話題には

Category : つぶやき

昨日出先であった出来事を今日は書いてみようと思います。

私は人形アトリエ教室に通っているんですが、1年3ヶ月ぶりに出かけたんですね。嬉しかったですねぇ。決して上達はしておらず、しかも1年のブランクで悲しいものがありましたけど(笑)

私以外にもうひとり赤ちゃんのビスクドールを作っている女性が教室に来ており、その人がお喋りを始めたんですね。ネットサーフィンが趣味だとかで(仕事けっこう忙しいようなんですけど、ストレス解消なんでしょうか)訳あり物件サイトを見つけたと。その訳あり物件とはオカルトの類いなんですけど、何だかとても楽しそうなんですね。やがてエスカレートし始めた。するとそういう類いの霊が集まり出した。
私は水を差すようだけどと「その話辞めません?変なのが部屋に入って来ますよ」と注意を促しました。すると「視えるんですか?」と身を乗り出してくる始末。

以前から「苦手だなあ」という印象の女性ではあったんですけど、別に理由などなく要するに相性的なことだろうと思っていましたが、その日、何故私がそう感じていたのかが分かった気がしました。

無神経。

視えなかろうが、霊に対する敬意のなさは実に不愉快なことと痛感しました。人って残酷ですね。しかも水子がどうのと笑い飛ばして赤ちゃんの人形を作ってるんですよ。私はつくづくな人だなと思いました。何か理由があるんでしょうね。
私はこういう場合リーディングモードにはなりません。視る必要などないんです。本当につくづくな人と情けなく思いました。決して不真面目な人ではないんですよ。

知らないということはこういうことなのかも知れません。ですが、霊に対する敬意のなさは致命的です。こういう日頃の言動が魂の履歴に蓄積されていくのですから。

人とコミュニケーションを図るのは人として好ましいことですよね。でも、話題は選ばねばなりません。霊を茶化したり、おもしろ可笑しく脚色して話題にする…そういう人がいたら気まずくなるかも知れませんが、そっと止めてあげて下さい。そう…気まずくなるかも知れません。本当はそっとその場を去るのが一番良いのでしょうが、そうはいかない場合もありますよね。



私たちは皆、霊的存在です。



同情は禁物ですよ…!でも、かつては生きていた、そのことには私は敬意を払いたいと思う。そのくらいの品性は保っていたいものだと思うのです。




霊能者の言葉

Category : 魂のご飯

私たちは霊能者の言うことを信じてしまう傾向があるようです。

今日はこの辺のことを私の体験談を混ぜて書いてみようと思います。今回は「導かれるように霊的ムーブメントへ進んで行った」という類いに関しても言及します。いつものように私個人の所感。参考程度に読み進めて頂ければ幸いです。



私はごく普通の子供。霊感があった訳でもありませんし、視えるとかいうこととは無縁の子供でした。ところがどういう訳か、霊能者が母親に「あなたの娘さんは」という何やら特別な子供らしいと言ったとか言わないとかの話や、私自身は覚えてないのだけれど、不思議な体験はあったようなんですね。人並みに(笑)
視えるという人から「あなたには不動明王がついてる」「守っている」と言われたこともありました。多分ですが、お不動さんのお札が届いた刹那、私が生まれたという偶然の一致があって、それを何かしら感じての発言だったのではないかと。
私自身はいたって普通の子供。勉強も運動能力も並。得意なこともあれば不得意なこともあった、ごく普通の子供でした。

今でいうところのスピリチャルに傾倒していったきっかけは…長くなるので端折りますが(笑)、予知夢を見るようになった、それが大きな転機。それから色々本を読みあさって探究心に突き動かされていったように思います。周囲もそうでした。これは1970年代から80年代にかけての話。世界が人は肉体以上の存在と気づき始め、多くのアーティストがインドに傾倒していったのと符合してますね。

予知夢は東西ドイツのことや湾岸戦争、世界が大きく変化する時期に頻繁に見るようになっていました。

何故自分なんだろうという疑問を持ちましたが、当時、運良く視える画家さんと知り合っていて「大丈夫。何人もの人が同じような夢を見ているんよ」と安心させてくれたんですね。

え? そこでtakakoさんは「私には特別な使命がある」と「自分は特別」なんだと微塵も思わなかったの、ですか?

ひょっとしたら…くらいは思いましたよ(笑)でも、私の場合はそういうふうに走らないように「なる」不思議な人脈があった。自分は特別じゃないという理解に至る道筋があったんですね。

その後、確かに前世の類いが視えるようになり…周囲にもそういう人がたくさん出没していました。でも「視える」って微妙なんですよ。もう殆どの人が当たるも八卦当たらぬも八卦状態。
しかも!「当たらなくても気にしなくて良いと言われたわ」と平然としている。やがてセッション料を取って視るようになる…、つくづくでしょ?厚顔無恥とはこのこと。
自惚れなんですよ。いけませんねぇ。本当に自惚れはご法度です。私的には、くちコミでリーディング依頼は続くという日々を過ごしていました。でも、

この当たるも八卦当たらぬも八卦で「当たらなくても気にしなくて良いと言われたわ」と言う人がいたのも、選ばれし者ロードをひた走らないように「なる」人脈と言えなくないのでしょう。いずれにしても視える視えないという業種はピンキリということではないでしょうか。

先に話を進めましょう。

「大丈夫。何人もの人が同じような夢を見ているんよ」とアドバイスしてくれた画家さんから「あんたはギリシャ神話の中のお姫さんや」と言われたことがありました。「あの…どのお姫さんでしょうか」てなことで。
更には「あんたは神格が高い」という話になり、一緒にその話を聞いていた友人が「ウソ」とズッコケた談がありました(笑)

更には、複数のチャネラーから…彼らは相互に面識がないのに関わらず、同じことを聞かされるということもありました。それは、

「あなたはこの世界の1%にも満たない真実を語る存在です」

皆さん…私がどういう気持ちになったか想像つきますか?

更には(笑)「ギリシャ神話の神ゼウスの息子のひとり。日本創世記の神々のひとり」とかどうとかで。具体的な名前を聞いたところ「あなた自身で分かるようになる」と言われましたけど…未だに謎。「え?確かあの画家さんはお姫様と言ってたけど、両性具有…ひとり二役とか?」とか何とか妄想がフツフツと(笑)それ以上でも以下でもありませんでした。

もうひとつ更には、アカシックレコードを読むアメリカ人チャネラーから「あなたの前世はパタンジャリです」と…、「あの、それ誰ですか?」てなことで私、調べました。インドのヨガを体系化した…詳しいことは分かりませんが、かなり昔の人なんですね。今も信者がいるようで。追い打ちをかけるように「あなたの元にはたくさんの人が答えを求めにやって来ます」と言われたりして。
私はふと、そのチャネラーから「あなたは2001年に誰よりも早くアセンションした後、2003年に戻ってきて人々を導くと言われたわ」と言っていた主婦の話を思い出しました。彼女ずっと目黒区で普通にいましたけど…何か?

この世界の1%にも満たない真実を語る存在ですと、それも複数の人から言われた日にはその気になってしまうってもんでしょ。でも、私はそうはならなかった。理由は簡単です。周りに反面教師がウジャウジャいたことと、自分に自信が持てなかったから。自分もあぁいうふうになってしまうかも知れないと。幻視や霊能者に言われたことを鵜呑みにして道を外している人、かなりの数と思いますが、

ミッションがある、使命があると目に見えない存在から言われて、その気になっている人、世の中に、どれくらいいると皆さんは思いますか?

私は自慢話をしているのではありませんよ!

人ってね、そうやって「導かれる」ように、お試しを食らうんです。導く人は悪気はありません。神輿担ぎ。彼らは橋渡しの役に過ぎないのですよ。彼ら自身も神秘に傾倒している。

閃きで誰もが突き動かされる。

いると思いますよ、創造主を名乗る人、世界中に。何をチャネルしているかが重要ではありません。その人その人のメッセージが地に足ついているかが肝心ですし、創造主と名乗ったりアマテラスと名乗る目に見えない存在にも「なりきり」とも「なんちゃって」ともいう類いがウジャウジャいるんです。そういう類いは通リキが強い。霊能者をコロリと騙すことなど朝飯前なんです。気をつけましょう!
次元を越えて「尊敬された~い」自分を構築する。信じる信じないは個人の自由。マイケル・ジャクソンの霊界通信者もとっくに出没していますね。祭りド真ん中です。

本物かどうかですか?

そういうふうに詮索すること自体、意味ないと思いますよ。要するに誰もが「使命」という熱病に感染していると私は視ているのです。

え?どのチャネルを信じれば良いのでしょう、ですか?

あのですね、外にアンテナを張るのもほどほどに。私たちそれぞれ人生の課題が異なります。アセンション云々以前の問題をチャネラー自身が抱えているんです。彼らの多くは食べるために、豊かさを享受するために異次元の情報に手を伸ばしているんですよ。違います? 現に「皆、お金持っていますねぇ」と宣ったチャネラーいますからね。

良い鴨になっているのと違いますか?そこの、あなた!

世のため人のためですか? ならば、どうして彼らはセッション料を所望するのでしょう? そうではないとすると、光の戦士たちへとかどうとか天使の名の元にチャネル情報を流している人ですか? あのですね、チャネルはどの道、人間という導管を通すと、純度がグンと落ちます。しかも、光の戦士とメッセージを発信している人、その人自身がそういう深層心理を抱えているんですよ。なりきり以外の何者でもありません。

神秘の情報より自分の直感を大切にした方が良いと思いますよ、私。

目に見えない領域は金の成る木。私たちは良いお客さんでしかありません。チャネラー・ヒーラー志願者も業者にとってはかっこうのお客さんなんです。違います? 決して安くない授業料を必要としますよね。

あるいは異界のものの餌食になっているチャネラーも一人や二人じゃないと私は視ています。

目を覚まして下さいね。

今あちこちで視えない存在に導かれてアセンションメッセンジャーになっている人、たくさんいますよね? あるいは霊能者に言われたということで自分には世界にアセンションの事実を伝える使命があると燃える人、一人や二人に留まりません。ババジの声を聴いた、聖者の神託を受けた、もう枚挙に暇がありません。でも、皆さん…冷静になって感じてみて下さい。

彼らは祭り…アセンション祭りの船頭さんではないでしょうか?

霊的な導きって人々を魅了して止まない分野なんですよね? でも、思い返して頂きたい。

ルルドのベルナデットがそう。聖フランチェスコがそう。空海もそう。彼らは実に地道だったと思いますよ。確かにネット社会はその当時にはありませんでした。精神世界業者は教会や寺院に限定され体系化されていたでしょう。空海は確かに密教の世界で修行を積みました。でも、彼らは自分を特別視するような領域に住む魂ではなかった。

実に地道な心を持っていたと思いますよ。

ほんものはマスコミに自ら出て来ませんし、マスメディアを利用しようとも思わないでしょう。

一人でも多くの人に真実を知ってもらいたい、その熱意は熱意として。



アセンションってどうしてこうも使命感を煽るのでしょうね。これぞ「我こそは!」祭りでしょうに。



地球卒業組ですか?



波動変容組ですか?



それはいつの時代にもいたと思いますよ。稀とは思いますが。
此処にこうして転生してきた・・・その時点である程度の魂の行き先は決まっているように私は思います。魂は予めシュミレーションしますからね。あ~もしてこ~もしてと。有頂天になる必要もガッカリする必要もありません。人生は岐路の連続です。迷うことも多い…どの道を選択したら良いのかと。



私が視る限りですが、目に見えない存在や高次の宇宙存在の導きは確かにあるのだと思います。



ところが、
人を介すとおかしなことになる。大体そういう仕組みのようです。霊能力がある=人格者ではありませんし、かえってタチが悪い人だっているんですよ。



私がもし…霊能者の言うことを真に受け、チャネラーが奇しくも同じことを言ったという「お墨付き」で行動していたら、目に見えない存在の操り人形になっていたでしょうね。

目に見えない存在とて「他者」なんですよ。

私が此処にこうして転生するに至る道は、私の自由意志が活かされた結果なんです。それ以下でも以上でもありません。例外はこの世にはいません!しかも、

ホンモノは精神世界業者の手中に飛び込んだりはしないと思いますよ。ましてや世界に何かしらを広めなきゃと業者を利用したりもしないでしょうに。精神世界はビジネス。儲けを産出する列記としたビジネス産業なんです!




神格が高かろうと、1%にも満たない真実を語る存在だろうと、大切なのは地道な生活と私は思っています。




使命感? 私ですか?



それが魂のご飯になるような、タマじゃないことだけは確かなようです。




ソウルメイト=アセンション

Category : 辛口ごめんなさい
 
こういう線を引く人がいることに私は驚きを禁じ得ません。本を出し、講演会を催し、会費を募る…多くの人が彼や彼女のビジョンに光を見出しているのでしょう。
えぇ何を推奨してもお金を募ろうと個人の自由。『コンタクト』という映画がありました。イベントに集う人々の狂乱ぶりが描かれた場面があって、そう…アセンションはとっくにイベントと化している。もう誰もこれを止めることはできない。いや、それこそが自由意志なんでしょう。どれをチョイスするかは個人の自由なんですものね。

ソウルメイト

ツインソウル

これは多くの人を惹きつける題材のようです。実際、導かれるようにしてムーブメントを起こす人が後を絶ちません。誰も為し得なかったことを成し遂げるのは自分というメッセージを受けたとかいう人も後を絶ちません。精神世界に首を突っ込み、諸先生たちと行動を共にする人たちも後を絶ちません。

退路を断つかのようにアセンション2012年説を唱える人、2020年だかに?アセンションは延期になったと言い始める人…これぞイベントど真ん中と感じるのは私だけでしょうか。

どうしてこうも使命のある人が世の中に溢れているのでしょう。ポールシフトですか?今年の6月に起きると言っていたマヤ歴のエキスパートいましたけど、案の定ポールシフトは起きませんでした。ノストラダムス、1999年以降も世界は色々ありながらも存続し続けています。人々の祈りが天に通じたと言う人もいます。2001年に必ず彗星が地球にぶつかり暗黒の日々が訪れると言った人もいましたっけ。次から次に出没するアセンションメッセンジャー…、そして、それに群がる人々。

本を出版してサイン会を催す人。「今会員になるとサイン入り著書をプレゼント」と勧誘する人。これらの人々を、私はスピリチャル系アセンション感染熱症候群と呼ぶことにしました。ちょっと長い(笑、?)その人たちからは共通の熱波がかげろうのように立ち上がっています。誰も彼らを夢から覚ますことはできないでしょう。

アセンションはまさに症候群、シンドロームと化しています。宇宙人チャネラー信者もいる。これをお祭り騒ぎと呼ばずして、です。

皆さん、冷静になって下さいね。

ソウルメイト=アセンション

これはとても微妙に「触れる」視点ですね、外していないという。でも、ソウルメイトやツインソウル問題クリア=アセンションHow toですか? あり得ません。満を持してアセンション法を公布するですか? それも個人の自由、それに賛同するしないも個人の自由なんですよね。

多分ですが、

その説に共感する人々は提唱する人の邪気のなさや素直な人柄に加え、ソウルメイトへの何らかのビジョンを持つという共通点があって、賛同しているのだと思う。応援します!というエールもあるのではないでしょうか。
ソウルメイトに出逢う。それは魂の目的のひとつではあるでしょう。

それにより『波動変容』する人もいるのかも知れません。

でも、稀と思いますよ。何だか熱病のようですね。彼らを突き動かす一番深い動機は何なのでしょう?彼ら自身もひょっとしたら分からないのかも知れません。

提唱する人自身の魂の目的が離れ離れになったソウルメイトと出逢うことだった、それ以外には視えてきません、その人の転生の目的って。自分のことって灯台下暗し。一人でも多くの人に魂の伴侶と出逢って幸せになって欲しいと思うのは分かります。でも、

ソウルメイトと出逢って元いた星に帰還するのでしょ?

私はそれを否定しているのではありません。それは個人的なことだろうということと、アセンションに絡めずとも、いつの時代にもあったということです。
こういう個人的なことが世界中の多くの人たちの心にある。いつの世にも、です。家族の健康。家族の安全。愛する人の幸せ。世界平和は個という、体でいうところの細胞が健康であって、はじめて成立するものでしょ?全体は個を映す鑑なんです。なのに、

微妙ではないでしょうか。それを世界にアピールすべくビジネス絡みの展開ですか?何か違うなぁという気がしますよ。きっかけは導かれるまま純粋なのだけど、だんだん利害が絡むようになる。一人や二人じゃありません。こういうビジネス絡みの人。

どうしてそれが活動勧誘に繋がるのでしょう。理解に苦しみます。

何故に資金を必要とするのでしょう。

会員募集に繋がるのでしょう。

貴重な情報を持っているからですか?

情報、お金を払った人でないと受け取れない…本を買って読まないと、講演会にいかないと、欲しい情報が手に入らない、ですか?
これだから熱に冒されていると言わざるを得ないんですよ。違います? 浮き足立ってますね。夢中でいる時って人は自分の姿は見えないもののようです。人にはイケイケの時ってあって、そういう時は肝心な忠告はスルー。「私には考えがある」「それでも私は前進する」と言い張ります。例外なく。
反面教師。私たちは理性的でいたいものです。先導的な行為に至っている人…聞く耳持たずではないでしょうか。あるいはもう後戻りできないとか。



ソウルメイト

ツインソウル

多くの人が魂の伴侶に出逢いたいと思っているのでしょう。



出逢った刹那の至福感はそれまでの辛い人生をぬぐい去るかも知れません。でも、この世では出逢うと約束していないカップルも現にいるのですよ。何らかの課題があって、それをクリアした暁…帰還、再会を果たすという。

絆は次元を越えて存在します。

目の前のこと日々のことを喜びを持って暮らす。伴侶がソウルメイトであろうとなかろうと大切に思って共に暮らすって大切なんですよ。それを留守にして、ソウルメイトと愛の行脚ですか?

あのですね。

自分たちにとって真実でも他の人にも通用するとは限らないのですよ。「私たちは出逢えて幸せです」と言う以外、そこに意味があるのでしょうか?

私たちは出逢えて幸せです。

それで充分でしょ? どうして、そこに付加価値としか思えない要素を加味して、アセンションビジネスを敢行しようとするのでしょう。私には理解できません。



愛する人との出逢い。その喜びは「祝福」されるべきものです。



それに異論はないのですよ。でも、それがどうしてビジネスと繋がっていくのか…私には理解できません。

使命感

世界に自分たちの考えや宇宙存在のメッセージやビジョンを伝える

使命感

それは個人の自由

それらのことはそれ以上でも以下でもありません。

今大切なのはイベントに参加し、会員になって、何らかの情報をゲットすることではありません。

内省と現実に根ざした生活です。

内に繋がるということは=宇宙、魂の故郷に繋がる

私たちはさんざん、そういうワークショップやチャネル、著書に触れてきました。

まだ足りないですか?

どうして、そう情報を欲しがるのでしょう。


私たちそれぞれに必要な情報、外のことはすべてきっかけに過ぎません。そのきっかけさえも「情報あります」と言うふうなキャンペーンや何らかの料金設定・勧誘の類い、真実という文字キャッチ、

もう乗らないで…。

どうぞ不安に負けないで。自信ないからってご自分の直感を遮らないで。

私はその辺のことはすべて経験済みです。外の情報は情報として、どうぞ駆け込み寺に滑り込むみたいな真似だけはしないで欲しいと切に願います。




ソウルメイト=アセンション



この世界の誰も、それに関する唯一無二の真実は持ってはいません。

誰の説も個人個人の主観から出るものはありません。参考にしか過ぎないのに、それにしても金銭リクエストする人たちが後を絶ちませんね。



目を覚まして下さい、と。


目を覚まして下さいと思ってやみません。




積徳オタク

Category : 辛口ごめんなさい

世の中には「徳を積んで悪因縁を断ち切りましょう」とか、「善根を植えましょう」「利他心で行動しましょう」とかいう団体や個人が数多います。それは信仰に留まらず、精神世界にすっかり根付いているようです。それらは確かに美しいが、人を介すとトンデモ厄介な事態になっていると思うのは私だけでしょうか。

今日は久々に辛口飛ばそうと思います。いつも通りの私個人の所感です。こういう考え方もあるのだな、くらいに流し読んで頂ければ。え?何だか只ならぬ気配がする? お題からして、ですよね(笑)さて始めましょうか。



アセンション系リーダー的人物の中には「積徳して波動を高めましょう」と謳う人がいるようです。あるいは「真実」という言葉を著書で使う人もいる。あるいは「アセンションのHow to本はこれまでになかったが、私にはその使命があるというメッセージを受けた」と公言する人もいて、著書を、私、レビューを受け読んでみました。でも、ソウルメイトと出逢って紆余曲折のちに愛を二人で世界に振りまくのだそうで・・・「そうですか。ガンバって下さいね♪」以外に何のHow toも内容もなかったような。どうするんでしょ。この世界にはソウルメイトと出逢う以外の目的があってやって来た魂も宇宙人もいます。
アセンションHow to本を書く使命…これまでそういう鳴りもの入り肝いりの書物あったと思うんですけど…今頃「満を持して」ですか?
以前、サイババから「時間がないから急いで」とメッセージを受け取ったという女性に会ったことがあります。

何ごとも私たちは冷静でいることが望まれるということなのでしょう。







積徳

波動を上げる

宇宙アセンション

何ということでしょう。誰もが自分には使命があると退路を断つかのようにアセンション行脚を驀進中。でも何だか…まるで…部活か何かの勧誘のよう。



皆さんは、これらのどれかに「真実」があると思っていますか?



私はNo…そして、No thank you!でも、微妙にどれもが何らかの大切なエッセンスを含んでいます。唯一無二の「真実」はないけれど、それぞれの価値観に基づいた情報を大勢に開示している。それ以下でもそれ以上でもないと私は思う。

第一、積徳=波動を上げるとは言い切れない気がします。私だけでしょうか。特殊な修練で幽体離脱や変容を体験する人だっているのです。
確かに積徳は尊い行いだし、人格を磨いて人の役に立つ人間になるのは今の世の中にあっては必要不可欠な理念。しかしながら積徳を謳う宗教でさえ異教徒間の争いは絶えない。自分の信じる信仰こそが「正しい」と一歩も退こうとはしない。中には金権まみれの団体だってある。

本当にこの世は何でもありだなと私は思います。

積徳。

私が視る限りですが、人が自覚できる程度の善根積徳は…残念なことですが、多寡が知れています。

昔、宣教師がアフリカで人々に放牧を教えたという話があって。まぁそれだけが原因ではないでしょうけれど、かえってアフリカの土地が枯れて痩せていったという…良かれと思っての行為がかえって迷惑ということだってある。
本人たちは真剣に「良かれ」と心血注いで貢献する訳です。人間は自分の信念に則って「積徳」「善根」を植えようとします。


これは人間という生きものは教科書がないと何もできないことを暗示している


私にはそう思えてならないのですけど、いかがですか?

信仰には聖典という「教科書」があり、それを日々の糧にしている人、世界に溢れています。どうしてでしょう。そこから学んで「自立」しようと人はしないのでしょう。

自立する気などない。それどころかそういう考えは堕落で罪深いことと信じている人々がいるのです。それは宗教に留まりません。世の中自体がそうではないでしょか?

自分で物ごとの善し悪しを判断することができない人、多過ぎです。

まるで操り人形のよう。

人間はまるで何かの研究材料のようだと時に感じます。ある一定の暗示にかけた被験者でモニタリングされているような。それを否定できないのが恐ろしい。



多くの人は事実「眠った状態」にあります。



日常寝起きをして生活しているので自覚がないだけで、大方の人間が霊的に「目覚めることのない」状況で生きています。これ尋常な数ではありません。

何故、目覚めることが出来ないのでしょうか。

答えは簡単です。

自分の感じるところで生きようとしないから。失敗を恐れて独自の行動ができないから。

何か特別なことと信じ込んでやしませんか?霊的に目覚めるって。

そりゃそうですよね。

本能のまま欲望に身を任せ、犯罪に走る人間が今も昔もいなくなることはありません。なので、人間には古今東西「教科書」が必要とされてきましたが、それでもこの世は混沌としています。

何故でしょう。

答えは簡単です。

人の多くが霊的に眠った状態だからです。話が堂々巡りですね(笑)




何か特別な修行が必要とあなたは思い込んでやしませんか?

サイキック能力者にも悪い奴らはいますよね。妙なのに乗っ取られている霊能者だっている。霊的に目覚めているとはそういう「能力」のことではないとあなたはうすうす気がついているのだけど、自分に自信が持てない。能力がないという考えが先に来て、迷ってばかりいる。

でも、能力があるとかないとか…そういうふうな価値基準で神さまは私たちを造ったと思っていますか?

霊能力なんて目くらましのようなものです。そういう人を私はたくさんみてきました。中には真摯な能力者もいますが、稀です。

あるいは、

利他心を旨とし、人のために役立つ行為を旨としている人います。そういう人々は「良い行いをする」という信念で行動している訳ですよね?では、何のためでしょう。

人のためになることは自分に返ってくる。つまり自分のためなんですよね?

確かに人に、社会に、貢献するに越したことはありません。ですが、その自覚がかえって仇になっている人が少なくないのですよ…皮肉なことですが。
良い行いという…そこで収まれば何の問題もないのかも知れません。ところが、自分は良い行いをしているのだから「天国が約束されている」という線路を自分で引いている人、教え込まれている人、少なくないと思いますが、いかがですか?

皆さんの中にはそれの何処が問題なの?と「takakoさんってひねくれてる」と思う人もいるでしょう。

自分が救われたいのなら人さまを…確かに利他心はこの世界に不足しています。しかしながら、それらの行為の恩恵が自分に返ってくるという教えはいつかは卒業しなけれななりません。難しいですか?

takakoさんは何が言いたい…、ですか?

何故ならそれは魂の世界では義務教育だからです。

聖書がキリストの真の教えであるとか、ないとかは別にして、聖書には人としてこの世で為すべき姿勢が事細かに記されていると思います。それっていわゆる「あぁしなさい」「こぉしなさい」というお手本でしょ?

日々繰り返し諭されなければならないほど私たちは世話が焼けるということになります。違いますか?



積徳=波動上昇、というラインを引いているアセンションリーダーが出没するのも無理ありません。



人の意識の底には「天国と地獄」という…良い行いをする者は天国へ、そうでない者は地獄へという思想が植え付けられています。まぁ植え付け失敗例もウジャウジャいるようですが。そりゃぁ善良に越したことはありません。ありませんが、「良い行いをして天国へ」とか「徳積みをしてアセンションしよう」とか、つまり…結果を当てにしている訳ですよね? それって「良い子にしてないと玩具を買ってあげませんよ」と余り変わりないと思うのは私…だけ、なんでしょうかね…。でも、




第一、救われたいって、何からそんなに救われたいのでしょうか。




こんなロクデモナイ世界に転生する必要があったこと自体、確かに生きるって大変…ですけど。まぁそれに関してはもう色々手を変え品を変え書いてるのでここでは端折りますが、本人が自覚できる程度の積徳など多寡が知れています。

あのですね。そういうのを積徳オタクとも言う。

次元上昇・・・肉体変容・・・光の体になる・・・5次元に移行する・・・それらのことは積徳で成し遂げられることではありません。

天使は光体ですよね。

高次元の存在は光体です。確かに善そのもの。なのでそれに相応しい人格を徳を備えようという志は理解できます。ですが、肝心なところが抜け落ちてるんですよ。




彼らは「見返り」を求めません。**すれば「自分」が欲しいものが手に入るとか、「自分」が好ましい状況を体験できるとか、そういう発想とは無縁なんです。




積徳=波動上昇と謳っている人、どれほどの人がこのことに気づいているのでしょう。



何故私たちに教科書が必要かというと、こういうふうに「私が」「僕が」と常に欲しがっているからです。

違いますか?

引き寄せの法もそういう意味では義務教育期間の教科書ではないでしょうか。

私はそれがいけない!といっているのではありませんよ。私たちは誰もが未熟だと言っているのです。アセンション情報にどれだけ卓越していても、です。

彼らは自分はアセンションすると疑いもしていないでしょう。だって多くの人にアセンションを伝える、導く使命を授かったと信じているのですから。間違っても自分が蚊帳の外とは思いはしないでしょう。

結果は誰にも判らないと思いますよ、私を含めて。

波動上昇した地球と言ってもかなりの層があります。パラレルですから。今、アセンション啓蒙している人の中には喋るだけ喋って元の星に帰還する人もいるでしょう。




加えて、



まだまだ精神修養の、お手本を必要とする段階で、理想的なアセンション、波動変容をすると思うのは早計と私は視ています。見返りを期待するかのような言動を、それという自覚がないまま啓蒙する…厚顔無恥とはこのことかと。

真摯に情報収集することに私は異論はありません。しかしながらアセンションが今後どのように展開するのか、自分自身はどうなるのか。人の心得違いは良く分かるが、自分はどうなのか。私自身も気を引き締めねばなりません。




いずれにしても、積徳オタクだけは避けたいなぁ。



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takako

Author:takako

maria letter
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(2016年12月27日記)

いったんアメブロに移転しましたが、広告の量がストレスで2015年11月にFC2でブログ復活しました。限定記事もこちらで復活。パスワードはそのままです。

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