温室では成長しない魂たち

Category : 魂のご飯


温室では成長しない魂たち

それは他でもない私たちのことです。

今日はこれに関して書いてみようと思います。








皆さんは精神世界の書物やセッションで喜怒哀楽に対する対処法を学んだとか、影響を受けた経験を持っていると思います。

誰かに対する悪感情…怒りや拒否反応、ジャッジメントをどうしようもなかったという経験もあるのではないかと思います。怒りは100の功徳を焼く<台無しにするーそれは相手も自分も傷つける行いだからですが>と、かつての私も自分の心の問題とその方向ひと筋に打ち込んだことがあります。

あるいは傷つく度に癒しや労(いたわ)りを必要としたことがあると思います。

起きることすべては私たちの心の鑑。確かにそうです。人のせい何かのせいにしてばかりいては成長しないのは確か。

生まれてから死ぬまで私たちは人間関係の影響の元で過ごします。親・兄弟・友・仕事関係など魂は自分の課題に適した人間関係をわざわざチョイスして此処にやって来ます。つまり<喜怒哀楽>のオプションは想定内な訳です。揉めるのも悩むのも。

残念なお知らせですが、温室育ちでは私たちの段階<娑婆世界に転生する必要のある>魂は100%成長しません。従って雑多な人種、雑多な価値感、雑多な風習、貧富の差、あらゆる問題は私たちの必要に応じて

来る

絶妙なタイミングでやって来る訳ですね。人生にはきっかけ→過程→結果、きっかけ→過程→結果という連続性があります。1回の人生が単発ドラマとすると<死>によって一区間の連続性に区切りをつけ、肉体を離れて振り返る機会を魂は持つ訳です。魂は単発ドラマの連続性の中で成長もし、行ないによっては後退もし、永遠の旅を続ける。

人は行ないによって色んな感情を体験します。確かに癒すべき感情ってある訳ですね。でも考えてみて下さい。

転ぶ度に起こしてもらうことを学んだ幼児は自分で起きようとはしません。泣けば誰かが助けてくれることを<学習している>ためです。幼児は誰も起こしてくれない(甘えられない)と仕方なく自分で起きます(笑い)。

あるいは厳しい戒律を一生涯守ることしか<与えられない>人生。

2つは極端な例ですが、人は<学習>したことしか身につきません。

与えられる

これは精神世界の癒しにも通じるように思いますが、いかがですか?つまりいずれにしても私たちは<与えられる>情況に慣れ親しんでいます。思春期の反抗は人間が自分で決めて生きたい!と欲する過渡期プロセスですよね。マグマのようにつき動かされるので本人もコントロールする術を知りません。従って

揉めます。

家族は、親は、た~いへんな訳ですが、揉めるとは親も子供も双方にとって接し方を変える時期が「来た~!」時な訳ですね。それは魂に第一段階の<自立>のスイッチ。生殖機能の準備(子孫を残す)が出来たというサインでもあります。まぁ派手な反抗期もなく大人になる場合もあるでしょう。すべてはケースバイケース

そうケースバイケース。人間ひとりひとり成長段階が違います。価値観もそう。従ってある人には響くが、別な人には暖簾に手押しでまったく響かないとかある訳ですね。このブログもそう。

癒しもそうで

癒しとて一プロセス。まったく必要がないと言っているのではありませんよ。風邪引けば薬を飲むし、風呂にだって入る訳ですね。生きる限り私たちは何らかの身体メンテナンスは必要です。でも心のことは微妙に違ってくるように思います。

心ほど鍛え甲斐のあるものはありません。

皆さんは気づいているかどうか知りませんが、感情はこの世で私たちが生きる上で欠かすことができないものです。痛みでさえも。厄介ですが、決してそれは不必要な産物という訳ではありません。そういうふうな身体と心が創造されているのには理由がある・・・これくらいは精神世界本を読み漁り、セッションを受けまくった人なら想像はつくと思いますけど、いかがですか?
私たちは常に感動し、喜んでいたいと願います。でも皮肉なことに苦しみがあるから喜びもひとしおだったりしませんか?陣痛がそう。わざわざ私たちは痛みを伴い、苦労を伴う世界へやって来るんですよ。

痛みを伴い、生命を迎え入れる<親>

痛みを伴い、この世に来る<子>

それは体験したい何かが此処にあるからだし、此処でしか得られない学びがあるからです。

私たちは全員ひとり残らず

未熟

です。多かれ少なかれ未熟な点を持っています。たとえチャネラーでもヒーラーでもです。無論アセンションリーダーも。あれ…かえって彼らの多くは私たちより未熟かも?辛口です(笑、笑えない)。此処でしか得られない学びには心のことは身体のこととは違い、私たちそれぞれの成長に応じて

卒業

の時節があります。そのひとつに

喜怒哀楽はこの世でしか、ここまで!味わえないということ。それを知ることが含まれていますが、多くはその<怒>と<哀>を何かのツールを使って癒すことしか知りません。実は青い鳥の寓話と一緒で、遠くに、自分以外の何かに、心の痛みを癒してくれる方法があると思っているうちは娑婆世界の

卒業

はないと思った方が賢明です。身体にも自己治癒力というものがありますが、きっかけを外から与える必要がある訳ですね。なので心のことも同じと思っていると思います。でも心のことは独特なんです。

釈迦が因縁解脱したという

それこそが私たちの中に癒しや気づきへの道があることを示しています。釈迦はその道理を会得して人々に自分の足を使って説法行脚した方です。原因も自分なら結果も自分。その結果を受けて私たちはそれを材料にまた新たな取り組みに向かう訳です。ひとつクリアしたら次!それが心の羅針盤です。

良い感情のみが魂を育てるのではありません。私たちは苦しみの中から、そこに置かれた環境から自分がどうすべきかを選択しようとします。意識的にも無意識にも。
脱原発の多くの声を無視するかのように安倍総理は「原発ゼロを見直す」と明言したとか…。正直に書きますね。私はその発言に怒りと失望を覚えます。私はその怒りも失望も否定しません。何故なら直感が「NO!」と訴えるからです。世論に乗っかっている訳ではないのですよ。

喜怒哀楽は私たちが体験する正直な反応です。それじゃいけない!そういうことじゃいけない!と自分を苦しめる段階から私たちは一歩歩みを進めて、痛みを伴う感覚から多くを学んでいることに気づく時です。



   あぁ私はこういうことでこんなに感情的になるんだな
   悲しくなるんだな
   平気ではいられないんだな
   痛いよ
   でも、神様の国にいる時は知らなかったな
   そうか 痛いってこういうふうなんだね
   泣きたくなるって こういうふうなんだね
   人間のことよく知りもしないで
   何故泣くの? 何故傷つくの? 何故傷つけるの?
   そうやって不思議がってばかりいたけれど
   どうしようもない悩みを知らない(経験しない)うちは
   人間を理解することはできない
   
   理解

   それが私を成長させる

   神様ってスゴい!



私はそれに気づいて改めてこの娑婆世界が自分には必要だったことを思い知りました。私たちは皆

温室では成長しない魂たち

なんです。アシュタールにしろ大天使ミカエルにしろ宇宙存在にしろアセンションのアドバイスを求めているうちはこの次元の卒業はありません。娑婆世界は他にも用意されていますからね、行き先生き先は事欠かない。
私は、感情に揺さぶられながら貴重な体験をしていることに感謝したいし、未熟さを否定しようとも思わない。精神世界の産物たるチャネルやヒーリングやセミナーはプロセス。その分野で代価を支払う、受け取る段階から卒業する時をいつかは迎える。それらは義務教育のプロセスであることをいったい何人の人が気づいているでしょうね。
代価に関する考え方は人それぞれです。無償を美しい行為と私は言うつもりもありません。しかしながらセッション料を支払わなければ受けることができないヒーリングやチャネルの仕組みを作ったのは誰ですか?人の打算でしょ?無料で癒してもらって「しめしめ」とか「儲かった」と思うのもどうかと思いますが、どちらの立場も品性の問題かと私は思っています。

釈迦にしてもイエスにしても彼らが生きた時代も貨幣経済下にありました。でも彼らは金銭を要求しましたか?代価を設定していましたか?
神秘の技に価格を発生させるのは人の打算です。そこの道理がまだ分からないようではアセンションも娑婆世界卒業もありません。代価という頭から離れて始めて人はこの娑婆世界から卒業できるのですよ。これから先、貨幣経済は混乱し続けるでしょう。それが何を物語っているか皆さんは想像できるのでしょう?なのに、どうして自分から新しい世界観を身をもって表現しようとしないのでしょうね。

食べていかねばならない?

それが代価を必要とする理由ですか?ただで癒してもらおうというのはずーずーしい?まだ意識がそこに留まっているんですね。癒しやチャネルを商売にすることを正当化するのは個人の自由です。確かにそう。此処は自由意志のフィールドですからね。しかしながら地球に今到来している波動は人が何千年かけて築いてきた貨幣経済の次元を既に凌駕しています。

代価は当然?目からウロコの落ない人たちですね。

心のことは身体と違い、外的メンテナンスを必要としない段階がやって来る…いや既にやって来ています。そこに気づくか気づかないかで、あなたの日常はガラリ!様相を転ずると思います。あなたの日常を支えているのはあなたの心。

ただし!身体のメンテナンスと治療が必要な人は信頼できる治療士に相談しながら充分に身体を労ってあげて欲しいと思います。





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(2016年12月27日記)

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