UFO !

Category : つぶやき
暑中お見舞い申し上げます♪


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う・・・う~ん、第一印象は「きれい」(笑)
半透明ですね!空に溶け込んで、いっそ清々しいですね。記事には、

マレーシアのコタキナバルで、巨大なUFO(未確認飛行物体)が目撃されたと海外サイト『BORNEOPOST』が伝えている。半透明の青い円盤が目撃されたのは、海水浴客でにぎわうトゥアラン・ビーチリゾート。
同ビーチのレストランで働くジェームズ・ダンギル氏(27)によると、UFOが現れたのは17日の午後4時ごろのことだった。ダンギル氏がレストランのなかにいると突然、数人の客が空を指さした。気になって外へ飛び出すと、空に円盤のような物体が浮かんでいるのが見えたという。
もっとよく見ようと思ったダンギル氏はレストランの2階にあるファミリー・ルームへと急ぎ、1枚の写真を撮影した。同氏は「音が鳴ったり、光ったりはしていなかった」と当時の状況を語る。
ほかにも複数の客やスタッフがUFOを目撃しており、消える前の数分間は空中を行ったり来たりしていたと話している。なかには「写真を撮影しようとしたが、なぜか携帯電話が使えなくなった」と証言している人もいるそうだ。
また、目撃者の1人であるダニー・ベネディクトさん(29)は「これまでUFOなんて信じていなかったが、この目でしっかりと確認した。音もなく飛んでいた」と話している。昼下がりの空に現れた半透明の物体は本当にUFOだったのだろうか? その真相は不明のままである。



と、あります。こういうのを3.5次元というのでしょうか。何だか空がきれいで平和な気持ちになりました。



質疑応答編 その1

Category : 魂のご飯

寄せられた疑問に私なりに答えてみようと思います。私個人の考え方なので、参考程度に読み進めて頂ければ幸いです。
疑問を寄せてくれた ほいっぷさんはご自分で問題解決したよう(良かったです♪)ですが、似たような思いを持っている方もいるのではないかと。まずは疑問1について書いてみます。

★疑問1

私も以前は(“今起こることは前世の裏返し”)と
思うところはありましたが…
今は「そう思えたら理不尽な事もひとまず納得いくかもしれない。だけど記憶もない・見えない世界は見えない・感じない・霊視も能力ない凡人は、何を根拠にそれを信じて、今世でどうせよというのか?」
と、いつも心に引っかかって、単純に信じたり思えなくなりました。

信じる根拠などいらないのですか?
何も疑問に思わず単純に信じて
「前世の私はなんと悪い奴だったのだなぁ」と
反省すればそれでよいのでしょうか?



“今起こることは前世の裏返し”という箇所にスピリチャル情報が人の心に根付いているのを感じますが、それと同時に「振り回されている」感も否めません。本当に私たちは視えない世界のことで振り回されやすいと思います。

前世。

これは本当に慎重に取り扱わねばならない問題です。チャネル・ヒプノセラピーなどで記憶を遡り次元を越えた旅をする訳ですが、私が知る限りではありますが…100%の信憑性は期待できないと思います。

何故なら人は記憶をでっち上げる。私の知り合いでワークショップでリーディング能力が開眼したという人、複数いましたが、どれも当たるも八卦当たらぬも八卦。然るに、

「外れたからって気にすることないって教わったわ」

皆さん、信じられますか? 全ての霊視者が偽者とは言いません。言いませんが、怪しい人すごく多いということを心に止めて頂きたいと思います。精神世界系のワークショップで習い事をしてデプロマを掲げる…即!職業にする、これを皮算用と言わずして、です。「人の役に立ちたい」と志は美しいが、何故なんでしょうね。セッション料相場があるのは。まぁピンキリでもあるようですけど。

皆さん、精神世界業界は他と同じく「ビジネス」と認識した方が良いです。セラピスト志願者もクライアントも「お客さん」これ否定できますか?未だに「あなたをビジネス成功者に導きます」と誘うHPも存在します。

これ…すごく神の領域から遠い発想なんですよ。

成功者には金銭的・物理的リッチがセットですよね?これ宝くじを当てるのと然ほど変わりありません。霊能力で御殿に住んで宝石で身を固めている人いますよね?こういうのを亡者と言うんです。

目を覚まして下さいね。

まずは
前世を
あなたはどのように知ったのかを今一度思い返して頂きたいと思います。

そして
人やセラピーを介して過去世に触れたとします。
何かしら思い当たるフシがあり、問題解決の糸口になったのならそれで良し!
あるいは
前世療法の類いの本を読んで
そこに人の話が加わって
それを自分に当てはめて考えるようになったという方もいるでしょう。

でも、

「記憶もない・見えない世界は見えない・感じない・霊視も能力ない凡人は、何を根拠にそれを信じて、今世でどうせよというのか?」

この霊能力がないという発想が…そもそも「この考えから改めましょうか」と言わざるを得ないんです。これこそ思い込みだし、視える視えないという基準も頂けません。他者から受けた前世情報は、

基本的にあなた自身が何かしらピンと来る!とか、思い当たるフシがあるとか…そういう場合に限るのではないでしょうか?

私自身、もう20年以上前になりますが、某精神世界業者が招待した絶大なサイキック能力者という触れ込みの女性のセッションを受けたことがあります。アカシックリーディング提唱者のセッションも。

結論から言うと、
彼らには何の落ち度もないのだけれど、彼らから聞いた過去世はいずれも「外れ」。当時は訳わからんヤツでしたからね、私(笑)そんなもんかという程度で自分が鈍いだけなんだと結論づけたんですよ。
あのですね…どんな情報だって、どんなに鈍くたって、ちょっとは思い当たるフシくらいはあるものです。私の場合、自分がダメなんだとピンと来ないのは自分が鈍いせいと決めつけてたんですね。

大きな間違いでした。

なので、
記憶もない・見えない世界は見えない・感じない場合は

信じる必要はないというのが私の結論です。

「信じる根拠などいらないのですか? 」

誰ですか?そんなこと言ったのは…。ピンと来ない人に何を言っても無駄なのだし、実際はどうなのか証明のしようもない。要は思い当たるフシがあるかないか。

それ以外は

・当人はまだ準備が整っていないか

・信じる必要がないか

・的外れか

アララ…「自分のケースはどれに当たるでしょう」ですか?
あのですね、つまりピンと来ないことを誰かに言われてあれこれ思い煩うのは人生の無駄!ということです。私の助言も例外ではありません。ピンと来ないのなら、一旦その場を去る方が賢明。何か腑に落ちない気持ちでモヤモヤしても、です。

今は時期じゃないと悟りましょう。

引きずるのを辞める…強い心が必要と思います。誰かがそのきっかけを与えてくれると思ってます? どんな素晴らしい言葉でもあなたに準備が整っていなければ、役には立ちません。いつかはハッと「あの時は」と気づく時が来るかも知れないのです。

過去世の情報は何らかのタイミングで、それが事実かどうか答えはもたらされると思います。私がそうでした。何だかピンと来なかった過去世の情報はすべて外れでした。まぁ当たらずとも遠からずはありましたけどね。それだって今思えば、大した問題ではありませんでした。




一歩、心がけ、前進しましょう。




今世はあなた次第。




多くの人がこの視えない、分からないで躓いています。それは人間の飽くなき探究心もその要因と思います。自分じゃどうにも分からない。なので、霊能者に走るんだと思うんですね。あるいは退行催眠。

でも、視えなくても分からなくても、日常のふとした瞬間にヒントや答えはもたらされると思いますよ。

理由を知りたがっている間に、あなたの頭の回りには暗雲が立ち籠めているんです。経験者は語る。

この「あなた次第」で後ずさりする気持ちが霊能者に走らせるとしたら?モヤモヤの答えを知りたい。そして、いっそ清々しく人生を進めていきたいと思うのでしょ?

それはすべて自分に自信がないからだと思いますけど、いかがでしょうか?

では
ひとつ聞きますが、
視える人はみんな霊的マスターと、あなたは思っていますか?
お釈迦さまのように因縁解脱した高次元の存在と思っていますか?

あのですね…ホンモノは金銭授受など思いもよらないと思いますよ。その能力は神の領域のものですからね。これを言うと反感持つ人少なくないと思うし、世の自薦他薦の能力者は戯言としか思わないでしょう。

ですが、

お釈迦さまは「お金を出さなきゃ助けない」と言うでしょうか?

キリストは「助けたのだから、お礼して」と言ったでしょうか?

答えは「NO!」事実はシンプルなんです。ふたりが生きた時代も貨幣経済はバリバリ現役だったんですよ。食べていかねばならない。お金がなければ、お米も買えなきゃ種も買えないですか?ならば「かたじけない」という心くらいは養ってもらいたいもの。当然の代価という考えもあるようですが、多次元が現実化している昨今にあっては私には虚しく聞こえます。

話逸れちゃいましたね、得意ですね(笑)

いずれにしても、

確かに今まで私たちの人生に起きてきたことも、今起きていることも、過去世の影響がないとは言い切れません。多くの人には魂の履歴が存在しています。体験全てが魂の経験値になる訳です。そこから学んで次に備える期間があって、転生の機会が廻って、私たちは、今こうして生きている訳ですよね?

そういう意味では、家族構成・性格・職業などなど過去世から引き継いだ傾向が見られると思います。

人間関係の躓きはその最たるもの。

過去世でも同じような過ちがあったかも知れません。それをヒシヒシと感じざるを得ない事態があなたに起きたとして、肝心なのは、あなた自身がそれをどう受け止め自省し、そこから自分がどうするべきかを学んで今後に活かすことではないでしょうか。


ふと気がつくと、心癖ってあるんですよ。頑固だったり、恐がりだったり。「どうして私ってこうなの!」と思えることって、無意識の意識に突き動かされているんですものね。所詮、人間は深層意識の操り人形なんです。

え?それじゃ救いがない、ですか?

いいえ…とんでもない!

井上陽水の名曲にもあるじゃありませんか!

探しものは何ですか?
見つけ難いものですか?

(略)

探すのをやめた時、見つかることもよくある話で♪



確かに探究心は人間の特権です。でも、その特権がかえって自分の首をしめることがある。過去世探求は時にそのようだと私は思います。手放せなくなるんでしょ?誰それと縁が深いとかどうとか。因縁が悪いとか。

えぇえぇ学ばなきゃならないことがあるから、達成すべきことがあるから、ここにこうしているんですから。

お互いさま、未熟なんです…!

問題のない人なんかいませんし、視える視えないとかで魂の進化は計れません。


前世がどうのと気になる気持ち分からないではありませんし、信じろと言われても無理とイラつく気持ちも分からないでありません。

でも、納得いかないのなら信じなきゃ良いだけでしょ?



物事を複雑にするもしないも私たちの心次第です。



最後に、「私のことを言ってるんだわ」という類いのメールはご遠慮ください。




何故あなたはその人と縁があるのか

Category : 魂のご飯

夫婦とは割れ鍋に綴じ蓋と言います。これ霊的に視ても間違いありません。かけ離れた霊格同士は縁が生じません。魂の成長に応じた縁が私たちの家族構成を成り立たせています。

男女の縁、親子の縁、これは自分を見つめる良くも悪くも材料になると思います。私は相手の非を並べ立てても虚しいと思います。相手は自分を映す鏡。加えて人の欠点は目につきやすい。ましてや「私にはない」「俺にはあり得ない」という自覚が拍車をかける。男と女って運命共同体。一緒に過ごす期間、パートナーは己を映す鑑と心得た方が良いです。

時に届くメールに、いったい相手を「散々な人」と言いたいのか、「色々問題はあるけれど、良い人」と言いたいのか、分からないものがあります。多分本人も悲喜こもごも心入り乱れているのでしょう。しかしながら、欠点9割長所1割の比率という印象を受けるとなると…聞くに堪えないですねぇ。聞いて欲しい気持ちは分からないではないが、そういう縁を引き寄せたのはお互いさまでしょとも思う。相手だって言いたいことたくさんあるのだと思いますよ。相手が死んでしまってからでは遅い。縁が切れてからでも遅い。互いに生きている間に、関わりがある間に、自分を見つめることは山ほど…!

私が通ていた人形教室に強烈なボヤキ主婦がいて、手作業しながら次から次に誰かしらの不平不満を喋り続けていました。今は忙しくて通えずにいますが、そういう話を聞かされる側になると俄然「変な人」とか思うんですよ、こういうタイプ(笑)中途半端な賢さで人をとやかく思う。そして、自分のことは「私ってダメな人なのよ」とか何とか言いつつ「あら、そんあことないわよ」という言葉を期待している。まったく救いようがない。

えっとですね…こういうタイプの人間はですね。エネルギ-的にどうなっているかと言うと「漏電」…!まさにエネルギ-が無駄に流れ出しています。流れ出しているだけではなく、悪臭を放っている。こういう人の輪からはソッと立ち退いた方が無難です。どうせ色々陰口言う人なんですよ。折り合いがつくはずがないのだもの。適当に要点だけ押さえて、後はダラダラとつき合わないことです。

以前、対面セッションをしている時期、本当にご主人に不平不満を持っている主婦の多さに唖然としたことがあります。私はさすがに己を省みずにはいられず参っちゃった…!すると相手にあぁして欲しい、こぉして欲しい。あぁしてくれてもイイじゃないかと不平不満ばかり持っている自分が見えた!ハッと我に返る心地がしましたねぇ。そういう自分だからダーリンも何かと口うるさい(笑)そして、喧嘩になる。険悪な空気になる。すると主婦は寄り集まって食を楽しみながら亭主の愚痴に花を咲かせるんですよ。もうこれはレクレーションとも趣味ともいう。

そして「運命の相手はきっと何処かにいて、私はまだ出逢えてないんだわ」とか何とか妄想し始めるですよ。「白馬に乗った王子様に釣り合うタマかよ」と「割れ鍋に綴じ蓋、お似合いなんだよ」とずいぶん思ってました。つくづくでしたねぇ。

ただし実際、ソウルメイトとは別々の人生を歩んでいる人もいます。

白馬王子症候群の相談者には稀、いや皆無。でも、微妙に気持ち的に被っていることがあって見抜く必要がありました。要するにエネルギ-のマッチング度を視るんですね。「ピッタリじゃんか」ということになれば包み隠さず言うことに。でも、妄想癖の人ってしぶといですからね、自分が納得する答えが得られるまでは霊視行脚するんでしょうね。

相談者じゃなく、知り合いにも「私、ダンナのこと愛してないの」とか「ソウルメイトじゃないの」とランチ告白するミセス複数いました。確かにソウルメイトじゃない場合もありましたが、彼女たちは、では何故自分はそういう縁を必要としたのか、までは理解していないようでした。その辺は「違うんだから、仕方ないんじゃない?」とか何とか。実に巧みに都合を操るんですよ。そりゃぁ付き合いもフェイドアウトします。私は菩薩じゃないんで。

精神世界ワークショップに通って少し視えるようになって、かえってタチが悪いって人、少なくないと思います。自分のことって案外脇が甘くなりがちなんです。ヒプノセラピーも万能ではないと私は思っています。

私たちは確かに事実を知りたいですよね?なので精神世界に足を踏み入れたんですよね。でも、そこは最終地点ではありません。テキストを渡され学習したら、実践に臨まねばならない。舞台がそうですよね。本番には台本持って舞台に上がる訳にはいきませんよね。まぁプロンプターはいるようですが。そう…セラピストやチャネラーはプロンプターみたいなものでしょうねぇ。黒子。なので、黒子に頼りっぱなしって、少し情けなくない?ってことになると私は思うんですけどね。

どうせ散々色々やらかしている私たち人間なんです。チャネラーやセラピストとて人の子。仮面の下は、ってことですよ。

話が逸れました(笑)

私たちが今置かれている立場や人間関係(家族・夫婦・親子・恋人・兄弟姉妹)はすべて!私たちがセットしたものです。記憶にないことを良いことにブレまくりな人間が巷に溢れています。

家族は運命共同体です。

互いを支え合うために共に暮らす同志なんです。相手が魂の伴侶かどうか…確かにそれは切実な問題でしょうけれど、そこを敢えて!あなたは自身の成長のために納得して転生してきているんです。

記憶にないからって家族の絆をないがしろにしてはなりません。

不平不満はお互いさま。ないはずがないんです。

今は分からないけど、きっとこれは私に必要だから、ある絆なんだなと。真相究明の奔走する時間が、暇!があるのなら、家族に「心を込めて」料理を振る舞うとか、「おとうさん、いつもありがとう」とか上辺じゃなく、心から声をかけるとか。
意味を知りたいという気持ちは理解できますが、相手の中に「愛すべき点」を見出すこと、感謝の気持ちを持つこと、自分にできることは山ほどあります。

相手がいる間に。

相手が生きている間に。

死んで後悔することのないようして下さいな。

問題が多いのはお互いさまなんです。相手のロクデモない点をあれもこれも引っぱり出したところで「自分はどうよ!」ということです。



もしロクデモない人と縁が生じているのなら、こう気持ちを強く持って生きて欲しいと思います。


相手は自分の映し鑑。

それだけ自分にも眼に余る欠点があるということ。

もし相手のいけ好かないところが緩和してきたなと思えた時、それはあなた自身が変化した時。

ドラマの見過ぎで、

私さえ我慢すればとか思ってる人います?

あなたは「我慢」するための現実を引き寄せているんです。

引き寄せの法など今さら必要ないでしょ!

どうして?

どうして?

と考えるのは、まだ心の何処かに相手の非をあげへつらう心が大きいからじゃないでしょうか? お互い割れ鍋に綴じ蓋。さぞや相手も同じようにあなたの非をあげへつらっていることでしょう。

すべては、私が、あなたが、引き寄せた、お互いさまな現実なんですから。


え?引き寄せの方は危険な思想、ですか? 何というオバカさんなんでしょう。


魂は磁力のような性質を備えているんですよ。それは宇宙の法則でもあります。原因があって、それに沿った現実が構築される。結果が出て、また新たな動機が生じる。そして、またその動機に見合う現実が構築され、何らかの行程を経て結果が生まれる。
思いとは想念とも言う。想念はそれぞれに周波数があり、波形があり、色があります。ただ肉眼では見えないだけで。
誰かが提唱したとか何とかは重要ではありません。元々宇宙にある法則ですからね。え?引き寄せの法のDVDには洗脳パターンが埋め込まれている、ですか?

魂の本質を知らずに情報ばかりにアンテナを張って、詮索し検証せずにはいられない。愚かですね。

だったら見なきゃ良いだけの話でしょう? あのですね。全ての映像文化は何らかの意図があって制作されているし、電波にはそれぞれ周波数がある。影響されやすいタイプはあるとは思いますが、それはその人がどういうことを待ち望んでいるかにもよると思います。つまり何ごとにもヒットするツボがある。

いずれにしても、

ハートをセンターに生きるって本当に大切と思います。

ハートは愛に基づいた直感の領域です。

愛には段階があると言うが、自分は何処に当てはまるだろうと思案するのは宛ら合否を案じる心のようです。人生は終えてみないと何とも言えないと私は思っています。生きている限り私たちはプロセスに次ぐプロセスを生きている。




魂の伴侶は何処にいるんでしょう、ですか?




目の前の人を大切にせずに、何が愛の実践ですか!




相手こそ良い迷惑と思いますよ。あなたの魂の成長につき合ってくれているのに。いえ…お互いなんですけどね。ソウルメイトでなければ、どうしても気持ちが入らないとか何とか、何だか違う気がするとか何とか、思ってます?




目の前の人を大切にせずに、何が愛の実践ですか!

愚かですね。

此処はね、真心を試される「場」なんです。


愛の実践の「場」なんです。


相手がソウルメイトであろうが、なかろうが、運命共同体として成立している以上、大切にする心くらいは養ってもらいたいものです。




手放せない想いと

Category : 魂のご飯

どうつきあえば良いのか…いいえ、どう手放せば良いのか苦悩している方、少なくないと思います。私のこと言ってるんだわ、ですか? そう思う人複数いると思います。この問題の根深さに私はため息を禁じ得ない…私自身も含めてですよ。
私がどう手放したかを含めて、今日は話を進めていきたいと思います。少しでも参考になれば幸いです。



少し前に「セルフィッシュ・ミザリー」という話をしました。自己憐憫という意味ですが、これは本当に手強いと思います。

被害者意識は本当に根深い。育った環境にもよるでしょうが、過去世から引きずっている場合がほとんど。不安を拭いきれない…拭いきれないどころか、次から次にあることないこと妄想が膨らむのをどうしようもない。頭では分かっているのに、どうすることも出来ないジレンマ。私にだって身に覚えがあります。

私の場合は『自信のなさ』でした。これは根深かったですねぇ。視えるようになって、それがかえってアダになるという。
相談者に思い当たるフシがあるとか図星だったりとか、直感って素晴らしいと実感しましたし、皆さんが本当は思い当たるフシがあって、その確認というのか、背中のひと押しにやって来てました。
ところが!霊能者って人々の中には変なのがくっついていて、それと二人羽織のような人が一人や二人じゃなく(ーー;)しかも自分以外は雑魚だと(笑)鼻高な人もいて(中には自分に嫉妬しているとか何とか)、私は自分は大丈夫なのだろうかと、この辺りで躓いていた時期がすっごく長かったんです。縁があるということは自分の中にもそういう要素があるということですから。

少しづつ自信というのではなく何というのでしょう。どうしようもなかった心に光明が差し始めて、それは外からではなかったんですね。内側から、

目が覚めた!

本当にそういう状態でした。目からウロコがガバガバッと(笑)ハッと気づかされることがこれでもか!これでもかと。転機っていうんですか? 皆さんも経験あると思います。いかがですか? そうそう!て頷いている方も多いと思います。

すべては自分次第と悟ったのでした。誰かのせいにしても何かのせいにしても全ては自分がその結果を拾わねばなりません。ひとつひとつ結果を受け止めながら、私は落ち込むこともありながら、「あぁ原因は自分にあるな」と悟らざるを得ませんでした。確かに不可抗力なこともある。それさえもどう取り組むか…、姿勢なのだと。
心の処理能力もずいぶん養わざるを得なかったですねぇ。しんどかった。でも、乗り越えた時の達成感はかけがえなかったですねぇ。

自分を浄化する4つの言葉はとても役立ちました。

ありがとう

ごめんなんさい

私を許してください

愛しています

どれか引っかかりがある…それさえもヒント。親や伴侶、上司や部下。何かしら人間関係で躓いているものです。




ところで、

心理療法的な言い回しに「幸せになりたくない人」というタイプがいるのをご存知ですか?

幸せな状況を自分でぶち壊すタイプ。これ笑いごとじゃありません。幸せな状態が怖い。不安が高まって、ぶち壊すような言動を取ってしまう。本当に不安は根深くて、人は「手放そう」とはしません。カウンセリングに臭覚よろしく走るんですが、「自分はダメな人間なんだ」とか何とか自己憐憫を繰り返す。ひとつ解決すると、新たな火種を見つけ出す。一旦は改善するか…に見えて、しないですねぇ。引き寄せてしまうんです。私は「わざとか?」と訝ったことありましたけど、ある意味「わざと」深層意識のなせる技。本人は色々無理からぬ理由を並べるんですけど。



人は深層意識の操り人形と思いましたねぇ。人ごとじゃありません。フロイトの逸話も参考になりました。被験者の催眠を解く際「あなたは目覚めてから、四つん這いになる」と暗示をかけた。すると被験者は何だかんだ理由をつけて、落とし物をしたとか何とか言いながら、ついには四つん這いになったという逸話。

言い訳は大方そのような心の仕組みで成り立っています。自尊心の為せる技ですが、だからと言って自尊心が悪いと言っている訳ではありませんよ。全てはTPOということです。このことをどうぞ忘れないでいて欲しいと思います。

すべてはTPO。

表面意識は色々理由付けが大得意!です。色々言い訳や理屈を言い張っては「仕方がない」とか「私は変わろうとしているのに」と色々宣うんですよ。逆ギレも然り。

でもそれも仕方がないですねぇ。それこそ深層意識に突き動かされている状態ですから。それは本当に根深くて、過去世からの持ち越しというケースが多々見受けられます。ヒプノセラピーも有効と思いますが、依存は頂けません。あらゆる心理療法、どんなに素晴らしくても人は次に進まねばならないのですよ。

つまり「いつまで寄っかかってるんだ!」という。

最終的には人の手を借りずに自分の足で歩き出さねばならない…人生はそのための『機会』ですからね。

達成感。

それが魂の目標です。色々計画してやって来る訳でしょ? あぁもしてこぉもしてと。

人の数だけ目標がある。どんなに苦しい人生でも強制はあり得ません!断じてありません。クリアする暁まではやり直し続けるんですけど、懲りないですねぇ、人って。自分の傾向、その原因を突き詰めても、まだ同じ過ちを繰り返す、それが人間と思います。気づいた瞬間は喜ぶんです。ところがしばらくするとドヨ~ン「話聞いてくれる?」と知り合いに電話駆け回るんですよ。気が済むまで。

そう!気が済まないんですよ。深層意識がそれを許さないんです。何しろ突き動かされている。分かっているけど、辞められない。

その一例を上げてみましょう。

仮にAさんとしましょう。Aさんは閉所恐怖症で、母親からのパワーコントロールを受けて育った(本人いわく)主婦。知り合いの母親がパワーコントロールした側の人間で、しかも熱心に信心していた。ところがある日、娘さんから小さい頃からの鬱憤を散々ぶつけられ、それが続いたある日、難聴になっちゃった…! 皆さん…人って、こういうふうに「聞きたくない」と思っていると聞こえなく「したり」するんですよ。私もその話を聞いた時は唖然としました。
その母親がホメオパシーで難聴が治ったと。同じ療法士に看てもらっていたAさん「え~ウソ!私だって閉所恐怖症を克服してみせる」とそれまであちこち長電話してのらりくらりして閉所恐怖症に甘んじていたのが、一念発起!「私だって!」と本気を出した訳です。
ところが、難聴のお母さん…治ったのは治ったんだけど、ホメオパシーが功を奏しただけではなく、娘さんが謝ってくれたことが大きく、症状が改善したことが判明。すると気が抜けたのか元の木阿弥。また地下鉄に乗れない、あちこち電話しては愚痴をこぼす主婦に戻ってしまいました。

人って、つくづくと思いますよ。「どうせよと」と「何がしたい」ということです。

私はそれら全て反面教師と悟りました。

すべての処方はそれが医療であれ、スピリチャルであれ、依存は頂けないということなんですけど。皆さんはどう思いますか?

生まれたての赤ちゃんは自分の世話は何もできませんよね。立つことも歩くことも出来ない。ところがハイハイをして、掴まり立ちをして、いつかは一人歩きするようになる。あ~あ~う~う~しか表現できなかったのが、言葉を喋るようになる。

生きものは、そうやって自立の方向へ向かうものなんですよ。それが自然の摂理です。

ところが、人間だけは精神を煩う。それはどういうことかというと、悩んで立ち止まっていても猛禽類に襲われることがないためです。食物連鎖の輪の中にいなくなったためです。極論と思います? ユニークな発想と位置づけます? 果たしてどうでしょう?

確かに他の面で、生き残りゲームは続いています。でも、生きものは何かひとつクリアする度に新たな問題に直面するもの。

人間は地上の覇者になったと引き換えに精神的苦悩を抱え持つようになったかのようです。



それは「幸せ」という価値観に目覚めたためと私は視ています。


人と比べて劣っているとか勝っているかの競争意識を産み、男と女の愛憎劇を産み、何かと他者と比べる心が育ってしまった。そういう社会環境に人は置かれて来た訳です。競争社会ですよね?  勝ち組とかいう言葉も生まれている。

最近よく見る広告に「愛され美肌」とか「愛され」何タラというのがありますよね。余計なお世話なんですけど(笑)何か変と思ってしまった、私。愛されるために『作る』『飾る』って・、・、・。愛「される」ことに努力を惜しまない訳ですよね。愛「する」ことではなく。

何もかもが上辺で虚しい。見た目で勝負ですか? 印象ねぇ・・・なるほど一理あるなぁ。

それとは違う流れもあって、それがスピリチャルですよね。ありのままという言葉がもてはやされる。それは決してやぶさかではないのだけれど、一歩間違えると悪用されてしまう恐れさえある。

人間って、いつからか直感ではなく、情報で生きるようになった。

それが情報過多を生み、自分を見失うことになり・、・、・。この情報に頼る傾向がいくら良い治療を受けても、煩悩はなくなりはしないという現象を生んでいるのだと私は視ています。

赤ちゃんはそういう先入観がありませんからね。一人立ちをクリアします。理屈をこねることなしに。それは生きるために不可欠だからですよ。

そころが自我が芽生えるとともに人は「生きる」ことより「自己正統」に傾倒していくようになり、感情に支配されるようになる。決してマイナスだけとは言い切れないのだけれど、魂の方針を、生まれる前に決めてきた事柄を、それらが皮肉にも埋没させてしまうことがある。自分で自分をコントロールしきれなくなる。

人はあらゆる情報に日々晒されています。

なので、自分の中心で生きることが出来なくなっているんです。

それは奇しくも「幸せ」と直結しています。

幸せになりたいという、そういう欲求は野生には存在しません。何故なら彼らは「生き残る」ことにすべてを費やし、如何に子孫を残すかが重要だからです。それさえも人類に阻まれ、絶滅していく種は後を絶ちませんが…。



多くの人は心の何処かで、幸せに誰かが、何かが、してくれると思っています。



だから「愛され」何タラというキャッチが登場する。違います?

つくづく自分の中心で生きることをしない種と思いますよ。自分の中心で生きるということはあらゆる情報を「直感」で見極める感性を持つことだし、自分の心と向き合うということではないでしょうか。


多くの人は心の何処かで、幸せに誰かが、何かが、してくれると思っている。頭ではそうではないと思うのだけど、ままならない現実が重くのしかかって、いつのまにか…被害者意識に苛まれるようになる。そして、独りで妄想を膨らませ、自家中毒を起こす。

はた迷惑もイイとこですよ。

転生は自分で決めたことなんですよ。自分が決めたことなんですよ。問題点を克服するチャンスをもらったということなんですよ。

人生はね、

予め「問題がある」環境が用意されているんです!

あなたが、私が、問題解決を意図しているから、用意してくれているんです!

それをクリアする意図を、あなたは持った、だから、転生を機会を得たんですよ。それを心が痛いから、怖いから、自信がないから、不安だから、とよくもまあ色々並べては、「何とかして欲しい」と神頼みに明け暮れていると私は思いますよ。

赤ちゃんの話をしましたけど、魂はね、進歩を意図しているんです。


自分で出来るよって、いう意欲を持っているんです。

自己憐憫、恐怖心、不安症、すべての事柄は予め克服する糸口です。人の世話を受けなきゃ何も出来ない赤ちゃんだって歩くようにも、食べるようにも、喋るようにもなるんですよ…! 自己表現のツールをこんなにも与えられているのに、まだ何を欲しがっているんですか?

安心ですか?

安心は人にもらうものじゃありません。あなたが、私が、心の中に育むものなんです。

過去世から脈々と連なるトラウマ。

もしクリアするメドが立たないのであれば、転生の機会はもたらされません。

あなたはいつまで怖がっているつもりまのですか?

あなたの生まれ育った環境は過酷だったかも知れない。でもね、日本のようなぬるま湯社会は、如何ようにも出来る環境なんですよ。生きることさえ許されない過酷な大地で必死に生きようとしている人間がいることを忘れてはなりません。

あなたは充分に、自分を幸せにする機会を与えられているんです。

あなたの親はあなたに充分な愛情を注がなかったかも知れない。でも、過去世ではあなたが子供に注がなかったのかも知れないのですよ。あなたは愛情を注がれないって、どういうことか…貴重な体験をしているんですよ。

そのことを忘れてはなりません。

試練は、だからこそチャンスなんです。

イエスに助けを求める、マリアに答えを求める、その気持ちは分からないではありません。でもね、一番大切なのは答えを求めるのではなく、

人生という時間を、限りない喜びで生きることなんです。

自分の足で歩くことなんです。

いつまで手取り足取りしてもらうつもりですか?



あなたはそうやって被害妄想に明け暮れて、不安や恐怖に苛まれて、大切な人の心を台無しにしてやしませんか?


人は自分より悲惨な環境で生きる人々を見ると「自分は恵まれている。しっかりしなきゃ」と思うが、自分より恵まれている人を見ると「私はなんで」と凹む。本当に懲りない種と思いますよ。



救い主がいつかは現われる…ですか? 今もあるようですね。救世主伝説。



私は魂を視る度に、そういう救い主を乞う考えにため息を禁じ得ません。だって、志願者で溢れかえっているんですよ、この世は。あらゆるこの世のできごとはジグソーパズルのピースを見ていても全体像は見えてきません。

どんなに非力としても自分なりに出来ることを自分のペースでやっていくことはだから大切です。

キリストがこの世界に無償の愛を伝授しても、この世界の住人は入れ替わり立ち替わり利害で時間を刻んできました。

気づいたら、心を強く持って、心に平安を自ら植え付けねばなりません。



自己憐憫は人間が慎まねばならない最たる課題のひとつです。




何事も、本当に、自分次第。そうやって自分を立て直していく環境に、私たちは生まれ落ちています。



そのことを忘れないで下さい。




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(2016年12月27日記)

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