権利を「与えられている」限り

Category : 時事ネタ
日本国民の内、成人には選挙権があります。衆参国会議員・都道府県知事は国民・県民市民が一票を投じた結果で決定される

これが日本が民主主義国家である所以

選挙権を国民が有する、それこそが日本が民主主義国家の所以。国民(県民)が選んだ議員が法の元、国政に従事し、様々な議題の是非を決定する。
ところが、国会運営…もうそこには「民意」は存在しません。それを私らは嫌と言うほど見てきました。財界・土木事業・官僚・一部地域の利益(議員のお膝元)が優先される

田中角栄氏が総理就任時に新潟に新幹線が敷かれたのは顕著な例でしょうか。

私はそれを悪いと言うつもりはありません。勝てば官軍。地元の利を優先するのは支援者・団体のため。権力をそういうふうに活用するのは政治の王道なのでしょう。支援者こそ議員にとっては大切な谷町。

政治には金がかかる、それゆえに財界との蜜月は決してなくなることはない。

国会議員は国民投票で決定するが、肝心の国会が民意を反映しない構図なのは何故なのでしょう。考えたことはありますか?答えは超!簡単です。

国民は一票要員でしかない

そういう仕組みだからです。選挙とは議員候補の就活のようです。「どうぞ!皆さんのお力で**を国会へ」と選挙カーでアピールするのでしょ?当選した暁には地元が陳情行脚。「よっしゃ。よっしゃ」となるのでしょう?これお代官様と越後屋の図かと。票をくれる人を優遇するのは何故かは一目瞭然かと。国という単位で仕事する人は極僅かなのではないでしょうかね。
過去、知り合いに家族が国会議員と親密という女性がいて、彼女とトラブルになった際「あなたを潰すのなど簡単。ウチの家は**議員とつきあいがある。**議員に話せば、あなたなど一発で潰せる」と実際言われたことあります。まぁ何もありませんでしたけどね、脅しに名前を出される議員もツラいよってところでしょうか。

いずれにしても

国会は国民投票で選出された議員で構成されます。国会は議員は「国民の代表」としてあらゆる議題を決定していく

決定事項が民意を反映しようがしまいが関係ない

何故なら「国会議員は国民が選んだ」従って国会の議案は議会で話し合われ賛成・反対の数で決定されるのは当然という認識が常識になっています。

疑問に思う人はほぼ皆無ではないでしょうか。日本は法治国家。国民に選挙権が「与えられている」限り、民主的法治国家として日本は成り立っていると誰もが思っているでしょう。

ですが、選挙権とは「投票した」この時点で国民の権利は終了する仕組みですよね?その後はデモ・集会などで意義があればアピールするしかない。これ

民主主義ですか?

日本の議会民主制は国民が政治に介入できるのは選挙までという・・・現状の法律ではいくら原発即時廃止!と訴えようが、「再稼動する方針」と言う政府方針をどうすることもできません。

何故か・・・。

国民の権利施行は選挙止まりだからです。イタリアで原発の是非を問う選挙がイタリア議会で「原発続行」が決定された後に行われ、結果「原発廃止の方向」が国として決定されたニュースを皆さんも記憶していると思います。

民主主義の名の元にある議会民主制とはこういう仕組みのことを言うのですよ。つまり国会で決定されたことに国民が是非を問うことができる法仕組みが成立している

議会がたとえ国民が選挙で選んだ議員で構成されているとしても世論が「その決定おかしいでしょ!」と主張…、国民から民意とはほど遠いという声が上げれば

議会決定を最終決定とはしない

イタリアの法律は少なくもと日本より民意を反映するようです。

自衛権に関する法改正を現政権はやろうとしているようですね。中国など周辺国は警戒している、当然そうでしょう。世論調査でも現政権に賛同する意見が半数をやや越えているとか。今は防衛は自衛隊に留まっていますが、もし韓国のように徴兵制度が成立したら、どう世論は変化するでしょうね。

福島原発は再度危険な兆候が見られる。この危機的状況に総理は夏休みを11日ですか?トータルとる予定とか。

地下水・海水がこれ以上汚染されれば、内被曝患者の数・奇形児の数を懸念する声もあるようですが、もう手遅れかも知れませんね。私たちは自分の身は自分たちで守るしかありません。今回の選挙でツイッターで顔が話題の自民党石破さんですが、ツイッターで盛り上がってる場合ではないようです。
石破さんは東日本大震災クラスの震災を想定し、その際には一時国民の権利を無効にするという主旨の話をしたとか…恐ろしい人ですねぇ。この人の頭では厳戒体勢への軍備拡大と施行構想が優先しているのでしょうか。そのためには国民の権利を一時とは言え、無効にする…ですか。実に恐ろしい人と思いますが、こういう言動がまかり通る国に私たちは住んでいる…世も末とは今のことでしょうね。
また、衆参議員選挙の不正も露見されつつあるとする向きもあります。真相はどうなのでしょう。

政治とは何のためにあるのか。誰のためにあるのか。分からなくなりませんか?

総理は休暇が必要という認識のようです。防衛・経済へ向けて法整備していくつもりのようです。もう着々と法改正の議会決定が為されています。日本に軍備強化と国民奴属化を押し進める意思満々の自民党が返り咲いた…その最大の責任は民主党の体たらくにあることは一目瞭然ですが、国民の期待を反故にし、何故自分らが国民に押し上げられたかも分からず、ちっとも機能しないマニフェスト集団かつ内輪揉めでダダスベった民主党こそに責任がある。他の野党も末細りで国政を担うに足りずでは、もう自民党しか見当たらないというのが現状かと。

永田町?いったいあそこは国民にとって何なんでしょうね。

福島原発の今も続く惨事は優先順位の上位にはないのでしょう。逃げることも休むこともできずに内被曝の恐怖の中にいる国民がいるというのに。

もしこれがイタリアのように(イタリアが全て良いとは言えないでしょうが)国民が健康に生きる権利・政治に最終決定を出せる権利が日本にもあったとしたら、どうだったでしょうね。

選挙で

私たちが選んだのだから、しっかりやってくれ。だが、私たちの健康に生きる権利・幸せに暮らす権利がないがしろにされた場合は私たちにはその是非を問う権利を有する

という法律の元に確立していたら

あるいはドイツのトップのようにいち早く原発廃止を決定するようだったら、私たちの多くはもっと積極的に国政を押し上げていくでしょうし、地域も活性化するのでしょうね。残念なことですが、日本は国民に選挙権を「与える」時点で止まっています。国会に口出しできない仕組みが成立していますからね。

選挙権を「与えられている」限り

えぇ権利を「与えられている」ところに留まっている限り、国民のさけびは蚊帳の外。国会は密室のままで続行するでしょう。
日本という国は3.11の当事者国です。しかしながら私たちに福島原発の現実を知らせる義務が政府にも電力会社にもあるのですよ。国民の命を守る義務があるのだけど。

賢い人なら分かる

日本には真の民主主義など一度もあった試しがない。議会民主制には改良の余地がある。私たちの多くは「選挙で選んだ議員が決定したことにあ~じゃこ~じゃ言っても仕方がない。だって国民が選んだんでしょ」という認識から出ないでしょう。

「仕方がない」と国民が言うしかない。それが日本の現状ですが、そういう法律なのだから、どうしようもありません。





権利とは「与えられる」質のものではありません。本来は勝ち獲るべきもの。




ルーマニアの独裁者チャウセスクが演説中に大衆の怒号を受け、失脚へ追い込まれる過程を私はライブ(TV)で観ました。東西ドイツの壁崩壊も観ました。





ところで




皆さんは考えたことあるでしょうか。


永田町は江戸時代には影も形もなかったのですよね?江戸幕府も戦国時代には影も形もなかった。武家政治の前は雅な人たちが政治を担っていた。



私が何を言おうとしているかというと



ずっと先の未来に永田町ではない、別な政治形態が出現しないという保証は何処にもないということ。




その時には私はこの世にはいないでしょうが、今!私たちはあらゆる面で転換期にいますから、思考の方向はしっかり見据えることが大切です。即!現実化しないからと言って希望を放棄してはならないと思う。私たちの世代ではないかも知れないけれど、いつか日本にも真の民主主義が確立する時はあるのだと思う。その礎になろうという思いで。





今回の選挙で山本太郎氏が当選しました。この一歩は民意を国会に導引するかもとも思いますが、支援者の人たちは山本さんを守るのは困難かと思います。国会で発言権を与えられないかも知れない公算も高い。スキャンダルで…例えそれがでっち上げとしても潰される可能性もある。ご本人が「茨の道はこれから」と言っているようですが、予想などできないくらい過酷と思う。国会ではまったくのマイノリティなので。当選した喜びと引き換えにするには山本さんの現実は厳しいでしょう。

どうやって守るか、真剣に私たちは考えなければならない。山本さんはこれからは国内外に向けて国会議員という立場を利用して発信して行くでしょうね。ネットは有効。



ジョン・タイターですか?2036年でしたっけ?未来から来たという人が描いた地図…東日本は立ち入り禁止地域で西に遷都でしたか…、あり得ない話ではないかも知れないですね。

いずれにしても

議会民主制を真に民衆の手に委ねる法整備が為されない限り、日本国民たる私たちは選挙権を「与えられている」に留まり続けるでしょう。これは国民の責任ではなく、敗戦後を統治した人たちでしょう。私たちを一票要員に縛りつけた元凶は。



法改正は自衛権拡大よりこっちと思うんですけどね。えぇこの考えはマイノリティど真ん中ですね。国民主導の政治形態ってことですからね。







宇宙船天空に満つる時

Category : 限定記事
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2万6千年周期

Category : アセンション

この記事は非公開ブログに書いた内要に一部修正を加えています。ご了承下さい(管理者:小林)






『宇宙船天空に満つる時』とアセンションに関する情報が交差して、私の中で整理整頓が始まっています。皆さんには皆さんの感覚があるはず。以下の内要に共感できない方もいるかも知れません。受け入れ難いとしても仕方ないと思います。大切なのは皆さんもご自分の中にしっかり羅針盤を持つこと。





やはり私はオイカイワタチの一連の儀式への違和感を拭えません。全てを否定する気にもなれませんが。それは彼らの儀式があろうとなかろうと

一定の周期で転換期は来る

それは宇宙の仕組みと思うからです。太陽系、私たちが属する銀河宇宙は何らかの宇宙サイクルの中に組き込まれており、それが過去4回(ネイティブ説)とも6回(渡辺さんが指摘する)とも言われるポールシフトを含む天変地異に繋がると思えるからですが、人間の所業の結果として、それはあるのではないと私は確信するようになりました。

ポールシフトと人間文明の淘汰はシンクロすることはあっても同一ではないのではないか。そう思うに至る根拠は

人間が築き上げた文明がある一定の頂点に達した際、必ずと言って良いほど最終兵器の存在が指摘されます。それを人間社会の支配階級が使ってしまったがために文明は滅亡したというアトランタ文明伝説があること。無論この伝説には人間の傲慢さに対する天の采配という説もあります。もしそうであれば、地球に存在する文明が滅んで跡形もなくなり、地球はしばらくは生命が住むに耐えなくなるだろうけれど、地軸が変動するには到らないと思える。

ノアの方舟伝説にしても神はノアに未曾有の洪水があるため救うべきは救うようにというお告げでした。人間の所業・・・救われるか否かはノアを信じたかどうかという点ではなかったでしょうか?ノアの時代にあったとされる未曾有の洪水は

宇宙のサイクルの<一大転機>その影響下に地球があったためと考えられる。実際そうでしょう。

恐竜の滅亡は彗星の地球落下が原因とされます。これ以外にも説はありますが、恐竜の悪業三昧が創造神の怒りに触れた訳ではないくらいは納得いくのではないでしょうか。原因は霊的というより宇宙物理的だったと。

人間は古代より大いなる神に畏敬の念を持ち、雨が振らず飢饉となれば生け贄を奉納し、神の怒りを鎮める習慣がありました。人間には常に自分たちではどうしようもない天の計らいの下で生きるしか術がなかった訳ですね。今では科学でそれらは解明されるに到っていますから、多くの国では生け贄の風習はなくなってはいます。バリ島などでは今もあるようですが。

神を畏れるという刷り込みが人間にはなされている。中にはそれをものともしない性格もいますが、古代は巫女がおり、神託により神の怒りを鎮め、祈願をするなど神事を行なっていた訳ですね。

さて

渡辺さんたちは宇宙人からもたらされた霊感により、プラネタリー・クリーニングが滞りなく行なわれるよう創造神にお願いする儀式を敢行しました。

此処は自由意志の地です。しかしながら人間の所業に心を痛め、宇宙人がこれでは地球存続が危ういと介入した・・・これは脈々とチャネルブームへと受け継がれて今日に到ります。チャネルスクールは世界中にありますから、簡単に誰もが宇宙人からのアセンションメッセージを公開する機会を持っています。この弊害を私は飽きもせず指摘している訳ですが、渡辺さんの主張によれば、自由意志があるために実際に動くのは人間だと宇宙人は言ったとのこと・・・私はここでも唸ってしまいました。全て宇宙人から言われるまま、を遂行しようとするのも確かに自由意志ではありますが。

渡辺さんたちが受けた霊感は霊感として

ポールシフトがいつ起きてもおかしくない状況として

私たちは絶滅した恐竜とあまり変わりはないのでは?と私は思っています。過激ですか?未曾有の大天災は私たちの所業が最大の原因ではなく

2万6千年毎の宇宙サイクル

とすると、宇宙人が言うように今まで築かれてきた文明は跡形もなく消え去り、それどころか地球から全生命一掃されるのはもうどうしようもありません。未曾有の危機は避けられない。従って『宇宙船天空に満つる時』が来るという警告であれば、私は渡辺さんに何の異論もないのです。

オイカイワタチ、ワンダラーの儀式により地球の中心は沖縄のひめゆりの塔辺りになり、新たに富士山に変わる世界の中心となる山が出現するのだそうです。その真意を私はとやかく言うつもりはありません。ですが、私はどうしてそこまで<コントロール>するのかが理解できないのです。選ばれた人間の霊感による儀式でそれらが現実化するという

宇宙のことは例え高次の宇宙存在でも全て把握しきれるものではないが、地球のことであればコントロールする…人間に儀式をするよう勧告するってそういうことでしょ? いずれにせよ調和の取れた世界を構築すべく努力をするということなのでしょう。しかしながら私は地球にこれから起きることは儀式とは関係ないと感じてしまう。何故なら今地球が迎えているのは

2万6千年周期の宇宙サイクル

と思うからです。

最近、地球以外でポールシフトが観測されたようです。地球でいつ起きるかは不明。しかしながら、そのサイクルは天変地異に留まりません。次元上昇いうイベントも伴います。なので宇宙人も人の多くも大騒ぎしている訳ですね。

ということで(何が「ということで」かは微妙ですが)

オイカイワタチたちの一連の儀式がもし「ひとりでも多くの命が救われるように」という主旨に留まっていれば、私は納得できる。まぁ私が納得しようがしまいが影響ゼロですが(笑)、創造神にプラネタリー・クリーニングの<大義>の基に地軸の大変動を儀式で

お願いした

という部分を私は受け入れることはできません。たとえ動機が立派で、私たちの多くに学びの機会を与えたとしても。

今地球に到来している波動のもの凄さを感じている人は例えコンタクトして来る存在が偉大としても、その前に地球で生きる命の代表とは自分がなり得ないことに気づく方が賢明と私は思う。

私は最後まで日常を生きると思う。私たちは活されているのですよ。ひと握りの人間の忠誠心の上に立っている訳ではありません。ひとりひとり意図を持って存在する機会を得ているのです。

私たちは今、地的シフトと波動シフトのただ中にいます。




創造主の教えを守って生きる生き方

Category : アセンション

アセンションを取り上げているブログに宇宙人を含む高次の存在のチャネル・メッセージの添付や管理者自身のチャネルが多く見受けられます。中には「私たちは既に死んでいるが、気づいていないだけ」というヘミシングユーザー情報を垂れ流す人もいます。何でもありのネット社会ですが、中には真面目さゆえに「このままでいたら地球も人類も」と危機感を持ち、ホピ等の予言を取り上げ、人として正しく生きる知恵を説く人もいます。

ホピ族の予言はとても興味深く、見習うべき点も多い。

最近なにやら『ホピの予言の岩』の画像が目立つようになりました。滅ぶ人と助かる人が描写されているそうで、そのラインとして「創造主の教えを守って暮らす道を選ばないと、この世界は終わってしまう」を示唆する内要が多く見受けられます。ノアの方舟・モーゼの十戒には創造主の教えを守って生きのびた人々が描かれています。

えっと…何千年(何万年?)経つものの人間は滅亡の危機を警告される段階?今は4回目の文明との見方もあります。そこまで人間って学習能力ないってことなのでしょうか。否定できませんね、残念ながら。無論これは斜に構えた見解ではあります。

私は『宇宙船天空に満つる時』のあるページを読み、不信感を持つようになりました。それに関しては日を改めて限定記事としてアップします。その不信の背景にはサナンダと名乗る存在の指示に従い、ひと握りの人たちが人類のカルマ浄化を意図して世界各地で儀式を行なったという

皆さんの中には「それのどこが変なの?」という人が少くないと思います。残念なお知らせですが、ひと握りの人間が浄化可能な人類のカルマなど地球上どこにもありません。気づきませんか?危険思想でしょうか?

魂ひとつひとつには自己責任があり、自分の問題は自分で解決するというルールがあります。何でもかんでも最初から最後まで自分ひとりでと私は言おうとしていると、頭の中ごちゃ混ぜになっている人もいるかも知れませんが、私たちは問題の多いレベルの魂なのでサポートはきちんと用意されている

私たちの多くはまだ手取り足取りを必要とする段階であるが故にそういうサポート(手取り足取り)が用意されている

そのサポートの中にさえ何かしら「善根を植える」必要があって、その役を担っている人間も含まれている

この構図がこの娑婆世界の根幹にあります。どんなに啓蒙者の話で学んでも啓蒙者自身が個人的な問題をクリアしていない場合が多く・・・悪循環が今に続いているのが現状です。でも多くはそのことに気づきもしない。

大義と同じくらいに個人的な宿題は重要です。でも、救済・啓蒙という大前提が人の心眼を暗くしているようです。例えば、過去世で霊能力を駆使してカルマを積んだとします。で、今世では霊能力を封印して転生したとします。ところが霊能者の言葉を鵜呑みにして啓蒙活動したとします。これは学びが稚拙ゆえの浅知恵と言わざるを得ません。霊能の所在の首がすげ変わっただけに過ぎない。

依存

これは人間が如何に都合の良いふうにしか事態を解釈しない典型的な例かと思いますが、人は鑑です。影響力が大きい人ほど個人的問題を封印しているかに見えるのはどうしたことでしょうね。

私たちのほとんどは未だ義務教育期間の魂と私は言い続けています。その理由は

対象の如何に関わらず依存体質であるということ

アセンション?どの口が言う。

何千年か人類の文明が築かれてきました。魂が転生の機会を得るには充分過ぎる歳月ではないでしょうか?これまでに細分化された国境や文化を持つ人類の歴史です。100年をひと区切りとしても魂は何処にでもぶっこむことは可能でしょう。魂にとって時間は一直線ではありません。どの時点かが重要です。

さて

「創造主の教えを守って暮らす道を選ばないと、この世界は終わってしまう」ですが、「教えを守る」この意識こそが依存を象徴していると私は思う。啓蒙者も「~だそうです」聴衆も「~だそうです」ホピの予言にさえ「~だそうです」と紹介する。いつまで自分の言葉ではなく、誰かの何かの紹介文で警告を発し続けるつもりなのでしょう。

何処まで他者依存を続けるつもりでしょう。頭がごっちゃになる人いるでしょうから加筆しますが、私たちにあるサポートは私たちが自己責任を全うできるようになるためのサポートであって、いつまでもぶら下がるためにあるのではありません。

創造主?

誰のことでしょう?

この世界を造った存在ですか?

この世界に人類を「植えた」存在は宇宙人という説があります。この地球を太陽系を創造したのが「サムシング・グレート」として、人類に警告しているのは宇宙存在、あるいは天界・神界の存在であろうことは私たちは容易に想像できるはずですが、

色んなブロガーが唱える「創造主」とはいったい何を指すというのでしょうか?

私は創造主の警告を揶揄しているのではありませんよ。ですが、『宇宙船天空に満つる時』にまつわる人たちの儀式で人類のカルマは浄化されたとする人たちの思考には怒りさえ覚えます。浄化終了などしていません!それどころか浄化されきれずに地球は大変な局面を迎えているのではないでしょうか?

ひと握りの人間が担う、負う、べき対象じゃないのですよ、人類のカルマという類は。どうしてそこに思い至らないのでしょう。ここに思考が至らないことこそ警告に値すると私は思う。




私たちには準じるより大切なことがあります。

それは私たちの内側から自発的に奉仕・共に生きる知恵・活かされていることへの感謝が湧き起きること

ホピが言う 創造主が言う 天使が言う ではなく

私たちの中から発芽する気づきと行動です。

創造主の教えを守る

一見正しい生き方に思える考えの中にも「創造主の教えを守らねば」という、まるで幼児を躾するかのような意図が感じられます。実際そうなのですよ。言いつけを守る必要がある、そういうレベルなのでしょ?私たちは。

アセンション?どの口が言う。

確かにこの世界は奉仕・調和からはほど遠い。ライトワーカー、チャネラー、ブロガーが言うところの創造主が「愛」の名の元にあるとするならば、守るべきことは山ほどある。

精神世界に身を置こうがビジネスで成功しようが、予言に精通してようが、最終的に私たちひとりひとりに残されるものは自己責任しかありません。選挙だってひとりひとりの票なのでしょ?どういう意思表示を個々がするかを問われたのでしょう?

人類単位のこととて実際は個々の意思の元に形成されている。

「私が~」「俺が~」というエゴと自己責任の差異も分からない人多すぎです。



聖母マリアがあちこちで警告を発したのも私たちが未熟だからに他ありません。

「悔い改めよ」

そう言っているのでしょ?

ですが、教えを守るという意識だけではこの難局は乗り越えられません。

上から目線で申し訳ありませんが、聖母意識はより自立した魂の目覚めを促しているのではないかと私は思っています。このブログを「maria letter」と思いついた背景には色々ありました。ですが、聖母像が血の涙を流すほどの世界に私たちは生きている

その理由は未だかつて自発的に創造主の意識と共鳴し、目覚めた魂の絶対数が余りにも少ないため。





あなたはいつまで「教えを守る生き方」に捕らわれ続けるつもりですか?



私たちに求められているのは「まだ何も書かれていないページ」にお手本を模写するのではない、まっ白いページに筆を入れる勇気…そういう生き方ではないでしょうか。







どの時点でしょ?

Category : 辛口ごめんなさい

安倍総理の「日本を取り戻す 自民党」のキャンペーンCMを見る度に私は「どの時点でしょ?」とツッコミを入れます。
戦後(第ニ次大戦)日本はずっと自民党の天下みたいなものでしたし、民意を無視し続けた政権だった。で?安倍さんが正面切って力強く宣言する

日本を取り戻す

とは…はて、どの時点の日本を視野にそう言っているのでしょう。領土問題は確実にその視野にあるでしょうね。北方領土・尖閣諸島など「我が日本の領土」という

周辺各国と交渉を粘り強くやっていくという

でも、そこに防衛・国防という意図がムクムクと頭を持ち上げてきている様子。憲法論議も視野にあるようです。防衛となれば、担うのが自衛隊。安倍さんは自衛隊をどうしようとしているのでしょうね。日本には兵役がありません。
話は逸れますが、面白いのはね、日本が日本海と呼ぶ海を韓国はそう呼びません。沖縄県最先端の島の先はすぐ台湾です。台湾は尖閣諸島一帯を「俺らが領土」とせず、共有開発エリアとする考えを持っているようですね。中国の挑発はあからさまですが、何という不協和音でしょう。

やはり この世界はいったんリセットするしかない様相です。

国家・国益という

政治家は尽く国という単位を口にします。彼らは選挙民たる私たちが選出した訳ですが、国民の利益と言いながら、実際は国と国の駆け引き、財界との繋がりなどの都合や利害で業務を遂行しています。民意その多くが脱原発とアピールする中、原発を地震国のトルコと契約結びましたよね。民意を反影するより企業と国家利益が優先という例かと思います。民が声を上げようが勝手に国家という名の元に事を進めるのが政治。

今エジプトで起きていることやチベットで起きていること、それと同時進行で日本や中国の政府・企業はアフリカに食指を伸ばしています。アフリカの国の一部トップと日本の一部トップとの間に利害の一致を見た訳ですよね。
上海では今も日本ビジネスマンが忙しく活動しています。私は空港で「商談良好です」とスマホする日本人を複数見かけました。
報道では上海の大気汚染は深刻と大々的に取り上げていた時期に私は上海に行きましたが、青空が広がって遠くまで見晴らしが効ましたし、マスクしている人はほとんど見かけませんでした。
上流から家畜の死体が流れてきて上海市内では感染注意勧告が出ていると日本で報道されていましたが、何処吹く風。

いったい実際は何が起きているのでしょうね。上海では西欧の観光客が大勢。気ままに旅を楽しんでいましたよ。

はて・・・。

菅元総理が安倍総理を提訴したとか。ネット上で安倍さんが書いていた福島原発での菅総理を名指しの非難は事実無根と。何が事実で何がそうでないのか・・・選挙も近いですから。

安倍総理の「日本を取り戻す」という決意表明ですが、江戸幕府崩壊後の日本は侵略戦争へ向かって行きました。敗戦でそれに終止符が打たれた訳ですが。今、人気の沖縄とて、かつては琉球王国と言い、日本国の・・・今のアメリカと日本のようだったのでしょ?
私はそういうことを走馬灯のように思いながら、安倍晋三さんは日本を何から、何処から、取り戻すと言うのかと、どの時点の日本に戻りたいのかと不信感を持っています。

自民党の長きに渡る料亭密談政治・談合を私らは嫌というほど見続けてきました。

悪びれもせず、料亭に消える政治家を私たちは見てきました。

何と不透明でしょう・・・政治とは。

この不透明さがこの人社会の特権階級を太らせてきたのだろうし、要するに国民は一票要員としか思われてないのでしょうね。それと納税要員。


民主党が政権獲ったらば・・・これまたオママゴトのような有り様でアッという間に失墜。もうどの政党も永田町をコントロールする力量などないのでしょう。官僚の方が一枚もニ枚も上手のようです。




明治政府以降、日本は侵略を押し進めていた




その礎を築いたのは勤王の獅子と言われた人たちでしょ?この獅子たちこそがいわゆる料亭談合の根源。この時代の悪しき伝統が今に至っている訳です。

民主主義とは名ばかり

国民は選挙権を与えられた・・・そこ止まりでしょ?否定できるでしょうか。自分たちが選んだのだから、後は任せるしかない、ですか?これ目眩ましかと思いますよ。健全なシステムでは少なくともありません。
いくら国民の多くがノーモア原発!と意思表示してもノラリクラリ「それは理想だけれど」と言葉巧みに原発再稼動しようとしているのでしょ?

これ民主主義ではありませんから。どう言うのでしょうね・・・国民は健康に安全に生活する権利があるのですけど、永田町の優先順位のトップに、それあるでしょうか?

答えは超!シンプルかと思いますよ。ずっと民主政治など日本の何処にもなかった。勤王の獅子の末裔はお代官様のままということです。

戦後はアメリカの、日本は・・・そうですね、自治国みたいなものでしょ?アメリカのお伺いを立てなければ、何ごともできない仕組みで来たのでしょう?まだ続行中なのでしょ?いわゆる飴と鞭ですよ。一時は日本を4分割するという議題も出たそうじゃないですか。

アメリカの権限の元、でも日本はビジネスで発展してきました。もしアメリカではなく旧ソ連だったら戦後の急速な復興もここまでの高度成長もなかったかも知れませんから、一概にアメリカの自治国たる日本で悪いか!という「どうせよと」という感じではあります。

ペリーが浦賀に現れて以降、政権が明治政府に移行して「強い国 日本」の旗頭の元、軍事侵攻して行った歴史がありますが、それは民衆は上から言われるままを強いられて来た訳で、選挙権が与えられてもぐうの音も出なかった歴史でもあります。

国民に何ができるか!ということだったでしょう。

さて

安倍晋三さんは実際問題「日本を取り戻そう」と、いつの時点の日本を、と言いたいのでしょう。そうではなく、シッカリ世界に向かってアジア諸国に向かって主張する国、日本という意図もあるのでしょう。
民意をかりたてようとするかのようですが、実際、民主党から自民党に政権移行する際、何が水面下で起きていたかは国民には分からない。

取り戻すって、いったい誰のためなのでしょう。一見国民のためと思えるディベート手法としか私には思えません。自民党こそが生まれ変わろうとしているように安倍さん発言は思えますが、要するに茨(いばら)の道は安倍さんも私たち国民も同様かと。

私らはどの道、一票要員でしかない。選挙カーの「皆さんのお力で○○を国会へ」だの「よろしくお願いしま~す」だの、面(つら)の皮の厚いったら。当選後、彼らに与えられる特権・・・与えられ過ぎですよ。高級車・VIP待遇・優遇の数々。今はタレントと化した小泉チルドレンいますが、彼がマスコミで騒がれていた時期、如何に国会議員が優遇されているかが分かりました。あのね・・・国民のために働く者=特権・利権ありきって、実に変なシステムですよ。高級車乗り回す必要、何処にあるんでしょう。
私たちはずっとそういう政治家(選挙の時だけペコペコして、後はえっらそ~に土木や企業とツルむお代官様という)を仕方ないことと鵜呑みにしてきたでしょ?これものすご~く変な慣例なんですよ。疑問に思う人はいるのだと思う。ですが、仕方ないと洗脳されてやしませんでしたか?

聖徳太子は政治に従事する者を「公僕」と称したそう。公僕とは「公衆に奉仕する者」という意味ですが、奉仕している者、います?利権・特権のオンパレードでしょ?

いずれにしても

この世の政治システムは一部特権階級の「支配」という仕組み。公僕など理想でしかありません。

何故か

優遇されるからですよ。大義名分の名の元に。

この慣例がくつがえらない限り、世直しなど不可能です。私たちは選挙民であると同時に、日本国民であると同時に個々に健康に生きる権利を自分たちで創造するしかない峠に立っています。小さい一歩でも自給自足・地産地消のシェアへと移行して行くでしょう。エネルギーも民間から変革が起きるでしょう。

公僕などいない世界に私たちは生きているのですから。

さて

「日本を取り戻す」と拳を上げる安倍晋三さんですが、

世界各国の政府関係者は安倍さんの上を行く戦略家揃い。アメリカは中国のトップの方を安倍さんより優遇しているのをニュースで実際見るにつけ、国内向けに選挙キャンペーンの謳い文句で力強く訴えかけても何の根拠もないとしか思えないなあ。

取り戻すと言われても

選挙が視野なのは当たり前でしょうし、政治とはキャンペーン事業ですから、票ゲットすれば後は国民の見えない所であ~もしてこ~もしてでしょう。武力も辞さないという構えのようですが、挑発に乗ったら・・・後は先方優利な事態になるでしょう。日本の国政と民意との温度差はもう取り返しのつかないところまで来ているかに見えます。

極端な話

縄文時代のように小さな集落単位で暮らすくらいまで戻らねば政治の病巣ははびこるのかも。どの政党が永田町の長になっても官僚がいる限り、財界に強い発言権がある限り、どうにもなりません。私たち国民は歯噛みするしかないのでしょうか。

否。

いずれにしても

私は思います。私たちは自分の身は自分で守らねばならない瀬戸際に立っている。3.11以降はそれが顕著になりました。未だに福島は収束していないのがよく物語っているし、原発再稼動すると平気で言える人たちが電力会社のトップにいるのでしょ?
義援金がまったく関係ない土木事業につぎこまれるとか、役所仕事って本当に困ったもんだと思いますが、私は皮肉も込めて


私たちの生活を健全に取り戻す!(内被曝を改善する手法を私たちは自らリサーチしましたよね)

いや、創造する(えぇ、色んなアイデアが持ち寄られて行くでしょう)

政権に依存せずに(料亭談合がある限り政治は不透明)

できることは互いに協力し合って、家族を守るっきゃない

自己防衛?

今でしょ!

ということでしょうか。私も人の子の親ですからね。大事な家族を守るための努力は惜しみません。



政治キャンペーンに乗せられる暇などないのですよ。でも無関心でもいられない。本当に政治とはやっかいなシステムかと思います。なきゃ困るし、どうにも複雑です。
余談ですが、知り合いの知り合いに自民党のうぐいす嬢やってるおばちゃんがいるんですけど、盲信的。冷静な判断などできるはずもなく。以前、親戚に然る宗教団体の熱心な信者がいるのですが、選挙になると「**党よろしくね」と電話して来てました。その政党、政教分離謳ってるんですけどね。



でも、逆に



今ほど自立・相互協力できる時代もなかったかも知れないと思います。皮肉なことに。



要は転んでもタダでは起きないの根性ですかね。



生きようによってはこれほど個々のアイデアが活かせる時代もないかも知れません。



取り戻すべくはそういうことなのでしょうね。




反面教師




つくづく娑婆世界とは私たちはアイデアを持ち寄って、どう暮らしを切り拓いていくかのチャレンジの場と思います。




キャンペーンとはその人の利権のためにある。私は乗せられません。粛々と衣・食・住をささやかに押し進めて行くだけです。






供養を受ける

Category : 魂のご飯

このブログを怖いもの見たさに(笑)読んでいる方も、「ひとつ読んでやるか」な方も皆、高次の存在に関心が深いと思います。
皆さんもチャネルやリモートビューイングをやっている人も、神仏は

供養を受ける

と「くるしゅ~ない」と降臨することを知らないと思います。もちろん精神世界をビジネスにしている新興勢力の人たちも知らないでしょう。

ネイティブやマヤの神官、神社仏閣がなぜ祈祷をし、供物を捧げるのか、その理由は神仏の

感応

に精通しているからです。感応とは私たちの切なる祈願を神仏が感じ、それに応じるという読んで字の如く。雨乞いなどが分かり易い例かと思います。

勘違いされては困るのはギブ&テイクという人の理屈とは次元が違う話。精神世界の人々が謳う

代価

とはまったく次元の異なる話。私は憶することなくそう断言します。

私らの切なる祈願は時に聴き入れられないかに見える時があります。神仏にシカトされたという場合もあると思う。その理由(聴き入れられない)として

・自然界の摂理

・その人の成長の妨げになる(魂の生前の計画とは異なるとか)

・深層意識

などなどが上げられるでしょう。ここがひと頃一世風靡した「引き寄せの法」とは相容れない部分でしょうか。
いずれにしても神仏が相手にするのは人間だけではありません。言葉を持たない生命も視野にあるのは皆さんも納得いくのではないでしょうか。そこには自然界の摂理が働いている。ひっぱり過ぎたゴムが切れるように自然の理という場合もある訳ですね。

神を祀る 供物を供える

そこには畏敬の念がまずはあって、ネイティブが祈りを捧げる際もギブ&テイクの頭はないと思います。あるはずがありません。彼らはひたすら祈り、神の沙汰を待つ真摯な人々。ここは祈願ビジネスとは異質ですね。考えさせられます。

さて

生きるため祈願する 祈祷する

この記事を読む人の中には「ビジネスだって生きるため」と思う人もいるでしょう。商売だって列記とした生きるための営みだと。私はそれを否定しません。ミソ**一緒にはできないけれど<商売(儲け)>を分野とする神々だっている訳ですね。ネイティブが祈りを捧げるのは<商売(儲け)>とは無関係。いずれにしても神々は

「供養を受ける」

訳です。まぁ神仏もピンからキリまで・・・えぇ、人の祈願自体がピンからキリまででしょ?違いますか?違わないでしょう。キリとは「欲」の分野。ここにこそ私たち人間は必死ではないでしょうか?お受験合格祈願・商売繁盛・良縁成就(自分のことは棚に上げ)などそれこそ切りがない。そういう人のおねだり・・・だって、それ

奉仕とどんな関係があります?

99.999999999........% 人は死ぬまで欲を

何とかしたい 何とかならないものか と言う期待を持ち続けます。もちろんそんなの達観するに至った人もいるでしょうが、稀でしょう。
私はね、人の欲を悪いと言おうとしているのではありませんよ。義務教育レベルの魂が犇めく世界なのですよね、ここは。人間の発する想念の数だけ、少なくともそれに応じる目に視えない存在がいるという、神さまだって受け持ちってことです。

祈願の次元に応じて目に視えない存在(エネルギー)はおわすという具合です。



荒ぶる神にしても龍神にしても菩薩にしても、人が召還したとします。神仏は

「供養を受ける」

と感応して降臨します。汚ない場所には降りては来ません。VIPを迎えるようなもの。神社仏閣いずれも清く整えられているのはそのためで、供物を供えるのはおもてなしのため。

でも、それはギブ&テイクという人の理屈とは次元が違う話。精神世界の人々が謳う代価とも一線を画します。

どこが違うの?

ですか・・・困りましたね。けっこう噛み砕いて話したと思うんですけど。これ以上は手とり足とりできかねます。




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(2016年12月27日記)

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