神事

Category : 辛口ごめんなさい

ひょんなことから あちこちに『日月神事』の延長線のようなコンタクトをしている人がいることを知りました。
で、読んでみました。残念なことですが、途中で読むのをやめてしまいました。読むに堪えないですねぇ。質疑応答という形のチャネルもあちこちで行われているようですが、彼らが相手にしている『神』って実際どうなんだろうというのが私の率直な感想です。人の想念や祈願で具合が悪くなるような(マジで?)ことでは神様稼業は勤まらないでしょうし、ちょっと霊感のある人に祈ってもらってひと息つくような神様では話にならない。私はため息を禁じ得ませんよ。成りきり症候群、困ったちゃんですね。


巫女(神事チャネラー)諸氏 大丈夫ですか?

神と名乗るその存在は本当に神なのでしょうか?

あなた 鵜呑みにしてるでしょ!

実際、神と名乗る存在の化けの皮が剥がれて自信喪失した人、何人もいます。いや まだその方が救いがある。騙されっ放しなチャネラーは数知れず。すっかり双方<神を名乗る存在も、成り切って巫女>意気投合しているようですが、夫婦の如くの<割れ鍋に綴じ蓋>、知らぬはチャネラーばかり。ネットはまさに飽和状態かと思います。


あるいは「じゃのぉ」とか「くだされよ」とか…何処かで聞いたような、な台詞回しをまことしやかに…私は誤摩化されませんよ。

皆さんは「ひょっとしたら本当かも知れない」とかいうことでチェックしているかも知れませんが、ネット上で「神事をお伝えする」使命感を公言するHPあるいはブログの持ち主は潜在的に神事が降りるのを『期待』しています。どこかで読んだような口調の神様発言、妄想ではないと誰が保証します?とても危険な臭いがします。


今この時期にですか?


遅くとも3年前にはとっくに周波数の高い(高次の)神々は帰還していることを彼らは知らないんですね。居住まいを正して導かれて祈りを捧げる程度では高次の神々とはコンタクトとれるはずがありません。どうしてこのような神事もどきがまかり通っているのでしょう。

皮肉なことにこれと入れ替わるように霊感が突如出た~!という人が現われているようで。

天界で戦があったとかで戦争に駆り出されていた神さまもいたとか…私、我が目を疑ってしまいました。駆り出された? おかしくないですか? それって…歩兵足軽の類い? やれやれ…荒唐無稽な話がネットという媒体を通して氾濫する世の中!ネットは便利ですが、顔が見えませんからね、言いたい放題な人も紛れ込んでいるやも知れません。一種のエンタメと割り切って振り回されないようにした方が良いと思いますよ。
天の岩戸を開いたと豪語する人も後を絶たないのですよ。ですが、彼らの中には封印されていた怨霊を解き放っただけという人もいる。本当に素人は神事に手を出してはならないということかと思いますが、聞く耳持たないでしょうね。プチカルトがあちこちで元気に活動しているようです。

確かに変革は人間界に留まらず、神界をも含めて進められています。宇宙規模のイベントなのは確かですが、戦に借り出される神って…失礼とは思いますが、どういう階級の?とチャネラーに聞いてみたいものです。おかしいんですよ、明らかに。荒唐無稽な霊感もあちこちで飛び交っているでしょう。本当に危うい人の多さにため息を禁じ得ません。

ほんものはネットで神事をブログしたりはしませんし、mixiもしないでしょう。地震が何処に起きるかは神が取りはからっている、ですか?

にわか巫女の皆さん

あなたが相手をしている神を名乗る存在(あるいはあなたが神と思い込んでいる)はどの領域から訪れてカラっぽの神社や聖地に陣取っているのでしょうね。宛ら隙間産業。尊い方々はとっくに帰還してしまっています。それもあなたは知らないのですね。あなたはかっこうの餌食と思いますよ。加えて

富士周辺に住む人はそこが地球の中心と説く。宮古島の霊能者は宮古島こそが地球のヘソと言い伝える。九州のとある宮司は九州のそこを邪馬台国と伝承する。えっとですね、宮古島等々に地座する神々は宇宙系です。ネイティブの伝承もマヤも宇宙系ですよね。それが良いとか悪いとか私は言っているのではないですよ。

神って 何をして 神と定義するか 

正式ルーツは**星系++星人という・・・昔の人には宇宙人という概念がなかった・・・従って空から船でやって来た不思議の技を持つ存在を「神」と呼んだ・・・という縮図ではないのでしょうか? 確かに畏敬の念で祭り、祭事を執り行う気持ちも分からないではありません。

その島々の巫女さんたちは特定の++星人のコンタクティということではないでしょうか?

私はバカにしている訳ではありませんよ。それはそれでコンタクトの意義はあります。人間は愚かですからね、教育的指導を必要としています。伝承を聞く度に宇宙存在であると確信せざるを得ません。人間よりはるかに知性が勝り、周波数も上。人間に教育的指導をしたとして何ら不自然さもないでしょう。神と称さずとも尊敬に値する存在であることは確かではないでしょうか。

私たちには囚われのない心眼も必要かと思いますが、誰もが自分と縁の土地こそが!と一歩も譲らない。選ばれし土地に選ばれて転生し、祈るお役があると一歩も譲らない。何だか陣取り合戦のようです。

全ては「神」というイメージが定着して久しく、例え正式ルーツをチャネルしたとしても、**星人++さんとは今さら呼べないのかも知れません。笑いごとではありませんよ。それほど神という概念に人間は盲目的に縛られているということです。しかしながら彼らは今も昔も高度な文明を持ち、遥かに知性も桁違いなようですから、畏敬の念を持つのは容易に理解できます。

それにしても

そろそろ皆さんはこの分野のカラクリの霧が晴れてきたのではないかと思いますが、いかがですか?

そして

それとは別の、異次元の輩が隙間産業的に出入りしています。神を気取るなど朝飯前。神と名乗る存在を待ちわびているチャネラーたちを格好の餌食にして愉快がっているという事例も数多あります。
何もかもが宇宙存在の括りではないのですよ。天と地の間には私たちには伺い知れない領域が幾重にも存在しているのです。

ワークショップでデプロマ上がりのチャネラーや指導者に複数会っていますし、相談も多数受ける私ですが、どれも皮算用が見え隠れして信頼に値しないと言わざるを得ません。それほど目に見えない領域は甘くないということです。

真に尊い方々と繋がるには

自身が同じ周波数へと波動変容する以外に手立てはありません。います? あるいはルーツを同じくする人、希有と思いますよ。どうしてそう神様との縁を引き寄せたい!んでしょうね。え?「違う?神が私を導いている」ですか? やれやれ

そこのあなた・・・、あなたは導かれたと思っているようですが、逆です。あなたが!縁を引き寄せている・・・そのことに気がつかないのでしょ? 愚かですね。あなたの期待に応える存在を「神」と思い込んでるだけでしょ?相手は狡猾。あなたを操るなど朝飯前なんです。だって期待見え見えですよ。

愚かさを悟るのは至難の業。視えない聴こえない普通の人たちを巻き込んで何をしようとしているのでしょう。

チャネルで質疑応答風に脚色して、さながら翁の如くの台詞回し、黄門様の如くの高笑いですか?そういう漫談みたいなチャネルを恥ずかし気もなく公表している人もあちこちいるようですが、皆さんは気づきませんか?バシャール以降にそういう種の人たちが増えたことを。

脚色は脚色以外の意味を為しません。テレパシーはハッキリした会話で成り立つと言い切る人もいるようですが、純度が増せば増すほど会話的ではなくなってくるのですよ。それが理解できるのはまだ先なのでしょうか?会話風を装うのはその人がまだ自分の母国語から頭が離れないからではないでしょうか? あなた、スワヒリ語喋れます?笑いごとではないんですよ。霊の会話は言語を越えているということ。良い機会ですから学んで頂きたいと思います。

いわんや宇宙存在は、ということです。目を覚まして下さいね。

私たちの多くは言語に依存しているようです。私は伝わってくる精妙な波動を言葉に置き換えるという作業を行っています。従って私は通訳のようなものと自分をわきまえています。精妙な周波数を読むのは、とても難しいということ。バシャールをはじめとするチャネルものを読破しぃ、ワークショップに通い詰めぇ、程度では聖なる存在は降りてはきません。受講料を払い、一定のカリキュラムをクリアすれば、「あなたもチャネラー」な広告ありきな世界ではないでしょうか? いきなりですが、

聖ベルナデットはどうでしたか? ルルドの泉の

真に選ばれる人ってね、選ばれたという発想は皆無。そういう思考回路じゃないのですよ。ひとことでもそういう発言をする人は慢心ど真ん中と思って間違いありません。

多くの精神世界に入り浸っている人は『期待』で想念がパンパン状態。『期待』と宿主を模索している存在が合致しているのを私は目撃して、本当にチャネルは素人が手を出すものではないと実感しました。私とて慢心つけ入る隙あれば同じ状態になるでしょう。従って私は安易に『神』を降ろそうとは思いません。知っていますからね。既に尊い方々は帰還していますから。

下々たる私は今目の前の現実の中で喜びも悲しみも受け止めながら『素』への回帰を淡々と押し進めるのみです。



尊い方々は基本的に名乗りません。天使もそれに準じます。っていうか、そんなに名称って重要ですか? 言語ってマストですか?



私は聞く耳持たぬ人にこれを伝えようとしているのではありません。何かしら精神世界に疑問を持ち、何か気づこうとしている人に、少しでもヒントになればと老婆心ながら凝りもせずこうして書いている訳です。私の話にもそれなりの周波数があります。どんなに私が口酸っぱくして諭そうと、ピンと来ない人は来ないのだし、何かあるぞ!と感じる人は感じるという域を出ません。そういうものです。

数少なくても

目を覚ます人がいるようにと願いつつの辛口。

あなた自身に備わっているギフトは

自己回帰のためではないのでしょうか?




神々はとっくに帰還しているのですよ。



その意味は「後はあなたたち自身で乗り切っていくように」という親心。

皮肉なことにそれ以降、パワースポットや開運スポットが大賑わいなんですよね。




心眼を養うとは踊らされない精神を養うことから




そこがスタートライン




遅すぎるということはありません。思い立ったが吉日というじゃありませんか。





素(す)

Category : 魂のご飯

[ 追記あり:11月24日 ]


素(す)でこの人社会を生きている人っているのか…ふとこんなことが脳裏を過りました。

皆さんはどう思っているかは知りませんが、これって案外難しい生き方でしょうし、皆無に等しいのかも知れないと思います。ですが、これ重要なポイントのように最近感じるようになりました。

いわゆる「二枚舌」な人が仕事現場にいます。まぁ何処にでもいるタイプかと思いますが、よくもまぁそんなウソをつけるものだと唖然とさせられていましたが、ある時、その人の背後にコールタールのような粘着質のものが常についてまわっているのが見えたんですね。この人は「人の良い人」を嗅ぎ分ける才能を持っています(笑)そして利用する訳ですが、でも上には上がいて、その人を騙す人がいる!因果は廻るってことでしょうか。いずれも金儲けという頭が働いているからですが、善人面をひっさげて人に取り入るって、それは邪気の為せる技なんでしょうね。誤解されては困るので注釈を加えますが、何か邪気が取り憑いて悪さをさせるのではなく、元々そういう質ということ。

性善説と性悪説という視点だけでは人間は計れません。この二極では説明がつかない事例が数多くあります。ふたつにひとつでは単純にして複雑怪奇な人間をチェックするのは無謀かと(笑)強いて言えば、愚かか賢いかということではないかと思いますが、魂は陰陽で成り立っていますからね、一人の中に色んな側面があるもので、一概には言えないというのが実情かも知れません。

さて

「天使も堕ちる」という話をずいぶん前にした記憶があります。つまり堕天使。天使が堕ちる原因は

自惚れ

これが大きいと思います。「私、スゴいのに評価低過ぎぃ」とかいうことで慢心が燻るんですね。天使は癒し一筋と思ってる人が大半かも知れませんが、天使とて成長の階梯にいます。
いやはや「存在する」って課題ありきということかと思いますが、此処娑婆世界にはいわゆるカルマとは無縁の人間が混じっています。かなりの希少価値で(笑)精神世界系にはいませんよ。業が深いから「人助け」だの「あなたを癒す」だのと金銭を要求するんです。この単純な原理にまだまだ疎い人が多いのも実情。

また

「上からの指示」という言い回しもよく耳にしますが、この「上」がくせ者!この使命感に見入られている人かなりいますよね?

上から指示を出す神ってどういう段階の神なんだろと私は思ってしまいます。皆さんは忘れていませんか?

此処は自由意志が根底に流れる世界

神の世界もピンキリ。指示を与え、それに従わせるという関係が成立しているのはある意味「思考停止」とも「鵜呑み」とも言えそうです。だって自分の直感ではなく幻聴幻視が言動の元なのでしょ?つまり言われるまま指示に従うってことでしょ?これ「共依存」の類いじゃないのでしょうか?

霊的に視ると「契約が成立している」状態

そういう事例は後を絶ちません。それも共依存と言えなくはないと思います。

そうして見ていると利他心とか善行を大上段に掲げる組織や人物がふと脳裏を過ります。それって「助かりたいなら」という話ですよね?あるいは因縁を断ち切りたいならとか。現に「木星組になりたくなかったら善行を積みましょう」と言っている人います。これは「青信号で渡りましょう。交通ルールを守りましょう」というのと変わりないのではないでしょうか。

それは幼児・小学生教育のルールを教え込む段階の教育

手厳しいですか?

でもアセンション啓蒙者とて完全覚醒している訳ではありません。って言うか、いないに等しいのではないでしょうか。良かれというものを推奨して自分も身を正しているということでしょうが、残念なことに「助かりたいなら」という発想はとても残念と言わざるを得ない。何故なら、今来ている波はそういう義務教育の段階を遥かに凌駕しているからです。

自己責任と直感信頼の上に成り立つ

新たな発想が待たれる状態。待たれる?

えぇ あなたの内面からの発露が待たれる段階

それでも猶予余りない状況。脅しではありませんよ。もう大概…「参考書から離れようよ」ということかと思います。

あなたは自分で決定して此処にやって来たのですよ。人に聞いてばかりいるとせっかくの直感というギフトが台無しではないでしょうか?

テレパシーははっきりとした言葉で交わされると言う人がいます。私はそれを否定はしません。しかしながらそれはテレパシーのいち側面。純粋なテレパシーは言語を越えます。私たちはだからこそ、人の言葉で右に行ったり左に揺れたりせずにシッカリ自分の内側と繋がっているに越したことはないのです。

あなたは人に依存して内在するギフトを台無しにしていやしませんか?

あるいは良い行いを「する必要がある」とマジで思ってます?あのですね、そういうふうに縛られているので「素」で同じ行いを営むことが出来ないのでしょ?あるいは良いことをするときっと良いことがあるとかいうふうに「ご褒美」を期待してるとか…胸に手を当ててみて下さいね。いかがですか?

そういうことが気にならなくなる

そうすると「あなたのためにやってあげてるのに」とか言う愚痴も出なくなる。だって、あなたがそう「したい」のでしょ?




「素」で生きた人




聖フランチェスコやキアラが思い浮かびます。

あの生き方は時代が変わろうと普遍ではないでしょうか。だから多くの人がアッシジに足を運ぶのだと思います。

心が洗われるから

そう

精一杯生きて 心を込める 

人の役に立っているかどうかはあなたが決めることではありません。

あなたや私はウソのない心で真心を尽くすこと

いかなる結果も受け止めて

そういうふうに成長するんです、魂は。

欠点も受け止める 言い訳で脚色しない

心癖が人との関わりの中でどう影響するかを知る好機と受け止めることです。

良い人のふりをする人もた~くさんいますが、彼・彼女は愚かなんです。言って分からなくても友だちならば、見守るしかありません。かえって反発されるだけでしょう。あるいはそっとその場を離れる、距離を置くことも必要かもしれません。そして、我が身を振り返ってみる・・・かつて自分がそうだったかも知れないのですから。自分だってかつては人の忠告に耳を傾けなかった時があるのですから。

見せられているのだと知る

私はそれで良いのだと思っています。







[ 追記 ]

注釈が必要でしたね。これでは「天然まんま」な行き当たりばったりな人格のことを言っていると勘違いされてしまいそう。

私がここで言う「素(す)」で生きている人とは感情や気分の赴くままに行動している人を指しません。その種は論外。

奉仕・善行の行為に

・良い行いをしなければ天国に行けない系思考

・善行が悪因縁を絶ちた切るための手段になっているケース

・「私さえ我慢すれば」という自己憐憫な私生活

そうですね…まだまだ例は挙げられそうですが、こういうふうに何かしらわたくしごとの思惑あって奉仕・善行を行う人は含まれないということで、それを私は義務教育のごとくの様相だと指摘した訳です。

ここで言う「素」で生きるとは

わたくしごと次元を卒業した魂のことを指します。希少価値と言うのも分かって頂けるかと思います。




アセンションが取り沙汰されて久しいですが、理想とする領域へ移行する人も稀と思います。と言うより、今は地球卒業試験の真っ最中。この卒業の気運が今の時期と知った魂が数多く集ってごった返している時期が今!ということですから。講演会に足しげく通おうと、神になる階段上りツアーに参加(もうこれは荒唐無稽)しようと、ノアの方舟乗船切符を「あなたは手にした」と言われようと、そういうのは何ら意味を持ちません。

人ではなく

あなた自身がどう生きるか

自発的発想に委ねた生き方をするか

誰一人「アセンション」のお墨付きを得た者はいません!

誰一人あなたに真のお墨付きを授ける権利を有した者もいません!

あなたを救うのは

あなた自身

目を覚まして下さいね。




11月11日は

Category : 魂のご飯

通過点。天変地異はいわゆるゾロ目に関係なくても世界中で起きています。そういう憶測情報に振り回されないことが肝要です。

11月11日を通過点と記しましたが、これは内面と対峙している人にしか理解し難いことかも知れません。何故なら今の事態を情報を元に一喜一憂して俄(にわか)チャネラーの言を鵜呑みにしているようでは理解するのは難しいと思えるからです。感じ悪いですか?私はそれを否定しません。
『コンタクト』という映画に宇宙人コンタクティ祭りと化した場面があります。あれこそ信奉者の姿。夢遊病者の群れと当時思いましたが、今も現にネット社会には宇宙存在や予言やらの依存から抜け切らない人たちがいますよね。霊眼が養われていないため荒唐無稽な話を鵜呑みにしている人も後を絶ちません。

誰もが何かを信じたい

その気持ちは分からないではありません。でもそれも今では通用しないまでに世界は劇的に変化し続けています。人の情報はあくまでもヒント。予言は言うに及ばず、それらに乗っかってばかりいるのは

思考停止

それ以外ではありません。当たった当たらなかったということで暴言を吐く輩も依存ではないでしょうか?自分で感じもせず人の話に乗ろうとしているのでしょ?あるいは当たったら信じてやってもイイなんて、どの口が言うの類いと思います。

まずは情報次第でカメレオンのように色を変える

翻弄される、右往左往する、あなた自身の姿勢を顧みて

この時期をどう生きるかを内観する

その成長過程へまずは『移行』して頂きたい


ですが、事象や情報に振り回されている限り、この真意は理解されないのでしょう。それがここ数年で痛いほど分かりました。

『移行』はまずはそういうふうに始まります。情報はヒントに過ぎないと言い続けている、それが所以です。情報は自身の内なる感覚と照らし合わせるもの。鵜呑みは頂けません。
あなたが誰かの説に頼り、予言検証に明け暮れている間にもエネルギ-は刻々と変化しています。研究者や検証者ほど無責任な者はいないと私は思っていますが、それは彼らは検証こそが実務であって、それを信じる信じないは個人の自由というスタンスがその所以です。良いんです。彼らは彼ら自身の欲するままに行動しているに過ぎません。興味を持つのも欲するまま。だとしたら、当たったとか当たらなかったという子供じみた思考は脱ぎ去ることです。

あなたが誰かの説に頼り

頼るとは例えば、コミュニティの主催者が何月何日にノアの箱舟のような未曾有の洪水が必ず!起きると言ったとしますよね?すると「え~マジで?」と一喜一憂することかと。でも彼らはこぞって懲りません。外れたとしても「祈りが通じた」とかいうことで大難が小難になったと胸を撫で下ろします。それってカルトなんですよ。自覚ないようですけど。

あなたがガセネタに一喜一憂して明け暮れている間にもエネルギ-は刻々と変化しています。

その精妙さを体感する

あなたは準備が出来ているでしょうか?

既に体感しているでしょうか?

誰かの説よりそれが大切と理解しているでしょうか?

これは選ばれし者とか選ばれなかった者とかいうレベルの話ではありません。

あなたはあなたの自己責任で生きているかどうかという話。3月11日以降は確かに放射能の影響に関する情報を私たちは必要としていました。そしてどれが事実か否かを吟味しなければなりませんでした。如何に家族を守るか、自身を守るか、周囲と共存するか、を試行錯誤してきました。

思い起こしてみて下さい。

まさかの時に役に立ったのは何だったのか

神託でしたか?

神託はあなた個人の魂の成長を促すものでしたか?

そうではなく

あなたは懸命に家族を守ろうとしてきたのではないのでしょうか?

私たちはまずは命の尊厳を死守する必要に迫られています。

自己責任

誰かが自分を助けてくれるというのは甘えです。自らを救う手立てを尽くす。3月11日以降、私たちは身を以てそれを痛感したはずです。

ベストを尽くし、後は沙汰を待つ。結果をあれこれ思い悩むより潔い生き方が求められているようでなりません。




確かに10月末の変化は不思議なものでした。何というのでしょう…年明けのような清々しさを私は味わいました。そういう人も少なくないのではないでしょうか。色々取り沙汰されているようですが、私は自身の体感こそと身の程を知る日々です。

私はそう体感しても、あなたはそうではないかも知れない。あなたにはあなたの感じ方がある。それぞれが個人的事象を体験しているということ。何らかの共通点があるかも知れませんし、ないかも知れません。いずれにしても

人に聞かねば自分が何者か分からない段階から

人の説は説として聞きはするが、自分の中にYesNoを感じる段階を経て

自己責任の清々しさに目覚める段階を生き

その上で

どういう道を歩こうとも采配はあると知る




人生は魂の故郷へと続く道です。何もかもが経験値。




最後の瞬間までベストを尽くす。それに尽きます。あなたの現実こそが学び舎。いつかはそれも終了を迎えます。結果を受け取るのはあなた自身です。裏切った夫でも理不尽な上司でもありません。あなたの魂に刻まれた全てはあなた自身が刈り取るしかありません。
精神世界の本やワークショップは塾や参考書みたいなものですからね。実施は日常生活にある。人を癒し人の役に立てるという自覚に基づいた行為=利他心と思ってます?それあなた自身のためにやっているのではないでしょうか?

アセンション啓蒙者が龍…系直系たちよ(ですか?)立ち上がれ!と鼓舞する本を出したようですが、私、龍系直系じゃありませんから(笑)もっと視野を広げなければ、今どう生きるべきかは見えてこないと思いますよ。いや!

もっと視野を内面に向けなければ見えてこないでしょう。その人はまた記憶喪失の段階から始める気満々なんでしょうね。私はもういいかと思っています。龍系であろうがなかろうが、そういうの関係ありません。様々な領域から私たちは此処に集っているのですから。中には龍系の人もいるでしょう。その本の著者がそうですものね。でも領域は単一ではないことに気づいてもらいたいと思います。

落ち込むこともあるけれど、という

此処で生きるとはその繰り返しの中で成長することと悟りましたからね。それ以外の人生をこの地球上で生きている人は皆無です。




11月11日ですか・・・ゾロ目信仰もほどほどに



だってそれは人の決めた暦に則っているのでしょ?マヤ歴とかグレゴリオ歴とかある訳でしょ?地軸は既に傾いています。神社には神様はいません。占いもズレていくと思いますよ。

そうそう…!犬って散歩時間やご飯時間を時計を読めなくても知っていますよね。腹時計とも言うようですが、人もそういう腹時計で生きても良いのじゃないでしょうか。





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(2016年12月27日記)

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