マヤ預言2012年12月22日の解釈

Category : アセンション

今日はグッと核心に迫るべく所感を書こうと思います。

非公開の方で「アセンション考」を書き始めました。それは「家族のアセンション」を書いて私なりに感じることがあったためなのですが、ひとつの記事では収まりそうもないので連載しようと考えています。

非公開ブログは新たに閲覧希望者を募る予定はありません。もったいぶっている訳ではなく、ここ以外にもアセンションに関する情報はネットに溢れています。
私はチャネル情報を発信している訳ではありません。私は天使の代弁者でも神の神託者でも宇宙連合のコンタクティでもありません。自分の考えを自分の言葉として公開しているに過ぎません。
なのでアセンションに関するコンタクティ的情報を期待している方は期待外れと思います。

加えて、私は使命感を持って発信している訳でもありません。あるいは自分はアセンションを既に果たしていると公言するつもりもありません。ましてや預言は…他をあたってくれと言うしかない、データーを検証する立場でもありません。

自身の直感するところを書いていくスタンス。

これから書く「マヤ預言2012年12月22日の解釈」も私のいち所感に過ぎません。なので、皆さんには「信じ込み過ぎず、疑い過ぎず」のスタンスで読んで頂ければと思います。

いつも以上に長くなりそうです。時間のある時にでも目を通して下さいね。あるいは眠気を誘うにはもってこいかも知れません(笑)。









マヤ歴は2012年12月22日ですか?いずれにしても2012年12月以降の記載はないというのが定説です。終末論が飛び交うのも無理からぬことです。でも…果たしてどうなんでしょうね。

私の記憶では「人類は永遠に時を忘れるであろう」ですか…?そのような主旨のことがマヤ預言には記されていると何かで読んだことがあります。マヤ歴はグレゴリオ歴より正確という研究データもあるのだとか。

私はこの「人類は永遠に時を忘れるであろう」に着目しているのですが、これ…イコール終末論は余りにも安易な気がするんですね。

これは次元という観点から眺める必要のある事柄なのだと思います。

つまり、
一次元は点…二次元は線…三次元は立体…四次元は空間を超越した次元、それ以降も次元は存在するとされています。
私たちにとって、三次元までは可視なこともあって理解の範疇、既知の領域な訳です。でも、四次元は…霊界もそこに位置するとされているとなると、四次元以降は不可視の領域となる訳ですよ。見えない世界、なので色んな霊能者が闊歩する事態になるのでしょうね。

預言は…これは実に微妙で、いったいどの次元からもたらされているの?ってことになりはしませんか?アカシックレコードも四次元以上の領域と聞いたことがあります。預言って占いと同じで当たるも八卦当たらぬも八卦なところがあります。

でも…何故なんでしょうね。アカシックレコードに書いてある「絶対に起きる!」と明言されたことが外れてしまうのは。絶対起きる!と言った同じ人が後日「人類の集合意識は変化しやすい」とか、「2001年なのか、2011年なのか…地球の具体的な日時は計りかねる」とか(これ言い訳に過ぎません)。ならば「絶対!という言葉は使うなよ」と言いたくなります、少なくとも私は。なので私は目が覚めました。予言者の肩書きには当たったことしか記載されない。預言が外れると2チャンネルで祭りになる訳ですよね。

でも…預言が外れたと非難する側にも問題があると私は思う。人頼みも「自分では分からない」という理由な訳ですよね。神頼みも他力本願。これって甘えじゃないんでしょうか?
まあ私たちの大半は生前の記憶がありません。親を選んだこともスッカリ忘れて「こんな家に生まれたくなかった」なんて(笑)それは無知が言わせる台詞。親も親ですべては忘却の彼方。

一事が万事、こういう理屈ではないでしょうか?

昨年の10月14日に宇宙人が公式に現われるというニュースがネットに流れました。結果的に何も起こらなかった…なので、非難の矛先がコンタクティたちに集中したようです。でも、直感を研ぎすませていれば、大々的な出現はないと感じられたはず。コンタクティ側にもその情報に乗った方にも問題があった、コンタクティだけを魔女裁判よろしく断罪するのはおかしな話でした。
今年も、世界政府が樹立するというチャネルが発信されたようです。冷静になって欲しいなあと私は言うに留まりますが、ETが公に私たちの前に登場して世界的なニュースになったとして…、オバマがETを認める正式発言をしたとして、いったい世界がどのようにチェンジするというのでしょう。

それこそが依存ではないでしょうか?これはまさに祭り。

宇宙人のテクノロジーや超次元への憧憬は禁じ得ないとして。これこそ「疑い過ぎず、信じ込み過ぎず」が試される時じゃないんでしょうか。

宇宙存在を否定している訳じゃないんですよ、私。もう既に彼らはインビジブルに活動しています。UFOを目撃するって何らかの意図があって、彼らがGOサインを出した時なのだと思いますが、それがどうした!と私は思うんですよ。

これは現象、終末論もそうですが、噂は瞬く間に広がり集団意識という巨大なエネルギーになる。それはアメーバーのように変化しやすく気まぐれな性質のもの。都市伝説とあまり変わりはないと私は思っています。

実体のない現象…違います?
事実、実体のないチャネル情報にふりまわされている間に、終末論も根強くあるようですが、マヤ歴が2012年12月のとある日時で終えている…それが即!この世の終わりという騒ぎになる…これぞ!祭りと言わずして、何をか言わんやです。

皆さん、冷静になりましょう。

2012年12月22日は、1999年のノストラダムスよろしく何ごともなく過ぎて行くと思いますよ。世界情勢は確かに危機的状況にはあります。誰を信じて良いのか、何を信じて良いのか分からぬほどです。

でも、何がそんなに不安なんでしょうね。

私たちには『直感』というギフトがあるというのに…!自信がない?それは何故なのでしょうね。

どうして不安なんでしょう…その原因の何処かに、

親のせい・会社のせい・上司のせい・夫のせい・妻のせい・姑のせい・嫁のせい・子供のせい・社会のせい・政治のせい、挙げればキリなくありませんか?
私たちは常に何かが原因で人生が上手く回らないと思っています。確かにそう思えるフシは多々あります。

発想の転換でどのようにもチェンジ!出来たのに、どうしてでしょうね。スゴ~くその機会を逸してきたような気がしてなりません、私。
肝心な時って何かしら高いハードルがあって、そのハードルを大上段にかざす相手も、こちらを牛耳るために一歩も退かないとか…色々あったように思います。

今も言論の自由がない国は存在します。インフルエンザ兵器説も飛び交っています。でも何故こういう場所に転生したのでしょうね、私たち。
魂の意図は現象だけ見ていても伺い知れないですねえ…。シェークスピアの「ホレーショー、天と地の間にはオマエの知らないことがある」ですか?そのセリフが思い出されます。魂は過酷な地で克服すべき何かを見出せば、敢えてそこに飛び込むもののようですし…。

今日は「…」が多いですね(笑)。

確かに過酷です、地球の人社会は。「ふざけるな!」というモンスターたちも元気に活躍しています。

人生って本当にままならない…って、萎れてしまいそうなことも多々あります。

でも、私がアップアップしていた間に人生を謳歌していた人もいる訳ですよ。ターシャ・チューダもその一人でしょうね。

自分の直感に沿った生き方を彼女は私たちに見せてくれたように思います。どんなに困難があったとしても何らかの導きがあったのではないでしょうか。愛に満ち、生き甲斐に満ちた生活は本人次第なんですよね。



何だか脱線したおしてますね(笑)本流に話を戻しましょう。



マヤ預言…を正しく理解している人は終末論にはふりまわされないと私は思います。

人類は永遠に時を忘れるであろうという記述が本当にあるとしたら、

それは時空を超える境地へと人類が覚醒する、

全部じゃないとしても、

三次元の枠組みから「脱出する」意識エネルギーのピーク、臨界点が2012年12月じゃないのだろうかと私は視ています。

三次元の枠組みから出る、

それは、
立体のその後を形成する次元ということになります。立体という物理要素を超越した、まさに『超』物理という領域への移行を意味するとなれば、

インビジブル(不可視)な現象も起きてくる可能性も。マヤ族は忽然と消えた人々とされていますよね…はてさて。



時を忘れるという表現は、時空を超える…三次元の枠組みから脱するという意味と私は解釈しています。しかしながら、これはあくまでも私個人の見解に過ぎません。

物理学も異次元を発見し始めているようです。リサ・ランドルという科学者がそれを発見したという番組をNHKで観ました。

物理学が今まさに、長きに渡る神秘家たちの霊視領域に辿り着いたという事実は、バチカンが地動説を唱えたガリレオに正式に謝罪したニュースとともに感慨深いものがあります。まったく接点のない事例なのですが、歩み寄っているようにも感じられます、科学とスピリチャルが。



ということで、

2012年12月22日を過ぎても世界が終わることはなく。まさにノストラダムスの二の舞と私は思います。
第一、ノストラダムスの預言を正しく解釈していたかどうかも怪しくないですか?解釈はあくまでも解釈。事実と同一ではないということです。

ただし世界情勢は緊迫し続けています。

人類は核を兵器として使用した時点で、人類は二手に分かれたようにも感じます。

コントロールか、

自由意志か、

何処かの国の指導者の指令で地球ごと木っ端微塵にしてしまう威力の兵器が使われる可能性がない訳ではないでしょう。

そういう時勢に、
自分を浄化する4つの言葉、生き甲斐の創造、引き寄せの法が世に出回ったのは幸いでした。想念が現実化する、現実は私たち自身の想念が創り出しているという、これまでの宗教とは別個の精神文化が登場したのは良い兆しかと思います。

確かに一昨年より昨年、昨年より今年と、エネルギーは変化していると感じざるを得ません。それを何気に感じているから、それは何だろうと精神世界の本を手に取ったり、ネットサーフィンしているのだと思うんですね。

情報を鵜呑みにして痛い目にあっても、まだ信じたい!気持ちに突き動かされている人は世界中にいると思います。

ETコンタクティの中にはホンモノもいます。そういう人はチャネル情報などではなく、ダイレクトに遭遇したりなどして多くの苦難を経ていると思いますよ。何か感じるとか、自動手記とか、そういう神秘に魅了されていると妙なものを引き寄せてしまう危険性があります。

また自分のキャッチしている存在こそ真の神、真の神託というのも危ない。

魂浄化と数万単位のお金を提示するのも怪しい。例え浄化パワーを有しているとして、それこそが他力本願でしょ?
人に浄化してもらうって、課題を人にやってもらうのと同じでしょ?自分で蒔いた種を刈り取るのは自分だけと心得た方が良いです。こういうことって地道な作業しかないんですよ。魂浄化して差し上げよう、ですか?ましてや有料とは…言語道断!ではないでしょうか?



今、来ているエネルギーはそんなものではありません!



そういう「セッション主義」を凌駕しています。



ご自分の直感こそを磨いて行って頂きたい。
私たちは無力と信じ込まされていただけです。最初は不安かも知れません。それでも、自分を信じてみよう!というところに心を揃えると見えてくるものってあるんですよ。

答えを人から与えられても、魂の浄化をやってもらっても、それらは全て借りものでしかないということを、私は皆さんに気づいてもらいたいと思っています。これからもずっと。



ましてやマヤ歴を正しく理解している人は終末論などで人心を操らないと思います。



もう情報に操られるのは辞めにしませんか?
第一、此処に来る最終決定をしたのは他でもない、

あなた!

私!

なんですから。占いや預言の解釈者の言うことを鵜呑みにしたり、当たったあ!とか外れたゾ!とか反応するような、人任せなご苦労人生には早々とケジメをつけた方が良いと思います、私。





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(2016年12月27日記)

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