君が僕の息子について教えてくれたこと

Category : 魂のご飯

まずは観て頂きたい。わたしは昨日BS放送で偶然…そして、釘付けになりました。You Tube のURLを貼っておきます。

君が僕の息子について教えてくれたこと

:「自閉症の僕が跳びはねる理由」の作者 東田直樹さんと アイルランド在住の作家 デイヴィッド・ミッチェルさんの交流。


東田直樹さんには著作もあります。以下にAMAZOMのURLを貼っておきますね。

奇跡の盲目のピアニスト辻井 伸行さん。葉加瀬太郎さん。自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない中学生がつづる内なる心/東田 直樹

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自閉症の僕が跳びはねる理由

『The Reason I Jump』という英訳をはじめ、世界各国で翻訳出版されているようです。


お母さんの胎内にいた時の記憶、天国の記憶を語る幼い子供の話に関心が深い方も多いでしょう。私もそのひとりです。知り合いのお子さんに霊的能力のあるお嬢さんがいて、ずっと前に聞いた話ですが、その子が語ったところによると、6歳の誕生日に神様から「これまでどおり(霊的能力を保持のまま)か、要らないかを聞きに来る」と言われたという…まるでお試し期間のようですね。体験して続行かどうかを本人に決めさせるって興味深いと思った記憶があります。

幼い子は無防備です。ましてや不思議な存在と日常に会話する子供は疑うことを知りません。ちょっとした心に隙で邪気なものを引き付けてしまうことがあるようです。どの時点で入れ替わるというのか…すり変わるかは誰にも分からない。

巫女の神託には審神者という存在が欠かせなかったと聞きます。神社という聖域にだって邪気は忍び寄る。だからなのでしょうね。修行や鍛錬を積むのは。あるアセンション系啓蒙者が信頼を置く少年の霊視も危ういなあと感じたのは私だけでしょうか。

そんなことも思い返しながら話を進めますが、今日ご紹介する『君が僕の息子について教えてくれたこと』で私は障害を持つ人生を選ぶ魂もそうですが、子供として迎え入れる魂のその勇気に自分が恥ずかしくなりました。
そして、人を癒すということをもっと多くの人に気づいてもらいたいなと思ったんですね。ヒーリングでなんぼ霊視、運命鑑定でなんぼの娑婆世界。精神世界と物質的豊かさを享受することをリンクさせるって実は相反するんだよという…イコール豊かさや「チャネルで成功したい」というふうに目的になっている人が主流のスピリチャル業界に私は背を向けました。それには幾つもの目撃例があるんですけど、一番は内省。人はどうであれ「自分はどうだろ?」と思い続けて来た結果なのだと思います。

魂はそれぞれに計画があり、どう関わるかを決定する…高次の存在は命令などしない。促しはするでしょうが、最終的に決めるのはそれぞれの魂。私は視えるようになった理由のひとつはこれを知ることだったのかなとも思っています。

この東田さん親子を観ていて感じたのは「東田さん親御さんはもう十分に奉仕の準備が整っていた」ということ。奉仕とは「ひたすらに愛し、理解し、共に歩くこと」と深い理解に至った魂の『地球転生の集大成』だったのかなあということ。
そして、東田さんの魂は親御さんの学びに呼応したということ。奇妙な言い回しかも知れませんが、双方が相当な『器』…計画は徹底して『愛と理解の輪』を、一からスタートさせるというものだったろうと思います。東田さんの障害は決してカルマと言えそうにありません。そりゃぁ完璧純粋無垢な魂は稀有です。東田さんにも課題があったかも知れません。ですが、それは贖罪という趣旨がまったく感じられない。何故でしょうね?

愛と理解の輪をこの世界にもたらす強い決意があったからだと私は思うんですよ。だって、この娑婆世界ですよ…!どんだけの不協和音かという。そこに『輪』をもたらすって、どんだけの挑戦なんでしょうね。

試練を乗り越える

愛による理解でしか乗り越えることがない試練。東田さんの心の声を引き出したお母さんってスゴいと私は思うんですね。上手く気持ちを伝えられない。何を考えているのか分からない。子育ては子供にとっても親にとってもジレンマの連続。もう耳が痛いやら心が痛いやら。

自閉症児を持ち、怒りやストレスに苛まれていたデイヴィッド・ミッチェルさん。アイルランドに住む作家だそうですが、来日経験もあり、片言の日本語を交えながら東田さんと対面。デイヴィッド・ミッチェルさんは東田さんの著書をネットで知り取り寄せたそう。日本語を読めたって、どんだけの偶然の一致でしょう!

神仕組み!

それを機に東田さんの本が世界を旅することになるんですね。世界のあちこちで国境を越え、翻訳され、愛と理解の輪が広がった…「その辺のチャネラーども、聞け!」ですよ(笑)

東田さんは「どうして同じことを聞くんですか?」という質問に「普通の人は記憶が線で繋がっているだろうけれど、自分の場合は点がたくさんあって、その中から探さなきゃならない」という趣旨で回答していました。本当にハッとさせられます。その連続です。

この娑婆世界にはもう手遅れと思える場所と、愛と理解の輪が広がりゆく場所がある。

聖フランチェスコは裕福な商人の一人息子でしたが、修道の道に入り、物乞いをして求道と導きの生涯を生き始めました。

物乞い

聞こえは悪い。ですが、フランチェスコはそこに何を見出したのでしょうね? 収穫の手伝いをし、ひとかけらのパンを仲間と分け合う。神に感謝し、分け隔てなく分かち合う。欲しがらず、分かち合い、祝福する。

私はね、代価がどうのいう精神世界系人の相場がどうの、1時間1万円・3万円という設定は貪りと思っています。そういうのを「地獄の沙汰も金次第」と言って憚りません。

物乞い<begger>

それと一線を画すという心が働くうちはその人の善根は笊(ザル)かと思う。その心は今日ご紹介するドキュメントがあなたに語りかけると思う。





ドッグ・イヤー?

Category : いよいよなのか

保江邦夫さんの著書2冊読破しました。感想は「信じるか信じないかはあなた次第」というトンデモジャンルで括るのがもったいないくらいエッセンス満載というもの。これはもう好み・感受の問題でしょうし、違うとか正しいとか「どうでもイイじゃん」という気にさせられました。「保江さんは体験したっつ~んだからさぁ」という…そこで喧々諤々するエネルギーって無駄骨な気がする私です。
と言うのも、私も不思議体験してますし、過去に書いた記事の中には聞いた話として『神様のタクシードライバー』という私の座右の銘もあります。皆さんも大なり小なり不思議な守護体験をお持ちではないかと思うのですが、いかがですか?
あなたが「本当にあったんだってば」と力説しても「まっさか~。あり得ない」と身内や知り合いから全否定されれば悔しいくないですか?あるいは「信じてもらえなくても結構」と開き直るとか。神秘体験は体験した者でないと…ねぇ。厄介ですよ、まったく。

さて

今日のお題の『ドッグ・イヤー』ですが、保江さんの著書に出てくる語彙で、1年はワンちゃんたちにとって8年に相当するという、それが人間の精神世界…と言っても業界じゃありませんよ(笑)変化が加速しているようだという話。
『神様につながった電話』P183 八倍速で世の中が動く時代』という章ですが、内容はこの本が書かれた年(2014年)は「我が無い・少ない・少なりつつある(ウケる、笑)」連中と、「我を消せない」連中は分離していく年なのだろうというものでした。
1年の動向が8年分に相当する…それって加速しているということでしょうし、変化が早い、現実化も同様かと思いますが、私が感じる限りで申し訳ないのだけれど、ドッグ・イヤーと、1年は1年という流れが平行している気がするんですね。この計算でいくと、どうなっていくんでしょうね。

何だか3ヶ月前のなのに遠い昔のように思えるんですけど、皆さんはいかがですか?

数年前から時間の経過、その感覚がある種「時差ボケ」のような、通常の感覚とは違うものがあるように思いますが、いかがですか?

時間とは人間の都合が編み出したツールですが、ワンちゃんニャンちゃんにだって「腹時計」「散歩時計」があると聞き及びます。何かしら習慣に基づく体内時計ってあるんですねぇ。人社会は西暦、太陰暦・太陽歴とか色々あって、地域地域に沿った暦を利用している…季節に応じたものもあります。

保江さんはこの章もそうですが、「我のない」状態へ向かう自分を含めた人間の姿を体験を通して描いています。
皆さんは「我のない」ってどういう人のことと思いますか?
いわゆる「利他心」「奉仕」とか想像すると思うんですが、いかがですか?ところが、そこに留まらないのが保江節。保江さんは<リーマン面>という語彙を使って、「「俺が」「私が」という自分を前面に出す意識」の人間が住む<面>と、それを手放した・手放しつつある人間が住む<面>その間には境界があり、今はそれは重なり合っている状態と話を展開しています。1年が8年分の濃い時間とすると、重なった状態からセパレートするのはいつなのか?という疑問が湧きますよね?
保江さんは講演会でも質問への答えとして「いつ起きるか」と、それは個々で違うだろうという趣旨の話をしていました。

想念には周波数がある

周波数は多岐に渡りながら、グループを構成する

<面>とは上手いこと言うなと私は思う。「行ったきりなら帰って来ない」互いに相手は「消えた」と認識する。神隠しが多数報告される日はあながち遠くないのでしょうか?

保江さんは93歳の寿命と未来を視る方から言われたそうです。実際はもっと短かったんだけど、守護体験を重ねて、新たなチャンスを得たということなのでしょうね。で、これを読んで「ひょっとしたら、93歳の寿命を全うする保江さんの<リーマン面>には放射能汚染や、第三次世界大戦など何処吹く風な世界かも知れないなと…、お弟子さんが世界へ散って<愛魂(あいき)>布教活動(妥当な言葉かどうかは別にして)する世界…、そこには<平和>が感じられます。
そうではなく、欲と皮が突っ張った「我欲」「自分が良ければ」という人と同時存在したままとすると、それはそうですね…、戦闘地もあれば、疎開地ののどけさもありの世界なのでしょうか?

いずれにしても、ドッグ・イヤーが今後も続くとしても、ある時ピッタリ止むとしても、私らは自立の方向へ向かうのかなぁと思う。自立と我は紙一重なんでしょうね。パラドックスですが、依存から解放されると自然と立ってられます。自然と無理なく立ってられると何も「私が」「俺が」と力まずとも満たされます。

自然と立ってられると

あぁ守護を頂いてるんだなと思い知ります。立っていられる自体が、自由意志で生かされているということですよね。支えがなきゃ立っていられないようでは常にマリオネットですものね。
体験する自由を得ている私たちです。基本的に「自立」まで持っていけてこそ、歩むことができるんですものね。赤ちゃんを見れば明らか。

寝返り打てるようになって

ハイハイするようになって

つかまり立ちできるようになって

よちよち歩きを始めて、走る!踊る!表現するようになる

人間のこの一連の成長過程が全てを物語っています。そして「俺が俺が」の時を迎え、それからなんですしょうね、今わたしらが歩んでいるこの過程は…きっと。
そう言えば、『オオカミ子供の雨と雪』の弟の雨がオオカミとしての人生を選び取る過程は確かに「僕の生き方は僕が決める」でした。一見「俺が俺が」のようですが、その生き方は森と森に生きる生きものたちとの言葉を超えたコミュニケーションなしでは成し得ない生き方ではないかと思うんですね。決意の底にはオオカミとしての自覚の目覚めがありました。

何が「我」で何が「我」じゃないのか、決め付けは難しいかも知れません。

自由意志

大好きなアッシジの聖フランチェスコもキアラも親を捨てました。大いなる父の腕(かいな)に抱(いだ)かれる道を選んだ。

「愛されるより愛したい」

あまりにも有名な言葉ですが、聖フランチェスコの決意は愛へ溶け込む、愛に自分を明け渡す清しいものだった…だから多くの人々を惹きつけるのでしょうね。聖フランチェスコの生きざまって「我のない」状態なのですよね。

1年が8年の濃さ…らしいこの時期でも平常心で。あなたにはあなたの歩幅があります。

発芽を待つ種…その時期もそれぞれ。あなたにはあなたの時期があることを尊重して下さいね。





私ワンダラーではありませんけど、何か?

Category : 辛口ごめんなさい

テラヘルツ鉱石、昨日届きました。100gの袋に三角の立体が幾つか入っていました。手に取った感想は「軽い!」ですが、これは重量ということだけじゃない気がします。私はテラヘルツのテラを<地球>のテラと思い込んでいましたが、<兆>のことだったんですね。
この鉱石は各チャクラと呼応します。瞑想の習慣がある方などは試す価値あると思いますよ。ない方…私のような…も何かしら感じると思います。
この鉱石はテレパシックなコミュニケーションを促します。少なくとも私はそう感じました。宇宙的…かなりコズミックな印象を受けます。

心に偏りがあると…そうですね、自尊心とか使命感とか、お役があるとかいう心作用があれば、それも増長するのではないかと推察します。この鉱石は周波数がハンパがない。そのため、持つ者の本質を増長させるのだと感じます。増上慢は盗人のように人の心を浮上します。自分で気づく機会があるのかどうかはさて置き、自覚に上がらないという特徴がありますが、出方はわかりやすいです。上記した、使命がある・お役目があると言われた、などなどそういう話を引き寄せます。引き寄せるんです。これは精神世界ビジネスが仕掛けたある種の洗脳と言えなくもない気がします。
ですが、それは地球規模の変容が影響してのこと。いったんは関心がある人間は波に乗り…そこからは選択の連続。

精神世界に関心が深い人間…私も含めて、「あなたには使命がある」あるいは「お役がある」という言葉をかけられると思うのですが、いかがですか?

ですが、私はふと我に返る瞬間があったんです。使命?お役目?

幸いなことに私は視る機会を持ちました。それは内省に向けられたんですね。「なぜ自分にそういう使命があるのか」と。その時期は口コミで色んな人が相談に来ていました。で、悟らざるを得ませんでした。

本人(魂)の希望がまずあるということ。

大いなる存在からミッションを授かったというのはエクスキューズでしかないということ。このことに気づいている人が少なすぎる。そこをすっ飛ばして使命やらお役目やらに駆り立てられる。誰ひとり例外はありません。このことは肝に銘じておいて欲しいと願います。

霊的世界で私は誰かの膝枕に憩い…ですが、さめざめと泣いていました。「役に立ちたい」と。私に膝を貸してくれる存在は私の髪を優しく撫でてくれました。な~んにも言ってくれませんでしたが、その思いやりの深さ温かさは今もリアルに覚えています。

その願いは聞き届けられた

そして、今があります。ここに来るまでの道のりはストレートではなかった。地球に来る前には準備期間があって、それを経て転生した訳です。
で、ここで言い忘れてはならないことがあります。地球に来る魂は押し並べて<課題・宿題>を抱えています。ミッションは自身の心癖とどう取り組むかと背中合わせ。ポジティブとかネガティブとかいう次元の問題では…どうやらありません。真摯に取り組むべきプログラムではありますが。

さて

今回、テラヘルツ鉱石を取り寄せる時、私は正直に「私はワンダラーではありませんが」とメールに書き添えました。謙遜なんかじゃなかったんですけどね、やんわり批判がその方のブログに今日書かれているのを見て…多分、私ひとりじゃなかったと思うんですよ「私はワンダラーではないけれど」というテラヘルツ注文者。だって、その方のブログに「ワンダラーが持つべき」的文言がありましたし、「(ワンダラーの)新三種の神器」という記述もありました。ですから「じゃないんですけど、よろしいでしょうか」というのは無理からぬ心情かと思う。
中にはワンダラーを「大それた」と思って書いた人もいるようです。それもブログの管理者の使命ありきの内容を読めば、仕方ない気がして…まぁどっちも無理からぬということでしょう。
私は自分の出身や魂の成り立ちを視ていますから、本当にワンダラーじゃないので、そう書いた訳ですね。ですが、まぁ仕方がないですね。走り出した車に声をかけても届かないということなのでしょう。
袂を別つとはこういうことなのでしょう。ですが、敵味方ということでもありませんから。テラヘルツ鉱石は有難く購入させて頂いたということで良しとしなければならないのかも。

テラヘルツですが、コップに入れて飲用するとかもありだと思います。石は人と同じに肺呼吸をする質ではありません。従って例えば一日中ペットボトルか水筒に入れっぱなしでも息できないとかないと思いますよ。水に入れっぱなしでは申し訳ないとか感じれば、その気持ちに準じれば済むことです。
どういう使い方をするかはテラヘルツ石と話し合って(笑)活用していくのが一番と思います。


テラヘルツ鉱石がこのように世間に普及する機運って、これは地球自身がオープンになったからかなあとか推察しています。
実はこの人社会の仕組みは<民衆><民意>の方向に移行しています。今は本当に過渡期!正念場ですから、皆さん大いに直感を働かせて暮らしていきましょうね。

使命とかお役目とか重くないですか?

実際、それらの波動は重たいです。これ誰も言ってませんか?私の独断と偏見でしょうか?

もっと肩の力を抜いて、此処に生まれたこと自体、やるべきことは山積みでしょう?工夫努力をすること。何も世界を救済するとか意気込まなくても、あなたが私が生きていること、互いに呼応すること、あぁ頑張ってるなぁと思える<連帯感>があれば充分と思うんですけど、いかがですか?

あなたは既にいわゆる使命を生きていますよ♪

あなたらしく

あなたの歩幅で

人の役に立っているかいないか、転生の課題をきっちり遂行できたかどうかはもうすぐ分かることです。いや、20年30年先かもしれませんよね(笑)超!長生きかも知れないですからね。

活かされていることに感謝。使命がなくてもあってもそんなのどっちでも良くないですか?

あなたの人生はあなたのオリジナル。佐野ることなどできないんですから…え?皮肉が過ぎる?ありゃりゃ。

ある種、私らはモニタリングされていると思いますよ。「あぁしたら、こぉなるんか」とか「ありゃりゃ、あらぬ方向へ行っちゃったけど、まぁいいか」とか(笑、笑えない?)私ら地球転生志願者の動向はひいてはあなたの魂の故郷とタイアップしているのだし、影響している訳です。

私たちひとりひとりの動向は、私たち自身の成長の記録ですし、彼らの記録でもあります。



ここで再確認しておきます。



一握りの人間たちの祈りが動向が世界を人類の命運をどうこう出来るでしょうか?

祈る気持ち。霊感に則って行脚する意志。祈たいなら祈れば良いのだし、霊感行脚したけりゃすれば良いのです。それと地球の、人類の運命がどうのとうのは別次元の話です。

自由意志

つい使命やお役目という引き寄せをして忘れてしまう。忘れているも知らずに。自分の行いが自由意志に土足の行為という自覚もなく。言い過ぎですか?果たしてそうでしょうか。ただし世界平和を祈るのは確かに個人の自由です。そこに霊感や霊能を駆使する必要あるんでしょうか。

あなたの寿命も人生のコースも何人(なんびと)とて触ってはならないのです。地球規模の大変動の只中に私ら人類も含め、生きとしいける生命すべて突入しました。



互いの無事を祈らずにはいられませんよね?でもね、それより信じましょうよ。地球の意志を。そして、地球に今訪れているエネルギー(周波数)はピラミッド型システムではないことを悟りましょう。

何もかもが<民意>へ移行しています。YouTubeのことを家のものと話していて私は確信を得ました。

「もう一部の才能がある人間が大衆に向けてエンタメする時代じゃないんだなぁ。極普通の人間が自分のアイデアを見せる時代なんだね。YouTubeなんて誰が思いついたんだ?その気にさえなれば、アイデアを共有できるってひと昔前にはなかった発想だよね」

ネットは起きるべくして起きた文化。普及させたのは企業(国?)ですが、同時に私らでもある訳ですね。面白い時代でもあるんですよね、ロクでもないこの世界は。私らの中からアイデアが生まれ、私らを通じて広がっている。ネットワーク…素晴らしいと思う。




私ワンダラーじゃありませんけど、何か?






神様につながった電話

Category : アセンション

保江邦夫さんてご存知ですか?物理学者だそうで、女子大で教鞭をとり、合気道指導者であり、講演・執筆活動もこなす忙しい人のようです。保江さんの「神様につながった電話」という本を私は今取り寄せ中。YouTubeで講演会を見て取り寄せを決めました。
実は先々週くらいに存在を知ったばかりで「ふ~ん」程度だったんですけど、テラヘルツ鉱石を…これまた取り寄せ中で…どんなんか楽しみですが(感想はここで書きますね)、このテラヘルツと保江さんがどう私の中でリンクしたか?もうこれはタイミングとしか言いようがありません。

私はずっと姫川薬石を愛用しています。色んな天然石に触れてきましたが、この姫川薬石は流石!姫というのか(笑)特別な存在感…少なくとも私にとってですが、この姫川薬石は持つ人を読みます。で、必要な仕事(?)をします。私の場合は、首筋から脇にかけてのシコリが一瞬で消えました。魔法のように!一瞬で、ですよ。これには驚きました。同じ感想も寄せられていますが、私はこの薬石の広告塔でも販売員でもないんですけど(笑)我が意を得たり!ではあるんですね。ですが、人により感想はまちまちでしょうし、相性もあるでしょうし。個人の意見ということでご理解下さいね。

さて

私は波動・周波数と飽きもせず言い続けています。

天然石やアロマ、ハーブは人を癒す質です。私より造詣が深い方もたくさんいるでしょう。これは私にとって三種の神器。そこに<水>が加勢すれば、怖いものなし?なくらい気に入っています。

話しが逸れた!

保江邦夫さんですが(笑)講演会を拝聴して思ったのは「この人は、かなりユルんでるなぁ」でした。この人もトンデモ系人(笑、造語作っちゃいました)。飛鳥さんや関暁夫さんはまだヤンチャだなぁというか…魂的に幼く視えます、良い悪いじゃなく。ですが、この保江さんのゆるキャラぶりは人がどう自分を批判しようが褒めようが、そりゃぁ褒められれば嬉しいでしょうが、そこがツボじゃないんでしょうね。ブレない。「変なオジさん?OK。ノープロブレム」な人かも知れないとか想像しちゃいます。

トンデモ系人の鑑みたいなオジさんだなあと(^^)

イイんです。頭おかしくね?と言われても自尊心に響かない厚顔ぶりは流石です。多分ですが、自分が一番「楽しんで」るんじゃないでしょうかね。タラタラとまとまりのない語り口なんですけど、人を引き込む魅力があります。
イイんです。アシュタールの生まれ変わりだろうと中丸お狐様とダブってようと、その信ぴょう性などどうでも良くないですか?
この人の言わんとすることで「お?」と思うのはあの2012年12月23日マヤ暦とアセンションに関すること。この人は分かってる…というか、核心に迫っていると思いますよ。

アンドロメダからシリウスA経由…セーフですね、シリウスBだったら「えやいこっちゃ」です。

話しは逸れつつ、ちょっと説明:私はアレックス・コリアーさんの宇宙人図に違和感がなく、オリオン系以下シリウスBを危険宇宙人とする説に「やっぱりなぁ」と頷けるんですね。と言うのも。以前からオリオン星を眺めていると寒気がする…意味もなくなんですけど、安全じゃなくなるような…その理由かも知れない。でもこれは私にとっての、というで根拠のある話ではありません。:以上。

この保江さんの『予定調和から連鎖調和へ』もタラタラとぶどうジュース(?)のグラス片手に迷調子ぶりを発揮しています。興味のある方は他にもYouTubeでチェックしてみて下さいね。
で、この予定調和と連鎖調和という保江説は実に興味深いと私は思いました。これはアセンションに関わりがあります。講演会ではちょっと分かり辛いかも知れません。著書読んだらまた語ろうかと思いますが、予定調和は<神の意志のままに>、連鎖調和は<私たちひとりひとりの意志が相互に連なる>という…まだ私も詳細を把握している訳じゃないのですが、この変換が2012年12月のあの前後にあったとするのが保江説。説というより、実体験でそう直感したようですが、これ合点がいくんですよ。目からウロコがゴソッと(笑)えぇ私とて道半ばです。何もかも悟っている訳ではありません。

連鎖調和と直感は密に連動するのだと思います。これは飛鳥昭雄情報と相容れない質かと。つまり、飛鳥情報は聖書に則って第三次世界大戦~ハルマゲドンを辿る人類の行く末です。そこには意図的に聖書記述を遂行しようとする狂信者の存在があると飛鳥さんは情報を繰り広げています。私はそれをガセと言い切れないと思いますが、人心も多様化していることを鑑みれば、その通りに世界は進むのかは疑問。聖書、あるいは予言に書いてあるという…書いてあるから「起きる!」と言う人に「あんたそれ違うよ」とも言えない。

私が視る日本に3分の2の餓死者は存在しない。

ですが、飛鳥情報の「日本に3分の2の餓死者が出る」も否定しません。どういうことかというと、それだけ人の想念にある<未来>が道別れしているということかと思うんですね。今は共有期間というか猶予期間というか、まさに過渡期を私らは体験している最中と。

もし保江さんが体験した<次元の裂け目に入り込む>をあなたが、私が体験しないとは限らない。
それはいつ何処で誰に起きるか分からない。タイミングはそれそれという。これ私には違和感がありません。

私が居る次元は<手と手を繋ぐ>世界

決して一方が他方に寄りかかる質ではありません。手と手を繋ぎあう…そこに<輪>が形成される。そうして、その輪は螺旋を描いて上昇する…これが私が視るアセンション図です。故に誰かがシベリアに避難しようと先導し、それに乗る図は描かれていません。そういう図もあるでしょうし、それを悪いとか「やめなさい」とか阻止するつもりはないのです。

すべて<選択権>はひとりひとり私たちに委ねられている

既に描かれた<予定>に則る義務はない。そうではありませんか?

なぜ周波数シフトの波が来ているかと言えば、そうですね…私たちが今迎えている<波>、キャッチし始めている<周波数>は、誰かが何かが私をあなたを<救う>エネルギーではなく、あなたが私が自らを<救う>エネルギーの波ということです。キャッチには何段階かあるのだと感じます。

1.保江さんの体験したように個人レベルで次元の裂け目に入り、この次元から去る

2.宇宙船天空に満つる日。宇宙船に救いとられる。

これ以外にもあるのだと思います。2.の場合は新生地球で新たな一歩を迎える人々かなぁと思います。宇宙船の周波数と<同調>することを意味しているでしょう。
宇宙人に救いとられるって、矛盾するように思うかも知れませんが、「祈りが届けられる」のだと思うんですね。何が一番大切かというと、それは<自発>の一言に尽きます。その祈りとは「地球のために何かできるかを最優先して取り組む」意思表明でもあります。
祈りは「助けて!」ではなく、「地球のため、同胞のために役に立ちたい」という意思表明が<祈り>と理解した人に訪れるのではないでしょうか。

私だけじゃなかったんだと私は喜んだんです。保江さんも何かしらを2012年12月のあの時期に体験してたんだと。
私は12月22日にエネルギーがスイッチが切り替わるように変わったのを感じました。本当に霧が晴れるように変わりました。そして、それから夜明けの海のような静けさを味わったんですね。

私は聖書もアカシックレコードも拠りどころにはしません。第一そんな面倒臭いこと苦手です。いちいち読むとか勉強会に参加するとか…アカシックレコードにアクセスするとか。
なぜ人は自分の直感に意識を向けないのでしょう、ダイレクトに。聖書、アカシックレコード、あるいは宇宙存在(アシュタールなど)預言者から答えを導き出そうとするのでしょうね。あるいは未来の様相を託そうとするのでしょう。

これから益々多様性が加速すると思います。

新生地球で新たな一歩を迎える人々の中には1.を辿る人もいるでしょう。全ては同調周波数によると私は視ています。

保江邦夫さんですか…世の中は広い。人の想念は<多次元>なものです。その中から<同調>する人や存在に遭遇するのは幸運なこと。ただし保江さんと私が縁があるとは思いません。あぁ地球に共感できる人がいて幸運だなあとは思います。

寄りかかるのではなく、手と手が磁石で引き合うように出会い、繋がれあう。そして輪を作る。いつまでも隣人が同じとは限りません。常に流動的だと思います。
あるいは単身で移行して懐かしい人たちに逢うということもあるかも知れませんね。

おもしろいことになってきました。この話はまた書きます。




聖書は終末予言書ってことだとしたら

Category : 限定記事
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えっ、NHKって国営じゃなかったの?

Category : 時事ネタ

私はどうしてだか分かりませんが、NHKをずっと国営と思い込んでいました。そうではなく「公共放送局」という…皆さんはご存知でしたか?私は<公共>と<国営>と一緒くたにしていたのでした。
じゃぁ公共放送局って?以下がその説明に当たると思います。『 ヤスの備忘録 』より


ヤス :(略)メディアって市民のものだということですよね、基本的には。たとえば、NHKは国営放送ではないですよね。公共放送です

公共放送の主体って何かと言えば、市民なんです。

戦後すぐに始まったNHKの経営委員会ってありますね。労働者側からも経営者側からも(途中略)あらゆる多彩な人種によって維持されてる。すなわち、市民によって管理されてるメディアがNHKだったんですよ。

N :ああ、そうだったんですか。知らなかった。

ヤス : だからNHKの所有者は誰かと言えば、国民だし、市民なんです。だから、市民から取った受信料によってまかなわれて、市民の意見に絶対的に服従して、市民によって運営されるというのが、本来のNHKなんです。

N :他の民放はスポンサーで成り立っているのでわかりやすい。でも免許事業なので、政府の意向はある程度聞かないと怖いという部分もあるんでしょうが。

ヤス :だから、国民から受信料を取ってて、それで政府の言うことを聞くということは、実は論理矛盾だということです(略)だったら、完璧に国営にしてしまえと。受信料もいらない。完璧にフリーにしろと。

N :そうですよね、みんな観ないし(笑)。

ヤス :(略)BBCってありますね、あれもNHKと同じ公共放送なんですよ。やはり国民から受信料を取るんですね。取るんですが、BBCの経営に係っている人たちというのは、市民一般から公正性の高い選挙で選ばれるです。NHKなんてあれでしょ? 政府からの指名かなんかで選ばれるんでしょ? わけわからんですよ。とんでもないです。




現NHK代表は安倍のお友だちとは周知の事実。また受信料を国民が治めるのも義務のような植え付けが為されてますし、払わなきゃ「罰する」で揉めるニュースもありました。まぁ国民からの受信料だけではなく国からの予算も導入されているということで、何というのでしょうね…私なんか物心ついた頃には既にあった放送局…民放は企業スポーンサーから、NHKは国民から受信料ということは認識していましたが、てっきり質としては<国営>と思い込んでいました。

受信料を治める義務はマストなの?

そこからして何か腑に落ちない。NHK代表は政府じゃなく、国民により指名されて然るべきなんですね。知りませんでした。
「観ない」という自己申告に「本当は観てるだろう」と詰め寄る権利はNHKには実際はなさそう。要するに一般市民の敷居に立ち入り、受信料支払うのは国民の義務とばかりの印籠をかざされても怯むことはないということになります。
私たちはもっとヤスさんのように本質的なところを調べて、あらゆる圧力に対処する智恵を持たねばならないってことなんでしょうね。

戦う。争う。そうじゃなく「NO!はNO!」だし「Yes!はYes!」という意思表示をするくらいの自由はあって良いはず。だって日本は民主主義国家なんでしょう?

私たちは賢くなければなりません。今という時はまさに。

NHKは国(政府)主導で人事(代表決定)にしても運営されているのが実際ですよね。公共放送とはなんぞやというところを私たちは勉強して、より透明度の高い放送局へ移行させる、「そんなに受信料払え払え!言うんなら、公共放送としての立ち位置を善処してね」という躾を私らがNHKサイドにしていかねばならなくなる…そこを視野に入れなきゃいけない時運なのでしょうか。
今は各報道の長が首相からお食事会に招かれて辞退もせずという様相を呈しています。報道が一国の首相と親しく交流する、堂々と行われるって…私たちは互いを隔離したものにせず、気持ちを揃える方向へ。そういう時かも。

今日、安保法案強行決議ですか?

タブーとはいったい誰が作るのか?

日本とて国民とて向かう方向性は一枚岩じゃないかも知れません。ですが、民意が大きく激しく動き、声を上げているのも事実。国会に向けたデモも日に日に大きくなりつつあります。これ事実ですよね?これ誰にとって不都合な事実なのでしょう。
沖縄知事も辺野古埋め立て阻止を声明出しました。私、署名運動あれば署名しますよ。沖縄基地問題にしても他人事ではありません。
今は中国の脅威が取り沙汰されています。自衛隊が紛争地に行くのであって「自分じゃない」という考えを持つ人も日本人の中にはいるようですが、本当に愚者だと思う。戦闘参加に大賛成の右なお方が「ウチの孫?戦地になんか行かせんよ」と言ったと耳にして唖然としたという話も。

人間って地位を得るとろくなことしませんね。ご都合主義をゴリ押す。今は戦前と違ってネットなどで市民の繋がりの輪を広げやすい世相です。私たちは大いに繋がって市民主体の秩序を構築する方向へ向かいつつあります。

誰にとってそれは不都合なのでしょう。

無知

これこそが私たちの<敵>です。<ひとごと>も同様に。橋下ってディベートの達人なのですよね。詭弁に打ち勝つ法は<詭弁に勝る英知>かと。逆説的ですが、勝とうとせず、英知を生み、それを広く伝えること。

NHK放送。公共放送局。いつからか「国営に」なってましたか?本来は市民主導で運営される質とすれば、正しい位置に戻さねばならないでしょう。

これからですよ…何もかも。

メシア再降臨

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メシア再降臨

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666ナンバーの車

Category : 時事ネタ

今朝の地震には驚きました。震源地は羽田沖…震度5。久々に大きい揺れでした。9月11日には台風による記録的豪雨で河川氾濫・決壊でかなりの被害が出て…復旧が急がれます。
ネットでは台風も地震も人工的なものと取りざたされています。真意のほどは分かりませんが、気象にしろコントロールするシステムは既にありようですから、荒唐無稽とは言えないかも知れません。

実は昨日買い物帰りに666ナンバーの車に遭遇。「ゲッ」とか思いつつ帰宅しましたが、今朝の地震ですからね…ちょっと引っ掛けて考えてしまいます。
多分ですが、ぞろ目数字をよく見かけるという人多いと思うんですけど、皆さんはいかがですか?私は3333ナンバー車、時刻を見れば、2222とか1111とか頻繁に起きた時期があって…今も時々1717とか1414とか…ありますねぇ。家の者は「宝くじ買え!」なんて(笑)こういう偶然の一致は皆さんも経験していると思います。

それにしても666ナンバーってあなた…知る人は知るで退いてしまいますよ。ですが、一説にはその数列には裏の意味があって「神聖な数字」なのだそうで…いったい誰が不吉とか神聖とか決めるのかはわかりませんは。裏意味では神聖って…こじつけ?と取れなくもありません。言ったもん勝ち的な匂いもしますが、信じる信じないはあなた次第という括りかと。ただし数字にはそれぞれに意味、シンボリックなニュアンスはあるとは思います。言霊というものそうでしょうし。なので何かしらインスピレーションを人間に与えるものなのでしょうね。動物もそのようですね。

私はフクロウの夢を見る時期があったり、羊と吊り橋の夢とか、夢も時に予兆という時があります。
一番辛い時期には修道女がひんぱんに出てきてくれていました。テレパシーで「自分を追い詰めなくても良いのですよ」と私に伝えながら手を握ってくれました。リアルでね…顔のソバカスとか目の色髪の色など特徴を今も覚えています。その夢は私の潜在意識の、誰かに慰められたいという強い願望の顕れだったように思います。かなり重度の自己嫌悪に陥っており、自分がダメな理由も逃げようがないほどでした。逃げずに見つめよう。でも苦しいよという。

夢があまりにもリアルだったせいで(?)立ち直る方向へ一気に向かいました(笑、良かった良かった)「あぁ自分が自分を追い詰めていたんだ」と。人がどう私の欠点や行いの粗末さを指摘しようと貶(けな)そうと。追い詰めるのではなく、経験からどういうふうな切り口で生きるかを探していこうと前向きになれたんですね。それくらい強烈なインパクトを受けた夢でした。

ですが、私はあまりこういうことに神秘や霊的意味をもたせたいタイプではありません。夢にしても霊夢といわれるものがあります。普通の夢か霊夢か…その境界線は本当に微妙かと思います。人によっては思い込みが激しいケースが実際にあります。私の場合、僭越ながら「わかります」どういうふうに?と問われても答えられないんですけど、明らかに違いがあります。そのひとつには「鮮明さ」が挙げられると思いますが、それも絶対条件ではありません。中には予知夢というものもありました。今はまったく見ません。

確かに偶然の一致は何らかのサインとは思います。ですが、関連性あるものも、そうでもないものもあるようです。思い込みは寒いし痛い。常にニュートラルであることを私はお勧めします。個人の自由なんですけどね。思い込みだってひとりで思い込んでいるうちは無害ですしね。

予兆

以前、カラスの死骸を見かけたことがあります。その時は「何かあるな」と直感しました…なんか訴えてる感じだったんです…常にそうではありません。で、やはりニュースで命に関するものがありました。「怒り」「憤り」というサインでしたが、そういう知らせ(予兆)は確かに存在します。

ことさらに結びつける危険性があるものと、実際に予兆であるものの見分けは難しいと思います。ですから、できるだけニュートラルにと私は思う。知らせは来る時は来ます。

そういう予兆やサインと私たちはどう関われば良いのでしょうね。盲信のリスクも背中合わせ。だからと言って懐疑的すぎるのも惜しい訳ですね。せっかく自然が、目に見えない存在が私らに何か知らせることがあって、地上のものや数字などを使って知らせてくれているのかも知れませんしね。

視える聴こえるで…おかしくなる…精神に異常をきたす人がいるのも事実です。

どうぞ皆さんは視える聴こえるに溺れないでいて下さい。これは特別な霊能とかいうものではありません。誰もが実はもっている資質。能力という括りにとらわれているとおかしなことになりかねない。

今は磁場も変化している地球。そこに生きる動植物も過酷な時に差し掛かっています。イルカやクジラが大量に浜に打ち上げられる…あるいは大量死も世界あちこちで見受けられるようになっているようです。

それでなくても太陽の磁場異常など地球も太陽系惑星…やはり変化が著しい時です。人間の神経・精神に影響ないとは言い切れません。サイコパスな事件が増えています。cernは時空に風穴を開けようというプランが実行されようとしているとか。Haarpはどうでしょう。どういう必要性があって設置された施設なんでしょうね。携帯などの電磁波の健康障害も指摘される昨今。
私たちはハイテク文化に恩恵も受けながら同時に負の影響下にもあるようです。そういう世相ですが、決して無力ではない訳ですね。天然石やハーブ・アロマという自然の理に沿ったものを生活に取り入れて、できるだけ自然に沿った暮らしをすることで自分を見失わずにいることができますものね。あるいは電磁波その他のリスクをリセットするような技術も開発されてるかも?ご存知の方もいるでしょう。

生きづらい世界です。難民を蹴ったとして報道人が世界中から非難を浴びています。蹴るなよ!ですが、当人は「当時はパニックだった」と自己弁護したようですね。実に卑怯と私は思いますが。

難民がいるという世界

住み慣れた土地から離れざるを得ない国民があるんですね。今はシリアがそうなんですね。紛争のために家を追われる人々。ですが、これは他人事ではありません。未来から来たという(?)ジョン・タイターという人物が書き残した地図…ネットで出回っていますよね?その中の日本地図を見て愕然とした人もいるでしょう。東日本、東京も含めて<立ち入り禁止地区>になっており、首都は岡山という。確か北海道も違う名称になってましたっけ?北方領土を巡ってロシアが…ですものね。

そういえば、『天空に宇宙船滿つる時』という本に寄稿している浅川さんですが、「沖縄に富士に変わる(富士山より高い山とか)日本の象徴的山が出現し、そこが新たな日本、世界の中心になる」と言ってましたっけ。それを知った当時、私は「富士を凌ぐ高さの山が形成されるって、どんだけの地殻変動?」と思いました。そうでしょう? 沖縄県人でその話を聞いて、どう思ったんでしょう。歓迎ムードでしょうか?沖縄が世界の中心になるということで。浅川さんも日本人が新世界のリーダーになるという信念をお持ちなのでしょう。

沖縄に富士山級の山が隆起する…その際は目覚めた龍蛇族の人たちは天空に満ちる宇宙船に乗っていち早く逃れ、時期を見て帰還。新世界を構築するということなのでしょうか。

私は、『天空に宇宙船滿つる時』という本を最初に読んだ時はワクワクしたものです。ですが、数年前に読み返して、ある章に愕然として一気に信頼をなくしてしまいました。

この世界には自由意志が貫かれています。それは宇宙の法則でもあります。この世には様々な段階の魂が集っています。故に争いが絶えない。どの段階の魂にもえこひいきなしで貫かれている、それが自由意思です。
大いなる存在から自分に救済の、伝道の使命を授かったという…それも含まれます。使命を受けた、故に今の自分があるという発想も。それはどういうことかというと、それを誰が望んだとかということなんです。

「あなたでしょう」

大いなる存在から使命を授かるというシチュエーションを設定したのは他ならぬ「あなた」です。選ばれたというシチュエーションをあなたが望んだと私は断言します。何故か?理由は簡単です。

誰かの何かの役に立ちたい

もっと言うと

それだけ価値のある存在でいたい。あるいは思われたい。

もっともな理由付けと私は視ています。私たちは例外なく志願者です。地球に転生する志願をした者たち。でね、どういう役を演じたい?と常に自身に問います。あるいは守護者(お守役)と話し合いながら私たちは自分の人生の方向付けをします。
中には何らかのカルマの相殺として<奉仕>を望む者もいます。
自分は選ばれたという、使命されたということを心地よく感じる…それも成長の階梯のひとつ。良いとか悪いとか言おうとしている訳じゃありません。魂はそれぞれ成長過程にあります。従って価値のある存在としての自分を自覚すべく人生設計をすることもある訳です。アイデンティティですよね?

それを強く望む段階もあり、そういうの必要としない段階の魂もいる。すべては自由意志の成せる技です。あるいは絶対服従という請願を立てた者もいるでしょう。本当にどれをどうと言えない。それほど多くの動機を持った魂がひしめく世界、それが地球です。
『天空に宇宙船滿つる時』に描かれていた人たちはイエスに導かれていたのですよね。でも私はそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないと思っています。何故か?

イエスは愛の人です。愛は自由意志流れを組んでいます。自由意志とはそれぞれに<選択の自由がある>ことを指し示します。

愛は人類の命運を、地球を極一部の人間に託すでしょうか?

霊感に導かれるままに…イエスの導きに委ねた奉仕の人生…そういう人生を彼ら自身が望んだ、あるいはそうせざるをえない何かを有していた。ですが、世界は彼らの使命をすべてとはしないんです。彼らの使命は地上のすべてではないのですよ。いくら尊かろうと。

私が感じるイエスは極一部の人間に地球の人類の運命を託すような人ではありません。

わかりますか?イエスの投影自体が魂の質によりこれだけの違いがあるのですよ。あらゆる成長過程の魂が集う地球。私たちは精一杯に生きて、他人の運命を左右するような請願など立てない方がいい。
彼らが救済を意図していたからと言って、それしか道がないとあなたは本気で思っていますか?
彼らは彼ら。私は私。あなたはあなた。あなたの運命は誰のものでもない。あなた自身のものです。あなたは自己責任の由来の元に、あなた自身を愛する故に選んだ人生。

従って

私たちはバースビジョンを明確にする必要があるかも知れません。誰かに聞くまでもなく、あなたの人間関係や心癖から導き出せます。

アレックス・コリアーさんの言っていたことで印象深いものが幾つもありますが、その中でも強烈だったのは「救世主が私たちを救ってくれるというのは自由意志の放棄」という趣旨の話でした。

地球人の「やっちまった!」ことは地球人で解決するしかない。

救世主がこのロクでもない事態から選ばれし我々を救ってくれるという考えは「甘え」だと私も思う。「誰かが窮地を救ってくれる」という刷り込みはウルトラマンやスーパーマン…いや遠い昔から人間の心にあったのだと思います。それは「どうしようもない」世界だったからでしょう。ずっとずっと!

一部の支配層と大多数の従属者という構造

これこそが多くの人を<無力感>に陥らせたのではないでしょうか?

人類社会はもう末期症状ですよ。もう手の施しようがないくらいにね。だからこそ!私たちは個人個人で独り立ちする機運なんですよ。ピンと来ませんか?困りましたね。
この人社会は極一部の人間の利害で築かれたものなのでしょう?つまり、何処にあなたのアイデアがあるの?と私は問いたいと思っているんです。

まずはあなたの思念の内に理想とする、命に優しい世界を構築する。何が必要で何が要らないかを明確に意図する。まずはそこからです。

この期に及んで

えぇここまで悪化しなきゃ憤らなかったでしょ?これまでは「こんなもんか」と思ってませんでしたか?

無力さがどれだけ私らの心を蝕んできたことか。

まずは明確にあなたの心に平和を植えて下さいね。そして何がNO!で何がYes!かを明確にして頂きたいと思います。



666ナンバーの車からここまで話が膨らんじゃいました(苦笑)かなり熱く語りましたね。



今日はこの辺にします。極一部の人間が地球を救うとか、人類を救えるほど世界は柔じゃないです。宇宙船天空に満ちることがないよう…人間が仕出かしたことは人間の手でなんとか解決する方向を願うのなら願った方が良いと私は思っています。既にそのためのハウツーはあるんじゃないかしら…?さて、どうでしょう。そして、解決すべきことの中には私たち人間の依存体質も含めてと私は感じています。






ふ〜ん…そう。でも私それ要らない。

Category : いよいよなのか

マイナンバーカードがあちこちで話題になっています。永田町ってどっち向いて何処に行こうとしてるんでしょうね。国民の方に向いてないのだけは確か。いったい誰のためのマイナンバー制・集団的自衛権・秘密保護法なんでしょうね。まつりごとにとって国民は税収要員・一票要員でしかないのでしょう。
ネットではマイナンバーカードがなきゃ物を買えない、上限額なんたらで買い物が出来なくなるという説が流出してるんですね。麻生がマイナンバーカードのことを「使いたくなきゃ使わなきゃいい。還付金がもらえなくなるだけ」と言ったようですが、年間4千円…なんですよね?消費税グンとアップさせる前に何の皮算用なんでしょう。還付金?

ふ~ん…そう。でも私それ要らない。

第一、どうして?個人的な買い物(食料品を含め)に国民を管理するシステムカード提示をせよと?なぜカードを使えと?還付金で釣るようにして。何故でしょうね。

マイナンバーカード提示しなきゃ買い物ができなくなる?そんな恐ろしいカード…だって預金口座その他の情報示せってんでしょ?年金消えるとか色々不祥事が相次いでるのにずいぶんと危ない橋を国民に渡らせるんですね。
もしこのカードを提示しなければ米も買えなくなるんなら、直に農家から買います。お取り寄せもあることだし。そこまで国の手が伸びるようなら…え?色々配給制になるかも?それって戦時中と変わりないじゃないですか。今はまだ予想の域ですが、そうなったら知恵比べってことでしょう。そういう法治なら米は直買いし、水は井戸を掘り、自作農を目指す。マンション住まいしている場合じゃなくなるってことでしょうか。マンション住民一丸となって敷地に井戸確保するとかもあり得るのかしら?

いつからでしょう。水道局が成立したのは?

水源を国家が管理・運営する…こういうシステムは誰のためなんでしょうね。井戸掘ったりした日には「水道水の水を使用しなさい!これは国家命令。誰が井戸掘って良いと言いましたか?埋め直しなさい!水道料を収めるのは国民の義務です」なんて日が来るのかしら?
ウチの者は集団的自衛権が取り沙汰された時期に私が「名称は違うが、徴兵制が再現するかも」と言った時、「まさか」と一笑に伏しました。ところが今はどうでしょう。「ウチの息子に自衛隊入隊勧誘の郵便が届いた」という話があちこちから出てきました。人は言葉を巧みに操ります。橋下も政界引退と公言していましたが、今日日のツイッターでどうやらそうでもないらしいニュアンスを醸し出し始め…流石!弁護士。ディベートには自信があるでしょう。でも猿も木から落ちると言います。

秘密保護法も色々取り沙汰されてきました。思うに庶民と政治畑の間には深くて広~い溝があって、埋めようがないのでしょう。また庶民間にも意識のズレがあります。

政権とは国民が選挙で選んだという大義の上に成立しています。況や「だってあなたがた国民の多数が我が党を選んだんでしょ。私らの政策は従って国民は同意ってことでしょ…なにか?」と言われたらぐうの音も出ない。「選挙行ってない?無責任な選挙民だなあ。権利放棄するんだ…てことは俺らのやること自動オーケーってことかね?」とかどうとか。彼らはディベートの達人です。どんなことも大きな声で言い放ちます。
実際のところ、民主党政権が選ばれた時点で「自民党にお灸をすえる」的考えの選挙民がいたようで…ところがあっけなくも民主党政権はお粗末で「やっぱり自民党しかない」と。まぁ不正選挙という話もありますが、まことしやかという域でフェイドアウト。いずれにしてもネット情報は鵜呑みにはできません。事実としても炙り出すのが精一杯かと思いますが、要するに何が一番かと私は思うんですよ。それは

民意

かと思う。この<民意>の総数が一定量以上を越えれば、国民不在法案を覆すことが出来るかも知れません。
あるいはマイナンバーカードを使うことなく生きるために家族と生きるために私たちは工夫し協力し、アイデアを生み出していく方向へ向かわざるを得なくなる。その可能性が日増しに増しているのが2015年という年なのでしょう。

この世は実に皮肉な場所と思います。善は明確な悪が現実にならないと発芽しない。平和もそう。戦争があって、身内に犠牲が出て、焼け野原になって初めて平和の有難さを知る。
今は中国の脅威に煽られて、防衛・自衛の機運が否応なく高まっています。中国の軍事力に対抗するだけの防衛力と更には攻撃(反撃)可能な法案を日本は持たねばならないという考えも少なくないようです。ですが、もし日本が中国の挑発に乗ったら?

行け行けムードは即!萎むと思いますよ。

行け行け派は自分が戦地に行かないからの鼻息では。あるいは現実感が乏しいとかもありそう。まったく稚拙な人たちかと思いますが。中国の背後にどんな国がいると思いますか?ロシアとその仲間たちですよ。彼らは持ちつ持たれつ。ロシアは中国にガスライン引くんでしょ?
国連は絶対的指導力を持ち合わせていません。そして、中国は決して倒れません。
日本政府が集団的自衛権を発動し、いつでも「かかってこいや。俺んちにはアメリカがついてるんだぞ」と中国と対決したとします。アメリカは日本を守りませんよ。守るはずがありません。ポーズはとるでしょう。ですが、本気で援護しないと思いますよ。アメリア政府にとって日本政府は家来。何処までも追随するという認識でしょうし、実際そうせざるを得ないでしょう。

周囲は敵ばかり

韓国然り、中国然り…領有権問題で。ですが、中国はそうではありません。中国はしたたかです。
アメリカにとって日本は(真珠湾攻撃を機に戦い)敗戦国。目下の国です。韓国はどうでしょう?韓国はアメリカに一度たりとも戦争しかけていません。故に日本より自由が利く立場かと思います。アメリカは中国を脅威に感じている。従って威嚇はするが、水面下で色々と便宜を図り合う関係性をこれからも構築するでしょう。

日本はオリンピックで「お・も・て・な・し」とか、真似っこエンブレムとか、ボランティア服「ダサい」とか、不可能な建築物とかで騒いでいる場合じゃないと思います(確かにあのユニフォームはセンス疑いますけど)。

私にとってオリンピックも「ふ~ん…そう。でも私それ要らない」に含まれます。だって犠牲が大き過ぎます。アスリートの名誉のために住み慣れた土地から退去しざるを得ない人が一人でもいれば、それは国民の利益に添うものではないと思うからです。だってその人たちも国民でしょ?

小さな犠牲の上に立つ事業は私にはバベルの塔にしか映らない。あなたは誰かの犠牲の上に立ってでも夢を叶えようと思いますか?
あるいは逆の立場だったら?
それとも「仕方ないじゃない」と見て見ぬふりをしますか?自分のことじゃないからピンと来ないとか?

身も蓋もない。ここからが実は正念場です。

集団的自衛権にしても指揮系統に立つ人間は決して紛争地域最前線には立ちません。絶対!自分の子息とて立たせないと思いますよ、実際そういう発言を聞いた人います。最前線で命の危機と向き合うのは誰でしょう。「仕方がない」で済ませますか?あなたの息子が娘が紛争地区の激戦に参加するとしたら。

ものごとを自分に引き寄せて考えて初めて相身互いの世界を築くことができる。私たち人間はどうも自分中心に考えるクセが身についているようです。農薬ひとつとってもそうではないでしょうか。

此の期に及ぼうと

私たちは最初から出直すくらいの心で、ひとつひとつ相互協力しあって問題に取り組んでいった方は良いと思います。もし国民の大多数が「このカード要らない」と意思表示したとします。大多数が、ですよ。消費税10%?「まぁそうそうショッピング出来ないわね。お野菜くらいは自分で育てようかしら」という主婦の数が大多数を占めたら?

今、私たちが向かっているのはこうした絶対多数の<民意>の自分は一翼を担っているという自覚ありき。そういう世界かと思うのですが、いかがですか?
落とし穴があるとすれば、選挙でしょうね。このシステムは政党政治という形態ではもう立ち行かないかと。どの政党を選ぶという括りでは私…選ぶ政党なくて困っています。本当にない。それが何を物語るか、何を私たちに告げているかに気づいた人はステップ・フォーワード…先に進みましょう。






ものごとは一長一短にはいきません。でも、だからといって手綱を緩めないで下さいね。





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(2016年12月27日記)

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