手放せない想いと

Category : 魂のご飯

どうつきあえば良いのか…いいえ、どう手放せば良いのか苦悩している方、少なくないと思います。私のこと言ってるんだわ、ですか? そう思う人複数いると思います。この問題の根深さに私はため息を禁じ得ない…私自身も含めてですよ。
私がどう手放したかを含めて、今日は話を進めていきたいと思います。少しでも参考になれば幸いです。



少し前に「セルフィッシュ・ミザリー」という話をしました。自己憐憫という意味ですが、これは本当に手強いと思います。

被害者意識は本当に根深い。育った環境にもよるでしょうが、過去世から引きずっている場合がほとんど。不安を拭いきれない…拭いきれないどころか、次から次にあることないこと妄想が膨らむのをどうしようもない。頭では分かっているのに、どうすることも出来ないジレンマ。私にだって身に覚えがあります。

私の場合は『自信のなさ』でした。これは根深かったですねぇ。視えるようになって、それがかえってアダになるという。
相談者に思い当たるフシがあるとか図星だったりとか、直感って素晴らしいと実感しましたし、皆さんが本当は思い当たるフシがあって、その確認というのか、背中のひと押しにやって来てました。
ところが!霊能者って人々の中には変なのがくっついていて、それと二人羽織のような人が一人や二人じゃなく(ーー;)しかも自分以外は雑魚だと(笑)鼻高な人もいて(中には自分に嫉妬しているとか何とか)、私は自分は大丈夫なのだろうかと、この辺りで躓いていた時期がすっごく長かったんです。縁があるということは自分の中にもそういう要素があるということですから。

少しづつ自信というのではなく何というのでしょう。どうしようもなかった心に光明が差し始めて、それは外からではなかったんですね。内側から、

目が覚めた!

本当にそういう状態でした。目からウロコがガバガバッと(笑)ハッと気づかされることがこれでもか!これでもかと。転機っていうんですか? 皆さんも経験あると思います。いかがですか? そうそう!て頷いている方も多いと思います。

すべては自分次第と悟ったのでした。誰かのせいにしても何かのせいにしても全ては自分がその結果を拾わねばなりません。ひとつひとつ結果を受け止めながら、私は落ち込むこともありながら、「あぁ原因は自分にあるな」と悟らざるを得ませんでした。確かに不可抗力なこともある。それさえもどう取り組むか…、姿勢なのだと。
心の処理能力もずいぶん養わざるを得なかったですねぇ。しんどかった。でも、乗り越えた時の達成感はかけがえなかったですねぇ。

自分を浄化する4つの言葉はとても役立ちました。

ありがとう

ごめんなんさい

私を許してください

愛しています

どれか引っかかりがある…それさえもヒント。親や伴侶、上司や部下。何かしら人間関係で躓いているものです。




ところで、

心理療法的な言い回しに「幸せになりたくない人」というタイプがいるのをご存知ですか?

幸せな状況を自分でぶち壊すタイプ。これ笑いごとじゃありません。幸せな状態が怖い。不安が高まって、ぶち壊すような言動を取ってしまう。本当に不安は根深くて、人は「手放そう」とはしません。カウンセリングに臭覚よろしく走るんですが、「自分はダメな人間なんだ」とか何とか自己憐憫を繰り返す。ひとつ解決すると、新たな火種を見つけ出す。一旦は改善するか…に見えて、しないですねぇ。引き寄せてしまうんです。私は「わざとか?」と訝ったことありましたけど、ある意味「わざと」深層意識のなせる技。本人は色々無理からぬ理由を並べるんですけど。



人は深層意識の操り人形と思いましたねぇ。人ごとじゃありません。フロイトの逸話も参考になりました。被験者の催眠を解く際「あなたは目覚めてから、四つん這いになる」と暗示をかけた。すると被験者は何だかんだ理由をつけて、落とし物をしたとか何とか言いながら、ついには四つん這いになったという逸話。

言い訳は大方そのような心の仕組みで成り立っています。自尊心の為せる技ですが、だからと言って自尊心が悪いと言っている訳ではありませんよ。全てはTPOということです。このことをどうぞ忘れないでいて欲しいと思います。

すべてはTPO。

表面意識は色々理由付けが大得意!です。色々言い訳や理屈を言い張っては「仕方がない」とか「私は変わろうとしているのに」と色々宣うんですよ。逆ギレも然り。

でもそれも仕方がないですねぇ。それこそ深層意識に突き動かされている状態ですから。それは本当に根深くて、過去世からの持ち越しというケースが多々見受けられます。ヒプノセラピーも有効と思いますが、依存は頂けません。あらゆる心理療法、どんなに素晴らしくても人は次に進まねばならないのですよ。

つまり「いつまで寄っかかってるんだ!」という。

最終的には人の手を借りずに自分の足で歩き出さねばならない…人生はそのための『機会』ですからね。

達成感。

それが魂の目標です。色々計画してやって来る訳でしょ? あぁもしてこぉもしてと。

人の数だけ目標がある。どんなに苦しい人生でも強制はあり得ません!断じてありません。クリアする暁まではやり直し続けるんですけど、懲りないですねぇ、人って。自分の傾向、その原因を突き詰めても、まだ同じ過ちを繰り返す、それが人間と思います。気づいた瞬間は喜ぶんです。ところがしばらくするとドヨ~ン「話聞いてくれる?」と知り合いに電話駆け回るんですよ。気が済むまで。

そう!気が済まないんですよ。深層意識がそれを許さないんです。何しろ突き動かされている。分かっているけど、辞められない。

その一例を上げてみましょう。

仮にAさんとしましょう。Aさんは閉所恐怖症で、母親からのパワーコントロールを受けて育った(本人いわく)主婦。知り合いの母親がパワーコントロールした側の人間で、しかも熱心に信心していた。ところがある日、娘さんから小さい頃からの鬱憤を散々ぶつけられ、それが続いたある日、難聴になっちゃった…! 皆さん…人って、こういうふうに「聞きたくない」と思っていると聞こえなく「したり」するんですよ。私もその話を聞いた時は唖然としました。
その母親がホメオパシーで難聴が治ったと。同じ療法士に看てもらっていたAさん「え~ウソ!私だって閉所恐怖症を克服してみせる」とそれまであちこち長電話してのらりくらりして閉所恐怖症に甘んじていたのが、一念発起!「私だって!」と本気を出した訳です。
ところが、難聴のお母さん…治ったのは治ったんだけど、ホメオパシーが功を奏しただけではなく、娘さんが謝ってくれたことが大きく、症状が改善したことが判明。すると気が抜けたのか元の木阿弥。また地下鉄に乗れない、あちこち電話しては愚痴をこぼす主婦に戻ってしまいました。

人って、つくづくと思いますよ。「どうせよと」と「何がしたい」ということです。

私はそれら全て反面教師と悟りました。

すべての処方はそれが医療であれ、スピリチャルであれ、依存は頂けないということなんですけど。皆さんはどう思いますか?

生まれたての赤ちゃんは自分の世話は何もできませんよね。立つことも歩くことも出来ない。ところがハイハイをして、掴まり立ちをして、いつかは一人歩きするようになる。あ~あ~う~う~しか表現できなかったのが、言葉を喋るようになる。

生きものは、そうやって自立の方向へ向かうものなんですよ。それが自然の摂理です。

ところが、人間だけは精神を煩う。それはどういうことかというと、悩んで立ち止まっていても猛禽類に襲われることがないためです。食物連鎖の輪の中にいなくなったためです。極論と思います? ユニークな発想と位置づけます? 果たしてどうでしょう?

確かに他の面で、生き残りゲームは続いています。でも、生きものは何かひとつクリアする度に新たな問題に直面するもの。

人間は地上の覇者になったと引き換えに精神的苦悩を抱え持つようになったかのようです。



それは「幸せ」という価値観に目覚めたためと私は視ています。


人と比べて劣っているとか勝っているかの競争意識を産み、男と女の愛憎劇を産み、何かと他者と比べる心が育ってしまった。そういう社会環境に人は置かれて来た訳です。競争社会ですよね?  勝ち組とかいう言葉も生まれている。

最近よく見る広告に「愛され美肌」とか「愛され」何タラというのがありますよね。余計なお世話なんですけど(笑)何か変と思ってしまった、私。愛されるために『作る』『飾る』って・、・、・。愛「される」ことに努力を惜しまない訳ですよね。愛「する」ことではなく。

何もかもが上辺で虚しい。見た目で勝負ですか? 印象ねぇ・・・なるほど一理あるなぁ。

それとは違う流れもあって、それがスピリチャルですよね。ありのままという言葉がもてはやされる。それは決してやぶさかではないのだけれど、一歩間違えると悪用されてしまう恐れさえある。

人間って、いつからか直感ではなく、情報で生きるようになった。

それが情報過多を生み、自分を見失うことになり・、・、・。この情報に頼る傾向がいくら良い治療を受けても、煩悩はなくなりはしないという現象を生んでいるのだと私は視ています。

赤ちゃんはそういう先入観がありませんからね。一人立ちをクリアします。理屈をこねることなしに。それは生きるために不可欠だからですよ。

そころが自我が芽生えるとともに人は「生きる」ことより「自己正統」に傾倒していくようになり、感情に支配されるようになる。決してマイナスだけとは言い切れないのだけれど、魂の方針を、生まれる前に決めてきた事柄を、それらが皮肉にも埋没させてしまうことがある。自分で自分をコントロールしきれなくなる。

人はあらゆる情報に日々晒されています。

なので、自分の中心で生きることが出来なくなっているんです。

それは奇しくも「幸せ」と直結しています。

幸せになりたいという、そういう欲求は野生には存在しません。何故なら彼らは「生き残る」ことにすべてを費やし、如何に子孫を残すかが重要だからです。それさえも人類に阻まれ、絶滅していく種は後を絶ちませんが…。



多くの人は心の何処かで、幸せに誰かが、何かが、してくれると思っています。



だから「愛され」何タラというキャッチが登場する。違います?

つくづく自分の中心で生きることをしない種と思いますよ。自分の中心で生きるということはあらゆる情報を「直感」で見極める感性を持つことだし、自分の心と向き合うということではないでしょうか。


多くの人は心の何処かで、幸せに誰かが、何かが、してくれると思っている。頭ではそうではないと思うのだけど、ままならない現実が重くのしかかって、いつのまにか…被害者意識に苛まれるようになる。そして、独りで妄想を膨らませ、自家中毒を起こす。

はた迷惑もイイとこですよ。

転生は自分で決めたことなんですよ。自分が決めたことなんですよ。問題点を克服するチャンスをもらったということなんですよ。

人生はね、

予め「問題がある」環境が用意されているんです!

あなたが、私が、問題解決を意図しているから、用意してくれているんです!

それをクリアする意図を、あなたは持った、だから、転生を機会を得たんですよ。それを心が痛いから、怖いから、自信がないから、不安だから、とよくもまあ色々並べては、「何とかして欲しい」と神頼みに明け暮れていると私は思いますよ。

赤ちゃんの話をしましたけど、魂はね、進歩を意図しているんです。


自分で出来るよって、いう意欲を持っているんです。

自己憐憫、恐怖心、不安症、すべての事柄は予め克服する糸口です。人の世話を受けなきゃ何も出来ない赤ちゃんだって歩くようにも、食べるようにも、喋るようにもなるんですよ…! 自己表現のツールをこんなにも与えられているのに、まだ何を欲しがっているんですか?

安心ですか?

安心は人にもらうものじゃありません。あなたが、私が、心の中に育むものなんです。

過去世から脈々と連なるトラウマ。

もしクリアするメドが立たないのであれば、転生の機会はもたらされません。

あなたはいつまで怖がっているつもりまのですか?

あなたの生まれ育った環境は過酷だったかも知れない。でもね、日本のようなぬるま湯社会は、如何ようにも出来る環境なんですよ。生きることさえ許されない過酷な大地で必死に生きようとしている人間がいることを忘れてはなりません。

あなたは充分に、自分を幸せにする機会を与えられているんです。

あなたの親はあなたに充分な愛情を注がなかったかも知れない。でも、過去世ではあなたが子供に注がなかったのかも知れないのですよ。あなたは愛情を注がれないって、どういうことか…貴重な体験をしているんですよ。

そのことを忘れてはなりません。

試練は、だからこそチャンスなんです。

イエスに助けを求める、マリアに答えを求める、その気持ちは分からないではありません。でもね、一番大切なのは答えを求めるのではなく、

人生という時間を、限りない喜びで生きることなんです。

自分の足で歩くことなんです。

いつまで手取り足取りしてもらうつもりですか?



あなたはそうやって被害妄想に明け暮れて、不安や恐怖に苛まれて、大切な人の心を台無しにしてやしませんか?


人は自分より悲惨な環境で生きる人々を見ると「自分は恵まれている。しっかりしなきゃ」と思うが、自分より恵まれている人を見ると「私はなんで」と凹む。本当に懲りない種と思いますよ。



救い主がいつかは現われる…ですか? 今もあるようですね。救世主伝説。



私は魂を視る度に、そういう救い主を乞う考えにため息を禁じ得ません。だって、志願者で溢れかえっているんですよ、この世は。あらゆるこの世のできごとはジグソーパズルのピースを見ていても全体像は見えてきません。

どんなに非力としても自分なりに出来ることを自分のペースでやっていくことはだから大切です。

キリストがこの世界に無償の愛を伝授しても、この世界の住人は入れ替わり立ち替わり利害で時間を刻んできました。

気づいたら、心を強く持って、心に平安を自ら植え付けねばなりません。



自己憐憫は人間が慎まねばならない最たる課題のひとつです。




何事も、本当に、自分次第。そうやって自分を立て直していく環境に、私たちは生まれ落ちています。



そのことを忘れないで下さい。




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(2016年12月27日記)

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