さを体験しています。それでも、より良い地球がもう既に存在していることを感じる…それが何よりの救いとなっています。



失われた命の膨大さ。



私はもう此処に来ることはないよと伝えています。人間が作ったシステムは彼らには過酷です。もっと優しい懐を持った次元にもうひとつの地球があるから、そっちは人の刃はないから安心とも思う。ファンタメンタリストですか?
もちろん様々な専門的な試みは世界各地で行われています。でも、今回のメキシコの惨事の被害は一時のものではないように思います。海流からみてもかなりの規模の被害が長期に渡り出るでしょう。食料備蓄は大切ですが、それより何より生態系が損なわれることの方が深刻と思います。それは世代を超えて人類が直面する事柄だからです。

夢物語と思われると思いますが、次元移行は早急な問題かも知れません。ワールドカップで盛り上がっている時ではないんですけど、つい応援絶叫しましたが(苦笑)

アトランティスの崩壊の時、たくさんの魂が上昇していく様子や、多くの天使や、宇宙存在が救済しているのを見た記憶があります。きっと今回もそうなのでしょう。



「許してなんて言えないよね。ヒドすぎるよね」という言葉…風邪の谷のナウシカにありましたよね。映画では平和が訪れましたが、原作で宮崎駿は世界の崩壊を描いたそうですね。彼はNHKのインタビューにも「この世界はとっくに崩壊していますよ」と語っていましたっけ。


私は私自身の…深い部分が「もういいよ」という日までは此処で、木村秋則さんじゃありませんが、自分にできることをという思いを新たにしています。






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(2016年12月27日記)

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