招かれる人々は多いが、選ばれる人々は少ない

Category : 魂のご飯

聖書マタイ福音書「招かれる人々は多いが、選ばれる人々は少ない」


これを目にしてアセンションを思い起こす人は多いのではないでしょうか。今日はこれに関する所感を書いてみようと思います…が、その前に癒しやチャネルで本当に代価は必要なのかを霊的側面から言及しようと思います。



以前、某精神世界企業から「最後の来日」という触れ込みの個人セッションのDMが届いたことがありました。最後とあれば…で、かなり高額のセッションでした。もう来日する予定がないということで貴重なセッションと私は飛びつきました。待ちに待った当日そのことを通訳を通して伝えると「来年2月にも来日予定です」との返事。

目が点とはこのことでしょう。これ詐欺ですよ。でも当時の私は苦情を言う元気も訴える頭もなく泣き寝入り。セッションも1時間でアッという間に終わり、何だか気が抜けたのを記憶しています。高い授業料だった訳です。
まさに自己責任。客寄せキャッチには皆さん、踊らされないようにしましょう。相手は精神世界をビジネスにして儲ける主旨の企業。客が集まらねば会社は傾く訳ですよね。そのことを思い知りました、私。(そのチャネラーは某企業との契約をチャラにして独自に活動の場を日本に持つことになりました)

今のようにネットで繋がってツィッター等でシェアするという手法はなかった時代。それを機に私は精神世界企業の鴨から足を洗いました(笑、笑いごとじゃありませんが)

で、これには後日談があって。その海外チャネラーは日本に自分主宰のオフィスを設けたことをずっと後に知りました。ネットで、ですが、個人セッションの金額を見て「あぁこいつもか」とガッカリしたのを鮮明に覚えています。「最後の来日」とセッション料をつり上げた額と同額設定だったからです。

皮算用。組織を起こして運営するとなれば打算で動くのが人の常。予言も相変わらず当たったことばかり取り上げて、世界をリードする人材養成とこれまた高額のスクール料を設定していました。

皆さんはそれも個人の自由。必要としている人もいるのからとやかく言うのは控えた方が良いと思うかも知れません。でもね、私は視る人間です。人助けや神の領域に踏み込んだメソッドをビジネスにした人の霊体には履歴と負の遺産として刻まれているのを本人も気づかないのが実情のようです。

そう本人は気がつかないんですよ。これミソと思います。こういう事例を幾つも視ました。明日は我が身の教訓でした。

高額でも人は来る

これを皮算用と呼ばずして・・・なんと呼ぶのでしょうね。

養うべき家族がいる?

食べていかねばならない?

人助けしているのだからそれに見合う代価は必要?

高額って何を基準にそう言う訳?

これらを当然の権利と信じて疑わない人たちは教会の名の元に、寺院の名の元に、財を蓄えた名だたる面々と同列です。

空海は足ひとつで全国を行脚しました。釈迦とて。キリストとて。もてなされたこと度々だったでしょうが、それを要求したことはなかったでしょう。聖フランチェスコの清貧さが今の精神世界で録を食む面々には必要と思いますよ。彼は真に悟りを得た聖人ですからね。天に真の安らぎと豊かさがあることを知っていましたし、それを実行していた。

この世と霊界の高次はパラドッスク。この世で富める者は霊界では貧しいの道理が何故働くのか、よく考えて頂きたいと思います。人助けに皮算用は本当に不徳なことなんですよ。

どうしてこう道理に暗い人が看板掲げているのでしょうね。胸が痛みます。




さて本題に入りましょう。



聖書マタイ福音書「招かれる人々は多いが、選ばれる人々は少ない」

この流れに沿って言えることは明々白々です。アセンション情報は広く分布するが、アセンションを果たす人は希有ということ。癒しに代価を受け取ることに罪悪感のある人へ向けて「いらっしゃ~い」と人寄せするヒーラーがいるようですが、その人に限らず、元金融業に勤めていたとか、ビジネスコンサルタントだとかいう肩書きの人が多いのは偶然でしょうか。これまさにお試しでしょうねぇ。人の苦悩が飯の種ですか? 相場に見合った価格設定? それ誰が決めたんです?人間の皮算用でしょ?否定できます?

私はね、代価を得るならば「かたじけない」くらいの品性がある方が良いと思っています。加えて

「お気持ちで」という心が肝要。相場は関係ない。謝礼として、たとえ菓子しか持ってこなくても、それで良しとする懐が肝心です。

もらい過ぎです。一万円って決して安価ではありません。それを工面しなければならないというハードルは真に必要なのでしょうか。相場とかいうことで算盤を弾く人も多いでしょう。感謝知らずなクライアントがいるとしますよね?それだって本人、身に付かないし、不徳はフィードバックされるんですよ。お互いさまなんです。要するに同じ土壌。

私が視る限りですが、精神世界でビジネス成功している人のほとんどが…自分たちの理想とするエリアには到達していません。今後もないでしょう。




この世はお試しの場




以前『あるタクシードライバーのお話』という実話を書いたことがあります。覚えている方もいるかも知れません。




神仏は静観していると思った方が良いでしょう。私たちは自分で気づくしかない。手取り足取りもしません。霊現象を派手に見せるのはよっぽどの時でしょう。通力が強いのも憑依…それもあまりよろしくないタイプばかりなのも事実。



共依存が成立する限り、最善の移行はありません。

このブログは霊能者やチャネラーに付き従うつもりの人には何の価値もありません。私はあなた自身の直感を活かしてもらいたいと言い続けています。



アセンション情報をもたらす側ももたらされる側も押し並べて「招かれる人々は多いが、選ばれる人々は少ない」の範疇。



選ばれる人々ですか・・・万に一人いるかいないか、でしょうね。




アセンション情報に振り回されている限り、啓蒙者とて例外に漏れず。啓蒙・検証はある程度の所までは「上がります」しかしながら、最後の峠はなかなか越せるものではありません。

何故越せないのか

啓蒙者としての自覚や人助けしているという自負が邪魔をするからです。ましてや値段設定して当然と受け取る『代価』思想、これは言わずもがな。



あのですね、要求せずとも必要なものは「来ます」。これから増々自作農とかいう転職が時を経て増えていくでしょう。もう金銭のために働くのではなく、

田を耕し、物づくリをして、共に補い合う

活かし合う思考回路が次世代を切り開いていくでしょう。何しろ天には貨幣経済がありません。次元上昇した地球にもありません。エネルギ-交換があるだけです。

セッション料支払わなければ、癒しもせず、チャネルも行わないとか、予約金は返金しませんと誓約書作るとか、それ本末転倒ですよ。




目を覚まして下さいね。



え?ムカムカします?読んでいてイラッとしました?



あなた かなり重症かも知れませんよ。




二極化?




それを私は否定できません。それどころか…な状況なのは確かなようです。







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(2016年12月27日記)

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