ロマンス

Category : つぶやき

時々、韓流ドラマにハマっていることを記事にしていますが、つくづく奥様ターゲットに作りこんでるなぁと感心しきりの私です。
火付け役は『冬のソナタ』のペ・ヨンジュンが筆頭でしょうか?空港にお出迎えの奥様たちが号泣する映像を見て「けっこう年配者が多いなあ」…全部が全部じゃありませんが、決して若くはない女子が何故あんなにも夢中になるのか…申し訳ないけれど、一種異様な光景。でも、一目でも会いたい気持ちは抑えられないのでしょうね。
恋は盲目と言います。彼女たちはペ・ヨンジュンに恋をしている…恋しい気持ちが募る…多分、女なら理解できるのじゃないかと思うんですけど、「いや!私は違う」と「一緒にするな」と思う人もいるとは思いますが、女子は

ロマンスがお好き

亭主そっちのけの熱心な追っかけに批判的な人も実はツインソウルやソウルメイトに関心が深いのでは…と思うんですけど、いかがですか?
かく言う私も一時期ものすごくソウルメイト探求に傾倒していました。ただし私は「恋がしたい」というタイプではありません。そう口にする人を斜に見るタイプ。恋って「したい」とかいう問題じゃない!なんてね(笑)
出会いは魂レベルのことと思春期から思ってました。第一印象でビビビっと(笑)もし現時点で私が適齢期とすると合コンなど興味ない可愛気のないヤツでしょう。

さて

韓流ドラマですが、男優のヒロインとの絡み…その演出はアザトイ感満載(笑)なんですけど、私は上手いなぁと感心してしまいます。女子なら誰よりも愛されたいはず…そこをうま~く突いています(^^)今、BSで『太陽を抱く月』が放映されてます。再放送なんですね♪どうりで通りすがりに見た記憶があります。
主役の二人の場面は観ているこちらが恥ずかしくなるほどラブラブ(笑)でも、誰かを好きになったら、こういうふうだよなと納得がいく…アザトイ感は好き嫌いあるでしょうが、あの照れのなさこそ恋愛ドラマの真骨頂なのでしょうね。
『冬のソナタ』などは運命の出会いがテーマ。友情も描かれていますが、ぺ・ヨンジュンにノックアウトされたミセスたちは自身の恋愛の理想を重ね合わせているのでしょう。

あぁいうふうに愛されたい

大切に想われたい

素敵な男性に

俗に言う『白馬に乗った王子様』
現実逃避だろうが、鏡を見ろ!だろうが、恋する気持ちは止められない。衣食住だけでは満たされない何かに恋愛は大きなパーセンテージを占めている。それは否定しようがない気がします。幾つになっても恋する気持ちを失わない。
スターを「彼」と呼び、恋愛感情を投影する…それを揶揄するのは簡単なこと。でも彼女たちは決して報われることはないのを知っていながら応援している…熱意があるうちは誰も止められないでしょう。恋している訳ですから。

現実は厳しい訳ですね。まぁ彼女らのご主人だって同じ気持ちと思いますが、恋愛って本能とスピリチャルの狭間で揺れる感情。故に理屈が入り込む隙などありません。
音楽家のチャイコフスピーは同性愛者だったとか。ある青年に恋をして、その高揚の最中『ロミオをジュリエット』を作曲したという話を聞いたことがあります。芸術にも恋愛は大きく影響している。美しい詩も数多く生み出されました。





私の知り合いにこの世で一番大好きな人と結ばれることがなかった女性がいます。紆余曲折あり、彼女の感情が押さえ切らなくなっていた時期に相手は別な女性と結婚しました。彼女は当時離婚したばかりで堪え難かったと思いますが、幸せを願ってもいました。
相手の男性も彼女が既婚者だった時期に知り合い、苦しい想いをしたようでした。彼女はヒプノセラピーを受け、彼と自分との縁、二人の魂の歴史を辿りました。彼女は何度も彼と死別し、苦しんだそうです。なぜ苦しんだかというと、彼を自分のものにしようとするといつも良くない事態になったのだそう。今世はそうしないと誓って転生してきたようだとも話していました。

ところが

寂しさに勝てない。彼女は寂しさに打ち勝てませんでした。彼は結婚した…幸せを願う気持ちにウソはない。でも彼が恋しい。その板挟みもあり、もともと念の強い人なのもあって、別な男性を願掛けをして強引に引き寄せました。
私は相手の幸せを心から願いながら自分も幸せでいることの難しさを彼女に見て、複雑な気持ちにさせられたのを記憶しています。

満たされることがないのですよ。幸せを祈る気持ちにウソはないものの、彼が自分と人生を共にしていないことの孤独を彼女はどうすることもできなかった。「私だって恋がしたい」そう彼女が言った時、私は転生の際、彼女が突きつけられた選択に思いを馳せました。

愛する人をまた強引に自分のものにしようとして死なせてしまうか

愛する人の自由意志を尊重するか

前者は後悔の念を、後者は堪え難い孤独を意味していたでしょうね。彼女は後者を選択したのですが、途中、また悪いクセが出た…でも、彼がそれに応えることはありませんでした。精一杯の彼の気持ちだったでしょう。
彼が彼女に向かっていた時期、彼女は夫がおり、子供も小さかった…彼を好きになっていく自分をどうしようもなかったと言います。苦しくて彼女は彼を無視してしまったのだそうです。

何という巡り合わせでしょうね。タイミングもあったでしょうが、彼女の今世の選択は彼の選択でもあったはず。

まさに試練の人生

ですが、そこを通らずには先に進めない。厳しい選択だったと思います。念の強い魂と受動的な魂。二人でひとつ。まさに対(つい)の魂なのでした。どのような状況にあっても第三者がどうの言って二人が納得するものでもなかったろうと振り返ります。ふたりは別々な道を選んだ…この人生は未来の礎になるのでしょうね。
無力な私は「待っててあげて」と言い続けました。今世で結ばれることはないとしても、彼女は忍耐を学ぶ機会を得た訳ですね。苦痛が伴う。そこを越える

誰かを自分の思いどおりにしたい欲求を乗り越える

また同じ繰り返しをする訳にはいかない

ある種、賭けのようだと私は思いました。
人生には少なくとも2通りの道があるようです。選択によって、その後は大きく違ってきます。誰かを愛するって個々それぞれに魂の刻印があります。故に倫理とか精神論とかで解釈・理解しきれるものでもないと私は思う。
個々の魂が持ち込んだ履歴があり、それは当事者が納得しない限り、周囲が善し悪しを言い切れるものでもない気がします。ただしカルマということもあり、それを第三者が肩代わりできるものでもありません。

人間はね、自分に降り掛かってみなければ分からないことだらけじゃないでしょうか?

平常心では美しいことを言っても、いざ!自分に降り掛かると普段言ってることと「違うじゃん」という例は幾つもあります。
誰かを傷つけても結ばれようとするカップルも数多いるでしょう。幼い子供を巻き込むケースもあるかも。ですが、当人あるいは一方が引き返そうとしない限り、その二人の縁…転生時の関係図を第三者がいくら道理で忠告しても無理かと。

それほど誰かを好きになり、結ばれたいという気持ちは人の心にまとわりついて離れづらいもののようです。

私の両親がそうでした。父には妻子があり、二人は駆け落ち。周囲の猛反対を押切って暮らし始めたそうです。
二人は確かに関係者を傷つけました。父のお子さんから母は恨みをかっていました。それは否定しようがないのです。
私は私で「生まれて来るべきじゃなかった」と自分を疎ましく思うこともありましたが、愛情には恵まれた子供時分を過ごしました。隣近所はとても可愛がってくれたんです。
ですが、それは親戚の叔父が母に「罰当たり」と言った時でしたが、私は「生まれて来るべきじゃなかった」と思った。でも母は何も言い返そうとしませんでした。

生前、母が「父以外の人(男性)は考えられなかった」とぽつり呟いたことがあります。私は父と母を美化するつもりはないのですよ。それどころか、おとしまえは自分らでつけるんだろうなと思ってたりしました。

私の知り合いの女性は孤独に耐えかねて「私だって恋がしたい!」と突っ走りました。「待つ」って本当に厳しい魂のレッスンなんですよね。当事者にしかそれをどうすることもできません。

ちなみに父と母は魂レベルでは師従関係。どちらもどちらかというと男性エネルギーの魂。母はしょっちゅう「私が男だったら」という男勝りな人でしたが、父のカルマ(宿題)につき合う覚悟を持って転生したのでしょう。
母は父と相思相愛。しかも父を看取って終生母は独身を通しました。流石…従者だけのことはあります。本当に献身的に父の世話をしていました。

個人的所感ですが、夫婦仲が良くない場合って、一概には言い切れないものの、それは

理解度

その問題と私は視ています。魂同士…深いレベルの理解が得られているカップルは何というか…阿吽の呼吸がある気がします。

もし、あなたの夫婦関係があまり良くない場合は互いに理解を深めるという課題が横たわっていると私は思います。事実、私がそうでした。そりゃぁ険悪な喧嘩も何度もありました。レッスンかなりハードだったと振り返ります。

また

私が視たケースには夫婦の縁じゃないのに何かしら理由があって夫婦になっている場合が数多くありました。あまりに多くてビックリしたほどですが、これは「いったい?」ですよね?
韓流スターに走っている主婦に「あぁだからだ!」なんて思われると困るんですけど(笑)、本当に魂の伴侶同士という夫婦じゃないケースが多発しているのはどうしてでしょうね。全部が全部じゃないのがミソですねぇ。

何だかとりとめなくて申し訳ありません。

誰かが誰かを愛する時

その関係性って魂それぞれの課題とか宿題とかが大きく横たわっています。故に周囲が何を言っても無駄なことが多々あります。
あるいは相手が思うようでない場合もある。

私たちは人類愛に高まるまでにはまだまだなのでしょうね。

まずは心から誰かを愛し、敬い、忍耐や相互理解を深める必要があるのでしょうね。人類愛・・・キリストもマグダラのマリアを愛したのですよね?

人類愛と個人の愛は両立する

マグダラのマリアもキリストを男性として愛し、キリストの説くところを深く理解していたのでしょう。私はこの二人、素敵と思います。



縁は同点同士と言います。確かにそのとおり!



韓流スターに走る主婦を支える夫の存在って小さくなさそう。って言うか…幾つになっても女はロマンスある限り元気なのかも知れませんね。寝込んでしまわれるより良かったりして。何というか…韓流って宝塚やジャニーズと共通項があるような

いずれも夢を売る 擬似恋愛を満足させる娯楽ですよね?



私は追っかけるまでには至らないし、ブームは下火のようですが、韓流ドラマが根強い理由、分かる気がします。



ガウディ・コード?

Category : つぶやき

やりすぎコージーという番組で「信じるか信じないかは、あなた次第」と画面に向かって指差すメン・イン・ブラック(笑)関暁夫さんをご存知の方たくさんいると思います。私もたまたま番組を観たという程度で縄文人のような風体、内容もどっかで聞いたようなと余り気にしてこなかったんですけど、案外スゴい人かも知れないと思うようになりました。

A KI O... 飛鳥昭雄 関暁夫

同じ A KI O というのも絶妙にシンクロですね(^^)飛鳥さんは「一緒にするな」と言うかしら?でも扱うネタは共通項あり。解釈の微妙なズレなど観る分には面白い対比かと思いますが、皆さんはいかがですか?
関暁夫で検索すると動画が幾つも出てきます。フリーメイソンを追ってるんですね。私はフリーメイソンとイルミナリティの違いも分からないし、陰謀説に食いつきが良い方でもありませんが、9.11 当時「ひょっとしたらアメリカ国政府が影でなんてね」とか脳裏を過ったことあって…それこそ都市伝説な思考回路かも知れませんね。
私は 9.11 にしても何が起きたにしてもその後に何が大切かを考えます。9.11 の際、ヒプノセラピストから「takakoさん、どう思う?」と聞かれ、「私たちは互いをどう支え合うか、人ごとじゃなく何ができるか、そういう心のことを試されると思う」と答えました。
陰謀の有無を立証する立場に私はありませんし、そこに注ぐエネルギーもない。首をすげ替えて悪さする輩はいなくなりはしないでしょう。キリがないと思っています。何故か?権力と富に対する飽くなき欲求から卒業できない、したくもない人間がこの世にいる限り歴史は繰り返すと思うからです。

ですが、最近は「CIAがワクチンに関する活動を辞める」と公表が為されたり、スノーデンのスパイ・諜報活動の告発があるなど国際社会が騒がしくなっています。憶測の域をでないものの、世界の表舞台には出ない権力機構に激震が走っているのか?と私までも思ってしまう。何かしら根本からグデンとひっくり返り始めたもかも知れないと思ってしまう昨今。
そんな折、ふとしたきっかけで関暁夫さんの都市伝説を観る機会があり、私はう~んっと唸ってしまったんですね。どうせ吉本のお笑いが言うことと一笑に伏せない。彼は直に現地に行って検証を試みていますし、解釈も理にかなっている…飛鳥昭雄さんにしてもエンターテイメントと自身を位置づけていますが、そういう切り口で私たち一般人が世界の不思議の深部に間接的にも触れる時代なんですね、今は。

さて

関暁夫さんが提唱する『ガウディ・コード』ですが、かのサグラダファミリア…スペイン・バルセロナにある建築途中の教会。アントニオ・ガウディのデザイン。サグラダファミリアには一度行きましたが、私が行った時点で中身スッカスカ(笑)でコンクリートミキサーや何やらが散在している状態で…しかも観光客でごった返してイモ洗い、あまりイイ思い出とは言えず。ですが、あの教会は不思議に満ちていることくらいは知っていましたし、完成すれば教会自体が一大オーケストラのように荘厳な賛美歌(鐘)を奏でるだろうとか聞いた記憶があります。その完成がいつなのか分からないとも聞いた記憶がありましたが、実は2026年完成予定だそうで、それはフリーメイソンの13年サイクルに則っているという、しかも!ガウディはフリーメイソンのメンバーという展開に「え~っ!」と目ん玉飛び出た私。あの人もこの人もフリーメイソン。こうなりゃもう驚きません(笑)

で、私が興味を持ったのはサグダラファミリアにしろガウディの建造物に刻まれた『maria』の文字。2026年完成した暁に教会内の鐘という鐘が荘厳な賛美歌を奏でるという件。それは終末にはキリストが復活する、帰って来るという伝説ともクロスして本当に興味深いと思ったんですね。
また、これはファティマの第三の予言ともリンクしているようで、聖母はルチア(第三の予言を託された少女)に何を託したのか、思いを馳せずにはいられない気持ちに駆り立てられます。
聖母はルチアに1960年まで公表を控えるように告げたそうですが、ルチアがバチカンにもたらしたそのお告げは1960年になって以降も公表されていません。
思うにそれはバチカンの信仰体系を揺るがす何かのようでなりませんねぇ。事実、法王が存命中に退位(700年ぶりの事態とか?)教会先端部分に雷が落ちるという劇的なニュースが世界を騒がせています。それらのニュースに何かしら嵐の予兆を感じた人は少なくないでしょう。事実いろいろ出てますよね?不祥事が。

カトリックの総本山、その闇で蠢く人間とフリーメイソンがどうリンクしているかは分かりませんが、共にイエスキリストと聖母という軸で一致しています。
フリーメイソンが光とすれば、イルミナリティは闇。陰陽。光あるところに闇はある。この組織は人類の未来を創作しようとしている点では一致しているんですね。まぁ憶測の域はでませんが、活動内容が非公開となれば、尚さら陰謀説に血道を上げる人たちの注目の的なのだけは確か。世界は彼らの計画通りに進んでいるという…それを示すイルミナリティ・カードの存在も話題に。

さて、肝心のガウディ・コードですが、2026年にサグダラファミリアの完成(予定)は何を意図してのことか?が鍵のように思いますが、そこに聖母のサインが介入してるとなると私は黙っていられない(笑)。
今現在、地球は深刻な天変地異のただ中にあります。それは浄化と私は思いますが、太陽系自体が激変していることを鑑みれば、今私たちが経験している地球規模の激変は精神世界の枠を越えた壮大なスケールのことだと察することができます。

悔い改めよ

聖母はあちこちで出現してはそれを一貫して伝えています。ですが、地球の変化は宇宙的要因でもある訳です。決して人類を戒めるがために起きているとは私は考えづらいと視ています。

助かるか 助からないか

それはもう魂それぞれが転生する際に決めた寿命に則っていること。従って「助かりたければ徳積みを」という啓蒙・警告は論外。助かりたいから徳積みをする、それはある種の脅しを含んでいると私は思っています。助かりたい!という思いを私は否定しません。確かに動物には生き残ろうという意思が存在します。それは人間に限ったことではない訳ですね。
聖母は母性から人間に「悔い改めなさい」と告げている訳で、決して「助かりたければ」という警告と同一ではありません。一線を画す。

多分、多くの人はこの違いを理解しようとしないかも知れません。知れませんが、人間とて地球の生命体。特例などないと思うくらい真摯な態度でいた方が賢明と私は思っています。故にフリーメイソンが意図的に世界を動かしている、いつ何を起こすかというプランに則って活動展開しているという飛鳥昭雄さんや関暁夫さんなどのレポートに「う~ん」と唸ってしまう訳です。

もしこれが事実なら聖母の「悔い改めなさい」というメッセージを一番無視しているのはキリスト教義を旨とする、こうした秘密結社ということになる。何と皮肉なことでしょうね。

ですが、ガウディ・コードが意味するところを私は知る由もありませんが、ガウディが聖母に寄せた想いって如何ばかりだったろうと想いを馳せる…フリーメイソンの中にもこうした人類支配とは違う何か別の熱意で働いている人間もいるのかも知れないと。
聖母と内的な繋がり…あるいは憧憬の念に打たれて一生を捧げた人もいるだろうと。それは究極、組織に属そうが、属すまいが関係ない。

関暁夫さんがいうところで私が共鳴する部分は

個々

個々が自立する

ひとりひとりがアイデアを活かして生きる

そういう時代に入っている

今はそれに到達するまでの困難な時

ここなんですね。飛鳥さんより共感できる点です。飛鳥さんは日本人の生き残る人口比率は世界のどの国より低いと説いています。私はそれが真実かどうか伺い知ることはできません。できませんが、人は自分の心の窓を通して世界を見ているとすれば、関暁夫さんの語り口の方に一票入れたくはなる訳ですね。

科学者の中にはポールシフトの際、地球から酸素が一時的に無くなるのではないかという説を唱える人もいるそうで…こうなりゃ徳積みとか言ってる場合じゃない。息できなくなるのでしょ?まぁ説の域の話ですから、実際にそうなるかは「?」
まぁ最悪の危機的状況には宇宙船が天空に満ち、準備が整った徳積みに励んだ人間を救いとるという啓蒙もありますから、如何なる事態も「あり得る」という想定なのかも知れません。

いずれにしても

ガウディ・コードにしてもダビンチ・コードにしても、そこに聖母が絡んでいる。そして、イエスの遺伝子は引き継がれたという…イエスの子孫がこの世に存在するという、もうひとりのマリアの存在がクローズアップされる。

聖母とマグダラのマリア。マグダラのマリアはイエスの妻…それがダビンチ・コードの根幹でした。そして、イエスキリストも聖母も実は宇宙人という…、ルチアに託された第三の予言はこれ?という仮説で関暁夫さんのレポートは進んでいます。その真意は分かりません。一笑に伏すのは簡単。ですが、聖書絵画の中には宇宙船らしきものが描かれているものや、ファティマで聖母出現があった際にUFOが目撃されていたという話もありますから、あながちガセとも言い切れないのでしょうね。

2026年

私はどうしているでしょう。もうこの世にはいないかも知れませんし、俄然元気に「けしからん!」と書き続けているかも知れません。

私はね、こう思うんですよ。確かに危機意識は必要です。備えも同様に不可欠。ですが、ロマンを感じられない世界になど何の興味もありません。夢を描けない世界などあってはならないとさえ思っています。

私たちは自己実現のために此処にやってきた者たちです。

中には眠れる魂もいます。彼らは操り人形のように生きています。でも本人は気づかない。もうありとあらゆる種の魂…生命体が生きている地球。

フリーメイソンが刻む周期・・・世界的変化がある(あった)とされる周期の年、あなたは何をしていましたか?

私は2000年、カメラマン・主婦・母親の三足のわらじを履いて活動していました。
2013年はマヤ歴が開けた翌年でしたね。私は内的変化を感じ続けた年でした。自分が本当にやりたいことは何かを静かに考え続けた年。より開放感を味わった年でもありました。
2013年は神々が神社に戻ってきた年でもありました。えぇ2010年から何処の神社も空っぽになっていましたよ。

2010年、神さまがいなくなったと同時にチャネラーやヒーラーが増えたのを皆さんは知っていますか?それってまるで鬼の居ぬ間にだなぁと気づいた人は少なかったでしょうね。え?嫌み?えぇ嫌みです(笑)

私が何を言いたいかというと、フリーメイソンの世界規模で行う13年周期のイベントがどうであれ、私は私のペースで暮らしていたということなんですね。ただし昨年からは太陽系規模の変化が加速しているようなので、地球の生きものぜ~んぶが磁場変化の影響を受けています。人間も例外じゃありあせん。躁鬱患者の増加やサイコパスの増加も決してその影響じゃないとは言い切れないと私は視ています。

また地球から受ける印象というのでしょうか…、刻々と変化しています。どう変化しているか?それは人によって違うのではないでしょうか。

人は自分の心の窓で世界を見ている

故に何の変化も感じない人もいるはず。でもね、これだけは言える。誰か、何かを支配しようとコントロールしようとしないことです。これは大切なことです。

フリーメイソンはキリスト教・ユダヤ教・イスラム教が共存しているそうですね。フリーメイソンのロッジ(関係建造物)に関暁夫が潜入してその証拠とやらを幾つも紹介していました。そして、フリーメイソンの下地は『愛』「友愛』なのだとか?その奥の奥には「石屋職人」というキリストは大工だったのですよね?

私はね、キリストが神としてであろうが、宇宙人であろうが、私たちと同じ人間としてであろうが、そんなことどうでも良い気がします。肝心なのは

キリストが何を説いたか?

当時の人々に何を伝えたかったか?

だし、時系列では未来に存在する私たちですが、キリストは普遍的な愛を示してくれたのだと思うんですね。教義は二の次かと。

神として崇め立てられようと、宇宙人であろうと、私たちと同じような人間であろうと、キリストが伝えたかったのが『愛』ならば、それだけで充分だと思う。

2026年

待つまでもなく、私たちは地球規模の激変に遭遇し続けるのでしょう。しかしながら、それと同時に私たちは個々に心の灯火を点し続けることをないがしろにしてはならないのだと思う。

私がそれまで生きていたなら、ガウディが構想した聖母に捧げる愛を、聖母の枯れることのない愛を、キリストの呼び声を、マグダラの育みが世界に放射するんじゃないかと…、そういう必然なら、あっても良いのかなあなんて思いました。




Category : つぶやき

非公開の方に『夢』というお題の記事をアップしました。


輪廻する心

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内観と自制心

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私は今も韓流ドラマにハマっています(^^)BS放送『馬医』CS『トンイ』&『チャングムの誓い』を韓国語版で楽しんでいますが、筋書き分かっていてもつい観てしまう…我が家のお父さんもついに韓流ドラマ(鑑賞)デビュー(^^)「オレはサクセスストーリーが好きなんだ」とか仰って毎週『馬医』を楽しみにしています。
韓流ドラマを観ていて思うのはターゲットは間違いなく女性層かと。恋愛ものには歯が浮くような台詞(照れが入るような)や描写が目白押しだし、男女のドロドロ劇もハンパじゃありません。次から次に波乱が起こり、視聴者は一喜一憂。ベルバラじゃありませんが、女子のロマンス指数高い(!)…毎週毎日、釘づけになる時間があるのは主婦層かと。
何しろヨン様を涙と歓喜で空港にお出迎えするのは100%(?)女性、それも熟女ときてはもう否定しようがありません。バカにしている訳じゃありません。あそこまで夢中にさせる磁力が韓流スターにはあるという…下降線と囁かれ、昨今の日韓関係(政治)はギクシャクしてますが。

さて

その韓流ドラマの主流は嫉妬と野望。歴史ドラマにしろ恋愛ものにしろ、男女が織りなす入り組んだ心理描写を観るにつけ、感情移入しやすい土壌が韓国にはあるように感じます。架空に現実感を持たせる手法は日本とは違うようですが、如何に人心を掴み、それを視聴率に反映させるかにしのぎを削るのは同じ。

描写は気まぐれな視聴者の心理に響かねば見向きもされない。韓流ドラマが根強く描く嫉妬や野心は人間の心にある…自分の中になければ心に響かない。ドラマ作りは人間描写ですからね、私は「つくづくだよ」と思いながら観ている訳ですね、つい(笑)。

さて

私たちが生きる人社会ですが、日々…親子・兄弟・会社・学校、すべて人間関係で成り立っています。そこから逃れることはできません。

人はひとりでは生きていけない

ですが、煩わしい時があるのも事実で…時に社交辞令を欠いては何かと不都合だったりします。経験ないですか?
私たちは人間関係の中で色んな感情を味わいます。つい自分と比べては色々思う訳ですね。「私ならあんなことしない」とか、私のご意見番もその域(苦笑)基本、どういうふうに生きれば、この娑婆世界の荒波にスムーズに乗れるかだと思うんですけど、いかがですか?

如何に人に振り回されずに自分らしく(違和感なく)生きられるか、そこでかなり停滞し続けた半生だったと振り返ります。そして、甲羅を経て辿り着いたのは

自分の心

一番御し難いのは自分の心

人を変えることはできないと言います。さりとて困ったちゃんは大勢いる。子供の躾もせねばならない。子供は親を見て育つと言います。一番分かりやすい例と思いますが、だからこそ自分を顧みる必要があるんですね。人格形成の基本中の基本は家庭です。人間は知らず知らずに家族(あるいは親代わり)から受ける心象に影響され、処世術を身につけ成長します。



因あれば縁あり



同じ親に育てられても兄弟の性格や好みは一致するとは限りません。それは個々の魂が持ち込んだ(転生)課題が起因しているのですが、自己主張が強い魂だと協調を学ぼうとする意図があり、逆に消極的だと主張がテーマというふうなことなのですが、親はその子その子の対応に追われる…これも心の修行。子供にしたって親にかなり影響される。
ウチのお父さんは二人兄弟の次男坊なんですけど、兄は「親父は**ばかり可愛がった」と酒を飲むと愚痴ってました。義父は「そんなつもりはない」と言い、ウチのお父さんも「兄貴には困ったもんだ」と言う。

家庭は人間社会の基本

長男(長女)を見て育った弟妹の方が処世術に長けると聞いたことがりますが、「**は調子がいい」と確かに言われてました、ウチのお父さん(笑)
いずれにしても家庭は色んな個性がいるという最初のレッスンの場。そこから集団へと私たちは入って行く訳ですが、一人っ子の親御さんとて子供に友だちが出来れば色々(笑、笑えない)。なので人はつい、ままならぬ現実で誰かのせい何かのせいであ~なった、こ~なったとストレスを抱えるようになります。事実、思い通りにならないことを私たちは経験してきた訳ですね。親は子を、子は親を、兄弟同士、友だち同士、あらゆる関係が私たちの日常を左右します。

誰かのせい 何かのせい

そうやって一生を過ごす魂もいます。死んでも直らないタイプでしょうが、人生の目的を知りたいと思うような私たちは何処かの時点で現実を引き寄せたのは自分だと気づいた…だから自己探求の道に進んだ訳ですね。そこからやっと魂はひとつづつステップを踏み、本来の魂の目的を生きることになるんですね。

人間関係や日々の出来事に反応しているだけでは学びとは言えない。なぜ自分はそういうふうなのかに疑問を抱き、内観に向かうようになって初めて魂は学び始める訳ですね。
ところが精神世界は内観…内なる旅を商売にしてしまいました。チャネラー・ヒーラーという素人集団を生む温床となった。これには功罪ともにあると思いますが、内観は魂の本質。転生してあ~もして、こ~もしようとプランしたのは「自分はどういう存在か」を試し、証明したかったからですし、その場を必要とした私たち…ここまで過酷とは「聞いてないわよ!」とブーたれても後の祭りですが、此処(娑婆世界)は雑多な人間たちでごった返しています。故に思うようにいかないことも多く、身体的にも過酷ではある訳ですね。そりゃぁ商売になる訳です、精神世界。

ですが、いくら精神世界で禄を食んでも堂々巡りな人は少なくありません。それに気づいていない人も輪をかけているのが現状ですが、要は内観ほど手強いものはないということなのかなあと私は思います。
どっかで思考停止する。理由は様々ですが、人間が作るあらゆる現実には打算や計算が働く…それが悲喜こもごもを生むと私は視ています。

その垣根を越えるのは並大抵ではない。人間には欲があります。それは本能ですから、譲りようがありません。問題はそれをどうコントロールするかだと私は結論づけます。

欲を滅するくらいの悟りを得られれば何よりなのですが、なかなか難しくないですか?っていうか、欲って生きるエネルギーでもある訳ですね。もっと健康に、もっと





人間は地球に君臨していますよね?他の生命に多大に影響を与えています。絶滅危惧種は年々増加しているそうですが、それが何を物語っているかというと、人類という括りは何千年歴史を刻もうとな~んにも学んでいないということ。ひと握りの人間が牛耳る社会構造…ピラミッド構造がその何よりの証拠と思います。

欲から逃れられない

人間はその手腕ゆえに地上に君臨しました。欲を満たす、その目的のために突っ走って来たと言っても過言ではないでしょう。それは人間の『本能を満たす頭脳』が他の動物より勝っていたためですが、それ故に持てる者と持たざる者との格差を生んだ。便利になればなるほど人間は怠惰になった。ラクになると動物は安住します。ところが地球は有限なので、それは永続しません。人間は牧畜・農産を生み出しましたが、自然に反するものも多量に生み出した・・・そのしっぺ返しを今受けているようではないでしょうか?

地球は今、新たな秩序を構築する手前の洗い出しを始めたところ。一説には今はウォータークロックですか?水難による浄化が始まったとする向きもあるようです。私たちは全体責任を負う試練の時を迎えたのかも知れません。

ですが、覚悟は必要です。ですが、それより大切なのは内観です。一見関連がないように思うかも知れませんが、もし私たち人間が自然に沿う知恵を働かせ、自分らを最優先に行け!行け!とばかりに文化を押し進めていなければ、もっと世界は違っていたはず。

そこには調和があり、共存の和があったはず

ピンと来ないかも知れませんが、もし必要絶対数の人間が内観を常にしていたら、自分が何をすべきかを知るはずなんです。

生きることは活かすこと

活かすことは活かされること

この単純な図式を具現化できないレベルが人間の営みです。私たちは直に自分が関わってないからといって責任がない訳じゃないのですよ。ですが、どうしようもないシステムが人間社会を牛耳っています。そのジレンマのただ中に私たちはいる訳ですね。

ホノオノボですか?すべては自分の中にあるもの。その事実を受容する。内観から始まる世界があるんです。私たちにはまだまだ出来ることがある。それは多種多様な感情をコントロールする心を養うこと・・・この一見関連がないように思える試みに世界が、あなたが抱える問題の糸口があるんです。

私たちは自分の心を通して社会と関わっています。あなたの心にないものはこの世界には存在していません。

ワクワクをスローガンにする人たちが居ますよね?その数はとても多い。それは何よりと思いますが、この世だけではなく、宇宙は陰陽で成立しています。

光あるとこころに影あり

そのバランスの上に世界(宇宙)は成り立っている。ワクワクだけでも魂は成長しません。気持ちよくはなるでしょうが、悩むことで魂は多くを学び、身につけるのも事実。ただし、余りにも私たちは深刻な悩みを抱え続けてきたため、「大丈夫。あなたはそのままで」というプロセスは必要でした。今もそれを必要としている人がいるのも確かでしょう。

ですが、先があるんですよ。

物ごとには先があるんです。ひとつ完結したら次のステップが待っている。ただし進むには私たち自身がそれに見合うだけ成長しているかどうかが鍵。準備ができてなければ始める訳にはいかない。何ごとも準備なしには事項できない。それは舞台を踏むには稽古が必要なのと似ていますね。ぶっつけ本番とはいかない。

ここ娑婆世界は実に巧妙です。稽古と本番が同時進行しているようなものだと私は感じてしまいます。赤ちゃんの段階は人間生活の準備期間ですよね?あらゆることがそのように機能しています。

事象に反応している段階がこの世界の多くの人間です。上から目線で申し訳ないが、内観の途上にある身として見える景色ってあるんですよ。でもね、それより私は内観して見える景色の方が大切と感じている。何故か?

この世界は自分の鏡

私の中にイエスとノー、その答えがある。どれが好ましい現実化を悟るアンテナがある。そのアンテナは

あなたにすることは私自身にすること

それに準じます。私はね、欲とか嫉妬とか、誰かを恨む気持ちとかない!と言いません。ある!あるからこそ、それが自分にも相手にも影響するかをつくづく思い知った訳ですね。摩擦があったとして、私は言い訳しません。ぶつかるにも理由があるし、受け入れられないことも実際ある訳ですね。
そんなのをひっくるめて受容すると見えてくることってあるんですよ。如何に相手をコントロールしようと躍起になってかをね。
韓流ドラマの悪役・悪女を観察しているとよくその辺が分かると思いますよ(笑)自分の立場を優位にするため、自己保身のためとあれば手段を選ばず悪事に手を染める。この構図。政治もそうでしょ?東電の上層部もそれに躍起ではないでしょうか?
どんなに身分が高くても、それらの利権族は『反応族』と言えそう。人社会はこの段階にこれからも留まり続けるのでしょうか。私はそうは思いません。

地球には浄化の嵐が吹き荒れています。






















将来人口減で本当に困るのは誰?

Category : つぶやき

今日はいつものマイノリティにエンジン吹かして力込めます(笑)かなりの長文になると思うので、気が向いた人のみ読み進めて下さい。






安倍さんが如何に集団的自衛権が日本国民を守る法案かを力説するに当たって使ったパネル・・・子供騙しと思った人はどれくらいいるのでしょうね。安倍ブレーンは如何に世論を納得させるかに心血を注いでいるようですが、あれを見て「(安倍政権)国民のことを思ってやっていること」と思った人、私はアホと思いますよ。言い過ぎですか?そうでしょうかね。

消費税は近い将来10%になるとか?思えば、生まれたばかりの赤ちゃんでさえ消費税に貢献している・・・だってオムツやなんか買うにしたって消費税かかるのでしょう?



ひと昔前の年貢ですよね、政府(幕府)・自治体に国民が納める、下々の伺い知れぬところでそれは活用される、そもそも税って仕組みは本当に必要なのかしらと腕組みしてしまいました、私。

政治家が如何に優遇されているか

国民に変わって国の政(まつりごと)を担っているから?

でも、それとVIP待遇とは実は別なのじゃないでしょうかね。国民のために働くということと優遇待遇は別次元。当然の権利みたいに収まっているのはどうしてなんでしょうね。聖徳太子は政治家を末席に座すのが道理と説いたそう・・・先生と呼ばれ、高級車に乗り、特権を与えられる彼らに不信感を持つのは私だけでしょうか。

当たり前と私たちが疑問にも思わないことの中にこうした永田町界隈の慣習・慣例があると私は思うけれど、決して改められることはないでしょう。早い話、そうした旨味があるからこそなり手があるのでしょう。地元の利益もそこに絡む。だいたい国政担う人間が地元に利益をもたらすこと自体、歪んでると私は思う。そんなの自治体内で納めれば良いこと・・・え?それにも国の予算が関わっている?やれやれ、こういう構造が癒着とか談合を産む土壌なのでしょうね。

もし、こうした旨味がなかったら?だ~れもなり手ないかも知れません。

自分たち国民のために、国民の利益を慮って日夜励んでいる政治家も官僚も存在しません。福島原発事故がそれを如実に物語っていました。

隠蔽

あのあからさまな事態はいったい誰のためなのでしょうね。何を誰を守るためだというのでしょう。
数ヶ月もたってシレ~ッと「放射能もれてました~」と言える思考回路、それに対してなす術もない一般市民。声を上げればテロリスト呼ばわりされる、もし彼らが国民の安全と権利に真に貢献するのが政治家の勤めと認識していれば、こうしたあらゆる隠蔽も工作もないはず。

国政を担う者にとって国民は一票要因であり、納税者・・・それ以上でも以下でもないようです。

政治はイメージ戦略

私はずっとこう指摘していますが、それ故に安倍さんは集団的自衛権を言葉やイメージを駆使して大衆を誘導している訳でしょうが、それは引いては自民党政権を長~く存続させたいがためでもあるでしょう。でもね、見渡しても野党はロクなのがいない状況。つまり大衆の後押しで国政にのし上がるだけのチカラが見えてこない。安倍政権はこの機に乗じて邁進するでしょう。止める手だてなどありませんよ。だって選挙で選ばれた政党なのでしょ?選挙率が如何に低かろうと「そんなの関係ない」(古い?)訳ですよ。

これは全て!民主党の責任です。公約を簡単に反故するは、無能だはを見せられた日には国民の信頼が得られるはずもなく、権力の座から引きずり降ろされても仕方がない。

皆さん

政治まつりごととはどういう質か、政府とはどういう質かはもう明らかですよね。末期症状なんかではありませんよ。もともと政治とは国民主導であった試しはないのです。ただ選挙権を与え、それを利用しているに過ぎません。

さて

人口減少が加速している日本ですが

高齢者が増加する一方、少子化の影響により福祉・介護・医療などに将来支障が生じるだろうと報じられています。しかしながら、国民年金名簿やその金でさえ何処かに消え失せるお役所家業。公の機関のこうしたズサンさはそこに留まることはありません。増税しようが、国民の不安を煽ろうが、彼らが膿を出し尽くさないのですから、どうにもなりません。
このままのシステムであればという前提で人口減少・少子化は不安材料とされている訳ですが、それこそ抜本的に政治家に供される巨額支出のダイエット化を計り(絶対実現しません。何故か?政治家の猛反発にあうから)、民間ではあり得ない優遇ぶりを是正すれば、かなり改善されるはず。それでも焼け石に水なのであれば、もうそれは永田町の仕組みそのものに問題がある。それでも彼らは国民に負担を強いていくでしょう。

税金

それを私たちは当然の義務として納めています。国民は税金を納めていることで政治に大きく貢献している訳ですよ。赤ちゃんでさえ消費税払っているようなもの・・・だってオムツなど必需品でしょう?あらゆる商品に税がかけられています。
今現在の日本の人口って1億ですか?厳密な数は分かりませんが、住居・車などなど人が暮らすに必要なあらゆるものに税がかけられているます。なのに

「これ以上、国民にどう負担を強いるつもりか?!」と何故ならないのでしょうね。

集団的自衛権にしてもそう。有事に備えて「国民の生活と生命を守る」という論法のようですが、いったい誰が国民を守る訳?

それはね

国民が国民を

政府役人はその指示系統にあたる

永田町で禄を食む人々は一滴の血も流さない構想。自衛隊のみに負担を強いるようではならないと訓示を垂れた安倍さんです。
結局はいったい誰が戦闘地域に赴き、戦闘行為に加担するのか、血を流すのか、それは国民という図式。今は自衛隊に留まっていますよ。見ていて下さい。集団的自衛権が通り、具体的に押し進めていくうちに「徴兵制」巧みに名称は変えて言い出す。ところがだ~れも実感がないのが実情かと私は思っています。戦地に行くと街頭で答えていた若者もいるようですが、戦場の悲惨さを知らない。映画『プライベート・ライアン』のノルマンディー上陸作戦の場面を観たら、その惨憺たる現状が垣間見える。砂浜で内臓破裂した兵士、上半半身と下半身がまっぷたつになって放置された兵士・・・そのどれかに自分がなるとすれば、行けと言われれば、戦地に出向くと言えるのかしら。

中国や韓国の挑発行為がマスコミを賑わせてますが、安倍さんだって負けてはいません。遊説しては挑発発言しています。オバマから自重を促されたという噂がありますが、真意のほどは不明。スピリチャルな人々には中国の崩壊は近いという人もいますよね?日本のマスコミも何処に目をつけているかは知りませんが、中国は崩壊しません。中国政府が、なのでしょうか?中国にしろ日本にしろ現政権が失墜しても国民までが運命をともにする訳ではないのですよ。人間がいる以上、再生します。それは人類の歴史が物語る。文明は4度目ですか?人類はしぶとい。何度でも復活する。核で大半が滅んだとしても少数からやり直す。その繰り返し。

さて、何かと物騒な日中間ですが、それは政府レベル。

民間レベルでは中国と日本は今も行き来しています。また中国は日本を同等とは見なしていないでしょう。格下。安倍政権は中国の挑発行為を脅威と見なしているだろうし、日本国民の多くは「中国けしからん!」となっていますよね?その空気があるから安倍さんは自信を持って集団的自衛権を通そうと画策しているのでしょう。

しかしながら

戦闘に加担する、積極的防衛のためには武力も厭わずという拳こそ中国政府の思う壷。彼らはしたたかです。人口比率にしても日本は敵ではないのですよ。然るに中国のバックにはロシアがついています。安倍さんのようにコロコロ態度を変える国のトップをロシアが信頼するはずもない。

安倍さんは敵うはずのない敵に向かい、自分の血を一滴も流すことなく「そっちがその気なら」の構えで挑発に挑発で返す言動に走っています。これが何を物語るか分かりますか?
中国の軍事力はもう国際警察を担うアメリアに引けを取らないまで成長しているでしょう。核兵器を保有しています。もし、それを手玉にとって安倍さんが「我が国も」と言い出さない保証はありません。何かと理屈をつけて国民を誘導しようとするでしょう。事実、個人の意見として過去、ある大学の講演で核兵器に肯定意見を述べたとの指摘があります。

アメリカは日本と同盟を結んでいます。

故に有事の際には日本に加勢すると安倍さんは目論んでいるでしょうが、そう単純なものでもなさそう。アメリカは本気で中国を敵に回すことはしない。ロシアともそうだと思う。

そんな中、日本は少子化が加速している

中国にとって日本は挑発にすぐ乗る扱いやすい国でしかない。安倍さんは遊説して、あちこちに金をばらまいているようですが、どの国も中国を非難することはしても日本に加勢する国などないでしょう。第一、何処の国も自国で手一杯な様子。欧州はロシアからの天然ガス供給が止まるリスクを背負っています。その隙にじゃありませんが、ロシアは中国に天然ガス支給契約を取り交わしたとニュースに。

火の粉を日本のために被る国など何処にもありません。現日本政府が躍起になって集団的自衛権をごり押ししようとしている理由も充分に計算内でしょう。中国はそれをよ~く心得ていると思う。

そんな中、少子化が進む日本

集団的自衛権にしろ、増税にしろ、それらが何を物語っているかと言えば、国民の負担のみが膨らむということ。

日本を誰が守るか?

日本は金は出すが、血を流すことはないと国際社会に思われている、そうあってはならないという論法も虚しい。だってどれだけお金ばらまいているんですか、安倍さんは!矛盾していますよ。大企業のお歴々を伴っての遊説でしょ?各国歓迎するのも金離れが良いからでしょうに。お互いさま口先外交ってところでしょうか?

敗戦国日本

原爆投下された国、日本

だからこそ日本は非暴力に徹する覚悟がいるんです。金をバラまくことより、それは重要な日本の課題です。ところが挑発にここぞ!とばかりに乗って国民を何処に向かわせようとしているのでしょうね、安倍政権は。自分は一滴の血も流す気、あるはずありません。

将来人口減で本当に困るのは?

永田町ですよ。膨れ上がる老人人口をケアする資金は底をつく。実際、高齢者の医療負担じわじわ来ているのですよね。年金も充てにはならない。つまり、日本の未来は先細りという予想なのですよね?

それが何を意味するのか、皆さんは想像できますか?

永田町が吸い上げるマネーが減少する、政治家が先生ではなくなる、官僚が高給取りじゃなくなる、そして、永田町が機能しなくなる日が来る、という想像図がみえてきませんか?

私たちの生活からすると、それまでの医療費の負担が格段に増える、滞納通知があちこちに出回る、失業者の増加に伴い、ホームレスが益々増加する、納税者の数がグ~ンと減少する。

それら全て予想図でしかありませんが、近未来に絶対こうならないという保証はありません。それを保証せんがために政府は税収を更に見込まねばならず、国民の負担が増す。
暗澹たる未来と誰もが思うでしょう。ですが、私はそうは思わない。これはピラミッドの頂点その一部の人間を豊かにするためのシステムです。下がやせ細れば、ピラミッド構造自体が成立しません。それが何を物語るかと言えば、これまで何千年も脈々と受け継がれてきた(首をすげかえながら)システム自体が終焉を迎えようとしているということです。

ピラミッドの頂点に座す人も底辺で喘ぐ人も中間層の人も押し並べて、このシステム内にあった訳ですが、既にこの世界の流れはこれまでのシステムでは機能しツラい流れが来ています。それは人間の利害など関係ない、もっと大きなエネルギーが働いていることを意味しています。

産みの苦しみ

それは押し並べて味わう性質のものだと私は視ています。私とて例外ではありません。ですが、私は悲観していません。何故か?

自分たちの都合の良いことばかり発想している政治畑なのですよ。国民のためと言いながら国民に負担をグイグイ!強いていきます、彼ら。それを当たり前と習慣づけられてきた私たちですが、3.11はそれまでの国家形態・・・政治、公共機関のあり方では先がないことを私たちに気づかせました。

国は私たちを守らない

私のことは私たちで協力しあって守るしかない

実はこれまでずっとそうだったのだけど、「こんなもんか」という意識で私たちの目は雲っていたのですよ、慣らされて。やっと目覚め始めた人の数が増え始めているということだと私は視ています。

産みの苦しみはピラミッドの頂点も中間層も底辺も同様に来る。私たちは選挙という仕組み自体が政治家を肥え太らせていることに気づかねばなりません。
選挙というシステムは必要です。それにより富と権力を政治家に与え過ぎる決まりごとが脈々と国民が手を出せないエリアで粛々と押し進められてきたことに問題がある。選挙後のこうした暗黙の了解にメスが入らない限り政治の腐敗は止むことはありません。

私たちの多くが「仕方がない」「当たり前」と思っている事柄の中には改善すべきことが山積みです。そこには人間の欲が絡んでいます。それは権力と一体化している。それを許しているのは他でもない私たちですし、私たち自身が一枚岩ではないため、ラチがあかない。おれが国の大臣を担ぐ支援者だっている。

結局、辿り着くのは、弱い存在を私たちが守っていかねばならないというところかと。国はそこに予算を使えなくなるでしょう。だって軍事費を捻出せねば集団的自衛権は永続できない。法案通した後こそが要とばかりでしょう。税収を福祉にあてると言っているようですが、有事の際には福祉など吹っ飛ぶかも。自衛隊派遣するにも巨額が動くのでしょ?どちらを優先するでしょうね。え?予算はそれぞれに振り当てられる?赤字なのでしょ?国家予算。もう目くらましにコロリ騙されている場合じゃない。軍事産業化が加速するのは目に見えています。

私たちこそ自衛していかねばならなくなる

自分たちのことは自分たちで何とかしていかねばラチがあかない。でもね、そうなった方が上手く機能し始めると私は思っています。
農作物だって自作という考えが増えてきていますよね?サラリーマンはこれからもっと厳しいだろうと言われていますが、雇用に関して企業はそぎ落としの方向のようですし、残業手当ゼロとかいう風潮ですから、この職業に携わっている人が一番キツい時代になるかも知れません。故に自衛策はきちんと取って、近い将来に備えた方が賢明です。

当てにするからハラも立つ

自衛は私たち自身が知恵を働かせて生活を充実させる、知恵やアイデアをそこに費やすに越したことはなくなるでしょう。実際、民間で色んな取り組みが為されているんでしょ?
挑発し合っているのは中国政府VS日本政府。民間では今も行き来がある・・・まぁどちらかの政府が出入り禁止令発令したら話は別ですが、民間レベルでは交流している。報道には全てを見通す目がありません。ネット社会も規制がかかり始めたと言っても蛇の道は蛇。賢い利用法があるはずです。

自活

その輪が広がり始めていますね。これまで永田町を肥え太らせてきた私たち国民にあった既成概念・・・税金とは納めるべきもの・・・という当たり前と思い込んでいる全てが虚しくなる日が来るかも知れません。

将来人口減で本当に困るのは誰?

その答えは明らかかと。社会のあらゆるシステムを見直す必要に迫られるのは決してマイナスではありません。かえって私たちは自分らの価値に気づき始めるようになるかも知れません。

出来ることがある

相互に協力しあって、活かし合う道に気づく

本当に人間の歴史は見事なほどのピラミッドを構築し続けてきましたし、それを当たり前のように思い込んでいた私たち一般市民ですが、もうそろそろ目を開いても良い頃合いでは?


お金?



ここにもメスが入るかも知れませんね。




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(2016年12月27日記)

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