人生設計(1)

Category : 魂のご飯

皆さんは霊的な話に興味あると思います。私もそのひとりですが、色んな人が色んなことを言うなあと良くも悪くも思うこと多いです。なので今日は転生の際、魂はどう人生設計するかを私の体験や霊視で言えることを書こうと思います。

ただし、すべてを網羅しきれるはずは私にも他の誰にもない訳で、ご自分の感覚に照らし合わせて参考にして頂ければ幸いです。

まず「灯台もと暗し」陥りやすい例としてアセンション啓蒙者ゲリー・ボーネル氏を取り上げます。他者批判の誹りは免れませんが、如何に人は自分に暗いかをよく物語っていると思うので敢えて。








直接本人が喋ったこと著書に書いてあることを基に話を展開していきますが、その中でボーネル氏は少年期DV被害体験談があります。それを軸に話を進めようと思います。
氏曰く、それを契機に体外離脱するようになった。これをボーネル氏は自身の霊的開眼に繋がったとしています。しかしながら私はその話を聞いた際「現実逃避の傾向があるな、多分」と察しました。

人生の意味

体外離脱という体験が彼に霊的探求へ向かわせ、その過程でボーネル氏はアカシックレコードにたどり着いた。動機は自分のこと。これは多くが辿るプロセスですが、人はそこに留まりません。ボーネル氏は他者鑑定に乗り出した訳ですね。でもそれをいけないとは言い切れません。アカシックにたどり着いた人間は人にもそれを知らせたくなるし、How toを教えたくもなる、予言をし始める、それは自然の理だと思います。

ところが彼のアカシック予言は占いの当たるも八卦当たらぬも八卦。しかもボーネル氏は必ず

「100%起きる」

と言います。アカシックレコードにそう書いてあるが根拠。ところが予言当日もその前後もな~んにも起きないという例が後を絶たなくなる。私個人の所感ですが、アカシックレコードを100%正確に読める人などこの世にいない。然るに彼は「100%」と口にすることを止めない。

止められないのだと思います。そこに私は人間の弱さというか…自分の肝心の修正すべき点をないがしろにするというか…人間の業を私は視る心地がするんです。
興味深いのは講演会を開いたり、高額の個人セッション料を取る方向に行けば行くほど欺瞞感が増す。これが何を物語るか、もう説明する必要はないかも知れません。

何故か分かりますか?

未来は常に流動的で、人間サイドはニュートラルな霊視は難しい。そして、そのツールを使って人心を先導する(影響を及ぼす)ということはその分の代価を背負うことになる・・・という、ものの道理に繋がるからです。期待・不安・依存・選ばれし者という植え付けを彼はし続けています。

止められない。

何故なのでしょう?

私はボーネル氏の少年期の体験(DV被害)が彼の意識に深く影響を及ぼしており、彼自身が自己分析できる範疇を超えていると感じています。

期待・不安は人間誰しもが持つ共通意識。共鳴する…それはボーネル氏の中にも深く根付くものだから、尚のことではないでしょうか。彼はアカシックレコードを読むことで解消するに至ったと自負しているでしょうし、多くを指導してきたのでしょう。しかしながら、歪みが生じて久しいのに関わらず自らを改善しようとしない。アセンションの時期を訂正し、更に訂正し直すことは臆面もなくできる人です、ボーネル氏は。

人にはね、乗り越えねばならないラスボス<最強にして最大の敵>があるんです。誰しもにです。一番正すべきことを人は何故か真剣に取り組もうとしない傾向があります。ラスボスは深く根深い。何故なら自尊心に大きく関わっているからです。それも本人の自覚が及ばない心深くで。

つまり<自己理解を阻む>最大の敵は私たち自身ということ

例外はいません。私は人間に自覚できるような自分の心癖や善行などタカが知れていると言って憚りませんが、自覚していたとしても様々な理由をつけて自己保身に走ったり逃げたりする…何故なら人間も動物なので立ってられるように自分を仕向ける…誰もがそういうオートマチックな機能を心に備えているんです。それは決して責めるばかりでは済まされない人間の性と言えるでしょう。

ボーネル氏は「葛藤を手放す」ことがアセンションの鍵と説きます。しかしながら彼はDV体験をするに至る、もっと根の深い呪縛から解き放たれてはいないと私は視ています。
彼には使命感があるのかも知れない。自分はアカシックリーダーとして、世界をリードする人間を育てねばならないという使命感があるのかも知れない。

ですが、スクールはお客さん獲得の巣窟になっています。HPを見れば、それが分かります。えぇ列記としたビジネスですから、儲けを捻出しなければならない。

何故、当たるも八卦当たらぬも八卦なアカシックリーディングでビジネス展開しようとするのか?私には理解できないのですが、ボーネル氏はビジネスコンサルタントの経歴がある点を考慮すれば「なるほど」と合点も行く。
アカシックレコードでビジネス展開するのに葛藤がないのも頷けます。

彼にとって「100%起きる」という言い回しは広告でしかない。客を呼ぶ手法でしかない。言い過ぎでしょうか?

私は実際に「キリストは自ら磔から降りて来た。流れたのは血ではなく、透明な液体だった」と言うのを聞いています。
まぁ事実は闇の中ではあります。何故なら「磔など史実にはなかった」というマシュー君の霊界通信で創造主が登場し、言及してたりします。え?ではないでしょうか?どれが事実かとかいう以前の問題かと思います。然るに何故ボーネル氏は「100%の事実」として公表し続けるのでしょう?せざるを得ない何かが心深くにあるのを察知してしまいますが。

子供の時に受けたDVの「これは自分ではない」という…悲しい自己暗示がなかったとは言い切れない。体外離脱したということからも現実を受け入れられなかった心が伝わってきます。私は責めているのでも批難しているのでもありませんよ。
いざ仕方ない防御心と思う。ボーネル氏はその体験が下地になって今日の地位を確立しているし、体験から多くを学んだのも確か。なぜ自分がそのような体験をするような人生設計をしたかも熟知しているでしょう。

ですが、DV被害は根深く、中にはその記憶がまったく飛んでる人も実際にいます。何故か?それは

尊厳

が大きく関わっているからです。これはかなり手強いし、でもだからこそ!私らは正気でいられるのでしょうね。中には壊れてしまった人もいますが。

心って不思議とつくづく思います。ボーネル氏は「100%起きる」と静かに言い放ち、起きなかった例が複数あるのにかかわらず、未だに「100%起きる」と言うのを止めない。誰も止められない。信奉者は流石に信者なのだと思います。信じてついていきたいのでしょう。かれこれ私が知る限りでも既に15,16年は経ています。もちろん当たった例があるためでしょうけれど。

ボーネル氏の場合は何故そのような人生設計をしてきたか

それって問うに相応しい課題かと思います。理由があるからイベントが組み込まれる訳ですし、乗り越えるべき課題とは乗り越えられる可能性とそうではない可能性の2通りある・・・つまり本当に人生とはトライアルなんですね、誰ひとり例外なく。

ボーネル氏は「葛藤を乗り越えた」という自覚があるのでしょう。しかしながら人間が自覚できる程度の自覚(ややこしい、笑)などタカが知れています。何故かはもう話しましたよね?

尊厳に関わるからです。

尊厳の定義のアプローチは色々でしょうが、<生きる意義>の、それは自分がこの世に存在して良いの?という問いに対する肯定的な答えなのだと思うんですね。DVは否定の極地です。大切に扱われることのない苦痛に身を置く時間が人生に組み込まれるにはそれ相当の理由があるでしょう。ボーネル氏は母親をDVから守るために自分が苦痛を味わったそうです。

過酷な人生設計は「もっと鍛錬したいから」かも知れないし、バランスを取るために敢えての試練なのかも知れません。個々に理由はある訳ですね。カルマとは刈り取らねばならない自己責任の所在だし、宿題とも捉えることできますものね。

私が視る限りですが、ボーネル氏がもし課題を真に克服しているなら「100&起きる」発言も予言も鳴りを潜めるだろうと思います。金儲けもね(笑、笑えませんが)。それは子育てを経験しているから言えることでもあるのですが、人間って案外弱くもなければ、強くもない。矛盾に満ちた生きもの。
認めたくない事実をどうにかして立ってわれるように創意工夫するもののようです。霊視の技法に長ければ長けるほどその処方が巧妙になる。そして、ラスボスだけが残る。

彼は死後に自分が思っていたより課題を克服できておらず、しかも計算高かくあるべきじゃなかったことに気づくと思います。決してバカではありません。ありませんが、彼は今後このようなトライはできないと思います。何故なら今回はラストチャンス。それを良く知るのも彼自身でしょう。

アカシックレコードは実に危うい。危うくするのは人間サイドに問題があるため。だってアカシック自体は情報の貯蔵庫でしかありません。それこそニュートラル。しかし、そこに触れる人間には様々な欲や価値観が蓄積されている。皮肉と思います。








人は反面教師。私はゲリー・ボーネルという人物を通して如何に人が自覚できる範囲が狭いか、浅いかを知ったと思います。他の多くのチャネラーや霊能者も五十歩百歩。彼らにしても私らにしても何かしら見落としているものです。でも、私たちが彼らよりマシなのは霊能で身を立てていないこと。ボーネル氏はちゃっかりしてますよ。ヴォイスから独立した際も人がどれくらい金離れがよいかの計算をしていました。

世界のリーダーを育てるという看板も然り。

ボーネルスクールから出ていますか?リーダー・・・。実際問題、自己満足の域を出てないと思いますよ。これだけ多種多様で混乱している人社会をアカシックレコードを読むくらいでは人心はついてこない。アカシックレコードを利用してスクール経営…なんとも残念と言わざるを得ません。

葛藤がない

それちょっと問題あるかもと思う私です。











魂が人生設計する際、いくつもの岐路をシュミレーションします。道はひとつではない訳ですね。いくつかの選択肢があることを予め知っており、どのコースにはどういう結果が待ち受けているかの予備知識を植えられます。で、実際にその場に立ちますよね?その際には予備知識は表面には上がってきません。従って迷ったりします。で、ひとつの選択肢でコース取りをする訳ですね。

えぇ可能性は複数あるのだけれど、身一つなので選択はひとつということになります。パラレルとはこういう…「もしあの時」というふうに違う選択をすれば別の現実がある…という可能性の上に立つものでもある訳ですよね?

何処にフォーカスしているかが鍵。私たちは何というか、要領が悪いというのか、向こう見ずというのか、こういう混乱した世界に何かを見いだそうとして来たんだと私は思います。テーマはそれぞれ課題もそれぞれ。
私たちには「もしあの時」という後悔の念がある。でも、それはひょっとしたら幸運なことかも知れません。おかしなこと言うと、あなたは思うかも知れない。でも、後悔から学んだことってありませんか?
皮肉なことですが、痛い思いも私たちを次のステップへと運んでいるんですよ。喜びも決してなかった訳ではないでしょ?

色んな人を視てきました。自分のことも「つくづくだよ」と感じる私です。で、アカシックレコードにしろ、チャネルにしろ、目に見えない何かを使ってそれをビジネスにしている人、成功している人、様々にいますよね?
アカシックレコードを飯の種にするって、しかも予言で人心に影響を及ぼすって、それも依存のような気がする私です。穿った見方かも知れません。それでもね、「葛藤を手放す」提唱者に葛藤のない怖さを視てしまっては何ともいざ仕方ありません。

葛藤があるかないか、その実体は如何に?なのだと思う。人の深層心理は本人が自覚するより深いのだなあと私はボーネル氏をネットで見かける度に思います。

反面教師

ボーネル氏だけではありませんが、私はつくづく「灯台もと暗し」とは蓋し名言と唸ることしきりです。





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(2016年12月27日記)

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