異邦人で足踏みするって人生がもったいない

Category : 魂のご飯

地球にあって、人社会にあって、何だか異邦人のように自分を感じている方、多いと思います。その違和感、疎外感をこれまで色んなセラピーやワークショップで「ありのままのあなたで良い」とアファーメーションしてきた方もいると思います。

癒しはこのような、人間の気持ちにも入り込んできます(笑、皮肉たっぷりですね)少し回り道しながら、今日のお題を紐解いてみようと思います。



考えてみれば、此処は『舞台』なんですよね。役者が揃った。

現実、舞台・劇場は演目の発表の場!な訳で。舞台で生まれ育ったって人、いない訳ですよ。
魂の世界の、此処は写しとも言われますが、かなり様相が違っています。第一、自在じゃないですよね。一個の身体に固定される形で人生経験しているのが私たち。

そりゃぁ故郷を遠く離れて、しかも異文化交流のただ中に放り込まれている訳ですから、違和感がない方がおかしいかも知れない。中には「違和感?ぜんぜん」という人もいるでしょうけど。大概は「こんなもんなのかな」という感じで暮らしているのだと思います。

しっくりきていなくても生きていくしかないんですから。気がついたら「ママでちゅよ~」とか「じ~じぃが高い高~い」とかやたら馴れ馴れしい生き物がいて(笑)育てられていき、やがては「産んでって頼んだ覚えはない!」とか何とか、皆さん身に覚えがあるでしょう。かく言う私もそうです。

自分は何処から来たのか? 私は誰なんだろう?

それは長きに渡って、私の疑問でした。そう感じていた方もすっごく多いと思います。何だか分からないんだけど、フツフツと湧いてくる想い。これは此処が魂の居場所ではなく、居場所は他にある…!私たちは何らかの体験学習に来ている存在で、あちこちからやって来ている訳です。こういう不可思議な疑問は自然な流れっちゃぁ流れなんですけどね。
痛かったですねぇ。答えが見つからなくて。もちろん悩んでばかりではなく、楽しいこともたくさんありました。それでも心の底には常にこの疑問があったように思います。

精神世界の世界は、なので問題解決の糸口。それを元に私たちは様々な気づきを得てきた訳です。魂のことを色々模索している人、世界中にいます。これは一大産業。余り良い言い方ではありませんが、金の成る木です。

ずいぶん前になりますが、インナーチャイルド・家族の絆の分野で様々な取り組みをされている斎藤という方の講演会に友人に誘われて行ったことがあります。

すごく印象に残っている会話があって、

それはひとりの中年女性が質問ということで立ち上がった。彼女は斎藤さんに「私は先生の言うとおりに娘にあれこれ言うのを辞めました。もう先生の言うようなパワーコントロールはしていないのに、娘との関係は改善されません。どうしででしょう!」と訴えた。ところが、斎藤さんは「・・・」黙って聞いていた。彼女は苛つきつつ「私は先生の言うとおりにしているんですよ。口出しするなと言われたから」と詰め寄った。不平不満タップリに。すると、

斎藤さんは「あなたは言葉では確かに何も余計なことは言わなくなったでしょう。でも、態度で今も娘さんを威圧しているんですよ。それに気がついていない」と淡々と答えた。

会場には娘さんもいるようでしたが、私は心の底から「あんたが娘さんの生命力を奪っとるんじゃ!」と思ったんですね。

私が何を言いたいかというと、

良かれという思いでその母親は娘に色々口出しし続けていた訳です。ところが拒食症になっちゃった。「自分ならもっと努力するのに、しない」とか色々…良かれという思いで躾けていったのに病気になり、斎藤先生の著書を娘は読み、先生のカウンセリングを受けるようになり、少しづつ改善。しかし、自分との関係性は改善されない。娘は確かに生命力を取り戻している・・・なので、母親も先生のカウンセリングを受け、講演会にも参加するようになった。

私が何を言いたいかというと、

カウンセリングに通い、自分は先生の助言を守って頑張っているのに、という無理からぬ訴えなんですけど、根本的に「分かっていない」ということ。娘を愛する気持ちにウソはないんだけど、全てが独りよがり。決して娘の個性を尊重してのことでは全てがなかった訳です。

世のセラピストは医学の知識もなく、人間脳科学の素養もない。確かに人は魂が根本ですが、精神世界系ワークショップでデプロマ所得したくらいで『人の問題解決に貢献できる』と思うのは早計な上、セラピスト自身が問題を抱えて見切り発車な状態も多い。
すぐに職業にする…それを目的とする人が多いだけに根が深いと私は思います。
本当は自分自身が一番癒しを必要としているのに…という状態は実は危険なことなんですよ。精神世界系ヒーラーは頭打ちです。自分が助かりたいのなら利他心をというのも一理あります。ですが、人さまのセラピーを一生懸命にやりながら、娘は母親のやっていることを「ママは好きでやっている」としか思っていないこともあります。要するに見抜かれているということです。

何が大切かは行いだけでは計れません。利他心という理念に胡座をかいている人だっているのですよ。あるいは子供のために一生懸命働いている、しかし子供は親の愛情を一番必要としているということも少なくありません。シングルマザーで仕方がないこともあるでしょう。しかしながら、少ない時間でも子供は親の眼差しが注がれて、「あなたのために頑張っている」というような態度でなければ、心の栄養をもらって成長するものです。



親子と言えども魂の世界では立場逆転というケースもあります。魂の世界で何らかの便宜が図られて親子として成立している家族もある。



親兄弟だって、舞台上の役者が、揃っているだけかも知れないのです。つまり…何らかの目的があって、この父母がよかろうという計らいがあって、本人が同意すれば、この世での人間関係は成立します。
「空の上で白いお髭のおじいさんがパパとママを見せてくれた。良さそうな人だなと思って、パパとママのところに来たんだよ」と幼稚園児に言われた母親もいる。

中には魂の世界で互いに約束してやってきている家族も、夫婦も、恋人もいる。いずれにしても此処はトライアルのための舞台。ですから、遠く離れた領域から遥々来た私たちが…何らかの馴染めなさを感じるのはイザ仕方ないことではないでしょうか。

癒すとか、違和感があってその答えを導き出すとか、それは必要なプロセスではありますが、通過儀礼のようなものと思った方が良いと私は思います。

異邦人・・・という感覚を持ち、そこで足踏みしているのはもったいない気がします。私たちは舞台に上がっているようなもの。いつかはそこから旅立たねばなりません。ソリが合わないという感覚は「そうか!遠い異文化から来てるんだから仕方ないか」ということで、そこでドヨ~ンと沈んでいてはもったいないと私は思う。

いつか私たちは此処を後にします。

此処は異文化交流の場。違いを認識し、そこから個性をいうものを学ぶ。心地良い距離感をそれぞれが測り、尊重を覚える。

私たちは仲間・・・感覚には容易く馴染むけれど、少しでも違和感があると拒否反応を示しがちです。仲間外れだってする!イジメは最たる人間の、慎まねばならない性根です。
此処には様々なジャンルから体験をしにやって来ている存在でごった返しています。違和感はなくなりはしません。それをどう心の糧にするかが大切ではないでしょうか。無理に理解しようとせず、「私には受け入れ難いけど、あの人はそういう信念を持っているんだな」とかいうふうに、一歩エクスキューズの感覚を養い、

自分自身の中心で生きる、ことが大切かと。

疎外感は確かに孤独と思います。私とて周囲は異星人と思ってますし(笑、笑いごとじゃない)でも、お揃いじゃなくて良いんですよ。感覚の違いも、なので、あって自然なんです。親しみを感じる人と出会うと、なので、心が喜ぶんですよね。出逢えないと寂しさに打たれるんですよね。
無理して合わせようとして心が躓くのはよろしくありません。頑に頑固でも人相が悪くなりそう。それが職業に生かされれば、別ですけどね。



どうぞ、自分自身の中心にいて…世界の中心で愛を叫ぶという小説がありましたけど、私たちは常に自分の立ち位置で、心の窓で、世界を知るし、行動を起こしているのだし、主張している。どんなに寡黙な人も無想という人はいません。常に私たちは想念エネルギ-を宇宙に発信し続けています。


魂の伴侶にこの世で出逢えた人はラッキーと思います。


逆に此処では別々と決めて、互いにバラバラで生きる決意をした者同士もいます。それもある意味、全うした暁には再会を果たす!その楽しみを魂は知っている。ご褒美!ってことでしょうね、頑張った!




人間だけで良いの?

Category : 魂のご飯

口蹄疫騒動で宮崎に激震が走ってます。酪農業を営む方への政府レベルの救済は急務。私も小額ですが、寄付をしました。本当にこれはどういうことでしょうね。何故、宮崎なのか…私は不思議に感じます。何かしら水面下にある気がしてなりませんが、それを論じたところで失われた家畜が戻ってくる訳でも酪農家が救済される訳でもありません。

今日のヤフーニュースで「宮崎県の武井俊輔県議は、家畜の感染予防の消毒剤が原因とみられる、ぜんそくの症状を訴える子どもたちがいることを明らかにした。口蹄疫予防に絡んで、子どもへの健康被害が出ている現状に触れ、注意や対策の必要性を訴えた。(毎日新聞)」とありました。

私はどうして人間にだけなの?と心から憤りを感じました。どうして家畜に治療を施すより以前に屠殺なのか?

ふと『猿の惑星』という映画が脳裏を過りました。

言葉

そう…権利を言葉で発する!その行為がその生き物に自己主張する権利を与える。

皆さんはこの辺を余り気にしていないかも知れません。ですが、人間とて発言の機会を与えられない人々がいた…奴隷・農奴という虐げられた人々がいた訳です。黙らせる…圧政を敷いて一握りの権力者が富みを握る…権力は何と人に傲慢さをもたらしたことでしょう。人は凝りません。脈々と今に続く欲の系図に私は虫酸が走ります。



アトランティスの時代。



私には肉体を伴わない状態でインスピレーションを人々に送り続けた記憶があります。志ある人は尽く退けられていきました。小競り合いが続き、弾圧が横行し、人心が荒廃してゆくのを私はどうすることも出来なかったんです。

今は2010年

でも、人の心はまったくと言って良いほど変わっていません。世の中の有りようを見れば、皆さんも想像がつくと思います。かえって文明的には後退しているんですよ。超古代といわれる時代はもっともっとテクニカル的にも今よりずっとずっと優れていたし、超越能力も決してマジックでもヨタ話でもなかった。エジプトの壁画にも不思議なレリーフが残されていると聞き及びます。書物で紹介もされていますが、それらは過去の遺産です。そうこうするうちに人間はその系譜と引き換えに、便利さを追求し、手に入れていきました。

退化してると言っても良いくらいです。その辺のことは機を改めましょう。




私は今日、仔猫の亡骸をあるブログで見ました。愛くるしい小さな命が管理者の膝の上でバスタオルにくるまれていました。まるで眠るようなんです。まるで愛おしがられて安心しきって眠っているようなんです。
管理者の男性は憤っていました「このコたちが安心して暮らせる世の中は来ないのか」と。私も憤り涙が溢れました。ほんとうに安心し切って膝の上で眠っているようなんです。

口蹄疫が原因で人間の子供が喘息被害にあっている…ですか?

どうして人は自分たちの尊厳ばかりを優先するのでしょう。

多くの人がその(畜産)恩恵を享受しているのでしょ? 命を繋ぎ、食の楽しみさえ与えられているのでしょ? ワクチンの開発を何故これまでされないできたのか? 人の口に入るものだから屠殺ですか? 何という傲慢な考えだろうと私は思います。人の口に入るからこそ、畜産の健康管理やワクチン開発は重要と思いますけど。相手が人間だったらマスコミの餌食ですよ。

救急車でたらい回しにされた

医療ミス

老人福祉施設での暴力

人は人については色々騒ぎます。基本的人権で私たちは少なくとも守られてもいます。まぁ人権のない国もありますけどね。

どうして人は自分たちが恩恵を得ている家畜が伝染病になったと騒いで屠殺してしまうのでしょう。経費が嵩むからという理由はほんとうはおかしな論理なんですよ。お世話になっている、自分たちの血肉となっている、だからこそ家畜が伝染病になった際の治療をもっと早くに開発して、

だってここまで医学が進歩したのに、何故人間を最優先するのか皆さんは疑問には思わないですか?それは仕方がないと思っていますか?

でも仕方がないって、すごくおかしな論理なんですよ。

人間は確かに食物連鎖の頂点に立っています。地球上で人間は左脳を働かせ法律を決定してきました。自分たちに善かれとの信念で法律が築き上げてきました。今は動物愛護の考えも定着し「ペットは家族」としてつき合うという心も養われてきました。

でもね、まだまだ足りないと私は思う。

私たちは地上に君臨している。

君臨するからこそ、だからこそ!他の生きものを守る、共生する努力をする、『義務』が私たち人間にはあるのですよ。『責任』があるのですよ。まったく…分かってないんですね。癒しビジネスで成功しよう!ですか?愚かですね。癒しまで商売にする…何という厚顔無恥でしょう。

えぇ私すごく憤っています。そして悲しい。自分の不甲斐なさも。アトランティスで無力だった自分が甦ります。


またひとつ 今日もまたひとつ小さな命が失われました。そのブロガーは仔猫が母猫に甘える仕草もカメラで捉えていました。無事に成長することを願っていたようです。野良猫は安易に仔猫を人には触らせません。人は遠目で見守るしかない場合もあります。きっと色んな気持ちが入り乱れたのではないかと思います。




ところで、
皆さんは「セルフィッシュ・ミザリー」という言葉をご存知ですか? 直訳すると「自己中心的な惨めさ」となりますが、これは私の大好きな『ブラザーサン・シスタームーン』という聖フランチェスコの半生を描いた映画の挿入歌の中にある言葉です。

人はお金がない 

彼女がいない 

彼氏が欲しい 

美人になりたい 

出世したい 

あれが欲しい、これが欲しいと常に想念を発っしています。




生きているだけで丸儲けですか? 何処か…何かで聞いた言葉ですが、まさに「生かされている」「活かされている」ことを感謝しているつもりの私ですが、まだまだ足りないですねぇ。

あなたはどうですか?

人は大なり小なりコンプレックスを持っています。ない人も稀にいるでしょう。コンプレックスの大半は容姿についてですよね? 私にもありました。
小さい頃かなり広範囲に火傷をおい(命があっただけ有り難い状態)ケロイドで小中高と色々ありました。気持ち悪いから「俺に触るな」「そばに来るな」とか、わざわざケロイドを回り込んで見る女子とか。顔じゃなくて良かったと何度も自分に言い聞かせて、でも涙が止まらなかった。思春期の頃は「きっとこのケロイドを見たら、男子は私を嫌いになるだろうな」と思って…おバカさんですね(笑)ずっと真夏も長袖で過ごしていました。「風邪引きやすい体質」とか何とか言い訳して。


でも、今では何もかもが懐かしい思い出です。そう、

魂の世界に還れば「どうして、あの時」と思えることばかりと思います。どんなに深刻な悩みでも、です。

出産時、臨死体験した友人が

「すっごく難問を抱えてたんだけど、ふと気がつくと
 下に地球があって宇宙に浮かんでて。
 銀色の糸が自分と地球をヘソの緒のように繋がっていて
 あぁ、これが切れたら死ぬんだなと思った。
 もの凄く気持ちが良くてね、難問なんかどうでも良くなった(笑)
 あれももういいや、これももういいやと
 走馬灯のように思ってたんだけど、
 パッとダンナの顔が見えて「あ!私はまだ死ねない!」と
 思ったとたん、分娩室に戻ってた」

と言っていました。なので彼女は「死ぬのは全然怖くない。生きている時間が大切!そりゃ色々悩むよ。悩むけど、自分なりに精一杯生き抜こうと、自分に出来ることはやろうと思った」という主旨のことを呟いていました。

まさにそのとおりと私は思います。

私たち人間は、特に日本のようなぬるま湯にいる者たちは、五体満足ならば「恵まれている」と思わねばなりません。心を強く持って、コンプレックスを抱えても、今を生きねばなりません。

生きているとは、チャンスをもらっているということなんです。

例え不本意な現状でも「生きてるだけで丸儲け」なんです、本当に!私は『ブラザーサン・シスタームーン』を観て以来、ケロイドのことは気にならなくなりました。もちろん好きになった人にケロイドのことを告白する時は不安はありましたが、それもすべては取り越し苦労に終わりました。



私たちは恵まれていると思わねばなりません。例え不本意な状況としても。



今あなたが抱えている悩みは、あなたが生まれる前に予め意図していることだらけなんですよ。「真剣に悩んでいる」あなたはそう言いたいでしょう。でも、その心の闇を照らすことは誰にもできません。

いくら守護天使が気づきのサインを送っても届きません。捕われれているからです。

何故なら本人が手放さない…手放せないからです。解決の糸口を探すのは当然です。でも「どう現実を受け止める」か本人次第という事柄が実に多い。心の切り替えができない。現実を受け入れられない。それはすべて「セルフィッシュ・ミザリー」に相当します。厳しい言い方ですか?でも、事実だから仕方がありません。



私は思う。



日本人がアセンションの道標的存在になるとか。光の戦士よ、目覚めよとか。癒しビジネスで成功しませんか?とか。世界のリーダーを育てるとか。そういうテンションはもういらない!
何をして世界のリーダーなのか!選ばれし民族なのか!そういう心根が、アトランティスの人々を魅了していたのですよ!私はその目撃者です。文明的に劣化しつつ、今も人心というものは飽くなきものという部分は変わりがない。

そして、アトランティスの時代より今の人類意識は退化しているかに見えます。それはアトランティスの時代より多種多様な次元の存在が、魑魅魍魎の類いも一緒に、此処に集っているからです。性善説とか性悪説とか通用しませんって。

核を持ち、様々な殺戮兵器を産み、まるで綱渡りのようにして国際社会は成り立っています。貨幣経済も今は断末魔の様相を呈していますが、それで困るのはいったい誰なんでしょうね? 巻き沿いをくう生き物たちのことをどれだけの人が憂いているのでしょう。




私は思う。



息を引き取った小さな命が、口蹄疫で屠殺に追いやられた家畜が、手当もされなかったことを、それらすべては地上に君臨する私たちの責任です。




私たちは恵まれていることに気づかねばなりません。




こうして生かされていることを、死んで後悔することのないように「ありがとう」の気持ちを抱いて生きねばなりません。

そして、失われゆく、言葉を、人間に通じる言葉を持たぬ命に向かって、共存できる世界を築く礎になることを伝えねばなりません。
アイスランドの噴火…あれはサインだったように思います。決定的な前触れ。メキシコ湾油流出は第二のサイン。確かに大きな流れが来ているのだと思います。

私はまたもや自分の非力さを体験しています。それでも、より良い地球がもう既に存在していることを感じる…それが何よりの救いとなっています。



失われた命の膨大さ。



私はもう此処に来ることはないよと伝えています。人間が作ったシステムは彼らには過酷です。もっと優しい懐を持った次元にもうひとつの地球があるから、そっちは人の刃はないから安心とも思う。ファンタメンタリストですか?
もちろん様々な専門的な試みは世界各地で行われています。でも、今回のメキシコの惨事の被害は一時のものではないように思います。海流からみてもかなりの規模の被害が長期に渡り出るでしょう。食料備蓄は大切ですが、それより何より生態系が損なわれることの方が深刻と思います。それは世代を超えて人類が直面する事柄だからです。

夢物語と思われると思いますが、次元移行は早急な問題かも知れません。ワールドカップで盛り上がっている時ではないんですけど、つい応援絶叫しましたが(苦笑)

アトランティスの崩壊の時、たくさんの魂が上昇していく様子や、多くの天使や、宇宙存在が救済しているのを見た記憶があります。きっと今回もそうなのでしょう。



「許してなんて言えないよね。ヒドすぎるよね」という言葉…風邪の谷のナウシカにありましたよね。映画では平和が訪れましたが、原作で宮崎駿は世界の崩壊を描いたそうですね。彼はNHKのインタビューにも「この世界はとっくに崩壊していますよ」と語っていましたっけ。


私は私自身の…深い部分が「もういいよ」という日までは此処で、木村秋則さんじゃありませんが、自分にできることをという思いを新たにしています。






True Love

Category : つぶやき

真実の愛って何なのでしょうね。よく歌の歌詞に出て来ます、True Love…英語には「出逢った日からあなたは私を『have』している」という表現があります。「あなたと目と目があった瞬間」というロミオとジュリエットのような出逢いも。目は心の窓と言いますものね。姿形は過去世と違っていても「目で分かる」と言った人もいます。


True love could never die. 真実の愛は決して死なない。

確かに死を越えて魂は出逢い続けます。

それでも、もし…出逢った時に相手には伴侶がいたとしたら? あなたはどうするでしょうか? 私の両親が駆け落ち夫婦。私は駆け落ちの経験がないので何とも言えませんが、妻子ある男性と母は手に手を取って生涯愛し抜きました。父亡き後も再婚もせず、私が「私がいたから再婚せんかったと?」と聞いた話しましたよね。母の答えは「お父さん以外の人は考えられんかった」でした。

父の正妻の女性とお子さんたちのことを思うと私は複雑な気持ちになります、今も。それでも父と母の元に生まれた意味はあって、私は私で独自の道を歩んできたのだと思います。

人を傷つけても良いのか。

奥さんがある男性が魂の伴侶だったとしたら…あなたは相思相愛をどのような現実を通して表現するでしょう。

相手あってのことですから、彼と充分に話し合って行きますか?

もし彼は奥さんのことも愛していて、自分とつき合っている途中にも奥さんに子供ができたとしたら、あなたはどんな気持ちを味わうでしょう。

この世とは本当に魂の世界のようにおおらかではありません。嫉妬という気持ちが心を苛むこともあります。略奪愛という余り良い響きじゃありませんが…、自分たちの想いを貫くと傷つく人がいるとしたら?

あなたはそれでもその愛を貫きますか?

母は貫きました。父亡き後も寂しいからと寂しさから他の誰かに走ることもありませんでした。

ソウルメイトが他の女性と結婚して子供が授かった時、号泣して電話をしてきた女性がいました。「一縷の望みが絶たれた」と。そして「私だって恋がしたい」と縁結びの願掛けをして、念で異性を引き寄せました。

寂しさに打たれる。それを責める権利はありません。愛って…愛する人の幸せを願うもの。それが自分にとって不本意なことだとしてもね。それが何故、理想で留まっているのか、あなたは考えたことがありますか?
ソウルメイトが他の誰かと幸せになる姿を喜べない…痛みを越えるってなかなかに難しいことですよね。でも、それが越えるべき試練だとしたら?
孤独は心を苛み、嫉妬は心を苛むけれど、愛する人が幸せと言い切るのなら、それを見守っていく心、喜びとする心を彼女は養わねばならなかった…、それが彼女の幾世にも渡る果たせなかった宿題でした。思うようでない現実が、情念の矛先を他に求める方へと彼女を走らせていきました。

人は寂しさに打たれ、踏ん張れないことがある…それを私は責める訳にはいかないと思いました。でも、私は母を見て育ちましたから、とても複雑な気持ちだった。母は母なんですけどね。



不思議なことですが、たくさんの女性が魂の伴侶ではない男性と結婚をして家庭を営んでいます。ひとりやふたりではないのですよ。これはいったいどういうことなのでしょう。



確かに夫婦の縁は魂の約束あって、でなければ成立しません。成立しませんが、それは愛を成就するいうことではなく、何らかの目的があって…例えば、人間経験をする必要がある魂の親となる契約をした…便宜上夫婦となる必然性があったという夫婦も現にいるのです。占いの類いでは浮かび上がってこない深い事情が魂にはあります。



何千年かぶりに魂の伴侶と再会した…そして、同じ目的のために行動を共にするようになった…男性には、あるいは女性にはこの世の伴侶がいるとします。子供もいるとします。

もし奥さんが、ご主人が、理解ある人で(滅多にいないと思いますが、)「頑張って」と心から二人を応援してくれたとします。

でもね、配慮は必要ではないかと私は思います。でも、世間に見えるように、という必要はまったくありません。3人の間であれば、それで充分と思います。

そしてね、本当に魂が熟練している…二人をそうやって見守っている、理解している、奥さん、ダンナさんじゃないかと思うんですよ、私。


親友は二人を応援するでしょう。高次の存在は人間の価値観ではものごとを量らないとも思うでしょう。

でもね、

あなたがもし、

その奥さんの立場だったら…夫の立場だったら…好きで好きでたまらない人にいきなりソウルメイトが現われた!これからはその人と苦楽を共にしていく決心をしたと突然言われたら、あなたは平静でいられますか?

身も心も全部で愛している人に、ですよ?

あなたは留守を守っていくんですよ。いつ帰ってくるか分からないんですよ。あなたが留守を守っている間に奥さんは、夫は、手に手を取って自分以外の人と一緒にいるんですよ。



どんなに使命があるとして、世界を癒す大切な使命がそのふたりにはあるとして、



私はふたりに理解を示した…その女性に、その男性に、真の愛を見い出します。誰が真に世界を癒しているんでしょうね。見えないところで愛を二人に送っている、そういうことって、半端な魂には出来ないですからね。当然、魂の伴侶同士も。愛し合うふたりだからこそ出来ることってあると思うけれど。


表に立つ人 その人を横で支える人 その二人を陰ひなたに支える人 


私は、この「二人を陰ひなたに支える人」が情念が微塵もないのであればと願わずにはいられない。いつものお老婆心ですよ…。


もし私が「二人を陰ひなたに支える人」であったなら、告白するならば、私にはこの世では結ばれないソウルメイトがいます。社会的にも成功しており、妻子と幸せに暮らしています。その様子を見て、私がどう思っているか…正直に話しますね。


私は心からその様子を見て「良かったな」と思う。その人の表情に人生が公私に渡って充実していることが見て取れて、それが嬉しいのです。

嫉妬は不思議とありません。




愛のエネルギ-を送ろうとは思いません。送る必要がないのです。私たちは相手が幸せであることが一番、相手に望むことなんです。綺麗ごとではないのですよ。なので思うような現実でないと情念に苛まれることもありません。



不思議なことですが、父と母が私に

今一緒に住む家族が私に

そういう心を植え付けてくれたのだと思います。



高次の思惑は深い・・・ですか? 三次元の下々の者には伺い知れない・・・ですか? 中には自分たちに批判的な人たちもいるが、高次のチャネルをする「先生」たちはそうではない、ですか?



高次がどうのってそんなに大事ですか?



大切なのはその人間関係に関わる人たちの心です。





アカシックレコードって いったい…!

Category : 辛口ごめんなさい

特定批判になってしまう嫌いはありますが、私自身が目からウロコだったので臆せず書いてみようと思います。以下に記すことは全て私の体験。人から聞いた類いの話ではないことを予め断っておきます。

アカシックレコード。日本ではゲイリー・ボーネル氏が第一人者と思います。精神世界企業が招待して来日していた際、私は知人に誘われて話を聞きに行った…それがアセンションを知るきっかけとなった訳ですが、その知人に誘われて、アカシックレコードを読むというワークショップに参加。知人ーMさんとしましょうーはサイキック開花し、自身の好奇心を満足させるかぎりのリーディングをし始めました。私もその被害者(?)のひとりで勝手にソウルファミリーと位置づけられ、大迷惑を被りました。

人は縁が深いとか特別な関係とかにめっぽう弱くないですか? もうひとりボーネル氏のワークショップに参加した知人ーNさんとしましょうーがいて、Nさんが何千年かぶりにソウルメイトに出逢った!というちっさな騒ぎがあり(笑)Mさんは「私、視てみる」ということになったんですけど。

大外れ…!でも、「外れたって気にするなって、ボーネルさんも言ってた」とか何とか懲りませんでしたねぇ。自分のご主人はアメリカ大陸発見したコロンブスの生まれ変わりだの…Nさんは信長の家臣、森蘭丸の生まれ変わりだの、有名人乱打。そのうち矛先が私に向き、「あなたは巨大な鳥だったわよ。『羽根が生えてる』と驚いてたら、『何処にでも飛んで行けるからだ』と言われたわ」とか何とか訳の分からないことを熱心に話すようになりました。私は鳥系ダイナソーか…!

で、「Nさんのソウルメイトは『実はMさんあなたなの』と私、告白されたのよ!」と人物相関図が乱れ始め、Nさんからラブコールがある度に私に電話をしてくるようになりました。

私には他にもスピリチャルに関心のある友人がいて行き来していたのですが、Mさんは「私たち3人は特別な関係なの」と主張するようになり、気持ち悪くなって私はフェイドアウト。
私が会わなくなってからも「今は離ればなれになっているけど、あの人と私は同じ場所に還るの」と言ったとか、わざわざ電話してくるヤツがいて。「良いわねぇ。強い絆の人がいるって羨ましい」とそいつが言うから「そんなに良いなら、あんたにあげる!」となった…、やれやれ本当に疲れる話とはこういうことを言うのではないでしょうか。

まったく…アカシックレコードって、いったい何なんでしょうね?

視えるようになったぁ!って、いったいぜんたい何を視ているというのでしょうね。

Mさんはセッション料を取ってリーディングするようになっていきました。Nさんは「Mさんと私は陰陽。深い繋がりがある」と言い、Mさんは「Nさんはまだ依存したがっているけど、やがては誰がソウルメイトか気づくようになるわ」と言う…えっとどっちがMさんでどっちがNさんだっけ? いいんです、どっちでも。皆さん、どちらもアカシックレコードにアクセスして得た情報なんですよ、どう思いますか?

要するに危ういということではないでしょうか?

クリアに見通せる人なんてほとんどいないに等しいし、当たるも八卦当たらぬも八卦。現にボーネル氏はオバマが当選した大統領選挙ですが、アカシックレコードの情報として、共和党候補の方が勝つと預言してたんですよ。 
それでも信奉者は彼のもとを立ち去ろうとはしない。当たった予言にフォーカスして。それはリモートビューイングも同じでしょう。坂本さんは前言撤回したことありましたよね。ダークサイドの宇宙人に騙されていたとかどうとか。

いずれも人の子ということです。非難している訳じゃありませんよ。伝えるのは自由。肝心なのは鵜呑みにしない知性と感性、を受け取る側が養うということです。アカシックレコードに入るのも同様。未来は流動的というのは事実ですが、詭弁として使われるフレーズですよねぇ。
「函館で巨大地震が『必ず』起きる!知人がいたら、知らせて下さい」と情報開示して、「本当に!その期間に!起こるんですね!」と念押しする人への答えは「はい、必ず起きます!」でした…でも、指定された期日には何も起こらなかった。いずれにしてもその事例に留まらず、当たらなかった言い訳はあって「アカシックレコードは年号を読み辛い」とか「人々の祈りが叶えられた」という類いのものだったと思います。龍馬も毒殺されたと書いてましたっけ。暗殺された経緯も記録されており、刀の傷も龍馬が暗殺された部屋には残っているんですけどね。

これを事実無根の中傷というのであれば、そのワークショップのテープが当時、招待した会社から出ていました。購入している人いると思いますよ。何にもなかったと質問が出た回にも私、参加しています。健気なんですよ。友人家族が彼女の言葉を信じて引越をした…で、「何もなかったじゃないか!」と非難され、友情にヒビが入った…、なのにボーネル氏を非難するするではありませんでした。

もし秘密厳守というであれば、会社のショールームに来た人は誰でも手にするように販売しないでしょうし、ネット販売もしなかったでしょう。加えて、情報をひとりでも多くの人に「伝えて下さい」と本人が言ったのですから。

伝えるのは自由。

肝心なのは鵜呑みにしない感性を私たちが養うこと。すべては私たちの学びですから。

人って、どうしてこうも預言とか霊視とかにメロメロなんでしょうね。いい加減、大枚はたいて通い詰めるのは辞めにしませんか?

天使のメッセンジャーとか光の戦士たちへとチャネルしている人も数多いるようですが、「そういうことあるかも知れない」とか「私は光の戦士だからだろう。このメッセージに涙が出るのは」とか何とか思ってる人います? 
そういうメッセンジャーはほぼ全滅状態ですよ。視るって本当に難しいことと思います。不思議な符合ですが、金銭が動くと始めは『初心者のツキ』という期間があって、それから微妙になっていきます。要するにお助け料を要求するって欲エネルギ-ですからね、欲はあくまでも欲。貨幣経済は三次元人社会のみに通用するシステム。それ以上でも以下でもありません。ボランティアが美しいとも言い切れませんが、目に見えないことはシビアと思いますよ。本人の無自覚のうちに行き先は決定するという。

霊供養を経験して、その後にチャネルの勉強して霊視者になった人がいました。本人弁では家族を養うべく会社勤めをしていたが、霊視一本で行く決意をしたと。経緯は何ら不審な点はありません。最近ふと胸に過ったのはその人はその霊魂たちの世界に移行するというもの。
供養した霊魂たちはその人を見守っています。彼女が霊視者になるきっかけだった訳ですが、彼女はその類魂。彼女にはいち早く転生して供養をするという約束があって、それを果たした。再会するんですから、それで良しなのだと思います。
でも、その人の印象に残った言葉は「皆、お金持ってるよね」…皆さん、魔は何処にでも潜むと私が言う意味分かってもらえるでしょうか。人の役に立つことをしていても常に魔は忍び寄るということなんですね。

需要と供給にも次元は存在しているということです。

皆さんはいち意見に過ぎないと思うでしょ? それで構いません。それでも精神世界で身銭を稼いでいる人の殆どが幽界に移行します。吸い込まれるように移行します。苦しくても霊的なことでお金を『当然』とばかり設定してはならない。それを私は見せられてきたように思います。

何故吸い込まれるようにかというと、その幽界とは人の想念が形作る世界。磁力があるからです。

特定の宗教団体もそれに含まれます。インドの覚醒者ということを真に受けて「この人を見るだけでカルマが浄化される。素晴らしい!」と魔法にかけられてしまう。その覚醒者らしき人物(まったく覚醒していませんが)「私の話に耳を傾けない者は未来永劫輪廻の輪から解脱できない」とか何とか。それオマエのことだろ!と思いますけど、でも心地良いならそれで良しなのでしょうし、引きはがすことなんてできないんですものね。

世界には自薦他薦の素晴らしい人々が数多います。偽者も横行しています。

私はそんなサイクルから一歩出て、自分の直感に耳を心を傾けて欲しいと心から願うひとりに過ぎません。そのための背中のひと押しなら出来る。それ以上でもそれ以下でもありません。

養ってもらう縁(よすが)はあって、霊視を生業にする必要がない。それに気づかされた…幸運だったと思います。それを行動に起こせた…幸運だったと思います。



今日のお題のアカシックレコードですが、ワークショップに参加したとして、「時代を担うリーダーを養成する」と謳ったとして、世界の何処でそのリーダーとやらは活躍するつもりでしょう。霊的領域で想念を送る、ですか? 安易ですね。
第一、その世界って何処にあるというのでしょう。今問題が多発している世界の、彼らは何処に出向いて力量を発揮するつもりなのでしょう。誰が彼らの霊験新たかな話に耳を傾けるというのでしょう。利欲で雁字搦めになっている人たちと然ほど変わりがない。選ばれし者というフレーズに乗せられているだけなのにね。世界の精神的リーダーですか?砂上の空論ってやつですかね。視えるようになった?クリアにアカシックレコードにアクセスできるようになった? で、それが何故世界のリーダーと言えるのでしょうね? 身内で盛り上がってるだけでしょ? お墨付きを頂いて。




Maria Letterを読んでやろうという奇特な皆さん(失礼…!)は大丈夫でしょうけれど、もう上手いこと乗せられて、その気になっている場合じゃありませんよ…。

ひとりひとりが自分の心と対峙して、

家族を大切に。

生きている間にできることは限られています。限られているからこそ、真心で私たちなりに生きてみませんか? ひとりひとりが世界を照らす灯なんですから。

私たちは「ここで生きていますよ!」と、「ここにいますよ」と常にシグナルを発信しています。そのシグナルが内面から輝く、その輝きがひとつふたつと増えていくことが望ましいのです。誰かのチカラではなく。
幼児って最初は一人立ちできません。でも、やがては自分の足で立つようになりますよね。精神世界は補助に過ぎません。主役ではないことを気づいて欲しいと思います。

世界を変えるのはスピリチャルリーダーなんかじゃありませんよ。目を覚まして下さいね。

あなたはあなた。

あなたの、私の、心こそが答えの宝庫なのですから。

魂クリーニングとかいうのにも特別な作法は必要ありません!

大切なのは日々の暮らし。心根です。人様からの浄化エネルギ-を浴びせられても、祝詞を押し頂いても、最終的には自分の足で歩かねばならないのです。

加えて、
ブルーなんとかいうカルマ解消ワーク、祝詞を押し頂くワークがあるそうですが、あり得ません。そんなことで解消されるほど魂の学びは容易くありません。地道な暮らしと、自身の心と向き合う姿勢が全て。

踊らされて、はや幾とせ。

いい加減 目を覚ましましょう。目覚まし班、いつまでもいるとは限りませんよ。





優しいだけでは

Category : 魂のご飯

 「優しいだけでは 何も変わらないから ここは敢えて エス全開 ♪」

  これは娘が鼻歌で歌っていたボーカロイドなる曲のワンフレーズ
  私のことじゃん…?「うん、そうだね」という娘もつぶやき(笑)
  絶妙のタイミングって、こういうふうなんですね ♪ 納得^^



怖いもの見たさでここを訪問している人もいるでしょう(笑)ここしばらくライターからの頼まれ撮影で記事を書いていませんでした。「更新まだか」とガッカリする人は…少ないと知りつつも書きたいことは幾つか…幾つも…?あるんですけど、頭の整理がついていないので、辛口は後日改めようと思います。

本当に人の心根って優しいだけでは変わりませんよね。まぁ厳しさ一筋でも人心は育たないとは思いますが、三つ子の魂百までと昔の人は言いました。けだし名言!小さい頃からママに・・ちゃ~んと猫なで声で育てられたお子は依存心が高く人のせいにする傾向がやはり…あります。厳しい現実と向き合う強さは育たないでしょうねぇ。加えてモンスターペアレントなる種も出没する昨今。悪知恵は猿知恵とばかりの自己中極まりない種族ですが、これぞ親の顔が見たい!の連鎖ではないかと。要するに子供は親を見て育つ、です。


一時、子供の人権とマスコミが取り上げた時期がありました。でも、権利って責任が伴うことを謳った論説はあったかなぁ。要するにマスコミとは何か目新しいものはないかと常にアンテナを張っているものですから、ブームを仕掛けはするものの、すぐに目移りするのも常。要するに踊らされない賢さが私たちには必要ってことなんだと思うんですね。

スピリチャル世界もまったく変わりありません。チャネル情報がそれに当たると思いますが、目移りって部分だけが違うのかなぁ。いずれにしてもチャネルは当たるも八卦当たらぬも八卦。そんなことより自分の直感に耳も心も傾ける方が先決。宗教じゃなくても信者はいます。宇宙人コンタクティの信奉者もそれに当たるでしょうねぇ。
10年以上前から「もうすぐ私たち銀河宇宙同盟と公式にあなたたちと遭遇します」とか何とか宣う存在をチャネルしている人が複数いて、信者の寄付で活動費を賄っているとか。もうすぐもうすぐって「それいつだよ!」と突っ込む人いないんでしょうかね。イワシの頭も信心からって、こういうことでしょ?

人は何かを信じたい。自分を救ってくれる存在の「あなたの後をついて行きます」隊に誰もがなる素質を持っていますし、そこにちゃっかり乗る商売上手もいる。四半世紀前まではそれもありだったでしょう。
でも、今の政治情勢を見ていても私たちは自分のアンテナをピン!と張って自己責任で生きる必要があると私は思う。
食料危機がこの日本にも…口蹄疫が今話題になっていますよね。私はなぜ宮崎なのか訝しく思ってはいますが、天候不順も相変わらず。スーパーで食料を買うに留まらず、何らかの産直システムに参加しておくのも良いかもと具体的なことを考えてます、私。生協とかいうものよりもっと小さい規模のものを。これからは自主農家の集合体も増々増えると思います。貨幣に捕われないシステムがまだ小規模ながら実際に起こり始めていますよね。

政治主体ではなく、民衆個々がこれからの社会を形作る…その流れに上手く乗るブレーンがどんどん出現すると思います。精神世界的神秘で世界の動向を見るだけではこれからは難しいと私は視ています。
よりクリアで多角的視点を持つ人材が求められるでしょうし、出尽くしたかに思える分野にも目新しい「アイデア」が提示され、それをヒントに生活を安定させていく…依存ではなく「活かす」賢さが私たちには求められるようになると思います。

永田町は死に体を晒していますよね。もう議会民主制はとっくに民意を反映しないことは周知の事実。主体は国民にあるのであって、永田町にはないということを選挙民たる私たちは自覚しなければなりません。まだまだピラミッド構図が頭の中にありますよね、私たち。これからもっともっとマスコミを仲立ちにした民意の動向が活性化されていくでしょう。ギリシャの二の舞三の舞にならないという保証はどの国にもありません。ユーロも一時の勢いを失いつつあります。中国のバブルもいつはじけるのか好奇の眼が向けられていますが、世界中が正念場のピークへと登り詰めています。そこに異常気象や天災も手伝って、スワ!世界の終末論も。




私たちはだからこそ。
世界の動向は動向として、国内の政局のキーマンとして (選挙民) 国政を担っていきますが、それと同時に私たちは自分の現実は自分が作っていることに気づきましたよね。
それが何を物語っているかと言うと「二足のわらじを履く」という諺の喩えどおり、民衆(集合)意識と自己というふたつの世界を跨いでいるという、その自覚が求められるように増々なると思うんですね。

え?分かり辛い? 説明が下手ですよね、申し訳ない。

私が視る限りですが、同時にふたつの次元を生きているんですよ…私たちは。増々分からなくなっちゃった(笑…?)
どう言えばイイでしょうねぇ。人社会の一員としての意識と個人的目的を持った意識 (アイデンティティ) とのバランス。どういうパーセンテージで暮らすかって大切です、よね?
まぁハーフ&ハーフが理想ではあるのでしょうが、新たにシフトした、既成概念に捕われない生き方が今後主流になっていくと思います。
人社会その集合意識にも新たな風が吹いていることを感じるだけでは足りない。言うだけ、思ってるだけ、ではなく、何かしら行動に移していくことが重要だと思うんですね。自分に出来ること「社会の還元」できることを形にする、行動で示す。

この新しい風を感じるって、意外と難しいんですよ。癒し業チャネル業もそれに漏れなく該当します。

ビジネスで成功したい人を募りる

お金から心が離れない…スピリチャルワークを即!生業にする

此処は貨幣経済、お金持ちになって何処が悪いと考え (貨幣経済破綻の一途なのに)

チャネルで成功したい (成功したいって実は変な考えなんですよ)

癒しに欲を持ち込むのにも「欲は誰にでもある」とか何とか…そういうのこそ詭弁と言うんですよ。そこに認められたい症候群も参戦している。

TV番組『世界不思議発見!』で先日ニューヨークを取り上げていましたが、その中で書店でボランティアをしている老人が「私は時間を寄付して富みを還元している」とインタビューに答えていたんですね。自分たちが暮らすニューヨークに自分ができる何か…、決してラクじゃなかったでしょうに。それでも住む街を愛する気持ちを、そこに暮らす者同志、何らかの奉仕をしようという、大人なんですよ、彼らは。厳しい現実の中で家族や自分を養っているし、夢を追い掛けているんですから。

え?現役引退老人の余裕発言だろ、ですか? そうとばかりも言えないですよ。

インタビューに応えていた紳士は一生懸命働いて定年退職して、その後の人生をそういうふうに活かしている訳ですが、彼のいうところの富みって家族を養うために一生懸命働いて築いたものであって、チャネルだの精神世界ワークだので稼いだものではありません。これ大切なことなんですよ。

私の知り合いのライターはライターの仕事だけでは食べていけないから…ギャラなしの仕事も実は多いんです、意外でしょ? なので受験塾スタッフのアルバイトをしています。
スポーツ選手も同様で…遠征費も個人で賄っているんですね。スポンサーがつくまで登り詰めるアスリートはほんの一握り。夢を実現するためにトレーニングや遠征費を捻出するためにアルバイトをしているアスリートや親がかりもすごく多い。

夢を実現する。それは金銭が目的ではないという、それは決して綺麗ごとではないんです!金銭的豊かさはもちろんあったに越したことはないのだけれど。

この夢を実現するって精神世界においては、

クライアントがたくさん来るセラピストになりたい!

スピリチャル業界で成功したい!

ですか? まったく欲の皮がつっぱらかってますね(笑)こういうのってムシの良い話というんですよ。現に精神世界とは無関係の仕事でやっていけてて「チャネルで成功したい」と「成功したら仕事を辞める」と言う人います。


でも、その人はうっかり忘れているんですよ。


「欲は出しません!今度こそ人の役に立ちます!」という誓願を。


本当に心から、此処はお試しの場と思います。



欲は出しません!今度こそ人の役に立ちます! ですか…? 
彼・彼女の守護者たちは「あちゃあ、またか」と思って見守っているでしょうね。手取り足取りでは学びになりませんからね。不思議なんですけど、こういう傾向はアトランティスの記憶を持つ人に多く見受けられます。本当に不思議な符合です。




  「優しいだけでは 何も変わらないから ここは敢えて エス全開 ♪」


  

エス全開でも人の根本的性質は容易に変わりませんけどね。癒しが自己実現の一環で、しかもそれは豊かさを受け取ることに道が開けている…これは社会に何ら還元をしている訳ではないんですよ。

お金は癒しの代価ですか?

代価ねぇ…詭弁ですねぇ、イエスが金銭を要求しましたか? 釈迦はどうだったでしょうか? 先立つものからの、目のウロコは落ちにくいようで。聖フランチェスコが生きた時代も金と権力の亡者はいました。いつの世もということです。

え? takakoさん、今日のって「つぶやき」ではなく、辛口では?

ありゃりゃ

裸の王様女王様がいる限り~ってことで(笑)私たちがこういうふうにアハッ体験して、裸の女王様にパワーコントロールされ大枚巻き上げられないまでに目からウロコが落ちればと思うとこうなっちゃう。申し訳ない。




やれやれ…そういうことで、今日はこの辺にしたいと思います。





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(2016年12月27日記)

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