スイッチ

Category : 魂のご飯

世の中には平気で嘘をつく人がいます。私が知り合った中にも数分前に言ってたことと真逆なことを、それも人の目をまっすぐ見て言える人間がいました。よく嘘つく時は人の目を見てないと言いますが、例外もいるということなのでしょう。私はそういう人をサイコパスと呼んでいます。その場その場で思いつくことを言う。それが前言を覆すことでも彼らは屁理屈で言い逃れようとします。いわゆる

姑息

この手の人は誰に取り入れば自分にとって都合が良いかのアンテナが鋭く、媚びます。それは利用できるか否かという読みが働くからで、人の評価も従って二分されます。「良い人」「ずる賢いヤツ」というふうに。

口から出まかせとはよく言ったもので、彼らはその場その場に応じて言葉巧みに相手に取り入ろうとします。何処かの総理みたいですね、苦笑。そういう人間に地位を与えるとロクなことをしません。何故か?

罪悪感がないから

そのスイッチがないから。彼らはサバイバーです。どの分野にしても生き残るためには手段を選びませんし、尻に火がつけば、あることないこと並べ立てます。私は彼らの脳みそを覗いてみたいと思ったことがあります。与し易しと見れば脅しますが、ヤバい!となれば手のひらを返します。蛇みたいな目で脅しをかけたかと思うと、その数分後には別人のように人の良い表情を作ってみせます。生まれつきのアクターなんでしょうね。視てみると、そういう人にはいわゆる死神のような鎌を持つ黒いシャドーが背後にいたり、その人自身が悪鬼のようだったりと色々ですが、良心の欠如は天性のものかと思われるフシがある…私は性善説も性悪説も採用しません。生まれながらの悪人はいないも同様。生まれて間もない赤ちゃんに邪気を感じて鳥肌が立つこともあります。













魂の所以は人の想像を遥かに超えています。

それぞれ魂には出身があり、それに応じた性質が予め備わっています。世間には信じられない事件が引きも切らず起こります。「どうしてあんな残酷なことができるのか」と信じられない気持ちにさせられることが皆さんもあるでしょう。

そこを分かりやすく解説すると、要するに「良心の呵責」「して良いことと悪いことの判断」などなどのスイッチが欠落している魂である故。平気で嘘をつく詐欺師な人間は元々の魂が未発達なせいもありますが、ひとつのきっかけを機に幾つもの転生を重ねて、その行いの堆積が魂を形作っていく訳です。どう生きるかが大切なのはこういうことな訳ですね。自己責任。だ~れも肩代わりしてはくれません。

魂は一律に創造された訳ではありません

最初に創造された刹那、その環境で様々な性質を有する。

魂は環境の影響を受ける

受けながら、取捨選択を繰り返す。
天国のような世界もあれば、修羅の世界もある。魂はそれぞれに質に沿った世界に存在します。その世界から此処にやって来てドラマを演じてる訳です。何故この世界から争いが絶えないかのひとつの理由と言えそう。つまりこの娑婆で生きる私たちは

異文化交流の真っ只中にあると言える訳ですね。

全てにエネルギー、周波数がありますから、異種同士、弾き合うだろうけれど、何かしら縁が働けば融合するかも知れず…Aは拾うがBは関心を示さずなど個性があり、ひとつ事でも反応は様々。その理由が

魂は一律に創造されたものではない

ここに集約されるように思います。また、魂には好き好きがあり、趣味趣向がある。故に体験を通して事象に対する評価を魂はする訳ですね。例えば、やってはいけないことをして叱られたとします。

・Aは何故叱られたかを考え、前向きに学習し、その後に活かす

・Bは叱られると嫌なのでどうやって叱られずに済むかを考える

他にもタイプはあると思いますが、大まかにはこういう括りかと思うんですが、その差は元々の魂の性質次第なんです。そこは動かし難い気がします。

魂の性質にはプライド・自尊心が大きく関わっています。

それは存在しようとする動力のようなもの。そのせめぎ合いが娑婆世界で日々起きている訳ですね。世界の動向を思い浮かべて下さい。イスラエルがどうのロシアがどうの、人間は常に利害を翳して紛争するか手を組むかしていやしませんか?
それは自分を自国を優位にするための策略ですし、それを良いとか悪いとかで測るのは早計な面もあって複雑。
その理由は

この世界に犇めく魂の殆どがこの自尊心で頭打ちなレベル

キツい言い方ですが、事実なので仕方ありません。中には自尊心の正体を見る者もいるでしょう。自尊心とはサバイバル…人より優位に、豊かにという競争心に繋がる…それは決して不自然な方向性ではない訳ですね。人類の歴史はまさにこれではないでしょうか。ところがたま~にそうではない人間が現れる

釈迦、キリスト、ガンジー、マザーテレサなど…彼らは大多数に魂の発露の、その方向性を示す役割を担っていたのでしょう。彼らに共通するのは何でしょう?

良心の呵責がない…そういう人物を私たちはトップに据え置いています。ニュースを見る度に

あぁこの人たちにはスイッチがないんだなぁと。




互いを活かす

利害を超える

知恵へ自らを導くスイッチ




フランシスコ・シャビエルにもたらされた天上界のお達し

Category : アセンション

フランシスコ・シャビエルによれば、1969年の3度目の会議で天上界は20世紀末にカルマの差し止め命令の決定を中止。しかし後50年の期限延長を決定した。2019年7月に終わる。


フランシスコ・シャビエルは私が最近一押ししている『この世の先に』の原作者…著者は主人公のアンドレ・ルイス、霊媒フランシスコ・カンディド・シャビエル。謙虚な方だったんですね。この理由から著作権を放棄しています。
シャビエルにもたらされた天上界からもたらされたお達しの「終わる」とは人社会のシステムに則った世界のことでしょう。それが引き金となり、危機的状況に達するという。
フランシスコ・シャビエルの警告が真実かは分かりません。個々の判断に委ねられるところ。
人社会のシステムは極一部の人間の利権を最優先にするものでした。原発然り、紛争然り。それらを仕掛けて保身と富を享受し続けた人脈は自由意志の名の下、それ故に自己責任の奈落に沈むことになるのでしょう。

魂はバランスをとろうとする性質があります。

宇宙は不完全さを含んで、それだからこそ可能性に富んでいると言えるでしょう。常に変化し続けています。完璧であるということはこういう未知数を抱き込んでいることだと私は感じています。

完璧さの発露は慈愛

私はそれを感じずにはいられません。そして、そこには人の価値観を凌駕するクールさを含んでいる…つまり

「自分で這い上がって来なさい」

「自分で道を決めなさい」

「あなたの足で歩みなさい」

という。手取り足取りでは腑抜けになってしまいます。「あん時なぜ言ってくれなかったの?」は通じないんです。きっと言われてしまいます。

「私たちは常にサインを出していましたよ」と。

魂の旅は進化・退化の狭間にあり、自らの行いの結果を刈り取りながら…フランシスコ・シャビエルさんの言う50年の猶予は人間の本性が明るみになることも意味していると思う。
予言が当たるとか当たらないとかは本流ではない。それは例えるなら、ステーションのタイムテーブル、飛行場のフライトスケジュールみたいなものかと。欠航・延滞する場合もあって予定どおりとは限らない。それらを通して私たちはもっと直感的になることを促されている気がします。

私はずっと今回の転生は総決算。次に何処へ向うかを決定するボーダーラインと言い続けています。

節目

アセンション情報もそういう意味では大変化の時と告げていた訳ですね。アカシックレコードが目まぐるしく変わるのもステーションのタイムテーブルと解釈すれば、妄信せずに済むかと。ボーネル氏やリモートビューイングの坂本氏にしてもその他大勢にしても自分が視たものを疑いもせずなところがあります。押し並べて100%の予知はないと思っているに越したことはありません。参考に止める冷静さ…それこそが霊性に通じると私は思っています。

また映画『ノーイング』の登場人物…母親がコンタクティの女性…ように恐怖に駆られても出来れば避けたいもの。いざとなれば、そう言う私とてどういう行動に走るかは分かりません。分かりませんが、私たちは

自衛と自己信頼と共存調和の心

を保ち続けるようにしていきましょうね。心象は周波数の羅針盤です。

あ!「2019年7月」を丸呑みしないで下さいね。あくまでも目安。常に1日1日の積み重ねですから。










フランシスコ・シャビエルによれば、1969年の3度目の会議で天上界は20世紀末にカルマの差し止め命令の決定を中止。しかし後50年の期限延長を決定した。2019年7月に終わる。
天上界はこの会議で他にも西暦2000年からは無知と悪意に満ちた無神経な魂は地球上に転生することは許可されないことを決定。
この日付からこの地球に転生することは公正な賞と同等であり、多重な輪廻転生を繰り返してきた中で柔和、温和、平和への愛、民族や国家どうしの友愛調和を学んできた強くて準備された魂のみに運命付けられた。
2000年以降、手に負えない悪意のある魂たちは荒く厳しい試練や贖罪のため、地球よりもっと遅れている惑星に転生する。天の計画に反抗や行き過ぎを浄化するため、そこでは原始時代をまた体験することになる。フランシスコ・シャビエルによると、それらの最も大きい惑星はキロン、またはキロム。
高次元の存在エマニュエルはフランシスコ・シャビエルを通じて人類の道徳的変化や改心は緊急だと語っている。




粛々と推し進める

Category : 魂のご飯

「in deep」というブログを私は閲覧しています。今日の記事に興味深い文章があったので抜粋したいと思います。

「誰もかれもが自給自足に向かうというような意味ではないですけれど、厳しい社会システムに反抗するよりは、「静かに離脱していく」というのもいいようにも思うのです」

「静かに離脱していく」

これかなり私の感覚と近いなあと。興味がある方は in Deep 読んでみて下さいね。管理者の男性の知り合いに異次元の声を聞く人がいるようで、「今後5年間で準備しなさい」という声をキャッチしているとか。何をどう?とか知りたがっている場合じゃないのでしょうね。

私はひとつ前の記事で「内観は宇宙に繋がっています」と〆ました。私もそうですが、皆さんも5年どころか準備してきたんじゃないかと思うんですけど、いかがですか?
で、いよいよ本格的な準備が必要となったということかと思います。
その本格的な…ですが、一部で言及されている「金・銀を保有する勧め」をされている方もいるかも知れませんが、持ってったって内被曝にはな~んの効力もありませんし、それで的を得た治療を受けられるということでもなさそうですよね。そういう持ち方・保ち方ではない気がどうしてもする。

自給自足

確かにこれに越したことはないのでしょうが、一人暮らしならいざ知らず、家長でもない私のような養われ族(笑)は持論を正論と翳してごり押しするってのもどうかと思うし、即!自作農に移行できる人・家庭は迷うことなく生活圏を移すのが賢明と思います。

備蓄

これもある程度は必要ですよね。水・米・調味料(塩・砂糖・醤油など)・簡易コンロなど。ですが、一番大切なのは

意識

なのだと思うんですね。チャネリングなどのスピリチャル系情報依存から離れるのもひとつかと思います。また「時の終焉」を示唆する人もいるようですが、もともと時間って「ツール」なのであって、宇宙に存在する訳じゃありません。それは距離を測るのも同じ認識用ツール。従って、マヤなどの予言にあるとされる「時の終焉」は人の意識がターゲットと私は思っています。
なんだか数年前から時間(の経過)感覚が薄れたという人けっこういるのではないでしょうか? 何も特別な瞑想しなくても地球自体が変化していますからね、そこに暮らす生命体は何かにつけて影響受けているはず。

そうそう。荒涼と化した東京を描いたアニメの描写に「2020オリンピックまで」でしたか?幕がありましたけど、あながちかも知れないと思わせる寒さがありますよね。
終焉は時だけじゃなく、こうした社会システムもかも知れない訳で…あらゆる可能性が見え隠れしている。

地球の空気感は本当にスケール感が増しています。頭頂部から持っていかれそうなくらい(笑)これは太陽系全体の変動でもあるのでしょうね。必然ってことなのでしょう。

「厳しい社会システムに反抗するよりは、「静かに離脱していく」というのもいいようにも思うのです」

うぅん…これだと思う。粛々と推し進めるって。もちろん備蓄・自給自足ありきですけど。







ノーイングと地球が静止する日

Category : つぶやき

昨夜から今朝を跨いで(途中で眠くなって)映画『ノーイング』を観ました。この映画と『地球が静止する日』の違いは前者が太陽フレア、後者は宇宙人介入による(回心の余地を残しましたが)種の保存と人類粛清。

東京直下型地震…いつ来てもおかしくないと言われながら今日まで来ました。今は大阪都構想の是非を問う住民投票の真っ最中。その結果にもよるでしょうが、首都を東京から移す計画は大震災シュミレーションに則っているのでしょうね。千代田区震源(後に訂正されましたが)地震もありましたしね。
何だか千葉沖が気になって仕方がありません。伊豆半島と、囲うようにして…。私は予言者ではないし、予感がする程度ですが。
東京湾から南に下る島伝いの…環太平洋も気になるところ。箱根だけではなく、フォッサマグナにかかる地域も警戒は必要でしょうし、何処も気が抜けない昨今。九州も北海道も。そんな島国なのに所狭しと原発があるんですね。再稼働?とんでもない。老朽化も進んでいるのに。恐ろしい。安全神話はとっくに崩壊していても再稼働の必要性を説く…3.11と同規模あるいはより巨大な地震が来ないと誰が断言できるんでしょう。

昨日、階下で子供の「目が痛い」という声が聞こえました。もうマスクをすればどころではなくなりそう。私は外出後に目薬をさすなどしていますが、有効かどうかは微妙…しないよりましということでしょうか。

水・空気を信用できない

なんという時代なのでしょうね。原発は人類負の遺産となるのでしょう。貨幣経済ある限り貧富の差はなくならない。ですが、皮肉なことにこうも見せつけられると何が必要か、どういう世界を築けばよいのかが見えてきます。確かに日本という国家のあり方にしても行き着くところまで行く道を辿っているように思えます。国民に選ばれた人たちには

いくらでも軌道修正する道はあったはず

ですが、そうはさせない仕組みってものがあるんでしょうね。政権獲るとマニフェストがグダグダになる辺りを察するに。
『美しき緑の星』のように皆んなで話し合って決める…残念な話ですが、日本の現時点の政治形態は最終判断を住民に委ねるまでに成熟していません。辛うじて大阪都構想の是非を問うには至っていますが。沖縄基地問題にしても私たちの国の代表はアメリカの傘下として機能する方向でしか動きません。今さらながら日本は敗戦後ずっとアメリカ合衆国の自治区でしかなかったことを思い知るばかり。














思うに…その理不尽さを向こうに回して事を進めようとするって、かなりのリスクでしょうね。脱原発と再稼働がせめぎ合う人の世。表立たない区域に切り込むのは命がけでしょう。顔出しして闇の勢力がどうのと本を出し講演会をする人たちは何というか…「言わせておけ」という立ち位置かも…何しろ元気に活躍中ですからね。心底ヤバいのは核心組織に属し、そこから足抜けしようとする人かもと想像する私…いずれにしても人社会に一波乱も二波乱もありそうな2015年ということかと思います。

思うに…2極化は避けられない。神人(何ものにも属さず、自在に生きる)になるか?ロボット(社会に属し、低賃金で働き税金を納め続ける)になるか?という話まで出ています。ですが、確かに私たち一般人は一票要員・納税要員(ロボット)な訳ですよ。「私は目覚めている」と主張する人とて少なくとも納税要員…物買えば自動で支払う消費税…って仕組みに組み込まれている訳ですね。目覚めて神人の高みを目指そうと人社会に暮らす限り。

根本的にこの仕組みをひっくり返す

それって可能か?ということかと思うんですけど、いかがですか? 神一厘の仕組みという話になるのでしょうか?

私たちの住む人社会は有史以前よりピラミッド形式で成り立っています。極一部の権力者に大多数の民衆が納税するという仕組み。民主主義と言えど、それは選挙止まり。真の民主主義とは程遠いのが現状ではないでしょうか。
法も決して万能ではないし、国民を100%守る性質でもないことを私たちは思い知る訳ですね。声を上げると「テロリスト」呼ばわりされる。政府が報道に介入する。その理屈の前に「じゃぁどうすりゃいいのよ」となっているのでしょう?

根本からこの世界を変える

原発事故後の処理も汚染改善もお手上げ。これひとつとっても露呈するのは公の無能さ。首を挿げ替えても根本的な問題解決…するはずもなさそうです。で、海外に億という資金をばらまいているんですから…何処に隠し持ってるんでしょ。
飯山翁は「日本は終わった。ロシアへの移住を考えよう、皆の衆」と言い始めています。この人、プーチンは日本人を歓迎すると読んでいるようですが、ロシア語通訳の知り合いは「ロシア人はマネーマネーです」と言います。私も旧ソ連の人たちと交流がない訳ではありません。彼らは決してボランティアはしません。彼らの辞書に無償の愛はありません。
見返りなく歓迎はしない。そんなの当たり前と涼しい顔するのも今のうちかと。その見返りを思うと私は背筋が寒くなる。シベリア抑留の悲劇を忘れたか? 捕虜同然の扱いがないと誰が保証できるのでしょうか。
日本人を住まわせる、その見返りに技術力と労働力を見込んでいると考えるのが妥当。そりゃぁ飯山氏もその腹積りなのでしょう。ですが、甘いと言わざるを得ません。きっと日本人に与えられるのは決して肥沃な土地ではない。シベリアはまだまだ開発の余地を残していそうですし、北極圏開発をロシアは本格的に進めようとしているとか。平和ボケした日本人に労働が務まるかも疑問。いずれにしても歓迎ムードがあるとして飛びつくには覚悟が必要と思います。

日本人が移民になる日?

飯山氏はその確信があるようですが、それは放射能汚染の拡大を根拠としています。今後、巨大地震や災害によって各地の原発が3.11のような事態も予想されるようですし…それは日本に留まる話ではないでしょうけど。この人、少し前は中国とか言ってませんでした? いずれにしても

地球の汚染は人災です。

その観点からすれば『地球が静止する日』を彷彿とさせる展開も想像に硬い。ですが、宇宙の根本理念は

自由意志

安易に干渉してはならない

となれば、『ノーイング』のシナリオになるのでしょうか。新しく出直すために。
私はこの映画の、テレパシー(宇宙人の)を受け取る人間の描かれ方を観て、あぁ情報通もアセンション啓蒙者もお呼びじゃないのだろうなと感じました。要は

無垢

良い行いにより徳積みをしてとか、真実を明らかにするとか、陰謀を暴くとか、アセンション啓蒙とか、アシュタール自称他薦メッセンジャーとか、そういう人たちは除外なのかなと。染まりすぎな気がします。

なんというか…行き着くところまで行く濁流を加速させるかにみえる要人など、彼らには彼らの価値観や力関係があるのでしょうけど、それも自由意志です。不正にメスを入れる勇気のある人々と同じに。此の期に及んで改心の余地は期待できそうもありませんが。
なんというか…沖縄の基地問題にしても日本人は一枚岩ではありません。県知事をだだをこねていると批判する人も現にいます。人の痛みなど屁でもない人の多さ!
安倍がアメリカで演説して大喝采を浴びた(海外ネットで英語原稿に日本語の読み方指示が書き込まれていた画像が流れた)…その背景に日本は今後もアメリカ傘下の自治国ですよという約束事があったろうという意見に異論はなく、どんどん自衛隊も軍隊化していくのだろうとも思う。

自民党政権は国民投票で選ばれたんですよね?ウチにも消去法で自民党に一票投じた人いますけど、責める気にもなりません。当時の民主党政権のお粗末ぶりには閉口しましたしね。どの党が政権獲っても官僚体制は鉄壁のようですし。

おわた

もう八方塞がりではないでしょうか。選挙など形だけに過ぎない。私はそういう人社会のすったもんだにエネルギー注ぐ気はとっくに失せています。そうではなく、地球規模・太陽系のスケールでの大天災…あるいは人禍(Haarpやプラズマ兵器)にいつ見舞われるかわからない時勢に生きている意味を自身に問う生き方が求められるだろうと思い始めています。

私たちは情報通すぎています。

確かに必要な情報も含まれている訳ですね。内被曝対策などがそう。私はね、人のチャネル情報に心血注ぐより植物とコミットした方が良いと思っています。あるいは地球にしてもふたつの顔を見せています。

・人類に汚染された顔

・地球自身の波動上昇し続ける顔

『風の谷のナウシカ』を思い出して下さい。ナウシカのオウムの子に言ったセリフはこうでした。

「ごめんねなんて言えないよね。ひどすぎるよね」

自分が直接手を下していないからといって私に責任がないとは言えない。便利さに乗っかって来なかった訳ではありませんからね。私はこの春に桜並木に複数回出かけました。写真を撮るためですが、桜の気の下に自生する草花の、その美しさに打たれる心地を味わいました。彼らは地球に根を張り、生き死にを繰り返しています。蝶やその他の虫たちもそこで何らかの働きのサイクルで生き死にをしています。

共存共栄

人類はそこを仕損じました。共に暮らすことへの感謝が足りないまま文明とやら構築し続けた結果を今、私たち人類は身をもって知らされようとしています。

『美しき緑の星』を観て、いくら意識が目覚めようと私たちは便利な生活が現実。理想の一例であるあの世界に一歩でも近づくために

あなたは今日何をしましたか?

私は啓蒙にも拡散にも同調しません。植物から伝わってくる波動に大きなヒントを感受。それを活かす暮らしをもっとと思っています。植物は応えてくれます。私たちの育て方ひとつで枯れもし育ちもします。それってコミュニケーションではないのでしょうか?

あなたは今日という日を終える時、何を思うでしょう。

そこに感謝と内観があることを、そこに対話があることを私は願わずにはいられません。

内観は宇宙に繋がっています。









美しき緑の星 LA BELLE VERTE 追記

Category : つぶやき

[ 追記 ] こちらでも観られます → 美しき緑の星【日本語字幕】 - FC2 動画

理想郷として緑の星は描かれているのでしょうね。確かに平和で自然が溢れ美しい描写です。

この映画を拡散しようと運動する人の輪が広がるのもわかる気がします。ですが、「既成概念を「切断」する…それは体制側に不都合だからアップすると削除される」だから皆んなで拡散しよう!という危機感を煽る手法が使われているのがどうにも気になってしまいます。ひとつ前の記事でご紹介したニコニコ動画は今も問題なく閲覧できるようですよ。

先導する人される人

皆さん…ひと息つきませんか?











この映画を作った女性も拡散する人も「もっと自然に沿った優しい思いやりのある世界を」という共通する意識があると思いますが、いかがですか? その観点から私の意見を「真意が酌み取られていない」と言いたい人もいるでしょう。ですが、それなら、危機感を煽る手法はどうでしょう? 望ましいでしょうか?

この映画は観た者が「覚醒する」という触れ込みが出回っています。つまり…意識が総とっかえになりかねないということだと思うのですが、覚醒とはそもそも何ぞやという禅問答にもなりかねない視点かと思う。そこに体制側には不都合な内容という啓蒙が先陣切った様相を呈しています。
はて…? この映画よりずっと不都合な内容…宇宙人系制作物(元軍関係者などの証言を元にした)とか、けっこう各地で上演拡散されていませんか?

この映画を観ると「切断される」イコール「覚醒する」という啓蒙に多くが飛びついているようですが、それでも観終わった心地よい余韻はそれとはちょっとニュアンスが異なる気がしています。

「覚醒したくない人は観ないで下さい」

「体制側にとって不都合な内容」

というキャンペーンなど実は必要ではなかったのじゃないでしょうか。無論、個人的意見に過ぎませんが、要は

共感の輪が広がっている

じゃないでしょうか? あたかも反体制的匂いを醸し出すのはいかがなものでしょうか? いかがですか? 仮に上演会場にいきなり公安が来て中止を余儀なくされたとしても。それこそ、そういう想念で活動すること事態が危うい気がします。

平和運動のイデアは「非暴力」です。

ガンジーの活動理念にそれをみることができます。この映画拡散の主催者側が共感者の体制側に対する反発心を煽る手法にも私は違和感を覚える。今回の拡散運動には

「発禁」「即!削除」のキーワードがあります。

ですが、何も言わずにこの映画を観てもらえば、何を表現しようとしているかは伝わると思う。これは何というか

体制側が目くじらをたてて弾圧するような内容なのでしょうか?

宇宙人が大挙飛来して、あの強制意識変換システム(?)を強行するってなら話は別ですよ。あるいは納税要員・一票要員の民衆を矛盾した社会に反旗を翻し、革命起こす気にさせるというのなら話は別。

起きませんよ。

こんな平和な映画で何のキャンペーンでしょうか?

この映画の共感者の輪が広がることが体制側にとって脅威となると、あなたは本気で思っていますか?

あなたはこの映画を観て、主人公に「切断」されてゆく人々のように即!行為に極端な変化が生じましたか?

体制側とて愚者でもバカじゃないでしょう。この映画はある種ファンタジー。理想郷が描かれています。それも架空の星の住人がって話でしょう? 何処が体制側の脅威になる訳? 加えて、これまでにもこういう啓蒙は数知れず行われて来たのでしょう?

そして

一番留意すべき点は人間の意識変化は強制的に、であってはならないということ。それって自由意志に反する行為ですからね。
この映画のテーマは緑の星と地上人社会の対比を描きながら、如何に地上人社会がいろんな意味で汚染されているか…気づいて変わっていきませんか?ってことではないでしょうか。それさえもとっくにあちこちで啓蒙されて来たことと思いますけど。

ひたひたと大きなうねりが近づいています。そういう時だからこそ静寂さを取り戻して頂きたいと思います。

この映画を観た人たちに共感の輪が広がっていく。こういう共感の輪は平和な周波数に属します。そこに余計な情報も「覚醒」云々のインパクトも必要ないんですよ。口コミで広がり、それぞれが主観で感じるところあり、共感しあうって性質の映画かと思います。
人社会に平和を構築しようとする流れは世界中にあって、多方面のアプローチが為されているようです。フリーエネルギー然り。原発のない世界然り。自然農法然り。地域通貨然り。

グローバルな視点で政治家は活動展開しています…経済とか軍備とか。ですが、実は個々個人にすべては委ねられています。

地球 対峙することの 個人

個人 対峙するすることの 社会

これから先、天災にしても人災にしても巨大化していくだろうと私も予感がします。そういう時だからこそ内省が肝要かと思いますよ。既に猶予期間は過ぎました。太陽活動など宇宙の動向も大きく私たちの暮らしや意識に影響を与え続けるでしょう。

そういう予感がするから

「覚醒」「予言」「陰謀」など拡散に走るのかも知れません。ですが、これだけは忘れないでいて下さい。私たちは押し並べて自由意志に則り、転生してきた魂です。従って、この時期に生まれてきた意味も人にではなく内観により悟るに越したことはないのです。どういう寿命かは予め知るより、今日という日の積み重ね…その延長線上にあることですから知りたいという欲は捨てた方が賢明です。

また

この人社会で無害な食物を摂取するのは困難。できるだけ安全なものをと心がけるに留まるでしょう。それでも何もしないより良いですよね。内被曝のケアもどうぞ怠りませんよう。










おまけ




『美しき緑の星』より『この世の先に』の方がオススメ。私的には、ですけど。全編を日本語訳付きで観たいものです。本も出版されないかな。







美しき緑の星 LA BELLE VERTE

Category : つぶやき

時事ネタで括って良いのかどうかは迷うところですが、『美しき緑の星』観た人も興味がある人もけっこういると思うので、私なりの感想を書こうと思います。その前にamazonで『LA BELLE VERTE』検索するとヒットすると思いますが、ヨーロパ圏では発禁になっているというのは日本で上演活動している人の拡散情報でしかないようです。英語版・フランス語版などamazonで購入可能…とは言え、日本語版は在庫なし、入荷未定(韓国語版になっている?)。またニコニコ動画(ちなみに登録は無料とのこと)では会員登録すれば閲覧できるようですから、まだ観ていない方で興味があれば。
上演活動者はこの映画が体制側には不利な内容なので発禁・配信されると即時に削除されると情報拡散。確かにあちこちでイタチごっこのように削除と再アップが繰り返されているようです。

ニコニコ動画のURLを貼っておきます。http://www.nicovideo.jp/watch/sm26230865

amazonは、http://www.amazon.co.jp/LA-BELLE-VERTE/dp/B00E9UAI3Q

いやぁ大変な騒ぎになっていますね、日本では。









あらすじは、美しき緑の星の住人(宇宙人)であるヒロインが地球へ。行き先はパリ。そこで出会う人たちの意識(価値観)が次々に変化していく。

1.出会い、話しかけるだけで変化が起きる

2.強硬手段でほんわかモードにする

これを上映活動者は「切断」と呼び、「覚醒」を呼びかけています。この映画を観るだけで「切断」されると。
彼らの言う切断とは、人社会の窮屈なルール、「ねばならない」という刷り込みの糸が一気に断ち切られ、本来の自分らしさとを取り戻し、自然回帰と感謝の念に満ち溢れるということのようです。

感動の輪が広がっているようです。

映画では女性(宇宙人)の二人の息子も地球にやって来るんですね。到着地は砂漠…そこで出会ったのがアボリジニ(?)平和な交流の後に二人は母の待つパリへ向かいます。

航空券もパスポートもない彼ら

どうしたと思います?「2.強硬手段でほんわかモードにする」でカウンターの女性からチケットを受け取り、出国審査官もほんわかモードにして飛行機に搭乗。入国の際は母親が強硬手段に出て事なきを得るという筋書き。実にコミカルに描かれています。地球人がいい感じに解けて行く様は確かにこうであればと思わせるに充分。

パスポートも旅券も必要ない世界は確かに理想です。自由に行き来できたら、どれだけ良いでしょう。でもね、こういう描写を私は手放しで「感動した」と拡散する気になれないのですよ。何故か?もちろん私がへそ曲がりだからというのもある。でもね、誰も気づかないのでしょうか?

果たしてこの映画に宇宙の法則は貫かれているでしょうか?

・干渉してはならない

・地球人のことは地球人に委ねられる

ヒロインと二人の息子が「2.」を発動する時は自分たちの身が危ない時と自分たちの都合が悪い時。これ何処かの体制側の何某と似てやしないでしょうか?
ヒロインは緑の星の住人と地球人の母の間に生まれたという設定。興味から誰も行きたがらない母の星(野蛮)に向かった訳ですが、人社会の悪環境と欺瞞、エゴの中に放り出されたヒロインが

1.出会い、話しかけるだけで(人々に)変化が起きる

は流石の私でも素直に受け入れることができます(笑)ですが、かなりの頻度で強制バージョンを発動する様にちょっと違うのかなぁと。多分ですが、「こうでもしなきゃ覚醒しない」という気持ちに多くがさせられたんだと思うんですけど、いかがですか?

私はこのストーリー展開を観て、なぜ宇宙人が極少数の地球人と秘密裏にしかコンタクト取らないかを思い知る心地がします。

余りにも影響力が大きいから

違いすぎるから

宇宙人がなぜ注意深地球人を観察しているか…きっと観た人たちは自分たち(地球人)はもっともっと多く目覚めなければと強く感じたに違いないと思うんですね。いかがですか?

それでも私は人間的社会観(欺瞞・自己中心・ゆとりのなさ)を「切断された」かどうかはどうでも良いのかなぁと思う。そこに反応している人がほとんどのようですが。

地球と真逆の世界である緑の星の平和な様子は本当に和みます。でも…私は地球上にそれを見るし、感じる。遠い星にしかないとは思わない。

あなたは地球の何を見ていますか?

あなたはあなた自身の心にどういう世界を住まわせていますか?




拡散活動者のウルトラマン談義も興味深いものがありました。ウルトラマンは地球には3分しか居られない。2分を敵たる相手を受け止めて受け止めて、残り1分で退治する。それは神仕組みの神一厘の仕組みだと熱心に語っています。

神一厘の仕組み

悪を抱きまいらせて最後にうっちゃる

あなたは「なるほど!」と合点が行きましたか? 私は「NO」 です。何故か?話せば長いですが(え?いつものこと?、笑)
私は子供の頃ウルトラマンを観ていていつもなぜ光線をすぐに使わないのか?不思議に思っていました。2分の間に怪獣とウルトラマンが破壊するビルや街を見る度に「また壊しよる!」とため息つく変わり者でした。
まぁ翌週には何ごともなかったように破壊前の状態で(笑)また怪獣とプロレスを散々やって街を破壊し(やれやれ)…ピコピコランプ点滅してビーム発射!の繰り返し…そういうのプロレスの演出とまったく一緒!

あれはテレビ的な『尺』

悪い奴をやっつける段取り

でなきゃ、シュワッチ!とカッコよく現れて、いきなりビーム!じゃあっさりすぎて視聴者燃えないでしょう!という演出。神一厘の仕組って「言いたい放題だなぁ」と私は思う訳ですね。
私は「ウルトラマン頑張れ~!」と夢中になってハラハラドキドキしない可愛げのない子供でした。まぁ女の子でしたしね。

いずれにしても(笑)

もし

古今東西、悠久の彼方より地球に飛来してきた宇宙人が緑の星の住人のように無垢で無邪気。危機的状況になると

強硬手段(相手の了解なしに思考をコントロールする

を何のためらいもなしに実行し続けていたら、今頃地球はどうなっていたでしょうね。もっともっと平和で自然破壊も起きてなかったでしょうか。それは知る由もありません。恐竜がいた時代もあったのでしょ?

1.出会い、話しかけるだけで(人々に)変化が起きる

これはイエスと出会った人がその波動に打たれ、意識に変化が起きるとか、それは芸術や自然の美に出会う感動も同様と思います。ですが、「2.」は頂けません。え?そんな固いこと言うな? 重箱の隅をつつくんじゃない、ですか?

時間がない

覚醒が急がれる

悪を抱きまいらせる

悪を受け止めて受け止めて…いつどうやって拡散者の皆さんは悪を受け止めて受け止めてきたのでしょう。原発再稼働をやろうと躍起になっている人たち、人工災害を計画している組織(があるとして)をいったいいつ受け入れて受け入れてきたというのでしょうね。地球環境を破壊し続けようとする利権ズブズブの人たちをも。そういうの啓蒙の話術でしかないと思いますけど。

地上の人間娑婆世界にも自由意志は貫かれています。

それは宇宙の法則

何をどう啓蒙するかも個人の自由。ですが、今回の「時間がない」にしても、この「美しき緑の星」にしても「ウルトラマン談義」にしても何か…ちょっと情報錯綜の懸念が感じられる。
この映画は体制側にとって不都合な内容なのかどうか…うぅ~んそれは微妙な気がしますが、アップされると即!削除されるのは事実のようですね。でも、Amazonで購入は不可能って訳でもなさそうですよ(売り切れ。入荷未定:5月13日付)また、ニコニコ動画でも登録すれば観られるようですし…何処かキャンペーン的匂いがしなくもないなぁと。




覚醒したくない人は観ないで下さい!




ですか?「見るな」と言われれば「見たくなる」人の心理をよく捉えていますね。え?takakoさんも「肉体を伴ったまま次元上昇すると思っている人は(続きを)スルー」とか書いてるじゃないですか?




ウフフ…私は「時間がない!」「今を逃せば次はない!」的なキャンペーンはしてないつもりですよ。









あの世に持っていけないもの

Category : つぶやき

映画『この世の先に』(原題『Nosso Lar』)全編観たいものですねぇ…日本語字幕付きで。皆さんの中には「観たよ」という方もいるでしょう。羨ましい。原書も何処か出版社が日本語訳出してくれないでしょうかね。『この世の先に』は死後世界の空白部分を埋めて余りある内容で、とても興味深いんです。

私たちの多くはアセンション情報に通じています。肉体を伴ったまま次元上昇するという説もインプットされて久しいでしょう。
マヤ暦やノストラダムス予言など当たったとか外れたとか騒がれるのは誰もが今の時代に唯ならぬものを感じているからかも知れませんね、中には興味本位な人もいるでしょうが。

さて

今日は「あの世に持っていけないもの」という題で書き進めようと思います。自分は「肉体を伴ったまま次元上昇する」と思っている人はスルーで良いかと思います。











『この世の先に』ですが、ダイジェスト版を観ただけで色々気づかされることがあって、今回のお題もその流れなんですけど、ふとかなり前に友人から紹介された…霊界通信…タイトル忘れましたが、それに死んでみたら自分のための家が用意されていて、お茶など振舞われた…茶器などかなり具体的な描写があって「ほ~」っと思ったことを思い出しました。『この世の先に』も霊界通信。死んだ人が死んでみたらという驚きと気づきの連続が描かれています。

思うに、霊媒を通して公開しても良いという上の許可があったためかと。要は下界(私たちの住む娑婆世界)の下々の者(私たちのこと)にインスピレーションや気づきをもたらす意図があったと思うんですね。

求めよ、さらば与えられん

まさにそのようだと思うんですね。えぇ…皆さんの中には『美しき緑の星』(フランス映画)という映画が配信されたのをご存知の方もいるかと思います。なんでも上映すると配信すると即!削除されるとか。一部の誰かさんたちにとって不都合な内容だから? として拡散が推し進められているようです。私ですか? 観ました。観て感じることは多々ありますが、いずれにしてもどの部分がヒットするかだと思うんですね。緑の星の住人である主人公の女性が誰も行きたがらない地球(笑、笑えない)に志願。行く先々で会う人たちが覚醒していくという内容です。きっとまた何処かで配信されると思います。
私は地球で出会う人たちが覚醒していく…人社会の「こうでなければならない」「こうあるべきだ」のタガが外れて

自由になる

様子がかなりのスペース描かれているのですけど、私が心地よいと感じたのは緑の星の様子でした。お金?それ何?という(笑)肉食しない。野原で気ままに就寝(気候風土が一定している「証拠)

緑の星の住人は遊びながら収穫し、皆で協議しながら何事も進めている

豊かな自然に感謝しながら活かされているを知るレベルのヒューマンたちの住処。政治はみんなで行う…皆が集って話し合いで進める…政治の理想が描かれています。ですが、この世界の人間の中にはこれを良しとしない輩がいるのでしょうね。本当に自由意志とはどの世界であっても、そこに住む住人の価値観や力関係が大きく影響するのを思い知るばかり。私たちの地上娑婆世界は

プラミッド階級制

国民という括りが選挙権以上の権利を持たされておらず、未だに税金を納める立場。この『美しき緑の星』は宇宙の何処かに存在するでしょう。監督兼主役の女性に降りたインスピレーション。そして、それは『この世の先に』もそうである訳ですね。

地上世界にも自由意志は貫かれています。権力と富の支配を強行する一部の人たちにも、それを良しとしない人たちにも、そんなこと思いもよらない人にも。
私たちは気づきの段階に応じてそれなりの価値観を持っている訳ですが、この娑婆世界の人間が発する雑音・騒音は「ひとりづつ喋れ!」と言いたくなるくらい統一性に欠けています。

この世界は

私たち自身が何者であるかを知る舞台であり、舞台を提供する地球は気の遠くなる年月それを感知し、宇宙意識もその雑音を感知し、今地球で何起きているかを知る。

あぁ今日は前置きがこんなに長くなってしまいました(苦笑)










今私たちがいる境域は、死後に持っていけないものへの執着心で溢れかえっています。脱衣婆という存在が死んだ人にあれこれ「置いて行け」「脱いで行け」と言うのだそう。彼女を菩薩と表現した人がいるんですけど、その心は(笑)そんなの後生大事にしてるから「堕ちる」身軽になれという仏心という訳ですね。
ところが霊界通信に描かれている「家が用意されていた」茶器など嗜好品もある…『この世の先に』では病院あり、看護師・セラピストあり、医療器具あり…と通信されています。これとても興味深くないですか?まぁそこが最上階ではないようです。上には上がある。娑婆世界の疲れや愚かな考えを

癒す

脱衣婆は決して美しい想像図ではないけれど、そうでもしなきゃ「手放さんだろ」という敢えての形相かも知れませんね。確かに菩薩かも知れません。

愚かな考えを癒す

正すではなく、癒す。それは「促す」ことに通じているんですね。『この世の先に』は本当に私に多くをもたらしました。私はまだまだと悟った次第です。

あの世に持っていけないもの

それはね

必要がない

既にある

この両輪が貫かれているからと思うんですね。それこそ

信頼

ということかと思います。私のラスボス(最後にして最強の敵)はフィルムカメラとカフェ(笑)それでも最近はだいぶ落ち着いては来ています。この世に居る間楽しもうと。なぜならフィルムカメラとカフェに心地よさを感じるから。『美しき緑の星』の住人が遊び好きなように、ね。そういえば、カフェはナチュラルな雰囲気が好み。ガーデンもそう。居心地が良いのは慣れ親しんだテイストだからなんでしょうね。アロマやハーブもそう。リーズ作りを始めたのもきっかけは「花かんむりみたいな」なんですね。私の深い記憶にそれらはあるのだと思います。

あの世に持っていけないもの

それは持っていく必要がないということなのでしょう。

私たちの住む世界は遠くとも近くともリセットされるでしょう。限界点に差し掛かっている…私はウェイクアップコールをかけるべく存在することをもう隠そうとは思いません。それだからこそ、まずは自分が行き当たりばったりの旅をしてきたのだと思う。何ごとも体験です。未熟さを思い知ったのも決して無駄じゃない。自分にできることを精一杯…そうやって生きる大切さも知った訳ですね。天は大それたことを私に望んではいない。

可愛い子には旅

私たちは持ち寄りで生かし合っているし、これからずっと先もそうだと思う。私は一方的に気づきをもたらす訳ではありません。何かしら、こうして気づかされることがある。

道標は私の中に、あなたの中にあり

それが外の事象とタイアップして、あなたを私を導いているんですね。




あの世に持っていけないもの



それは持っていく必要のないもの。あなたが何を欲しているか、何を心地よく思うか、あなた自身の内在神が知らないとでもいうのでしょうか?

信頼

それに尽きると思います。





地球カレンダー

Category : つぶやき

奇跡のリンゴの木村さんの著書を読んだ人なら知っている話題「地球カレンダーはもう残りわずか」の件。いつもの老婆心ですが、所感を書こうと思います。私はある意味モニタリングしているようなものだと自分を感じ始めています。人心がどう動くか…何にどう反応し、拡散行為に走るかなどですが、人間って善意に乗っかると無防備になったり、慢心に陥るんだなあとつくづく感じています。後者はその自覚さえありません。上から目線で申し訳ありません。

「地球カレンダーはもう残りわずか」

それがいつなのかを「知ってしまった」ブロガーが「時間がありません!」と波動を高める必要性を強くアピールし始めています。更には「地球のカレンダーの終わりについて「知る必要がある人は知る予定になっている」」と言い出す人も。

おかしな人たちだと私は思ってしまうんですよ。 何故か? 奇跡のリンゴの木村さんは「決して具体的な日にちを口外しない」という約束を今も守っているのですよね? ということは、時間がない!と騒ぐ人も、知る必要が云々いう人も

木村さんの沈黙への敬意に欠けてやしませんか?

まずはそこを私は思うんですよ。何処でどう知ったかは知りません。ですが、具体的な年(日付)を知って今さら何の騒ぎなのでしょう。

私とて興味はあります。ですが、知る必要を私は感じません。











準備をする猶予…波動を上げる猶予「皆さん急いで下さい!時間がありません!」って具体的な日付(年)を知ろうが知るまいが、関係ないというのが私の感覚です。

明日世界が終わるとしても木を植える

木村さんはなぜ具体的な日付を口外しないようにと指示されたのでしょう。今回のように「知ってしまった!」と今さら騒ぐ人が出るから…という理由もあるかも知れませんね。

波動を上げる

地球カレンダー終わりの日は近い

この行間にあなたは何を読み取りますか?

この世の中には新世界を築くべく活動しておいる人たちがいます。フリーエネルギー然り、お金のない世界へ移行する啓蒙然り。中にはヘンプでアセンション啓蒙する人が複数います。ですが、ヘンプ…空飛ぶ鳥は身につけることはないでしょう。ついばむとして。樹木はどうでしょう?草花は?水脈は?ヘンプにしても何にしても、それぞれが大切な一部ということではないでしょうか。

波動を上げる

それはね、地に足つけた営みの中で生きた…その結果としてついて来るものなのですよ。目的ではありません。それこそ私たちは錯覚を起こしているのじゃないのでしょうか。
痩せたいからダイエットとか、健康になりたいから規則正しい生活習慣と適度な運動とか。そうじゃないんですよ。思考回路、進行が逆になってます。実は

自分の体質に合った生活習慣(運動・食事などなど)を続けてきた…その結果として健康であるというふう…ダイエットにしても同じ。自分を大切に思う、家族を大切に思う気持ちを具現化し続けることで良い結果を受け取る、提供できるということなんです。

波動とて例外ではありません。地球カレンダーがどうであれ。

私は東京に住んでいます。スッキリした晴天が戻ってきません。何処かスモッグがかかったよう。加えて東京直下型震度9なんて本を読んでおり、震度6は前触れというchiranさんの著書の記述を胸に収めています。備蓄もそれなりに。3.11の体験がありますから、いざという時の連絡などシュミレーションは数知れません。箱根群発地震も手伝って常に死と隣り合った状態。ですが、かえって何気ない日常がとても愛おしいんです。こんな空気の中、空飛ぶ鳥たちに申し訳ない気持ちで切なく。見送った桜も見納めかもとも思う。人間より優先順位先の存在とも思う。

でもね、私の中に「明日世界の終わりが来ようとも木を植える」という感覚が根強くある。このロクでもない人社会にあって、だからこそ何が大切かが身にしみる。





眠れる人々

Category : 辛口ごめんなさい

5月1日ネット配信された宇宙人による空中携挙情報…そこに奇跡のリンゴの木村さんの著書にある「地球カレンダーはあまり残されていない」…これに関して「自分知ってしまった!」という人がネットに出現し始めました。
5月1日の件にしてもそうですが、影響が大きすぎる、予言が当たるかどうかに人の意識が向いてしまうのを良しとしない云々を理由に前者は具体的な年月を伏せています。後者もまた「知ってしまった」と書くに留めています。

こういうのを私は親切ぼかしと思っています。いずれのHPおよびブログ管理者に直接意見はしません。なぜか?何をどう公開するにしてもそれは管理者の判断に委ねられる点、書くからには覚悟が要っただろうと思う点などを考慮して。公開するからには色んな意見があるのは覚悟の上でしょう。ここから先、私が言及する内容はかなり辛辣であることをご留意下さい。







5月1日の公開者の元にも、木村さんの地球カレンダー「知ってしまった」ブロガーにもやはり具体的場所や日時を明かしてほしいという要望が寄せられています。前者はその答えとして

・予言が当たるかどうか、地震が何処でいつ起きるかに人の関心が向かう懸念

・大切なのは意識のシフト

これらを挙げて答えを避けています。中に「ゲリー(アカシックリーダー)さんの4月12日東海大地震の予言は回避するために敢えて公言したのではないかという書き込みものがあったようで、管理者も同意するという件(くだり)あり。人々の祈りの力によって災害の規模を軽減できるという考えや「自分(ボーネル氏)が悪役になってでも大災害を止めることができればというのはいかにもボーネル氏らしい」という記述を書き連ねています。

祈りの力によって地震を軽減する活動は素晴らしい行為?

自分(ボーネル氏)が悪役になってでも大災害を止めることができれば?

また出た!ゲリーボーネル氏…この管理者はボーネル氏のスクール生。それでも妄信的な擁護をする訳でもなく様々な著書を紹介するなどニュートラルなところが見受けられます。この人にしても「(木村さんの地球カレンダー) 知ってしまった!」ブロガーにしても皆さんは善意あっての人たちと思うかも知れません。果たしてそうでしょうか?

ボーネル氏は自分が悪役になっても…ですか?では3.11はどうだったでしょう。こういう解釈は信者のひいき目ではないでしょうか? 「きっとお考えがあってのこと」という。 いずれにしても3.11予言も「自分が悪役になっても」だったとでも言う気でしょうか?実に都合の良い解釈ですね。
ネットでは多くが知ることで予言(災害)は阻止できるという考えも示唆されています。3.11は松原という女性霊能者をはじめ多くの予知が広まってたが、被害は手をつけられない規模でした。

矛盾してませんか?

多くが知ることで祈ることで被害の規模を小さくできると信じているなら、それを大前提に置いて、場所も日時も公開すれば良いでしょう。

矛盾してますよ。

人の好奇心と助かりたい本能を察しながら肝心のところを見せない理由がそんな中途半端な決意なら公開すべきじゃない。第一、チャネラーにOK・お墨付きをもらってとは…話になりません。言語道断ですよ。そんな他力で大きな波紋を呼ぶに違いない情報を公開するとは…何の啓蒙でしょうか?
5月1日の元情報者は宇宙人コンタクティとのこと。その人は「4月12日には地震はありません」と書いてよこしたとか。それを無視して4月12日東海地震予言を著書に記したボーネル氏を「自分を悪役にしても」と擁護…どういう思考回路でしょう。まぁ何をどう信じるかは個人の自由。それにしても何という悪意のないご都合主義なのでしょうね。

善良な人々の何と他力で甘ったれた思考かと私は思う。

祈りの力で被害を軽減?多くが知ることで予言は外れる?などはもはや都市伝説と化していると多くが気づきもしない。
3.11に関しては人工地震説(水爆説・プラズマ説など)があります。私が紹介したChiranさんの著書にもありました。誰もが自分にもたらされた情報を熱心に公開している訳で…だから諸説紛々するのでしょう。宇宙人が原発事故後の汚染を浄化するのを視たという人まで出現したのでしょ?汚染収束しましたか?してませんよ。

事実はひとつ

誰も真実にはたどり着いていないのです。このことを忘れないで下さい。そして、ここで再度にはなりますが、言及せねばならなりません。巨大地震が人工であろうろ天災であろうと祈ろうとするのは何故なのでしょうか?

救済のためでしょうか?

悲劇が軽減されるようにでしょうか?

人工災害であるとするなら祈りは「悪者の策略を阻止するため」になるでしょうか?祈りの力で。自然災害であれば天の神様に「どうぞ罪なきものたちを救いたまえ」となるでしょうか?祈りの誠意で。

まだ気づきませんか?

天災は地球の意思であり、それは宇宙規模の大変革であること。加えて人心の乱れやカルマがコップの水が擦り切れるように溢れ出す

浄化



今はそういう何もかもが一体となっている時と言えるのですよ。そして、その災害で亡くなる人、生きとし生けるもの押し並べて…魂はそれを受け入れた(同意)上で転生していること。魂とは私たちの意識できる範囲の正義や誠意・善意など凌駕する深い意思を持っています。自分の良心が痛むという理由なら、そんな祈りはやめた方がいい。魂の救済にも自由意志が貫かれているのですよ。魂はバランスをとろうとします。もっと心眼を養って頂きたい。更には

地球も意識体なのですよね?

地球の意思を受け入れずして何のための祈りなのでしょうか?

真に受け入れていれば「罪なきものを救いたまえ」とは言えない。聖母はどうでしたか?イエスが磔になって胸が張り裂ける刹那も創造主の意思に委ねた…信じるか否かはあなたの自由です。私は感じるんですよ。大いなる意思を聖母は感受していたと。

私たちが今置かれている立場はとても厳しいんです。ちょっとした甘えが仇となる可能性があるんですよ。上記の5月1日の管理者にしても地球カレンダーを「知ってしまった」ブロガーにしても肝心な箇所を、人々が知りたい!と思う箇所を伏せるくらいなら最初から公開しなきゃ良いんですよ。なぜか?それは私たちが今すべきこと直結している

地球と自分(転生した意味)と宇宙の意思に

委ねる

真の強さを持つ、心眼を養う機会に私たちは置かれている
ということです。チャネラー・霊能者にお伺いを立てなきゃ進むことができない!状況を把握できない!そんな状態ではそれはやっては来ません。情報通というに過ぎない。どうしてそれがわからないのでしょう。


眠れる人々


アチューメント先着10名様は無料?…話になりません。そういう霊能者や追っかけがネットを席巻しているのを私はすごく憂う。そりゃぁマイノリティな訳です。
私は今、空中携挙にフォーカスしています。それは私自身の胸騒ぎを拠点とした感覚でしかありません。お墨付きは何処にもありません。
私たちは自分の身に置き換えた時に誰かの説、お墨付きに依存するのを卒業して。「委ねる?それは理想に過ぎない」というボーダーを越えねば、たどり着かない境地へ向かおうとしているのですよ。
聖母の、イエスの態度こそが私たちの道標ではないのでしょうか?
なぜ彼らが受肉したと思っているのでしょう。

遠くにある理想。手に届かない目標というのは逃げでしかない

二人はかつて私たちと同じく肉体を持ち、痛み苦しみを経ていることを理解せねばならない。

委ねる

多くがする祈りはおねだりに過ぎない。もし祈るならそれがおねだりであることを充分に自覚してからやって頂きたい。


他力(チャネラー・霊能者への)依存から抜けないうちはシフトなど夢のまた夢。絵に描いた餅に過ぎない。


私も人の子の親です。娘には幸せな一生を送って欲しい。助かって欲しい。なので私は空中携挙にフォーカスした時、はっきりおねだりと意識して娘の安全を祈りました。同時に娘として今世生まれてきた魂の意図を信頼することを再確認…やはり原点に心は戻るのですね。

今回話題にした5月1日の件。管理者に直接苦言を呈さない理由…アカシックリーディングを複数年学んでいながら未だに霊能者にいちいちお伺いを立てる段階にあること、何をどう書こうと自由意志であること、何をどう信じるかは個人の自由ということなどあります。そして、目からウロコが外れるのは個々の学び・気づきの段階によるので無理強いはできないということ。

意識のシフトは他者に梯子を架けてもらっている段階では訪れません。それはレシピに通じているが、自分で料理したことのないのと変わりない。絵に描いた餅でしかない…食えない。私が飽きもせず「義務教育の段階」と言及する…その段階の人間が如何に多いかを物語っていると思う。

自主性が育つのが待たれる人々

今回書いた内容に同意できない人も少なくないでしょう。不快に感じる人もいるでしょう。ですが、この記事を『ウェークアップ・コール』として公開する意味を察する人も極少数でしょうが、いるでしょう。後々これは限定記事にするかも知れません。
私のウェークアップ・コールはこの世界の1%にも満たない価値観かも知れない。それでも何かしら心に響く人が一人でもいるのを感じるのですよ。だから、これからも出来る限り書いていこうと思うのです。




いよいよなのか?

Category : いよいよなのか

ネパールの惨事…もう既に皆さんもニュース等でご存知と思います。地殻の移動が観測されたそうで…エベレストを戴くということはそれだけ劇的な地殻変動があったという…あそこは元は海底だったという、その証拠に貝等の化石や塩分を含んだ岩石が。今回の地震は再び大きな変動の予兆なのでしょうか?
北極圏ロシアであの巨大陥没が幾つも確認されているということも思い合わせると何とも不気味です。

いよいよなのか?











実は最近ヒットするキーワードに『宇宙船天空に満る日』があります。

空中携挙

複数の人が言及していますね。浅川さん然り、Chiranさん(東京直下地震震度9の著者)然り、『宇宙船天空に満る日』著者(故人)然り。
阪神淡路の震災の際に、UFOに導かれて助かったという話があるようです。何でも搭乗員(宇宙人)の姿が見えるほどの近距離だったそう…思うに遭遇する人はするべくして…ということなのでしょう。
ニューヨーク郊外にも聖母の導きで来るべき未曾有の惨事に備え、救済の地として信仰を集める場所があると言います。

世界各国に救済に向けたメッセンジャーがいるようですね。キーワードは「信じる者は救われる」。どの宗教宗派を信仰していようと有事の際、何を信じて行動するかということになるのでしょう。

通信手段が絶たれる

未曾有の災害に見舞われ、携帯もネットも繋がらないことは予想に固い。3.11がそうでした。何が明暗を分けるか分かりません。

直感

それに尽きる事態も予想されます。「もしも」 の話になりますが、宇宙人がその時をあなた、私、に伝えるとします。それを

声として捉えることができなかったら?

どうにも胸騒ぎがするというふうに感覚的にはキャッチするかも知れないんですけど…「此処を離れた方が良さそう。それもできるだけ早急に」というふうに。で、家族にそれを話したとします。多分ですが、一笑に伏される(苦笑)「気のせいじゃね?」とか取り合ってくれないかも知れませんよね?

あなたはどうしますか?

直感に従うかどうかの選択を迫られることになる可能性があります。

今日5月1日、UFOコンタクティーを通して語られた近未来情報という内容がネット配信されました。URLは貼りません。各自興味があれば検索してみて下さい。
私が以前ご紹介したChiranさん(匿名)の本と幾つか相違点が見受けられ、その筆頭が「東京直下型大地震はない」というものでした。2025年に地球規模の大地震が起きるため2024年には宇宙船天空に満る『空中携挙の日』が来る。その前に2度巨大地震が日本にあるという内容。
Chiranさんとコンタクトする宇宙人と今回公開された情報との違いに私は「宇宙人でこんなに違うのはどうしてなのだろう?」とつい思ってしまう。どちらが正しくてそうではないのか判断はつきかねます。
2020年東京オリンピックどころじゃないという話もありますが、今回の情報では開催されるという…宇宙人によってこんなに情報に差があるのは何故なのでしょう。ちなみにChiranさんとコンタクトする宇宙人はシリウスとかプレアデスとかアルクトゥルスとか精神世界で聞いたことがあるような出身星を名乗っていませんが、今回の情報源発信元(あるHPに情報をもたらした)はそのど真ん中…もうこれは信じるか信じないかの瀬戸際。だからと言って情報を頭からはねつけるのも違うのかなあという気もするんですね。

本当にこの手の情報に関しては「どれが正しいんだろ」という発想では事実には辿り着かないと思います。ポールシフトにしても…過去に何度も地球ではあったということですが、その時に『空中携挙』があったのかも知ることはできません。ノアの箱船は宇宙船だったという人もいますし、ノアの時代の大洪水は月の水が地球に降り注いだためという説もあります。私はこの手のことをまったく視ることはありません。

ですが、『空中携挙』は理路整然と根拠を説明することはできないけれど、あるのではないかと私は感じています。
Chiranさんは東京直下型地震9の後、連鎖が世界に起きると言います。正確には宇宙人が、ですが…。先日起きたネパールの地震にしても被害は未だ全体図が分からない状態のようです。もし直下型震度9という前代未聞の巨大地震が何処で起きたとしても…空一面に宇宙船が覆い尽くす事態になるとは思えません。ネパールではどうだったのでしょう。そういう目撃談は出てくるのでしょうか。阪神淡路の際は出てきましたが…。それでも空を覆い尽くす事態にはなっていません。

私はここ数年来『空中携挙』というキーワードが心にあります。映画『ノーイング』を観た時、とても人ごととは思えませんでした。見送る立場になる可能性があるためですが、覚悟はしておこうと決意を新たにしたんですね。あるいは『空中携挙』される側かも知れません。どちらにしても覚悟はしておこうというのが正直なところです。

ここからは私の感覚ですが

宇宙船が天空に満ちる日は決して地球規模の天災だけとは限らない。人類がもたらす終末的兵器(細菌・Haar・プラズマ兵器・衛星などを含む)の乱用や、修復不可能な汚染(放射能などの)も含まれるのではないかと感じています。
人類と言ってもほんの一握りの支配層・政治家の利害や思惑が地球規模の弊害にならないとは限りません。

宇宙人は注意深く見守っている

何故か

自由意思こそが宇宙の共通ルールだから

真の世界平和は人類自らが成し遂げるべきものだから

どうでしょう?

成し遂げられそうですか?今現在の法整備はどうでしょうか?日本政府はそれをどう解釈し、改正しようとしていますか?日本人の中には中国・韓国への憎悪を隠しもしない…見下した思考の日本人がけっこうな数います。憂うべきこととはこうした人心の荒廃にあると思う。

今日キリシタン弾圧の地、長崎の五島列島のドキュメントを観ました(録画ですが)。国が信仰の自由を奪う。そこには仏教界の思惑がなかったとは言えない。国教という考えが時に人の自由を奪う。今の日本は戦前に戻ろうとしているかのように見える。教職も国家公務員とするかもなのでしょう?時の政府の取り決めに逆らう者は職を解かれるリスクを孕んでいます。教科書はどうなっていくのでしょうね。

キリシタン弾圧のドキュメントをこの時期に観たのも決してただの偶然ではないでしょう。日本の未来は決して明るくないだろうという気にもなる。

これ以上、一部の人間の利害が世界を動かし、多くの人民に生きものに、地球に多大な悪影響を及ぼさせる訳にはいかないとなれば…、何故なら自由意志こそが宇宙のルールです。支配層がどう首がすげ変わろうと権力という美酒に酔わない者は希有。利害の一致を見るか否かで人脈が入れ替わる。これらはすべて

脈々と引き継がれるピラミッド構造を意味しています

「人民による人民のための」というリンカーンの理念は決して地上の人類社会に訪れることはないと私は思います。富の分配が公平に為される可能性がゼロなのと同じです。

予言とはそれまでの傾向と対策を鑑みれば出せるもの。それは引っぱり過ぎればゴムは切れるのと同じです。いつかは切れるよ!と警告するようなものではないでしょうか。ところが人間はそういう警告に耳を貸さない傾向があります。

思うに

宇宙人コンタクティが発する近未来予言も「このままでは」というものですよね?それは物事の道理ということではないでしょうか。

私はずっと「あなたはどういう世界に住みたいか」を思い描く大切さを言い続けています。理由は自由意志こそが次元を越えて有る宇宙のルールだからです。すぐ実現するかどうかではなく、どんな時にも自分の中に理想郷を思い描くのを忘れないで欲しいと願わずにはいられない。そして、そのための努力と準備をすること。例えば、フリーエネルギーなどはもっとも実現が近いものかと思います。ところがなかなか普及は進んでいません。利害が絡み過ぎているせいでしょう。
今はやっと太陽光発電や水で動く自動車など発表されるようんはなりました。もう原発は必要ない!という認識は広がりつつありますが、まだまだタレントや役者など著名人を使った原発必要論は根強くあるようです。
福島原発は収束をみないまま汚染は太平洋を跨いでしまいました。とっくの昔のようですね。海に地下水に岩盤に汚染は手を付けられない状態とあちこちで警告が為されています。それでも「アンダーコントロール」の号令の元、東京でオリンピックは開催されるのでしょう。

実はここ最近の東京の空気は変です。晴れていても晴天という感じではありません。何処か霞んでおり、喉がイガイガします。外出時のマスクは必修。もちろん何も気にしてない人もたくさんいます。

私は空中携挙の気運が高まりつつあるのを感じています。今年に入ってからは「いよいよなのか」という気さえします。とは言え、今すぐということはないのかも知れませんし、何にもないかも知れません。ポールシフトだろうが、巨大地震だろうが、起きても天空に宇宙船が満ちる時は来ないかも知れません。

私は自分自身で何とか正しい情報を発信できないものかと思い始めています。宇宙存在であれ、精霊であれ、『空中携挙』は果たしてあるのか?それはいつか?を知らせてくれるよう祈り始めています。それは直感としてもたらされるのがベストかもと。

これ以上、一部の人間が悪さをしないよう

地球は生命体ですから、地球自身が一大決心をしたら…人類も他の生命も多いに巻き込んでの大騒ぎになるかも知れません。いずれにしても何かしら感じることがあったらお知らせします。






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takako

Author:takako

maria letter
私が今伝えられること

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(2016年12月27日記)

いったんアメブロに移転しましたが、広告の量がストレスで2015年11月にFC2でブログ復活しました。限定記事もこちらで復活。パスワードはそのままです。

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