アセンション考 今という時を見つめて(9)

Category : アセンション

今日は霊的視点から今という時期のこと、感じるままに書いてみようと思います。いつものように私個人の所感。加えて私はアセンションに関しては如何なるチャネルも行いません。基軸はあくまでも私自身の直感。まずはその辺から書いていきましょうね。




今はアセンションに向けて加速している時期と言われています。マヤ歴のいち周期の終わりは今年とも来年とも示唆されていますが、私がこれに関して聖なる存在や宇宙存在を何故チャネルしないのか

その理由はとても簡単なんです。分かりやすい例でお話しましょうね。

創造主かく語りきという様々なチャネルが行われて久しいですよね。でも創造主と名乗るチャネリングメッセージと、アカシックレコードにアクセスして語られることや退行催眠で被験者が語ったとされる

イエスの生涯に決定的な誤差があるという事例…それは十字架の刑ですが、あったのかなかったのか…どうしてこうもチグハグな「真実」が複数出てくるのでしょうね。どれを信じれば良いのか分からなくなりそうです。しかしながら早い話、どれを信じようと信じまいと個人の自由ということかと思うんですね。興味がないというのもひとつと思います。

私は思う訳ですよ。どの説にしてもいったい「私の人生にどう関わりがあるの?」と。真実がどうであれ、それが私にとって意味があるとは思えない。聖者がどう生きたか…イエスの場合は聖書ですが、それだって歪曲されているとも言われます。
少なくとも私にとって伝承で伝えられるイエスの生涯より、時空を超えて届く愛に圧倒される…誰が何を言ったかより実際に体感することの方が大切。それを人に証明する必要も感じません。

私が何を言いたいかというと、宇宙の采配にしろ、聖者の関わりにしろ、人を介すより私たちそれぞれがダイレクトに繋がることが大切ということなんですね。一人一人顔形や生活様式も個性があるように魂の課題も目的も違います。
魂が生じた刹那、自己実現の機会をもとうとします。この世への転生もそのひとつ。例え大衆を指導する立場にという大志を抱いたとしてもそれが妥当かどうかは吟味されますし、高次の存在からサジェスチョンされたにしても最終決定は個人に委ねられる。
確かに聖母の神託を受けたベルナデットのような人がいますが、いずれにしても彼女たちは聖なる存在とダイレクトに繋がった訳ですよね。事実、聖母の姿は彼女にしか視えなかったようですし、啓示も彼女にもたらされたものでした。

しかしながら古今東西、霊能や占いの類いは迷える子羊に救いの手を差し伸べる一方でしっかり皮算用もするという、営みも絶えることなく存続しています。それは需要と供給。自分で自分の動向を決められない人がこの世の大半を占めています。色々読み過ぎ見過ぎ聞き過ぎてかえって訳分からなくなっている人もいるのではないでしょうか。

私たちの多くは気づいていません。

一寸先を照らすも曇らすも私たちそれぞれの想念ということを

知識としてスピリチャルを蓄えても現実に活かす術を知らない人が大方。言い過ぎですか?そうでしょうか。実際、ヒーリングやカウンセリングを受けても尚、家族の問題を解決できずにいる人、夫に不満を抱えている人はいますよ。「あら!私のことかしら」なんて(笑、笑いごとじゃありません)
チャネラー巡りを繰り返して「・・だそうです」を繰り返す人も。

他者批判ですか? 果たしてそうでしょうか。私はこの世を構成する人の想念のありようを示唆しているに過ぎません。人社会がこれだけ混乱しているのは

何故なんでしょうね? 私は分からないから疑問符を投げかけている訳ではありませんよ。感じ悪いですか?

もし私たち全てが宇宙の采配の元、何らかのお役目があるとしたら、こんなに世の中は混沌とはしません。地球全域に渡って平和だった試しがないんですから。基本この世は色んな成長過程の魂や、魔界からの来訪者やらが混在する試験会場の如くと私は視ています。限りなく100%に近い割合で私たちは未熟。ヒーラーも例外ではありません。



私たちは今一度自分自身と向き合って内側をチューニングした方が賢明です。

人の手を借りず

直感を研ぎ澄まして



事実ヒーラーやチャネラーに泣き寝入りしている人、とても多いです。私が精神世界で禄を食もうとする人たちは危ういと警鐘を鳴らすのは

もう自分じゃ「わからな~い」という刷り込みから目を覚まして、ヒーラーのお客さんであることを卒業して欲しいと言う・・・えぇ老婆心から。苦しいから救いを求める訳ですよね?悩みの原因を知りたい訳ですよね?
老婆心でしかありませんが、ヒーラーのお客さんである限り、自己実現は遠いと私は思う訳です。

魂は自己実現したい!達成感を味わいたい!という欲求を持っています。

赤ちゃんを思い出して下さいね。

赤ちゃんは

生まれてから暫くすると寝返り打つようになり、ハイハイするようになって、やがて掴まり立ちができるようになり、一人歩きするようになる

あ~あ~う~う~しか言えなかった時期を経て、お喋りできるようになる

そういう段階を経る生きものですよね?

それは心のことにも当てはまるんですよ。人間関係を通して私たちは心の成長を図っているんです。もしあなたが親子間の問題を解決できずにいるとしますよね?あるいは夫婦関係で。事件は現場で起きているという名台詞がありますが、まさに!あなたの生活環境の中に問題はある…それは紛れも無い事実ですよね?

その問題ってね、皮肉なことにあなたを成長させる「鍵」でもあるんです。百歩譲って(笑)ヒーラーを訊ね歩くのも霊能者にお伺いを立てるのも無理からぬこととして、外で原因を突き止めることができたとして、いざ家に戻って、あなたには為すべきことがある訳ですよね?

好転をみないとまたチャネラーやヒーラーの門をくぐるのだと思うんですけど、好転するって

見方を変えれば「ご都合主義の願望」と言えなくもない…相手は相手であなたのことをどうにも思い通りにはならないと思っているかも知れません。一事が万事そういう調子ではないでしょうか。

いずれにせよ

私たちには発想の転換が必要かと思いますし、精神世界も同様かと思います。

私たちには押し並べて直感が備わっている訳ですから、それを有効活用してみてはいかがかと思う訳です。「ツイてる?」「ツイてる!」とか(笑)そういうかけ声とかアファーメーションとか習慣づけるだけでもずいぶん現実って

宇宙の計らいって深いわぁと感心しきりの今日この頃。まずは私たちの努力があって、それぞれに工夫できることっていくらでもありますからね、能力者への憧憬や依存からまずは足抜けしましょう。お金を払って解決しようというのもひとつの段階でしょう。でも、赤ちゃんだっていつかは一人歩きするのでしょ?

グデンと世の中がひっくり返るかと戦々恐々している人多いと思うんですけど、グデンとまずはあなたの思考パターンを一新する方が先決と私は思います。

不遜極まりなくも勝手に先陣を買って出ている感が否めないtakakoさん(笑)それでも実感して言えることは言うゾ!ということなんですけど

私が今感じるのは

アセンションの事実がどうのと語ることもできないんですけどね…視る限り確かに何らかの一区切りではありそうなんですね。

キーワードは

収束と始まり

帰還

夜明け

多分ですが、マヤ歴だけではなく幾つもの周期が終焉を迎え、新しい周期が訪れるということと、これらのキーワードはシンクロしているかも知れません。今ここに満ちている「気」がそれをよく物語っています。
人間に関して視てみるとそれぞれの発達段階に応じて確かに語弊はあるかも知れませんが、グループ分けは「起きている」と言わざるを得ません。混沌とした世界情勢ですが、魂に関する限りは粛々とといった感じがあります。「起きている」と表現したのは

創造主に遣わされた天使が鎌を振り下ろすという終末思想

審判が下るという天罰

救い主は善なる人に手を差し伸べるという救世主予言

いろんなことが脳裏を過ると思うんですけど、世界情勢や天変異変の風雲急を告げる混沌さが嘘のように、それぞれの魂の方向性は淡々と粛々と明らかになっています。それは

大いなる存在が天罰を下すとか積徳ある者は救われるとかいうより

自然の摂理

吸い切った息を吐くかの如くの宇宙のリズムなんだと思うんですね。

すべては時空を超えた宇宙の動向と

人それぞれの所業とが

相互に関わり合い

一周期の終焉が間近に迫っているという

しかしながらアセンション啓蒙者が力説するような未曾有の天変地異が一時に起きるかどうかは私には分かりません。
少し前に一番日照時間が短い時期の変化に言及しましたが、地球のN極が変化しているレポートも出ているようですね。確かに地殻変動も起きているようですし、自然界にも変化が生じているようです。

今は確かに「けじめ」の時なのかも知れません。夜明け前が一番暗いという喩えもあります。

私が視る限りでも霊界にも編成の波が押し寄せています。

この世のシステムって本当に霊的世界とシンクロしているなと思います。学校というシステムもそのひとつ。

1:未修学~小学生~中学生。ここまでは義務教育なので自動進級

2:高校。試験を経て進級する段階

3:大学。一定の課程を習得して進級して行き先を決定する段階

中には昔のように早い段階で丁稚奉公に入るような生き方をする人もいる。地上は様々な発達段階の人間で犇めき合っているんですけど、ずっと

地球というひとクラスに未修学から大学までがいるような状態だったんですが、それぞれに移行する「場」が明確になっているように感じられますから…あ、魂の故郷へ星へ帰還するということも忘れてはならないでしょうね。

今の飽和状態は

ひとクラスにこれ以上まちまちの発達段階の魂を同居させるのは無理という兆しかも知れません。

そういう流れから見ると、宇宙出身の夫婦のところに迎えに来たと言い張る子供が生まれているという事実も興味深いですねぇ。それは「帰還」の時が迫っているということでしょうし。私がリーディングした事例でも宇宙船に乗って来たのは良いが、そのままこの次元に捕まったという人複数いました(当時はこういうこともあり?と驚いたものです)やっと帰れる時が来たと表面意識はそれを感知していないのだけれど、深いレベルで粛々とことは進んでいるということなのでしょう。

私たちはいずれにしてもこの時期を敢えて選んで来ています。克服すべき心癖も私たちそれぞれ持っています。ない人は皆無と思った方が良いです。何度も転生を必要としたってことはそういうことですからね。それでもまだラッキーかも知れないのです。

今は本当に試験会場のようだと視る度に思います。だからこそなんですね。

他人の刷り込みを手放すって大切ですし、克服すべき点を指摘する人が傍にいることも大切。この一見相矛盾する陰陽があって、人の心の取り組みは成立しています。
それは親・教師・恋人・夫婦・上司・部下・友人と多岐に渡っているのですが、私の知り合いにグサッと夫に言われたとかで拒否反応を起こした主婦がいました。聞いてみるとご主人は直球ど真ん中を突いたようなんですね。「言われたくなかった」と彼女は心を閉ざしてしまった。
乗り越えるべき何かって「あ!そうかぁ!」というふうになかなか素直になれないものです。自尊心が邪魔立てをするんですね。チャンスって、そうとは分からないように巡ってくることがある。
私はね、運命を共にする人が苦言を呈してくれるって有り難いことだと思うんですよ。でも人って肝心なことには耳を貸しません。嫌なこと言われたと苦手意識が芽生えるんですね。そこは踏ん張りどころです。

え?そういうtakakoさんはどうなの、ですか?

私はね、すっごく辛辣な夫と暮らしています。容赦ないですよぉ。そこで鍛えられました。喧嘩もしょっちゅうありましたが、逃げずに甲羅を経て(笑)今があるということかと思います。お互いさまなんですね。夫婦は割れ鍋に綴じ蓋。親子もそうです。

類魂

家族は運命共同体。自分が克服する何かヒントがそこにあるのは当然と言えば当然かと思います。それが見えないのは自己憐憫とか「あなたには言われたくない」とかあるからじゃないかと思うんですけど、いかがですか? 家族構成をはじめ人間関係ってお互いさまという、そういう人選と思って間違いないと私は思います。

まぁ色々ある人生ですが、一区切りというふうに私にも視えるこの時期

でも不思議なことに

今はそうですね…扉が開いたようでもあるんですね。何かしら一新しなければ!という気運は高まっていると思うんですね。政治不信もその流れのような気がします。今は産みの苦しみへの階梯なのかも知れません。
でも既成概念を打ち砕き、新たな取り組みが花を咲かせた人も複数いるという事実!奇跡のリンゴの木村さんもその一人ですよね。

不思議です。

今ほど一人一人の可能性にスポットが当たっている時期はないように感じます。これほどの精神世界系の気づきが大衆に開示がなされた背景にも宇宙の計らいはあるように思う。確かに人はネット社会を生み出しました。それも要因でしょう。

ひとつの周期が終わろうとしているというのに、どうしたことでしょう…!これほどまでの「可能性」を感じるって

滑り込みセーフ!という具合でしょうか(笑)まるで加速の波に乗るかのようです。

想念が現実を創り出している

もうそれは耳にタコでしょう。ところが自分のことを人に聞かなきゃ分からない、何かのせい誰かのせいで自分らしく生きられないと言う人は後を絶ちません。何故でしょう。皆さんそれぞれ感じて頂きたいんですね。
エドガー・ケイシーの本に「地球卒業する人」を取り上げた内容のものがあります。彼らもケイシーのリーディングを受けに来た人々でした。

助言を受けて気づきを得たなら前進する

人は自分次第で一寸先を明るくも暗くもする

いずれにせよ、人は常に何かしら想念を発散し

常に選択して生きています。何時に起きようか、何を食べようか、何を着ようか、一事が万事そうですよね? まぁ他者の意見を優先するにせよ、他者の意見を優先するという選択をしている訳です。

私はつくづく思案しました。

今はアセンションの時期

次元上昇する地球についていける人・ついていけない人・更には消滅する人と取り沙汰されて久しいですが、何がそれを決定するのだろうと。

でもそういうことに一喜一憂するより大事なことがあると気づいた

一寸先を照らすのは私たちそれぞれの心に越したことはない

好きになれない家族に自分の何かが映る

無理に好きになることはない

何故好きになれないか心当たりがあり

その心当たりの中に反面教師が見える

宇宙はね

それぞれに内在しているのですよ。私はハートのその扉の向こう・・・内側に開く扉の向こうに宇宙を見ました。対話は私たち自身の中にこそあると悟ったんですね。

内観は魂の旅

ガイドは私たちの「直感」です

ヒーラーの元を訊ねるにしても寄りかかりはお勧めしません。赤ちゃんを思い出して下さいね。ヨチヨチ歩き始めると皆が喜びます。あなたの守護者もそれと同じ親心。

視えない

自分では分からない

その思い込みを手放せた時、開放感を私は味わいました。

アセンション情報が何だか遠いことに感じられた時、不思議と癒されました。パラドックス…皮肉ですね。

私は朝起きるといつもそこに満ちる「気」を味わいます。「yes」を受け取るのと同時に発しているのを感じます。受け取るものと発するもののバランスが心地良いです。でも私は自分をアセンション達成者とは名乗りませんよ。まだまだ道半ばと分かっていますから。

道半ばということは伸びシロがあるということですからね。次は「ど~んなことが起こるかな」と、アラレちゃんじゃありませんが(笑)
想念が現実を作るのであれば、良きこともそうではないことも自分の状態を知る手がかりですし、表面意識の自覚など多寡が知れていますからね。浮き足立たずにマイペースでこれからも行きたいと思っています。

帰還の時まで精一杯生きて

味わって








喜捨

Category : アセンション

もうどうせ来ないよと思っている人もいるでしょうね、アセンション。私は色んな啓蒙者が発信しているような未曾有の天変地異が起きるかどうか…それもマヤ歴の期日に?という疑問を拭えません。でもだからと言ってマユツバと一笑に伏す気にもならないんですね。

何かしら太陽と地球…宇宙規模で変化が起きているのは確かなようですし、それはオカルトというジャンルを越えて囁かれていることですよね。

私は最近の冬時間にちょっと「あれ?」という感覚を覚えるんですけど、気のせいかも知れません。東京で暮らし始めてもうずいぶんたちますけど、一番日照時間が短い時期で…4時にはどっぷり暗いということにふと気づいたんですね。先は5時くらいだったと記憶していて…九州と東京の違いじゃありませんよ。東京にいながら感じたことなんですけど、まぁ勘違いかも知れません。
ヤスの備忘録でしたか…そこ経由で時々閲覧しているブログがあるんですけど、つい最近「地球の北緯はカナダ(?)に移行しているという記事」がアップされていたのを思い出しました。これと何らかの脈絡があるのかも知れないなどと思ったりして、まぁ真意のほどは不明です。

日没時間はさておいても空も何だか雰囲気が違っている気がするんですけど、私だけでしょうか。

以前、蜜蜂の大量失踪が話題になりました。煩悩がないのでいち早くアセンションしたのだという解説もあちこちでなされていたと記憶しています。でもこれには異論もあって、電磁波の影響とも言われています。私はどちらかというと後者ではないかと思っていますが、いずれにしても人災による自然破壊も目に見えないところでも起きていることだけは確かなのでしょう。

その一方でクリーンエネルギ-への意識の高まりも見えてきていますよね。映画『地球が静止する日』でヒロインが「We can change」と切願する場面がありましたけど

今ここで

確かに新しい取り組みが実を結び始めているのも感じ取れます。

政治はもはや断末魔。議会民主制も非難の応酬、足の引っぱり合いの泥仕合。管さんVS小澤さん後もノーサイドではない様相も、長きに渡る自民党独裁の癒着のつけを払拭しなければならない大事な時期に、産みの苦しみにも至らない今の国会にもうんざり。まるで管政権が無能のように取り沙汰さえていますが、理念や派閥の論理で睨み合ってる…つまり誰が政権を取ろうと足元をすくおう合戦ですからね、無能はお互いさまでしょうと言う、救いようがないのが実情でしょうか。

議会民主制って自由闊達に議論を重ね国益と国民のための政治を担うシステムのはずなんですけど、地元の利、土建の利、幕末からの料亭密約の悪しき習慣が根付い久しい訳で、国民のためという言葉を翳す小澤さんですが、それは撒き餌にしか過ぎないでしょう。何故そう言えるかと言うと、小澤さんだけではないでしょう。権言を掌握せねば気が済まない

我を捨てる政治家が皆無という事実

これに尽きます。機構があまりにも入り込んでいて手の施しようがない…まさに断末魔なのだと思います。聖徳太子は政治家とは「末席に座す」者と表現しました。その意図を組むって権力を手にした人間には困難の図しか見えてきません。リンカーンも人民による人民のための政治を目指しましたが、暗殺されました。

人類とは

どこまでいっても悪しき習慣を「喜捨」することができない種族なんでしょうか。

しかし視点を変えると

政治がどうの、システムがどうの、という場所から離れてみると

私たちは規制の役割分担の中でしか自分を位置づけることができないのでしょうか?という疑問が湧いてきませんか?

分かり辛いですか?

そうですね…要するに

あなたは誰?ということ

ますます分かり辛い?困りましたね(笑)

社会構造がどうであれ

あなたはその中の一員である前に

ここに何かを実現しようとして転生してきた

つまり

自分の意志を持ったいち個人なんでしょ?ということなんですけど

まだ分かり辛いですか?

アセンションを云々する前に

社会システムの隷属的な自分しか発想できないのであれば、「私はアセンションできるの?どうなの?」とかどうとか浮き足立つ以前の問題でしょ?ということ

少し前まではこんな切り口は論外だったでしょう。でもね

私たちには引き寄せの法やら

自分を浄化する4つの言葉やら

五日市剛さんの魔法の言葉やら

自分の人生をクリエイトするための発想の転換を示唆するものは既に知識としてある訳で

後は

実行してみるのみという気運がこれほどに行き渡っている時代はないということに気づいても良いはずなんです。

もし

あなたの人生が思うようでないのなら

それはもうあなたの自己責任でしかない!そう言い切れるだけの知的材料も気運も整っているのに、どうしたことでしょう。宝のもち腐れですか?という

つまり

あなたは精神世界の頭でっかちなだけで、何も実行していない。実行しているとしてもすぐ投げてしまう。

違いますか?

あなたにも政治家同様に長きに渡る悪癖があり、人生とは自分の思うようにはいかないという刷り込みがされたオツムのまま、精神世界の本を読みあさり、ワークショップの常連となり、チャネラー行脚をしているに過ぎないのではないかということ。

刷り込みは容易には解けない。確かにそうです。しかしながらこれまで先人の知恵が開示された時代はないのですよ。

アセンション

啓蒙者の言うような事態が来るのかと戦々恐々とする前に

まずは

あなた自身の直感や日常のアファーメーションをあなたの暮らしに充分すぎるほどに影響させてみること。そういう風をあなたが吹かせてみること。

社会のシステムはシステムとしてなくなりはしません。なくなりはしませんが、自分は無力という刷り込みを「喜捨」するチャンスを見逃さないで欲しいと思います。

私たちは小さな存在なんです。小さな自分のことなら、世界を救おうとか変えようとかいう方向性じゃなければ、できることはたくさんあるはずです。

そうすると

あなたの「世界」が変化し始めます。

世界を変えるとは

そういうことの積み重ね

それが大きな花を咲かせる…それこそが『シフト』ということをあなたは見落としていませんでしたか?

あなたは此処に生まれてくる決意をした時、起きる全てに了解していたのです。全ては想定内ということを忘れないで下さい。良いこともそうでないことも全てです。それらがあなたを成長させることをあなたの深い部分は知っているのですから。

私はアセンションのこと気にならなくなっています。そのくせアセンションに関して書いているのは(笑)知識や情報に振り回されることがなくなる、ひとつの提案をと思うからなんですね。これも方法のひとつ、全てではありません。

意識を何処に向けるかって大切。ものごとをどうとらえるかでも一寸先に変化が訪れます。

まずは

あなた自身、無理のないところから始めてみて下さいね。

まずは

そうですね…私の場合は五日市剛さんの講演録からヒントを得て娘と「ツイてる?」と聞き合うことを続けています。もちろん「ツイてる!」と明言するのも忘れません。引き寄せの法は取り入れず(笑)事態をコントロールしようとする気持ちを「喜捨」するって大変かも知れませんが、これがかえって事態を好転させるんですよ。不思議なほどに。「ツイてる?」を合言葉にしてから、そのことを痛感しました。

これは自己信頼の道筋です。

私たちにずっと欠けていたのは自分に全幅の信頼を置くことではないでしょうか。

ここが欠けていたので人生は思うようにならないとかいう刷り込みがされたのだと思うし、誰かに自分のお伺いを立てる習慣が身に付いたのだと思うんですね。このテの刷り込みは状況に何かと影響されサバイバルせねばならない生きものなら必然で起きること。これは有志以前からの刷り込みですが、だからこそ意を決して取り組まねば身に付くものではないでしょうし、誰かがやってくれることではなく、自ら気づき、実行し、積み重ねていくことだと思うんですね。

アセンションどうのという前に

こういう部分が抜け落ちている人かなりいると思いますよ。宇宙存在のチャネル、サイキックの霊眼、それは依存の延長線ですからね。あなたに起きることはあなた自身が知るところなんですから。いったん深呼吸して、原点に還って頂いて

何処かに移行するという頭を「喜捨」して

今ここ

あなたがいる場所にこそ変化の兆しを捉える

そういう心の目を養う好機と思います。





天国を旅するスーザンからのメッセージ

Category : Recommend

           tengoku_suzan.jpg



『天国を旅するスーザンからのメッセージ』という本があります。読んだとう方もいると思いますが、今日はご紹介を兼ねて何かしら書いてみようと思います。
amazon.comでも入手可能で中古も400円からあるようです。

私がこの本を手にしたのはかなり前のことで余り覚えていないのですが、多分間違いなく精神世界系書籍コーナーに足しげく通っていた時期でしょう(笑)著書には2002年とあります。フム…既にリーディングをしていた時期ですね。


この本には新しいミレニアムという行もあるんですけど、猫が何故あんなに眠りこけてばかりいるのかとか(笑)最後まで飽きることなく読める一冊。

そうそう…!昨日アセンション啓蒙者には何故高齢の人が多いんでしょとかどうとか書いたせいで、ふと久しぶりに浅川氏のHPを閲覧してみたんですね。不思議体験者の話が掲載されていました!そこにこの著書が一節書かれてあって「あ~っ書こうと思ってたのにぃ~」とか何とか(笑)まぁそんなことど~だってイイんですけど、浅川氏の元には色んな不思議体験談が寄せられるですね。コンタクティやサイキックとの対談本やアセンションの真実意外に、こういう体験談特集みたいなの出版してくれないかなぁなんて思ったりして。講演会では話をされているようですけど。

興味のある方は合わせて浅川氏のHPご覧になってみてはいかがでしょう。検索、アセンション浅川ですぐ!出て来ます。

本題に戻りましょう。

この本の中に猫は何故に眠りこけてばかりいるのか…という行に以下の興味深い一節があります。


 私たちも多次元に生きています。しかし私たちは、頭を合理的、論理的に使うことで、今生きている次元に「意識」の焦点を合わせているので、他の次元でも生きていることに気づかないのです。もし、合理的で論理的な思考をいくつもの場所に持ち込めば、きっと私たちは混乱してしまうでしょう。そのため、他の活動をシャットアウトし、一時にひとつのことに焦点を合わせるようにしているのです。
 一方動物は、合理的、論理的部分よりも、感情部分に依存しています。だから、いくつもの場所に同時に意識を集中したり、異なったことを混同することなく同時に体験できるのです。


実は私が昨年末この本を読み返して書こうと思ったのは別な部分なのですが、浅川氏が紹介している体験談の主が綴っている混乱した心境とこの部分が重なり、敢えて載せることに。な~るほどと納得。皆さんはいかがですか?

この本は私たちに「思い出して」と言っているようです。ただし全てを信じなさいとは書いてありません。そこが良いんです。安楽死に関しても記されています。霊的視点の聡明さに感服。しかし全ての霊魂がスーザンのように聡明とは限りません。加えて彼女も成長の過程にある…魂の進化は計り知れないですね。

新しいミレニアムの章もあり、興味深い記述があります。


 皆さんはひとつの現実から別の現実に向かって大きな飛躍をしているのです。今はまだ外界が従来と同じように見えるためにそのことが感じ取れないだけです。ですから新しい世界と古い世界が重なり合っている今、暴力や混乱を目の当たりにしているではありませんか。

 さて皆さんは、外界の暴力や混乱に対し、もはや感情的にこだわることがなくなってきています。
(註takako:そうではない人も数多いると思いますが)そして皆さんは次のように考えます。
「なるほど、外の世界はいまだに暴力や混乱など非建設的なことが横行しているし、マスコミも相変わらず悲観的だ」と。
 けれども、皆さんは自分の人生で暴力や犯罪を経験しているわけではありません。それはテレビや新聞の中の出来事なのです。
(中略)
 皆さんはまたこのように考えます。
「世の中に混乱や犯罪や暴力や戦争があることは知っているが、それは、もはや私の世界にはないのだ。私は自分の生活で平和と満足を静寂を持っている。他の人びとが犯罪や暴力やその犠牲者になることを選択しても、それはそれだ。私は、もはやそのような生き方を選択しない」
 このようにしますと、皆さんの人生は平和が満ち、静寂の状態が続きます。皆さんは、世界を、さらには森や鯨を救わなければならないとはもう思わないでしょう。

 自分の人生を創造し続けると、悲劇や災難からどんどん遠ざかっていきます。
(中略)

 そして、他の人たちも自分自身のために同じことをしていると気づき始めます。類は友を呼び、皆さんと同じように協力的な、成長志向の愛すべき存在とともに、さらに平和な世界へと入っていくのです。
(中略)

 皆さんが自分を尊重し、
 自分が必要なことにかまうようになり、
 他人を助けようとするのをやめれば、他の人たちも従うべき手本ができるのです。

誰も助けに来てくれる者がいないとき、彼らは自分自身を助けることを考え始めます。

このようにして、皆さんは彼らを救わないことによって、彼らに成長の機会を与えることになるのです。



強引と思えるほどの発言の連続ですよね。慈悲ってこともあるでしょうにと言いたくなるような。ひと昔前の私なら「何てこと仰るの!」とムッとしてパスしたかも知れません。でも…慈悲って私たちが考えるより奥が深いようです。確かに自覚できる程度の善根など多寡が知れています。自己満足で心が曇っている場合がありますからね。シェークスピアの「ホレ-ショー。この天と地の間には君には分からないことがある」でしたか?

まさにこの世には下手な同情休むに似たりという場合も多々あるようです。

この世界には援助を必要とする国があり人々がいます。しかしながら彼らに一番必要なのは自立。時間がかかっても自分たちのことは自分たちで解決する、賄うという土壌が芽生えること。援助する側にもされる側にも「忍耐」が試されるのだと思います。

与えてもらう習性が身に付くと人間はそこ依存してしまい、自分で何とかしなければという意思が働かなくなる傾向があるようです。

ハイチの悲劇が報道されていますが、一年たってもまだ事態が好転しない…しないどころか疫病が蔓延している…内情ってどういうカラクリなのでしょうね。セレブリティがポンと多額の寄付をし、支援を訴えて…もう一年。日本だったら…阪神淡路の震災後が思い起こされます。復興していますものね!もちろんまだ癒されないものはあるでしょう。それでも見事に復興しています。そこに住む人たちの意識「自分たちで立ち上がるんだ!」という、そのために注がれた努力の結果だと思うんですよ。支援だけではなくて。

これは物事を対岸の火事と捉えるのではなく、すべての事象には理由があるという、ひとつ間違えれば、とんでもない考え方と取られかねませんよね。

この「他人を助けようとするのをやめれば、他の人たちも従うべき手本ができるのです。誰も助けに来てくれる者がいないとき、彼らは自分自身を助けることを考え始めます」を真に理解するのは難しいかも知れません。私だってまだまだなのだと思います。それでもワシントンでしたっけ?貧しい人に会う度に施しをしていて、ある日また会ったら「お金を恵んでくれる人が来た」という表情にハッとして、意を決して通り過ぎたとい逸話の持ち主は。

これぞ「優しいだけでは何も変わらないから~ここは敢えてエス全開♪」の出番なんでしょうね(笑、笑いごとじゃありませんけど)

善根を植えるも時と場合なのでしょう。それって自分のためですからね、積徳という名の。良い行いをしているという自覚がかえって本人を停滞させているということはあります。



目からウロコをガバッと。スーザンの霊的助言はかなりの一撃!と思いきや、この部分な~んにも響いてない積徳一筋の人もいるでしょう。タイミングが整っていなければ、目を通しても何も響かないってこともあります。



私たちはひとりひとり…そうですね、事業主みたいな、演出家兼主演みたいなものではないでしょうか。どういう設定にして転生してきたかが重要で。



自分の人生を創造し続けると、悲劇や災難からどんどん遠ざかっていきます。

そして、他の人たちも自分自身のために同じことをしていると気づき始めます。類は友を呼び、皆さんと同じように協力的な、成長志向の愛すべき存在とともに、さらに平和な世界てと入っていくのです。




大好きだ~スーザン♪ まさにそう思うもの~私♪




ってな訳で(爆笑)お勧めです。amazon.comでも入手可能で中古も400円からあるようです。







最近ふと思ったこと

Category : つぶやき

例えば、昨年、私がブログ更新を止めていた間に、
幾つかの磐座を解除しに参りました。

その場所のひとつは、
埼玉県さいたま市緑区宮本2丁目17-1にある、
氷川女体神社(ひかわにょたい じんじゃ)の中の磐座です。


上記の文章はシリウス文明がやってくるのkagariさんの1月10日付の一部です。「私がブログ更新を止めていた間に」とあることから、kagariさんがシャンバラですか?地底都市アガルタですか?に既にアセンションしたという情報散布したブログの主はどんな気持ちで読んでいるのでしょう…ふとそんなことを思ったりしました。

え?takakoさんはkagariさんのブログを毎日チェックしているの、ですか? やはり昨年夏の一件以来、気になる存在ではあります。毎日ではありませんが。ただし内容は二の次です。信じる信じないはそれぞれに委ねられますからね。


はてさて


kagariさんは違いますが、私が最近不思議だなぁと感じていることがあるので、書いてみようと思います。気が向いたら読み進めて下さいね。他愛もないことなんで。




どうしてアセンション啓蒙者には高齢の方が多いんでしょう。失礼!でも事実ですよね?

まぁアセンション達成者と豪語する人たちは除外します。翁たちは頭が柔軟なんでしょうね。非凡な洞察力や情報網を持っている。チャネルやサイキックをその情報源にしているのも共通していて興味深いです。皮肉じゃありません。ボーネル氏も中高年。10年20年と活動していたらば自然の摂理でオジイさんオバアさんになったってことですかね。

彼らが心血注いでいるアセンションですが、どうするんでしょう。彼らが騒ぐような未曾有の大惨事起きなかったら。2012年12月…一説には今年11月というのもあるようで。
未曾有の天変地異ありきで木星組とか消滅組とか講演している浅川氏などかなり核心に迫っているのでしょうね。でも私は成り行きを見守るしかありません。著書はかなり面白いので発売を楽しみにしていますが、浅川さんを初め退路を断ってアセンション啓蒙している諸氏の勇気を思うと…複雑。確かに世界は異常気象や火山噴火、政情不安定や失業率と不安材料が山積しています。ポールシフトで地球の生命は絶滅の危機…積徳を積んだ者、準備が整った者はいったん宇宙船に引き上げられ、ほとぼりがさめるまで他の惑星で過ごすということのようですが。

でも思い出してもらいたいんですけど

私たちはネット情報に精通しています。ひと昔もふた昔も前ならば、自宅にいながら世界情勢に精通するなどあり得なかった訳ですよね?
あなたの住む市町村が豪雪としましょう。同じ時期にポカポカ陽気の地方があるとしましょう。そして、互いの情報が入らない時代としましょう。
そうすると
それぞれ自分たちの現実のみが「現実」ということになりますよね?

北朝鮮がテポドンを日本海に撃っても、私たちはニュースで知る訳で。ニュースがなかったら?

世界の何処かには日本人がいることさえ知らない部族がいるかも知れません。私たちはネットやTV等で容易く情報を得ていますが、それでも知らないことだってある訳ですよね?情報が操作されることもあるようですが。情報で救われる命もある。しかしながら私たちは情報ホリック…情報洪水のただ中にあることだけは確かでしょう。

情報=真実とは限らないし、アセンション知ったからと言って、先々どうなるかは今は予想の範疇。




話は逸れますが、TVで久しぶりに青森の霊能者の木村藤子さんですか?観ました。女優さんを透視していたんですけど、将来のことをいくつか助言していたんですね。青森と言えば、奇跡のリンゴのオジさんも木村さん!ですよね、奇遇ですね。
霊能者の木村さんはアセンションなど念頭にないのでしょうね。普通に数年先その先のことまで話していました。内心「へぇ」と、「…と言うことは」と色々想像してしまいました。奇跡のリンゴの木村さんは(笑、切り替えが忙しい)余り時間がないと著書で書いています。




今ここ
という言葉があります。同じ地域に住んでいても、家族でさえも一心同体的な日常ではありません。微妙に差異がある。
今ここは
ひとりひとりの思いの数だけあるということではないでしょうか。

私たちは袖すりあわせて生きています。それでも同じ通りを歩いていてもそれぞれ想念に違いがあります。見えている景色だって違うんですよ。例えば…夕飯のメニューを考えている人とデートに遅れそうな人がすれ違ったとします。一方の脳は通りを歩きながらメニューや家族の好みが視界に重なっているでしょうし、他方は待たせている彼女の顔や時間が重なっているでしょう。そういうふうに現実って案外微妙にずれている。

想念の数だけ現実…それをそう呼べるのであれば、あるということになりませんか?

さてアセンションはどうでしょう。私の感覚に過ぎませんが、啓蒙者の主義主張には共通項があるものの、彼らは彼らの感性にヒットする内容を広めている…それ以上でも以下でもない。UFO信者…彼らをそう呼べるのであれば…も、かなり妄信的にチャネラーがあちらの山に登れと言えば登り、どこそこの神社でコンタクト大会があると広告うてば人が集まるという具合ではないでしょうか。つまり多くの人は誰かの口車に乗っているだけ。言い過ぎですか? 果たしてそうでしょうか。

自分には見えない分からないという真理がそこには働いていますよね。それこそが思い込みと私は思う訳です。加えて情報=免罪符的な安心感を持つ人もいるし、「私の言うことを信じていれば大丈夫」的な宗教じみたこと言う翁もいるでしょう。

私たちは

一匹の獅子に付き従う羊のように生きることもあり

独立独歩を貫くこともある

同じ価値観を持つ者たちが集うコミュニティを形成することもあり

本能や気分の赴くままに享楽的に生きることもある

生きざまは多種多様にある。私たちはいずれにせよ、常に選択している訳です。私たちは自分のアンテナを張って情報を取捨選択する自由があるのですから、それを有効に活かして頂きたいと思うんですね。いかがですか?





今ここ この世界は 1枚の盤のようです。





例えば、父は会社、母は家、息子は学校といる場所は違っていても次元が違うわけでも階層が違う訳でもありませんよね?父は5次元、母は3次元、息子に至っては2.5次元、微妙じゃね?なんてことはありません(笑)場所空間的には。
ここは時間と空間をあらゆる生物が共有する場所。地球といういち惑星な訳です。なので

訳分からなくなるんだと思うんですね。想念の数だけ現実って「ある」ということが。もうあちこちハイウェイのように想念が飛び交い犇めき合っている。皆さんは感じないかも知れませんが、もう人の心の雑音が止む時はありません。
人のが一番ウルサくて不協和音(笑)動植物はその点地球とも宇宙とも調和してますからね、ウルサくありません。

ここは
1枚盤の様相を呈しながらもそこに暮らす生き物の数だけ「想念」が存在し、その数だけ「現実」と感じているものは存在しているということ。

分かり辛いですか?

私は最近、現実というものが希薄に感じられて仕方がない。ニュースの映像や知識人のレポートを観ても読んでも何というのでしょう…遠いことのように感じてしまう。情報は確かに全てではなく未来も流動的な訳です。まさに

今ここが

あなたのいる場所があなたの想念のバロメーターなのですよ。それ以外にあります?あなたの現実的な問題って。

何ともパラレル的だと思いませんか?そう私は感じるですけど…いかがですか?





アセンション啓蒙者の殆どが2012年以降を示唆し始めているでしょう。年号を微妙に先延ばしする人も出ているかも知れません。私は如何なるレポートも人間の思考が生み出したものである限り、万人に当てはまるものなどないと思っています。

私は最近
何気に多くの人がリセットし始めているように感じています。何かしら新たな兆しがあるような気がしてなりません。そして、繋がるべきはそれぞれの心と、羅針盤は自分の心にこそあると気づく人が一人でも多いと良いなとずっと思っていますが、その流れは来ていると直感しています。

あなたが経験することはあなたに呼応しているし、あなた自身が引き寄せていること。エネルギ-も類友なので、周波数の合うことしか現実には起きません。今あなたの経験していることがあなたの魂の成長のバロメーター。それは私とて同じです。生きていれば色んなことがある。その時々の心の持ち方でも岐路の、その先も変化します。驕り高ぶらず、へりくだり過ぎず、身の丈のバランスを見出すことって大切です。

不思議なことに「羅針盤は自分の心にこそあると気づく」ほど引き寄せの法とかいうことで人生をコントロールしようという気持ちからも解放されてゆきます。

何とも穏やかで

草原で大の字になって青い空を見上げているような開放感が心地良く

奇跡のリンゴの木村さんもそうですが、ツキを呼ぶ魔法の言葉の五日市さんも努力を惜しむことはないのだけれど、沙汰は宇宙の采配という気負いのなさがあります。

この気負いのなさが私たちの心に羽根をもたらすんですね。羽根をもたらすとは、自由に何処にでも行けるということを意味しています。何も新しいことはないし、サイキックな訳でもない。そういうものも必要としない清々しさがあります。苦楽を糧にして感謝して…なんてシンプルで広がりのある生き方なんでしょうね。

長い道程をアセンションだの自分探しだので歩いてきて、ホンモノの霊能者情報を辿って訊ねたりもしたけれど、結局は自分に戻ってこれた。幸いでした。

きっと活躍しているアセンション啓蒙の翁の方たちはチャネルやサイキックの情報を手放すことはないのでしょう。宇宙人と公式遭遇とか銀河連合日本支部とかも同様。それはそれで必然で起きていることですからね。

想念の数だけ現実はある

私たちは取捨選択の機会を持っているのだし、全てを拒否して籠ることもない。情報は絶妙のタイミングで来るってこともありますからね。臨機応変に。

私ですか?

私は何だかもう「へぇそんなこともあるのか」という感じでネット上のものは心に響かなくなっています。心に響かないって「お呼びでない」ってことですからね(笑)


増々周波数が合う合わないで現実にも差異が生じていくと思います。同じ部屋にいてもそれは起きることです。








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(2016年12月27日記)

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