急流と淵の狭間の道

Category : つぶやき

今日の話も小学6年の教室の夢を見ていた頃の夢の話になります。強烈に印象に残っています。これはまた違う角度から見た魂の成長過程。何とかして守護者たちは私に気づいてもらおうとしてたのかも知れません。年月をかけて私が理解に至るようにとその時期、夢に託していたのかも知れません。



当時の私は新興宗教には入口はあるが出口がないことに気づいてサッサと辞めて、精神世界の本を片っ端から読んでいました。『聖なる預言』が発端でしたが、その本との出逢いは偶然の一致に相当ふさわしかったですねぇ。何だかとても懐かしい…思えば遠くに来たものです。

私は数人のやはり似た経緯を辿っていた人たちと情報交換などして自分探しをしていました。自分が何者で何処から来て何処へ行こうとしているのか、その答えをしりたいという情熱を持っていました。

「急流と淵の狭間の道」という夢ですが、内容は

 陽射しが暖かい坂道を私は歩いていた
 左下方には急流が見えた
 「へぇ」と思いながら、歩いていると
 左に五重塔が見えた 興味が湧いて中に入った
 そこには魔女や魔法使いがいて
 技を競い合い、何やら遊びに興じていた
 中に顔見知りもいたが
 私は何だか楽しみきれず
 程なく来た道に戻った
 
 歩いていると後方に人の気配がした 振り向いた刹那
 声をかける間もなく、アッという間に
 3人の顔見知りが浮遊しながら右側の淵へと消えていった
 「変なの」と思いはしたが
 爽やかな風と清々しい陽射しが気持ち良くて歩き続けた

 すると峠に差し掛かり
 パノラマの山の向こうに故郷の風景が見えた
 私は嬉しくなって
 いそいそとそちらの方に向かった

というものです。急流、五重塔、淵が何を意味するかをこれから書きます。これらは小学6年の夢とは別の角度からみたそれぞれの魂の行く末や住処を暗示しています。自分がどれに当てはまるかというふうに考えずに読み進んで頂きたいと思います。

急流は

学ぶことのなかった魂が流れていく様を表しています。あまりに流れが速くて魂の姿を確認することはできませんでした。

五重塔は

魔女や魔法使いが真剣に遊びに興じていました。真剣…本当にそういう感じでした。五重塔は五段階の層を表していると思います。

淵は

魂の成長が滞る様を表しています。

ここに浮遊して消えて行った3人のうち、ふたりに関して私は後日その意味を悟ることになりました。私はふたりは私より霊的に目覚めていると思っていました。それは過去世が視えるという単純な理由だったんですけど。当時の私は予知夢を見ることはあってもそれが自分の意思とは関係なかったため不信感を持ち、何かと自信を持てずにいました。それに引き換え彼女たちは自分の意思で視ている訳ですからね、

ところがこの夢を見てしばらくして彼女たちの…メッキが落ち始めた。何しろ「視たことが間違っていても気にしなくて良いと教わったわ」と仰る。事実との食い違いも出始めた。そのうち私自身の霊眼が目覚めた(笑)「うちの主人の過去世はあのコロンブスだったのよ!」とか「私ほんとうは主人のこと愛していないの」とか…「それがどうした」という話に終始し始めました。愛さない理由にも霊視が加わる…それってナンセンスなんですよ。そうこうするうちにランチの誘いを受けてもやんわり断ることになりました。

ですが、彼女たちが淵に移行した真の理由は

欺瞞と独りよがり

不誠実

だったように当時を振り返って私は思います。
AはBを「自分たちは陰陽の両極。ふたりは誰よりも縁が深い」と仰る、Bは「Aは今は私を必要としているけど、私には他にソウルメイトがいる。Aが自立するまで梯子になってあげてるのよ」と私を呼びつけてまで仰る。でも、それはAに言ってあげるべきことではないでしょうか。Aは運命的な絆をBに感じている訳です。このボタンの掛け違いは誠実ささえあれば解ける事柄なんですよ。

Bは彼女自身が本当のことを知ろうとはしませんでした。ウソでもついていてもらいたい。そうしなければ立っていられないという脆さを彼女自身が持っている、平気なふりをする。そして、自分が傷つかないで済む理由を探し出す。

AはBとは別人格ですからね。Bが傷つくことを同じように傷つくとは限りません。しかもAは案外しぶといんですけどね。視るという行為は如何なる場合もその人自身の資質がついて回ります。「傷つかないで済む」これは本人が心を強くして乗り切るしかない事柄なんです。堂々巡りしたいのなら話は別。




この夢は私に

欺瞞、独りよがり、不誠実は心を強くして慎むべきことなんだなあという自覚に至るように導いてくれたと思います。
私は幸運でした。人より抜きん出るものがなくて良かったと思います。得意の境地は私たちの心に自惚れを植え付けますからね。

この夢は私を

「寄り道をしても構いません。でも、また道に戻って歩いていって下さいな。これはあなたが歩むべく敷かれた道です。しっかり心を強く持って、まっすぐに故郷への道を歩いて行くのですよ」と諭すようです。

私たちにはそれぞれのために敷かれた道があるんですね。

当時の夢を通して私は何が大切かって

「心」のことでしょうと

目の前のことでしょうと

だから確かな口調でこうして言えるのだと思います。




そして、私たちを送り出してくれた存在がいることを忘れないでいて下さいね。




プロフィール

takako

Author:takako

maria letter
私が今伝えられること

リンクの「maria letter 小林です」は非公開ですが、更新はPDF配信に切り替え。ご希望の方は下記メールフォームより氏名(ハンドルネームはNG)・PDF希望をご記入の上お申し込み下さい。
(2016年12月27日記)

いったんアメブロに移転しましたが、広告の量がストレスで2015年11月にFC2でブログ復活しました。限定記事もこちらで復活。パスワードはそのままです。

リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ